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第68回福島後の未来:福島の風評払拭で期待される男性とシニア世代の働きかけ=義澤宣明

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福島への関心が薄れるとともに、福島の真の姿が伝わりにくくなっている。風評払拭に向けた課題だ。

 

義澤宣明(三菱総合研究所 原子力安全事業本部主席研究員)

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催が近づいている。20年は震災から10年の節目で、東日本大震災からの復興を世界にアピールする絶好の機会だ。その一方で福島県産の食品や旅行について風評が根強く残っている。


 昨年12月に政府が発表した「風評払拭(ふっしょく)・リスクコミュニケーション強化戦略」では、国が関連府省庁を挙げて風評払拭に全力を尽くすとしている。


 三菱総合研究所では五輪開催都市である東京都民を対象とした福島復興について、17年8月に意識調査を行った。東京都の1000人を対象とした調査で、この調査では、復興への理解、震災についての記憶の風化、福島県産の食品や旅行に対する意識などについて質問した。


 調査の結果からわかったことは以下の三つだ。


 (1)福島への関心の薄れとともに、復興に向けて変化している福島の姿が都民に伝わりにくくなっている。


 (2)福島県産の食品を「自分で食べる」だけでなく「家族や友人などにも勧める」にまで注目する必要がある。


 (3)放射線の健康への影響を誤解している回答も多いことから、最新の科学的知見の理解を進めることも大切である。


 調査結果の詳細は、「東京五輪を迎えるにあたり、福島県の復興状況や放射線の健康影響に対する認識をあらためて確かにすることが必要」として昨年11月に発表した。


 とくに注目して分析を進めたのは、福島県産の食品と旅行についてである。その結果、風評払拭に向けては男性やシニア世代の行動や働きかけが一つのきっかけになる、という可能性が浮かび上がってきた。

 

 ◇ためらわない60代

 

 福島県産の食品については男性よりも女性の方が「放射線が気になるのでためらう」という回答が多かった。「家族、子どもが食べる場合」では約4割の女性が「放射線が気になるのでためらう」と回答した。「外国人観光客に勧める場合」についても同様の結果となった。家庭で使う食材を決める場面では女性の考えが重要になるだろう。風評の払拭に向けては女性の理解が大切だ。


 福島県への旅行に対する結果を年代別に見ると、若い世代ほど旅行をためらう傾向が強い。「家族、子どもが訪問する場合」にはその傾向がより強くなっている。「外国人観光客に訪問を勧める場合」もこの傾向は同じであった。


「自分が訪問する場合」に「放射線が気になるのでためらう」という回答は60代が17%で他の年代と比べて最も低かった。


 ところが、「家族、子どもが訪問する場合」ではこの割合が29%と大きく増加している。「自分はよいけれど若い世代が福島に旅行して大丈夫なのだろうか?」と懸念するシニア世代が10%ほどはいる模様だ。


 福島県産の食品や旅行については、性別や年代で回答に違いがあり、風評払拭を進めるにあたっても性別や年齢を考慮することが重要だ。特に、女性や若い世代の福島への理解が進むことが強く望まれる。


 食に関する風評の問題では、子どもや家族が福島県産の食品を食べることへの女性の懸念を解消していくことが大切だ。


 その具体的な方法として、男性の調査結果に注目したい。男性は女性に比べて懸念する傾向が低い。そこで、家族や友人との食事に福島県産の食材を導入するきっかけ作りを特に男性に期待したい。


 例えば、自宅での食事の場面で、福島県の食材を話題にしてみてはどうだろうか。「福島の桃はおいしいと言う話を聞いた、今度皆で食べてみようよ」という会話は、風評払拭に役立つに違いない。筆者も先日、「福島県産のお米を家で食べたいけれどもよいか?」と家族に問うてみた。家族は賛成してくれた。福島の話題が食卓にのぼることで風化の問題にも歯止めがかかるだろう。

 

◇郷土料理を「食べて」

 

 福島の郷土料理が食べられるお店に家族や友人を誘ってみるのもよい。福島県が発行している、パンフレット「食べて」(まじうまふくしま!東京の店) には東京23区内で福島の食や酒が味わえるお店が50店舗ほど紹介されている。


 東京にこんなに福島の料理を食べられるお店があったのかと筆者も驚いた。もちろん他の地域でも、ウェブサイトなどで福島の料理を楽しめるお店を見つけることができるだろう。福島の食、酒、観光地のことなど話題にしてみてほしい。そして、家族や友人との楽しい食事で福島を応援してほしい。


 福島県への旅行については、60代以上のシニア世代の活躍が期待される。実際に福島を訪れ、そこに住む人たちとふれあい、元気よく遊んでいる福島の子どもたちの姿を目にすれば、若い世代が福島に旅行することへの懸念も弱まるだろう。楽しかった福島旅行の話を家族や友人にすることも、風評払拭に役立つに違いない。20年には多くの外国人観光客がオリンピックやパラリンピックの競技を観戦するために日本を訪れる。彼らが福島に旅行することも大いに期待される。


 食の安心の問題などでは、女性や若い世代に注目が集まることが多いが、今回の調査からは、男性やシニア世代が風評払拭に重要な役割を果たせることが示唆された。福島の風評払拭に向けて男性とシニア世代に期待される役割は大きい。

◇よしざわ・のぶあき


 1964年東京都生まれ、90年九州大学大学院工学研究科修士課程修了、三菱総合研究所入社。放射線による被ばく線量評価および食品安全、自然災害などのリスクに関する安全や安心を手がける。


専門知が異様に軽視される日本にアカデミック・ジャーナリズムを=シノドス・芹沢一也代表

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芹沢一也(シノドス代表)

https://synodos.jp/

せりざわ・かずや◇1968年生まれ。慶応義塾大学非常勤講師などを経て2007年、シノドスを創設。09年、飯田泰之氏、荻上チキ氏とともにシノドスを法人化。著書に『狂気と犯罪』『暴走するセキュリティ』など。


 シノドスは「アカデミック・ジャーナリズム」という旗印を掲げて記事を配信しています。記事の特徴は、「そのテーマについて、もっとも詳しい専門家が執筆する」というものです。

 

 たとえば、何かについて困っている、何かについて詳しく知りたい、というときに、皆さんはその道の専門家に話を聞きたいと思いませんか? シノドスはそう考え、研究者や弁護士、医師といった専門家、あるいはNPOやNGOに従事するアクティビスト、そして当事者などにご執筆いただいています。訳知りな評論家や印象批評を行う文化人が登場することはありません。

 

 なぜそのようなメディアを立ち上げようと考えたのか?

 

 新聞や雑誌、テレビなどで、いわゆる識者として発言する人たちが非専門家であるために、社会に害悪を流していると考えたからです。日本はメディアに限らず、専門知が異様に軽視されている社会です。

 

 たとえば少年犯罪を例にとりましょう。凶悪な少年犯罪は年を追うごとに減少し、また厳罰を志向する対策は効果がない、というのが犯罪学の常識です。しかし、マスメディアはあたかも少年犯罪が増えているような報道をしてきましたし、また少年法は厳罰の方向で改正を重ねてきています。こうした事態は少年犯罪の領域に限らないでしょう。専門知を無視した報道と施策は、むしろありふれた事柄です。

 

 人々が知識や情報をインターネットで得るようになって久しく、そうした傾向は日々加速しています。ところが、専門知の軽視、もっといえばデマやうそが最も流布しているのがネットの世界です。少し前に世を騒がせたDeNAの事件などは氷山の一角ですし、昨今はフェイクニュース問題も深刻になっています。そうしたネット環境にあって、自由に、つまり無料でアクセスできる、専門知にもとづいた良質な記事をシノドスは配信しています。

 

 ◇課金でも広告でもなく

 

 ターゲットとする読者は二つです。

 

 ひとつは、知識や教養を求めている一般の読者。欧米のクオリティーペーパーの読者のような読者を想定しています。主要なデバイスがスマートフォンにシフトするにしたがって、スマホでも読みやすいようにと記事は短くなる傾向がありますが、シノドスではそうした配慮は一切しません。取り上げるテーマを論ずるのに過不足ない形でご執筆いただいているために、だいたい1万字程度となっています。

 

 もうひとつの読者ターゲットはメディア関係者です。メディアが何らかのテーマを取り上げるときに、「そのテーマであればこの人」とご提案するインデックスとしての意味ももたせています。シノドスにご寄稿いただいた執筆者の多くが、新聞やテレビ、雑誌、あるいは他のネットメディアにも登場していますが、こうした循環を促進することで、専門知がより広く流通する状況をめざしています。

 

 ネットメディアの収益源は、おもに課金か広告のふたつですが、シノドスは自由にアクセスしていただくために課金はしておらず、また広告モデルはPV至上主義に傾く傾向があり、結果として記事のクオリティーが下がるのでこれも採用していません。有料のメールマガジンを発行し、ファンクラブの会員を募ることで、読者に支えていただくという形態をとっています。

 

 こうしたやり方ではマスプロダクトは困難ですが、シノドスは目利きのスタッフが他にはない記事を紹介する、「知のセレクトショップ」のようなメディアであればよいと考えています。

 

*週刊エコノミスト2018年4月3日号「ネットメディアの視点」

特別寄稿一覧

目次:2018年4月17日号

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CONTENTS

 

世界を変える!データ×技術
18 気象、金融、人材活用・・・ 日本初のサービスが続々 ■大堀 達也
22 データテクノロジーで戦う 企業50+主な提携企業 ■編集部
24 業種別 最前線 01 リテールテック (小売り)アマゾン、ゾゾタウンの“革新” ■田中 道昭
26        02 アグリテック(農業)ドローンで“匠の技”の生育管理 ■三輪 泰史
28        03 スポーツテック ゴルフのスイング理論を一新 ■志村 一隆
29        04 メディアテック 人工知能の脅威の編集力 ■志村 一隆
30        05 HRテック(人材活用)人事担当に「最適」な配属先提示 ■加藤 真由美
32        06 不動産テック もう売買査定で不安にならない ■谷山 智彦
34        07 フードテック(食品・外食) 「栄養素」から「嗜好」まで解析 ■氷川 珠恵
36 現地取材 シンガポールの「スマート革命」 世界的「モノづくりセンター」へ ■大堀 達也
38 データが危ない! 盗んだ情報を数千万円で売る 誰でもハッカーになれる時代 ■編集部

エコノミストリポート
82 中国 統計水増し問題 相次いだ地方政府の 「自白」 補助金制度の変革が引き金に ■徐 一睿

 

Flash!
11 5兆円の制裁合戦 米中の報復関税エスカレート 水面下で落としどころ模索か/日銀短観 景気回復基調でも保護主義や円高リスク
13 ひと&こと 再処理まで視野に入れたサウジの原発建設計画/武田薬品の巨額買収で市場に広がる悲観

 

Interview
4 2018年の経営者 森川 宏平 昭和電工社長
14 挑戦者 2018 倉原 直美 インフォステラ最高経営責任者
44 問答有用 新居 日南恵 manma社長 「子育て家庭を見て将来を考えてほしい」

深読み! 朝鮮半島
74 「退却戦」の米国 世界覇権の維持が不可能に 本音は在韓米軍の「撤収」 ■小西 丹
78 急転換の北朝鮮 核ミサイル「完成」に自信 米韓に求める「半島非核化」 ■宮本 悟
80 「運転者」の韓国 「武力行使は絶対反対」の文政権 「2045年までに」南北共同体を実現 ■徐 台教

39 インタビュー 全国銀行協会会長 藤原 弘治 みずほ銀行頭取 「郵貯限度額撤廃すべきでない」
68 インタビュー ティエリー・ルペック エンジー副社長 「トヨタ自動車が電力会社になる日」
70 酒税 ビールの定義変更で変わる商品戦略 ■河野 圭祐
72 企業経営 本当は強い同族経営 欧米では好業績示す研究成果 ■相山 豊
東大で4月から始まる研究 星野リゾート代表らが講師
85 インタビュー ポール・ゴールドスタイン パシフィック・テック・ ブリッジ社長兼CEO 「トランプの狙いは世界経済の再構築」

 

World Watch
58 ワシントンDC ポンペオ、ボルトンの外交安保 「米国第一」への傾斜が鮮明に ■会川 晴之
59 中国視窓 閑古鳥の「上海の裏原宿」 違法利用の摘発が影響 ■岩下 祐一
60 N.Y./カリフォルニア/英国
61 オーストラリア/インド/マレーシア
62 香港/ロシア/イラク
63 論壇・論調 フェイスブックの個人情報大量流出 欧州で高まる政府の規制強化論 ■熊谷 徹

