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デジタル技術で新商品・サービス続々 西沢敬二 損害保険ジャパン日本興亜社長  

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──少子高齢化やクルマ離れ、自動運転車の開発の進展などによって、主力の自動車保険市場も変化が予想されます。


西沢 当社の売上高にあたる正味収入保険料約2兆円のうち、約1兆円を自動車保険が占めています。将来的には、現在の半分に減ることを念頭に置いています。


 減少の予想される約5000億円分の売り上げから得られる収益を生み出すだけの事業を今から仕込んでおく必要があります。


 ただし、対応にあたっては時間軸も大事です。今やるべきことと、中長期的にやるべきことは分けて考える必要があります。例えば、完全な自動運転車が開発されて、交通事故がなくなるような世の中が実現するのはまだ先のことです。国内の自動車保有台数は約8000万台前後。自動運転車が開発され、販売台数が年500万台で推移したとしても、自動運転車に完全に入れ替わるには15、16年はかかります。

 

── 自動車保険では、昨年8月に国内で初めて「テレマティクス保険」と呼ぶ商品を発売しました。


西沢 安全に運転すると、保険料を最大20%割り引く商品です。スマホにダウンロードできる運転支援アプリ「ポータブルスマイリングロード」で運転手の運転状況を診断し、割引率を算出します。


── 運転のうまさで保険料が変わるのですね。


西沢 そうです。さらに個人向けには1月から、自動車保険の特約として、運転に不安のある高齢者らを対象に、ドライブレコーダーを使った運転支援・見守りサービス「ドライビング!」を展開しています。ドライブレコーダーには通信機能がついていて、事故発生時に家族などに自動的に通報します。綜合警備保障(ALSOK)と提携して事故現場に駆けつけるサービスもついています。

 

 高齢者の「運転寿命」を延ばしたり、事故対応を拡充したりすることで、差別化を図っています。


── 将来を見据えた取り組みは。


西沢 2016年4月に「デジタル戦略部」を設置しました。人工知能(AI)や、パソコンを使った単純作業を自動化するソフトウエア「ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)」で業務の効率化を図るだけでなく、主にデジタル技術を活用して次世代を見据えた新しいビジネスモデルを探っています。


 昨年10月には、デジタル戦略部で探求した技術を使って、ビジネスモデルを具体化するための「ビジネスデザイン戦略部」を設置しました。


 デジタル戦略部とビジネスデザイン戦略部は本社40階に設けた「SOMPOデジタルラボ」に同居し、席を決めずに自由に座れるフリーアドレス型のデスクや全面ガラス張りの会議室などを使っていつでも議論できる体制を取っています。どうです、保険会社には見えないオフィスでしょう。


── 具体的には、どんなビジネスモデルを考えていますか。


西沢 民泊仲介最大手の米エアビーアンドビーや、フリマアプリのメルカリ、駐車場運営大手のタイムズ24といった成長の期待される企業と連携し、それぞれの分野で特色のある保険商品やサービスを開発できないか、一緒に検討しています。


 将来的には、優れた商品やサービスを持つベンチャー企業や大企業の事業部門と組んで、保険ビジネスとシナジー効果のある周辺のサービス事業そのものにも進出したいです。

 

 ◇変化はチャンス

 

── 技術やビジネスが大きく変化しています。


西沢 産業構造の変化は、保険会社にとっても大きなチャンスです。


 そこで、昨年12月には「ビジネスクリエーション部」を新設しました。生命科学や再生医療、ロボティクスなど五つの分野で「世界初」の技術に着目。大学や研究機関などと一緒に、保険の枠組みにとらわれることなく、新たな事業ができないか研究を始めています。


 3月に提携協定を結んだ慶応大学先端生命科学研究所とは、安心や安全、健康領域について、社会的課題の解決につながる事業にチャレンジしたいと考えています。


── 社長に就任してから丸2年がたちました。就任後、どんな点に力を入れてきましたか。


西沢 就任後にはまず、本当に価値ある商品やサービスとは何かについて、トップの目線から改めて事業や経営を見直しました。変化の激しい時代を生き抜くためには、前例にとらわれないイノベーションが必要です。そのためには大きく変わる必要があります。


── どんな体制が必要ですか。


西沢 まずはシンプルに、顧客や、顧客のことを一番よく知っている現場の声を聞いて、損害保険会社として当たり前のことを正しくやっていく必要があります。そのためには、意思決定のスピードを上げるとともに、自由に物を言い合える風土が必要です。現場に権限を委譲する必要もあります。


── 成果は出ていますか。


西沢 ゼロベースで一つひとつの仕事の進め方や働き方を見直す「仕事の棚おろし」に取り組んだ結果、残業時間だけでも、すべての職種で2割程度減らすことができました。


 また、現場への権限委譲については、17年度末時点で本社が保険を引き受けるかどうかを判断していた年約14万件の契約のうち、今ではその半分にあたる約7万件の判断を現場の判断に任せています。
(構成=池田正史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 20~30代は営業現場と本社部門を交互に経験しました。集中力と粘り強さを強みに、目標に向かって必死に取り組んでいました。


Q 「私を変えた本」は


A 取り立てて1冊を、というと迷いますが、最近は米テスラ最高経営責任者のイーロン・マスク氏関連の本や記事に関心があります。


Q 休日の過ごし方


A 月に2、3回は取引先とのゴルフです。それ以外は読めずにいる本を読んでいます。
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 ■人物略歴
 ◇にしざわ・けいじ
 1958年生まれ。慶応義塾高校、慶応義塾大学経済学部卒業。80年に安田火災海上保険(現・損保ジャパン日本興亜)入社。2010年6月に損害保険ジャパン常務、13年4月に同専務などを経て16年4月に現職。東京都出身。60歳。
………………………………………………………………………………………………………
事業内容:損害保険業
本社所在地:東京都新宿区
創業年月:1888年10月
資本金:700億円
従業員数:2万5822人(2017年4月1日現在)
業績(2017年3月期)
 正味収入保険料:2兆5503億円
 経常利益:2422億円


特集:固定資産税を疑え! 2018年5月15日号

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今年は3年に1度の「評価替え」 「高すぎる」評価額に要注意

 

 大型連休が終わり、土地や家屋を持つ人や事業者には今年も、市町村(東京23区は東京都)から固定資産税の納税通知書や課税明細書が届いているころかもしれない。納税通知書には「税額」が、課税明細書には課税のもとになる土地や家屋の「価格」(評価額)が記載されている。しかし、この税額や評価額を見て、その計算過程まで知っている人は多くはない。このうち、評価額についての疑問があれば、不服を訴えられるのは3年に1度だけ。今年はその3年に1度の「評価替え」の年に当たる。

 編集部に今年3月、ある手紙が届いた。福岡県のある市に妹が土地を持つ60代の女性からで、妹と二人三脚で土地の固定資産税評価額の不服を訴えた経験が記されていた。2011年11月に女性の母親が亡くなり、母親名義の宅地2筆を妹が相続。土地の固定資産税評価額を調べると、広さ843平方メートルの宅地が「1349万6450円」、209平方メートルの宅地は「265万4277円」となっていた。この評価額をもとに固定資産税額が計算され、合わせて約6万円の税金を妹が納めることになる。

 

 ◇「45万円」の引き下げ

 

 しかし、小さいほうの土地は自動車も通れないほど狭い道路に面している。どちらの土地も、とても評価額で実際に売れるとは思えない。税理士に聞いても、「そんな価格で売れるわけがない」という答えが返ってきた。最寄りの駅からは約1・5キロ離れており、交通の便も良くはない。そもそも、この土地がある市はかつて炭鉱で栄えたが、閉山後は人口流出が続き、土地売買もまばらになっている。


 6年前の評価替えの年だった12年、女性の妹は市の第三者機関である「固定資産評価審査委員会」に、評価額が高すぎるとして審査を申し出た。妹の宅地それぞれについて、「評価額が適正」と主張する市との間で、5回以上にわたり答弁書と反論書のやり取りを繰り返す。1年以上が経過した翌13年9月、評価審査委は妹の主張は認めなかったが、広いほうの宅地の一部に道路と出入りできない段差がある分を加味していなかったなどとして、評価額を45万円引き下げる決定を出した。

 ◇“言い値”で払う税

 

 小さいほうの宅地の評価額は変わらず、また評価額が45万円下がった宅地でも固定資産税額への影響はごくわずか。それでも、評価額に疑問を持って行動を起こしたことで、誤りの修正につながった。ただ、女性は「実際の土地取引よりはるかに高い評価額がつく固定資産税の評価方法そのものに疑問がある」と話す。女性のように「高すぎる」固定資産税の評価額に悩む地方の土地所有者は決して少なくない。


 固定資産税は市町村が評価額や税額を決めるため、納税者が疑問を持たない限り、いわば“言い値”で納めなければならない税金だ。評価額や税額が誤っていても、納税者が自ら気づかなければ、誤った状態が半永久的に続く。納税通知書や課税明細書を見て、疑問を持つことからはじめてみよう。


(米江貴史・編集部)

週刊エコノミスト 2018年5月15日号

定価:670円

発売日:5月7日


2018年5月15日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:5月7日

 

固定資産税を疑え!

 

 今年は3年に1度の「評価替え」 

「高すぎる」評価額に要注意

 

 大型連休が終わり、土地や家屋を持つ人や事業者には今年も、市町村(東京23区は東京都)から固定資産税の納税通知書や課税明細書が届いているころかもしれない。

 

 納税通知書には「税額」が、課税明細書には課税のもとになる土地や家屋の「価格」(評価額)が記載されている。しかし、この税額や評価額を見て、その計算過程まで知っている人は多くはない。このうち、評価額についての疑問があれば、不服を訴えられるのは3年に1度だけ。今年はその3年に1度の「評価替え」の年に当たる。

 

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物価目標や財政再建より教育の充実を=浜田宏一 〔出口の迷路〕金融政策を問う(30)  

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景気が過熱すれば出口へ向かう決断はありうる。ただ、米欧に合わせなくていいし、景気が悪化すれば、引き返せばよい。

浜田宏一(内閣官房参与、米エール大学名誉教授)

 2012年に始まったアベノミクスは、15年の終わりごろから、国際金融市場が時折リスクオフ(回避)、つまり、より安全な資産を求めて円高となる現象が起こり、金融緩和による円安への効果が薄れてきた。米国のトランプ政権の誕生で、その傾向は少し和らいだかに見えたが、米国が貿易戦争を仕掛けるなど複雑だ。いずれにしても、これまでの金融政策の効果は不確実になってきた。


 日銀は、2%の物価目標を堅持する考えだが、達成にはまだ距離がある。国民にとっては、物価目標の達成よりも、完全雇用の達成のほうがより重要だ。日本銀行法は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」と定めており、「雇用の安定」を日銀が直接の目標にできないから、物価目標が雇用、生産の目標を達成するための副次目標としてあるに過ぎないと私は考える。


 今の雇用状況を見ると、労働市場の需給がひっ迫して失業率が低下しているのはいい傾向だが、非正規で働く人たちはまだ買いたたかれている。正規雇用の賃金が上昇しないうちに、非正規雇用の賃金が上がり、格差が少なくなるのが望ましい姿だ。インフレが起こらずに、雇用が改善するのがベストであり、そういう意味でも、物価目標にこだわる必要はまったくない。

 

◇経済過熱なら出口へ

 

 日銀は、日本経済に過熱のサインがあると判断すれば、「出口」の方向に向いてもいい。ただ福井俊彦総裁(当時)時代の日銀が、06年7月にゼロ金利政策の解除に踏み切り、日本経済が再びデフレに戻ったことで厳しい批判を受けた。2期目に入った黒田東彦総裁が量的緩和を停止するのを逡巡(しゅんじゅん)する気持ちはよく理解できるが、日本経済にとってインフレが心配になれば、出口に向かう決断はありうる。その結果、景気が悪化する方向に向かうようであれば、また引き返せばいい。


 ただ、出口に向かうための判断について、無理に他国の中央銀行と足並みをそろえる必要はない。初期のアベノミクスの金融政策は、量的緩和によって市場に円が増えて、外国為替市場で円レートが下落し、製造業を中心に企業収益が回復し、雇用環境も大きく改善した。失業率が高かった当時の日本経済の状況を見れば、アベノミクスの金融政策が効果的だったことは疑問の余地はない。米国が最初に、ユーロ圏が次に、そしてそれから日本が出口にというのが妥当な順序であろう。


