仕事を適切に評価
本格化する賃金革命
今年3月、フリーマーケットアプリ運営のメルカリに内定していた男性(24)に年収を上乗せして採用することを知らせるメールが届いた。男性は「素直にうれしかった。ちゃんと評価されているのを実感できた」と話す。
2017年から新卒採用を本格化したメルカリは今年4月入社の新卒社員から、内定期間中のインターンシップや大学での研究成果などを評価して初任給に反映させる新人事制度「メルグラッズ」を始めた。男性は昨年3月の内定以降、世界の研究者が人工知能(AI)技術を競う大会で2位になったことや、9月から始めたインターン期間中の働きぶりによりエンジニアとしての高い能力が評価されたという。
他にも数社の大手IT企業から内定をもらい、メルカリ同様にインターンもしていたが、「他の会社は自分がどう評価されているか分からなかった」と振り返る。一方、月1回以上は上司との面談があったメルカリは「やりたいことができるうえ、自分の強みや課題を指摘してくれて、しっかり評価してくれていると感じていた」ことから、米企業からの誘いもある中で、メルカリへの入社を決めた。4月からは、同社の金融関連子会社メルペイに勤務している。
メルカリの石黒卓弥・人事マネージャーは「一人一人に向き合い、その人に合った適切なオファーを出すようにしている。会社としては大変だが、海外企業との競争が激しい中で、テック企業として優秀なエンジニアを採用するためには必要なこと」と語る。
◇20年ぶりの伸び率
仕事に対する適切な評価が進んでいるためか、足元の賃金環境は上昇基調にある。厚生労働省が5月23日に発表した3月の毎月勤労統計調査(従業員5人以上の事業所)によると、基本給にあたる所定内給与(1人当たり)が前年同月比1・2%増の24万3643円となった。97年7月以来、20年8カ月ぶりの高い伸び率で、12カ月連続のプラスだ。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所の宮嵜浩シニアエコノミストは「働き方改革の機運の高まりから残業代を増やせない一方、人手不足の中で新たな人材の確保や、社員の流出を防ぐために基本給を引き上げる動きが出ているのでは」と分析。さらに「金融業界では人手が足りている一方、外食や運輸業界では人手不足に陥っているなど雇用のミスマッチが起きている。ミスマッチの解消でさらに賃金が上がる余地はある」と指摘する。
◇NTT、日本郵政の格差是正
仕事を適切に評価することは、正規・非正規労働者の不合理な待遇差を禁じる「同一労働同一賃金」の法制化の動きにもつながっている。法制化が大詰めを迎える中、正規と非正規の待遇差改善を目指す動きは、既に民間企業の間で広がっている。
NTTグループは5月1日から、福利厚生制度を見直し、健康関連の項目について非正社員にも正社員の制度を適用することにした。非正社員にとっては受診できる健康診断の項目が増え、提携するフィットネスクラブやレジャー施設などを割安で利用できるようになった。政府は16年12月に示した同一労働同一賃金のガイドライン案で福利厚生について「同一の利用を認めなければならない」としており、NTT広報室は「非正社員も含めた社員全体の健康増進が重要と考えた」と説明する。
また、日本郵政グループは10月、転居を伴う転勤のない正社員(約2万人)のうち、約5000人に支給している住居手当を廃止する。現支給額から年10%ずつ10年かけて減らす経過措置も設ける。一方、非正社員にはこれまでなかった年始勤務手当を、1日当たり4000円(正社員は同5000円)支給することにした。
日本郵政人事部は「政府のガイドライン案などを見ても、従来の待遇に問題があったとは考えていない」と強調。そのうえで「グループ社員の半数程度が非正社員であることから社会的責任もある。政府が同一労働同一賃金の方針を掲げる中で、やれるところから労働条件の改善を進めることにした」としている。
同一労働同一賃金の動きの広がりは、非正規労働者の待遇向上を意味する。さらに正規労働者にとっても、同一労働同一賃金によって、労働(仕事)内容によって賃金が決まる性格が強まることから、自らのスキルアップを給料に反映しやすくなるメリットがある。自分の努力次第で給料が増える時代に突入した。
(松本惇、小島清利・編集部)