Viewpoint
3 闘論席 ■池谷 裕二
17 グローバルマネー 米情報通信株の下落が示す「ゆがみ」の修正
40 名門高校の校風と人脈(285) 東葛飾高校(千葉県)/高松第一高校(香川県) ■猪熊 建夫
42 海外企業を買う(185) アメリカン航空 ■岩田 太郎
48 学者が斬る 視点争点 ネットサービスは「需要情報」がカギ ■花薗 誠
50 言言語語
64 東奔政走 証人喚問は「佐川の勝ちだな」 自民に真相解明の意図はあるのか ■佐藤 千矢子
66 出口の迷路(27) 出口どころか更なる異次元緩和も ■白川 浩道
92 独眼経眼 世界の景気後退にはまだ早い ■足立 正道
93 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Black superheroes ” ■安井 明彦
94 ネットメディアの視点 ユーザーの奪いあいより共存を FacebookとAppleの応酬に思う ■土屋 直也
95 商社の深層(108) ネット爆買い大国にくさび 伊藤忠ロジの日中欧鉄道輸送 ■編集部
96 アートな時間 映画 [タクシー運転手 ~約束は海を越えて~]
97        クラシック [ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018]
98 ローカル・トレインがゆく(19) いすみ鉄道 ■文・黒崎 亜弓/写真・助川 康史

[休載]キラリ!信金・信組、国会議員ランキング

 

Market
86 向こう2週間の材料/今週のポイント
87 東京市場 ■三井 郁男/NY市場 ■平 秀昭/週間マーケット
88 欧州株/為替/原油/長期金利
89 マーケット指標
90 経済データ

書評
52 『世界経済 大いなる収斂』
『パチンコ産業史』
54 話題の本/週間ランキング
55 読書日記 ■美村 里江
56 歴史書の棚/海外出版事情 中国

51 次号予告/編集後記

世界トップシェアになった黒鉛電極 森川宏平 昭和電工社長

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Interviewer 金山隆一(本誌前編集長)

 

── 社長就任から1年あまりが過ぎた。環境の変化は。


森川 社長は、やりたいことができる究極のストレス・フリーな立場だ。就任して、何かが変わったという違和感を感じたことはない。もちろん、工場や事業所に行くと、「これだけ多くの社員が働く組織のトップだ」とプレッシャーに思うことはある。ただ、ストレスではない。


── 森川社長にとってストレスとは


森川 自分のやりたいことが何だか分からない、あるいは、自分がやりたいことがあるのにできない、という状態だ。私は30代前半がそうだった。


── その立場で1年目の業績を振り返ると?


森川 2017年12月期の連結営業利益は778億1800万円(前期比85%増)で過去最高を更新した。18年12月期業績予想は、これを更新する1100億円だ。


── 業績が伸びた理由は。


森川 一つは、全ての事業で稼げるようになったことだ。当社には、石油化学、化学品、アルミニウム、無機、エレクトロニクスの五つのセグメントがある。過去は、ハードディスク事業が属するエレクトロニクスに偏っていた。しかし、今は他の事業の収益基盤も分厚くなってきた。その結果、化学業界に追い風が吹いた時に、会社全体に好影響が及ぶようになった。


── 主な増益要因は。


森川 無機セグメントの黒鉛電極事業だ。黒鉛電極は、電炉でのスクラップ鉄の溶解に不可欠な素材だ。黒鉛電極の市況が好転したことや、中国の環境規制で電炉の稼働が進んでいることが増収要因となった。当社は長野県大町市などに製造拠点があるのに加え、同業の独SGL GE社を17年10月に約193億円で買収したことが貢献した。買収によって世界トップシェア(約3割)となった。


── なぜ、買収したのか。


森川 米国の製鋼業では既に6割が電炉を使っており、今後、日本でも中国でも増える。ただ、最大の問題は、一定期間で価格変動があることだ。価格変動の波を緩和するにはどうすればいいかを考えたら、世界トップメーカーになるのが一番効果的だという結論になった。黒鉛電極は、現在、当社の「個性派事業」のうちの一つだ。

 

 ◇「個性派事業」の3要素

 

── 個性派事業とは何か。


森川 成長の源となる事業のことだ。年間利益数十億円、利益率10%以上、市場変動が少ない、の3要素が必要だ。


── なぜその3要素なのか。


森川 化学品業界では、当社も他社も「高付加価値製品」「機能性化学品」など、いろいろな言い方をして、新たな収益源を探してきた。しかし、なかなか成功しない。自分たちの戦う領域をどんどん小さくしたからだ。領域を小さくしきったところで、その範囲ではトップだと言い張れる。居心地はいいだろうが、結果的にほんの少ししか利益が出ていなかった。全社の収益に貢献するには、ある程度の市場規模の中でシェアがあって(年間利益数十億円)、当社に見合った利益率で(利益率10%以上)、有望な市場であること(変動が少ないこと)、が必要だ。これを昭和電工なりに表したのが、3要素だ。


── 現在の個性派事業は。


森川 13の事業のうち3要素を満たすのは、黒鉛電極、電子材料用高純度ガス、ハードディスクの三つだ。ただ2025年には、全事業数の半数以上にすることを目指す。個性派事業候補には、アルミ缶やリチウムイオン電池材料などが含まれる。現場には「3要素全てを満たそうとせず、まずは一つの要素をクリアすることから始めればいい」と言っている。


── 人工知能(AI)やIoT(モノのネット化)の変革にはどう向き合うか。


森川 まず影響を受けるのは、サービス業、次にBtoC(消費者向けビジネス)で、我々のBtoB(法人向けビジネス)はしぶとく生き残る。データセンターの建設加速や電気自動車(EV)の普及によって、使われる半導体も増える。当社は半導体製造時の回路形成やクリーニングで使う(臭化水素などの)高純度ガスを製造している。半導体は微細化が進み、線を彫る距離が長くなっている。また、メモリー半導体では積層化(記憶容量を増やすために基板を重ねること)が進み、工程も増えている。すると、製造時に使われるガスも増える。当社の高純度ガスの売上高はここ数年、年15%成長を続けている。


── 他の事業で成長領域は。


森川 飲料用アルミ缶は14年から海外に出ており、海外事業だけ見ると年9%成長だ。アルミ缶はかさばり輸送費がかかるので、地産地消がいい。では、どこに生産拠点を置くかがポイントになる。当社は14年にベトナム北部の地元アルミメーカー「ハナキャン」社を買収して進出、さらに17年には中部に新工場の建設を決定した。ベトナム北部・中部はアルミ缶の文化が始まったばかりだった。そのさなか、当社のアルミ缶は、印刷が鮮明、プルトップが安易には取れないといった品質が、地元の飲料メーカーに評価された。ベトナムでの実績を見たタイの飲料メーカーからアルミ缶製造販売の合弁事業を持ちかけられ、バンコク近郊で今年10月に新工場が稼働予定だ。
(構成=種市房子/編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 研究ばかりやっていた。やりたいことがあるのに、権限がなく何もできない。そんなことを繰り返してもんもんとしていた。


Q 「私を変えた本」は


A 『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド)。


Q 休日の過ごし方


A 頭の中の知識の整理。「なぜ外国企業は利益率20%が必要だと言うのか」という経営のことから、趣味の野球で「巨人はどうすれば強くなるのか」ということまで、疑問に思ったことを、その週に聞いた名言やニュースと関連づけてぼーっと考えている。すると、突然アイデアが降りてくることがある。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
 ◇もりかわ・こうへい
 1957年、東京都生まれ。麻布高校、東京大学工学部卒。82年昭和電工入社。主に研究開発畑を歩み、2013年執行役員。16年常務執行役員、最高技術責任者(CTO)、17年1月から現職。同社では20年ぶりの技術系、研究開発畑としては初の社長。60歳。
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事業内容:総合化学
本社所在地:東京都港区
設立:1939年6月
資本金:1405億円
従業員数:1万864人(2017年12月現在、連結)
業績(17年12月期連結)
 売上高:7803億円
 営業利益:778億円
 

特集:データ×技術 気象、金融、人材活用… 日本初のサービスが続々2018年4月17日号

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ビックデータを集める時代から、データを有効

に使い価値を生み出す時代に入った。

 

 インターネット、人工知能(AI)、IoT(モノのインターネット)を駆使し、デジタルデータから新しい価値を生む段階へと入った。データを活用した日本初のビジネスが続々登場している今、最前線を取材した。

 

 ◇日本気象協会 気象データで販売ロス削減

 

 日本気象協会は、気象庁が集める気象データを活用し、天候に左右されやすい商品の需要を予測し、商品の売れ残りを減らすプロジェクトを進めている。その予測技術を活用する企業の一つが子供服・ベビー服大手、西松屋チェーン。同社の柴田拓二・営業企画室長は「ある冬服の利益が、前年に比べ90%も増えた」と喜ぶ。


 アパレル商品は、需要が気温や湿度など気候の変化に大きく左右される。同社の、ある冬服の場合、販売数は11月にピークに達しその後、気温の上昇とともに減る。気候の変化に応じて値下げをするなど価格調整を行わなければ、多くの在庫品を抱えることになる。


 従来、値下げ幅をどのくらいに設定するかはベテラン販売員などの経験に頼っていた。だが、実際は値下げ幅を大きくしても売れ残ったり、逆に価格を据え置いても売り上げが伸びたりと不安定だった。経験と勘による価格設定に限界を感じ、定量的な予測の必要性を感じていた同社が出会ったのが、日本気象協会の需要予測技術だ。


 同協会でプロジェクトの立ち上げにかかわった中野俊夫・先進事業グループ技師は「気象データの特徴は客観的に将来を予測できること。それを経済に生かしたかった」と狙いを語る。


 予測の仕組みは、企業からPOS(販売時点情報管理)データとして過去の販売データを提供してもらい、それを同期間の気象データと照合し、どんな気象の時にどのくらい売れるかといった「需要予測式」を作る。予測式とこの先の天気予報を基に実際の需要を試算して企業に提供する。


 すでに食品製造業界では、豆腐や麺つゆ・鍋つゆなど季節性のある商品の需要予測実験で効果を確認している。プロジェクトに参加する豆腐メーカーの相模屋食料(前橋市)は、豆腐の小売り業者などと連携し、見込み生産で出ていた豆腐の廃棄ロスを生産量全体の8%から0・4%に減らすことができたという。


 中野氏は「全産業のおよそ3分の1には、気象リスク(天候による業績への影響)がある」という。気象予測技術はこの15年で誤差の精度が30%向上しており、「経済に利用できるしっかりとした素地がある」(中野氏)。

◇ジェイスコア 質問に答えAIが与信

 

 AIを活用し融資限度額や金利を算出する「AIレンディング(貸し付け)」市場規模が拡大している。


 みずほ銀行とソフトバンクが50%ずつ出資するジェイスコア(東京都港区)は昨年9月、個人向けに「AIスコア・レンディング」を国内で初めて開始した。


 融資を受けるにはスマホなどからサイトにアクセスし、18項目の簡単な質問に答えることから始まる。性別、職業、ローンの有無など個人属性について答えると、1000点満点で、「スコア725点、貸付利率年9・4%、上限160万円」などと融資条件が提示される。600点以上であれば同社のサービスが受けられ、上限額と金利はスコアによって変わる。「自分のスコアを確認した上で借り入れ計画が組めるサービスは従来なかった」(大森隆一郎ジェイスコア社長)。


 実際に融資を受けるには、さらに150項目の質問に答える。その質問は例えば「洋服は何を基準に選びますか」といったユーザーの嗜好(しこう)を問うものもある。質問が多いほど明確に借り手がどんな人物かが分かるため精緻な与信審査が可能になる。


 学生や給与水準が低い人でも高スコアになる場合があり、従来の画一的な与信審査で融資を断られていた人たちが、融資を受けられる可能性が出てくる。大森氏は「将来のある若者の方が高スコアになる可能性が高い」と強調する。


 回答にうそが混じっていれば与信の精度は落ちるが、ジェイスコアは、みずほ銀行の口座やソフトバンクの携帯電話料金の支払い記録などとひも付けできるようにした。例えば光熱費が毎月きちんと引き落とされていれば、信頼に足る情報が加わりさらに高スコアになる。「ビッグデータ時代に重要になるのはデータの“量”ではなく“質”だ」(大森氏)。

◇ネットプロテクションズ 後払い決済のリスク低減

 

 商品を入手した後に代金を払う「後払い決済」もデータの活用が急拡大している分野の一つだ。利用者の過去のショッピングの取引記録などのデータを活用することで、より精緻な審査が可能になった。


 国内最大手のネットプロテクションズ(東京都中央区)が提供するサービスの決済件数は、リアル店舗とネット通販などECを合わせ年間3600万件に上る。その7~8割がリピーターという。


