日本の装置・素材メーカー
チップ高機能化は商機
株式市場では「半導体バブルにかげり」とささやかれるが、日本の装置・素材メーカーの業績は好調だ。世界需給や技術動向からその背景を探る。
半導体製造装置国内最大手・東京エレクトロンが4月に発表した2019年3月期連結業績見通しは市場に驚きを与えた。最終利益予想は、過去最高だった18年3月期(前年比77・4%増の2043億円)をさらに更新する2700億円。けん引するのが半導体製造装置部門だ。19年3月期の売上高予想は前年比22・1%増の1兆2880億円を見込む。装置メーカーでは、SCREENホールディングス(HD)や日立ハイテクノロジーズも19年3月期の事業売り上げ見通しを2ケタ成長と予想する。
半導体装置・素材関連の企業株価は、16年から顕在化したNAND(ナンド)フラッシュメモリー(20ページ参照)需要の伸びを受けて上昇を続けてきた。しかし、昨年末以降、二つのショックに見舞われた。まず、17年11月、米モルガン・スタンレーのアナリストが「NANDの需要サイクルが下降局面に入った」として韓国サムスン電子の投資判断を引き下げた「サムスン・ショック」。続いて、今年4月、半導体受託生産(ファウンドリー)最大手の台湾TSMCが売り上げ見通しを下方修正した「TSMCショック」だ。TSMCは、米アップルの「iPhone」の心臓部に当たるプロセッサーの供給元としても知られる。世界的半導体企業の業績不透明感が顕在化し、これらの時期には、東京エレクトロンやSUMCOなど装置・素材関連株が売られた。
しかし、市場関係者の懸念を横目に、東京エレクトロンやSCREENは増産投資を予定する。素材メーカーでも、住友化学は中国で洗浄液用薬品など、大陽日酸も中国で材料ガスの製造拠点を新設する。
◇工程数増が追い風
半導体製造には主に前工程と後工程がある。前工程ではシリコンウエハーに回路を形成する(16、17ページの図1)。後工程ではウエハーからチップを切り出して配線をつなぎ、チップ保護のために樹脂などでパッケージングする(図2)。半導体の機能は、より精密で、より効率的な回路を刻むことで差別化する。このため、前工程が付加価値の源泉となる。
前工程は、(1)成膜、(2)露光、(3)エッチング(回路以外の部分を除去)、(4)平坦化、の四つのプロセス(工程)がある。複雑な回路を形成するためには、ウエハーに、何回かに分けてパターンの異なる回路を刻み、層を積み重ねていく。四つの工程を何度も繰り返すのだ。たとえば、最先端の半導体チップを作るためには、1~2カ月をかけて600~700の工程を繰り返す。NANDでは、容量を増やすためにメモリー素子を積層させる三次元化が加速している。積層化にも、工程増が必要だ。
半導体で急速に進む高機能化によって、回路の複雑化・基板の多層化→工程増という現象が起こっているのだ。このことは、前工程の四つの工程に関する装置・素材メーカーにとっては需要増を意味する。
東京エレクトロンは宮城工場で、主力のエッチング装置の生産能力を19年までに倍増するべく新棟の建設を進める。山梨や岩手の子会社でも、成膜装置やエッチング装置で総額260億円をかけて新棟を建設予定だ。同社の強みは、成膜装置やエッチング装置に加え、洗浄装置や塗布・現像装置(コーター・デベロッパー)など多彩な製品群をラインアップしていることだ。
半導体チップ製造工程のうち1割は洗浄だ。成膜前に洗浄、成膜の後に洗浄、エッチングの後に洗浄、といった具合だ。製造過程では、微細なゴミや、金属や薬品のかすが基板に付着する。これを取り除かないと、回路に不具合が生じるからだ。SCREENは、主力の洗浄装置について、彦根事業所に90億円を投じて新工場を建設する。
日立ハイテクは、電子顕微鏡を使った検査装置の引き合いが強い。この装置は、ウエハー製造途中で回路の線幅や膜の品質などを検査する。ナノ(ナノは10億分の1)メートルレベルでの確認が必要で、回路微細化に対応した需要増と言える。
