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特集:下期マーケット予想 暗雲 世界経済 2018年7月3日号

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市場はどう動く 

株手仕舞うヘッジファンド 

米中貿易戦争の危機一髪

 

 投機筋は、すでに金利上昇や貿易摩擦による米国の景気後退の空気を感じ取っているようだ。


  マーケットアナリストの豊島逸夫氏は5月、ニューヨークのヘッジファンド14社を訪問。情報交換をする中で、戦後最長の更新が確実な米国の景気拡大が終息に向かうとの感触を深めたという。


  豊島氏は「米国のヘッジファドの多くが、年内に株のロング・ポジション(買い越し持ち高)を手仕舞(じま)う」と予測する。


  堅調な景気を背景に、政策金利を順調に引き上げている米国。米連邦準備制度理事会(FRB)が2015年12月から始めた利上げは、今年6月までに合計7回(1・75%)に達した。18年内2回(0・5%)、来年2~3回の利上げが市場のコンセンサスとなっている。だが、BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは慎重だ。

◇世界GDP1・4%減

 

  年内2回の利上げは同じ予想でも、「来年1~3月で1回できるかどうか」と、河野氏は見る。つまり、できても来年第1四半期の1回で利上げは打ち止めという見立てだ。


  この要因として、河野氏は利上げを継続する過程で米国の株価や不動産などの資産価格が下落した場合、FRBが下支え役にされると見ているからだ。1970年代、莫大(ばくだい)な財政赤字を垂れ流すニクソン大統領(当時)に追随したバーンズFRB議長(同)をパウエル現議長にダブらせ、「利上げから緩和へと来年、方向転換する可能性がある」(河野氏)という。


  5月に米長期金利が節目の3%を超えてくると、ダウ平均や日経平均株価が調整する局面があったものの、米朝首脳会談の実現が濃厚になるという外交・安保上の融和ムードを好感して、市場は落ち着きを取り戻すという一進一退の膠着(こうちゃく)相場に移っていった(図)。


  こうした状況に新たな不確定要因として加わったのが、米中貿易戦争だ。トランプ政権は6月15日、知的財産侵害を理由に中国製品に制裁関税を発動すると発表。これを契機に米中の激しい応酬に発展し、貿易戦争の様相を呈し始めた。ダウ平均は6月19日、前日比287ドル下落し2万4700ドルに、日経平均も401円安の2万2278円に急落した。


  米中間選挙までトランプ大統領は中国にとどまらず、日本や欧州に対しても貿易戦争を挑んでくる可能性が否定できない。


  経済規模で世界最大の米国と2位の中国が本格的な貿易戦争に突入し、貿易や投融資の流れが停滞すれば、グローバル経済にマイナスの影響は避けられない。


  経済協力開発機構(OECD)の試算によると米国、欧州、中国の三極間で関税など通商の障壁引き上げで貿易コストが10%上昇した場合、世界の貿易量を6%、同GDPを1・4%押し下げる。

 


 (編集部)


週刊エコノミスト 2018年7月3日号

定価:670円

発売日:6月25日



住宅ローン業界のコンビニ目指す 浜田宏 アルヒ会長兼社長 

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Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

── アルヒ(ARUHI)の特徴を教えてください。


 浜田 国内最大手の住宅ローン専門金融機関です。住宅金融支援機構と提携して提供している最長35年の全期間固定金利住宅ローン「フラット35」の2017年度の取扱件数は業界第1位で、2010年度から8年連続でトップシェアを守っています。


── どこに強みがありますか。


 浜田 全国130店舗を構え、地元の不動産会社と良好な関係にあることが強みです。ロボティクス(ロボット工学)やデータマイニング(ビッグデータを分析し、相関を見つけること)といった最先端のIT(情報技術)を駆使し、審査や事務手続きのスピード化を実現しました。

 

── IT導入の効果は。


 浜田 住宅ローンの申込書の記入項目を最大で50%削減できました。住民票、源泉徴収票や重要事項説明書など、文字認識・自動読み取り技術でスキャンして読み取ってしまうためです。以前は記入に1時間程度かかりましたが、今では10~15分程度に短縮されました。


── 審査の速さが競争力になる理由は。


 浜田 都心の希少な中古物件や建て売り物件は、優良物件が出るとあっという間に契約が決まります。早い者勝ちです。審査は速ければ速いほどいい。住宅金融支援機構での最終審査はありますが、住宅ローンの金融機関で行うプレ(事前)審査は経営努力で速くできます。人工知能(AI)を導入し、さらに迅速化していきたい。

 

  ◇増える品ぞろえ

 

── 130の店舗網を維持するのはコストがかかりませんか。


 浜田 90%がフランチャイズなので当社のコストはかかりません。店舗の経営者は、保険代理店や、司法書士事務所、不動産業者、携帯電話のショップなどを地元で成功させた人たちが多い。初期のころは、すすんで手をあげてくれる人は少なかったですが、今はセミナーや説明会を開くと、多くの人が集まり、審査の数が山積みになるほどです。


── 独自の商品も提供しています。


 浜田 独自商品の「スーパーフラット」は、従来の「フラット35」よりもさらに低金利で借りることができます。数百万円程度の頭金を出しても、預金に余裕のある中間富裕層は、これまで銀行が提供するローンに流れていましたが、競争力のある「スーパーフラット」を提供することで、アルヒに取り込もうと考えました。結果は大当たりです。


── 銀行とも連携しています。


 浜田 住信SBIネット銀行やソニー銀行、楽天銀行と提携しています。ネット銀行の変動金利の商品などをアルヒの実店舗で扱うことで、補完関係が成り立ちます。このほど、静岡銀行とも提携し、何ができるかの検討を始めています。


── 国内の住宅需要の伸びが期待できない中、成長戦略をどう描きますか。


 浜田 お客様は、住宅ローンが欲しいのではなくて、家が欲しい。十分なお金がないから、仕方なく住宅ローンを組むのです。だから、住宅のことで困ったら、気軽に訪ねてもらえる縁の下の力持ちでなければなりません。不動産業者と住宅購入者をつなぐ役目に徹しています。住宅ローン業界のコンビニエンスストアのような存在を目指します。

 

  ◇業界再編の核に

 

── どんな生活サービスですか。


 浜田 住宅ローンを借りてもらうと、長いお付き合いになります。お客様のさまざまなライフイベントにかかわり、最適な商品やサービスを提案・提供できるプラットフォームを構築します。家探しの手伝いをはじめ、出産、子育て、家のリフォームやメンテナンス、老後の生活などです。住宅ローンを借りてくれたお客様に家電や家具の購入、介護サービスの利用など、さまざまな特典を与えられる仕組みです。


── ITの活用もさらに広がりますか。


 浜田 データベースマーケティング(顧客の属性や購買傾向を記録し、顧客に合ったサービスを提供する手法)や不動産業者と家を買いたい人とのマッチングビジネスを拡大します。事務処理のスピード化を実現しているロボティクスなどの技術を請け負う「オペレーション受託事業」に力を入れます。金融機関が自前で仕組みをつくるより、アルヒに任せたほうが効率的だと思ってもらえるようにしたい。


── M&A(企業の合併・買収)を積極的に進める方針ですね。


 浜田 人口減少で国内市場が伸びないわりに、住宅ローン会社の数はまだ多く、経営に苦戦しているところも少なくありません。業界再編が必要で、その核になりたい。また、フィンテック(金融とITの融合)やクラウドサービスなどを展開する中堅企業を買収し、顧客サービスの充実を図りたい。