 ファーストリテイリングが「ユニクロ」「GU」ブランドの通販サイトに導入するなど、国内1万7000社以上がネットプロテクションズのサービスを使っている。


 同社の取り組みで新しいのは、異業種と連携し、そのデータを活用して与信審査の精度を高めていることだ。不動産情報サイトを運営するLIFULL(ライフル)と提携し、全国の空き家やマンションの空室の情報を、自社が持つユーザーの取引データと突き合わせる。


 後払い決済でのリスクは、利用者が請求先住所などを偽って未払いが発生することだ。多いのは、利用者が以前住んでいた住所を登録するケースである。ネットプロテクションズは、同社の後払い決済の利用者が登録した住所に現在、居住中かどうかをライフルのデータベースで確認する。こうした、異業種横断でデータを融通し合うビジネスモデルは従来見られなかった取り組みだ。


 ネットプロテクションズの柴田紳社長は「さまざまな業界間でデータの“オープン化”が進まなければ、本当に価値のあるサービスの提供は難しい」と話す。個人の信用データはシェアリングサービスなどで利用可能であり、中国では個人の信用をスコア化し、カーシェアで使っている。「来るべきシェアリング社会にこそ、データを活用した信用の“見える化”が必要だ」(柴田氏)。

 ◇grooves(グルーヴス) 人材会社つなぎ地方活性

 

 日本では働き方改革への機運も相まって、「HR(ヒューマン・リソース=人材活用)テック」への期待が高まっている。欧米ではすでに、人材マッチングの分野で、応募者の適性判断にAIを活用する「タレント(才能)マネジメント」サービスが多数出ている。ただ、現時点では多数の応募者に対応しきれない人事部の負担を減らすようなサービスが主流で、そもそも応募者が少ない地方企業が最適な人材を探すためのサービスはほどんど出ていない。


 地方企業の人材確保を支援する数少ないHRテックとして注目されているのがgrooves(グルーヴス)だ。同社は国内の人材紹介会社から横断的に人材情報を吸い上げる「クラウドエージェント」と呼ばれる新しい仕組みを構築した。企業が人材を探す場合、その企業が取引する紹介会社が最適な人材を知っているとは限らない。一方、人材紹介会社も転職者が希望するポジションに空きがある企業を探すのは難しい。グルーヴスの仕組みはこれを解消する。


 佐賀県吉野ケ里町に本社を置く物流企業トワードは昨年、グルーヴス経由で欲しかった人材を補強できたという。食品の配送がメインの同社では、食品メーカーを新規開拓するため営業できる人材を探していた。ただ、同社で人材採用を担当する経営管理本部の太田洋之氏は「食材の特性を理解した物流設計ができる人物は、地元には少ない」と話す。首都圏の中堅以上の食品メーカーで営業をしていた人であれば、求めるスキルを持つ可能性が高いが、Uターン人材にめぐり合うのは難しいと考えていた。


 そんな時、クラウドエージェントを使ってみたところ、早いタイミングで、人材紹介会社から、営業経験が豊富かつ九州にUターンを希望しているという40代男性を紹介された。面接すると適性は理想的で、採用した。
「地方企業にこそ使ってほしいサービス」という池見幸浩グルーヴス社長は「先進的なAIやIoTの活用も重要だが、もっと大事なのは、どこに、どんな使えるデータがあるかを知ることだ」と強調する。それを有効に活用できれば「地方創生」で効果を発揮しそうだ。
   *   *   *  
「内閣府オープンデータ伝道師」として日本のデータ政策の立案に当たる庄司昌彦・国際大学GLOCOM主任研究員は「いろいろな分野でデジタル化が進んだ今は、いろいろなサービスを介してデータを組み合わせられる。しかも、その組み合わせは無限大だ。データテクノロジーに合わせて、社会を再設計する時代に入ったことを認識すべきだ」と指摘する。日本は、政府も企業も個人も、世界で起きている“データ活用革命”に乗り遅れないことが必要だ。

(大堀達也・編集部)
 

週刊エコノミスト 2018年4月17日号

定価:670円

発売日:4月9日


2018年4月17日号 週刊エコノミスト

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発売日:4月9日

 

データ×技術 

 

気象、金融、人材活用… 

日本初のサービスが続々

 インターネット、人工知能(AI)、IoT(モノのインターネット)を駆使し、デジタルデータから新しい価値を生む段階へと入った。データを活用した日本初のビジネスが続々登場している今、最前線を取材した。

 

 ◇日本気象協会 気象データで販売ロス削減

 

 日本気象協会は、気象庁が集める気象データを活用し、天候に左右されやすい商品の需要を予測し、商品の売れ残りを減らすプロジェクトを進めている。その予測技術を活用する企業の一つが子供服・ベビー服大手、西松屋チェーン。同社の柴田拓二・営業企画室長は「ある冬服の利益が、前年に比べ90%も増えた」と喜ぶ。続きを読む


出口どころか更なる異次元緩和も=白川浩道 〔出口の迷路〕 金融政策を問う(27) 

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国内のインフレ圧力が弱いなか、米国の景気が失速すれば、日銀のもくろみは大きく崩れる可能性がある。

 

白川浩道(クレディ・スイス証券副会長兼チーフ・エコノミスト)

 日銀の出口とは、過度な金融緩和からの「脱却」を意味するのであろう。それは、頻繁な金融政策の枠組み変更の歴史に終止符を打ち、金利の操作目標を一定のプラス(0・25%超)のコールレート(銀行間短期金利)に戻し、併せて膨張したマネタリーベース残高(国債保有残高)、及び、株式の上場投資信託(ETF)などの信用リスク資産保有額の縮小を開始すること、であろう。


 こうした金利と量の両面での正常化が視野に入ってはじめて、「日銀は出口に立った」と胸を張ることができる。


 しかし、出口までの道のりは長い。現在の仕組みでは、マネタリーベース残高の縮小を開始できるのは、プラス2%の消費者物価上昇率の持続的な達成が確認されて以降であり、現状でこれを展望することは極めて困難である。


 その前段階である、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)政策の廃止とコールレート目標への移行はどうか。その条件は、日銀が、「消費者物価上昇率が2%程度で安定推移することをそれなりに自信を持って予想できること」であろう。具体的には、食料・エネルギーを除く消費者物価上昇率がプラス1・5%程度に達し、上昇傾向がはっきり表れるということだ。残念ながら、これが達成される可能性もかなり低い。出口はまだ見えていないに等しい。


 第一に、日本経済において国内要因のインフレ圧力は弱い。有効求人倍率などは労働需給がかなりひっ迫していることを示唆しているとされるが、そうであるならば、なぜ賃金の上昇率が高まらないのか。最も有力な答えは、「人手不足は一部の職種や業種に限られており、事務職や管理職の多くが直面している問題は、むしろ人余り、すなわち過剰雇用」というものであろう。人余りを背景に労働生産性が低い状態で、企業が積極的に賃金を上げる理由はなかろう。


 他方、国内生産・営業設備が足りないという話はあまり耳にしない。製造工業設備稼働率のデータをみても、直近の水準は、リーマン・ショック前のピーク(2008年春)を13~14%も下回っている。生産設備が老朽化していることを加味すれば、実際の稼働率はもっと高いとの見方もあるが、日本企業は償却を上回る純投資を拡大させてきており、生産設備の老朽化はさほど起こっていないと判断される。


 むしろ、ネット通販の拡大などによって小売業の営業店舗などには過剰感が出ている可能性がある。地方も含めた現在のホテル建設ラッシュから考えて、東京オリンピック後には宿泊施設の遊休化も懸念される。いずれにせよ、設備不足による持続的なインフレを予想できる状況にはまだない。

 

 ◇米国経済の減速リスク

 

 第二に、世界経済の高成長が継続し、世界的に物価水準が上がることで輸入インフレ圧力が高まり、日本国内の物価が上昇する、という見方にも簡単にはくみせない。


 昨年の世界経済は確かに好調であった。米国景気が加速したからである。加えて、米国では、大規模減税と歳出拡大措置が決定された。このため、18年の米国の実質国内総生産(GDP)成長率は3%に達し、FRBによる年内の利上げ回数は3ないし4回となり、長期金利(10年国債利回り)は、早晩、3%を大きく上回ることになる、との見方がコンセンサスになりつつある。


 そうした状況で日銀が10年国債金利の誘導目標を現在の0%程度で据え置けば、いずれ、為替相場は円安になり、世界物価上昇と相まって日本の物価も上がる、という筋書きが語られている。


 しかし、米国の経済成長率が高まる保証はなく、減速するリスクも看過できない。その理由は大きく分けて二つある。


 まず、米国景気は、昨年秋以降に加速したが、これは、8月下旬から9月上旬にかけての大型ハリケーン上陸の被害に伴う特需の影響が大きい。特需は、自動車販売台数の突然の上振れ(17年8月の年率1603万台から9月の年率1847万台へ)に最も顕著に表れたが、工場の損壊を受けた一部機械の買い替え需要もあったとみられる。また、やや遅行して住宅着工統計にも特需の影響がみられた。


 昨年の米国の実質GDP成長率は2・3%だったが、ハリケーン特需を除いた実力ベースの成長率は2%を幾分下回る程度であったとみられる。仮に実力相応の成長率を2・0%と仮定して、そこから0・3%上振れたのであれば、今度は0・3%の下振れが起こっても不思議ではない。つまり、自動車販売などの特需部分が消えてしまうと、米国の実質GDP成長率は1・7%程度に低下するのではないか。減税と歳出拡大措置のGDP押し上げ効果は0・5~0・6%とみられるため、18年の成長率は、単純計算では2・2~2・3%になる。3%成長への加速ではなく、昨年と同程度の成長速度にとどまる可能性があるということだ。


 また、米国経済は循環的に景気鈍化の方向に向かっているとみられる。米国の短期金利は連続利上げを織り込む形で淡々と上昇してきたが、債券市場の景況感はさほど改善しておらず、長期金利の上昇幅は相対的には小幅である。このため、14年以降、米国債のイールドカーブはフラット化(長短金利差が縮小)しており、銀行の資金利益やリスクテーク能力には下押し圧力がかかり続けている。

 ◇円高で物価下落

 

 経済成長率が加速せず、長期金利が低下する中でFRBが利上げを継続すれば、イールドカーブの更なるフラット化が進むだろう。その行き着く先は、民間銀行貸し出しの縮小、社債の価格下落、株価の調整、逆資産効果による個人消費の減退、などと予想される。時期を正確に予想することは困難だが、景気鈍化がはっきりしてくれば、米国10年債利回りは再び2%程度に低下するのではないか。


 仮に、米国10年債利回りが2%程度に低下すれば、日米長期金利差の大幅な縮小の下で、為替相場は1ドル=100円以下の大幅な円高になるものとみられる。急激な円高は日本経済を物価下落状態に逆戻りさせるリスクを高める。前述のとおり、日本の国内要因のインフレ圧力は弱いからだ。あくまでリスク・シナリオではあるが、こうした経済環境になれば、超金融緩和からの出口論は吹き飛んでしまうだろう。出口が視野に入らないだけではなく、日銀は、更なる円高の阻止に向けた追加緩和を迫られるからだ。


 しかし、追加緩和の選択肢は限られている。長期国債購入額の増加(量的緩和の再拡大)は10年国債利回りを深いマイナスの領域(例えば、マイナス0・2%程度)に押し下げる可能性が高く、年金基金や民間金融機関の収益悪化をもたらす。そうした副作用を考慮すれば、採りにくい選択肢であろう。


 従って、日銀は、“更なる異次元の世界”に足を踏み入れることになるかもしれない。現状2%のインフレ目標の3%への引き上げ、マネタリーベースの永続的な拡大の約束、外債や外国株式の直接購入の開始など、が候補になろう。


 このように、国内インフレ圧力の弱さや米国景気下振れ・鈍化のリスクを考慮すれば、超金融緩和からの出口戦略と並行して、急激な円高が生じた場合の対応策を練っておくことが重要ではないだろうか。

 ◇しらかわ・ひろみち


 1961年東京都生まれ。83年慶応義塾大学経済学部卒業、日本銀行入行。調査統計局、国際局、経済協力開発機構(OECD)出向などを経て99年に退職。UBS証券チーフエコノミストなどを経て2017年から現職。著書に『孤独な日銀』『危機は循環する―デフレとリフレ』など

