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為替レートが政治化すれば日銀は窮地に=早川英男 [出口の迷路]金融政策を問う(33)  

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景気後退の前に緩和余地を作るためにも長期金利目標を引き上げる。このシナリオを阻むのがトランプ米大統領だ。

早川英男(富士通総研経済研究所エグゼクティブ・フェロー)

 日銀の金融緩和の「出口」をめぐる最大の困難は、2%の物価目標を達成した後に訪れること、そしてその困難は、(1)財政の維持可能性に関する信認を欠いたままの「出口」における長期金利の急騰、(2)超過準備への付利引き上げに伴って日銀に発生する巨額の赤字──という二つの形を取るであろうことは、筆者も繰り返し強調し、また当欄で多くの識者が指摘してきたことである。


  しかし現実には、この「出口」はまだ相当に遠い。日銀は2013年4月の段階で「2年程度」としていた2%目標の達成時期について先送りを繰り返してきたが、今年4月の「展望リポート」ではついに目標達成時期に関する記述自体を削除してしまった。


  これは事実上、2%を中長期目標へ位置付け直すものであり、イールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利操作付き金融緩和)の導入以来進めてきた持久戦の構えを完成するものと評価できよう。


 「出口」を考えるうえでは、現在の日銀の政策枠組みであるYCCに長期と短期という二つの金利目標がある以上、その「出口」にも2種類あること、このうち長期金利目標は、昔の為替相場制度にならって言えば、ペッグ(固定制)ではなく、アジャスタブル・ペッグ(調整可能な固定制)だ、という2点を理解しておくことが重要である。


  そう考えると、短期金利の引き上げ、バランスシートの縮小といった現在FRB(米連邦準備制度理事会)が行っているような本格的な「出口」はあくまで2%目標達成の後だとしても、それに先立って長期金利目標の調整が行われる可能性がある。

Bloomberg
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 ◇日銀が強める景気後退の不安

 

  物価の動きは、2%目標は遠いとしても、徐々にしっかりしてきている。生鮮食品とエネルギーを除いた消費者物価指数(コアコアCPI)の前年比は、昨年半ばまでゼロ近傍だったが、足元はプラス0・5%まで高まってきた。うまくすれば、年末ごろにはプラス1%に達する可能性もあるだろう。また、最近の原油相場の上昇を踏まえると、生鮮食品を除いた消費者物価指数(コアCPI)の前年比はしばらくプラス1%、ないしそれを上回って推移する可能性がある。日銀は明示的な言及は一切避けているが、コアコアCPIがプラス1%超で推移すると見通せる状態になれば、長期金利目標の引き上げが行われる可能性は十分にあると筆者は考えている。


  このままインフレ率が高まって長期金利目標の引き上げにつながるのは、民間金融機関にとっても日銀にとっても待望のシナリオと言えよう。金融機関の多くは、保有していた既発の高利回り債の大半が償還済みとなって、運用難に一層苦しんでおり、長期金利上昇への期待が著しく強い。


  一方、現在の日銀内部では物価目標の早期達成への意気込みよりも、目標達成前に次の景気後退が到来することへの不安の方が勝りつつあるのではないか。そうであれば、その際の政策対応余地を持つため、少しでも早めに長期金利の水準を上げておきたいと考えるのはごく自然である。


  事実、4月の「展望リポート」を見ると、コアCPIの上昇率(消費税の影響を除く)は20年度も1・8%にとどまるうえ、「物価については下振れリスクの方が大きい」と記されている。さらに、経済成長率については19、20年度ともプラス0・8%と2年連続で潜在成長率をわずかに下回る見通しとしたうえで、「19年度以降は下振れリスクの方が大きい」との記述が加わった。「見通し期間の終盤にかけては、資本ストックの調整圧力が高まっていく」との評価と併せれば、日銀が19年度以降に景気後退の可能性を意識し始めたと読むのが自然だろう。


  しかし、筆者が最近心配し始めたのは、今後、1ドル=100円割れ程度まで円高が進み、この長期金利目標の引き上げシナリオの実現を阻むかもしれないという点である。


  ここでは、大規模金融緩和の下で急激な円安が進んだ13~14年は、日本の貿易赤字が急拡大し、経常収支さえ赤字転落が懸念された時期だったことを確認しておこう。為替が動く要因としては、対外収支、金利差、購買力平価の三つが挙げられるが、この時期の円安には金融緩和だけでなく、貿易赤字拡大の影響が大きかったと考えられる。


  一方、その後の原油価格急落にここ2年ほどの輸出主導景気が加わって、現在の経常黒字のGDP(国内総生産)比は4%を上回っている(図)。昨年後半ごろから米国の長期金利が上昇し、日米金利差が拡大した割に円安が進まなかった一因には、この日本の黒字拡大があったと考えられる。


  とは言え、それだけなら先行きの為替レートは金利差と経常黒字の綱引きであまり大きくは動かないから、さほどの懸念は不要である。問題は、そこにトランプ米大統領の政策が加わってくる点にある。大規模減税によって財政赤字が急拡大すれば、貯蓄・投資バランスの裏側として米国の対外赤字も拡大するはずだが、対外赤字削減を最大の公約の一つとしてきたトランプ大統領にとっては、11月の中間選挙を前に赤字拡大が明らかになれば大変困ったことになる。


  もちろん、対外赤字の拡大は自らの政策が招いた結果なのだから、本来責めを負うべきはトランプ大統領本人である。しかし、トランプ氏が自らの責任を認めるような人物でないことは誰もが知るとおりだ。必ずや黒字国に責任を転嫁するに違いない。その場合、最も手っ取り早いのは、黒字国の通貨政策をツイッターなどで攻撃することだろう。主なターゲットは中国だが、黒字が拡大している日本も安心はできない。


  購買力平価が1ドル=100円程度であることを踏まえれば、現状から多少円高になっても日本経済への影響は限定的だろう。90円台程度で経営を脅かされる輸出企業はほとんどない。現在の景気拡張期間は既に5年半近くになるから、円高が景気反転のきっかけになるかもしれないが、ミニ景気後退ならばむしろ健全な調整と言える。雇用面では、人口要因を背景とした構造的な人手不足が多少和らぐ程度だと筆者は考える。

◇円高で剥がれる「化けの皮」

 

  しかし、政府・日銀にとって円高は大問題となり得る。2%の物価目標が達成できなくても潜在成長率が高まらなくても、アベノミクスが「一定の成果を上げた」と言えるのは、企業収益の改善と株高のお陰である。だが、これらはいずれも主に円安の結果に過ぎない。円安により日本企業が海外子会社から受け取る配当などが見かけ上膨らんだ部分も含めて企業収益が増え、株価も上昇した。為替が円高となり、水ぶくれした企業収益が悪化して株安となれば、アベノミクスは「財政健全化の遅れと、金融市場の価格形成のゆがみや金融仲介機能の低下などをもたらしただけだった」と化けの皮が剥がれてしまう。


  特に日銀にとっては、円高が進んで物価が頭打ちになれば、長期金利目標引き上げの前提自体が崩れてしまう。株安となれば、支持率が揺らぎつつある安倍政権は金融緩和を求めてくるに違いないが、もともと円高に対して金融面で打てる手は限られてきているうえ、無理な金融緩和は米国から円安誘導批判を招く恐れがある。為替レートが政治化すれば、日銀は窮地に陥ってしまうだろう。


 (早川英男、富士通総研経済研究所エグゼクティブ・フェロー)

◇はやかわ・ひでお
 1954年愛知県生まれ。77年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。83~85年、米プリンストン大学大学院(経済専攻)留学(MA取得)。2001年日銀調査統計局長、07年名古屋支店長、09年理事を経て、13年4月から現職。著書に『金融政策の「誤解」』


目次:2018年6月12日号

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CONTENTS

 

増える給料
16 仕事を適切に評価 本格化する賃金革命 ■松本 惇/小島 清利
19 変わる賃金 日立、ソニー、パナが先駆け ■溝上 憲文
21 副業解禁 社員の動機は賃金補填 会社はそれ以上の効果を期待 ■編集部
21 インタビュー 林 貴子 新生銀行人事部長 「副業OK新生銀行社員は『会社に縛られない』」
22 ルポ 昇給と賞与4カ月死守でV字回復の鋳造鋳物会社 ■小島 清利
23 岡山・産廃処理企業 給与増と教育制度の充実 2年間で新たに30人を採用 ■小島 清利
23 大阪・建材製造販売 半強制的に有給休暇取得 募集に問い合わせ殺到 ■小島 清利
24 中小企業 社員引き留めの決死の賃上げ ■原田 三寛
26 四つの胎動 非製造業、世帯収入、シニア待遇、転職者で始まった「好循環」 ■山田 久
29 人手不足で賃金が上がらない理由 女性、高齢者の労働参加で抑制 ■川口 大司
30 外国人 日本人並みの賃金は当たり前 ■竹内 英二
32 もう会社は払えない! 住宅費と教育費の公的支援拡充を ■藤森 克彦
34 国際比較 上昇するアジアの管理職給与 ■黒沢 敏浩
36 インタビュー 太田 聰一 慶応義塾大学経済学部教授 「自分次第で賃金は上がる」

 

Flash!


 11 イタリア政局混迷 ユーロ安、長期金利が急上昇 危ぶまれる「政府紙幣」の発行/識者の見方 ユーロ安・円高さらに/欧州関連株に懸念続く
13 ひと&こと 麻生氏の「政治介入」で、財務次官に浅川氏浮上/大阪都構想垂れこめる暗雲 住民投票実施のめどたたず/任天堂は集団指導体制 問われる新社長の企画力

 

World Watch


 58 ワシントンDC 映画から作られる日本人像 「文化盗用」の批判も ■小林 知代
59 中国視窓 投資面で関係深める米中 貿易摩擦が懸念材料 ■真家 陽一
60 N.Y./カリフォルニア/英国
61 韓国/インド/シンガポール
62 台湾/ウズベキスタン/ブルンジ
63 論壇・論調 トランプ減税で米の財政赤字拡大 「日本はGDP比2.3倍」楽観論も ■岩田 太郎

 

Interview


 4 2018年の経営者 谷本 秀夫 京セラ社長
92 挑戦者 2018 鈴木 堅之 TESS社長
44 問答有用 小林 一夫 お茶の水 おりがみ会館館長 「日本の文化を世界に発信できる」

つみたてNISA vs iDeCo
 70 仕組み、税金、商品 特徴知って賢く選ぼう ■向山 勇
72 老後資金ならiDeCo 教育資金ならNISA
74 つみたてNISA 資産別、地域別などの投資対象でリターンとリスクを比較 ■編集部
76 iDeCo 年代やライフステージを考え自分に合った資産配分を ■編集部

82 出口の迷路 (34) インタビュー 岩田規久男 前日銀副総裁 「リフレ理論も政策も正しい、だが逆風で時間がかかる」

 

エコノミスト・リポート


66 銀行の革新 口座情報活用で新融資先開拓 アジア中小企業向けの武器に ■根本 直子/大久保 豊

37 破産 2件目「シェアハウス会社」破産 投資家へ融資はまたもスルガ銀行 ■内藤 修
78 不正会計 パナソニック子会社の不正会計 「310億円制裁金」の深層 ■北島 純

 

Viewpoint


 3 闘論席 ■古賀 茂明
15 グローバルマネー 政府と中銀は対峙と協調が必要
38 福島後の未来をつくる(71) 再生可能エネルギーの技術開発で海外展開を目指す福島県へ ■服部 靖弘
40 海外企業を買う(192) ウォルグリーン・ブーツ・アライアンス ■小田切 尚登
42 名門高校の校風と人脈(292) 福島高校(福島県) ■猪熊 建夫
48 学者が斬る 視点争点 仮想地域通貨を良貨として育てる ■西部 忠
50 言言語語
64 東奔政走 安倍政権下で壊れた政治システム 官僚、与野党、そして国会…… ■平田 崇浩
69 国会議員ランキング(24) 災害関連委員会の質問時間 ■磯山 友幸
80 本誌版「社会保障制度審」(5) 子育て支援、仏やスウェーデン先例に 所得向上と共働き促進がカギ ■山崎 史郎
94 独眼経眼 輸出も株価も「為替離れ」 ■藤代 宏一
95 商社の深層(114) 調達見直しで業績急改善の三菱自 三菱商事、グループの甘え脱却が奏功 ■河村 靖史
96 アートな時間 映画 [ビューティフル・デイ]
97        舞台 [六月大歌舞伎 夏祭浪花鑑]
98 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Speaker ” ■安井 明彦

 [休載]キラリ!信金・信組

 

Market


 86 向こう2週間の材料/今週のポイント
87 東京市場 ■三宅 一弘/NY市場 ■堀古 英司/週間マーケット
88 中国株/為替/白金/長期金利
89 マーケット指標
90 経済データ

 

書評


52 『アメーバ経営と管理会計』
   『「ネコ型」人間の時代』
54 話題の本/週間ランキング
55 読書日記 ■小林よしのり
56 歴史書の棚/出版業界事情

51 次号予告/編集後記

特集:増える給料 2018年6月12日号

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仕事を適切に評価 

本格化する賃金革命

 

 今年3月、フリーマーケットアプリ運営のメルカリに内定していた男性(24)に年収を上乗せして採用することを知らせるメールが届いた。男性は「素直にうれしかった。ちゃんと評価されているのを実感できた」と話す。

 