── 成長戦略をどれくらいのスピードで実現しますか。


 浜田 オペレーション受託事業など新規事業の売上高が数億円単位となるのは、来年度以降とみています。本業の住宅ローンは今後5年間、毎年売上高10%増、利益15%増を狙っていきたい。不動産業や銀行業そのものはやりませんが、その間にいることで、誰もが使いたい「プラットフォーマー」を目指します。


 (構成=小島清利・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A デル(当時はデル・コンピュータ)の日本法人の立ち上げのメンバーで、ガツガツして仕事をしていました。アスリートのように徹底的に働いて、勝ちまくりました。


Q 「私を変えた本」は


A ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が書いた『イノベーションのジレンマ』は、今の私の考え方の基本になっています。


Q 休日の過ごし方


A ヨットを楽しんでいます。2~3年前は、相模湾で一番船を出していた男と呼ばれていました。今年からはレース参加も再開したい。
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 ■人物略歴
  ◇はまだ・ひろし
 1959年生まれ。桐蔭学園高校、早稲田大学第一文学部、米サンダーバード国際経営大学院修了。82年、山下新日本汽船(現商船三井)入社。デル・コンピュータ(現デル)日本法人社長、HOYA取締役COO(最高執行責任者)などを経て、2015年5月、アルヒ会長CEO(最高経営責任者)。東京都出身。59歳。
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事業内容:住宅ローンの貸し出し、取次業務、保険代理店業務、銀行代理業務
 本社所在地:東京都港区
 創業:2000年6月
 資本金:60億円(2018年3月31日現在)
 従業員数:315人(2018年3月31日現在)
 業績(2018年3月期《IFRS》、連結)
  営業収益:204億円
  税引き前利益:51億円

政策は予想を制御できるのか=池尾和人〔出口の迷路〕金融政策を問う(37)

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異次元緩和。財政見直しを動かして物価水準を上げるという提案。共通するのは、人々の心を政策で動かせるという傲慢さだ。

 

池尾和人(立正大学教授

 約5年ほど前に、異次元緩和(量的質的金融緩和)が開始された時点では、レジーム・チェンジを目指すとされていた。レジーム・チェンジとは、複数の均衡(レジーム)が存在し得る状況下で、一つの均衡から別の均衡への移行(ジャンプ)を図ることを意味している。


  デフレ均衡から緩やかなインフレを伴う均衡に移行するためには、人々のインフレ期待(予想)が非連続的に上昇することが必要であった。異次元緩和によって、そうしたインフレ期待の非連続的上昇を引き起こせるという触れ込みであった。


  ところが、実際にはそのようなことは起こらなかった。ただし、特定の政策的な働きかけによって人々の期待の大幅な変化が起こらなかったからといって、そもそも人々の期待が非連続的に変化するものではないと考えるべきではない。


  人々の期待ないし予想は、独自のダイナミクス(動学)に基づいて変動するものだとみられ、ときによっては急激な変化を示すこともある。特定の政策的措置によって、期待が変化しないことも、あるいは意図しない方向へ変化を起こすこともあり得る。


  しかし、人々の期待形成のダイナミクスをわれわれはよく理解できているわけではない。それゆえ、政策の発動にあたっては、そのことが人々の期待にどのようなインパクトを与えるかを慎重に判断する必要があると考える。

Bloomberg
Bloomberg

◇財政拡大の効果も予想が左右

 

  この間、金融政策の限界を実際に感じざるを得なくなったことから、再び財政政策に景気対策として期待する向きが増えてきている。しかし、オールド・ケインズ経済学の議論をそのまま復活したような主張は論外といわざるを得ない。


  かつて日本では、いわゆるリフレ論者を中心に、マンデル=フレミング・モデル(開放経済版のIS─LMモデル)を持ち出して、変動相場制下では財政政策は有効ではないと論じる向きがみられた。もっとも、こうした議論は正しくはない。


  マンデル=フレミング・モデルは古いモデルなので、金融政策のスタンスを貨幣供給量でみている。すなわち、金融政策のスタンスが一定とは貨幣供給量が一定という意味に解されている。そうであれば、財政支出の増大は金利上昇をもたらし、それによる自国通貨高によって輸出が減少してしまうことから、相殺されて総需要の拡大は生じない。


  しかし、現実の金融政策運営は金利コントロールである。それゆえ、金融政策のスタンスが一定とは金利が一定ということだとみなされるべきである。金利が一定であれば、マンデル=フレミング・モデルのような(将来に関する予想が現在に影響しない)静学的なモデルでは、財政政策は有効だという結論になる。


  ただし、現代経済学の重要な知見は、経済政策の効果をそもそも静学的なモデルで論じることが適切ではないというものである。財政政策に限界があるという見方も、リカードの中立命題的な効果が働くことを論拠としている場合が多い。


  リカードの中立命題的な効果とは、足元で財政赤字が拡大した場合には、その赤字を埋め合わせるために将来時点で増税や歳出削減が行われると民間主体が予想することになり、それに備えて貯蓄を増やす(支出を削減する)という効果のことである。こうした効果が作用すると、財政支出を拡大しても、民間支出の縮小と相殺されてしまって総需要の拡大効果は乏しいことになってしまう。


  静学的モデルでは見逃されているが、財政政策の効果を考える際に重要なのは、将来の財政運営がどのようなものになると予想されているかという点である。


  財政規律が維持されていると予想されている限りは、リカードの中立命題的な効果が作用し、赤字財政であっても均衡財政の場合と同等の効果しかもたない。しかしながら、既に膨大な累積財政赤字を抱えている日本の現状において(図)、もし財政規律は失われたという方向に予想が変化すれば、大変な経済混乱を惹起(じゃっき)してしまいかねない。

 ◇財政見通しが悲観に振れるとき

 

 物価水準の財政理論(FTPL)の代表的論者であるプリンストン大学のシムズ教授は、マネタリストの理論が一次元的、すなわち貨幣供給量という1変数のみが問題であるのに対して、自らの議論は、二次元的だと主張している。すなわち、「現在の実質財政収支」と「今後の実質財政収支の現在価値合計」という二つの変数がともに重要になる。


  前者の「現在の実質財政収支」は足元の財政収支尻の大きさを物価調整した値であるのに対して、後者の「今後の実質財政収支の現在価値合計」は、来期以降の将来にわたる財政収支尻の値を物価調整した上で、現在価値に直して合計したものである。政府は1年限りの存在ではないから、単年度の収支尻の値だけではなく、来期以降の将来にわたる収支尻を適切な形で足し合わせた値がどうなっているかが問題になる。


  この二つの変数は、反対方向に動くこともあり得る。例えば、現在の実質財政収支は悪化していても、今後の実質財政収支の現在価値合計がそれ以上に改善すると見込まれているということがあり得る。こうしたときには、FTPL的にはインフレにはつながらない。


  もしかすると現状は、こうした場合に近いのかもしれない。そうだとすると、財政再建を先送りしていても、あるいは財政赤字の拡大につながるような措置を少々とったとしても、何事も起こらないかもしれない。しかし、そうした財政運営を続けていると、今後の実質財政収支の現在価値合計に対する見方がいずれ悲観に大きく振れるときが来るという可能性は考慮しなくてもいいのか。