目次:2018年4月24日号

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CONTENTS

機関投資家こう動く
22 米中摩擦に一喜一憂 問われる「目利き力」 ■種市 房子/下桐 実雅子
25 証券会社別の先物売買 世界最大級ヘッジファンドの「日本株売り」戦略は失敗か ■木村 喜由
28 勝ち組のポートフォリオ 分散投資のブリッジウォーター 「政策先読み」のアイカーン氏 ■種市 房子
30 アクティビスト・ファンド 世界的大企業にも提案続々 ■藤田 勉
32 ヘッジファンド 運用額年々伸びて300兆円超 ■大井 幸子
34 巨大年金が導入のESG 単なる社会貢献ではない ■岩田 宜子
35 GPIFの1兆円運用で注目集める ■種市 房子
36 AI運用 量子コンピューター活用研究も ■桜井 豊
37 割安手数料のETFが上場
38 インタビュー アレクサンダー・フライス リベリオン・リサーチ共同創業者兼CEO
「20年超のデータ使い長期予測 FB売り、ドミノ・ピザ買い」
39 年金マネー 欧米勢は日本株素通り ■徳島 勝幸
40 ゴールドマン・サックス 米政府要職にOB輩出の親密度 ■松田 遼

Flash!
15 マネックスが仮想通貨に参入「コインチェック買収の皮算用」/フィリピンのインフラ整備「2020年までに1600億ドル投資」
17 ひと&こと 産業界反対のCO2新制度 環境省が具体案盛り込めず/アマゾン配達料値上げ ほくそ笑む個人事業主

Interview
4 2018年の経営者 柳井 正 ファーストリテイリング会長兼社長
18 挑戦者 2018 村山 慶輔 やまとごころ代表取締役
48 問答有用 ごぼう先生 介護アイドル
「介護を盛り上げることのできる存在に」

エコノミストリポート
72 氷上のシルクロード構想 北極圏に積極進出する中国 北欧での拠点づくりを加速 ■阿部 直哉

76 忖度霞が関の根源 建前は能力主義だが政治任用化 ■田中 秀明
80 消費増税 柔軟な値上げで駆け込み消費と反動減を解消 ■小峰 隆夫
82 英EU離脱 EU強行路線の内憂外患 ■増谷 栄一
87 米国 ホワイトハウスの“学級崩壊” ■今村 卓

World Watch
62 ワシントンDC 対中貿易戦争は5Gにも 通信インフラで中国勢排除 ■清水 憲司
63 中国視窓 党が政府から「奪権」 独裁制度化の国家改造 ■金子 秀敏
64 N.Y./シリコンバレー/英国
65 韓国/インド/シンガポール
66 青島/ブラジル/サウジアラビア
67 論壇・論調 貿易戦争、IT大手への「口撃」 新たなトランプ相場に危機感 ■岩田 太郎

Viewpoint
3 闘論席 ■片山 杜秀
21 グローバルマネー 外国人投資家の日本株売りに立ち向かう個人
42 出口の迷路(28) 物価2%は好景気の必要条件ではない ■門間 一夫
44 海外企業を買う(186) タペストリー ■児玉 万里子
46 名門高校の校風と人脈(286) 八幡商業高校(滋賀県) ■猪熊 建夫
52 学者が斬る 視点争点 「ノネコ」増加で希少種に危機 ■柘植 隆宏
54 言言語語
68 東奔政走 「外交」で挽回できるのか 失点続く安倍政権の「内政」 ■前田 浩智
70 福島後の未来をつくる(69) 導入余地なお大きい再生エネルギー 電力会社と企業の対話が拡大の鍵 ■リリー・ドンジ
75 国会議員ランキング(21) 法務委員会の質問時間 ■磯山 友幸
84 図解で見る 電子デバイスの今(10) スマホ、EVで4兆個に増える 積層セラミックコンデンサー ■津村 明宏
96 独眼経眼 働き方改革で残業代はそれほど減らない ■斎藤 太郎
97 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Soup-can economics ” ■安井 明彦
98 ネットメディアの視点 (最終回) ネットが夢から覚める時 記事の質に対する責任の真空地帯 ■藤代 裕之
103 商社の深層(109) 鉄・アルミから豚・大豆に波及 玉突きで貿易の流れ変える懸念 ■井戸 清一/編集部
104 アートな時間 映画 [君の名前で僕を呼んで]
105        舞台 [テイク・ミー・アウト2018]
106 ローカル・トレインがゆく(20) 貨物鉄道博物館 ■文・橋田欣典/写真・南野哲志
[休載]キラリ! 信金・信組

Market
90 向こう2週間の材料/今週のポイント
91 東京市場 ■藤戸 則弘/NY市場 ■村上 俊介/週間マーケット
92 中国株/為替/白金/長期金利
93 マーケット指標
94 経済データ

書評
56 『新・生産性立国論』
『近代日本一五〇年』
58 話題の本/週間ランキング
59 読書日記 ■小林よしのり
60 歴史書の棚/出版業界事情

55 次号予告/編集後記


製造小売業から情報製造小売業へ 柳井正 ファーストリテイリング会長兼社長

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Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

─ 現在の競合相手はどこか。


柳井 製造小売業(SPA)大手のZARA(ザラ)、H&M、ギャップに加えて、スポーツメーカーのナイキ、アディダス、それからネット通販のアマゾン、ゾゾタウンなどだ。業界の垣根がないシームレスな競争になっている。そもそも消費者がお金を出す財布は一緒だ。スマートフォンを買うか、服を買うか、または他の物を買うかという状況で、魅力ある商品を作ることが一番大事なことではないか。

 

── ユニクロならではの商品とは。


柳井 クラシック、ベーシックな服を、何年も着てほしいという思いで、お客様の期待を超える完成品を作っていきたい。


── ベーシックな服での競合はあるのか。


柳井 いや、ないですね。他社はもうかるという動機付けだろう。しかし、僕らは専門家としてベーシックな服を売っている。本当にいい商品を作ろうと思ったら、素材、縫製、企画、パターン、着心地、他の服とのコーディネート、これらの問題を全部解決しなければならない。そう簡単にできるわけではない。


── ユニクロ愛好者には「キャラクターものが増えており、ベーシックなものが減っている」という意見もある


柳井 僕もさっき社内で文句を言ったばかりだ。大きなキャラクターが入っている商品があったので「お客様の考えとは違う。こんなことに迎合して物を作るのはやめてほしい」と。世界中には、有名キャラクターが入った服があふれている。そんなのはうちで作る物ではない。

 

 ◇服はAIでなく人が選ぶ

 

── 昨年、東京・江東区に有明本部をオープンした。


柳井 従来は、企画と物流のオフィスは離れていた。昨年、物流倉庫も有する有明本部に、港区六本木からユニクロ事業部を1000人規模で移し、企画から物流、販売までの各部署の垣根を無くして意思疎通、情報のやりとりが円滑にいくようにした。物流面も、実店舗とネット販売の区別を無くしてシームレスに管理するようにした。


── ネット通販が増えれば実店舗販売に影響するのでは。


柳井 ネット通販と実店舗は共存しうる。米国でモールが衰退したのは、床面積の異常増加と店の同質化が大きな要因だ。ネット通販のせいにするのは経営者の言い訳だ。


── 有明本部の物流管理では発足当初混乱があったと聞く。


柳井 最初はうまくいかないのは当たり前だ。それは僕がいつも言っていることだ。全てすんなりいったらおもしろくない。原因は、自分たちでやるべきことを外部に全て丸投げしたことだ。だから問題が起きても、どこに問題があるのか分からなかった。今はだいぶ改善している。


── なぜそこまでして移転を。


柳井 製造小売業から「情報製造小売業」へ転換するためだ。今や消費者は、スマホで調べて得た情報を頼りにして自分の行動を決める。商品だけではなく、情報も同時に提供していかなければならない。製造販売に費やす労力よりも、情報発信・取得に費やす労力が重要になってくる。そういう状況に対応できる組織を作っていきたい。


── 発信する情報とは。


柳井 この服のこの着方ならばこういうふうにあなたの生活にプラスになります、ということだ。
── 人工知能(AI)が着こなしを提案するサービスも出現した。


柳井 それは僭越(せんえつ)だと僕は思う。やはり服はお客様に選んでもらうもので、僕らはその判断材料を情報として提供していく。


── 情報という点では、全身の寸法を細かく計測できるボディースーツも出現し、顧客の購買履歴と体形に合わせて、ファッションをオーダーメード方式で提案するサービスも登場した。


柳井 サイズを精密に測るのは重要だとは思う。しかし、消費者の好みがそれだけで分かるのか。やはり、僕らでいろいろな情報を集めて、編集して、ファッションについてこういうふうに考えていますと、判断材料を提供するのが大切だ。雑誌や映画を作るようなものだろう。


── 情報発信に対して、ビッグデータなど情報収集は。


柳井 購買履歴や買った人の性別や年齢も重要だが、当社の商品を買った方がどのように感じているのかが一番大事な情報だ。さらに言えば、当社の商品を買わない人の意見も重視している。


── ネット小売り大手のアマゾンや中国のアリババとの連携は。


柳井 アリババとは中国で提携しているが、他国ではその予定はない。アマゾンは、あらゆるものを独占しようとしている。利用されるだけの会社とは付き合えない。自分たちだけではなく、取引先や下請けなど全員が繁栄するビジネスモデルでないと永続的に成長できないのでは。


── かつて、店舗でのサービス残業が批判された。


柳井 批判は受け止める。批判されたようなことがあれば、ゼロにするような努力をしていかなければならない。無理をして仕事をしても続かない。社内では、サービス残業をしたら会社を潰す、と常々言っている。


── ただ、柳井社長にまで批判が届かないのでは。


柳井 おかしなことがあれば、直接抗議してほしい。僕はいい経営者でありたいし、いい従業員と仕事をしたい。批判的な意見を言う人も、良いコンサルタントだととらえたい。
(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A ビジネスマンというよりは、地方の零細自営業者として生き残ることに精いっぱいでした。


Q 「私を変えた本」は


A 松下幸之助さんと本田宗一郎さんの本はほとんど読みました。日本の真の意味でのアントレプレナー(起業家)である彼らに影響を受けました。


Q 休日の過ごし方


A ゴルフです。
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 ■人物略歴
 ◇やない・ただし
 1949年生まれ。県立宇部高校、早稲田大学政治経済学部卒業。71年、ジャスコ(現イオン)に就職。72年、父親が設立した小郡商事に就職。84年に「ユニクロ」ブランドを設立して社長に就任、91年、現社名に変更。2002年に会長に退いたが、05年に社長に復帰した。69歳。
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事業内容:服飾を中心とした製造小売業
本社所在地:山口県山口市
設立:1963年5月
資本金:102億円
社員数:4万4424人(2017年8月現在、連結)
業績(17年8月期、連結)
 売上高:1兆8619億円
 営業利益:1764億円

特集:機関投資家はこう動く 2018年4月24日号

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米中摩擦に一喜一憂 

問われる「目利き力」

 

すっきり買いにいけない、モヤモヤしたセンチメント(心理)」


 年金資金を運用する担当者が、もどかしさを口にする。例年、新年度に入ると、株式などに新たに資金を振り向ける機関投資家が、すっきりしない日々を送っている。


 2~3月の株価低迷に見舞われた日本の株式市場は新年度を迎えて、変化の兆しはある。1月以来、猛烈な売り越しを仕掛けてきた外国人投資家が、3月最終週(26~30日)、48億円ながら買い越しに転じた(図1、現物株ベース)。4月は過去17年連続で買い越している。3月最終週の買い越しへの転換は、日本株反転への兆しに見える。

だが、例年とは趣が異なる。


 年金や保険などの長期保有の機関投資家は、日経平均株価を構成する大企業株を購入する。
 大企業株の代表格であるファーストリテイリング株が4月に入って緩やかに上昇しているのも、新たな資金流入の影響とも言える。


 一方で、同じ大企業株でも、ソフトバンクグループは4月9日に年初来安値を付けた。


 三菱UFJ国際投信の荒武秀至チーフエコノミストは「世界的にフェイスブックやアマゾン、アリババグループなど、ハイテク銘柄が売られた影響では」と指摘する。

 

 ◇貿易、北朝鮮、為替

 

 機関投資家が買いをためらう理由で真っ先に挙げられるのが、米中の貿易摩擦リスクだ。今年の年初来安値更新(3月26日=2万347円)のきっかけとなったのが、3月23日にトランプ大統領が鉄鋼・アルミニウム製品の輸入制限を発動したことだった。


 返す刀で、中国も大豆や自動車などに対する関税措置発表で米国に応酬。米中で貿易制裁の報復合戦の様相を呈している。


 ただし4月10日、中国の習近平国家主席が外資に国内市場を開放する方針を明らかにして、米国に対する一定の配慮をにおわせた。米国では5月22日までは一般からの意見聴取手続きを取っており、結論は出ない。