 2017年から新卒採用を本格化したメルカリは今年4月入社の新卒社員から、内定期間中のインターンシップや大学での研究成果などを評価して初任給に反映させる新人事制度「メルグラッズ」を始めた。男性は昨年3月の内定以降、世界の研究者が人工知能(AI)技術を競う大会で2位になったことや、9月から始めたインターン期間中の働きぶりによりエンジニアとしての高い能力が評価されたという。

Bloomberg
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 他にも数社の大手IT企業から内定をもらい、メルカリ同様にインターンもしていたが、「他の会社は自分がどう評価されているか分からなかった」と振り返る。一方、月1回以上は上司との面談があったメルカリは「やりたいことができるうえ、自分の強みや課題を指摘してくれて、しっかり評価してくれていると感じていた」ことから、米企業からの誘いもある中で、メルカリへの入社を決めた。4月からは、同社の金融関連子会社メルペイに勤務している。


 メルカリの石黒卓弥・人事マネージャーは「一人一人に向き合い、その人に合った適切なオファーを出すようにしている。会社としては大変だが、海外企業との競争が激しい中で、テック企業として優秀なエンジニアを採用するためには必要なこと」と語る。

 

  ◇20年ぶりの伸び率

 

  仕事に対する適切な評価が進んでいるためか、足元の賃金環境は上昇基調にある。厚生労働省が5月23日に発表した3月の毎月勤労統計調査(従業員5人以上の事業所)によると、基本給にあたる所定内給与(1人当たり)が前年同月比1・2%増の24万3643円となった。97年7月以来、20年8カ月ぶりの高い伸び率で、12カ月連続のプラスだ。


  三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所の宮嵜浩シニアエコノミストは「働き方改革の機運の高まりから残業代を増やせない一方、人手不足の中で新たな人材の確保や、社員の流出を防ぐために基本給を引き上げる動きが出ているのでは」と分析。さらに「金融業界では人手が足りている一方、外食や運輸業界では人手不足に陥っているなど雇用のミスマッチが起きている。ミスマッチの解消でさらに賃金が上がる余地はある」と指摘する。

 ◇NTT、日本郵政の格差是正

 

  仕事を適切に評価することは、正規・非正規労働者の不合理な待遇差を禁じる「同一労働同一賃金」の法制化の動きにもつながっている。法制化が大詰めを迎える中、正規と非正規の待遇差改善を目指す動きは、既に民間企業の間で広がっている。


  NTTグループは5月1日から、福利厚生制度を見直し、健康関連の項目について非正社員にも正社員の制度を適用することにした。非正社員にとっては受診できる健康診断の項目が増え、提携するフィットネスクラブやレジャー施設などを割安で利用できるようになった。政府は16年12月に示した同一労働同一賃金のガイドライン案で福利厚生について「同一の利用を認めなければならない」としており、NTT広報室は「非正社員も含めた社員全体の健康増進が重要と考えた」と説明する。


  また、日本郵政グループは10月、転居を伴う転勤のない正社員(約2万人)のうち、約5000人に支給している住居手当を廃止する。現支給額から年10%ずつ10年かけて減らす経過措置も設ける。一方、非正社員にはこれまでなかった年始勤務手当を、1日当たり4000円(正社員は同5000円)支給することにした。


  日本郵政人事部は「政府のガイドライン案などを見ても、従来の待遇に問題があったとは考えていない」と強調。そのうえで「グループ社員の半数程度が非正社員であることから社会的責任もある。政府が同一労働同一賃金の方針を掲げる中で、やれるところから労働条件の改善を進めることにした」としている。


  同一労働同一賃金の動きの広がりは、非正規労働者の待遇向上を意味する。さらに正規労働者にとっても、同一労働同一賃金によって、労働(仕事)内容によって賃金が決まる性格が強まることから、自らのスキルアップを給料に反映しやすくなるメリットがある。自分の努力次第で給料が増える時代に突入した。


 (松本惇、小島清利・編集部)

週刊エコノミスト 2018年6月12日号

定価:670円

発売日:6月4日


成長の原動力はIoTや自動運転 谷本秀夫=京セラ社長

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Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

── 2018年3月期決算は売上高が過去最高を更新し、好調でした。


 谷本 主力の部品事業が市場環境に恵まれ、好運でした。半導体製造装置の需要が増加し、産業・自動車用部品分野では世界市場で過去最高の約6兆円の出荷額となりました。


── 需要増にどう対応しますか。


 谷本 積極的に増産投資を行っています。鹿児島・国分工場の新棟は18年10月に稼働予定で、滋賀・八日市工場の増設も進めている。米国でもワシントン工場、ノースカロライナ工場で増設に取り組みました。売上高で前年比20%以上の成長の継続を目指します。

 

── 半導体関連分野も伸びていますね。


 谷本 IoT(モノのインターネット)関連の電子部品表面実装セラミックパッケージやイメージセンサー用のセラミックパッケージは受注が拡大しています。耐熱性、耐摩耗性、硬度に優れたセラミック化へのニーズが高まっているからです。スマートフォン向けなどは部品はますます小型化が必要となり、京セラのセラミックパッケージの技術に対する引き合いも増えています。20年度の鹿児島・川内工場の生産能力を17年度比で1・25倍にする計画です。


── 自動運転が実用化へ向けて進んでいて、部品需要も旺盛です。


 谷本 先進運転支援システム(ADAS)関連の衝突防止用部品が増加傾向にあります。車載レーダー用アンテナ基板は、回路とアンテナの一体成型技術と、直射日光や雪など過酷な条件下での耐久性など長期信頼性が評価されるなど高い競争力を持っています。すでに高シェアを実現していますが、20年度にはADAS関連の売上高を17年度比で約2倍に引き上げたい。


── IoT関連市場では、今後の成長をどう取り込みますか。


 谷本 (京セラが筆頭株主である)KDDIが低価格、低消費電力で広範囲をカバーする新たなIoT通信の提供を開始したほか、次世代移動通信の「5G」が本格的に立ち上がれば、新しいサービスの実現が加速します。農業では日照時間や温度、湿度などを計測し、植物の育成に最適な環境を管理したり、都市ガスが普及していない地域で家庭のプロパンガスの残量を計測したりと、さまざまな便利なサービスが立ち上がります。京セラのIoT関連部品は7種類のセンサーの搭載が可能で、今後、活躍する場面は増えていきます。
── ソーラー事業を軸とする生活・環境分野は苦戦していますね。


 谷本 ソーラー苦戦の理由は、中国勢が低価格攻勢でシェアを拡大していることと、太陽光発電のような再生可能エネルギーで発電した電気を、国が決めた価格で買い取るよう、電力会社に義務づけた「固定価格買い取り制度」が改正され、新規参入者向けの買い取り価格が引き下げられていることが背景にあります。しかし、国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)を受けて、政府が打ち出した「温室効果ガスを30年度に13年度比で26%削減する」という目標に向け、大手企業が本格的に動き出せば、需要が拡大するのは間違いありません。

 

  ◇M&Aに2500億円

 

── 具体的には、どのようなビジネスを展開するのですか。


 谷本 工場で使う電力を供給するためのメガソーラー事業を考えており、工場が再生可能エネルギー由来の電力を取引できる基盤の構築を目指しているデジタルグリッド(東京都千代田区)や電力会社、新電力などとの提携を検討し、今年度中にはメドを付けたい。こうした仕組みが出来上がれば、かなり大規模な事業になります。


  太陽光発電のモジュールのコスト競争では中国勢に負けているが、コストダウンを実現する工法の開発や、大型発電所の開発、保守運用に加え、電力取引の要となる専用装置の量産や普及などでビジネスチャンスは大きい。


── 21年3月期の売上高2兆円、税引き前利益3000億円を目標に掲げました。


 谷本 目標に到達するには売上高で5000億円の上積みが必要ですが、半分にあたる2500億円程度はM&A(企業の合併・買収)で実現したい。最近2年間は、約1000億円ずつのM&Aを実施しており、このままのペースなら達成できると思います。既存の事業でも部品事業を中心にさらなる成長を期待している。売上高2兆円という数字は簡単ではありませんが、的外れだとも思っていません。


── コスト削減にも力を入れていますね。


 谷本 生産部門では、徹底した原価低減や生産性倍増への取り組みを加速します。17年9月に開設したAI(人工知能)ラボや、17年10月に開設したロボット活用センターは大きな効果が期待できます。製造コストの削減にAIを活用する試みは、私がファインセラミック事業本部長時代に始めました。IBMの協力でデータサイエンティストを置き、ある製品の特定の工程のデータを解析したところ、10年間変化がなかった歩留まり率が6%向上しました。AIを使って莫大(ばくだい)な変動要素を多元解析すると、人間の頭では気が付かなかった要素が、歩留まりの改善に効果があることが分かったのです。「これは使える」と確信しました。


  AIやロボットは、学習しながら精度を高めていきます。テクノロジーの活用で生産計画の精度向上も期待できます。
 (構成=小島清利・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A セラミックの製造プロセスを大掛かりに変えるプロジェクトのリーダーをやっていました。苦労しましたが、製造時間の大幅な短縮を実現しました。


Q 「私を変えた本」は


A 影響を受けたのは創業者の稲盛和夫名誉会長の著書です。本から学んだ「利他の心」は、従業員や顧客を大切にする経営の実践に役立っています。


Q 休日の過ごし方


A 会社の仲間たちとゴルフを楽しみます。鹿児島での勤務が長かったので、その頃からゴルフは趣味です。音楽も好きで、ジャズを聴いて過ごします。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
  ◇たにもと・ひでお
 1960年生まれ。長崎市出身。長崎県立長崎西高校、上智大学理工学部卒業。82年京都セラミック(現・京セラ)入社。2014年ファインセラミック事業本部長、15年執行役員、16年取締役を経て、17年4月から現職。58歳。
………………………………………………………………………………………………………
事業内容:部品事業、機器・システム事業
 本社所在地:京都市
 設立:1959年4月
 資本金:1157億300万円
グループ従業員数:7万5940人(2018年3月末現在)
 業績(18年3月期、連結)
  売上高:1兆5770億円
  営業利益:955億円

2018年6月12日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:6月4日

増える給料

 

仕事を適切に評価 

本格化する賃金革命

 

 

 今年3月、フリーマーケットアプリ運営のメルカリに内定していた男性(24)に年収を上乗せして採用することを知らせるメールが届いた。男性は「素直にうれしかった。ちゃんと評価されているのを実感できた」と話す。


  2017年から新卒採用を本格化したメルカリは今年4月入社の新卒社員から、内定期間中のインターンシップや大学での研究成果などを評価して初任給に反映させる新人事制度「メルグラッズ」を始めた。男性は昨年3月の内定以降、世界の研究者が人工知能(AI)技術を競う大会で2位になったことや、9月から始めたインターン期間中の働きぶりによりエンジニアとしての高い能力が評価されたという。

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「リフレ理論も政策も正しい、だが逆風で時間がかかる」=岩田規久男[出口の迷路]金融政策を問う(34)

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 3月に日銀副総裁を退任した岩田規久男氏は、大胆な金融緩和によるデフレ脱却を主張する「リフレ派」の中心的存在として5年間、異次元緩和を進めてきた。その帰結をどうみるのか、聞いた。

岩田規久男(前日銀副総裁 )

── 当初、「2年でインフレ率2%」を掲げたが、現時点では達成時期も見通せていない。


 岩田 一番の問題は、日銀の金融政策は完全にリフレのレジーム(枠組み)に転換したのに、財政政策は2014年4月の消費税率引き上げで緊縮的になってしまい、リフレレジームが壊れたことだ。
  リフレレジームとは、物の値段が下がり続けるデフレを止めて、2%程度の緩やかな物価上昇をもたらすような政策を指す。金融政策が中心だが、財政政策など需要に影響する政策を含めて、全体として物価を上げるような枠組みになっていなければならない。


  最初の1年目は想定通りの展開だった。まず、「リフレレジーム」に転換した日銀による大量の長期国債を中心とする資産買い入れが、株高を引き起こし、為替市場では円安をもたらした。株や外貨建て資産を持っている人に対して、資産効果が働き、消費が大きく伸びたのが1年目の特色だ。


  我々が重視していた予想インフレ率も順調に上がり、消費者物価(除く生鮮食品)前年比は、13年3月のマイナス0・5%から、14年4月には1・5%まで2ポイントも上がった。遅くとも14年8月には2%に達するスピードで、2年以内に目標を達成できると思った。


  消費増税について、安倍晋三首相は自民党総裁選に出る前に、「デフレから脱却しない限りやらない」と述べていたので、私はそのつもりでいた。ところが結局実施され、財政政策が需要を圧縮したため、とたんに物価が上がりにくくなってしまった。


── 消費増税の影響はそんなに大きいのか。


 岩田 増税の需要下押し圧力は、私が心配していた以上に強く、かつ長引いた。1997年に消費税率を3%から5%に引き上げた時と比べて、はるかに強かった。この背景には、20年も続いたデフレ下の低成長の下で、非正規雇用が増えて低所得者層が多くなったことと、少ない年金しかもらえない年金世代が全世帯の3割以上に増えたことがあった。彼らは消費増税に最も弱い人たちで、消費を減らすしかなかった。


  リフレレジームで大事なのは、人々に「これからはひょっとしてインフレになるのではないか」と思わせることだ。そうでないと、資産を現金で持っている方が得だと考える行動が変わらない。それを変えるためには、ロケットが成層圏から出る時のような脱出力が必要だ。せっかく金融政策でロケットを打ち上げたのに、財政が急に緊縮したため、ロケットの推進力が大幅に減殺されてしまった。


  もう一度、デフレマインドに戻ってしまうのを食い止めなければならず、14年10月に大規模な追加緩和を行った。

 