  こうした可能性を主張する者をオオカミ少年扱いするだけにとどまらず、意図的に今後の実質財政収支の現在価値合計に対する見方を少しだけ悪化させることで、インフレ目標の達成につなげようという考え方も存在する。ヘリコプターマネー論やいわゆるシムズ提案の基礎には、こうした考え方がある。


  しかし、人々の(いまの場合は、今後の実質財政収支の現在価値合計に関する)予想を都合よく少しだけ下方に修正させるというような微調整(ファインチューニング)が政策的に可能だと本当に考えるのだろうか。そうした人間の理性的能力を過信する設計主義的な考えは、過去の歴史においても多くの悲惨をもたらしてきたのではなかったのか。


  現在の日本におけるマクロ経済政策の運営は、目先のことだけを考え、自分たちの任期の終わった後はどうなっても知らない(後任者の責任だ)という刹那(せつな)主義に支配されているのではないとすれば、マクロ経済を政策を通じて制御する絶対的な能力が政府にはあるという前提に立ったものでしかないと思われる。しかし、マクロ経済を政策的に制御する大いなる能力が政府にあるというのは、過信でしかなく、ある種の傲慢に陥っているといわざるを得ないのではないか。


  筆者は、経済は複雑系であり、そうした複雑系を制御することはきわめて困難であるという認識に立って、慎重な経済政策運営をするべきだと考える。そのような考えをとるのであれば、人々の期待を不安定化させることがないように十二分に配慮しつつ、金融政策・財政政策ともに正常化の道筋を追求すべきだといえる。出口の迷路から脱却することを早く考えなければならない。


 (池尾和人・立正大学教授)

いけお・かずひと


 1953年京都府生まれ。75年京都大学経済学部卒業、80年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学、経済学博士(京都大)。岡山大学経済学部助教授、京都大学経済学部助教授などを経て、95年慶応義塾大学経済学部教授。2018年4月より現職。

2018年7月3日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:6月25日

下期マーケット予想 

暗雲 世界経済

 

市場はどう動く 

株手仕舞うヘッジファンド 

米中貿易戦争の危機一髪

 

 投機筋は、すでに金利上昇や貿易摩擦による米国の景気後退の空気を感じ取っているようだ。


  マーケットアナリストの豊島逸夫氏は5月、ニューヨークのヘッジファンド14社を訪問。情報交換をする中で、戦後最長の更新が確実な米国の景気拡大が終息に向かうとの感触を深めたという。


  豊島氏は「米国のヘッジファドの多くが、年内に株のロング・ポジション(買い越し持ち高)を手仕舞(じま)う」と予測する。

 

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目次:2018年7月10日号

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CONTENTS

 

まだ伸びる半導体
16 日本の装置・素材メーカー チップ高機能化は商機  ■津村 明宏/種市 房子
20 メモリーバブルいつまで 19年はNAND投資再び活発化 ■種市 房子
22 三菱電機・東芝・富士電機が増強そろい踏み 「パワー半導体」世界中のモーターに内蔵 ■種市 房子
23 インタビュー 真田享 三菱電機常務執行役、半導体・デバイス事業本部長 「IGBTで世界トップ、エアコン・自動車けん引」
24 中国の半導体産業 設計特化「ファブレス」で台頭 ■津田 建二
27 世界の大型M&A 数兆円規模の案件は続く ■大山 聡
30 微細化の最先端「EUV」 蘭ASMLの裏で光る日本メーカー ■津田 建二
32 米中貿易摩擦の影響は 自前製造に走る中国 ■吉川 明日論
セクターのウオッチャーが詳細分析 装置・素材の24銘柄
34 装置 部品をユニット化 収益性高める部材企業 ■大沢 充周
35 素材 ガス・露光関連は単価・数量増期待 ■山田 幹也
37 デンソーの次世代半導体 自動運転でエヌビディアの対抗軸狙う ■河村 靖史
38 電池不要の半導体 エイブリック製、インフラ・農業・ヘルスケアで期待 ■小島 清利

64 新連載 コレキヨ 小説 高橋是清 (1) ■板谷 敏彦

 

Flash!


 11 OPEC総会、主要国の増産は小幅/中国が預金準備率引き下げ、景気下振れ警戒
13 ひと&こと 日本医師会、推薦副会長敗れる波乱/三井物産が「トヨタ方式」で経団連副会長死守/仮想通貨最大手を処分

 

Interview


 4 2018年の経営者 島村琢哉 AGC社長
92 挑戦者 2018 山本雅也/藤崎祥見 キッチハイク共同代表
44 問答有用 瀬々敬久 映画監督 「関東大震災後と同じ構図が現代にも見られる」

ネットに勝つ出版社
80 雑誌命綱の取次システム崩壊 出版業界に迫る大変化 ■星野 渉
82 出版各社の戦略 異業種連携や新商品開発 多角展開で出版事業を“再定義” ■成相 裕幸
 講談社/光文社/扶桑社/ディスカヴァー・トゥエンティワン/オトバンク
84 インタビュー 菅付 雅信 グーテンベルクオーケストラ代表取締役  「外部マーケットに踏み出せ」
85  角川 歴彦 KADOKAWA取締役会長  「出版は『知的財産』生む核だ」

エコノミスト・リポート
77 交通政策 首都圏鉄道網まだまだ不十分 こんなにある「要拡充」路線 ■梅原 淳

42 ネパール 中国とインドの競い合いをしたたかに利用するネパール ■石井 順也

 

World Watch


 58 ワシントンDC 期間「2~3年」「10年超」北朝鮮の非核化巡り議論 ■会川 晴之
59 中国視窓 トランプ政権との貿易戦争 米朝の直接対話が引き金 ■金子 秀敏
60 N.Y./シリコンバレー/スイス
61 韓国/インド/マレーシア
62 台湾/ロシア/UAE
 63 論壇・論調 北朝鮮に友好的なトランプ氏 イランへの厳しい態度と矛盾 ■熊谷 徹

 

Viewpoint


 3 闘論席 ■古賀 茂明
15 グローバルマネー 対中貿易戦争の勝利を読む米政権の計算
39 名門高校の校風と人脈(296) 聖光学院高校(神奈川県)/宮城第一高校(宮城県)/磐城桜が丘高校(福島県) ■猪熊 建夫
48 学者が斬る 視点争点 中小企業経営にも会計の活用を ■澤邉 紀生
50 言言語語
66 東奔政走 日朝会談に前のめりの安倍政権 気になる16年前との違い ■前田 浩智
68 福島後の未来をつくる(73) 日本の真の電力自由化には送電線への自由なアクセス ■山家 公雄
70 出口の迷路(38) 政府の補てんなくして円の信認は保てない ■河村 小百合
72 海外企業を買う(196) バンシ ■児玉 万里子
74 本誌版「社会保障制度審」(8) 社会保障費用を「全世代」で支え合い 高齢者就労が最重要テーマに ■山崎 史郎
94 独眼経眼 消費増税前後の需要平準化は困難 ■斎藤 太郎
95 国会議員ランキング[最終回] 衆参本会議の質問時間 ■磯山 友幸
96 アートな時間 映画 [グッバイ・ゴダール!]
97        舞台 [日本振袖始─八岐大蛇と素戔嗚尊─]
98 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Jobs numbers ” ■安井 明彦

 