 債券ディーラーが、「金利がゼロでない世界に戻りたい」という気持ちはわかるが、まだ物価が十分に上がらず、早く出口に戻りすぎると、アベノミクス以前に逆戻りする心配がある。アベノミクスの金融政策がもたらした円安は、通貨安競争を招いたとの批判がある。しかし、変動相場制では、景気の良くなった国・地域が金融を引き締める一方で、景気が悪かったり、景気回復が十分でなかったりする国・地域が緩和を続けることは極めて自然であり、たとえ日銀がこのまま金融緩和を続けても、他国の金融政策を縛ることにはならないし、むしろ望ましいことである。他国は、外国からの金融緩和の引き締め効果を、通常は金融緩和によって中和できるからである。


 日銀が大量の国債を保有していることによるリスクを懸念する人もいる。確かに、金融緩和の「出口」で金利が上がれば、日銀が保有する国債に多額の含み損が発生し、自己資本を毀損(きそん)するリスクはあるが、それほど心配すべきことではない。国民が豊かかどうかというのは、国民の金融資産や海外に持っている外貨建て資産などで決まるからだ。日銀が損失を出せば、政府がそれを補てんすることになるが、日銀が負債を持とうが、政府が負債を持とうが、その裏側で資産を持つ国民にとってはどちらでも同じであり、日銀と政府を統合したバランスで考えればいい。


 一方、マイナス金利政策には副作用が出ている。金融機関が日銀に預ける当座預金の一部にマイナス0・1%の金利を課す政策は、資産を日銀に預ける金融機関への一種の「課税」負担になるので、銀行にとっては利潤を稼ぐのが難しい。特に、経済が衰退しそうな地方に地盤を置く金融機関は厳しい状況に置かれている。人口減少など地方経済の低迷に、マイナス金利の影響が加わり、収益悪化に苦しんでいる中小金融機関は少なくない。規模の拡大を目指して統合・合併しようとしても、市場の寡占を生むとして、簡単には認められない。公正取引委員会が統合・合併に反対するのは金融論に対する無理解を示すものである。出口に向かうか、緩和を継続するかにかかわらず、何らかの対処が必要だろう。


 また、初めはデフレが直らないが、金融緩和を続けると、やがて急激なインフレになって、止められなくなるというまったく的外れな理論を、学者の中にも、有力な政治家にも信じている人がいる。坂に大きな岩があって、邪魔だから動かそうとすると、一度転がりだしたら止まらなくなるという「岩石理論」である。英国の経済学者マーシャル以来、「自然は飛躍せず」というのが経済学の伝統だ。これを信じたら、日本経済は再び失われた20年に戻ってしまう。

◇教育の投資効果は高い

 

 16年8月に米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が発表した論文をきっかけに、「物価水準の財政理論(FTPL=Fiscal Theory of the Price Level)」に多くの学者が強い関心を持ち、私も勉強した。「ゼロ金利の下では金融政策に限界があり、マイナス金利も金融機関のバランスシートを損なうが、財政出動も併せて行えば物価水準に影響を与えられる」という点で示唆に富む考え方だ。

 まだ未知数の理論だが、我々の考えを正してくれる。例えば、政府の財政は、ある程度自転車操業になったとしても国民生活の向上に寄与するなら過度に心配することはない。来年も政府が安定していれば、納税者は現れるからである。米共和党の保守派ティーパーティーや、日本の財務省の影響を受けた学者は、健全財政にこだわりすぎる。FTPLの理論は、政府の財政バランスに固執した考え方を打ち崩すには有効だ。
 政府は19年10月に予定される消費税率引き上げの増収分の約半分を、将来の日本経済を担う子供たちの教育に充てるとしているが、これには大賛成だ。


 ノーベル賞経済学者のジェームズ・ヘックマン米シカゴ大学教授の研究によると、幼児教育への投資効果は5・6%と非常に高く、株式の実質収益率より高い。とりわけ、身障者などのハンディキャップを抱えた子供に重点的に投資すれば、経済格差の解消にも効果が期待できる。公正と効率を両立することができる極めて望ましい政策だ。仁徳天皇の昔話に例えれば、皇居の屋根を直すことより、「市民のかまど」の担い手である人的資本が育っていくほうが必要だ。


 日本では、暗記や計算などで優秀な成績を収めた人が官庁や大企業に入ってエリート層を構成している。世界中で、AI(人工知能)による構造変化が起きていて、従来の日本の教育ではAIに淘汰(とうた)されやすい人材しか育たない。これからは、AIをうまく操ることができる能力やビジネスに活用できる構想力を磨く教育が重要になる。


 財政を使った教育への投資は、ビジネス界に優秀な人材を送り出し、企業の国際競争力を高め、日本経済の成長を実現できる。人材を教育することのほうが、財政再建を急ぐことより重要だ。


(浜田宏一・内閣官房参与、米エール大学名誉教授)

◇はまだ・こういち


 1936年東京都生まれ。58年東京大学法学部卒業、60年同経済学部卒業。東京大学教授、米エール大学教授、内閣府経済社会総合研究所長などを経て現職。著書に『経済成長と国際資本移動』『金融政策と銀行行動』(共著)など。

第70回 福島後の未来:再生エネ主軸の外務省提言は日本固有の事情検討が不十分=石川和男

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◇いしかわ・かずお
 1965年福岡県生まれ。東京大学工学部卒。89年通商産業省(現経済産業省)入省、電力・ガス改革などに携わる。2007年に経産省を退官。東京女子医科大学特任教授や東京財団上席研究員を経て11年9月から現職。

 河野太郎外相が主宰する外務省の有識者会議が今年2月、エネルギー政策に関する提言をまとめた。提言には、(1)化石燃料確保が主体の外交から、再生エネルギーを主軸に置いた外交への転換、(2)原子力・石炭については発電コストや環境性の面から廃止、あるいは段階的に依存度を引き下げる必要性がある、との2点の主張が盛り込まれた。再エネは、経済産業省も今年3月、「主力電源として大量に導入していきたい」と表明している。しかし、再エネの大量導入には、自然条件によって出力が変動するという「変動問題」と、コストの高さが難題として立ちはだかる。外務省の提言は、これらの問題を十分に勘案しているとは言い難い。 

 

 ◇減らないドイツのCO2

 

 日本が再エネ政策を進めてきた過程で参考にしたのは、ドイツだ。ドイツが再エネ固定価格買い取り制度(FIT)を施行したのは2000年。それ以来、再エネ導入が進み、17年での再エネ比率は33%(風力16%・バイオマス8%・太陽光6%・水力3%)に達した。


 風力や太陽光は、自然条件によって出力が大きく変動する「自然変動再エネ」であり、バックアップのための調整電源が不可欠だ。ドイツでは、再エネ調整電源として石炭を多く利用してきた。17年の、全電源に占める石炭比率は37%で、再エネ(33%)を超える。さらに10~15年の、二酸化炭素(CO2)排出削減量を国・地域別に見ると、英国0・5億トン(削減幅29%)、欧州連合(EU)1・6億トン(同14%)に対して、ドイツは0・1億トン(同3%)にとどまった(図)。

フランス国有電力会社EDFのレニョー上級副社長は、今年1月に経産省で開かれた有識者会議で、ドイツの状況について「脱石炭の流れとは逆行している。再エネの導入量は拡大した一方で、原発ゼロを政治決定した結果、石炭を使い続けており、10年前からCO2排出量は変化していない」と述べた。


 ドイツは再エネが普及しているとはいえ、その買い取り費用である再エネ賦課金も巨額だ。そして再エネ賦課金は電気料金に含まれ、ドイツの電気料金を押し上げている。経産省資料によると、各国の電気料金(1キロワット時当たり)の17年実績は以下の通りだ(1ドル=110円で計算)。


・家庭向け:独37円、米14円、仏20円、英22円、日本23円
・産業向け:独16円、米8円、仏11円、英14円、日本16円


 確かに、ドイツでは、電気料金に含まれる税金も高いが、再エネ賦課金の影響も見逃せない。


 以上のように、再エネ先進国のドイツでも、課題が残っている。では、外務省提言では変動問題とコストに関して、どのような言及がなされているのだろうか。


 まず、変動問題については、「電力市場の成熟した各国では、限界費用の安い再エネをまず最大限に使い、残りの電力需要には、気象予測を統合した電力取引や系統の広域化、需要マネジメントとともに、天然ガス火力などの柔軟な電源を活用するというシステムに移行している。柔軟性に乏しい原子力や石炭の役割は次第に限られたものとなってきた」と書かれている。


 欧米諸国は、隣国と地続きで送電網が互いに接続されているため、他国間融通が可能だ。島国である日本では、国内だけで上記のような電源調整の方法を取るのは困難だ。外務省提言は、この差異に全く触れていない。やはり、日本の国情にふさわしい対策を示しておくべきだ。


 筆者は日本固有の電力調整手段として、揚水発電の有効活用策を提起したい。揚水発電の本来の機能は、余った電気で夜間に水を山の上部にくみ上げ、電力需要の多い昼間に山から落とすものだ。しかし、九州では近年、小丸川発電所(宮崎県)などで、太陽光発電の普及で余った電気を元に昼間に水をくみ上げて、需要が高まったら水を落として発電している。いわば、余剰な再エネを山の上にためる「再エネの蓄電池」だ。再エネ蓄電を資金的な不安なく推進していくためには、施設の維持や効率向上のための設備更新が欠かせない。再エネ賦課金を財源とする支援措置を提案しておきたい。


 提言では、コスト問題についても、「多くの国々が、良好な競争環境を政策的に用意し、入札によって再エネのコストを低下させているが、日本では、系統連系や優先給電の保証がなく、目標設定が低いことなど将来的な再エネ拡大の展望に欠けるため、事業者がコスト低下に踏み込める環境が整っていない」との記述がある。


 系統連系とは、あるエリアで余剰となった電力を送電系統で他エリアに送ることだ。また、優先給電とは、余剰電力が生じた場合に、どのように需給調整をするかという事業者間のルールを指す。優先給電については現在、まず火力発電から発電量を落とし、次に揚水発電所のくみ上げという形で需要を作り出すことを優先しており、再エネの発電量減は最後の手段と位置づけている。提言書では、このルールが必ず守られる保証がないとして、火力発電などに比べ発電コストの高い再生エネ事業者に不利だと指摘しているようだ。

 

 ◇高すぎるFIT価格

 

 しかし、日本の再エネの発電コストが高い最大要因は、政治的決着によりFIT価格が世界的にも高く、かつ発電開始から20年間固定されているため、事業者に発電コストを引き下げるインセンティブが働かないことにある。系統連系や優先給電がいくら再エネに有利になろうとも、現行のFIT価格・期間が維持される限り、コスト高は解決しようがない。FIT価格から算出される賦課金総額は、18年度2・4兆円、30年度3・1兆円に上る(いずれも推計)。消費税1%分(年間2・5兆~2・6兆円)と比べても、再エネ関連費用が巨額であることは一目瞭然だ。


 さらに、太陽光の設備利用率についても、日本固有の事情がある。世界的に太陽光コストが相当低下しているのは、日照条件などがよく日本よりも設備利用率が2~3倍もあるサウジアラビアなどの国・地域での話だ。日本は設備利用率が低いうえに、設置工事でも元請けが下請けに発注し、さらに孫請けに出す多重下請け構造が根強く、高コスト体質からなかなか脱却できない。


 外務省提言は、こうした日本固有の状況には一言も触れていない。筆者は、再エネの既稼働案件はもちろん、未稼働案件であっても、FIT買い取り価格・期間を変更することを提案したい。日本では12年度にFITが導入されたが、直後の数年間はFITが高値の「バブル期」だった。こうした高値買い取り案件に関しては、買い取り価格は引き下げつつ、買い取り期間は長くする改善が必要だろう。これによって、単年度負担は減らしつつ、総額の投資回収費用は確保することが可能になる。


 再エネ大量導入による電力コスト上昇を緩和するためには、安価な既設原子力・石炭火力発電の稼働率向上を図ることが有効だ。そのために、諸規制の合理化や運用改善を提案したい。具体的には(1)現状で原子力規制委員会の新規制基準に適合していなくても、一定の猶予期間内に適合することを条件とした上で、発電再開を容認する、(2)CO2低減効果が高い「高効率石炭火力」の新設・建て替えに関しては、環境アセスメントを迅速化・簡素化する、などだ。


 この外務省提言だけではないが、再エネ推進論には、導入によるメリットや夢物語に近いことが強調されがちである。しかし、再エネ導入にかかるコスト面やインフラ面でのデメリットを克服するための方策を同時に提起していけなければ、円滑な再エネ導入は実現しないだろう。


(石川和男・元経済産業省官僚、社会保障経済研究所代表)

目次:2018年5月22日号

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CONTENTS

 