 それまで市場は、米中の一挙手一投足に一喜一憂することになりそうだ。


 第二の懸念が、政治リスクだ。4月中旬以降、南北首脳会談や米朝首脳会談が予定されてはいる。米朝首脳会談は、当初「5月末実施」と発表されていた。しかし、4月9日にトランプ大統領が「5月か6月初旬に開く」と述べ、後ろ倒しになることを示唆した。

暗雲がたれこめているように見えるが、米朝間が水面下で事前交渉していることも徐々に明らかになっている。こちらも、市場にとって模様ながめの要素だ。


 さらに機関投資家が見極めたいのが、18年度の企業業績予想だ。


 4月11日、百貨店大手「J・フロントリテイリング」が年初来安値を付けた。前日発表した2018年2月期決算は営業利益が前期比18・7%増の495億円で着地したものの、今期予想を前期比2・1%減の485億円としたことに市場の失望が広がった。


 4月中旬以降に始まる決算発表で注目は為替である。18年度の予算を立てていた2~3月は急速に円高が進んでいた時期。さらに円高が進むと見込んで1ドル=100円程度で予想していたならば、業績の下振れ要因になる。


 JPモルガン・アセット・マネジメントの重見吉徳グローバル・マーケット・ストラテジストは「貿易摩擦や日銀の緩和縮小観測、国内政治などへの懸念から、今後も為替が円高で推移する可能性があり、企業業績のマイナス要因になり得る」と指摘する。


 また、ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストは「米中貿易摩擦、森友学園・加計学園など国内の政治リスクなどに、過剰に反応する必要はない。しかし、リスクは払拭(ふっしょく)されていない。また、企業決算が出るのも4月以降。投資家は、これらの結果を見極めるまで積極的には買えないのでは」と話す。

 ◇恐怖指数下がらず

 

 一進一退の日本株市場に、変動リスクがくすぶっていることをを示すデータがある。日経平均の1カ月先の不透明感の高さを示す「日経平均ボラティリティー(変動率)・インデックス(日経VI)」だ。通常、20ポイント以下ならば、日経平均株価も安定した動きを取る。


 その日経VIは、4月以降も20ポイントを上回る日が続く(23ページ図2)。S&P500指数のボラティリティーを示すVIX指数も、「べた凪(なぎ)」と言われる15ポイントを上回って推移する。


 17年の市場全体が緩やかに上昇する適温相場から一転、今年は変動の激しい相場となりそうだ。荒れる相場の主役の代表は、ヘッジファンドである。値動きの差を狙って売り買いを駆使して利ざやを稼ぐ手法を取る。足元のVIX指数の水準も、虎視眈々(たんたん)と相場変動を狙うヘッジファンドはじめ機関投資家の姿を映し出したものと言える。


 低インフレ、低金利の適温経済では、日経平均などのインデックス運用で手軽にリターンが得られたが、今年は違う。株、為替、債券、原油、金など幅広い商品に対する選別の見極め、目利き力が問われる。


(種市房子・編集部)
(下桐実雅子・編集部)
 

週刊エコノミスト 2018年4月24日号

定価:670円

発売日:4月16日


2018年4月24日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:4月16日

機関投資家はこう動く 

 

米中摩擦に一喜一憂 

問われる「目利き力」

 

 「すっきり買いにいけない、モヤモヤしたセンチメント(心理)」


 年金資金を運用する担当者が、もどかしさを口にする。例年、新年度に入ると、株式などに新たに資金を振り向ける機関投資家が、すっきりしない日々を送っている。


 2~3月の株価低迷に見舞われた日本の株式市場は新年度を迎えて、変化の兆しはある。1月以来、猛烈な売り越しを仕掛けてきた外国人投資家が、3月最終週(26~30日)、48億円ながら買い越しに転じた(図1、現物株ベース)。4月は過去17年連続で買い越している。3月最終週の買い越しへの転換は、日本株反転への兆しに見える。

 

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物価2%は好景気の必要条件ではない=門間一夫 〔出口の迷路〕金融政策を問う(28)

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日本のはやはり上がりにくく、それでも不都合はない、と5年間の経験は示す。極端な政策を続けていいのか。

門間一夫(みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト)

 多くの国で、「物価の安定」を確保することは金融政策の役割とされている。しかし、「物価の安定」とは具体的にインフレ率が何%のことなのだろうか。絶対的な決め手はないが、1990年代以降、世界的にインフレ目標の考え方が広まり、実際の経験が積み重ねられる中で、先進国では2%程度のインフレ率が妥当という相場観が形成されてきた。


 文字通りの「物価の安定」ならゼロ%のはずだが、なぜ2%の方が望ましいのだろうか。言われている理由はいくつかあるが、最も重視されているのは、景気後退時の利下げ余地を確保する観点からの、いわゆる「のりしろ」である。


 名目金利は基本的にゼロ%までしか下げられず、一部の金利をマイナスにできるとしてもその幅にはおのずと限度がある。従って、正常時の金利水準はゼロ%よりも十分高いことが望ましい。そのためには、正常時の金利水準に大きく影響する長期平均的なインフレ率は、ゼロ%ではなくて2%ぐらいのプラスが良いとする考え方で、グローバルスタンダードとなっている。

 若田部昌澄(右)、雨宮正佳両副総裁に替わった日銀新体制のかじ取りは。
若田部昌澄(右)、雨宮正佳両副総裁に替わった日銀新体制のかじ取りは。

◇2%の理由は利下げの「のりしろ」

 

 これに対して、長らく日銀はやや異なる考えを持っていた。それは日本の物価動向が特殊だからである。
 日本で「デフレ」が問題とされ始めたのは98年ごろからである。その後の15年間の平均的なインフレ率はほぼゼロ%であり、他のG7(先進7カ国)諸国平均に比べて2%程度低い(図)。興味深いことに、それ以前のバブルを含む期間をとっても、日本のインフレ率は他のG7諸国に比べて、やはり同じように2%程度低かったのである。理由ははっきりしないが、こういう現実がある以上、日本で企業や家計が「物価が安定している」と感じるインフレ率は、諸外国の場合よりも低いのではないか、したがって2%のインフレ目標は日本には高すぎるのではないか、と日銀は考えてきた。


 しかし、こうした日銀の考え方は世間に受け入れられなかった。「失われた20年」の原因は主としてデフレにあり、問題がデフレにある以上、その責任は日銀にあるという認識が、海外の著名な経済学者を含む有識者の間で優勢だった。日銀が他国並みの2%インフレ目標を掲げないから、日本の期待インフレ率は低迷を続け、経済の活力も削(そ)がれているというわけだ。


 日銀には独立性もあるが説明責任もある。多くの有識者の支持が得られない政策は、最終的には正当性を保てない。政府の経済政策との整合性も考えなければならない。結局、日銀は2013年、アベノミクスの登場とともに2%インフレ目標を採用する。


 その後、最近に至るまで日本経済は潜在成長率を上回る成長を続け、企業収益も過去最高を更新し続けている。労働市場はバブル期並みまで改善し、家計の所得も25年ぶりの高い伸びになっている。生産年齢人口の減少が続き、消費税率が3%も引き上げられたにもかかわらず、経済は大きく好転したのである。異次元の金融緩和だけがその理由ではないが、それが経済の局面転換を支えてきた意義は大きかったと思う。


 同時に、異次元緩和の5年ではっきりわかったことが二つある。


 第一に、日本はやはり物価が上昇しにくい国だということである。異次元緩和を始めた時は、マネタリーベースを2倍に増やせば2年で2%インフレが実現すると日銀は考えていた。実際には、マネタリーベースを5年で3・5倍まで増やしたが、今もインフレ率はエネルギー価格を除けば0%台半ばにとどまっている。ゼロインフレは日本社会に定着し、人々が空気のように当たり前と感じるものになっているのである。


 第二に、2%インフレが実現できなくても大きな不都合はない、ということもわかった。企業や家計のマインドは大幅に好転し、景気拡張期間はあと1年足らずで戦後最長を更新する。日本では、持続的な経済成長が、ゼロインフレに近い物価情勢と矛盾なく両立するのである。2%インフレは、経済が元気を取り戻すための必要条件ではなかった。


 もちろん、先述した「のりしろ」の観点を踏まえると、2%インフレが実現するならそれに越したことはない。だから日銀が今後も粘り強く金融緩和を続けることは正しい。しかし、マイナス金利、長期金利のゼロ%固定、株の買い支え、バランスシートの無期限拡大、という極端な政策を長く続けることまで正しいとは言い切れないだろう。これらが金融システムの健全性、金融市場の機能、家計の資産形成などに対して長期的にどのような含意を持つのか、誰も責任を持って明確には答えられないのではないか。人類にとって未知の領域だからである。

◇実現は望めず、リスクは未知

 

 もちろん、経済が危機に瀕(ひん)しているなら、どんな手を使ってでも危機を避けるというある種の無謀さが必要である。しかし、今の日本経済は、多くの企業で人手不足が経営課題とされるほど需要超過の状態にある。一方、過去5年の経験を素直に受け止めれば、日本では、どんな大胆な金融緩和を行ったとしても2%インフレを実現できる保証はない。経済情勢から見れば既に不要な異次元の政策を、未知のリスクを蓄積しながら、実現の保証がないうえに、実現しなくてもそれほど困らない2%インフレのためだけに続けるのは、どこかおかしくないだろうか。


 日銀の見通しどおり19年度前後に2%インフレが実現するなら問題ない。しかし、5年も10年もマイナス金利を続ける事態は避けるべきだろう。たとえ2%インフレが実現しない場合でも、長期にわたって極端な手段を採らなくても済むよう、物価安定目標の位置づけを適切な時期に見直した方が良い。


 「のりしろ」は無いよりはあった方が良いので、2%インフレを最終的な着地点と考えるのは妥当だ。ただし、その実現まで長期にわたりかねない金融緩和の中身は、金融システムや市場機能など、中央銀行として重視すべき他の事柄とのバランスが取れたものであることが望ましい。そして、そのバランスを判断する際には、今見える副作用だけでなく、長期的に顕在化するかもしれないリスクへの配慮もあった方が良い。


 もっとも、こうしたリスクの評価は極めて難しい。次善のアプローチとしては、実体経済が良好ならあえて未知のリスクをためないようにする、という判断を可能にする枠組みが有効だ。例えば、インフレ率だけでなく需給ギャップにも十分高いウエートを置いて政策判断を行う、という考え方には理論的、国際的にも正当性がある。


 こうした考え方に従えば、需給ギャップが明確なプラスまで改善している現状では、類例のない極端な金融緩和の継続が最適という結論にはなりにくいのではないか。また、スウェーデンのように、インフレ率が1~3%の範囲なら基本的に問題ない、という柔軟性を物価安定目標に持たせることも一案だ。


 金融政策のベネフィットとコストを厳密に評価するのが難しい以上、その評価が多少間違っていたとしても大きな問題が起きないようにする工夫は必要だ。そうした観点から、進むべき方向は2%目標の相対化、柔軟化だと考えられる。


(門間一夫・みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト)

◇もんま・かずお

 


 1957年北海道生まれ。1981年東京大学経済学部卒。88年米国ウォートンスクール経営学修士。81年に日本銀行に入行。2007年調査統計局長、11年企画局長を経て、12年理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)。16年に日銀を退職し現職。

第69回 福島後の未来:導入余地なお大きい再生エネルギー 電力会社と企業の対話が拡大の鍵=リリー・ドンジ

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リリー・ドンジ(米ロッキー・マウンテン研究所)

◇リリー・ドンジ(Lily Donge)


 米エール大学経営大学院で経営学修士号(MBA)を、同大学で国際開発学修士号をそれぞれ取得。コンサルティング会社や資産運用会社、シンクタンクなどを経てロッキー・マウンテン研究所入社。同研究所でビジネス再生可能エネルギーセンターを共同設立し、現職。


 

 米ロッキー・マウンテン研究所(本部・コロラド州)のビジネス再生可能エネルギーセンターは、再生可能エネルギーに関する研究機関であり、同時に、その導入を後押しする取り組みを進めている。


 米ワシントン、ニューヨーク、コロラド州バサルト、同ボルダーの4カ所を拠点に、具体的には、教育・研修事業などを通じて再生可能エネルギー導入を支援する。需要側の意欲を引き出すいわば「ディマンド・プル」型の取り組みだ。


 センターは、米飲料・食品大手ペプシコや製薬大手ノボノルディスク、自動車大手ゼネラル・モーターズ、独シーメンスなどの多国籍企業をはじめ、再生可能エネルギー開発業者や、弁護士事務所、コンサルティングファームといったサービス企業を含め、さまざまな企業が集まるプラットフォームでもある。