Market


 86 向こう2週間の材料/今週のポイント
87 東京市場 ■三宅 一弘/NY市場 ■堀古 英司/週間マーケット
88 インド株/為替/穀物/長期金利
89 マーケット指標
90 経済データ

 

書評


52 『ゴールドマン・サックスM&A戦記』『太陽を創った少年』
54 話題の本/週間ランキング
55 読書日記 ■孫崎 享
56 歴史書の棚/出版業界事情

51 次号予告/編集後記

特集:まだ伸びる半導体 2018年7月10日号

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日本の装置・素材メーカー

 チップ高機能化は商機

 

 株式市場では「半導体バブルにかげり」とささやかれるが、日本の装置・素材メーカーの業績は好調だ。世界需給や技術動向からその背景を探る。

 

 半導体製造装置国内最大手・東京エレクトロンが4月に発表した2019年3月期連結業績見通しは市場に驚きを与えた。最終利益予想は、過去最高だった18年3月期(前年比77・4%増の2043億円)をさらに更新する2700億円。けん引するのが半導体製造装置部門だ。19年3月期の売上高予想は前年比22・1%増の1兆2880億円を見込む。装置メーカーでは、SCREENホールディングス(HD)や日立ハイテクノロジーズも19年3月期の事業売り上げ見通しを2ケタ成長と予想する。

 半導体装置・素材関連の企業株価は、16年から顕在化したNAND(ナンド)フラッシュメモリー(20ページ参照)需要の伸びを受けて上昇を続けてきた。しかし、昨年末以降、二つのショックに見舞われた。まず、17年11月、米モルガン・スタンレーのアナリストが「NANDの需要サイクルが下降局面に入った」として韓国サムスン電子の投資判断を引き下げた「サムスン・ショック」。続いて、今年4月、半導体受託生産(ファウンドリー)最大手の台湾TSMCが売り上げ見通しを下方修正した「TSMCショック」だ。TSMCは、米アップルの「iPhone」の心臓部に当たるプロセッサーの供給元としても知られる。世界的半導体企業の業績不透明感が顕在化し、これらの時期には、東京エレクトロンやSUMCOなど装置・素材関連株が売られた。


  しかし、市場関係者の懸念を横目に、東京エレクトロンやSCREENは増産投資を予定する。素材メーカーでも、住友化学は中国で洗浄液用薬品など、大陽日酸も中国で材料ガスの製造拠点を新設する。

 

 ◇工程数増が追い風

 

  半導体製造には主に前工程と後工程がある。前工程ではシリコンウエハーに回路を形成する(16、17ページの図1)。後工程ではウエハーからチップを切り出して配線をつなぎ、チップ保護のために樹脂などでパッケージングする(図2)。半導体の機能は、より精密で、より効率的な回路を刻むことで差別化する。このため、前工程が付加価値の源泉となる。


  前工程は、(1)成膜、(2)露光、(3)エッチング(回路以外の部分を除去)、(4)平坦化、の四つのプロセス(工程)がある。複雑な回路を形成するためには、ウエハーに、何回かに分けてパターンの異なる回路を刻み、層を積み重ねていく。四つの工程を何度も繰り返すのだ。たとえば、最先端の半導体チップを作るためには、1~2カ月をかけて600~700の工程を繰り返す。NANDでは、容量を増やすためにメモリー素子を積層させる三次元化が加速している。積層化にも、工程増が必要だ。


  半導体で急速に進む高機能化によって、回路の複雑化・基板の多層化→工程増という現象が起こっているのだ。このことは、前工程の四つの工程に関する装置・素材メーカーにとっては需要増を意味する。


  東京エレクトロンは宮城工場で、主力のエッチング装置の生産能力を19年までに倍増するべく新棟の建設を進める。山梨や岩手の子会社でも、成膜装置やエッチング装置で総額260億円をかけて新棟を建設予定だ。同社の強みは、成膜装置やエッチング装置に加え、洗浄装置や塗布・現像装置(コーター・デベロッパー)など多彩な製品群をラインアップしていることだ。

 

 半導体チップ製造工程のうち1割は洗浄だ。成膜前に洗浄、成膜の後に洗浄、エッチングの後に洗浄、といった具合だ。製造過程では、微細なゴミや、金属や薬品のかすが基板に付着する。これを取り除かないと、回路に不具合が生じるからだ。SCREENは、主力の洗浄装置について、彦根事業所に90億円を投じて新工場を建設する。


  日立ハイテクは、電子顕微鏡を使った検査装置の引き合いが強い。この装置は、ウエハー製造途中で回路の線幅や膜の品質などを検査する。ナノ(ナノは10億分の1)メートルレベルでの確認が必要で、回路微細化に対応した需要増と言える。


  半導体露光装置を手がけるキヤノンは、17年販売実績が70台だったのに対して18年は126台を見込む。露光装置では、いかに細かい回路パターンを転写できるかが差別化のポイントだ。世界の最先端技術はオランダASMLが握る。ただ、キヤノンやニコン製品は、微細化を極限まで必要としないイメージセンサー(画像認識用半導体)やアナログ半導体(22ページ参照) のメーカーから引き合いが強い。特にニコンは維持管理サービスに定評があり、中国で人気だ。


  素材で日本勢が存在感を示すのが、露光で使うフォトレジスト(感光剤)だ。JSR▽東京応化工業▽信越化学工業▽住友化学▽富士フイルムHDの5社で世界シェアの9割を占める(電子デバイス産業新聞調べ)。感光剤には、転写する回路パターンの複雑化・微細化のために高い解像度が求められる。また、感光剤の中に不純物が入れば、転写回路パターンに傷が付く。これらの要望に応えるべく、材料選定・配合や不純物管理が求められる。簡単には後発企業が参入できない。


  世界で存在感を示す日本の素材メーカーもある。HOYAは、フォトマスクの原版「フォトマスクブランクス」で世界シェアトップだ。昭和電工は、不要な膜を除去して回路を形成する「エッチングガス」で世界シェアトップレベルを誇る。日立化成は、平坦化プロセスで使う研磨剤「CMPスラリー」のうち、酸化セリウムを使った「セリア系」で世界シェアトップだ。茨城県などの生産拠点で、30億円を投じて研磨剤の生産能力を増強する。


  これらの装置・素材企業が強いのは、かつて日本で半導体産業が盛んだったからだ。1990年代にはNECや東芝、日立製作所が世界上位10社に入っていた。トップメーカーに最先端の装置・素材を提供するべく、開発段階から協力してノウハウを蓄積したという一日の長がある。

 ◇後工程は市況が左右

 

  後工程は、ウエハーからチップを切り出すことから始まる。ディスコは切断工程装置とともに、刃などの消耗品も製造しており、装置が稼働していれば安定的に売り上げが入る。


  後工程関連で留意が必要なのは、前工程とは異なり、半導体高機能化の恩恵をあまり受けられないことだ。ディスコは4月、18年4~6月の連結営業利益予想を98億円(従来予想は158億円)に下方修正した。仮想通貨マイニング(採掘)向け需要の減少などが原因と見られる。後工程関連企業の業績は半導体出荷数、ひいては半導体市況には敏感だ。