ネットの新覇者
18 巨大プラットフォーマー 規制の防波堤は利用者の信頼 ■花谷美枝/池田正史
20 「主戦場」は指から「声」へ ■小久保 重信
22 自動車 アリババの「車の自動販売機」 米中で熾烈競争コネクテッドカー ■森本 尚
23 フェイスブック 純利益1.7兆円広告モデルに試練 ■加谷 珪一
25         IT大手と規制当局の攻防 ■編集部
26 アマゾン 米国を脅かす「アマゾン・エフェクト」 ■田中 道昭
27      アマゾン支えるクラウドサービス ■城田 真琴
28 インタビュー 佐藤 将之 事業成長支援アドバイザー、アマゾン元社員
         「衝突やあつれきを生むこともあるがアマゾンは『顧客を最も大切にする企業』」
29        増島 雅和 森・濱田松本法律事務所弁護士
         「価値観変わる潮目のシリコンバレー 深まる中央集権モデルへの懐疑」
30 7大IT企業の財務、成長力分析 経営トップの報酬 ■田中 稔
32 ロビー活動費トップはグーグル ■編集部
34 中国2大IT企業の試練 アリババとテンセントを襲う逆風 ■高口 康太
36 繰り上げ償還低リスクの23本 資金の出入りの見極めが重要 ■鈴木 雅光
38 世界のIT株を買う フェイスブックは過去最高益 アマゾン株価は史上最高値 ■篠原 光子
39 IT企業直撃する欧州の「GDPR」  ■渡邉 雅之

Flash!
 13 日産、欧州ディーゼル車から撤退/米利上げドル高に悲鳴の新興国、それでも円安進まぬ理由
15 ひと&こと 特許訴訟相次ぐゲーム業界/建機レンタル・販売会社破綻の波紋

 

Interview
 4 2018年の経営者 迫本 淳一 松竹社長
94 挑戦者 2018 池谷 大吾 スマートエデュケーション社長
46 問答有用 三嶋 順二 三嶋和ろうそく店7代目
  「揺らぐ炎には心を癒やす力があります」

エコノミスリポート
82 車載向け電池の覇権争い 中国が「EV電池工場」に 戦略転換迫られる日米欧 ■湯 進

70 物価 「基調」ズレ上昇する「体感」物価 ■広野 洋太
72 中国 習近平新体制の出身校ランキング ■稲垣 清
74 信金 信金はフィンテック活用模索中 ■大嶋 順子
76 米金融政策 「パウエル・ダッシュボード」 焦点は労働生産性 ■城田 修司
78 重電異変 世界のガスタービン発電が激減 ■宗 敦司
80 サイバー 米英中のサイバー防衛対策比較 ■山崎 文明
85 電力自由化 電力、ガス、石油の垣根越えた再編加速 ■武田 吾郎

 

World Watch
 60 ワシントンDC 米が突きつけた核合意見直し 身構えるイランのドル買い ■会川 晴之
61 中国視窓 地方の隠れ債務解消へ 金融機関の規制強化 ■神宮 健
62 N.Y./カリフォルニア/英国
63 オーストラリア/インド/ミャンマー
64 上海/ロシア/バーレーン
65 論壇・論調 暴走する大統領の通商政策 権限を米議会に取り戻せ ■岩田 太郎

 

Viewpoint
 3 闘論席 ■池谷 裕二
17 グローバルマネー 米国は「金利上昇の30年」入りか
40 出口の迷路(31) 国債暴落より危険な「永遠のゼロ」 ■高田 創
42 海外企業を買う(189) シャーウィン・ウィリアムズ ■岩田 太郎
44 名門高校の校風と人脈(289) 四條畷高校/生野高校(大阪府) ■猪熊 建夫
50 学者が斬る 視点争点 GDP統計で進む供給側重視 ■飯塚 信夫
52 言言語語
66 東奔政走 「解散臆測」を生む「多弱化」現象 国民民主党は選挙協力に影響も ■人羅 格
68 商社の深層(111) 伊藤忠、過去最高ずくめ決算で岡藤CEOが見せた危機感 ■編集部
97 キラリ!信金・信組(17) 西武信用金庫(東京都)(下) ■浪川 攻
96 独眼経眼 生産性低下は日本だけの問題ではない ■平田 英明
100 アートな時間 映画 [モリのいる場所]
101        クラシック [ナタリー・シュトゥッツマン&オルフェオ55]
102 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “Coalition of the willing ” ■安井 明彦
 [休載]国会議員ランキング

 

Market
 88 向こう2週間の材料/今週のポイント
89 東京市場 ■三井 郁男/NY市場 ■平 秀昭/週間マーケット
90 中国株/為替/銅・アルミニウム/長期金利
91 マーケット指標
92 経済データ

 

書評
54 『岩波講座 日本経済の歴史 5 現代1』
  『飯舘を掘る』
56 話題の本/週間ランキング
57 読書日記 ■高部 知子
58 歴史書の棚/海外出版事情 中国

53 次号予告/編集後記

伝統を大切にしつつ挑戦  迫本淳一 松竹社長  

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── 松竹の一番のイメージは「男はつらいよ」などを製作した映画会社です。製作のスタンスは。


 迫本 製作力を強化し、他には作れないものを作ることに基軸を置いています。最近では「8年越しの花嫁」がヒットしました。具体的にはオールファミリーで見られるような、温かい気持ちになれるようなものを作っていけたら、と考えています。

── それには何が大切ですか。


 迫本 人ですね。今のプロデューサーで中心となっているのは10年前に外部から入った人たちですが、基本的には自社で養成していきたい。


── 作品力を強化するための新たな仕組みを作ったのですか。


 迫本 脚本を強くしようと専門部門を作る予定ですが、ハリウッドなど外国の映画から学ぶべき点はまだまだあります。現在はマーケット分析をして「売れる」原作を取り上げ、企画段階から宣伝と一体となった戦略を考えるところまで来ています。さらにスケールが大きなものができる流れができればと思っています。


── 大きな企画を全て立てられるプロデューサーを育てると。


 迫本 いい人材が出てくるのを待つ態勢にはしたつもりです。あとはチャンスを与えて何度も挑戦させる。愚直ですがそれが基本だと思い、高い志を持ち続けたい。いきなり人が育つ特効薬はないと思います。


── そんなふうに考えるようになった転換点がありましたか。


 迫本 かつて映画会社は、映画館と契約を結んで年間を通じて番組を提供する「ブロックブッキング」というシステムがありました。このシステムは、安定的に番組を供給できますが、ヒットしない映画でも一定期間上映しなければならないデメリットもあった。このシステムがなくなり、ヒットしたものは上映期間を延長し、だめだったものは打ち切りできるようになりました。


── このシステム転換が、利益向上につながっているのですか。


 迫本 つながっていると思います。「ロード・オブ・ザ・リング」など買い付けた洋画が非常にヒットしましたし、その結果、映画館からの収入が好調でした。


── 自社製作のリスクは。


 迫本 製作は思った通りにいかなかったり、マーケットの状況が変わるリスクもあります。そのため安定的な収益基盤が必要となります。

 

  松竹の売上高は、映画などの映像部門が約6割を占める一方、歌舞伎を中心とした演劇部門が25%、不動産が10%を占める。歌舞伎は日本唯一の運営会社だ。

 

── 2013年に完成した歌舞伎座(東京・東銀座)やビルなど不動産を所有するのは、収益基盤確保のためですか。


 迫本 そうです。歌舞伎座の再開発では、テナントビルを作りました。過去に大船のシネマワールドなど不動産で失敗があり批判もありましたが、順調に進んでおり、コンテンツを作り続ける収益基盤ができています。


── 歌舞伎座の再開発は成功だったわけですね。


 迫本 昨期まで4期連続最高益を出せたのは再開発効果だと思います。

 

  ◇歌舞伎人気が拡大

 

── 歌舞伎の観客が増えたので

すか。


 迫本 増えました。京都の南座など他の劇場での公演も順調で、日本全体に現在の歌舞伎人気が及んだ結果という成功もあります。


── 成功の秘訣(ひけつ)は。


 迫本 先輩たちが努力して毎月歌舞伎が公演できるようにしました。また海外公演で日本への宣伝効果を狙ったり、襲名などのイベントも積極的に開いたりしました。


── 歌舞伎については、どんな取り組みを進めていますか。


 迫本 15年には漫画「ワンピース」を題材にしたスーパー歌舞伎を公演しました。原作者からお話があり、「ぜひ」と進めました。歌舞伎には子どもが喜べる要素はあったと思いますが、これほどはっきりと焦点が当たったことはなかった。原作の世界観も素晴らしく、歌舞伎の新しい側面を開いてくれました。子どものお客様が増えたことは涙が出るくらいうれしかった。小さいときに歌舞伎に触れた人はコアなファンになってくれます。


── 歌舞伎は世界でも注目されているようですね。


 迫本 3年前に米ラスベガスにあるベラージオの噴水で無料公演を行いました。10万人が押し寄せました。今の(松本)幸四郎君が演じ、パナソニックなどの最新技術と組み合わせて、噴水から飛び出すコイをつかんで投げる場面は拍手喝采でした。


── 松竹に入ったきっかけは。


 迫本 経営状態が良くないときに永山(武臣)会長から強い要請を受け、意気に感じて入りました。私の祖父(城戸四郎元社長)との関係もあったと思います。


── どんな会社にしたいですか。


 迫本 歌舞伎は大衆芸能が発祥で、400年続く芸術です。古典のエキスを薄めるべきではない。亡くなった中村勘三郎も「型があるから型破り」と言っていました。まずは(伝統という)型です。型なしになってはいけない。型を破っていく勢いがあるから、また良い型ができるといいます。


  耐震補強してリニューアルする南座でも、外国のお客様にも見てもらえるような、新たな取り組みを計画しています。いいものを大切にしながら挑戦する会社になりたいと思います。
 (構成=米江貴史・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 司法試験受験生でした。受かった自分しか頭にありませんでした。


Q 「感銘を受けた本」は


A 塩野七生さんの『ローマ人の物語』が好きです。帝国を率いるリーダーの悩みに比べると自分の悩みはたいしたことはない、と感じました。


Q 休日の過ごし方


A 家族と食事に出かけます。またジムにも通って水泳やウエートトレーニングをしています。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
  ◇さこもと・じゅんいち
 1953年、東京都生まれ。慶応義塾高校(神奈川県)、慶応義塾大学経済学部、法学部卒業。不動産会社勤務を経て93年弁護士登録。98年松竹顧問に就任。副社長を経て2004年5月から現職。
………………………………………………………………………………………………………
事業内容:映画の製作・配給、歌舞伎の制作・興行など
本社所在地:東京都中央区
 設立:1920年
 資本金:330億円
 従業員数:約540人(単体)
 業績(2018年2月期、連結)
  売上高:928億円
  営業利益:64億円

特集:ネットの新覇者  2018年5月22日号

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巨大プラットフォーマー

規制の防波堤は利用者の信頼

 

インターネットの覇者となった巨大IT企業が、世界を揺るがせている。栄枯盛哀葉世の常。新覇者は誰だ。

 

 個人情報流出問題でフェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が米議会で証言に立った4月。米政府によるIT企業に対する規制強化の観測が強まる中で発表した2018年1~3月期決算で、フェイスブックは四半期ベースで過去最高の純利益を出した。稼ぎ頭の広告収入が前年同期比1・5倍に増え、驚異的な収益力を見せつけた。


  世界を代表するIT企業のグーグル、アップル、アマゾン、フェイスブック、ネットフリックス、アリババの6社の時価総額合計は3兆5531億ドル(約388兆9578億円、5月7日現在、図1)。日本の国内総生産(GDP)の7割に達する規模で、アリババが上場した14年比で2倍超に膨らんだ。ITや人工知能(AI)による第4次産業革命を牽引(けんいん)する企業としてマネーを吸い寄せる。

 

 これらの企業は、ネットを使ったヒトとヒト、ヒトと企業、そして情報を結ぶ仕組み(プラットフォーム=基盤)を作り、情報を集約して収益化するビジネスモデルから「プラットフォーマー」と呼ばれる。


  基本ソフト(OS)「ウィンドウズ95」(1995年)が世界を席巻したパソコンから、アップルのアイフォーン発売(07年)を機にスマートフォンへと情報端末の主役が移る中で、プラットフォーマーは急速に成長してきた。今後は音声認識のAIアシスタント機能を使った「AIスピーカー」が端末の主力になると見られており、各社は開発を急いでいる。

 

  ◇「ファン」離れの恐れ

 

 プラットフォーマーは、メーカーを主とする20世紀型の大企業とは大きく異なる特徴を持つ。


  20世紀型の大企業は、商品やサービスを作ることで価値を生み出し、消費者に供給する。企業と消費者は一方通行の関係にあり、独占企業が優越的な地位を利用して値上げをすることで、しばしば対立。政府が独占禁止法などで規制し、消費者を保護してきた。