◇幻の100兆円

 

── 金融政策がリフレレジームに占める割合は、考えていたより小さかったということか。


 岩田 いや、小さくはなかった。13年4月からの5年間(60カ月間)で、消費者物価(除く生鮮食品)前年比が0%以下になった月数は18カ月間しかなく、70%に当たる42カ月間は0%超のプラスだ。それに対して、13年4月以前の15年間は、74%の月数が0%以下のマイナスだった。つまり、以前の日銀の金融政策を続けていたら、今でもインフレ率がマイナスのデフレが続いていたということだ。

 

 しかし、消費増税の消費に対する負の影響が非常に強く、さらに、原油価格(ドバイ)が14年6月の1バレル=108ドルのピークから急落し始め、16年1月には27ドルへと75%も低下した。原油価格急落の過程で、日本だけでなく、欧米主要国でもインフレ率はマイナスになったことを認識すべきだ。


── さらなる緩和は考えなかったのか。

 


 岩田 14年10月の追加緩和で、予想インフレ率は下げ止まって、上がってきた。物価の基調(生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価)は崩れていなかったので、しばらく様子を見ることにした。しかし、消費増税で消費が弱っている下で、原油価格が下げ止まらなかったため、生鮮食品を除く消費者物価(消費増税の影響を除く)前年比は、15年8月からの3カ月間はマイナス0・1%にまで低下した。日本では長い間デフレが続いたため、足元のインフレ率が低下すると、予想インフレ率も低下してしまう。消費の前年の落ち込みからの回復も弱く、日経平均株価も2万円割れになった。


  15年10月ごろからずっと、さらに追加緩和した方がいいかどうか悩んでいた。様子を見ていたが、中国経済の停滞で輸出が伸びず、16年入り後は株価は下がり、それにつれて、円高になった。株安・円高では、デフレマインドが強まる。デフレマインドが強まることを止めるためには、追加緩和が絶対に必要だと思ったのが16年1月だ。


  追加緩和の手段として、私は日銀の国債買い入れ額を年間80兆円から100兆円台に拡大することを考えた。だが、必ずしも私の思う通りの政策ができるわけではない。金融政策を決める政策委員会メンバーのなかにはいろいろな意見がある。金融政策決定会合で賛成多数となるものが日銀の金融政策になる。


  そこで出てきた案がマイナス金利だ。日銀の企画局を中心に欧州での導入事例を研究していて、理論的にも実証的にも効果があると考えられた。ところが、日本では庶民の銀行預金の金利もマイナスになるというような誤解もあって、非常にマイナスイメージで捉えられた。理論的には円安・株高になるはずだったが、数日後から逆方向に進んでしまった。これはコミュニケーションの失敗だった。


── 16年9月、日銀は金融政策の目標を量から金利に切り替えるイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)を導入した。岩田さんも賛成し、国会での答弁で「私の考えも進化した」と述べた。進化とはどういう意味か。


 岩田 「リフレレジームへのチェンジ」は人々の物価予想をデフレからインフレに変えようとするものだ。既に、消費増税で「リフレレジーム」は毀損(きそん)されていたから、量を拡大しても、人々の予想インフレ率を引き上げる力はあまり期待できない。量と2%達成への強いコミットメント(約束)だけではなかなか予想インフレ率が上がらないなか、需給ギャップを改善して足元の物価を上げるというように思考が変わった。


  日銀のスタッフは、イールドカーブ(長期と短期の利回り曲線)がどういう形状であれば需給ギャップを縮めるのに役に立つかという研究を進めていた。これは世界的に始まっていた研究だ。非伝統的金融政策では短期の政策金利を動かすだけでなく、長期国債を購入することでイールドカーブ全体を下げるからだ。「リフレレジーム」が毀損された状況では、量を拡大した場合よりイールドカーブ・コントロールの方が需給ギャップに対する効果が大きいというシミュレーションの結論には説得力があった。

 

◇日銀の優秀なスタッフたち

 

── リフレ派からは変節したとも捉えられた。


 岩田 日銀内リフレ派と、日銀外リフレ派では情報量に差がある。日銀の外にいるリフレ派がイールドカーブ・コントロールの研究を独自に進めるのは難しい。日銀には研究能力が高いスタッフが大勢いる。世界のトップレベルの論文を読み、さまざまな計量分析の手段を持っている。説得力や信頼性が高い。日銀の執行部が替わって「できるだけ早く2%目標を達成する」ことが最重要課題になったから、そのための研究が盛んになった。その成果がマイナス金利とイールドカーブ・コントロールだ。


── 現在の日本は景気がよく、雇用も改善しているので、2%の物価目標にこだわらなくてもいいという意見がある。


 岩田 世界標準の物価目標が2%のなかで、日本が仮に1%にすると、長期的には円高傾向が続く。そのため、製造業は日本からどんどん出ていくだろう。日本はデフレが長く続き、デフレリスクが非常に大きい。いったんデフレになったら脱却するのは非常に難しいことが分かったはずだ。デフレに陥らないための「のりしろ」としてもインフレ率を上げておかなければならない。


── 日銀の金融政策が出口に向かうのは2%を達成してからなのか。


 岩田 出口は2%を安定的に達成してからだ。既に雇用が改善しているというが、失業率を2%台前半まで引き下げ、もっともっと人手不足にすることで、設備投資や研究開発投資が起きてくる。これからはAI(人工知能)やロボットの時代だ。人手不足が潜在成長率を高めるチャンスを作る。予想インフレ率が2%で安定した段階で金利を緩やかに上げていくのが、出口だ。


── イールドカーブ・コントロールの導入で国債買い入れ額は減っている。これをステルス・テーパリング(ひそかな緩和縮小)と言う人がいる。


 岩田 そうではない。ただ、結果的に買い入れ額が減って、出口はやりやすくなっている。米国の出口でも、バーナンキ元FRB(米連邦準備制度理事会)議長がちょっとテーパリングに言及しただけで、国際金融市場が大混乱に陥った。それほど金融市場はコミュニケーションが難しい。


  私が日銀副総裁になって一番難しいと思ったのは、コミュニケーション、それも民間エコノミストの発言を基にしたジャーナリズムだ。日銀の政策がどう解釈されて伝わるかで効果が変わってしまう。

衆院予算委員会に参考人として出席した岩田氏(左、当時日銀副総裁)と黒田東彦総裁(2016年1月)
衆院予算委員会に参考人として出席した岩田氏(左、当時日銀副総裁)と黒田東彦総裁(2016年1月)

◇辞任しなかった理由

 

── 就任時に「2年で2%に達しなかったら辞任する」と国会で答弁しながら、辞任しなかった理由は。


 岩田 何度も同じ質問をされるが、私はそうは言っていない。国会では、「どういう責任をとればいいのかはよくわからないが、最高の責任のとり方は辞任だ」と言ったので、「2年で2%に達しなかったら、その理由が何であれ、直ちに辞任する」とは言っていない。


  責任のとり方は、責任の所在によって違う。消費増税や原油価格下落の下でも、2年で2%を達成できるような代替策があったのであれば、私の政策選択の誤りのために2年で2%に達しなかったことになる。その場合は、最高の責任のとり方である辞任を選ぶ。これは責任のある立場にある人にとっては、当たり前の話ではないか。


  ところが、日本では、どれほど自分に責任があっても辞職しないのが普通のため、私の発言が珍しがられて、「最高の責任のとり方」という部分を飛ばして、「2年で2%に達しなかったら(達しなかった理由がどうであれ)辞任する」と言った、という報道や批判が絶えないのは、はなはだ遺憾だ。


  私が言いたかったのは、自分は職に拘泥しておらず、報酬や名誉のために副総裁を務めるわけではないということだ。元々、13年3月末で大学を定年退職した後は好きに暮らそうと思っていた。20年以上もの間、デフレを放置してはダメだと言い続けてきたのに、日本の多くの学者やエコノミストたちは日銀を批判せず、政策金利がゼロになると、金融政策には物価を引き上げる力はない、という金融政策無効論を主張し続けていた。そのため、私は日本国民に絶望していた。


  副総裁に任命されても、なるべく早く、できれば2年より前に目標を実現させて辞めたいと思っていた。欧州ではインフレ目標をほぼ2年で達成している。しかし、量的質的金融緩和を始めて1年しかたたないうちに実施された消費増税と原油価格の長期にわたる大幅下落の下で、20年間も続いたデフレを2年で終わらせて、インフレ率を2%に引き上げることは、無理な話だ。


  今から思えば、原油価格の下落はどうしようもない外的要因だが、消費増税については、実施前に「2%を安定的に達成する前に、消費増税すれば、2年で2%を達成することは不可能だ」とはっきり言うべきだった。「日銀副総裁は、財政再建の手段に対しては、中立を守るべきだ」との信念から、中立を守ったことを悔やんでいる。


── 理論が間違ってはいなかったから、辞任しなかったということか。


 岩田 理論も、それに基づいた金融政策も正しかったと思っており、我々が採用した金融政策以外のデフレ脱却の金融政策はないと考えている。理論とそれに基づく政策の妥当性は、代替案との比較で評価されるべきもので、代替案のない批判は無意味だ。我々の金融政策は理論通りには進んでいるが、既に述べたさまざまな逆風が吹いて、2%の達成に時間がかかっている。


  さらに、国内総生産、実質雇用者報酬、失業率、有効求人倍率、正規社員有効求人倍率、新卒の就職状況、経済的理由による自殺者数の大幅減少など、どの指標をとっても、20年間も続いたデフレ期と比べれば、この5年間で大きく改善している。2%を達成しないことだけをもって、量的質的金融緩和やイールドカーブ・コントロール政策は失敗だと主張するのは妥当ではない。そもそも、2%の物価安定を目標にしているのは、これらの経済指標を改善するためであるから、我々が採用した金融政策は効果的だったといえる。
  今は、現状の金融政策が最適だと思っている。今後、大きなショックが起こればまた違ってくるし、増税も急いではいけないが、金融政策が「リフレレジーム」を維持し続ければ、時間はかかるが、インフレ率が2%に近づいていくことは間違いがない。

◇偶然が重なり副総裁に

 

── 自身が主張した政策を、執行部に入って実践する学者はまれだ。


 岩田 偶然がたくさん重なった。私は学者として本や論文を書いて世間に訴えることで日銀の政策を変えようとしてきた。だが、副総裁に就任する2年ほど前には、それでは全然効果がないと思うようになった。日銀の正副総裁や審議委員を選ぶのは首相で、国会で人事が承認されなければならない。国会議員に働きかけるのが早道だと気づいた。


  11年3月の東日本大震災の後、旧知の山本幸三衆院議員(自民党)が「増税によらない復興財源を求める会」を立ち上げ、会長に安倍晋三氏(現首相)が就任した。会合に呼ばれて持論を話すと、安倍氏が「(第1次)政権に就いていた時に知っていればよかった」と言ったことを覚えている。その後、他の有力な政治家たちにも話をする機会はあったが、ピンときたのは安倍氏だけだった。


  リフレ政策にただ一人、理解を示した政治家が12年9月に自民党総裁になり、さらに衆院が解散し、12年12月には首相の座に就いた。ちょうど13年3~4月は日銀正副総裁3人が任期満了を迎えるタイミングだった。これは、まぐれのようなものだった。世の中何が起こるか分からないと本当に思った。

 


 (聞き手=藤枝克治・本誌編集長)
 (構成=黒崎亜弓・編集部)

◇いわた・きくお


 1942年大阪府生まれ。66年東京大学経済学部卒業、73年同大経済学研究科博士課程単位取得満期退学。上智大学経済学部助教授を経て83年同大経済学部教授、98年学習院大学経済学部教授。2013年3月、日本銀行副総裁に就任。18年3月退任。著書に『デフレの経済学』、編著に『昭和恐慌の研究』など。

第71回 福島後の未来:再生可能エネルギーの技術開発で海外展開を目指す福島県へ=服部靖弘

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◇はっとり・やすひろ
 1952年新潟県佐渡市生まれ。東京工業大学・機械卒。東芝の重電部門を経て2008~12年6月まで北芝電機社長。12年8月、ふくしま地域イノベーション戦略支援プログラムのプロジェクトコーディネーターなどを経て17年4月から現職。

 

 2011年3月11日に起きた東日本大震災による福島第1原子力発電所の事故を受けて、福島県では40年ごろまでに、県内で使う1次エネルギー相当を風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーで生み出そう、という基本方針を掲げています。原子力に依存しない持続可能な社会をつくり、再生可能エネルギーに関連する新産業と雇用を創出し、次世代産業の核とする。この目標達成には、産業集積を支援するための専門家やコーディネーターが必要です。その取り組みを6年にわたり続けてきました。


  始まりは、12年8月に始めた文部科学省の「ふくしま地域イノベーション戦略支援プログラム」でした。私は東芝の重電部門を経て、福島県福島市にある東芝の関連会社、北芝電機の社長を務めているときに震災がおきました。そこで福島県の依頼を受け、産学連携のプログラムの責任者となりました。


  最初に取り組んだのは、県内の四つの理工系大学、福島大学、日本大学工学部、いわき明星大学、会津大学に再生可能エネルギーの専門家を招請し、5年間でさまざまな技術を開発してもらい、県内企業に技術移転する、というプロジェクトでした。県内には、再生可能エネルギーを専門とする企業がほとんどなかったため、まずは大学発で技術を開発し、中小企業に裾野を広げていこうという取り組みです。