  とはいえ、世界半導体売上高の伸びも16~17年ほどの勢いはないにしても、中長期の成長が予想される。米SIA(半導体工業会)によると、世界半導体売上高(月間ベース)は、90年代は100億ドル台だったが、今や300億ドルを挟んで推移している。この間、細かい落ち込みはあるが、長い目で見れば右肩上がりで成長してきたのだ。半導体市場は今後もビッグデータの増量、IoT(モノのネット化)や人工知能(AI)普及によって堅調に伸びることが予想される。後工程関連の装置・素材メーカーにも十分商機はある。


  目下、半導体関連株は17年末~18年初頭の高値圏から調整している。しかし、独立系投信投資顧問スパークス・グループの阿部修平社長は「半導体は第4次産業革命の基盤となる情報、自動車、エネルギーなどのあらゆる産業に関連している。今が大きな変革の初期だという認識を持たないと、半導体への見方を誤る」とした上で、割安感が出ている現在をチャンスと見て「着実に買い増していく時期だ」と分析している。


 (津村明宏・電子デバイス産業新聞編集長)
 (種市房子・編集部)

 

 ◇巨大投資が続々と

 

 世界では、半導体メーカーの数千億円規模の投資が明らかになっている。米インテルは、アリゾナに70億ドル(約7700億円)をかけて、マイクロプロセッサー用の最先端工場を建設する。カメラに使われるイメージセンサーで世界トップのソニーは、全社で今後3年間に1兆円を投じる予定で、内訳について「イメージセンサーが向けが中心」と説明する。DRAMでも、韓国サムスン電子、同SKハイニックス、米マイクロン・テクノロジーの世界1~3位がそろって増強投資を計画している。

週刊エコノミスト 2018年7月10日号

定価:670円

発売日:7月2日


2018年7月10日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:7月2日

まだ伸びる半導体 

日本の装置・素材メーカー 

チップ高機能化は商機

 

 半導体製造装置国内最大手・東京エレクトロンが4月に発表した2019年3月期連結業績見通しは市場に驚きを与えた。最終利益予想は、過去最高だった18年3月期(前年比77・4%増の2043億円)をさらに更新する2700億円。けん引するのが半導体製造装置部門だ。19年3月期の売上高予想は前年比22・1%増の1兆2880億円を見込む。装置メーカーでは、SCREENホールディングス(HD)や日立ハイテクノロジーズも19年3月期の事業売り上げ見通しを2ケタ成長と予想する。

 

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政府の補てんなくして円の信認は保てない=河村小百合〔出口の迷路〕金融政策を問う(38)

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日銀も英国にならい、出口での損失見通しを明確にすることが急務だ。

 

河村小百合(日本総合研究所上席主任研究員)

 6月13日、米連邦準備制度(Fed)は、政策金利であるFFレートの上限を2%に引き上げることを決定した。2015年12月から開始した利上げは今回で7回目。昨秋からは資産規模の縮小も開始し、正常化を着々と進めている。


  これに対し、同じ週に金融政策決定会合を開催した日銀は、物価が目標の2%にはまだ程遠いからと長短金利操作付き量的・質的金融緩和(QQE)の継続を決めた。黒田東彦総裁は6月15日の記者会見において、「出口での課題は、短期の政策金利をどのようにしていくか、拡大したバランスシートをどうするか、の二つ」と述べた。


  この発言には肝心な点が欠落している。Fedとは異なり、日銀は正常化局面ではその財務が相当に悪化すると見込まれ、こうした出口戦略を単独では到底実施できなくなる可能性が極めて高いのだ。

 

 なぜ日銀の財務の悪化度合いは大きくなるのか。中央銀行の収益は主に、国債はじめ資産から得る利回り収入と、金融機関が日銀に預けた当座預金に支払う利息との差から生じる。出口で短期金利を上げれば、大半が固定金利である国債の利回りはすぐに上がらない一方、当座預金への付利が上がるため収益が減り、逆ザヤに陥ることもありうる。

◇正常化までは10年以上

 

  日銀の場合、そもそも買い入れた国債の利回りは欧米の中銀に比べて極端に低い。日銀がQQEを開始したのは、経済成長率も物価上昇率もきわめて低いデフレ状態が長期間継続した後の13年だったためだ。17年度下半期時点で日銀が保有する国債の加重平均利回りはわずか0・281%、その他の資産を合わせても0・266%にとどまる。


  加えて、日銀の資産規模は名目GDP(国内総生産)比でみて96%(18年第1四半期)と、既にFed(同22%)の4倍強の規模にまで達している。これは金利引き上げ局面で逆ザヤとなった際の財務の悪化度合いが大きくなることを意味する。


  Fedは目下のところ、出口で納付金ゼロや実質的な赤字転落といった事態には陥らずに正常化を完了できそうな見通しとなっている。これは先々の正常化まで見据えた責任ある政策運営を展開してきたことが大きい。出口での財務悪化をあらかじめ計算のうえで、無理なく引き返せるところ(14年10月)で買い入れをやめていた。資産買い入れの最中から、先行きの財務悪化の可能性を試算結果と合わせて対外的にきちんと説明してもいた。


  一方、日銀は、いまだに13年のQQE着手時点とほぼ同じペース(年間約50兆円)で資産の新規買い入れを続けている。そのため、いざ短期金利を引き上げなければならない局面に入れば、日銀は立ちどころに“逆ザヤ”状態に転落する。日銀が受け入れる当座預金は本年5月末時点で既に384兆円に達し、これは、逆ザヤの幅が1%拡大するごとに4兆円弱のコストが日銀の財務にのしかかることを意味する。これに対して自己資本はわずか8・4兆円しかなく、このままでは債務超過への転落、その長期化が懸念される。
  そうした状態はいつまで続く可能性があるのか。表は、今年4月末時点で日銀が保有する国債の年限・種類別の状況である。利付国債全体でみたときの加重平均ベースの残存期間は7・6年であり、これは日銀が今後、満期が到来した国債の全額をすべて再投資せずに「満期落ち」させるとしても、資産規模の半減までに7・6年を要することを意味する。つまり、かなり思い切って資産圧縮を実施しても正常化には10年以上を要し、その間は債務超過状態が続くことともなりかねない。


  さらに表の年限別の計数は、日銀が既に、低い表面利率の長期債(10年債)や超長期債(20年債以上)を相当な金額で保有していることを示す。一部の当局者は、「日銀が保有する国債が高い表面利率の銘柄に入れ替われば、財務問題は解決する」旨の説明をしているようであるが、早く入れ替わる2年債や5年債に直ちに5%の表面利率でもつかない限り解決は困難で、非現実的な想定であることは表から明らかだろう。

 ◇英国は緩和の収益で国債を償還

 

 英国における政府とイングランド銀行(BOE)の対応は、日本とは極めて対照的だ。


  英国の国債発行は超長期債中心で、BOEが買い入れる国債も超長期債中心とならざるを得ない。BOEが保有する国債の18年2月時点の加重平均残存期間は11・4年だ。Fedのような「満期落ち」を待つ方法では正常化に年数がかかり過ぎるため、国債の中途売却によって正常化を進めざるを得ず、いずれ多額の損失が発生せざるを得ないとの認識が当初から共有されていた。そのため、BOEが量的緩和を行う枠組みは、当初から、同行のバランスシートからは切り離した子会社方式が採られたうえで、最終的な正常化完了までの過程で発生する損失はすべて政府が補償することがあらかじめ明確化された。