  ところが、プラットフォーマーは情報交換や取引の場を作ることに価値を見いだす仲介者の立場だ。無料もしくは従来よりも低価格でサービスを提供するため、利用者からの好感度は高い。


  また、プラットフォームは取引の場であると同時に、巨大な広告媒体でもある。グーグルがその典型で、持ち株会社アルファベットの売上高の85・5%をグーグルの広告収入が占める。


  世界のデジタル広告市場は10年の533億9900万ドルから、17年は1956億7200万ドルに成長し、総広告費に占めるデジタル広告の割合は10年の12・6%から17年は34・3%に拡大した(電通イージス・ネットワーク調べ)。18年は38・3%になり、テレビ広告費(35・5%)を初めて抜くと予想されている。


  だが、約8700万人もの個人情報が流出したフェイスブックの問題により、個人情報を武器に広告収入を得るプラットフォーマーのビジネスモデルには不信感が高まっている。既存の税体系から逃れ、小売業などの事業者との軋轢(あつれき)を生んできたアマゾンなどのプラットフォーマーには、以前から規制が検討されてきた。


  つまり、利用者の信頼がなくなれば、政治の圧力に対する防波堤を失う。だがその一方で、そうした規制は「第4次産業革命に水を差すことになりかねない」(みずほ総合研究所の長谷川克之市場調査部長)との見方もある。 
 (花谷美枝・編集部)
 (池田正史・編集部)

週刊エコノミスト 2018年5月22日号

定価:670円

発売日:5月14日



2018年5月22日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:5月14日

 

ネットの新覇者

 

巨大プラットフォーマー

規制の防波堤は利用者の信頼

 

 

 個人情報流出問題でフェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が米議会で証言に立った4月。米政府によるIT企業に対する規制強化の観測が強まる中で発表した2018年1~3月期決算で、フェイスブックは四半期ベースで過去最高の純利益を出した。稼ぎ頭の広告収入が前年同期比1・5倍に増え、驚異的な収益力を見せつけた。


  世界を代表するIT企業のグーグル、アップル、アマゾン、フェイスブック、ネットフリックス、アリババの6社の時価総額合計は3兆5531億ドル(約388兆9578億円、5月7日現在)。日本の国内総生産(GDP)の7割に達する規模で、アリババが上場した14年比で2倍超に膨らんだ。ITや人工知能(AI)による第4次産業革命を牽引(けんいん)する企業としてマネーを吸い寄せる。

 

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国債暴落より危険な「永遠のゼロ」=高田創 [出口の迷路]金融政策を問う(31)   

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金融機関にとって従来、出口の金利上昇が最大のリスクであった。異次元緩和により、そのリスクは日銀に肩代わりされた。

高田 創(みずほ総合研究所チーフエコノミスト)

 

 1980年代から金融市場に身を置いた筆者の世代は、常に金融機関にとっては金利上昇がリスクであると教えられてきた。70年代後半、米国からALM管理(Asset Liability Management、資産と負債の総合的なリスク管理)が導入され、日本でも80年代の金利上昇に際して、保有する債券価格の低下が意識された。90年前後、世界的な金利引き上げのなか金利リスク管理が一段と重視された。


  日本では90年代のバブル崩壊以降、金利低下に転換したものの、金融機関はバランスシート調整のなか、企業への貸し出しの代替として国債を大量に保有した。その結果、国債金利が上昇し、国債価格が下落した場合のリスクにどう対処するかが最大の経営課題とされた。筆者が2001年に『国債暴落』(中央公論新社)という書籍を出版したのはそうした環境のなかだった。


  歴史的には1940年代の米国も大恐慌の後の深刻なバランスシート調整のなか、米銀は大量の国債を保有し、出口における金融機関の金利リスクへの対応が課題となった。同様に、00年代の日本では、圧倒的に預金取扱金融機関が国債保有の中心であった。その結果、『国債暴落』では出口での金利上昇にどう預金取扱金融機関が対応するかを重要な課題として議論した。事実、03年6月の「VaRショック」のように、長期金利の上昇をきっかけに、金融機関がリスク管理の観点から国債を売却し、さらなる金利上昇を招くことによる金利の急上昇が、金融機関の経営に影響を与える事例が繰り返された。

 

  ◇緩和で金利上昇リスクは日銀へ

 

 しかし、今日一転し日本の金融機関にとって金利リスクのウエートは低下した。13年以降の異次元金融緩和により、預金取扱金融機関の国債保有が事実上日銀に肩代わりされ、その結果、想定されていた金利上昇リスクは預金取扱金融機関から日銀の問題に転嫁した。


  それは、日本版バランスシート調整のなか、出口で生じうる不可避なプロセスであったとの評価もできる。日本全体のバランスシートをみると、国債は企業の債務を政府が肩代わりすることで大きくなった「身代わり地蔵」だった。すなわち、バブル崩壊後の企業の過剰債務が不良債権として金融機関に肩代わりされ、これを政府は公的資金の対応も含め段階的に肩代わりした。同時にバランスシート調整に伴うデフレ圧力を和らげるべく、政府が財政支出を拡大することで企業の債務を結果的に肩代りすることにつながった。


  その「身代わり地蔵」の国債を預金取扱金融機関が大量に保有しているなかで金利上昇が生じれば、不良債権処理で困窮した金融機関が今度は金利リスクで危機にさらされてしまう。そこで、最後に日銀が国債を肩代わりした。金利リスクを政府と一体で処理する、日本独自の調整プロセスとも言える。


  今日でも地域金融機関のなかには国債保有比率が高く、超長期国債保有も多いところがあり、依然問題は残るものの、金利上昇問題は金融機関から大きく減殺された。いまや預金取扱金融機関にとって最大のリスクとは、金利が上がらないことである。

 図1は、現在のマイナス金利環境がそのまま2035年まで続いた場合の金融機関の収支を試算したものである。有価証券利回りのゼロ水準と貸出金利回りの低下の長期化で利益減少に歯止めがかからず、都市銀行よりも地域銀行(地方銀行および第二地方銀行)の利益落ち込みが厳しくなる。地域銀行の本業のもうけを示す実質業務純益は、2023年以降、15年度の半分以下の水準に落ち込むとの試算となる。何らかの抜本策を講じなければ、経営が危ぶまれる金融機関も生じかねない「2023年問題」につながる。一方、金利が上昇するケースの試算では、基本的に収支が改善する。


  今日の金融機関の課題はマイナス金利下での生き残りにある。今後着実に収益性が低下する深刻な事態であるが、預金は集まり過ぎるほどで資金繰りには問題がない。すぐにはリスクが顕在化せず、真綿で首を絞められるような状況にある。不良債権処理時のように資金繰りで致死量に至る急性期症状ではないが、収支環境不全の慢性期症状と言えよう。


  バブル崩壊後の00年前後の金融機関問題は不良債権問題とされたバランスシートの問題であり、そこで生じた資本の毀損(きそん)に伴う資金繰り問題にあった。資金調達の制約から存続の危機で待ったなしの対応が迫られた結果、公的資金での対応やリストラクチャリングが行われた。それから20年近く経過し、今や日本の金融機関のバランスシートの健全性は世界に冠たる水準に改善した。一方、収益性の面では、金融機関はさながら構造不況業種のような状況である。

 

◇銀行が迫られる「商社化」

 

  今日、企業の収益性は向上し空前の高収益を稼ぎ出しているが、金融機関には貸し出しの利払いの恩恵が乏しい。図2は、企業業績と投資家への収益還元を示したものだ。日本企業の16年度の当期純利益は約50兆円と、バブル期の90年前後の約18兆円の3倍近い水準を更新中である。一方、企業が金融機関にもたらす支払利息は90年代初には40兆円近い水準にあったのが、16年度の支払利息は7兆円程度と5分の1程度まで低下している。しかも、今日の超低金利水準が続けば、支払利息はいずれ6兆円を割り、5兆円程度まで落ち込む可能性がある。

 低金利下で金融機関が生き残りを図るためには、ビジネスモデルの転換が不可欠となる。企業が資本(equity)への収益還元である配当を高める一方、負債(debt)への還元である利回りは低下するなか、金融機関は貸し出しだけではなく、投資家として事業を育成する「リアルビジネス」にも軸足を置かざるをえない。


  このように金融が事業に関与することは、商社のビジネスモデルと類似している。その点で、銀行の「商社化」と言い換えることができる。時代に先んじて事業ポートフォリオを組み替えることが総合商社のビジネスモデルであるとすれば、金融機関も同様に、成長性を見極め、あらゆる地域、事業にアクセスして事業ポートフォリオを入れ替える柔軟性が重要になる。金融当局の指摘する事業性評価もこうした発想にあると考えられる。


  地域金融機関は地域商社化を志向すべきだろう。同時に、キャッシュフローや金利水準が高い海外分野への関与を強めざるを得ない。今日、日本の金融機関にとってのチャレンジは「永遠のゼロ」との戦いであり、既存ビジネスモデルからの転換ができるかが問われている。


 (高田創・みずほ総合研究所チーフエコノミスト)

 ◇たかた・はじめ


 1958年神奈川県生まれ。82年東京大学経済学部卒、86年オックスフォード大学開発経済学修士課程修了。82年日本興業銀行入行。2000年みずほ証券執行役員・チーフストラテジストなどを経て、11年7月より現職。著書に『国債暴落』『20XX年 世界大恐慌の足音』など。

サウジアラビアの大臣が投じたエネルギー大転換のリアリズム=川名浩一・日揮副会長

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再生可能エネルギーや電気自動車(EV)の普及への過度な期待や楽観が、近未来に混乱をもたらす可能性もある。

 

サウジアラビアのエネルギー産業鉱物資源大臣(元国営石油=サウジ・アラムコ社長兼CEO)カリッド・アルファレ氏 Bloomberg
サウジアラビアのエネルギー産業鉱物資源大臣(元国営石油=サウジ・アラムコ社長兼CEO)カリッド・アルファレ氏 Bloomberg

川名浩一(日揮副会長)

 

「日揮はソーラー(太陽光発電)に関心があるだろう。サウジアラビアはこれからもっとソーラーに力を入れるよ」

 

 今年2月14日、サウジアラビアの首都リヤドで開かれたシンポジウム会場で会話を交わした、世界の石油産業に絶大な影響力を持つサウジアラビアのエネルギー産業鉱物資源大臣(元国営石油=サウジ・アラムコ社長兼CEO)カリッド・アルファレ氏が発した言葉は、数年前には考えられない意外なものだった。

 

▽ソーラー発電に注力する中東

 

 サウジアラビアは石油依存型経済からの脱却を狙った経済改革計画サウジ・ビジョン2030の下、2023年までにおよそ原子力発電9基分の9500メガワットの再生可能エネルギー発電を計画している。ソフトバンクと組んで30年までに2000億ドル(21兆円)を投じて20万メガワットの太陽光発電計画も発表した。

 

 昨年、アラブ首長国連邦のアブダビのメガソーラー事業入札で丸紅グループが1キロワット時2セント台で画期的な受注をしたのに続き、サウジアラビアでも、300メガワット、25年間買い取りのメガソーラー事業入札が行われ、今年2月、現地企業のアクアパワーが2セント台で受注した。

 

 なぜ中東ではソーラー発電がこのように安くできるのだろうか。年間330日以上太陽がさんさんと輝き、敷地は平らで広く大規模で、土地代や電力系統への接続コストもかからず、南西アジアからの労働力も活用できるからだ。中東のメガソーラーは今や天然ガス火力より競争力がある。特に5~9月の気温40度を超える日中の冷房用電源として太陽エネルギーは最適だ。

 

 ◇世界を変える三つのD

 

 石油の生産はいずれ限界を迎え、人口増加や世界経済の発展に伴う需要を満たせなくなる、というピークオイル説が聞かれなくなって久しい。シェールオイルなど非在来型エネルギー生産の伸張、太陽光や風力など再エネ発電への投資の増大、電気自動車(EV)の普及によるガソリン需要の減少などが石油の供給不安を払拭させたからだ。

 

 原油価格が1バレル=100ドルだった14年ごろまで、エネルギー開発には「三つのD」があった。それは深く(Deep)、遠く(Distant)、困難(Difficult)を意味した。生産開発が容易な油田はなくなり、これからはブラジルの大水深油田のように「深く」、ロシアの北極海のように「遠く」、ベネズエラの超重質油のように「難しく」なるという認識だった。

 

 今年2月ウィーンで開かれたダボス会議のパネルディスカッションで、世界銀行前副総裁のレイチェル・カイト氏は「17年は再エネのコストが転換点に達した重要な年になった。エネルギーの世界はより分散化(Decentralize)、デジタル化(Digitalize)、脱炭素化(Decarbonize)され、未来のエネルギーシステムは変化するだろう」と語った。