 現在は200以上の企業や団体が参加し、参加企業・団体の再生可能エネルギーの購入量は累計約100億ワットを超えた。日本からも、ホンダの米国法人が参加している。多様な企業や人が一つの場に集まることで、再生可能エネルギーへの円滑な移行を目指している。

 

 ◇広がる普及の輪

 

 米国とメキシコにおける企業の再生可能エネルギーの購入状況を見てみると(図)、当初は米グーグルやマイクロソフト、アップル、フェイスブックなど、IT関連の大手企業による取引が多かった。


 しかし最近では、幅広い産業で再生可能エネルギーの購入契約が拡大している。米小売り最大手ウォルマートやアップルは、自社で再生可能エネルギーを導入するだけでなく、取引先にも再生可能エネルギーを利用するように促し、取り組みの輪を広げている。


 もともと企業の経営者は、再生可能エネルギーについてよく理解していないことが多い。優先順位が本業にあるのは当然だ。


 とりわけ、エネルギー市場は複雑だし、理解するのに時間もかかる。平均的な最高経営責任者(CEO)が、エネルギー問題について考える時間は1年に3分間程度にすぎないとの指摘もある。


 我々は、こうした状況を変えていきたい。


 では、再生可能エネルギーの導入をさらに加速するにはどうすればよいか。


 まず、導入コストの一段の低下が必要だ。企業は、社会貢献や環境活動としてではなく、あくまで「ビジネス」として再生可能エネルギーの導入を決断できる環境を整えなければならない。


 次に、顧客や取引先をはじめ、社員や株主など、社会全体が再生可能エネルギーの導入を求める状況になっている必要がある。


 さらに、企業トップが温室効果ガスの削減に野心的になることだ。温室効果ガス排出量を減らすためには、再生可能エネルギーの導入が最も有効だ。企業トップがこの点を認識する必要がある。


 現在は世界各国でかつてないほど再生可能エネルギーの導入機運が高まっている。導入コストは現在でもかなり低い。そのため、再生可能エネルギーが数あるエネルギーの選択肢の中から選ばれる状況になりつつある。


 つまり、再生可能エネルギーがビジネスとして成り立つようになっている。

◇米国も導入機運衰えず

 

 地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から離脱を表明した米国も同様だ。協定離脱を決めたトランプ大統領の就任後も、気候変動対策への機運は決して衰えていない。米国を代表する企業やカリフォルニア州など非政府組織で作られた「We are still in」(私たちはパリ協定にとどまる)には、自治体やその首長、大学、研究機関、企業など1500社・団体が署名する。米国の再生可能エネルギー市場そのものに変化はなく、企業もかつてないほど市場にコミットしている。


 つまり、米国では、政治よりも市場が先を進んでいる状況にある。


 トランプ氏自身は、再生可能エネルギーについて、ビジネスとしての可能性や成長性をまだ十分に理解していない気がする。今は他の関心事が多すぎるようだ。当センターも、まずは彼を教育する必要があるかもしれない。


 日本だって悲観する必要はない。再生可能エネルギーの導入に向けたポテンシャルは、米国よりもむしろ日本のほうが高いと思っている。


 日本では長年、産業界と電力会社が経済成長に向け協力関係を築いてきた。また、今は導入が遅れているといっても、その分、再生可能エネルギーの導入先進国がこれまでに直面した課題や誤りを「他山の石」に用いることができる。


 ただし、日本には、米国の一部の地域と同様に、今なお地域内の市場を独占する電力会社が存在する。我々は、米国ではこうした電力会社と電気の買い手である一般の企業やNGO(非政府組織)とが対話の機会を持つよう働きかけてきた。


 電力会社も、当初はかたくなな態度を崩さなかった。しかし対話を行ううち、電力会社も、再生可能エネルギーを提供することの重要性に気づくようになった。


 日本でも今後、再生可能エネルギーの普及を広げるためには、やはり一般の企業と既存の大手電力会社のオープンな対話が必要だ。


 産業界と電力業界は、これからも良好な関係を維持していきたいと考えているはずだ。このため企業の行動が変われば、電力会社に与えるインパクトは大きい。


 対話にはNGOや投資家が加わることが望ましい。一般の企業と規制当局の対話も必要だろう。一般の企業や電力会社、規制当局の間で築く共通認識が、これからのエネルギー市場を形づくることになるためだ。

 

 ◇電力の買い手側も努力を

 

 ただ、再生可能エネルギーがいくら気候変動対策に有効であるといっても、やみくもに導入を広げるのはよくない。


 再生可能エネルギーを導入する際にも、多かれ少なかれ、他の電源と同じように資源が必要になるためだ。いずれかの電源に使用が偏れば、それだけ必要な資源を使いすぎてしまうことになる。


 そのため我々は、それぞれの電源で作った電力が、バランスよく使われるような制度設計を心がけている。その意味で、ベストな制度は「デジタル化」によって、いかに柔軟でスマートな使い方ができるかが鍵になる。そのためには、非常に大規模なスマートグリッドが必要だ。


 再生可能エネルギーの普及拡大には、需要側の努力も必要だ。そのためにも、一般の企業と電力会社の対話が求められている。


(リリー・ドンジ、米ロッキー・マウンテン研究所)

ネットが夢から覚める時 記事の質に対する責任の真空地帯=法政大学社会学部メディア社会学科准教授・藤代裕之

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藤代裕之(法政大学社会学部メディア社会学科准教授)

 

ふじしろ・ひろゆき1973年生まれ。96年徳島新聞社入社。司法・警察、地方自治などを取材。2005年NTTレゾナントでニュースデスクや新サービス立ち上げを担当。13年から現職。著書に『ネットメディア覇権戦争』など。


 いまやネットメディアと既存のマスメディアとの違いは溶けている。新聞などに加え、テレビもネット上で配信を始めた。あらゆるメディアがネット化している。

 

 ネット化で何が変わったのか。記事や映像の制作と、それが読者や視聴者に届くまでの流通が分離したことが大きい。これまで朝日新聞の紙面には、朝日新聞が制作した記事しか載っていなかった。ネット上でプラットフォームは、フリーマーケットのように多種多様な記事を並べている。誰が制作したものなのかはよく分からず、実はユーザーもあまり気にしていない。

 

 新聞通信調査会の2017年の世論調査によると、ネットニュースを見る時にニュースの出所を気にする人は42.5%、気にしない人が57.1%だった。

 

 既存メディアは、誰が作った記事なのかを重視してきた。朝日新聞に載っている記事は、朝日新聞社が品質を保証している。だが、ネット上に並ぶ記事は制作元がバラバラで、ユーザーは品質を意識しないまま読む。そこに品質の低い情報や不正確な情報が入り込んでいる。

 

 プラットフォームはこれまで、単に記事を並べる場所を提供しているだけだとして、情報の「目利き」をユーザーに委ねてきた。既存メディアは品質をアピールする経験がなく、ネット上でその努力をしてこなかった。責任の真空状態のなか、ユーザーが不利益を被っている。

 

 これまで「メディアリテラシー」として教えられてきたのは、事実に対する見方や意見はメディアによって違うと認識することだった。だが、今起きているのは、その情報自体が間違ったものではないかと疑わなければならない事態だ。求められるリテラシーが変わったが、それは根づいていない。

 

 記事を制作するメディア側は、自分たちが制作した記事を、適切な方法と適切な値段で読者に届けるよう努力することだ。プラットフォームは記事の信頼性を担保し、フェイクニュースを排除する必要がある。

 

 ◇見たいものしか見ない装置

 

 いまやニュースを得る手段として、ネットのポータルサイトが紙の新聞を上回っている。これまでマスメディアが負ってきた社会的責任を、ネットメディアも引き受けなければならない。

 

 ネット上でプラットフォームはユーザーの興味、関心に応じて記事を表示する。そのため、「見たいものしか見ない」という状態が生じている。「フィルターバブル」と呼ばれるものだ。

 

 立場や意見が違う人たちが合意形成して社会を作っていく民主主義社会において、マスメディアにはさまざまな意見を載せる役割がある。単なる多数決に陥らないために、少数意見もクローズアップして議論の場を作るという調整機能を果たす。

 

 ところが、ネットという「見たいものしか見ない」装置が出来上がると、自分とは違う意見があることを知らない人が増えていく。そのような人が、新聞には自分と違う意見が載っていると知ると、新聞が嘘だという。ネットが民主主義を壊そうとしている。

 

 ネットでは個人が情報を発信し、社会的なムーブメントが生まれると言われる。だがその基には、真偽があいまいな情報が十分に検証されないまま拡散する構造がある。

 

 これまでネットに携わる人々は、インターネットが良いものをもたらすという夢を見てきた。その楽観主義はもう限界だ。現実に起こっている問題を正面から受け止め、情報空間を再構築しなければならない時に来ている。

 

*週刊エコノミスト4月24日号「ネットメディアの視点」

寄稿一覧

目次:2018年5月1・8日合併号

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CONTENTS

 

ドル沈没
18 米国債売りで1ドル=80円も 覇権崩壊で大動乱期に ■松本 惇/成相裕幸
20 インタビュー 岩下 直行 京都大学公共政策大学院教授、元日銀フィンテックセンター長 「仮想通貨はドル揺るがす『黒船』」
21 脱ドルの震源地! 米国経済「孤立化」五つの理由 ■青木 大樹
24 歴史は繰り返す 英ポンドと同じ道 始まったドルの覇権後退 ■上川 孝夫
26 人民元商圏の拡大加速 域外からマネー流入 ■斎藤 尚登
存在感増す人民元
28 初の元建て原油先物取引 ■田代 秀敏
29 東アジアで始まるドル離れ ■倉都 康行
30 ドル離れのロシア 経済制裁受けエネルギーで人民元シフト ■蓮見 雄
32 欧州はユーロが基軸通貨 ドル上回る国際資本取引 ■奥田 宏司
             英EU離脱で変わる欧州金融市場 ■小原 篤次
33 アジアの新興国 通貨危機で進んだ「ドル依存」脱却 ■武田 紀久子
35 インタビュー 武内 良樹 財務省国際局長 「アジア通貨との直接取引推進」
36 実物資産に回帰 ドル不安で増加する金の外貨準備 ■亀井 幸一郎
38 内向きオイルマネー 原油下落で財政悪化 減少するドル投資 ■岩間 剛一

エコノミスト・リポート
40 福島の新エネルギー構想 洋上風力と水素を復興の柱に 楢葉町や浪江町で進む事業化 ■北沢 栄

43 サイバー 日本初のサイバー国際会議 動きはじめた日米欧の連携 ■山崎 文明
44 中国ルポ 四半期決済額643兆円 スマホ決済大国の衝撃 ■金山 隆一
94 人口減少 小中学校統廃合で3分の1に 「地域の拠点」化を ■根本 祐二

 

Flash!
13 米英仏がシリア攻撃、本音は「不介入」の米大統領/空爆でEU離脱後を見据える英、次期盟主の存在感示す仏
15 ひと&こと 鈴木敏文派の後藤氏に踏み絵/台湾TSMCも中国で上場か/九電社長に交代観測

4 2018年の経営者 清水 博 日本生命社長
110 挑戦者 2018 滝沢 潔 ライナフ社長
54 問答有用 AC部 映像作家
  「僕たちの仕事は『違和感』を作り出すことです」

人口の通説を疑え
76 高齢化率が覆い隠す実像 東京は高齢者数が激増  ■黒崎 亜弓
77 藻谷流「人口リテラシー」  ■藻谷 浩介
80 移住促進策がじわり効果 大都市圏外でも子供が増えている 高知県大川村/大分県豊後高田市/島根県海士町 ■小島 清利
82 移住 少数でもインパクト大の田園回帰 ■小田切 徳美
84 技術革新 人手不足は補えるが、賃金は下がる ■福田 慎一
86 外国人 既に労働力が維持される増加ペース ■河野 龍太郎
88 医療 必要とされる医療の中身が変わる ■高橋 泰
91 保育所と幼稚園で子どもの争奪戦に ■池本 美香
92 単身世帯 80歳以上の高齢者で急増する ■藤森 克彦

パンダ大百科 ■中川 美帆
97 上野、和歌山、神戸 100倍楽しむ観覧法
98 上野・新パンダ舎は20年完成 広さ2倍でのびのび
99 インタビュー 遠藤 倫子 アドベンチャーワールド パンダ飼育チームリーダー 「14頭の父は『優しくて上手』」
100 カンカン、ランランに遡る パンダを巡る“人”模様
101 よみがえったカンカンとランラン 多摩動物公園で会える
102 パンダグッズ東西番付

 