  日本では、当局者の一部に「中央銀行は民間銀行とは異なるゆえ、いくら債務超過になっても問題はない」という趣旨の発言をする人がいるが、英国の当局者には、他の主要国と同様、そのような考え方は一切みられない。量的緩和を最終的に収束、終了させるまで、政府がタイムリーに中央銀行の損失を補てんし万全の態勢で支えることが、BOEや通貨ポンドの信認を確保するうえでいかに重要であるかは、財務相と中央銀行総裁が都度交わす公開書簡の中でも繰り返し確認している。


  13年からは、この子会社の収益が政府に繰り入れられているが、英国政府はそれをもっぱら国債残高の減額に充当し、他の歳出には決して流用はしていない。いずれ必要となる損失補てんに備えるという、規律ある堅実な財政政策運営が行われている。

 日本では、安倍晋三首相は「金融政策はすべて日銀に任せている」と繰り返している。しかし、日銀の財務、ひいては金融政策の運営は「すべてお任せ」では到底もたない状態に突入している。通貨をつかさどる中央銀行は、突き詰めれば徴税権限を有する政府と一体であり、その信用力は政府に依存する。中央銀行の財務が大幅に、かつ長期間悪化するとなれば、政府が支える以外に手だてはない。


  BOEは、先行きの損益を金利シナリオ別に誰でも簡単に試算できるよう表計算シートをウェブサイトで公開している。日銀もこれにならい、財務運営の金利シナリオ別の試算を公表すれば、低金利のうちにバランスシートの拡大停止や縮小という正常化を確実に進めなければ将来的な損失が大きくかさみかねないことが明らかになるだろう。

 

 日銀の損失補てんをする立場にある政府の方も、財政運営は日銀による事実上の財政ファイナンスに支えられ、決して持続可能なものではない。安倍政権はこれまで、日銀の異次元緩和による恩恵を大きく受けてきた。今後は、円の信認、日銀の信認を長きにわたって維持するため、日銀の出口を支えると同時に、本腰を入れた財政再建に取り組んでいくことが求められよう。


  今のように日銀が中央銀行として過剰なリスクを取り続けるままでは、開放経済下にある日本では、内外金利差の拡大や株価の動向、地域金融機関の経営問題などをきっかけとして、これまでの政策運営の限界が突然、露呈することも十分にあり得る。国内からの資金流出と円安が加速した時、日銀はそれを抑えるため短期金利を上げたくても、逆ザヤで自らの損失が一段と拡大するため、上げられない。この段階では、政府は日銀に引き受けさせる前提で国債を発行して日銀の損失補てんに充てるという選択肢も、日銀の債務超過幅を一段と拡大させることになるため、もはや取り得ない。こうして取り返しのつかない事態に至りかねないことが懸念される。

かわむら・さゆり


 1964年神奈川県生まれ。88年京都大学法学部卒業、日本銀行入行。91年日本総合研究所入社。14年より現職。著書に『中央銀行は持ちこたえられるか-忍び寄る「経済敗戦」の足音』など。


第73回 福島後の未来:日本の真の電力自由化には送電線への自由なアクセス=山家公雄

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太陽光や風力で発電した再生可能エネルギー(再エネ)が大手電力会社の基幹送電網に接続できない。この問題の解決が米国のように送電網を完全開放するための一歩ともなりうる。

 

山家公雄(エネルギー戦略研究所取締役研究所長)

 日本の再エネは太陽光を中心に導入が進んだ。東北地方に導入される再エネの主役は風力だ。2011年3月11日に発生した東日本大震災を受けて、私は風力を中心として、地熱・森林など豊富な再エネの活用や分散型発電システムの先行整備による東北地方の復興を提唱してきた。 


  その後、日本では12年に再エネ電気の固定価格買い取り制度(FIT)が導入され、16年には電力小売り全面自由化が実施された。さらに20年に大手電力会社の発送電部門が法的に分離される。

 

  ◇送電線利用率は2割

 

  しかし、発電設備の立地の影響を事前に調査する環境影響評価手続きを経て、ようやく風力発電の開発が軌道に乗るとみられた16年5月末に、再エネ発電設備は送電網に突然接続ができなくなった。
 「送電線の空き容量ゼロ」問題の勃発である。東北電力のホームページに掲載された送電線空き容量マップは、青森、秋田、岩手の3県はほぼすべてゼロとなった。


  容量ゼロはその後、北海道など各地に伝播(でんぱ)していく。


  一方、再エネの普及・促進策を研究する京都大学再エネ経済学講座グループは、17年10月に青森、秋田、岩手、山形県と北海道を対象として、公表データを基に主要送電線利用率の試算結果を発表した。この利用率とは、1年間に送電線に流せる電気の最大量に対し実際に流れた量の年間平均割合だ。試算結果は、利用率1~2割と著しく低かった。さらに同講座グループは18年1月に対象を全国に拡大し試算したところ、こちらも利用率は2割だった。


  これは「空きがないvs空きはある」というわかりやすい構図で多くのメディアに大きく取り上げられた。守旧派は「年間平均の利用率ではなく、年間で最も多く電気が流れた時に送電線の容量がどれくらい埋まっているかで見るべきだ」と強調。


  しかし、年間の瞬間最大値でも利用率は6割であり、これは空いていると見るのが自然である。しかも送電線には予備回線があり、緊急時用に待機している。やはり、空いているのである。


  この送電線の空き容量問題とは何であろうか。それは、すでに送電線に接続する契約を結んでいる既存の電源と、これから結ぼうとする新規電源との間で、著しく公平性に欠けている状態を示す。


  既存の電源は、稼働状況にかかわらず、常に定格(最大)出力を送電線に流してもよいと約束されている。接続契約を結んでしまえば、例えその電源が運転開始前でも最大出力分の送電線容量を与えられる。


  一方、新規電源は、「空き容量ゼロである」と大手電力会社にいったん判断されたら接続できない。あるいは多額の送電線増強工事負担金が課される。既存電源の多くは自由化前の発送電一体の電力会社の内部組織で、実質負担を伴わずに送電線に接続できた。まず電源立地があり、その後に送電線が計画された。


  電力自由化とは、発電事業と小売り事業に競争原理が導入されることだ。インフラである送電線について、先発、後発にかかわらず誰もが公平に利用できることが大前提となる。ところが、送電線は発送電一体の大手電力会社が所有しており、身内の発電組織が有利になるような配慮が働いてしまう。


  そこで送電部門の完全中立化が、自由化が機能するための最大のカギになる。やり方としては2通りある。欧州連合(EU)は発送電分離を実施し、送電部門を別会社にした。米国は、送電線の管理・運用を独立した機関に移管する方式を採用した。

◇米国はオープンアクセス

 

 この二つのうち、日本が参考になると考える米国方式について解説する。私は今年5月にワシントンDCを訪問し、連邦エネルギー規制機関(FERC)の関係者や、米国中東部13州の独立送電線運用機関であるPJM(Pennsylvania-New Jersey-Maryland Interconnectionの略)の責任者に話を聞く機会があった。米国は、1990年代後半に電力自由化が開始され、連邦政府が最初に、そして最大限注力したのが送電線利用の公平化だ。これは「オープンアクセス」と称された。


  オープンアクセスは、発送電一貫の垂直統合型の大手電力会社の発電部門が独占していた送電線利用権を、第三者にも平等に開放すること。電力取引の中核は卸市場だが、FERCは効率的な卸市場を形成するためには、発電事業の自由化が不可欠であり、それにはオープンアクセスが肝になると考えた。