  成果として、53社がプログラムに参加し、次世代太陽電池のシステムとデバイス(部品)、地中熱利用システム、小型風力発電、熱電変換システム、スマートグリッド(電力の流れを供給・需要の両側から制御し、最適化できる送電網)の情報基盤などの研究開発が進みました。


  このプログラムが17年3月に終わる頃、さらに発展させていくことはできないか、という議論で始まったのが「エネルギー・エージェンシーふくしま」という支援組織の活動です。大学には引き続き再生可能エネルギーや次世代エネルギーの研究開発を進めてもらう一方で、産業界を支援するための組織として福島県が立ち上げました。

◇地中熱とスマートプラグ

 具体的に事業化に踏み出す企業が出ています。


  一つは地中熱利用。日大工学部の研究開発から始まった取り組みで、地面から数十メートルの深さの穴を掘り、そこから熱を採ると年間を通じて温度が一定のため省エネになる技術です。地中熱利用は既存技術で対応できる参入しやすい分野だったため県内の企業が集まり、技術開発組合をつくっています。井戸のボーリングが主力の「福島地下開発」(須藤明徳社長)がリーダーとなり、昨年県内の7社による組合が発足しました。

 地中熱は日本ではあまり普及していませんが、米欧では日本の百倍から千倍という規模で普及しています。日本は川から堆積(たいせき)した土砂など地層が複雑ですが、米欧は花崗(かこう)岩の地層のため開発が容易で熱効率も良いのです。一方で日本の地層は岩が出たり、砂になったり、水も湧き出すので処理する必要があり、掘削する機械の先端にあるボーリングヘッドという部品をその都度換える、といった取り組みが必要になります。住宅密集地で使える小型の機械も必要です。「地中熱とはなんだろう」というところから始まり、課題解決のための技術開発に取り組んだ結果、事業化が見えてきました。


  もう一つは会津大が核になって立ち上げたエネルギーマネジメントの取り組みが進んでいます。会津大発のベンチャー企業である「会津ラボ」(久田雅之社長)のスマートグリッドの情報基盤開発です。社長の久田さんが会津大を卒業して設立したベンチャー企業で、観光用のITアプリなどを開発していた企業です。この会津ラボが、スマートプラグというコンセントに差し込むとエネルギーの消費量がすぐインターネットで取り込めるデバイスを開発しました。会津ラボはさらにブロックチェーン(電子分散台帳)の技術を使い、電力の取引を合理的に管理する仕組みもつくっています。福島県の補助金により数千個のスマートプラグを使った実証試験を福島県や東京都で進めています。冷蔵庫やエアコンなど電力消費量の多い家電とスマートプラグをつなげることで、「Aさん宅ではエアコンの使用開始」「Bさん宅は暑いけど使っていない」といった情報を把握して、電力を使用する側の最適な制御を進める取り組みです。この会津ラボも文字通り、ゼロからのスタートでした。

 福島県には、12年7月に立ち上げた福島県再生可能エネルギー関連産業推進研究会もあり、県内の企業を中心に680団体が参加し、セミナーなどを通じてさまざまな活動を展開しています。さらに国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)の福島再生可能エネルギー研究所(FREA)が産総研の新たな研究開発拠点として14年4月に郡山市に設立されました。地中熱の組合や会津ラボは、産総研とも連携しています。


  エネルギー・エージェンシーふくしまでは、この研究会の運営やFREAとの連携で企業間ネットワークを構築し、情報共有やビジネスマッチングで新規参入を促進することを一つの柱とし、地中熱やスマートグリッドなど具体的な事業化プロジェクトの支援、販路開拓支援、海外展開の支援──という四つの取り組みを通じて、福島県での再生可能エネルギー産業の集積を実現しようとしています。


  海外展開の支援では、福島県はドイツのノルトライン・ウェストファーレン州(NRW)と連携しており、毎年ドイツで展示会に出展しています。前述の会津ラボは、スマートプラグを欧州市場でも販売しようと取り組んでいます。

◇ドイツ展示会にも参加

 

  福島県の技術力は高く、製造業の出荷額は東北随一です。しかし東京から近いこともあり、大手企業から図面をもらい、それを製造するという業態の企業が少なくありませんでした。その結果、自社製品を持つ企業が少なかったのですが、これまでの6年の取り組みで確実に変わり始めました。


  現時点では福島県はまだ再生可能エネルギーで世界トップレベルとは言えませんが、大学や産総研、研究会、そして企業の連携が6年前には想像できなかったスピードと量で展開されており、事業化に向けた複数のサイクルが動き始めています。


  今年もドイツの展示会に福島県の企業が5社出展しました。ドイツの中小企業は国の研究所と連携しながら技術開発を進め、アフリカなど海外に進出することが当たり前になっています。日本はまだそうした動きは定着していませんが、福島発の世界に通用する技術で国際展開するのが一つの目標です。再生可能エネルギーの最大市場は日本ではなく海外だからです。


 (服部靖弘、エネルギー・エージェンシーふくしま代表)

目次:2018年6月19日号

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CONTENTS

 

学び直し日本経済


16 どう違う、景気と経済成長 「モノは安い方がいいのに」 ■米江 貴史/古沢 佳三
18 景気 深刻な人手不足も回復の実感なく ■野口 雄裕
22 物価 技術革新と「サービスは無料」で低迷 ■劔崎 仁
24 金利 長期金利の目標水準導入は日本だけ ■劔崎 仁
26 株価 誰もが年金で間接保有、日銀が下支え ■井出 真吾
28 為替 直近のテーマは米利上げに保護主義 ■上野 泰也
30 給与明細で読み解く「社会保障」 ■竹下 さくら
32 シェア経済、潜在規模は2兆6000億円 ■山本 悠介
33 再エネ、経済成長との両立に苦戦 ■大沢 秀一

 

Keyword


 21 日銀短観
23 中央銀行/コア指数とコアコア指数
25 政策金利とマイナス金利政策/量的緩和政策
27 GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)/日銀のETF買い入れ
29 購買力平価/アルゴリズム取引

エコノミスト・リポート
78 アジア─中東─欧州だけではない 南米大陸に広がる中国「一帯一路」 ■浅野 貴昭

 

Flash!


 11 最高裁が初の司法判断 非正規待遇に「不合理」認定/再雇用者活用へ 人事制度改革が加速
13 ひと&こと 洋上風力法案の成立絶望的 制度の“欠陥”修正へ福音も/老舗はがき印刷会社破綻 驚愕の粉飾と債務超過

 

Interview


 4 2018年の経営者 高柳 浩二 ユニー・ファミリーマートホールディングス社長
92 挑戦者 2018 梶原 健司 チカク社長
44 問答有用 宮田 昇 編集者、翻訳権エージェント 「日本の出版社は海外に版権の売り込みを」

 日本版司法取引にご用心!
72 「強い検察」復活なるか 海外贈賄、脱税が有力視 ■村山 治
74 Q&Aで分かる 日本版司法取引 他人の罪を申告して処分軽減 ■山口 利昭
77 検察の沈黙 市場監視に支障、腐敗摘発は遠く ■村山 治

34 保障 将来の社会保障費を名目値で論じる愚 ■権丈 善一
36 調査 オリンパス、中国 「反社」企業に35億円の支払念書 ■編集部
70 死後離婚 義父母の介護は拒否 死後離婚が急増する ■中村 麻美
84 欧州 EUとの衝突は不可避 イタリア反緊縮政権という火種 ■田中 理

 

World Watch


 58 ワシントンDC 中間選挙の予備選 民主の急進派台頭に注目 ■井上 祐介
59 中国視窓 都市の人材争奪戦が過熱 高学歴者獲得で発展狙う ■岸田 英明
60 N.Y./カリフォルニア/英国
61 オーストラリア/インド/タイ
62 台湾/ロシア/トルコ
63 論壇・論調 英、EU関税同盟の残留延長へ 強行派は「離脱放棄」と懸念 ■増谷 栄一

 

Viewpoint


 3 闘論席 ■池谷 裕二
15 グローバルマネー イタリア混迷で色あせる欧州統合の理念
38 商社の深層 (115) サイバー、AI、自動運転で世界が注目 商社よりタフなイスラエルの起業家たち ■編集部
39 キラリ!信金・信組 (19) 君津信用組合(千葉県) ■浪川 攻
40 出口の迷路 (35) 逆ザヤはかじ取りで抑えられる ■伊藤 隆敏
42 名門高校の校風と人脈 (293) 藤枝東高校(静岡県)/佐世保北高校(長崎県) ■猪熊 建夫
48 学者が斬る 視点争点 なぜ未消化? 国の育児支援予算 ■佐藤 一光
50 言言語語
64 本誌版「社会保障制度審」 (6) 「社会的孤立」を防ぐ地域共生社会 相談支援と伴走で生きる力回復 ■山崎 史郎
66 東奔政走 神通力を持たなくなった「安倍外交」 北朝鮮問題で複雑化する日米露関係 ■及川 正也
68 海外企業を買う (193) 愛奇芸 ■富岡 浩司
81 図解で見る 電子デバイスの今 (13) 世界3強となったDRAM 韓国と米国に忍び寄る中国 ■津村 明宏
94 独眼経眼 自動車輸出増は“駆け込み” ■藻谷 俊介
96 アートな時間 映画 [V.I.P. 修羅の獣たち]
97        クラシック [調布国際音楽祭2018]
98 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Iran nuclear deal ” ■安井 明彦

 [休載]国会議員ランキング

 

Market


 86 向こう2週間の材料/今週のポイント
87 東京市場 ■三井 郁男/NY市場 ■平 秀昭/週間マーケット
88 ブラジル株/為替/穀物/長期金利
89 マーケット指標
90 経済データ

 

書評


52 『遅刻してくれて、ありがとう(上・下)』
   『日本における原子力発電のあゆみとフクシマ』
54 話題の本/週間ランキング
55 読書日記 ■楊 逸
56 歴史書の棚/海外出版事情 中国

51 次号予告/編集後記


リアル店舗の強みを磨く 高柳浩二=ユニー・ファミリーマートホールディングス社長

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 Interviewer 藤枝 克治(本誌編集長)

 

── 4月に伊藤忠商事が子会社化することを発表しました。


 高柳 伊藤忠グループの中核企業として位置づけられたのは光栄なことです。私の知る限り、社内でネガティブに受け止めている人はいません。私自身も、伊藤忠を使い倒そうという気持ちは変わりません。


── 伊藤忠商事の鈴木善久社長は、ネット通販がコンビニの競合になると指摘していました。


 高柳 米アマゾンが既存事業者に多大な影響をもたらす「アマゾン・エフェクト」は侮れませんが、若干、過剰反応に思えます。日本のeコマース(電子商取引)のシェアは、成長しても流通市場の3割程度が限界で、7割はリアル店舗が握るとの予測もあります。ネットの弱みはリアル店舗を持たないこと。だから買収を検討するわけで、リアル店舗の流通業は自信を持ったほうがいい。コンビニは店舗と消費者の間に残された最後の距離を埋める「ラストワンマイル」の窓口としてとても有効です。

 ◇コンビニでもドンキと協力

 

── ファミリーマートはサークルKサンクスとの店舗統合により、店舗数が業界2位に浮上しました。


 高柳 この1年はサークルKサンクスとの統合に力を注いできました。ファミマに転換した店舗の売り上げは前年比110%になるなど、すでに効果は出ています。不採算店舗の整理なども併せて進め、11月末には店舗統合を終わらせ、商品力やオペレーション、店舗基盤などの面で質の良い約1万7000店舗の体制が整います。統合のシナジーが最も顕著なのは物流、そして商品です。仕入れの見直しなども進めており、100億円規模の効果が出ています。


── 一方、1店舗の1日当たり平均売上高(日販)では3番手です。


 高柳 ブランド統合が終わるこの下期からは言い訳なしで店舗の中身に手を入れる改革を進め、本格的にセブンイレブンやローソンを追いかけます。売り上げを伸ばす上で力を入れるのは中食(なかしょく)、そして日用雑貨など非食品の分野です。日用雑貨は、食品とは異なりプライベートブランドが少ない分野で、提携するドンキホーテホールディングス(HD)とのシナジーを模索していきます。商品やポップの見せ方など売り場の作り方でドンキの知見に期待しています。


── 傘下のユニーが取り組む、ディスカウントストア大手ドンキホーテHDと共同出店する「MEGA(メガ)ドン・キホーテUNY(ユニー)」の反応は。


 高柳 小売業はネット通販との戦いの前に、リアル店舗間の戦いという課題があります。ユニーのGMS(総合スーパー)「アピタ」「ピアゴ」の場合、リアルでの競合相手はディスカウントショップで、ドン・キホーテとの共同出店は、いわば競合自体を取り込んでしまう試みです。6店舗が開店から3カ月程度を迎え、お客の数・売り上げともに前年比2倍超で思った以上の出だしです。


── 共同店舗の内容は「ほぼドンキ」との声もあります。


 高柳 ユニーが苦労してきた2階、3階はドンキ色が強いかもしれませんが、ユニーの得意分野の生鮮食品売り場は既存のドンキとはまったく別の売り場です。ただ、食品でも学ぶべき部分はあります。共同店舗に「ギガ盛弁当」という一つのプレートに2人分の弁当を収めた商品があります。お客からすれば、2人分買うよりもコストを抑えられますし、遊び心もある。ユニーは真面目すぎるなと思うところはあります。

 

  ◇伊藤忠を使い倒す

 

── セブンイレブンに続きローソンも銀行業の免許取得に動いています。ファミリーマートの金融分野での展開が注目されています。


 高柳 金融は伊藤忠を使い倒すという点で最も有効な分野です。キャッシュレス決済、ポイント、電子マネーなど、既存のサービスとどう整理するかを含めた方向性を年内に決める予定です。