World Watch
68 ワシントンDC ハイテク企業規制に慎重論 増えるロビー費用、増す存在感 ■井上 祐介
69 中国視窓 「中国製造2025」が標的 米国が警戒する技術力 ■真家 陽一
70 N.Y./カリフォルニア/英国
71 韓国/インド/タイ
72 台湾/ロシア/ケニア
73 論壇・論調 英が仮想通貨の対策チーム フィンテック先行の中国に警戒も ■増谷 栄一

 

Viewpoint
3 闘論席 ■佐藤 優
17 グローバルマネー 日銀が「他山の石」とすべき行政文書問題
46 出口の迷路(29) 物価と雇用、バブル回避は共存しない ■竹中 正治
48 海外企業を買う(187) モンデリーズ・インターナショナル ■小田切 尚登
50 名門高校の校風と人脈(287) 宇治山田高校・伊勢高校(三重県)/呉三津田高校・忠海高校(広島県) ■猪熊 建夫
58 学者が斬る 視点争点 社会保障 負担分かち合い可能 ■嶋田 崇治
60 言言語語
74 東奔政走 官僚を「ウミ」扱いする違和感 自衛隊「日報」を探索する不毛 ■平田 崇浩
96 キラリ!信金・信組(16) 西武信用金庫(東京都)(上) ■浪川 攻
112 独眼経眼 賃金を上げるのは物価より人手不足 ■藤代 宏一
116 アートな時間 映画 [モリーズ・ゲーム]
117        美術 [ヌード NUDE 英国テート・コレクションより]
118 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ 2020 Census ” ■安井 明彦

[休載]国会議員ランキング、商社の深層

 

Market
104 向こう2週間の材料/今週のポイント
105 東京市場 ■隅谷 俊夫/NY市場 ■櫻井 雄二/週間マーケット
106 ブラジル株/為替/穀物/長期金利
107 マーケット指標
108 経済データ

 

書評
62 『金融危機は避けられないのか』
  『トップ1%の人だけが知っている 「仮想通貨の真実」』
64 話題の本/週間ランキング
65 読書日記 ■楊 逸
66 歴史書の棚/海外出版事情 アメリカ

61 次号予告/編集後記


業界トップの規模はお客さまの信頼の証し 清水博 日本生命社長   

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── 今年4月から保険料率を改定し、多くの商品で保険料を値下げしましたね。


清水 今回、11年ぶりに保険料算定の基準となる予定死亡率を引き下げました。この11年間の傾向とデータをしっかり分析し、確信を持って死亡率を引き下げたので、定期保険や終身保険など保障性商品の保険料を値下げしようと考えました。定期保険では最大20%程度、保険料を引き下げており、平均の値下げ幅は12%程度です。

── 年金保険など貯蓄性の商品や医療保険の保険料は?


清水 貯蓄性の商品に対しては、低金利の中で根強い貯蓄・資産形成ニーズがあります。昨年度に値上げしたこともあり、今回は料率改定の対象外とし、保険料を据え置きました。また、医療保険では治療費が増えがちなため、本来は保険料は値上げ傾向のところを、ほぼ横ばいとしました。配当の形でも死亡率が改善した効果を実感してほしいと考えており、加入した保険の種類や時期によって異なりますが、現在配当をお支払いしている人の約7割が増配となります。増配の規模としては約700万件、金額は約300億円となる予定です。

 

── 今年3月に発表したマスミューチュアル生命買収の狙いは?


清水 生命保険の販売は、営業職員の対面販売のほか代理店や銀行での窓販などへと広がっています。銀行窓販では日本生命と(2015年12月に子会社化した)三井生命で商品をそろえていますが、富裕層向けの、それも銀行窓販に強みを持つマスミューチュアル生命を加えることで、3社体制として銀行窓販市場をより強くすることができます。


── 資産運用会社のM&A(合併・買収)にも積極的ですね。


清水 昨年12月には米運用会社TCWグループへの出資を発表し、今年3月にはドイツの資産運用会社ドイチェ・アセット・マネジメント(DWS)の株式5%を取得しました。TCWは米国の債券運用に強く、DWSは幅広い運用手法を持っています。日本のお客さまには国内の低金利もあり、グローバルな運用によって運用利回りを向上させたい期待があります。TCW、DWSを活用して、お客さまに提供する商品のバリエーションを増やしたいですね。

 

 ◇営業職員をより強く

 

── ネットや保険ショップなどが広がる中でも、約5万人の営業職員はやはり営業の主軸ですか。


清水 ネットでの保険販売は今のところ頭打ちで、成長している保険ショップは対面営業なんです。やはり、営業職員による対面営業をより強くすることが最重要ですね。ネットや保険ショップに行くお客さまは、身近に(保険のことを)相談できる人がいません。昔は職場に出向いた営業職員が相談相手になっていました。最近はセキュリティーの関係で難しくなっていますが、法人営業のつながりを生かしてお昼休みに場所を借りるなどし、相談の機会を増やしています。


── 「インシュアテック」と呼ばれるように、保険分野でもAI(人工知能)などIT活用が進んでいます。


清水 そこは積極的に導入したいですね。すでに、営業職員が持つ情報携帯端末を一新し、基本的に申し込みをペーパーレスにしました。また、情報携帯端末の支援ソフトでは、年齢や家族構成などの情報を入力すると、それに合った商品を提案する簡単なAIを入れています。


── 商品開発への応用は?


清水 今年4月から生活習慣病になるリスクを重点的に保障する商品を発売しました。これに合わせて、糖尿病予備群の人向けに重症化を予防するプログラムの実証実験を、ヘルスケア関連の企業と組んで始めます。腕にパッチのようなものを付けて24時間、血糖値や血圧などの数値をモニタリングし、専門家からのアドバイスを受けられる仕組みです。この実証実験でどこまで数値が改善するのかを確かめ、実験の範囲を広げたうえで、いずれは本格的なサービスとして展開したいと思っています。


── 日本株を保有する機関投資家として生保各社が昨年、株主総会での議決権行使結果を個別開示しましたが、日本生命は開示しませんでした。


清水 我々は株式投資の際、投資先企業との対話を重視しており、議決権行使は対話の末の行動の一つにすぎません。長期にわたって投資する機関投資家として、議決権の行使結果を個別に開示することが、企業との対話を阻害する要因にならないかどうか。また、中長期的な企業価値の向上につながるのか、今後も状況を見ながら(開示を)判断していきます。


── 業界トップであることにこだわりを持っています。


清水 規模の大きさはお客さまからの信頼の証しだと思っています。生命保険会社として一番重要なのは、お客さまから引き受けたリスクを長期間にわたって保障すること。そのためには、自己資本や財務基盤を安定させ、強化しなければなりません。しかし、会社に対する信頼が得られていなければ、契約を得られず、収益を安定させることもできません。これからは、規模だけでなく社会貢献も含めた取り組み全体で、業界をリードしていく会社を目指していきたいですね。
(構成=桐山友一・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 会社の中長期の収支予測や財務を預かる主計部というところに長くいました。残業の毎日でしたが、徹夜したある日の朝、ホテルで食べたエッグベネディクトの味が忘れられません。


Q 「私を変えた本」は


A 『人生で大切なたったひとつのこと』(ジョージ・ソーンダーズ著)です。人生を振り返って、人に優しくすることが欠けていたと書いてあり、私自身も本当にそう思いました。


Q 休日の過ごし方


A プールで定期的に泳いだり、掃除、洗濯など家事に没頭します。仕事をすっかり頭から離すことを心がけています。
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 ■人物略歴
 ◇しみず・ひろし
 1961年生まれ。徳島県出身。徳島県立城南高校、京都大学理学部卒業。83年日本生命入社。執行役員総合企画部長、取締役常務執行役員、取締役専務執行役員(資産運用部門統括、財務企画部担当)などを経て、2018年4月から現職。保険数理人(アクチュアリー)資格を持つ。57歳。
………………………………………………………………………………………………………
事業内容:生命保険業
本店所在地:大阪市
設立年月:1889年7月4日
自己資本:5兆2951億円
従業員数:7万651人(2017年3月末現在、単体)
保険料等収入:5兆2360億円(16年度、連結)
基礎利益:6855億円(16年度、連結)

特集:ドル沈没2018年5月1・8日号

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米国債売りで1ドル=80円も 

覇権崩壊で大動乱期に

 

松本惇/成相裕幸

 

 米国と中国の間で関税強化の応酬となるなど米中の貿易摩擦が激しくなる中、中国の「米国債売却」カードが、ドル覇権に大きな影を落としている。大量の米国債を保有する中国がそのカードを切れば、ドルの信認失墜につながるからだ。3月末には中国の崔天凱・駐米大使が米国債の購入減額について「あらゆる選択肢を検討している」と発言したと報道されるなど、売却観測がくすぶっている。


 国際金融市場に詳しい豊島逸夫・豊島&アソシエイツ代表は「中国が米国債を大幅に手放すようなことになれば、米国債の格下げなどが現実化してドル売りが進む。投機筋がその動きを増幅させれば、短期間で1ドル=80円程度までドルが暴落してもおかしくない」と警告する。

 

 米中の貿易摩擦は、「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領が内向きの姿勢を強めていることで激しさを増している。この内向きの姿勢は軍事面でも顕著だ。国際社会の安全保障を一手に担う「世界の警察官」の役割から降りるとして、世界に駐留する米軍の撤退を模索する。こうした態度は、軍事力を裏付けとするドルの信用力低下につながる。


 4月13日に起きた米英仏3カ国によるシリア攻撃は一見すると、そうした安全保障政策に逆行するかのように思えるが、エイジェム・キャピタル・グループの小西丹(まこと)ダイレクターは「米軍が世界から撤退する『アメグジット戦略』の一つ」との見方を強める。


 その根拠は「アサド政権の化学兵器使用と今日の報復措置は、ロシアによる失敗の結果だ」と、「ロシアの責任」を主張したトランプ氏の演説だ。小西氏は「『ロシアの責任』を強調することで、ロシアに『しっかり管理・統制せよ』というメッセージを送っている。これは中東をロシアに任せ、米国が撤退する布石」と見る。5~6月に予定されている史上初の米朝首脳会談などの動きも、「米軍が朝鮮半島から撤退するとの合意が中国との間でなされているために起きている」と指摘する。


 これらの動きに加え、北朝鮮やロシア、イランなどに経済制裁の手段としてドル決済を停止することが、「『ドル離れ』でなく、米国側からの強制的な利用排除につながる」(渡辺博史・国際通貨研究所理事長)との声もある。

 

◇外貨準備のドル比率が低下

 

 シェールオイル革命による原油輸入の減少や、国内経済のけん引役が製品の輸入が不要なサービス産業となるなど経済構造も変化し、米国経済の成長による海外の恩恵は少なくなった。米国経済の相対的な影響力の低下は、投資家によるドル需要の低下だけでなく、各国政府・中央銀行が持つ外貨準備におけるドルの割合の低下をもたらしている。

 

 国際通貨基金(IMF)によると、2001年に71%台だった世界の外貨準備におけるドル比率は、13年に61%台にまで低下。09年のギリシャの財政危機に端を発するユーロ危機の影響で価格が落ちたユーロからドルに回帰する動きがあったため、一時的にドル比率が増加したが、UBS証券はユーロ危機の影響がなければ60%を下回っていたと推計する。一方、01年に10%に満たなかったドル・ユーロ以外の通貨の割合は17年に16%台に上昇した。

 


 また、為替取引においても同様の理由でユーロからドルに回帰する動きがあったため、16年のドル比率は43・8%となっているが、ドル・ユーロ以外の通貨の割合も40・5%まで上昇し肉薄している。

◇通貨のレジームチェンジ

 

 人民元の国際化を掲げる中国は、3月には上海市場で初の人民元建て原油先物の取引を始めるなど、ドルの覇権に挑戦する姿勢を鮮明にしている。また、欧州の単一通貨であるユーロも、域内ではドルを上回る国際資本取引が行われるなど基軸通貨としての機能を存分に発揮。アジアの新興国においても、各国の中央銀行間でドルを介さず、お互いの通貨を交換する動きが強まっている。


 もちろん、ドル以外の通貨がすぐにドルに代わる基軸通貨になることは考えにくい。台頭著しい人民元も為替レートは中国政府によって管理され、海外への資本逃避を防ぐための規制はいつ発動されるか分からないなど、市場の完全な自由化には至っていないからだ。また、ユーロも域外には普及していない。


 複数の専門家は、米州はドル、アジアは人民元、欧州はユーロという「通貨3極時代」を予想する。

 豊島氏は「通貨のレジーム(体制)チェンジが起こっており、今後5~10年間は移行期となる。長期的にドル安が進行することで、世界の多くの輸出主導国は自国通貨高になり、経済的なダメージを受けるだろう」と推測する。