半導体露光装置を手がけるキヤノンは、17年販売実績が70台だったのに対して18年は126台を見込む。露光装置では、いかに細かい回路パターンを転写できるかが差別化のポイントだ。世界の最先端技術はオランダASMLが握る。ただ、キヤノンやニコン製品は、微細化を極限まで必要としないイメージセンサー(画像認識用半導体)やアナログ半導体(22ページ参照)
のメーカーから引き合いが強い。特にニコンは維持管理サービスに定評があり、中国で人気だ。
素材で日本勢が存在感を示すのが、露光で使うフォトレジスト(感光剤)だ。JSR▽東京応化工業▽信越化学工業▽住友化学▽富士フイルムHDの5社で世界シェアの9割を占める(電子デバイス産業新聞調べ)。感光剤には、転写する回路パターンの複雑化・微細化のために高い解像度が求められる。また、感光剤の中に不純物が入れば、転写回路パターンに傷が付く。これらの要望に応えるべく、材料選定・配合や不純物管理が求められる。簡単には後発企業が参入できない。
世界で存在感を示す日本の素材メーカーもある。HOYAは、フォトマスクの原版「フォトマスクブランクス」で世界シェアトップだ。昭和電工は、不要な膜を除去して回路を形成する「エッチングガス」で世界シェアトップレベルを誇る。日立化成は、平坦化プロセスで使う研磨剤「CMPスラリー」のうち、酸化セリウムを使った「セリア系」で世界シェアトップだ。茨城県などの生産拠点で、30億円を投じて研磨剤の生産能力を増強する。
これらの装置・素材企業が強いのは、かつて日本で半導体産業が盛んだったからだ。1990年代にはNECや東芝、日立製作所が世界上位10社に入っていた。トップメーカーに最先端の装置・素材を提供するべく、開発段階から協力してノウハウを蓄積したという一日の長がある。
◇後工程は市況が左右
後工程は、ウエハーからチップを切り出すことから始まる。ディスコは切断工程装置とともに、刃などの消耗品も製造しており、装置が稼働していれば安定的に売り上げが入る。
後工程関連で留意が必要なのは、前工程とは異なり、半導体高機能化の恩恵をあまり受けられないことだ。ディスコは4月、18年4~6月の連結営業利益予想を98億円(従来予想は158億円)に下方修正した。仮想通貨マイニング(採掘)向け需要の減少などが原因と見られる。後工程関連企業の業績は半導体出荷数、ひいては半導体市況には敏感だ。
とはいえ、世界半導体売上高の伸びも16~17年ほどの勢いはないにしても、中長期の成長が予想される。米SIA(半導体工業会)によると、世界半導体売上高(月間ベース)は、90年代は100億ドル台だったが、今や300億ドルを挟んで推移している。この間、細かい落ち込みはあるが、長い目で見れば右肩上がりで成長してきたのだ。半導体市場は今後もビッグデータの増量、IoT(モノのネット化)や人工知能(AI)普及によって堅調に伸びることが予想される。後工程関連の装置・素材メーカーにも十分商機はある。
目下、半導体関連株は17年末~18年初頭の高値圏から調整している。しかし、独立系投信投資顧問スパークス・グループの阿部修平社長は「半導体は第4次産業革命の基盤となる情報、自動車、エネルギーなどのあらゆる産業に関連している。今が大きな変革の初期だという認識を持たないと、半導体への見方を誤る」とした上で、割安感が出ている現在をチャンスと見て「着実に買い増していく時期だ」と分析している。
(津村明宏・電子デバイス産業新聞編集長)
(種市房子・編集部)
◇巨大投資が続々と
世界では、半導体メーカーの数千億円規模の投資が明らかになっている。米インテルは、アリゾナに70億ドル(約7700億円)をかけて、マイクロプロセッサー用の最先端工場を建設する。カメラに使われるイメージセンサーで世界トップのソニーは、全社で今後3年間に1兆円を投じる予定で、内訳について「イメージセンサーが向けが中心」と説明する。DRAMでも、韓国サムスン電子、同SKハイニックス、米マイクロン・テクノロジーの世界1~3位がそろって増強投資を計画している。