  ただ、キャッシュレスの時代になればATMを使うお客は減っていくので、現金を中心に扱う銀行業はあまり考えていません。むしろ、関心があるのは電子マネーをどう使うかです。


── 人手不足にどう対応しますか。


 高柳 スタッフの業務軽減の問題を一遍に解決するのは難しいので、「ちりも積もれば山となる」方式で対応しています。例えば、ファミリーマートでは、届いた商品の数などを確認する検品作業に各店舗平均1日当たり2時間かけています。しかし、検品で見つかるロスは数十円程度。割に合いません。これを店舗に出す前の出荷時点で行う体制に切り替えます。また新しい什器(じゅうき)の導入や掃除の仕方の見直し、一部店舗へのセルフレジの導入など細かな工夫を寄せ集めて何時間分の作業を削減できるかを研究しています。


── リアル店舗の強みをどう生かしますか。


 高柳 お客を呼ぶための対策をいろいろと打っています。そのひとつがトイレです。コンビニのトイレは意外ときれいでしょう? 立ち寄ったついでに買い物する人が多いので、トイレの維持にものすごいエネルギーを費やしています。民泊仲介大手の米エアビーアンドビー(Airbnb)との業務提携も、鍵の受け渡しを通じて来店機会を増やす狙いがあります。コンビニは「よろず便利屋」であるべきで、お客を呼んだものが勝ちます。


 (構成=花谷美枝・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 伊藤忠商事で石油の相場を担当していました。当時は1バレル=10ドルから80ドルまで動いた時代。よく負けていました。


Q 「私を変えた本」は


A 遠藤周作の『沈黙』や阿川弘之の海軍大将シリーズの『井上成美』が好きです。


Q 休日の過ごし方


A ゴルフと日曜大工。床の張り替え程度は朝飯前です。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
  ◇たかやなぎ・こうじ
 1951年生まれ。静岡県立浜松北高校、早稲田大学理工学部卒業。75年、伊藤忠商事入社。原重油部長、生活資材・化学品カンパニープレジデント、取締役副社長執行役員食料カンパニープレジデント、ユニー取締役を経て2017年5月から現職。66歳。
………………………………………………………………………………………………………
事業内容:総合小売り事業、コンビニエンスストア事業等の持ち株会社
 本社所在地:東京都豊島区
 設立:1981年9月
 資本金:166億円5900万円
 従業員数:1万7777人(2018年2月末現在)
 業績(18年2月期、連結)

特集:学び直し日本経済 2018年6月19日号

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どう違う、景気と経済成長 

「モノは安い方がいいのに」

 

 今の日本は景気が良いのだろうか。日経平均株価は2万2000円を超え、企業も過去最高益というニュースが相次ぐ。企業サイドからみれば確かに景気は良さそうだ。しかし消費者サイドに立てば「実感が湧かない」というのが実態だろう。賃金は、一部の大企業で上がった程度。都市と地方との格差も大きい。


  景気という言葉一つとっても、評価はこれだけ異なる。景気は感性に基づく経済用語だからだ。

 

では景気を語るうえで登場する経済成長とは。いかに景気と関連しているのか。そう簡単には答えられなくなってくる。経済事象は暮らしと密接でありながら、難解で取っつきにくいという印象が強いからだろう。


  取っつきにくさをほぐすには、何が分からないかを知ることから始まる。今春、大学を卒業して架空の大手通信会社JT&Tに就職した九州出身のコータローさん(23)の目を通して見てみると──。

 6月になって、リクルートスーツの学生が目立つようになった。僕も去年は同じ立場だったなあ。第1志望に就職が決まったけど、地元の銀行からも内定をもらっていた。サークル仲間のハルヒコは第1志望の電機メーカーに就職できたし、売り手市場といわれただけあって、仲間の多くは希望の業界に就職できた。

◇「氷河期」今は昔

 

 今春の大学卒業者の就職率は過去最高の98%。「就職氷河期」の2000年(91・1%)や「超氷河期」の11年(91%)の厳しさは伝説になりつつある。

 

  新入社員研修の担当だった人事部の課長は氷河期に就職したって話していたっけ。金融機関の破綻が相次ぎ、就職先がなくなった友人もいたという。「今の方がはるかに景気は良い」って話していたなあ。

コータローさんの情報収集の手段はもっぱらスマートフォン。ニュースは無料通信アプリのサービスを通じてチェックし、朝夕の満員電車の中で読む。

 

  だけどこの前、朝の通勤電車の中で読んだニュースでは、GDP(国内総生産)成長率が2年ぶりにマイナスになった、と書いてあった。成長はマイナスとなっているのに、景気は相変わらず好調と書いてあった。どういうことなんだろう。景気と経済成長の関係って、今一つ分からないなあ(18~21ページ参照)。

 

モノやサービスの値段が上がっている。人手不足を背景とした宅配料の値上げは社会に衝撃を与えた。6月には納豆が10~20%値上がりするなど他の分野にも広がっている。

 

  行きつけのラーメン屋でラーメンとギョーザだけでなく生ビールの値段が上がっていた。実は今、彼女とうまくいってなくて、一杯飲まなきゃやってられない気分。なのに今の給料じゃ我慢するしかなくなった。最近モノの値段が高くなってきた気がする。モノの値段なんて安い方がよいと思うけれど、そうじゃないという議論もあるみたいだ。学生のころから「物価上昇率目標2%」って耳にしてきた。なぜ上がる必要があるのだろう(22~23ページ参照)。

 コータローさんが勤める会社の給料日は毎月25日だ。給与明細を見て、手取りが思ったよりも少ないことに衝撃を受けている。

 

  うちの会社の案内には初任給21万円と記載してあったけど、給料から所得税に厚生年金、健康保険に雇用保険と、こんなにも引かれるとは(30~31ページ参照)。


  親からは貯金を勧められるけれど、金利が低いから利息はほとんど付かないという(24~25ページ参照)。会社の先輩たちは、株価が高い今のうちに、株や投資信託を買った方がいいという(26~27ページ参照)。だけど買った後に下がり始めて、損することになるのは嫌だなあ。それだったら定期預金の方がよいかもしれない。じっくり考えることにしよう。


  そういやハルヒコの会社は過去最高益だったとかニュースでやっていたなあ。円安の方がいいとか言ってたかな(28~29ページ参照)。どれぐらいもらっているのだろう。


  ともかく、週末は彼女を仲直りのドライブに誘わなきゃ。カーシェアを予約しておこう。部長に「車は買わないの?」と聞かれたけど、買おうとは思わない。カーシェアで十分だ(32ページ参照)。僕らの世代は「感覚が変わった」と言われる。給料は昔ほど上がらないっていうのに、そんなにぜいたくできないよ。


 (米江貴史・編集部)
 (古沢佳三・編集部)

週刊エコノミスト 2018年6月19日号

定価:670円

発売日:6月11日


2018年6月19日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:6月11日

 

学び直し日本経済

 

 どう違う、景気と経済成長

 「モノは安い方がいいのに」

 

 今の日本は景気が良いのだろうか。日経平均株価は2万2000円を超え、企業も過去最高益というニュースが相次ぐ。企業サイドからみれば確かに景気は良さそうだ。しかし消費者サイドに立てば「実感が湧かない」というのが実態だろう。賃金は、一部の大企業で上がった程度。都市と地方との格差も大きい。


  景気という言葉一つとっても、評価はこれだけ異なる。景気は感性に基づく経済用語だからだ。


  では景気を語るうえで登場する経済成長とは。いかに景気と関連しているのか。そう簡単には答えられなくなってくる。経済事象は暮らしと密接でありながら、難解で取っつきにくいという印象が強いからだろう。 続きを読む


逆ザヤはかじ取りで抑えられる=伊藤隆敏 [出口の迷路] 金融政策を問う(35)

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 出口の金利を上げれば、保有国籍の金利収入と超過準備への利払いが逆ザヤとなる。四つのシナリオで損益を推計した。

 

伊藤隆敏(コロンビア大学教授)

 

 日銀は2016年9月に「イールドカーブ・コントロール」(長短金利操作)を導入して以来、2年近くにわたって金融政策を変更していない。一方には、できるだけ早く2%のインフレ目標の達成を目指すべきだという意見(リフレ派)の人たちがいて、他方には低金利と緩和の長期化に伴う「副作用」に留意すべきだという意見(出口派)の人が、日銀審議委員にも、有識者にも存在する。その間で動きづらくなっている。


 「副作用」には大きく二つが挙げられており、出口派も一枚岩ではない。第一の副作用は、金融機関の経営悪化である。第二の副作用は、実際に出口に向かって金利を引き上げ始めた時に起きる日銀の「損失」の問題である。


  日銀の損失という時には、保有国債の「評価損」の問題と、主に国債から構成される資産の受取利子と、主に超過準備からなる負債への支払利子の「逆ザヤ」の問題を峻別(しゅんべつ)して議論する必要がある。
  前者の評価損は、低いクーポンレート(表面金利)の国債を大量に購入してきたことから、今後、市場金利が上昇する時に生じると予測される。しかし、日銀は国債を満期まで保有できるので、評価損が実現損になる(評価損の国債をあえて売却する)可能性はほぼ皆無である。会計上、評価損を計上する必要もない。評価損の問題は無意味なので、議論の対象から外す。


  一方、「逆ザヤ」は、出口の過程で必ず発生するので、以下、詳細に検討する。


  日銀の資産の大半は国債であり、負債の大半は当座預金(法定準備と超過準備)である。18年3月末で資産合計は529兆円。このうち、国債保有高は448兆円である。一方、負債側では、当座預金378兆円と発行銀行券104兆円が、ほぼこれに対応している。


  17年度の日銀の経常収益のうち国債からの受取利息は、1・2兆円程度(公表済みの上半期分を倍にした)。経常費用のうち超過準備預金に支払われる利息は、0・2兆円程度。差し引きした利益は1・0兆円である。一見、「損失」にはほど遠いように見える。


  しかし、今後インフレ率の上昇に伴って政策金利が引き上げられ、長期金利も上昇するとどうなるだろうか。資産側の保有国債の大半は長期国債で、購入時の低い金利が固定しており、市場(新規発行)の長期金利が上がっても、受取利息額はすぐには上がらない。一方、短期金利の上昇が早いほど、負債側の金利支払いが膨らむ。


  では「損失」はどの程度と推計できるのか。推計の信ぴょう性はあくまでも、仮定の蓋然(がいぜん)性にかかっているが、少なくとも、規模感を把握することはできよう。

出口では次々と曲がり角に直面
出口では次々と曲がり角に直面

 ◇物価1%で金利引き上げと仮定

 

  まず、次のような仮定を置く。19年3月までにインフレ率1%を達成し、金利引き上げを開始する。マイナス金利を解消し、19年度は政策金利(コールレート)を0%とする。長期金利は0・1%に引き上げる。18年度の購入額は30兆円、19年度は新規購入額をゼロとし、償還国債はすべて再投資する。計算を簡単にするため、保有する長期国債はすべて固定金利10年国債で、満期までの残存期間構造は、1年から10年まで均等と仮定する。出口(正常化終了)後の均衡金利水準を、長期金利3・5%、短期金利2・5%とし、そこへ到達する速度は、表1のように仮定する。


  20年度以降、償還される国債を新規発行金利の10年物国債に再投資するかどうかについて、二つのシナリオを考える。


 (1)素早いバランスシート縮小
  20年度以降は、満期償還をすべて再投資しない。その時点の保有残高の10分の1ずつ、10年にわたり減らしていく。


 (2)24年度までバランスシートを維持
  24年度まで償還国債はすべて再投資する。25年度より10年かけて保有分をゼロにする。
  16年度の国債利息収入を長期国債残高で割ると、平均金利は0・376%となる。17年3月時点で保有する10年物国債は残存期間にかかわらず、クーポンレートをこの金利と仮定し、一部が満期償還を受けても、残存国債の平均金利は変わらないとする。


  次に、負債側を検討しよう。当座預金には現在4種類ある。第一に、付利のない「法定準備預金」(18年3月の残高9・9兆円)。第二に、補完当座預金(超過準備)のうちマイナス0・1%金利が適用される部分(同28・2兆円)。第三に、0%金利が適用される部分(同122・2兆円)。第四に、0・1%金利が適用される部分で、17年3月の月中平均残高は208・2兆円。法定準備預金は上昇傾向にあるので、毎年5000億円ずつ増加すると仮定する。


  19年3月にはマイナス金利は解除されると仮定しているので、その時点でマイナス金利適用分の当座預金は、0・0%の当座預金に組み込まれる。20年3月には、政策金利が0・3%に上昇と仮定しているので、付利も上昇して、金利0%の法定準備を除く3種類の当座預金は一つになる。ここで二つのシナリオが考えられる。

A)付利は政策金利に一致する


(B)付利は政策金利より0・2%低くする


 資産側と負債側のシナリオを組み合わせた四つのケースについて、日銀の国債保有と超過準備から生じる損益を推計した(図)。単年度でみると、最大の損失はシナリオ2Aの24年度で、4・2兆円である。いずれのシナリオでも23~24年度には単年度で3兆円を超える損失が生じる。17~30年度の14年間の合計損益でみると、最大で12兆円(2A)、最小で3兆円(1B)となる(表2)。シナリオBのように、超過準備への付利を、政策金利より低く抑えれば、大きく損失を抑えることができる。金融機関によってはコール市場での運用より、金利が多少低くても日銀の当座預金の利便性を重視するかもしれない。