 大規模集中型の大型発電から、再エネの活用や地産地消型に進む分散型エネルギーシステムの構築、電力の需給データやIoT(モノとインターネット)などデジタルデータ活用によるエネルギー利用の効率化、化石燃料から低炭素エネルギーへの転換という新たな「3D」の到来だ。

 

 英石油メジャーのBPが2月20日に発表したエナジー・アウトルック2018でも、40年までに増加する発電用エネルギーの半分以上は再エネで、特に風力と太陽光は経済性の向上とともに20年代半ばには補助金を必要としないエネルギーとなり、再エネの供給量は現在の5倍に増えると予想している。

 

 だが、再エネを中心とした社会が明日にも来ると期待するのは楽観的すぎるかもしれない。この大転換の方向性と、スピードのギャップが引き起こす混乱に警鐘を鳴らす人物がいる。それが冒頭のアルファレ氏だ。

 

 ◇85億人のエネルギー

 

 2月13日、サウジアラビアの首都リヤドで、IEA(国際エネルギー機関)とIEF(国際エネルギーフォーラム)、OPEC(石油輸出国機構)の共催によるシンポジウムが開催された。中央に座ったアルファレ氏は、これからのエネルギー大転換の時代に経済成長と地球環境保全の両方を推進するうえで、「エネルギーを取り巻く二つの矛盾」を指摘し、次のように述べた。

 

 最初の矛盾は、「巷間議論されている、在来型エネルギーから代替エネルギーへの転換スピードへの期待と現実との乖離」だ。

 

「現在65億人が発展途上国で生活している。50年にはそれが85億人に増大する。これら途上国の国民の消費は生活水準の上昇とともにまずはオートバイ、続いて最も経済的な車に向かうのが現実で、(高価な)EVの購入に一足飛びに移ることにはならない。EVが浸透しても、こうした国々の多くは電力不足でかつ石炭火力に頼っている。更にトラックや航空機、石油化学、潤滑油、他の産業分野ではまだ石油を必要とする」と指摘した。

 

 インフラが不足し補助金政策をとる余裕のない途上国にとってEVや再エネの普及は経済合理性がより重要になる。問題はいつ非在来型の代替エネルギーが在来型エネルギーより価格競争力が上回るかだ。

 

▽石油など在来型エネルギーの投資激減

 

 この誰も予想がつかない現実を前に、いま在来型エネルギーへの投資が激減している。需給バランスや将来の市況の不透明さに加え、エネルギー会社からの資本引き揚げや、石炭を中心とする在来型エネルギー開発への資金供与の停止なども影響しているようだ。

 

 一方、OPECは40年の世界の1次エネルギー(化石燃料など自然界に存在するエネルギー)需要は、15年に比べ35%増大すると予想している。成長率では再エネが6・8%と最も高いが、実は増加する世界のエネルギー需要に一番貢献するのは天然ガスだ。英BPも40年以降に世界で販売されるすべての乗用車がEVになっても、世界の石油需要への影響は10%(日量1000万バレル)に過ぎず、EVの普及で失われる需要を除いた石油の総需要は現在より大きいだろうと予測している。

 3月5日に行われたIEAの発表では、今後世界の石油需要は中国とインドを中心に毎年平均日量120万バレル増え、23年には1億470万バレルになると予測。「生産量の減退も補うには日量300万バレルを生産する投資が毎年必要」と分析している。これは昨年の日本の原油輸入量にほぼ匹敵する。

 

 IEAは23年に石油価格のボラティリティー(価格変動)が高まるリスクも警戒している。というのも石油・天然ガス開発投資が14年当時に比べて半減しており、23年には投資不足が生産余力の低下を招くと予測し、オイルマーケットの安定にはサウジアラビアの供給余力が重要な鍵になると指摘している。

 ◇20兆ドルの投資が必要

 

 こうしてみると、再エネの台頭や米国の非在来型エネルギーの増産による楽観的な需給見通しやデマンドピークによる地下資源の価値低下への臆測とは裏腹に、世界の経済成長に必要なエネルギーが投資不足によって不安定化する可能性を産油国や国際機関のプロたちが懸念していることが分かる。

 

 この不安を回避するには、今後25年間に米国のGDP総額を上回る20兆ドル(2100兆円)の投資が必要ともいわれる。安定供給には巨額の投資と長い年月が不可欠なのだ。

 

 アルファレ氏は二つ目の矛盾を次のように語った。「公共政策の議論は将来のエネルギー需要を満たすために必要な持続的な投資を支援せず、むしろ妨げている。(消費国政府の)エネルギー大転換のペースや規模への楽観的見通し、デマンドピーク説、金融機関の方針の変化がレジリエント(逆境に強い)なグローバル・エネルギーシステムの確保を困難にし、将来エネルギー不足をもたらす環境を作り出す」。

 

 仮に将来エネルギー需給バランスが崩れ、国際経済が混乱することがあれば、それは従来のピークオイル説のような石油の賦存量の欠乏ではないだろう。地政学的脅威が直接的なトリガーになるとしても根底では、脱炭素化社会への流れの中で在来型エネルギーへの投資の減少が起因しているのかもしれない。

 

 これらを背景に、「サウジアラビアは“All of the above”(全方位)アプローチで、石油の生産能力を最大限保持する投資を継続する。天然ガスは10年間で生産量を倍増し、燃料ミックスの天然ガスの割合を増やす。再エネは23年までに10ギガワットを達成し、30年までにさらに増大させる。原子力発電も2基建設する」。

 

 これが冒頭のアルファレ大臣のソーラーの話につながってくる。

 

 アルファレ氏は「リアリズムと決断こそがこうした矛盾を解決し、確実で持続可能なエネルギーの未来を切り開く唯一の道であると確信する」とスピーチを結び、世界に向けてエネルギーの安定的な供給への責任感と矜持(きょうじ)を示した。

イルミネーション輝くサウジアラビア・リヤドのハイウエー Bloomberg
イルミネーション輝くサウジアラビア・リヤドのハイウエー Bloomberg

◇溝を埋めるリアリズム

 

「社会は三つのDで急速に変化する」というカイト氏と、「在来型エネルギーは今後も途上国の成長に必要で、需要が増大していく石油、天然ガスの開発に必要な金融と投資を行うべき」とするアルファレ氏とは、一見対極のことを言っているが、私たちに同じ問いを投げかける。それは、「持続可能な世界に私たち人類はいかに早くスマートにたどり着けるか」という命題だ。カイト氏は、どのくらいのスピードで、どの程度の世界的な広がりでエネルギー大転換が進行していくかが課題だと言う。アルファレ氏は、11億人に及ぶエネルギーにアクセスできない人々を置き去りにしてはならないと警鐘を鳴らす。

 

 これからのエネルギー大転換は、地球全体の問題であるとともに、発展を遂げた国々と、エネルギー消費と温室効果ガス排出の主役となるこれから発展する国々との間の溝をどう埋めていくかという問題を抱える。それはまた、持続可能な世界への期待と現実との間にある溝を、在来型エネルギーの賢い開発や環境対策、新エネルギーの開発、新しい輸送や貯蔵(蓄電)方法、IoTやAI(人工知能)を利用した需要サイドのイノベーションによりどう埋めていくかという問題を提起する。

 

 1970年代にサウジアラビアの石油大臣だったヤマニ氏の「石器時代は石がなくなったから終わったのではない」という言葉は、今にして思えば慧眼であったが、アルファレ氏の「リアリズムと決断」という言葉が将来に重い箴言となって心に響いてこないだろうか。

 

川名浩一(日揮副会長)

 

 

*週刊エコノミスト2018年5月15日号掲載

目次:2018年5月29日号

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CONTENTS

 

米中危機 トランプの貿易戦争
16 “トランプ爆弾”の無差別攻撃 揺さぶられる自由資本主義 ■大堀 達也
20 インタビュー グレアム・アリソン ハーバード大学教授 覇権争いの本質 「米中摩擦は“本物の戦争”招く」
21 トゥキディデスの罠 歴史は繰り返す 新旧覇権国の“緊張と戦争” ■編集部
23 “数字”で見る 貿易不均衡の正体 摩擦の原因は巨大“米米貿易” ■真家 陽一
26 技術派遣争い 主戦場はハイテク領域 ■丸川 知雄
28 日本にも関税リスク 中国産品流入で保護主義連鎖も ■羽生田 慶介
30 知的財産で攻防激化 301条発動に見る米国の不安 ■大橋 英夫
31 米通商法301条とは何か
32 市場経済vs統制経済 揺らぐ米国主導の自由資本主義 ■三尾 幸吉郎
34 中国「開放拡大」の深層 国家資本主義の先も見据える ■斎藤 尚登
35 経済政策の「司令塔」 劉鶴副首相の手腕
36 米中貿易摩擦の影響は 日本の主要企業45社の動向■成相 裕幸/浜田 健太郎

Flash!
 11 東芝再建、メモリー売却は「変更なし」/2017年度エコノミスト賞に神林龍・一橋大学教授
13 ひと&こと 信金中金の次期理事長に「生え抜き」/新潟知事選の与党系候補、控えめ支援に二階氏の親心

 

Interview


 4 2018年の経営者 川端 克宜 アース製薬社長
92 挑戦者 2018 石田 言行 トリッピース創業者
44 問答有用 土江寛裕 東洋大学陸上部短距離コーチ 「一番偉いのは、結局、ナンバーワンになった人」

エコノミスリポート
82 国民健康保険 運営は市町村から都道府県へ 脆弱な財政構造は変わらず ■三原 岳

70 消費増税 一斉でなく費目別に 補助金で負担軽減を ■宮嵜 浩
72 漢方 漢方最大手ツムラが「本場」中国進出 ■村上 和巳
74 仮想通貨 資金調達に暗雲 開発頓挫や持ち逃げも ■高城 泰
76 事業承継 地方で後継者難 地域金融機関に期待 ■鈴木 文彦

 

World Watch


 58 ワシントンDC 西海岸で感じた中印の勢い 移民不寛容への怒り・失望も ■秋山 勇
59 中国視窓 ファッションも深セン発 重宝される日本製素材 ■岩下 祐一
60 N.Y./カリフォルニア/オーストリア
61 韓国/インド/マレーシア
62 広州/ブラジル/ナイジェリア
63 論壇・論調 「隣人で敵」の中国、インド 対立抱え国境の安定化探る ■坂東 賢治

 

Viewpoint


 3 闘論席 ■片山 杜秀
15 グローバルマネー 好調な米国経済の裏で忍び寄る新興国の連鎖危機
39 国会議員ランキング (23) 決算関連委員会の質問時間 ■磯山 友幸
40 出口の迷路 (32) 「最適点」手前の出口論は時期尚早 ■高橋 洋一
42 名門高校の校風と人脈 (290) 高知追手前高校(高知県) ■猪熊 建夫
48 学者が斬る 視点争点 年金データ問題を検証する ■花薗 誠
50 言言語語
64 本誌版「社会保障制度審」 (3) 25年以降に生産人口の減少が加速 求められる「支え合い」構造の転換 ■山崎 史郎
66 東奔政走 急速にしぼむ憲法改正の機運 同床異夢の自民党改憲案 ■佐藤 千矢子
68 海外企業を買う (190) アドビ・システムズ ■児玉 万里子
79 図解で見る 電子デバイスの今 (12) 省エネの性能を左右するSiCパワー半導体を学ぶ ■津村 明宏
85 商社の深層 (112) 過去最高益を6社が達成しても商社が浮かれない三つの理由 ■編集部
94 独眼経眼 賃金が伸びても消費は不振 ■足立 正道
96 アートな時間 映画 [フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法]
97        舞台 [ヘンリー五世]
98 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Deaths of despair ” ■安井 明彦
 [休載]キラリ!信金・信組

 

Market


 86 向こう2週間の材料/今週のポイント
87 東京市場 ■藤戸 則弘/NY市場 ■佐々木 大樹/週間マーケット
88 インド株/為替/穀物/長期金利
89 マーケット指標
90 経済データ

 

書評


52 『経済学は役に立ちますか?』
  『日本の企業家 13 小倉昌男』
54 話題の本/週間ランキング
55 読書日記 ■孫崎 享
56 歴史書の棚/出版業界事情

51 次号予告/編集後記

派手さはなくとも「お客様目線」貫きたい 川端克宜 アース製薬社長  

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Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

── アース製薬と言えば、殺虫剤の会社というイメージがあります。


 川端 入社した24年前は殺虫剤の売り上げが8割から9割といっても過言ではありませんでした。今では単体で5割、グループでは3割程度です。

 

  ◇殺虫剤から「虫ケア」へ

 

 殺虫剤「アースジェット」やゴキブリ駆除の「ごきぶりホイホイ」で有名なアース製薬は2017年10月、殺虫剤の呼称を「虫ケア用品」と改めた。

 