「ドルの通貨覇権が崩壊し、大動乱期が来る」(浜矩子・同志社大学大学院教授)。果たして、日本政府や企業は備えができているだろうか。

 


(松本惇・編集部)
(成相裕幸・編集部)

週刊エコノミスト 2018年5月1・8日合併号

定価:720円

発売日:4月23日


2018年5月1・8日合併号 週刊エコノミスト

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定価:720円

発売日:4月23日

 

ドル沈没 

 

米国債売りで1ドル=80円も

 覇権崩壊で大動乱期に

 

 米国と中国の間で関税強化の応酬となるなど米中の貿易摩擦が激しくなる中、中国の「米国債売却」カードが、ドル覇権に大きな影を落としている。大量の米国債を保有する中国がそのカードを切れば、ドルの信認失墜につながるからだ。3月末には中国の崔天凱・駐米大使が米国債の購入減額について「あらゆる選択肢を検討している」と発言したと報道されるなど、売却観測がくすぶっている。

 

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物価と雇用、バブル回避は共存しない=竹中正治 〔出口の迷路〕金融政策を問う(29)

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金融政策をめぐる議論は必然的に食い違う。物価と雇用の関係を示すフィリップス曲線が、現実には安定的に存在しないからだ。

竹中正治(龍谷大学経済学部教授)

 いわゆるリフレ派やリフレ批判派といっても、論者により意見の相違がかなりあるのだが、強固なリフレ派は現状の金融緩和の維持、ないしは強化を主張する。一方で批判派は現行の金融政策をそもそも全否定する論者から、そろそろ出口を目指すべきであると唱える穏健派まで意見が分かれる。


 なぜ、これほど意見が対立するのか。その根底には、現代の金融政策のよって立つ原理が現実には不安定である事実がある。


 そもそも金融政策の目的は何か。米国のFRB(連邦準備制度理事会)については「二重の使命(dual mandate)」と言われ、物価の安定と雇用の最大化である。雇用の最大化とは、失業率が自然失業率に近い水準を実現することだ。自然失業率は主に摩擦的失業率(転職活動中の労働者)と構造的失業率(職種、年齢、地域などによる労働需要と供給のミスマッチ)からなり、これ以下には下がらない水準である。


 しかし二つの異なる政策目的がある場合、それを実現するためには適合的な政策手段が最低二つ必要と原理的に考えられている。金融政策ひとつに二重の使命を課すのは矛盾ではないのか。


 この点で日本銀行法第2条では「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」を日銀の理念とし、米国のような二重の使命を避けている。とは言うものの、「国民経済の健全な発展に寄与すること」と述べているので、景気への配慮は日本でも金融政策の重要な要素だ。


 それでは物価の安定と雇用の最大化は同時に実現され得るのか。実現可能であるとする立場が依拠するのが、「フィリップス曲線」と呼ばれる失業率と物価上昇率の関係性だ。


 図1が示す通り、景気過熱期には失業率が自然失業率より下がり、総需要>総供給力となるので、物価上昇率が上がる。この局面では金融政策を引き締めれば、実質金利の上昇が設備投資や消費の抑制に働き、右下方向にシフトする。


 逆に不況期には、失業率が上がり、総需要<総供給力なので物価上昇率は下がる。そこで金融政策を緩和すれば、実質金利の低下を通じて設備投資と消費が増え、左上方向にシフトする。こうした政策操作が可能ならば、物価の安定と雇用の最大化は短期では乖離(かいり)が生じても、中長期では金融政策というひとつの政策手段で実現可能だろう。


 フィリップス曲線について理論面では、経済主体が合理的に将来を予想して行動する限り成り立たないとする「ルーカス批判」が1970年代に提示されたが、90年代にニューケインジアン学派が価格の粘着性を想定すると成り立つと再構築し今に至っている。

◇安定的なフィリップス曲線は幻

 

 では、そのような安定的なフィリップス曲線が現実に存在しているのか。米国について50年以降を振り返ると、右肩下がりのフィリップス曲線が見られるのは、全体の4割前後の期間でしかない。70年代は物価高騰と失業率の上昇が併存するスタグフレーションが生じ、90年代はインフレ率と失業率が同時に低下する傾向にあった。2010年以降は低インフレ率のまま失業率が改善するというフィリップス曲線の水平化が起こっている。


 日本でもフィリップス曲線は不安定だ。70年以降について図2を見ると、71~77年(▲と灰色の実線)は米国と同様にスタグフレーションが生じ、インフレ率と失業率の関係性は失われた。78~99年(○と灰色の点線)には右肩下がりの関係があるように見える。ところが00年以降(◆と黒の実線)ではほとんど水平化してしまった。右肩下がりの傾きが見られるのはやはり全期間の4割程度に過ぎない。97~98年の不良債権危機と不況を契機に日本の労働市場が賃金が上がりにくい構造に変化したことが、その後のフィリップス曲線の水平化の原因と考えられる。


 このようなフィリップス曲線の不安定化は中央銀行にとっては頭の痛い問題だ。スタグフレーションの下ではインフレ率を抑制するために金融を引き締めると、不況が深刻化し失業率が上昇してしまう。また今日のようにゼロ%に近い低インフレ下でフィリップス曲線が水平化してしまうと、名目金利を下げることで実質金利を下げ、景気浮揚効果を出すことが困難になる。


 要するにフィリップス曲線が安定的に存在しないことは、物価の安定を通じた雇用情勢の改善を困難にする。金融政策にとって「不都合な真実」なのだ。


 これは言い換えると「インフレ率の安定化に適した金利水準」と「自然失業率の実現に適した金利水準」が中長期でも一致しないことを意味する。

雇用と物価、適した金利水準は違う

 

◇「適正な金利水準」は三つある

 

 雇用統計を見る限り、現下の日本経済は人手不足で自然失業率にほぼ近い。12年第4四半期から17年第4四半期にかけ、正規雇用は116万人、非正規雇用は215万人も増え、18年1月の失業率は2・4%と極めて低い。


 だが、消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)は前年比でようやく1%(18年2月)であり、目標とされる2%に届かない。つまり、現在の金利水準は雇用の最大化には十分低いが、ほどよい物価上昇に適した金利水準は、もっと低いマイナス金利水準にあることを示唆している。

 さらに厄介なことに「資産バブルを起こさない金利水準」が、もうひとつ違う水準として存在し、「ほどよいインフレ率の実現に適した金利水準<雇用の最大化に適した金利水準<資産バブルを起こさない金利水準」であることだ。この事実は80年代末の日本のバブル期も00年代の米国の住宅バブル期も、インフレ率は問題のない水準だったことが物語っている。


 異なる三つの適正金利水準の存在は、現下の金融政策に関する意見対立を不可避にする。2%物価上昇率の達成を重視する論者は、現状の金融政策の維持ないしは強化を主張する。雇用を重視する者は、現行の金融緩和はもう十分なので出口に向かって調整を開始するよう唱える。そして資産バブル回避を重視する者は、このままではバブルになってひどいことになると語る。そのうえ、日本の財政赤字の持続可能性の問題に関する意見対立が絡んで四分五裂だ。


 筆者自身は「条件付きリフレ派」であり、現行の「量的・質的金融政策」はそれまでの過度な円高と株安を是正し、雇用を回復する効果を上げたと評価している。しかし既にその効果、特に量的側面の効果は尽きており、微調整を始めるべきだと思う。具体的には、10年物国債利回りをゼロ%近辺に誘導するという金利目標と、年間80兆円の国債購入という量のコミットは矛盾するので、量のコミットを解除することから始めるべきだろう。
(竹中正治・龍谷大学経済学部教授)

◇たけなか・まさはる

 


 1956年東京都生まれ。79年東京大学経済学部卒、東京銀行入行。東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)為替資金部次長、調査部次長、ワシントン駐在員事務所所長、国際通貨研究所チーフ・エコノミストを経て、2009年4月より現職。京都大学博士(経済学)。

連載一覧

目次:2018年5月15日号

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CONTENTS

 

固定資産税を疑え!
18 今年は3年に1度の「評価替え」 「高すぎる」評価額に要注意 ■米江 貴史
19 相次ぐ固定資産税のミス 複雑な評価方法が呼び水に ■編集部
20 インタビュー 増田 寛也 元総務相 「使い道のない土地の評価 所有者不明化の一因に」
22 弁護士でも大変! 評価額の不服は「審査申し出」 課税誤りが公開されない疑問 ■沼井 英明
24 土地評価をチェック! 住宅用地の特例、不整形地…… 誤りやすいポイント大解説 ■下崎 寛
26 土地評価のウラ・オモテ 課税のための指標なのか── 実勢と大幅乖離の公示地価 ■川上 浩一郎
28 完全保存版 丸わかり固定資産税 Q&A■編集部/監修・古郡 寛
34 課税根拠の疑問 「応益原則」に大きな限界 資産価値に課税する矛盾 ■大柿 晏己

 

Flash!
13 メルカリ上場へ 自転車や金融で「経済圏」拡大 楽天、ヤフーと三つどもえの戦い/ソレン・ピン デンマーク高等教育科学相「日本の科学技術レベル高い」
15 ひと&こと 三菱商事の特別顧問廃止 小林会長意向が作用か/積水ハウス「地面師」詐欺 「事件関与」主張の男の真偽/JAXA新理事長の山川氏 有人宇宙開発姿勢に警戒感

 

Interview
4 2018年の経営者 西沢 敬二 損害保険ジャパン日本興亜社長
94 挑戦者 2018 中石 真一路 ユニバーサル・サウンドデザイン社長
46 問答有用 亀井 静香 元衆院議員
「安倍首相には憲法改正はできない」

エコノミストリポート
85 デモ続発で混乱 「革命の旗手」から一転、支持率低迷 発足1年の仏マクロン政権 ■渡邊 啓貴

36 軍事 トランプ政権の「核態勢見直し」 ■丸山 浩行
38 金融 ポイント利用に金融サービス続々 ■冨田 勝己
70 中国 経済政策の要職人事 習氏の信任厚い劉鶴氏が核 ■大和 香織
72 鉄道 JR吉備線がLRT化へ 利用者増でも補助金不可欠 ■梅原 淳
80 香港 階級政治に変化 中国共産党が貧困層取り込み ■倉田 徹
82 サウジ エネルギー大転換のリアリズム ■川名 浩一

 

World Watch
60 ワシントンDC 空港の入国審査、行政手続き 時間節約へ政府が動く ■安井 真紀
61 中国視窓 デジタルシルクロード 国際標準狙うアリババ ■岸田 英明
62 N.Y./カリフォルニア/スウェーデン
63 韓国/インド/フィリピン
64 台湾/ブラジル/ナイジェリア
65 論壇・論調 ドイツ銀行CEOに突然の解任劇 改革に失敗し外部候補は尻込み ■熊谷 徹

 

Viewpoint
3 闘論席 ■古賀 茂明
17 グローバルマネー 政策依存の「快楽主義」的な日本
40 福島後の未来をつくる(70)  再生エネ主軸の外務省提言は日本固有の事情検討が不十分 ■石川 和男
42 名門高校の校風と人脈(288) 早稲田高校(東京都) ■猪熊 建夫
44 海外企業を買う(188) 58同城 ■富岡 浩司
50 学者が斬る 視点争点 地域に根ざした仮想通貨の挑戦 ■西部 忠
52 言言語語
66 東奔政走 中間選挙にらみの米政権を日本が警戒 「安倍・トランプ」の微妙な関係 ■及川 正也
68 出口の迷路(30) 物価目標や財政再建より教育の充実を ■浜田 宏一
74 国会議員ランキング(22) 環境委員会の質問時間 ■磯山 友幸
75 商社の深層(110) 格安小型衛星の画像サービスで三井物産が狙う“総合”展開 ■編集部
76 図解で見る 電子デバイスの今(11) 次世代ディスプレーのマイクロLED ■津村 明宏
96 独眼経眼 米国景気の実相は、インフレ頭打ち ■藻谷 俊介
100 アートな時間 映画 [孤狼の血]
101        舞台 [團菊祭五月大歌舞伎 弁天娘女男白浪]
102 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Trade war ” ■安井 明彦
[休載]キラリ!信金・信組

 

Market
88 向こう2週間の材料/今週のポイント
89 東京市場 ■三宅 一弘/NY市場 ■堀古 英司/週間マーケット
90 欧州株/為替/原油/長期金利
91 マーケット指標
92 経済データ

 

書評
54 『炎と怒り』
『中国政治の社会態制』
56 話題の本/週間ランキング
57 読書日記 ■荻上チキ
58 歴史書の棚/出版業界事情

 

53 次号予告/編集後記

定価:670円

発売日:5月7日


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