  このような試算をみて、事態は深刻だと考えるか、量的緩和の副作用として受け入れるべきものと考えるかは、人によって異なるであろう。少なくとも学者が「出口の損失」を議論する時は、どのような試算に基づくのかを明らかにすることが必要だ。


  日銀は出口の損失に備えて、当期利益の一部を債券取引損失引当金として積み立ててきた。17年10月末には、3・4兆円になっている。いずれのケースでも20年度までは利益が生じるはずなので、それをすべて引当金に積み増せば、少なくともシナリオ1Bの場合には、24年度までに生じる損失の大部分を積み立てた引当金でカバーできる。不足分は、将来(28~30年)生じる利益を当てにして政府から借り入れることになるかもしれない。


  不足分がより大きなシナリオの場合には、政府による資本注入(損失補填(ほてん))などが考えられる。この場合、日本銀行の独立性に悪影響がある、金融システム不安がおきる、通貨の信認毀損(きそん)につながる、などの懸念を持つ人もいるが、資本注入が賢明な政府によって迅速に行われるのであれば、そのような心配は無用である。


  日銀がいざ出口に向かう時には、適切なスピードで長短金利、付利金利を操作していくであろう。インフレ目標の達成維持が第一の目的ではあるものの、損失を低く抑えることができれば、それに越したことはない。日銀は次々に決断しなくてはならない曲がり角を間違えずに出口へ向かってほしい。


 (伊藤隆敏・コロンビア大学教授)

◇いとう・たかとし


 1950年北海道生まれ。73年一橋大学経済学部卒業、同大大学院経済学研究科修士課程を経て、ハーバード大学経済学博士課程修了。ミネソタ大学経済学部准教授、一橋大学教授などを経て2004年より東京大学大学院経済学研究科教授、15年より現職。政策研究大学院大学特別教授を兼務。著書に『インフレ目標と金融政策』など。

【オリンパス中国贈賄疑惑続報】「反社」企業に35億円の支払念書 報酬の簿外処理を承認

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編集部

 

 中国で巨額の損害賠償を求められている裁判には裏があった――。オリンパス中国深セン工場(OSZ)の贈賄疑惑で、OSZが深セン税関とのトラブルを解決した現地仲介者と交わした契約の中身が、本誌入手の内部資料により明らかになった。 

 

それによると、日本円で約35億円に上る成功報酬のうち、現金部分の約4億円を除く大部分を社員寮の安値譲渡で相殺する「簿外処理」スキームとなっている。笹宏行社長ら現経営陣はその契約を承認していた。  2011年の粉飾決算発覚後も法令順守体制が改善していないことを示しており、第三者による徹底的な調査が求められそうだ。  

 

◇中国語の「備忘録」

 

 今回、入手した内部資料は二つ。

 

 一つ目は、OSZと中国深セン市に本拠を置くコンサルタント「安平泰投資発展有限公司(安平泰)」との間で13年10月16日に交わされた成功報酬の支払いに関する中国語の「備忘録」。備忘録の最後には、OSZと安平泰の社判がそれぞれ押されている。

 

中国語の「備忘録」には社員寮の安値売却スキームが明記されている。日本語訳も下にアップ
中国語の「備忘録」には社員寮の安値売却スキームが明記されている。日本語訳も下にアップ
2ページ目には、OSZと安平泰の社判が
2ページ目には、OSZと安平泰の社判が

備忘録の日本語訳

 二つ目は、深セン税関とのトラブル解決を受け、笹社長ら最高幹部が、安平泰へのコンサル費用の支払いを承認した会議の際に作成した14年9月12日付メモだ。

支払い承認の経営会議には最高幹部が勢ぞろいした
支払い承認の経営会議には最高幹部が勢ぞろいした

 

 OSZは06年5月、北京税関総署の税務監査を受けた際、通関帳簿上の在庫が日本円で約700億円のマイナスになるという不備が発見され、地元深セン税関から14年9月までにその解消を求められた。そのため、深セン税関ともパイプが太いとされる安遠控股集団公司(安遠)とそのダミー会社である安平泰に13年5月ごろ、相談を持ちかけた。安遠は中国当局に「反社会勢力」と認定されている。同7月には、本社総務部長が木本泰行会長(元三井住友銀行専務、現日本板硝子社外取締役)にコンサル起用を報告。「備忘録」はその頃に、安平泰と交わされた成功報酬に関する事実上の念書と見られる。

 

 内容は、トラブル解消の暁には、帳簿上の不具合額である700億円の5%、約35億円を安平泰に成功報酬として支払うもの。しかし、現金での支払いは約4億円を上限とし、残りは、OSZの社員寮(女子寮)2棟を、市場価格より大幅に安い価格で譲渡することで、相殺するスキームとした。寮の譲渡価格は「1平方メートル当たり2000元」と市場価格より大幅に安く設定されている。巨額の現金支出により、株主などへの説明責任が生じることを恐れたオリンパス側に配慮したと見られる。

 

 その後、OSZは14年4月に安平泰と正式にコンサル契約を結び、同8月に税関とのトラブルが解決した。それを受け、オリンパスは14年9月12日に新宿本社で最高幹部を集め経営会議を開催した。

 

 ◇銀行出身役員も承認

 

 会議には木本会長、笹社長のほか、藤塚英明専務(元三菱UFJ銀行執行役員、現丸井常勤監査役)、竹内康雄専務(現副社長)、平田貴一執行役員(現常務)ら主要幹部が出席。木本会長は「経営として総額を支払う判断あり」と発言。笹社長も「経営として支払う判断あり」、藤塚専務も「経営としては総額を支払う判断あり」と承認した。

 

 メモは、「決裁内における問題規模と効果金額のわかるもの」として、「契約書」について言及している。当日出席した木本会長、笹社長らオリンパスの最高幹部らは、安平泰への成功報酬が社員寮の安値譲渡の形を取る「簿外処理スキーム」になることを認識していた可能性が高い。

 

 木本会長ら最高幹部の承認を受け、OSZは同年12月、成功報酬の現金部分として安平泰に2400万人民元(約4億円)を支払った。

 

 その後、前出の備忘録に従って、OSZは社員寮2棟を安平泰に譲渡しようとした。しかし、一連の取引を問題視したアジア統括子会社の法務部門責任者が、「安平泰が深セン税関を買収した恐れがある」と本社の社外取締役や常勤監査役などに内部通報。15年2月に社内調査委員会が立ち上がり、安平泰への社員寮の譲渡は凍結された。

 

 その結果、安平泰はOSZが約束した社員寮2棟の譲渡を履行していないとして16年12月、深セン市中級人民法院に寮の譲渡か2億7490万人民元(日本円で約46億7000万円)の支払いを求める民事訴訟を起こし、現在に至っている。

◇弁護士事務所の利益相反

 

 15年10月に作成された社内調査報告書では、不思議なことに本誌が入手した備忘録についての言及がない。報告書は「安平泰が贈賄を行った疑いを完全には払拭できない」としたものの、「オリンパスに日本、米国、及び中国の贈賄関連法令に違反する行為があったとの認定には至っていない」と結論付けている。

 

 社内調査報告書は、オリンパスの委託を受けたシャーマンアンドスターリング外国法事務弁護士事務所(シャーマン)と西村あさひ法律事務所が作成した。だが、シャーマンは一方で、OSZの社員寮の譲渡についてもオリンパス側の代理人として安平泰と交渉している。

 

 アジア統括子会社の法務部門責任者は、社内調査報告書が完成した後も、安遠・安平泰との取引に懸念を抱き、17年3〜4月に三つの米国法律事務所から意見書を取得。いずれもが、安平泰による深セン税関の贈賄リスクを指摘し、取引の即時中止を勧告している。また、複数の意見書が寮の譲渡交渉を担当するシャーマンが社内調査を行うことについて「利益相反に当たる」と認定している。

 

 オリンパス広報・IR部は事実関係の確認を求める本誌の取材に対し、「『備忘録』については、当社は偽造されたものと認識している。その有効性、真正性については、現在進行中の安平泰との訴訟の争点となっているので、これ以上のコメントは差し控えたい」と回答。14年9月12日付の経営会議メモについては、「成功報酬の現金部分である2400万人民元(約4億円)の支払いについて話をしたもので、(社員寮の安値譲渡という)簿外取引を承認したものではない」と反論している。

 

*週刊エコノミスト6月19日号掲載

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オリンパスが陥った中国「贈賄王」との泥沼の関係

巨大リゾート経営の「贈賄王」がオリンパスの中国・深セン工場の女子寮を実行支配している――。

 

取引を承認した取締役は特別背任に問われる疑いがある。オリンパス贈賄疑惑の続報をお伝えする。

目次:2018年6月26日号

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CONTENTS

 

銀行消滅
18 人口減少・資産規模も小 地銀統合でもイバラの道 ■花谷 美枝/池田 正史
20 インタビュー 大庫直樹 金融庁参与 「地方の銀行は“インフラ化”も」
21 不動産で反転攻勢? 懲りないスルガ銀行■長門 武蔵/編集部
22 メガ3行の「挑戦」 三井住友FG、みずほFG、三菱UFJFG ■編集部
24 ふくおかFG・十八銀の「寡占」 今夏にも公取委が是非判断■加藤 精一郎/林 史哉
26 稼げない銀行店舗 1兆円規模の減損可能性 地銀は本店だけでも十分 ■高橋 克英
28 一時は地銀トップ スルガ銀行の「盛者必衰」 時価総額はピークの半分に ■山本 大輔
30 どうなる金融庁人事 直前の大番狂わせ 遠藤監督局長が昇格か ■鷲尾 香一
31 ネット銀行 もはや「単独」では戦えない アライアンスのさや当て激化 ■高橋 勉
32 大手銀 地銀 ネット銀 122行「稼ぐ力」ランキング ■編集部
36 「資金需要がない」? リスクに慎重すぎる地銀 創業支援に工夫の余地あり ■野崎 浩成
38 厳しい国際部門 3メガの業務粗利益が減少 ドル調達コスト上昇が足かせ ■廉 了

エコノミスト・リポート
84 6兆8000億円の巨額買収 希少疾患向け治療薬を拡充 武田薬品に残された時間は5年 ■村上 和巳

 

Flash!


 13 米朝首脳会談 共同声明に韓国の存在感 「南北連合」を目指す/北朝鮮経済 改革・開放へ高まる期待 東アジアビジネス変化も
15 ひと&こと オリンパス中国贈賄疑惑 内紛の背景に社外監査役/エアビーの予約取り消し 観光庁との深い亀裂/JICA予算問題で対応策 業界側にはなお不安

 

Interview


 4 2018年の経営者 日高祥博 ヤマハ発動機社長
94 挑戦者 2018 中川祥太 キャスター社長
46 問答有用 池井戸潤 作家 「登場人物をリスペクトして『人間』を書く」

アフリカ新時代
78 12億人の「フロンティア」 自由貿易圏の設立に合意 ■石野 なつみ
82 はじめから「援助頼み」 市場統合には産業育成が必須 ■平野 克己
83 携帯電話の普及率7割に 電子決済など成長企業続々 ■狩野 剛

74 再生医療 iPS細胞ビジネスの本気度 心臓への移植が飛躍のカギ ■渡辺 勉
76 血圧 高血圧の基準引き下げへ 患者数2000万人増加か ■田中 尚美

 

World Watch


 60 ワシントンDC 好調な雇用統計にも政府が介在する違和感 ■安井 真紀
61 中国視窓 相次ぐ「仮想通貨詐欺」 400種超の偽物発見 ■神宮 健
62 N.Y./カリフォルニア/英国
63 韓国/インド/フィリピン
64 香港/イラン/エジプト
65 論壇・論調 北朝鮮「米国の援助、期待せず」 狙いは中国、韓国との通商拡大か ■岩田 太郎

 

Viewpoint


 3 闘論席 ■片山 杜秀
17 グローバルマネー 景気後退に備え、日銀が金利高め誘導か
40 福島後の未来をつくる (72) 原子力産業再生の切り札 小型炉で技術の継承を ■窪田 秀雄
42 海外企業を買う (194) ジロー・グループ ■岩田 太郎
44 名門高校の校風と人脈 (294) 上野高校(東京都) ■猪熊 建夫
50 学者が斬る 視点争点 省エネの「リバウンド効果」考慮を ■溝渕 健一
52 言言語語
66 東奔政走 「オール・フォー・オール」 野党結集にらむ連合の再挑戦 ■人羅 格
68 本誌版「社会保障制度審」 (7) サービス人材確保へ効率化と養成見直し 「住まい」の保障で不安払拭を ■山崎 史郎
70 出口の迷路 (36) 米国が招く新興国危機に備えよ ■渡辺 賢一郎
73 商社の深層 (116) 伊藤忠がファミマを子会社に ネット企業が興味を持つ理由 ■永野 雅幸
87 国会議員ランキング (25) 消費者関連委員会などの質問時間 ■磯山 友幸
96 独眼経眼 4大卒割合の増加と学力低下の宿命 ■平田 英明
100 アートな時間 映画 [母という名の女]
101        舞台 [ザ・空気ver.2 誰も書いてはならぬ]
102 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Phone addiction ” ■安井 明彦

 [休載]キラリ!信金・信組

 

Market


 88 向こう2週間の材料/今週のポイント
89 東京市場 ■藤戸 則弘/NY市場 ■三沢 順/週間マーケット
90 欧州株/為替/原油/長期金利
91 マーケット指標
92 経済データ

 