  FERCは、卸取引や州をまたがる送電線運用に関して法制化できる権限を持ち、これを行使した。効率性向上や消費者メリットなどの効果を広く理解してもらうとともに、送電線の容量に関する情報を収集し、その効率的な利用方法を検討した。

 大手電力会社は強力な抵抗勢力であり、彼らとの調整が鍵を握った。FERCはストランデッド・コストの存在を認め、その対処を約束した。ストランデッド・コストとは、発電設備などの大手電力会社の所有資産に関し、自由化でルールが変わることに伴い、設備投資分の回収が困難となって発生する費用のことだ。


  ルール変更は事業者の経営責任ではなく政府の責任にする、という理屈だ。ほとんどの州がFERCの方針に倣ってストランデッド・コストに対して理解を示した。このオープンアクセスとストランデッド・コストの抱き合わせ導入は、大手電力会社の説得に大きな効果を発揮した。


  当時のFERC委員長エリザベス・モラー氏は「結果的には、大手電力会社側からFERCに対して具体的な費用請求は出てこなかった。大手電力会社も効率化の必要性や自身の事業エリアを超えて販売などの事業活動をできるメリットを理解するようになった」と語る。


  こうした準備や調整を経て、FERCは96年に送電線のオープンアクセスに関する歴史的な発令「オーダー888」と「889」を出した。


  888は送電の運用部分を切り離して機能分離すること、独立送電線運用機関の創設を奨励すること──をうたっている。目的は、すべての発電事業者について接続、費用負担、情報共有に関する差別を取り払うことである。米国の独立送電線運用機関は次第に拡張し、現在は需要の4分の3を占めるに至っている(図)。889は送電情報の共通システム構築とすべての関係者が情報へ公平にアクセスできることを担保するもの。まさに、今現在日本で問題になっているところだ。


  日本の自由化は今まで、オープンアクセスを先送りしてきた。20年に送電部門を法的に分離する。しかし、完全に中立になるのか、電源は既存・新規にかかわらずオープンアクセスが保証されるのかは不明だ。


  そうしたなかで送電線空き容量ゼロ問題が発生した。前向きにとらえれば、自由化の基礎となるオープンアクセスの問題がようやく議論の俎上(そじょう)に載ったということだ。欧米に遅れること20年超である。
  形の上では、16年4月より全面自由化が始まっているが、魂は入っていなかった。真の自由化とは何かを突き付けたのが、この送電線空き容量問題である。


  日本はオープンアクセスに待ったなしで取り組まなければならない。再エネ普及、送電線接続問題というよりも、世界共通のシステムとなった「自由化」の基礎構築の話だ。

 ◇やまか・きみお


 1956年山形県生まれ。東京大学経済学部卒業。1980年に日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。2009年より現職。14年4月より京都大学大学院経済学研究科の特任教授。

社名変更でグローバル化へ総仕上げ 島村琢哉=AGC社長  

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interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

── 7月1日にAGC旭硝子からAGCに社名を変更します。狙いは。


 島村 ガラス会社のイメージが強いですが、実は化学やセラミックス事業も歴史は長い。2002年から進めているグローバルグループ一体経営の総仕上げと考えています。旭硝子の頭文字をとったAGCはアドバンス(前進・進歩した)、ガラス、ケミカル(化学)、セラミックの頭文字でもあります。


── 歴史ある社名を変更することに抵抗はありませんか。


 島村 110年前に日本の近代化に必要なのがガラスの技術でした。そうした歴史を振り返り、創業者の思いを社員一人ひとりが考え直しました。それは、世の中に変化が起こるときに必要なもの、具体的には素材やソリューションを提供することです。社名が変わっても、ぶれない軸を持ち続けます。

 

── とはいえ、現在でも売上高の半分はガラス事業ですね。強みは何ですか。


 島村 高い省エネ性能を実現するコーティング技術が強みです。多彩な製品群を擁しており、建築用ガラス市場の世界シェアはトップクラスです。国内でいち早く、(板ガラスに特殊金属膜をコーティングした)Low─Eペアガラスを投入しました。例えば、「サンバランス」は、夏季に頻繁に冷房を使用する地域に適応した「遮熱タイプ」と、冬季に頻繁に暖房を利用する地域に合った「断熱タイプ」を選べます。

 

◇半導体関連に期待

 

── 電子事業は、液晶テレビの普及が一巡し、ディスプレー用ガラスに代わる主力製品が必要ですね。

 

島村 新しい成長分野としては、半導体製造・部材関連に期待しています。なかでも、7ナノ(ナノは10億分の1)メートル世代の微細な回路パターンを描けるEUV(極端紫外線)露光用フォトマスクブランクスは、AGCのコア技術を結集した複合部材で、世界で唯一、ガラス材料から被膜までの一貫生産が可能です。供給体制を大幅に増強します。


── 化学品事業は好調です。


 島村 フッ素化学品は、半導体・自動車・エネルギー・建築など、多くの分野で使用されるフッ素樹脂・ゴムが強みです。シンガポールのマリーナベイ・サンズは船の形をした最上階部分がシンボルですが、外装パネルには当社の塗料用フッ素樹脂「ルミフロン」が使用されています。屋外でも長期間劣化しない高い防食性と耐候性が特徴です。


── 他に国際的な建造物に採用されているものは。


 島村 サッカースタジアムの「アリアンツ・アレーナ」(ドイツ・ミュンヘン市)の外観にはフッ素樹脂フィルムが使われています。側面と屋根部分のセルに2重構造のフィルムをはめ込み、そのクッション内部を空気圧力で膨らませる構造で、当社のフィルムが使われています。


── 海外では東南アジアに力を入れている。


 島村 東南アジアでは、カセイソーダのナンバーワンメーカーとして高い存在感を確立しています。1960年代にタイ、80年代にはインドネシアで電解工場を稼働させるなど、早期に国際展開を進めました。現在はさらに、近年の東南アジア市場の需要拡大に対応し、インドネシアでの能力増強を進め、14年には現地の有力な塩ビメーカーを傘下に収めてベトナムにも進出しました。


── 18~20年の中期経営計画の課題は。

 

島村 体質強化はおおむね完了したので、20年までの中期経営計画では成長戦略を加速させます。25年に目指すべき理想の姿を打ち出し、過去最高の営業利益を更新する(2292億円以上)を掲げました。そのための礎を築きたい。

 

  ◇自動車分野などに注力

 

── 注力する事業分野は。


 島村 モビリティー、エレクトロニクス、ライフサイエンスの三つを戦略事業と位置づけ、高成長・高収益事業を創造します。モビリティーは自動運転やつながるクルマ、情報表示の進化、環境車など大きな変化の波に対応します。乗用車のフロントガラスはさまざまな機能を搭載できる「一等地」です。高機能化競争をリードしていきたい。


── 通信インフラも進化します。


 島村 次世代高速移動通信規格「5G」の時代になると、自動車や電車など、さまざまな乗り物、移動手段を舞台に、開発競争が進みます。5Gは高速で大容量だが、届く距離が短い。そのため、建物などの中に、アンテナを設けたり、コンクリート壁やガラスがある中で、通信機能をどう確保するかが課題です。当社はガラスにアンテナを埋め込み、デザインを損なわずにクリアな通信を可能にするなど技術力を競うことになり、当社にとっては大きなチャンスだと考えています。