── どうして呼び方を変えたのですか。


 川端 虫ケア用品の国内シェアはトップで約58%ですが、ハエやカは間違いなく減っています。カテゴリー全体を伸ばすために調査したところ、2割に近い人たちが殺虫剤という言葉の響きに抵抗を感じたり、体に悪いと思っていました。「殺す」という言葉が入っている言葉の響きや悪いイメージは拭いきれないようです。


  ただ抵抗を感じる2割の人たちに買ってもらえれば、市場が伸びる余地があります。思い切って呼び方を変えました。店舗にも協力をお願いして「虫ケアコーナー」に変えてもらっています。普及すれば業界にとってプラスとなるでしょう。

 

  グループの売り上げ構成(16年)は日用品が5割を占め、虫ケア用品が3割、総合環境衛生(食品工場などの衛生管理)が1割だ。

 

── 日用品の比率を高めた理由は。


 川端 虫ケア用品は、ハエやカが増える夏場の需要が多く、季節によって売り上げが偏ります。季節変動を減らすため、口腔ケア商品「モンダミン」や入浴剤「バスロマン」などの商品を開発しました。


── その中でも比率が高いのは。


 川端 モンダミンですね。日本初の商品です。発売当時(1987年)は口をすすぐ習慣がない時代でしたが、諦めずに続けていたら他社が付いてきました。


  これに続くのが入浴剤です。12年にバスクリンを買収したことが注力のきっかけです。同社はシェアがあるうえ、ノウハウもありました。さらに14年に買収した白元(現・白元アース)は錠剤型入浴剤の技術があり、新商品を共同開発しました。市場シェアは5割を超えています。


── 会社としての強みは。


 川端 営業力と商品開発力が2大看板です。営業は200人以上います。お客様が初めて商品を買うときには、いい場所に並んでいる商品を選びます。それがいい商品なら、次からは名指しで買ってもらえるかもしれません。最初にいい場所に並べてもらえるかは営業力が影響します。


  商品は毎年新たに100点出しています。新商品数にこだわった時期があり、そのDNAが流れています。商品が出せなくなると小売店やお客様の期待が下がってしまうので、数にはこだわりたい。新商品があると商談も求められやすくなります。

 

  掲げるのは「お客様目線」。その象徴がドラッグストアなどの店頭で陳列や販売促進をサポートする「EMAL」(エマール)と呼ばれる女性営業部隊だ。

 

── お客様目線に込めた思いは。


 川端 メーカーの社員も一歩外に出れば一消費者です。社員が買いたくない商品は絶対に売れない。派手さはないかもしれないけれど、関西弁で言う「これええやんか」と、ちょっとしたことでも支持されるのがお客様目線ではないかと思います。


  例えばモンダミンでは「キャップが開けにくい」という声があり、改良しました。ごきぶりホイホイはシートを凸凹にしたり、シートに引っかかりやすいように足ふきマットを付けたり、進化しています。完璧な商品を出したつもりでも、不満点は出てきます。お客様の不満があるなら変えようという姿勢を続けたいですね。


── 女性営業部隊のエマールはどうして生まれたのですか。


 川端 買う人の7割以上は女性です。なのに商品を並べるのは男です。そのことに前社長(大塚達也現会長)が気づき、12年前に導入しました。当時は画期的でした。


── どんな人たちですか。


 川端 主婦に限らず、店のある地元の女性を直接雇用しています。全国に約300人います。アピールしたい商品の良さをポップに書いて店に貼ろうというところから始まりました。「どのように売ればいいか」ということに専念し、売り上げへの影響は検証していますが、ノルマはありません。


── 効果は。


 川端 確実に上がっています。年数とともにお店の側から「エマール担当の店員を付けようか」という声も出てきました。


── 海外展開は。


 川端 私が14年に社長になってから本格的な強化を始めました。他社よりは遅いですが、非常に好調です。中国では、売り上げ1億元突破を1年前倒しで達成しました。中国は虫ケア用品の需要があり、まだまだ伸びます。東南アジアは年中夏で、虫ケア用品が年中商品になります。積極的に展開すべきだと思います。


── 将来的には海外の売上比率も上がる見込みでしょうか。


 川端 今の目標額は150億円ですが、将来的には海外売り上げを3割程度にまで上げたいですね。
 (構成=米江貴史・編集部)

 

  ◇横顔

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 営業で走り回ったり、係長や支店長を経験しました。1分1秒でも多く人と会うことに力を入れていました。首位の商品を逆転したときは喜びひとしおでした。


Q 「私を変えた本」は


A 本はよく読みますが、ずっと読んでいるのは田辺昇一『人間の魅力』です。人と会ってとにかく行動せよ、という人間学のような本です。古本屋で見つけました。


Q 休日の過ごし方


A ゴルフに行くことが多いです。また街の空気を感じに歩くこともあります。ドラッグストアに入って、売れ筋の商品が好調な理由を発見することもあります。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
  ◇かわばた・かつのり
 1971年生まれ。兵庫県立明石西高校、近畿大学商経学部卒業。94年にアース製薬入社、役員待遇営業本部大阪支店長、取締役ガーデニング戦略本部長などを経て2014年から現職。46歳。
………………………………………………………………………………………………………
事業内容:医薬品、医薬部外品、医療用具、家庭用品などの製品販売・輸出入
 本社所在地:東京都千代田区
 設立:1925年8月
 資本金:34億3280万円
 従業員数:約4170人(連結)
 業績(2017年12月期、連結)
  売上高:1797億円
  営業利益:44億円

特集:米中危機 2018年5月29日号 

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写真:Bloomberg
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トランプ爆弾の無差別攻撃 揺さぶられる自由資本主義

 

 「ZTEが事業を再開できるように、中国の習近平国家主席と一緒に取り組んでいく」──。


  5月13日、ツイッターでそうつぶやいたトランプ米大統領は、米当局の制裁によって事業停止に追い込まれていた中国の通信機器大手、中興通訊(ZTE)の救済に協力すると表明した。


  制裁とは米商務省が4月に発表した、米企業にZTEへの部品供給を7年間にわたり禁止した措置である。ZTEは輸出規制に違反してイランや北朝鮮に不法に製品を出荷し、米政府に虚偽報告を行っていたことを認めた。ZTEは主力製品であるスマートフォンの主要部材を米企業から調達してきたが、制裁により供給が断たれたことでスマホの販売を停止、経営難に陥った。

◇無意味な「ディール」

 

  トランプ氏にとってZTEへの制裁緩和は自国に有利な条件を引き出す「ディール(取引)」の一つだ。
  米国は今年に入り、米中間の巨大な貿易不均衡を理由に、中国に対する追加関税措置を立て続けに打ち出してきた。これに対し中国も対抗措置として米国産農産物に追加関税を課すなど両国は貿易戦争に突入しかけている(図1)。


  トランプ氏はZTEへの制裁緩和と引き換えに中国に米国産品への関税措置の撤廃を引き出そうとしている。だが、今回の「手打ち」に対する市場の見方は冷ややかだ。


  ZTEへの制裁は米企業にも打撃を与えたからだ。ZTEのスマホに使われる半導体を供給する米クアルコムの株価は、米当局の制裁発表を受けて暴落した。日本企業にも被害が出ている。中国が関税をかけるとした米国製品には航空機も含まれる。ボーイング機の部材を供給する大阪チタニウムテクノロジーズの株価は、中国の対米関税措置を受け一時大きく値を下げた。


  工業製品を各国で分業して生産する現在の「グローバルサプライチェーン」においては、一部で問題が発生すれば、影響は瞬く間に全体に波及する。3月下旬に中国インターネット大手のアリババ、テンセントの株価が急落した一因も、米中貿易戦争である。2社は貿易問題とは直接には関係しない。だが、米中関係が悪化すると、中国株を持つことをリスク視する米国の投資家が多い。さらに2社のうち一方が売られると、もう一方も「連れ安」するケースがある。


  こうして、トランプ政権の対中制裁は、いまや自由貿易市場に参加する企業すべてへの“無差別攻撃”と化す危険がある。


  トランプ政権の方針に対し、米国の企業と経済団体も反対意見を表明。米通商代表部(USTR)には2000を超える意見が寄せられ、当初5月15日から2日間の予定だった米議会公聴会の会期が1日延長された。

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 ◇ハイテク叩きの真の狙い

 

 米国がZTEと同様に槍玉(やりだま)に挙げているのが中国の通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)だ。米連邦通信委員会(FCC)は4月17日、米通信会社に対し、安全保障上の懸念がある外国企業から部品の調達を禁じる方針を決めた。直接の名指しは避けたがファーウェイに対する“事実上の制裁”である。


  国有企業のZTEに対しファーウェイは民間企業だが、同社を設立したのは中国人民解放軍の出身者。両社とも中国共産党と近い関係にある。米国は中国政府が両社の製品がスパイ活動に使うことを懸念している。


  貿易戦争の煽(あお)りを受けて加速した「中国ハイテク企業叩(たた)き」だが、その目的は「スパイ活動」対策にとどまらない。


  中国に対する米国の一連の貿易制裁の“真の狙い”は、「中国製造2025」を潰すことにあるとみられる。中国は戦略目標として「製造強国」の実現を掲げている。第1段階は25年までに製造強国入りの土台を固め、第2段階は35年までに中国の製造業全体の水準を世界の製造強国の中位レベルに引き上げ、第3段階は49年の「建国100周年」までに総合的な実力において世界トップレベルの製造強国になるという野望がある。そのためには、出遅れているハイテク領域でのキャッチアップが不可欠だ。


  経済ではすでに米中は肩を並べた。人口14億人の巨大市場を抱える中国が、この先経済規模において米国を上回ることは確実とみられる。各国の経済力や生活水準を比較する際、より実態に近い形で確認できる「購買力平価」ベースの国内総生産(GDP)では14年に米国を上回っている(図2)。コンサルティング大手のプライス・ウォーターハウス・クーパース(PwC)は、中国は2050年に米国を名目GDPで30%、購買力平価ベースのGDPでは40%も上回ると予測する。米国から中国に世界経済の中心が移ることは想像に難くない。


  その時、軍事力に直結するハイテク産業でも中国が米国を上回れば、米国は世界の「覇権国」の地位を中国に譲ることになる。それを阻止するためにも「米国は今のうちに中国製造2025の出はなをくじきたいのだろう」(吉野直行アジア開発銀行研究所長)。「中国に覇権を奪われる」という恐怖心が米国をより「攻撃的」にする。それが、中国のハイテク企業への経済制裁として顕在化しているのだ。

◇対外投資増やす中国

 

  米中対立の火種は対外直接投資の分野にも及んでいる。世界の対外直接投資においては、米国が16年末時点で6兆3838億ドル、シェア24・4%と圧倒的な規模を持っている(図3)。だが、そこでも中国が急速に存在感を高めているのだ。


  中国の対外直接投資の世界シェアは4・9%(1兆2810億ドル)で16年末時点では世界6位であるが、2000年比では46倍と投資を急拡大させている。中国は「直接投資の受け入れ国」から一転、巨大な投資国に変わった。


  経済圏構想「一帯一路」を背景に、その沿線各国だけでなく、東南アジア、南米、アフリカの国々に、インフラ構築のための経済協力の名目で莫大(ばくだい)な「中国マネー」を供給し、それを通じて影響力を強めている。


  中国は「協力」と謳(うた)っているが実態は中国国有企業の「ひも付き」案件である。政府が市場をコントロールする「国家資本主義」まで輸出しようとしているのだ。直接投資を通じて、中国が友好国を増やしている構図は、米国にとっては脅威だ。


  こうした新興国は政治的な腐敗が進み、人権も抑圧されているケースが少なくない。また、米国の利上げなどをきっかけに新興国から資本流出が起こり債務不履行に陥れば、逆に中国はその巨額の債権を盾に、新興国に対して自らの影響力を高める可能性がある。


  こうしたやり方がきっかけとなり、米中間で「自由資本主義」と「国家資本主義」を巡るイデオロギー(政治思想)論争になれば、緊張がさらに高まりかねない。


  トランプ政権は6月に制裁関税の最終案を公表するとみられる。発動すれば、中国の報復関税の発動も避けられない。米中両国が協調と自制を失い、己の野望とプライドをかけて走り続ける限り、世界は危機に向かって突き進むことになる。


 (大堀達也・編集部)

週刊エコノミスト 2018年5月29日号

定価:670円

発売日:5月21日


2018年5月29日号 週刊エコノミスト

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発売日:5月21日

米中危機

 トランプ爆弾の無差別攻撃 

揺さぶられる自由資本主義

 