書評


54 『財政破綻後』
  『欧州ポピュリズム』
56 話題の本/週間ランキング
57 読書日記 ■荻上チキ
58 歴史書の棚/出版業界事情

53 次号予告/編集後記

二輪の戦略転換で過去最高益 日高祥博=ヤマハ発動機社長

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Interviewer 藤枝 克治(本誌編集長)

 

── バイクとモーターボートの会社というイメージです。


 日高 売上高ベースで一番大きいのは二輪事業で1兆円強、小型船舶用エンジンを中心としたマリン事業が3000億円超です。ただし、産業用ロボットや電動アシスト自転車などそれ以外の事業でも約3000億円の売り上げがあり、2017年12月期の全体の売上高は約1兆6700億円でした。

── 足元の業績は好調ですね。


 日高 17年12月期は営業利益が1497億円と過去最高を更新しました。特に二輪事業の利益率が伸びたことが寄与しました。


── 理由は。


 日高 二輪の売り上げは、東南アジアを中心とした新興国が約8000億円、日本や欧米などの先進国が2500億円です。新興国の中でも、インドネシア、ベトナム、タイ、フィリピンの4カ国で5600億円超に上り、収益の柱です。約5年前に東南アジアでの戦略を思い切って変えた結果、自動二輪全体の営業利益率がかつては5%だったのが、9%近くに向上しました。


── 戦略の転換とは。


 日高 複数モデルで車体を共有化したことです。東南アジアなどの新興国を中心に、エンジンやフレームの数を絞り込んで共通化しました。その上で、外装は各国の好みを取り込んで車種を増やし、他社とは異なるデザインも投入しました。一つのエンジンで何車種も製造でき、部品調達でもスケールメリットが出ました。
── 市場のニーズに対応したと。


 日高 東南アジアは、かつては「他の人と同じ車種を買っておけばよい」という雰囲気でした。しかし、現在は、収入が伸びて消費行動が変わり、人とは違う個性的なデザインを求めるようになっています。当社は、このような顧客を得意とします。少し高いけれどエレガントなバイクづくりを意識しているからです。


── 国内市場は。


 日高 1980年代の国内販売300万台という時代から縮小の一途で、10分の1近くになりましたが、原付きバイクを除いてほぼ下げ止まりました。車検が不要の250CCクラスに、これまでは大型二輪にしか採用しないようなスポーツモデルを投入しました。こうした活性化の努力で購入者が戻ってきています。

 

  ◇船舶エンジンは高収益

 

── マリン事業は。


 日高 プレジャーボートや釣り船、漁船用のエンジンユニットを製造しています。ユニットには、床下に設置する船内機と、船の後端に付ける船外機の2種類があります。世界的に見ればプレジャーボートの保有台数は大きく増えていませんが、船外機の需要が伸びており、しかも1基当たりの馬力を大きくする傾向にあります。また、1隻に設置する船外機の数自体も増えており「4基掛け」という船も出てきています。当社は、馬力のある大型船外機に強みを持ちます。プレジャーボートの主力市場である北米・欧州で、当社は150馬力以上の大型船外機で45%のトップシェアを有しています。トップメーカーゆえ高い信頼を得ており、営業利益率は20%に近い水準で推移しています。


── なぜ船外機の需要が伸びているのですか。


 日高 船外機だとボートの室内空間を広く取れるし、外に付いているので維持管理も楽だからです。さらに、購入コストでも船内機より低く済みます。


── その他事業にはどんなものがありますか。


 日高 産業用機械・産業ロボは利益率が20%超です。まず、電子回路などの所定位置に高速でチップを埋め込む「表面実装機」を製造しています。表面実装機は半導体やスマートフォン需要に支えられ、中国からの注文が大きく伸びています。産業ロボでは、直線的な動きをする直交ロボットや、水平方向の動きを得意とするスカラ型(水平多関節)などを製造しています。バイクやエンジンを作る過程で、自前でロボット製造やラインの自動化に取り組んだのが源流です。産業機械を専門とするメーカーとは異なる視点のアイデアが詰まっています。


── ヤマハ独自のアイデアとは。


 日高 画像を認識するイメージセンサーを自社製造していることです。ロボやラインの作業スピードを上げようとすると、画像認識の能力を上げなければなりません。当社の技術者は10年以上前から「イメージセンサーを内製化しないと、結局は技術の肝を他社に握られるのではないか」と気付いていたのです。


── 電動アシスト自転車も手がけていますね。


 日高 電動アシスト自転車は、当社が世界で初めて開発し、94年に発売しました。モードやギアを変えるコントローラー、動力を補助するモーター、バッテリーを自社製造して、ユニットとして販売しています。当社は、こぐ力を違和感なく伝えるモーター制御を得意としています。


── 開発のきっかけは。


 日高 80年代後半に原付きにヘルメット着用が義務づけられたことです。原付きの需要減が懸念される中、社内で「何か代替できる乗り物はないか」と検討した結果、アイデアが出たのです。しかし、商品にして世に出すまでには、警察当局との話し合いもありました。ある程度のスピードに達したら電動アシストをしない、人の力1に対して1しかアシストをしない、といった制御の固まりのような技術を盛り込みました。市場のニーズを取り込み、作り込んでいく顧客対応力は、当社の強みです。


 (構成=種市房子・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 前半はフランス駐在、後半は二輪事業の企画でした。通貨危機に見舞われて、アジア市場で二輪が売れなくなり、立て直し策を懸命に考えました。当時の上層部が現場のアイデアを聞いてくれた経験は、今、社長として「若い人の提案は受けよう」という心がけにつながっています。


Q 休日の過ごし方


A 下手ですがゴルフです。誘われると断れません。
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 ■人物略歴
  ◇ひだか・よしひろ
 1963年生まれ、愛知県出身。名古屋市立桜台高校、名古屋大学法学部卒業後、87年、ヤマハ発動機入社。主に二輪事業畑を歩み、2014年執行役員、17年1月、企画・財務本部長。17年3月、取締役、上席執行役員。18年1月から現職。54歳。
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事業内容:二輪、小型船舶エンジンなど
本社所在地:静岡県磐田市
 設立:1955年7月
 資本金:857億円
 従業員数:5万3579人(2017年12月末現在、連結)
 業績(17年12月期、連結)
  売上高:1兆6700億円
  営業利益:1497億円


特集:銀行消滅生き残るのはどこか 2018年6月26日号

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人口減少・資産規模も小

 地銀統合でもイバラの道

 

メガバンクから地銀まで「厳しい」という声しか聞こえてこない。もう銀行は「いらない」のか。

 

 銀行という業態が大きな転機に直面している。低金利政策もあって貸出金利は上がらず、本業の収益は目減りするばかり。特に、人口減少に直面する地方の地銀・第二地銀の置かれた状況は厳しさを増している。


  そこで『週刊エコノミスト』編集部では地銀・第二地銀107行(埼玉りそな銀行含む)について、

2018年3月末の総資産と、各行が本店を置く都道府県の2015~25年の人口増減率の将来推計(国立社会保障・人口問題研究所)の分布を作成した(図)。その結果、資産規模が小さく人口減少が見込まれる図の左下部分に多くの地銀が集中していた。


  総資産が107行の平均(3・8兆円)以下で、人口増減率が0%以下の地域の銀行は65行。このうちこれまで再編の対象になっていない銀行は50行で、ふくおかフィナンシャルグループと経営統合を模索する十八銀行(長崎市)もこのグループに含まれる。

 小規模な銀行でも、特定の分野に特化して高い貸出金利を獲得し、経営を安定させる道はある。だが実際は、地銀は地域経済を広く支える役割を求められ、分野を特化することは難しい。経営統合で規模を大きくし、コストを削減することが生き残りの選択肢となるが、ここにもイバラの道が待ち構える。地銀統合に詳しいPwCコンサルティングの愛場悠介パートナーは、「経営統合がすべてのケースで、収益力向上に結びついているとは言いがたい」と指摘する。経費削減の目標管理が甘いことなどが要因だ。各行は生き残りのための選択を迫られている。


 (花谷美枝・編集部)
 (池田正史・編集部)

週刊エコノミスト 2018年6月26日号

定価:670円

発売日:6月18日


2018年6月26日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:6月18日

銀行消滅

 

 人口減少・資産規模も小 

地銀統合でもイバラの道

 

 銀行という業態が大きな転機に直面している。低金利政策もあって貸出金利は上がらず、本業の収益は目減りするばかり。特に、人口減少に直面する地方の地銀・第二地銀の置かれた状況は厳しさを増している。


  そこで『週刊エコノミスト』編集部では地銀・第二地銀107行(埼玉りそな銀行含む)について、2018年3月末の総資産と、各行が本店を置く都道府県の2015~25年の人口増減率の将来推計(国立社会保障・人口問題研究所)の分布を作成した(図)。その結果、資産規模が小さく人口減少が見込まれる図の左下部分に多くの地銀が集中していた。
  

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米国が招く新興国危機に備えよ=渡辺賢一郎〔出口の迷路〕金融政策を問う(36)

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日銀によるETFなど民間資産の購入は、金融危機対応の際の緊急手段であり、平時における発動は抑制すべきだ。

 

渡辺 賢一郎(日本大学経済学部教授)

Bloomberg
Bloomberg

 米国金融政策の正常化プロセスは、米連邦準備制度理事会(FRB)の巧みな市場とのコミュニケーションも功を奏して比較的平穏に進んできたが、ここにきて、新興国からの資金流出という形で副作用が表れ始めた。特に、米国長期金利が3%を超えた4月後半から5月にかけて、アルゼンチンが通貨防衛のため大幅な政策金利引き上げを余儀なくされたほか、トルコ、ブラジルなどでも為替レートの下落が加速している。


  こうしたなか、FRBのパウエル議長は最近の国際会議で、そもそも米国の金融政策が新興国への資金フローを左右する決定的な要因ではないことや、新興国も柔軟な為替レート制度の採用等によって外的ショックへの耐久力が高まっていることなどを強調し、投資家の不安心理を抑制しようとしている。


  パウエル議長の主張の背景には、各国の中央銀行は基本的には、自国の景気・物価情勢に合わせて金融政策を運営することを求められており、他国への政策の波及まで考慮に入れることは現実的ではないし望ましくもないという考え方がある。それは正論ではあるのだが、同時に、新興国と発展途上国を合わせた国内総生産(GDP)が世界の4割を占める規模になっている現在、国際資金フローの急激な変動が新興国の実体経済や金融システムに変調をもたらせば、それは直ちに先進国にも手痛いしっぺ返しとして戻ってくるという現実からも目をそむけることはできない。

 

  ◇緩和マネーが新興国から逆流

 

  2008年のグローバル金融危機以降の先進国の長期にわたる金融緩和に伴い、既に新興国には大量の資金が流れ込んでおり、国際決済銀行(BIS)の統計によれば、貸し出し・債券などの形で新興国の非金融部門に供与されている与信額の対GDP比率は過去10年で2倍近くに膨れ上がっている(図)。


  従って、米国や先進国の金利上昇に伴い急激な資金の逆流が起こると、新興国の金融政策の自律性は大きく制約される。新興国の金融緩和は、自国為替レートの下落を通じてドル建て債務返済負担の増加につながり、経済成長を下押しする可能性があるからである。


  伝統的なマンデルフレミングモデルによれば、変動為替レートの下で、自国の金融政策が相対的に緩和されれば景気を刺激する効果があるのだが、そうしたメカニズムは必ずしも機能しない。とりわけ、先進国に比べて為替市場の規模が小さく流動性が低い新興国では、先進国投資家にとっては小規模のポートフォリオ調整に伴う通貨売りでも、為替レートを大きく変動させる傾向がある。その場合、新興国の通貨当局が大幅な為替レートの下落を許容すると、ショックを吸収するどころか、むしろ増幅させてしまう恐れがある。
  先進国の金融緩和に伴い、新興国では自国の均衡利子率よりも大幅に低い金利で外貨資金調達が可能となったため、リスクの高い投資や採算性に問題のあるプロジェクトのファイナンスに資金の一部が回っていた可能性が高い。新興国の資金の取り手は、従来は政府(ソブリン)が中心であったが、経済発展に伴い多くの民間企業や公営企業も国際的な資金調達に乗り出している。


  国内資金が豊富な中国もその例外ではなく、ドル建て社債の発行など国際的な資金調達は大幅に増加している。一方、資金の出し手については、銀行に代わって投資ファンドなどの、いわゆるシャドーバンキング部門が存在感を増しているため、その行動特性も含めて実態が把握しづらくなっている。こうした資金の取り手、出し手両面での構造変化が、危機発生の確率や深度にどのような影響を与えるのか予断を許さない状況を生み出している。


  金融危機は違った衣をまとって現れるため、その予測は非常に難しい。筆者も、現時点ではアルゼンチンに端を発する一部新興国の問題が、世界的な金融市場の動揺につながっていく可能性は高くないと考えているが、米ハーバード大学のサマーズ教授(元財務長官)がかつて述べたように、政策当局者は常に「最善を望み、最悪に備える」(hope for the best and prepare for the worst)必要がある。


  金融危機以降、グローバルな金融システムのリスク耐性を高めるため、バーゼル3をはじめ、金融機関に対する広範な規制が国際的に導入されてきたが、その有効性はいまだテストされていない。また、危機に対する記憶の風化や、米国で見られる最近の金融規制巻き戻しの動きまで考慮に入れると、耐久力が以前に比べて本当に高まっているのか断言はできないだろう。

◇平時のETF購入は減額を

 

