トランプ爆弾の無差別攻撃 揺さぶられる自由資本主義
「ZTEが事業を再開できるように、中国の習近平国家主席と一緒に取り組んでいく」──。
5月13日、ツイッターでそうつぶやいたトランプ米大統領は、米当局の制裁によって事業停止に追い込まれていた中国の通信機器大手、中興通訊(ZTE)の救済に協力すると表明した。
制裁とは米商務省が4月に発表した、米企業にZTEへの部品供給を7年間にわたり禁止した措置である。ZTEは輸出規制に違反してイランや北朝鮮に不法に製品を出荷し、米政府に虚偽報告を行っていたことを認めた。ZTEは主力製品であるスマートフォンの主要部材を米企業から調達してきたが、制裁により供給が断たれたことでスマホの販売を停止、経営難に陥った。
◇無意味な「ディール」
トランプ氏にとってZTEへの制裁緩和は自国に有利な条件を引き出す「ディール(取引)」の一つだ。
米国は今年に入り、米中間の巨大な貿易不均衡を理由に、中国に対する追加関税措置を立て続けに打ち出してきた。これに対し中国も対抗措置として米国産農産物に追加関税を課すなど両国は貿易戦争に突入しかけている(図1)。
トランプ氏はZTEへの制裁緩和と引き換えに中国に米国産品への関税措置の撤廃を引き出そうとしている。だが、今回の「手打ち」に対する市場の見方は冷ややかだ。
ZTEへの制裁は米企業にも打撃を与えたからだ。ZTEのスマホに使われる半導体を供給する米クアルコムの株価は、米当局の制裁発表を受けて暴落した。日本企業にも被害が出ている。中国が関税をかけるとした米国製品には航空機も含まれる。ボーイング機の部材を供給する大阪チタニウムテクノロジーズの株価は、中国の対米関税措置を受け一時大きく値を下げた。
工業製品を各国で分業して生産する現在の「グローバルサプライチェーン」においては、一部で問題が発生すれば、影響は瞬く間に全体に波及する。3月下旬に中国インターネット大手のアリババ、テンセントの株価が急落した一因も、米中貿易戦争である。2社は貿易問題とは直接には関係しない。だが、米中関係が悪化すると、中国株を持つことをリスク視する米国の投資家が多い。さらに2社のうち一方が売られると、もう一方も「連れ安」するケースがある。
こうして、トランプ政権の対中制裁は、いまや自由貿易市場に参加する企業すべてへの“無差別攻撃”と化す危険がある。
トランプ政権の方針に対し、米国の企業と経済団体も反対意見を表明。米通商代表部(USTR)には2000を超える意見が寄せられ、当初5月15日から2日間の予定だった米議会公聴会の会期が1日延長された。
◇ハイテク叩きの真の狙い
米国がZTEと同様に槍玉(やりだま)に挙げているのが中国の通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)だ。米連邦通信委員会(FCC)は4月17日、米通信会社に対し、安全保障上の懸念がある外国企業から部品の調達を禁じる方針を決めた。直接の名指しは避けたがファーウェイに対する“事実上の制裁”である。
国有企業のZTEに対しファーウェイは民間企業だが、同社を設立したのは中国人民解放軍の出身者。両社とも中国共産党と近い関係にある。米国は中国政府が両社の製品がスパイ活動に使うことを懸念している。
貿易戦争の煽(あお)りを受けて加速した「中国ハイテク企業叩(たた)き」だが、その目的は「スパイ活動」対策にとどまらない。
中国に対する米国の一連の貿易制裁の“真の狙い”は、「中国製造2025」を潰すことにあるとみられる。中国は戦略目標として「製造強国」の実現を掲げている。第1段階は25年までに製造強国入りの土台を固め、第2段階は35年までに中国の製造業全体の水準を世界の製造強国の中位レベルに引き上げ、第3段階は49年の「建国100周年」までに総合的な実力において世界トップレベルの製造強国になるという野望がある。そのためには、出遅れているハイテク領域でのキャッチアップが不可欠だ。
経済ではすでに米中は肩を並べた。人口14億人の巨大市場を抱える中国が、この先経済規模において米国を上回ることは確実とみられる。各国の経済力や生活水準を比較する際、より実態に近い形で確認できる「購買力平価」ベースの国内総生産(GDP)では14年に米国を上回っている(図2)。コンサルティング大手のプライス・ウォーターハウス・クーパース(PwC)は、中国は2050年に米国を名目GDPで30%、購買力平価ベースのGDPでは40%も上回ると予測する。米国から中国に世界経済の中心が移ることは想像に難くない。
その時、軍事力に直結するハイテク産業でも中国が米国を上回れば、米国は世界の「覇権国」の地位を中国に譲ることになる。それを阻止するためにも「米国は今のうちに中国製造2025の出はなをくじきたいのだろう」(吉野直行アジア開発銀行研究所長)。「中国に覇権を奪われる」という恐怖心が米国をより「攻撃的」にする。それが、中国のハイテク企業への経済制裁として顕在化しているのだ。
◇対外投資増やす中国
米中対立の火種は対外直接投資の分野にも及んでいる。世界の対外直接投資においては、米国が16年末時点で6兆3838億ドル、シェア24・4%と圧倒的な規模を持っている(図3)。だが、そこでも中国が急速に存在感を高めているのだ。
中国の対外直接投資の世界シェアは4・9%(1兆2810億ドル)で16年末時点では世界6位であるが、2000年比では46倍と投資を急拡大させている。中国は「直接投資の受け入れ国」から一転、巨大な投資国に変わった。
経済圏構想「一帯一路」を背景に、その沿線各国だけでなく、東南アジア、南米、アフリカの国々に、インフラ構築のための経済協力の名目で莫大(ばくだい)な「中国マネー」を供給し、それを通じて影響力を強めている。
中国は「協力」と謳(うた)っているが実態は中国国有企業の「ひも付き」案件である。政府が市場をコントロールする「国家資本主義」まで輸出しようとしているのだ。直接投資を通じて、中国が友好国を増やしている構図は、米国にとっては脅威だ。
こうした新興国は政治的な腐敗が進み、人権も抑圧されているケースが少なくない。また、米国の利上げなどをきっかけに新興国から資本流出が起こり債務不履行に陥れば、逆に中国はその巨額の債権を盾に、新興国に対して自らの影響力を高める可能性がある。
こうしたやり方がきっかけとなり、米中間で「自由資本主義」と「国家資本主義」を巡るイデオロギー(政治思想)論争になれば、緊張がさらに高まりかねない。
トランプ政権は6月に制裁関税の最終案を公表するとみられる。発動すれば、中国の報復関税の発動も避けられない。米中両国が協調と自制を失い、己の野望とプライドをかけて走り続ける限り、世界は危機に向かって突き進むことになる。
(大堀達也・編集部)