  「ZTEが事業を再開できるように、中国の習近平国家主席と一緒に取り組んでいく」──。


  5月13日、ツイッターでそうつぶやいたトランプ米大統領は、米当局の制裁によって事業停止に追い込まれていた中国の通信機器大手、中興通訊(ZTE)の救済に協力すると表明した。


  制裁とは米商務省が4月に発表した、米企業にZTEへの部品供給を7年間にわたり禁止した措置である。ZTEは輸出規制に違反してイランや北朝鮮に不法に製品を出荷し、米政府に虚偽報告を行っていたことを認めた。ZTEは主力製品であるスマートフォンの主要部材を米企業から調達してきたが、制裁により供給が断たれたことでスマホの販売を停止、経営難に陥った。

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「最適点」手前の出口論は時期尚早=高橋洋一 [ 出口の迷路]金融政策を問う(32)  

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金融政策は、マクロ経済の観点から物価と失業率の最適点を目指すべきだ。今、出口に向かえば、デフレ脱却が遠のく。

高橋洋一(嘉悦大学教授)

 金融政策での出口論が盛んであるが、今の段階で出口に向かうのは時期尚早だ。マクロ経済の観点から見ると、失業率はインフレを加速しない最適点に近い水準だが、インフレ率は最適点までまだ距離がある。超低金利が続くと困る金融機関関係者から出てきている「出口戦略を急げ」という意見は無視し、マクロ経済の観点からだけでデフレ脱却を目指した方がいい。


  筆者は、マクロ経済政策、とりわけ金融政策においてNAIRU(ナイル)(インフレを加速しない失業率)が重要だと指摘してきた。


  一般的に、インフレ率と失業率は逆相関である。NAIRUを達成する最小のインフレ率をインフレ目標に設定する。失業率がNAIRUに達するほど低くない場合、インフレ率もインフレ目標に達しないので金融緩和、失業率がNAIRUに達すると、今後はインフレ率がインフレ目標よりも高くなれば金融引き締めというのが基本動作である(図1)。

 筆者は日本におけるNAIRUを2%台半ばと推計してきた。ちなみに、NAIRUは、日銀が構造失業率と呼んでいるものと同じであるが、日銀は構造失業率を「3%台半ば」としており、間違っていることを指摘しておこう。


  NAIRUを達成するインフレ率は、潜在GDP(国内総生産)から分析する。内閣府が四半期ごとに公表しているGDPギャップ、すなわち日本経済全体の総需要と供給力の差を利用する。GDPギャップとインフレ率と失業率の関係をみるのだ。


  GDPギャップとインフレ率の関係は、GDPギャップがプラス方向に大きくなるとインフレ率が上昇する、正の相関関係がある。具体的には、GDPギャップがプラス2%程度になると、インフレ率が2%程度になる。一方、GDPギャップと失業率は、逆に負の相関関係である。GDPギャップがプラス方向に大きくなると失業率は低下する。具体的には、GDPギャップがプラス2%程度になると、失業率は2・5%程度になる。これで失業率2・5%程度に対応するのはインフレ率2%程度であり、これがインフレ目標になっているわけだ。


  ちなみに、この枠組みは先進国でも同じで、米国、英国ではインフレ目標2%、NAIRU4%程度になっている。

 ◇インフレは「最適点」に今一歩

 

  こうした基本的な金融政策の枠組みから日本の出口論を述べれば、インフレ率、失業率が同時に、インフレ目標(2%)とNAIRU(2%台半ば)という「最適点」にない限り、出口論は無意味である。今の状況を見ると、失業率は17年度に2・7%とまずまずの水準になってきているが、まだインフレ率は今一歩である。この状況で金融政策を出口に転じると、最適点から遠のいてしまうだろう。


  日本ではマクロ経済の基本認識を欠いているのだろうが、インフレ率も失業率も見ないで、ただひたすら出口論を言っている人ばかりであり、情けない限りだ。


  そうしたマクロ経済に無理解な人の中には、金融緩和すると、物価は急に上がり出しコントロールできなくなるという、いわゆる「岩石理論」を主張してきた人も少なくない。ひとたびインフレ率が上がり出すと、もう止められなくなる。つまり、岩石が転がり出すと止められないという比喩である。理論というものではなく、あくまで感覚である。


  だがマネーがあるからインフレが起こるので、インフレ目標を超えそうになったら、中央銀行のバランスシートを調整して貨幣の供給量を減らすというオペレーションをするだけである。これをいわゆる「出口戦略」とすべきである。もちろん、実際の金融政策では、金利や貨幣の供給量を操作してインフレ率を「微調整」できるほどには精密科学になっていないが、ある幅であれば調整できるものだ。


  筆者の気がかりは、これまでの日銀の目標達成「打率」があまりに低すぎることだ(図2)。

 2%目標の上下1%におさまる確率は、異次元緩和に踏み切って以降のこの5年間(2013年4月~18年3月)で28%だ。他方、例えば同期間において、FRB(米連邦準備制度理事会)72%、イングランド銀行62%であり、日銀の「打率」は見劣りする。この「低打率」の引き上げが急務だ。


  もっとも、その前の5年間(08年4月~13年3月)では、日銀の「打率」は20%であったので、それよりは改善している。なお、その期間はFRB53%、イングランド銀行75%だった。また、同期間(08年4月~13年3月)で、日本のインフレ率は米より2・3%、英より3・5%低かったが、最近5年間(13年4月~18年3月)では、その数字はそれぞれ1・1%、1・1%まで縮まっている。これは、日銀がインフレ目標に転じたためである。


  日銀は、2%目標上下1%におさまる確率を先進国で常識とされる70%程度まで引き上げてほしい。その観点から、今の打率をあと40%程度かさ上げしなければいけない。ということは、この先、2%目標の上下1%におさめる状態をあと2年程度は維持しなければならない。それが達成できてはじめて、出口論に意味が出てくるだろう。

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◇デフレ脱却すれば、金利は上がる

 

 しかし現在、一部の金融機関関係者からは、出口戦略を急げという意見も出てきている。それは、このまま超低金利が続くと、一部の地方金融機関等では経営上、困ったことが起きてくるからだ。


  金融機関の収益構造はシンプルだ。収益は主として資金の運用利回り、費用は資金調達コストと経費(人件費・物件費)である。貸出金利や債券運用金利が運用利回りになり、預金金利が調達コストになる。
  全国銀行の17年度中間決算をみると、運用利回りは0・86%、調達コストはマイナス0・04%、経費率は0・8%となっている。収益の指標である総資金利ざやは0・86%-(マイナス0・04%+0・8%)で、わずかに0・1%しかない。


  今後を考えると、調達コストと経費率はもう下げられない限界に近づいている一方で、超低金利が継続し運用利回りが低下したら、金融機関の収益はより厳しくなってくる。


  しかし、金融機関経営だけを考えて、超低金利政策を放棄するのは、デフレ脱却を遅らせて本末転倒になる。金利動向に応じて金融機関経営を考えるのは、資産負債管理といい、経営のイロハである。


  ここは順番が重要だ。超低金利政策を続け、デフレ脱却ということになって物価や賃金が上がり出し、その後に金利が上がり出すのだ。それなのに先に金利を上げたら、そもそもデフレ脱却を遠ざけてしまう。


  以上のとおり、出口論は時期尚早、岩石理論は意味不明、金融機関の意見に惑わされずにマクロ経済の観点から金融政策を行うべきだ。


 (高橋洋一・嘉悦大学教授)

◇たかはし・よういち


 1955年東京都生まれ。東京大学理学部数学科、同大経済学部経済学科卒業。80年大蔵省入省。内閣府参事(経済財政諮問会議特命室)、総務大臣補佐官、内閣参事官(総理補佐官補)などを経て、2008年退官。10年4月から現職。著書に『さらば財務省!』など。

目次:2018年6月5日号

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CONTENTS

 

最強!ニッポンの素材・化学


16 好業績、上方修正相次ぐ すり合わせで技術磨き上げ■種市 房子/下桐 実雅子
20 最先端! 電子部品素材 積層セラミックコンデンサー/半導体ウエハー/ディスプレー■津村 明宏/種市 房子
23 伸びる炭素繊維 世界シェア6割の日系3社 ■尾崎 望
26 価格高騰の黒鉛電極 野村・みずほ証の見解対立 ■種市 房子
27 インタビュー 高橋 秀仁 昭和電工カーボン事業部長 「強度と作り込みが強み」
28 中国製造2025 原材料供給で日本勢に商機 ■武田 淳
30 原油高はどう影響? 石化設備削減で価格を転嫁 ■渡部 貴人
32 電池材料の開発競争 EV航続500キロ目指し ■広木 功
33 化粧品・ヘルスケア 独自成分・技術が裏打ち■香川 睦/編集部
34 夢の「光触媒」最前線 人工光合成研究は日本が突出 ■清水 孝太郎
36 M&A 会計士と銀行はなぜ、 武田薬品の巨額買収を止めないのか ■細野 祐二
76 民泊新法 都市部の民泊は日数制限で困難 ■石井 くるみ

 

Flash!


 11 三つの「T」で分析 米中貿易戦争“一時休戦”も双方の溝深く持続性に疑問符/ソニー・新中計 利益の「質を高める」 コンテンツ強化鮮明
13 ひと&こと 旧日石色強まるJXTG チリ銅鉱山低迷が影響か/総務官僚のドコモ天下り 鵜浦体制薄まった証拠?/中堅出版「秀和システム」 ヘッドハントでM&Aも?

 

Interview


 4 2018年の経営者 山本 学 デンカ社長
92 挑戦者 2018 重松 大輔 スペースマーケット代表取締役
44 問答有用 井上 明義 事業性評価研究所代表取締役 「事業性の可否は客観的な『評価書』が決め手になる」

 株主総会直前! ここが変だよ企業統治
68 増配・自社株買い 株主重視より増配のおかげ ■斎藤 卓爾
70 米国 消えゆく株主還元
72 独立社外取締役 「外国人」が有力な選択肢に ■江木 聡
74 ESG投資の効果 企業収益や株価を押し上げ ■花崎 正晴

エコノミスト・リポート
79 揺れる産油大国 サウジアラムコの上場に暗雲 改革の資金確保で油田開放も ■岩間 剛一
82 「最高レベルを科す」 米国の対イラン制裁再開 穴埋め困難で価格高止まり ■野神 隆之

 

World Watch


 58 ワシントンDC イランもイスラエルも中東情勢は米国の力学次第 ■高井 裕之
59 中国視窓 李首相に好意見せた日本 日朝交渉仲介役への期待 ■金子 秀敏
60 N.Y./シリコンバレー/英国
61 韓国/インド/インドネシア
62 上海/メキシコ/スワジランド
63 論壇・論調 VWの元CEOが米で起訴 ドイツで追及されない「不自然」 ■熊谷 徹

 

Viewpoint


 3 闘論席 ■佐藤 優
15 グローバルマネー 世界へと波及するアルゼンチン発の危機
38 出口の迷路 (33) 為替レートが政治化すれば日銀は窮地に ■早川 英男
40 海外企業を買う (191) グループセブ ■永井 知美
42 名門高校の校風と人脈 (291) 独協高校(東京都) ■猪熊 建夫
48 学者が斬る 視点争点 生物に配慮した農産物の好循環 ■柘植 隆宏
50 言言語語
64 東奔政走 誰が「地方を制する」のか── 幕が上がったばかりの自民党総裁選 ■前田 浩智
66 商社の深層 (113) 大手総合商社を脅かす鉄鋼商社の躍進と強み ■井戸 清一
67 キラリ!信金・信組(18) 笠岡信用組合(岡山県) ■浪川 攻
84 本誌版「社会保障制度審」 (4) 急がれる結婚・子育て世代支援 団塊ジュニアの老後も視野に ■山崎 史郎
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特集:最強!ニッポンの素材・化学2018年6月5日号

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好業績、上方修正相次ぐ

すり合わせで技術磨き上げ

 

日本の素材・化学メーカーが今、絶好調だ。


  信越化学工業が4月27日に発表した2018年3月期連結最終利益は、前期比51%増の2662億円と10年ぶりに過去最高益を更新した。営業利益ベースで、主力の「塩ビ・化成品セグメント」が前年度比75%増、「半導体シリコンセグメント」が同66%増だった。同社は、窓枠や上下水管、建物外壁など、さまざまなインフラの原料となる塩化ビニール、半導体デバイスの材料であるシリコンウエハーでいずれも世界シェアトップだ。

 昭和電工は5月9日、18年1~6月期の業績予想を上方修正し、連結の営業利益予想を410億円から680億円へと引き上げた。同社は、製鉄の電気炉で鉄スクラップを溶かすための「黒鉛電極」で世界シェアトップ。その黒鉛電極を管轄する「無機セグメント」の営業利益を従来予想の270億円から505億円に引き上げたことが大きい。このペースでいけば、過去最高を予想する18年12月期の通期業績は、さらなる上乗せも視野に入る。