 仮に将来、グローバル金融危機のような事態に再び直面した場合、中央銀行の「最後の貸手」機能は危機対応手段として極めて重要である。世界的な金融市場の拡大やリンクの強まりに伴い、主要中央銀行の「最後の貸手」機能は、各国の現地通貨供給にとどまらず中央銀行間スワップ(交換)網を通じた米ドル供給に広がった。また、個別金融機関に対する流動性供給ばかりでなく、機能不全に陥った金融市場に対する流動性供給まで広がった。


  金融市場に対する流動性供給手段の中でも、中央銀行が、いわば「最後のマーケットメーカー」として民間のリスク性資産を購入することは、他の政策手段に比べて中央銀行自身の財務の健全性や市場機能・資源配分に対する影響が大きい。こうした手段の発動は、市場参加者のリスク許容度が極端に低下している場合などに限定されるべきであり、金融システムが安定している状況の下でむやみに発動されるべきものではないだろう。


  日本銀行に目を転じると、もともとリーマン・ショックに端を発する一連のグローバル金融危機の中で、市場参加者の過度のリスク回避志向によって拡大したリスク・プレミアム(リスクの分、上乗せされる運用利回り)を本来あるべき水準に戻し、企業や金融機関の資金調達を円滑化するための時限的な措置として、さまざまなリスク性資産購入プログラムを導入した。


  それらは、いったん金融危機という急性症状が収まるにつれて手じまいされたものの、結局、長期にわたるデフレという慢性症状に対する処方箋としても採用され、ETF(上場投資信託)やJ-REIT(不動産投資信託)といった資産にも対象を広げる形で、包括緩和や量的質的緩和政策のパッケージの一部に組み込まれることとなった。


  現在、日本銀行は、ETFについては年間約6兆円、J-REITについては年間約900億円、それぞれ保有残高が増加するように購入を続けている。この結果、日本銀行が保有する両資産の合計額は時価ベースで約25兆円(18年3月末)に達している。


  しかし、金融システムが相対的に安定している時期において中央銀行が民間のリスク性資産の購入を継続すれば、市場機能や価格形成のひずみを助長するだけでなく、そうした政策が真に必要な金融危機時の対応余力が制約されることにもなりかねない。


  非伝統的金融政策の効果と限界がある程度明らかになりつつある中で、日本銀行は、これまで導入してきたさまざまなツールの政策上の位置づけを全体として再整理しなければならない時期をいずれ迎えるだろう。その中で、民間のリスク性資産購入については、基本的には、金融危機対応の際の例外的かつ一時的な政策手段と位置付けるのが望ましいと思われる。そうした観点からも、現在のETFやJ-REITの購入は市場の動向も見極めつつ徐々に減額すべき時期に差しかかっているのではないだろうか。

わたなべ・けんいちろう


 1959年静岡県生まれ。83年名古屋大学卒業、日本銀行入行。国際局審議役、金融研究所長などを務める。一橋大学国際公共政策大学院特任教授などを経て現職。

第72回 福島後の未来:原子力産業再生の切り札 小型炉で技術の継承を=窪田秀雄

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くぼた・ひでお
 1953年、神奈川県生まれ。東海大学大学院工学研究科卒。日本原子力産業会議を経て2006年、日本テピア入社。中国を中心に世界の原子力をウオッチしている。編著に『中国原子力ハンドブック』など。

 英国やトルコをはじめ、建設費高騰が原発新設の大きな障害として立ちはだかっている。福島第1原発事故を受け、世界的に安全対策が一段と強化されたことなどが背景にある。原子力産業界が建設費高騰という苦境に直面するなかで、工場でシリーズ生産ができ、高い安全性を備えたモジュール式小型炉(SMR)が原子力産業再生の切り札になるとの期待が世界的に高まっている。


  原子力発電の開発の歴史を見ると、規模の経済を追求する観点から大型化が進められてきた。建設は巨大な事業で、計画立案から必要な許認可の取得までに何年もかかる。着工後も作業が順調に進む保証はない。久しぶりの新設や、新しい世代の原子炉を採用するとなれば、なおさら時間がかかる。

  ◇原発大型化が破綻

 

  この4月、中国広東省の台山1号機に採用された世界初となるEPR(フランス製の加圧水型炉)が中国国家核安全局によって核燃料装荷(原子炉に入れること)を許可された。出力は175万キロワットという大型の原子炉だ。この台山1号機も2009年の着工から核燃料装荷まで実に9年を要した。フィンランドやフランスで建設中のEPRは中国よりさらに遅れている。


  こうした事態を受け、原発に規模の経済は成立せず、キロワット当たりの単価でも小型炉の方が低いのではないか、との見方が出てきた。


  国際原子力機関(IAEA)は、出力が30万キロワット以下を小型炉、70万キロワット程度までを中型炉と定義している。現在、小型炉に分類される原発は中国やパキスタンで稼働中だが、これから世界で導入されようとしているのは、コンセプトが全く違う。工場でシリーズ生産し、需要に合わせてモジュールを追加するというSMRが主流だ。


  現場での建設でなく工場でのモジュール製造であれば工期を大幅に短縮できる。さらに、こうしたSMRは新しい設計を採用し、人手を介さずに原子炉を冷却できるなど、従来の原子炉より安全性を高めているのが特徴だ。発電だけでなく、海水淡水化や熱供給、海上浮動式プラントなど用途も広い。もちろん商業運転実績がないなど、課題もある(表1)。

 

 現在、開発中のSMRのタイプは炉型として大きく四つに分けることができる。軽水炉、高速炉、高温ガス炉(HTGR)、溶融塩炉だ。


  IAEAによると、各種開発段階にあるものを含めると全部で50種類のSMRが世界中で開発されている。すでに20カ国がこの小型炉を含め原発の新規導入に関心を示している。こうした国の大半は途上国で、需要がそれほど大きくない国にとってコストの安いSMRは魅力的にうつる。

◇米英加中が導入に本腰

 

  米、英、カナダという、かつて世界の原子力開発をリードした国のSMRにかける期待も大きい。


  米オレゴン州に本社を構えるニュースケール・パワー社は16年12月、米原子力規制委員会(NRC)に対してSMRの設計認証を申請した。小型炉の認証申請は米国初。同社のSMRは電気出力5万キロワットの一体型PWR(加圧水型原子炉)。NRCへの申請では、建屋に12基のモジュールを配置し60万キロワットの発電所を構成する。NRCは今年4月、フェーズ1の審査を完了した。同社は20年までに設計認証を取得することを見込んでいる。


  英ロールス・ロイス社は今年2月、英国型SMRの実証モジュール開発で、英国政府が設立した先進的原子力機器製造研究センターと契約を締結したと発表した。ロールス・ロイス社はSMRを設計するための国内企業連合を率いており、実証モジュールの開発を通じて初期段階の設計原則を確立する計画だ。


  原発の割高感が共通認識になっているカナダでもSMR導入の機運が高まっている。カナダ原子力研究所(CNL)は今年4月、SMRの実証炉を建設・運転するプロジェクトの提案を募集すると発表した。26年までに実証炉を建設するという長期戦略に基づいて、世界中のベンダーから広く提案を募り審査を行う。


  この3カ国以上にSMRの導入に積極的な中国では、10万キロワットのモジュール2基で構成されるHTGR実証炉が来年にも山東省で運転を開始する。また、PWRタイプのSMRについても中国核工業集団公司、中国広核集団有限公司など複数の国有原子力事業者が電力や熱の供給だけでなく、海上浮動式原子力プラント用に開発を進めている。


  詳細は不明だが、PWRタイプのSMR実証炉も近く着工の見通しと言われている。中国は、国産の大型PWR「華龍1号」だけでなく、HTGRとPWRタイプのSMRの輸出も狙っている。

◇日本のHTGR技術

 

  世界的にSMRに期待が高まっているのは、大型炉の行き詰まりを打破できる可能性が高い、と考えられているからだ。SMRを制する者が世界の原子力市場で覇権を握る可能性が高いといっても過言でない。


  日本で唯一、期待できるSMRは、日本原子力研究開発機構が開発を進めるHTGRだ。HTGRは、冷却材が喪失しても炉心溶融が起こらない設計を採用するなど、高い安全性を持ち、発電だけでなく水素製造などの多目的利用が可能な新世代の原子炉だ。ポーランドで、日本原子力研究開発機構の技術を使って商用炉を共同で建設する話が進んでいるが、建設主体となるポーランド側の法人の設立が遅れているようだ。


  海外プロジェクトへの参加は、日本のHTGR技術の存続を図る一つの方策だが、他力本願ではどう転ぶか分からない点も考慮する必要がある。海外での共同プロジェクトがうまくいけば、日本に逆輸入する手もあるが、福島事故を乗り越え、次の世代に安全な原子力技術を継承するためにも、日本国内にHTGR実証炉を作ることを考えるべきだ。
 

目次:2018年7月3日号

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CONTENTS

 

暗雲 世界経済2018
 Part1 市場はどう動く
20 株手仕舞うヘッジファンド 米中貿易戦争の危機一髪  ■編集部
22 円高警戒 米経済に忍び寄る「悪い金利上昇」 ■唐鎌 大輔
25 インタビュー デバリエ・いづみ メリルリンチ日本証券・主席エコノミスト 「米景気後退の確率は現状ではゼロに近い」
26 米長期金利 日欧の「金利水没」は続く 米国債にすがる運用難民 ■高田 創
28 米国は順調 米利上げは「正常化」のプロセス ■竹中 正治
30 エコノミスト・アンケート
  菅野 雅明/城田 修司/豊島 逸夫/西岡 純子/櫨 浩一
32 中国 世界経済成長の3分の1でもニューエコノミー牽引力は低下 ■津上 俊哉
34 欧州 バブルと緩む財政規律 ■藤山 光雄
36 インタビュー ポール・シェアード S&Pグローバル・バイスチェアマン 「ユーロは持続困難」
37 新興国 通貨安発の「悪循環リスク」 ■平山 広太
Part2 変質する国際秩序
82 米朝首脳会談 中国に望ましい展開に 問われる日本の構想力 ■寺島 実郎
84 日米同盟 トランプ流「ディール」に揺らぐ日本 ■佐藤 純之助
86 中東 米国のイラン核合意離脱 「核開発」競争の現実味 ■福富 満久
88 ザ・ネオコン 対中東強硬派のボルトン氏 ■中岡 望

 

Flash!


 15 上場メルカリに立ちはだかる米国の赤字 インタビュー 山田進太郎会長兼CEO「米国は数年で黒字化できる」
17 ひと&こと RIZAPの参謀役に松本晃カルビー前CEO/トヨタが「集団指導」へ移行 豊田社長の後継者づくりか

超高速通信網 5Gの衝撃
72 1000兆円の巨大市場 ■編集部/坂上 翔
74 設備投資 米中勢が5G商戦を主導 ■王 曦/編集部
75 国際標準固まり商用化加速
76 特需 2020東京五輪がデモ会場 ■阿部 哲太郎
78 端末 アマゾンが「スマホメーカー」になる日 ■松田 精一郎

エコノミスト・リポート
79 ネット動画への大投資競争 動画の市場開拓力に群がる企業 映像・通販・通信で異種格闘戦 ■志村 一隆

 

Interview


 4 2018年の経営者 浜田 宏 アルヒ会長兼社長
96 挑戦者 2018 土岐 泰之 ユニファ社長
48 問答有用 平岩 正樹 医師 「再び戻った医療の世界で学び続ける日々」

 

World Watch


 62 ワシントンDC スポーツ賭博全米で解禁へ 広がる支持、最高裁が容認 ■秋山 勇
63 中国視窓 アパレル企業が環境重視 大手がエコブランド投入 ■岩下 祐一
64 N.Y./カリフォルニア/スウェーデン
65 韓国/インド/インドネシア
66 中国/ロシア/南アフリカ
67 論壇・論調 上海協力機構が存在感増す 反保護主義掲げ米をけん制 ■坂東 賢治

 

Viewpoint


 3 闘論席 ■佐藤 優
19 グローバルマネー ECBも金融正常化へ、米景気を先読み
40 キラリ!信金・信組(20) 金融庁、組織変更・人事異動も 信金・信組の評価変わらず ■浪川 攻
41 図解で見る 電子デバイスの今(14) 自動運転のキーデバイス 車載センサーの次代を担うLiDAR ■清水 聡
44 海外企業を買う(195) スカイ ■清水 憲人
46 名門高校の校風と人脈(295) 長田高校(兵庫県) ■猪熊 建夫
52 学者が斬る 視点争点 金融危機を理解する「担保」の本質 ■渡辺 誠
54 言言語語
68 東奔政走 安倍3選に外交の追い風 9月に日朝首脳会談か ■佐藤 千矢子
70 出口の迷路(37) 政策は予想を制御できるのか ■池尾 和人
98 独眼経眼 世界経済の好循環に異変 ■足立 正道
103 商社の深層(117) 物産の非資源が300億円減益 今年度は1800億円見込むが ■種市 房子
104 アートな時間 映画 [バトル・オブ・ザ・セクシーズ]
105        美術 [ルーヴル美術館展 肖像芸術─人は人をどう表現してきたか]
106 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Driving season ” ■安井 明彦

 

Market


 90 向こう2週間の材料/今週のポイント
91 東京市場 ■隅谷 俊夫/NY市場 ■櫻井 雄二/週間マーケット
92 中国株/為替/銅/長期金利
93 マーケット指標
94 経済データ

 

書評


56 『解雇規制を問い直す』『次なる金融危機』
58 話題の本/週間ランキング
59 読書日記 ■高部 知子
60 歴史書の棚/海外出版事情 アメリカ

55 次号予告/編集後記

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