  黒鉛電極で世界有数のシェアを誇る東海カーボンは、株価上昇が目を引く。電炉向けの需要の高まりを受け、5月8日に18年1~6月期の営業利益が65%上ぶれるとの業績修正を発表すると、株価は翌日、前日終値比で一時14%上昇した。さらに14日、韓国の持ち分法適用会社「韓国東海カーボン」の出資比率を35%から44%に引き上げることを発表すると、その後も株価は上昇を続けた。韓国東海カーボンは、半導体装置部材メーカーで、黒鉛電極以外への成長投資が市場に評価された形だ。東海カーボン株価の5月23日終値は1903円。わずか1カ月ほど前に付けた年初来安値(4月13日、1295円)から46%も上昇したことになる。


  資生堂が発表した18年1~3月期連結決算も、市場関係者を驚かせた。化粧品の売り上げが好調で、1~3月期の営業利益は前年同期比ほぼ倍増となる471億円。18年12月期通期の営業利益予想は900億円のため、年間の営業利益の半分以上をわずか3カ月間で稼ぎ上げたことになる。


  素材・化学の範囲は幅広い。代表的なものだけでも、プラスチック樹脂、特定機能を持つ化学物質、化粧品、人工繊維、フィルム、ガスなどに及ぶ。多くは消費者には直接届かず、センサー、ディスプレーなどの電子部品や自動車車体の材料、半導体製造工程で使われる薬品やガスなどとして使われる。BtoB(法人対法人)のビジネスモデルで、「縁の下の力持ち」「黒衣」の色合いが強い業種だ。

◇世界トップ企業多く

 

 日本には、素材・化学で世界有数のシェアを誇るメーカーが多い。信越化学は前述のようにシリコンウエハーでトップだが、2位にはSUMCOが位置しており、日本の2強が世界市場の6割を占めている。電気自動車(EV)普及で需要拡大が見込まれるリチウムイオン電池材料では、負極材で日立化成が、正負極を絶縁するセパレーターで旭化成がそれぞれ世界シェアトップだ。


  また、東レが世界シェアトップを誇る炭素繊維は、航空機や自動車の車体を軽量化する役割を担っている。半導体では、HOYAが回路基板形成に不可欠の「マスクブランクス」で世界シェアトップだ。
  なぜ、日本の素材メーカーはここまで強いのだろうか。キーワードは、納入先メーカーとの「すり合わせ」だ。


  高度成長期、日本の電機・自動車メーカーが躍進する過程で、素材メーカーと二人三脚で研究開発に取り組んできた。最終製品に最適な材料を開発して量産化にまでこぎつける「すり合わせ」は日本の素材メーカーの技術力の源泉とも言える。00年代に入り、日本の電機メーカーは、中国、韓国、台湾勢などへの技術移転も災いとなって、新興国勢に追い抜かれた。しかし、すり合わせ力を持っている日本の素材・化学メーカーは一日の長がある。


  例えば、シリコンウエハーでは、納入先が韓国サムスン電子なのか、米インテル向けなのか、東芝メモリ向けなのか、また製造するのがメモリー半導体なのか、ロジック半導体なのかでサイズ、硬さ、物性は異なっている。これを、顧客の求める量を、期限内に納入することが必要だ。SUMCOは900種類のウエハーを製造していると言われる。信越化学やSUMCOが世界2強に君臨するのも、細やかな顧客対応能力があってこそだ。


  黒鉛電極世界シェアトップの昭和電工も同様だ。黒鉛電極が使われる電炉は、一つ一つ形が違う。同社の高橋秀仁・カーボン事業部長は自社の技術レベルの高さとともに「電炉それぞれに合わせた作り込み」も強さの理由に挙げる。


  一方、すり合わせ以前に、技術そのものの質の高さもある。東海カーボンと並び、5月の東京市場で株価上昇を演じた資生堂は、「エリクシール 美容濃密リンクルクリーム」が好調だ。この化粧品は、有効成分「レチノール」を配合し「シワを改善する」とうたう医薬部外品だ。医薬部外品は、一定の機能が証明できたものに限り厚生労働省が承認するもので、化粧品より効果・機能が高い。同社の技術が凝縮された商品だ。

Bloomberg
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 ◇後発企業の追い上げも

 

 素材・化学メーカーの経営には、懸案材料もある。短期的には材料高直撃がリスクだ。プラスチックや合成繊維の原料は、原油から作られるナフサだ。ナフサは原油価格と連動しており(30ページ参照)、原油価格上昇→ナフサ上昇→素材原料上昇につながる。その原油価格は、5月に入り、米国産標準油種(WTI)先物価格が一時、1バレル=80ドルに達した。素材メーカーの危機感は強く、東レの福田雄二・財務経理部門長は18年3月期の決算会見で「原油価格の上昇がリスク要因にはなりうる」と述べた。


  中長期的には、新興国の後発メーカーの追い上げも懸念される。業界関係者によると、日本メーカーの液晶用カラーフィルターのシェアは00年代半ばは100%近かったものの、10年代半ばには大型パネル用での落ち込みが激しく10%以下に低下した。


  ニッセイ基礎研究所の百嶋徹上席研究員は「技術難易度が相対的に低い素材は、デバイスメーカーによる内製化や後発メーカーの追い上げでシェアを奪われやすい」と指摘した上で「半導体用フォトレジスト(感光剤)やリチウムイオン電池用セパレーターなど、高度な技術を要する素材では、日本勢がシェアを握り続けている。経営陣は、高度な技術レベルを保つために、研究段階では産学官挙げての体制を敷き、量産段階では設備投資を十分に投下するべきだ」と話す。


  日本の素材・化学メーカーが、投資を惜しまず、研究開発に打ち込めば、競争力はまだまだ向上しそうだ。
 (種市房子・編集部)
 (下桐実雅子・編集部)

週刊エコノミスト 2018年6月5日号

定価:670円

発売日:5月28日


独自の化学製品で世界と渡り合う 山本学 デンカ社長  

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Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

 「電気炉により化学製品を製造する」が由来の「電気化学工業」から2015年に「デンカ」へと改称。カーバイド(炭化カルシウム)と石灰窒素肥料の製造を原点に、耐性に優れた合成ゴム「クロロプレンゴム」や電子部品材料、ワクチンなど製品は多岐にわたる。

 

── どんなものを作っていますか。


 山本 1915年に設立され、石灰窒素肥料の生産から始まった会社です。石灰窒素の製造を通じてカーバイドの技術を磨き、誘導品(化学反応により生まれる製品)の製造を始めました。カーバイドを水と反応させるとアセチレンができ、ここからさまざまな製品を作っています。


  一番代表的なのがクロロプレンゴムです。耐熱性や耐油性に優れ、産業機械の動力伝動ベルトなどに用いられる合成ゴムです。日本では当社が初めて製造し、世界シェアは40%でトップです。

◇自前の鉱山と電力

 

── 合成ゴムの強みは。


 山本 カーバイドの原料となる石灰石の鉱山と発電所を所有していることです。工場のある新潟県糸魚川市の近くに鉱山を持っており、資源量は豊富です。電力は自前の水力発電所から供給しています。水力発電所は15カ所あり、工場で使う電力の4割は水力でまかなっています。安価な原料とエネルギーの両方を有していることは大きな強みです。


── コスト競争力は高いですね。


 山本 確かに高いですが、競合他社は石油系のブタジエンからクロロプレンを製造しているので、ブタジエンの価格が下がると我々の競争力が落ちます。そこで2015年に三井物産と共同で米デュポンの米国内の工場を買収し、ブタジエンとカーバイドの両方の製造工程を持ちました。これによってブタジエンの価格によって、日米両工場の稼働率を調整する生産態勢になりました。


── もう一つの主力、電子部品材料はどんなものを作っていますか。


 山本 セラミックス系の材料を作っています。電気自動車(EV)向けに需要が非常に伸びており、収益源の一つになっています。


── 製造技術はどのようにして得たのですか。


 山本 セラミックスの開発には高温制御の技術が必要です。当社は石灰窒素肥料の製造でその技術を持っており、発展させて開発につなげました。代表的な製品は窒化ケイ素です。ファインセラミックスの一種で、耐熱性と強度に優れています。EV駆動用モーターを制御するパワーコントロールユニットの放熱用基板の材料で、伸びていく分野です。生産能力が不足しており、増強を図っています。


── 他に注力しているのは。


 山本 リチウムイオン電池に必須の導電材料、アセチレンブラックです。アセチレンの使用と自社の技術により純度の高い導電材料になります。世界で最も高純度なカーボンブラック(炭素の微粒子)で導電率に優れた製品で、非常に需要が拡大しており、今後も生産能力の増強を積極的に進めます。


── 今後、どのような経営計画を立てていますか。


 山本 5年間でスペシャリティー(独自技術・製品など)化の進展と生産性の向上、働き方の改革を目指します。海外での売上高は4割程度になっていますが、海外の巨大企業と互角に渡り合うにはスペシャリティー化しかありません。化学企業は為替や原料価格などの影響を受けやすく、変化に強い体質にしないと持続的な成長は難しい。常に新たなスペシャリティーを生み出す体制を作っていかなくてはなりません。


  スペシャリティーで営業利益の9割を稼ぐことを目指します。現在は電子部品材料などスペシャリティーが6割を占めており、十分に達成可能だと考えています。


── どのようにして生産性を拡大する方針ですか。


 山本 スペシャリティー事業を伸ばすには積極的な成長投資が必要で、場合によってはM&A(企業の合併・買収)も必要になります。戦略投資は5年間で750億円で、このうち600億円はスペシャリティー事業の成長に使う計画です。


── 具体的なM&Aの考え方は。


 山本 技術的な基盤が充実したり、事業価値の拡大につながったりするなら積極的に進めたい。高収益が期待できるヘルスケアや需要が伸びている電子部品材料の分野が中心だと思いますし、具体的に検討しているものもあります。


── ヘルスケアではどの分野に力を入れますか。


 山本 子会社のデンカ生研は国内の民間企業で唯一、インフルエンザのワクチンを製造・販売しています。また、15年にはドイツのアイコン社を買収しました。ワクチンは通常、鶏の卵で培養しますが、アイコン社は植物細胞を使ってこれまでより安価かつ安全にワクチンを作る製法に取り組んでいます。一方、がん治療の分野ではヘルペスウイルスの遺伝子を改良し、がん細胞だけを攻撃するウイルス製剤を作りました。悪性脳腫瘍など治験を進めています。


── 海外展開の方針は。


 山本 13年には5カ所だった海外の生産・研究開発拠点は、14カ所に増やしました。シンガポールはさらに強化し、アジアを中心に消費地の生産販売拠点の強化を進めます。海外売上高比率は5割程度まで持っていきたいと思います。


 (構成=米江貴史・編集部)

 

  ◇横顔

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 電子材料の開発など新しい事業の担当や、ドイツ駐在などで視野が広がりました。好奇心が強く、外国人を相手に負けてたまるかという気持ちも強かったです。


Q 「私を変えた本」は


A 高校時代に読んだヘルマン・ヘッセ『荒野のおおかみ』です。世の中の大きな流れから少し離れたアウトサイダーでいることの意味や大切さを教えられました。


Q 休日の過ごし方


A 社長は脳が常に緊張状態にありますので、脳をリラックスさせることに集中しています。妻と買い物に出かけたり、料理を作ったりしています。
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 ■人物略歴
  ◇やまもと・まなぶ
 1956年生まれ。東京都出身。神奈川県立相模原高校、早稲田大学政治経済学部卒業。81年4月電気化学工業(現・デンカ)入社。執行役員電子材料事業本部電子材料事業部長、取締役兼専務執行役員経営企画室長などを経て2017年4月に社長就任。62歳。
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事業内容:合成ゴム、電子部品材料など化学製品の製造
 本社所在地:東京都中央区
 設立:1915年5月
 資本金:369億9800万円
 従業員数:5816人(2017年3月末、連結)
 業績(17年度、連結)
  売上高:3956億円
  営業利益:337億円

2018年6月5日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:5月28日

最強!ニッポンの

素材・化学

好業績、上方修正相次ぐ

すり合わせで技術磨き上げ

 

 日本の素材・化学メーカーが今、絶好調だ。


  信越化学工業が4月27日に発表した2018年3月期連結最終利益は、前期比51%増の2662億円と10年ぶりに過去最高益を更新した。営業利益ベースで、主力の「塩ビ・化成品セグメント」が前年度比75%増、「半導体シリコンセグメント」が同66%増だった。同社は、窓枠や上下水管、建物外壁など、さまざまなインフラの原料となる塩化ビニール、半導体デバイスの材料であるシリコンウエハーでいずれも世界シェアトップだ。

 

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