── ライフサイエンスの強みは。


 島村 フッ素をベースにした技術力が強みです。フッ素が導入された医薬品や農薬は増加の一途をたどっています。医薬品の原薬・中間体やバイオ医薬品の受託生産など既存の事業を拡大させていきたい。再生医療など新しい分野でも、さらなる事業機会を探っていきたい。


── 新規事業で期待できるのは。

 

島村 商業施設や公共施設などへのデジタルサイネージ (電子看板)に力を入れています。ガラスに液晶ディスプレーを直接張り合せることにより、従来のデジタルサイネージに比べ大幅に見やすくなりました。反射面が減り、高コントラストでクリアな映像表示を実現できます。


 (構成=小島清利・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 大阪支店で営業をしていました。お客様との良好な人間関係を強く意識していました。


Q 「私を変えた本」は


A 小林秀雄の『考えるヒント』、遠藤周作の『沈黙』『死海のほとり』は、本質を考えるきっかけになりました。
Q 休日の過ごし方


A 仕事を忘れて、ゴルフや読書でリフレッシュします。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
  ◇しまむら・たくや
 1956年生まれ。神奈川県立鎌倉高校、慶応大学経済学部卒。80年、旭硝子入社。主に化学分野を歩み、2010年、執行役員化学品カンパニープレジデント、13年常務執行役員電子カンパニープレジデントを経て、15年から現職。神奈川県出身。61歳。
………………………………………………………………………………………………………
事業内容:ガラス、電子、化学品、セラミックス
本社所在地:東京都千代田区
 創業:1907年9月
 資本金:908億7300万円(2017年12月末現在)
 従業員数:5万3224人(17年12月末現在)
 業績(17年12月期、連結)
  売上高:1兆4635億円
  営業利益:1196億円

目次:2018年7月17日号

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CONTENTS

 

変わる!労働法
16 同一労働同一賃金の破壊力 対応遅れで人材確保困難に ■松本 惇
19 キーパーソンに聞く 水町勇一郎 東京大学・社会科学研究所教授 「最高裁判決は改正法を先取り」
20 「山九」の労務トラブル 正社員求人に応募女性 派遣採用に不信感 ■桐山 友一

21 働き方改革法 ポイント 1 解説「同一労働同一賃金」 基本給や手当の見直し急務 ■榊 裕葵
24             2 どっちを選ぶ? 定年後再雇用or定年延長 有期労働者も「均等待遇」に■峰 隆之/山畑 茂之
26             3 高プロは「働かせ放題」? 「同意・撤回権」は機能しない ■溝上 憲文
27             人事担当者は賛成 「名ばかり管理職」の整理も
30             4 残業規制に注意! 上限超過に罰則の強制力 ■河野 順一/桑原 敬
31             民法改正の余波 賃金債権の未払い請求リスク
34             5 説明義務化の大慌て 待遇格差の合理的理由が必要 ■向井 蘭
28 裁量労働制の落とし穴 業務の具体的指示はアウト ■水口 洋介
29 テレワークの勘違い 「カメラで管理」は裁量労働にあらず ■松本 祐徳
32 知ってた? 「手当」の誤解 割増賃金の算定基礎に算入 ■松本 祐徳
35 労基署のターゲット 過労死多い運送業、建設業 ■森井 博子

エコノミスト・リポート
99 使い捨てプラスチック規制 象徴的なストロー流通禁止 EUの周到な経済戦略も背景 ■足達 英一郎

 

Flash!


 11 メキシコ大統領選 大衆迎合の左派候補が圧勝 NAFTA再交渉は継続へ/三菱モルガン証 相場操縦で課徴金勧告 国債市場の課題も露呈

13 ひと&こと 問題続出の仮想通貨業界 改善すべきは金融庁?/革新機構社長に田中氏 官民ファンド再編も期待

 

Interview


 4 2018年の経営者 上原弘久 T&Dホールディングス社長
108 挑戦者 2018 岡田光信 アストロスケール創業者
82 問答有用 澤上篤人 さわかみ投信会長 「モノに満ち足りた先に、心のぜいたくがある」

 都市対抗開幕直前! 地域を引っ張る社会人野球
44 町の知名度向上に一役 トヨタ東日本の存在価値 ■米江 貴史
46 インタビュー トヨタ自動車 東日本 大谷龍太コーチ兼選手に聞く「応援してくれた地元に活躍を見せたい」
47        私と都市対抗野球 (1) 清野智 JR東日本元会長 「自己を律する感覚が社員の手本」
50                 (2) 権藤博 元横浜ベイスターズ監督 「職場、地域のために死力尽くした」
48 第89回都市対抗 野球大会 組み合わせ
51 都市対抗野球企画

80 新連載 コレキヨ 小説 高橋是清 (2) ■板谷 敏彦

36 エストニア IDカードから学ぶ 日本のマイナンバーに必要な備え ■山崎 文明
38 介護 「科学」できるのか 数値化しにくい生活評価の難問 ■三原 岳
94 自動車 技術力だけでは勝ち抜けない 次世代車開発に必要な価値創造 ■鶴原 吉郎

 

World Watch


 74 ワシントンDC 大統領の暴走止めるのは貿易戦争過熱で冷える市場 ■高井 裕之
75 中国視窓 サービス輸出を拡大へ モデル地区設置で強化 ■真家 陽一
76 N.Y./カリフォルニア/英国
77 オーストラリア/インド/シンガポール
78 広州/ブラジル/ヨルダン
79 論壇・論調 貿易戦争や追加利上げ発言 米の景気後退予測強まる ■岩田 太郎

 

Viewpoint


 3 闘論席 ■池谷 裕二
15 グローバルマネー 「ASEAN+3」軸に反保護貿易の連帯を
40 名門高校の校風と人脈 (297) 高岡高校(富山県)/六甲学院高校(兵庫県) ■猪熊 建夫
42 海外企業を買う (197) シェブロン ■小田切 尚登
73 言言語語
86 学者が斬る 視点争点 持続危うい「全世代型社会保障」 ■河越 正明
88 出口の迷路 (39) 低インフレの要因は所得分配の偏り ■河野 龍太郎
90 東奔政走 分断と対立、先送りの政治が続くも「参院選後」を見据えた改革の胎動 ■平田 崇浩
92 商社の深層 (118) 収益貢献が大きい銅事業で商社が直面する悩み ■編集部
93 キラリ!信金・信組 (21) 塩沢信用組合(新潟県) ■浪川 攻
96 図解で見る 電子デバイスの今(15) コスト低下で太陽光発電拡大 中国減速でも自律成長の芽 ■松永 新吾
110 独眼経眼 高齢化は本当に消費にマイナスか ■広野 洋太
112 アートな時間 映画 [菊とギロチン]
113        クラシック [西脇義訓指揮 デア・リング東京オーケストラ デビューコンサート]
114 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Anti-immigration mood ” ■安井 明彦

 

Market


 102 向こう2週間の材料/今週のポイント
103 東京市場 ■三井郁男/NY市場 ■平秀昭/週間マーケット
104 欧州株/為替/原油/長期金利
105 マーケット指標
106 経済データ

 

書評


68 『現代社会はどこに向かうか』『中国 経済成長の罠』
70 話題の本/週間ランキング
71 読書日記 ■美村 里江
72 歴史書の棚/海外出版事情 中国

67 次号予告/編集後記

「挑戦と発見」で社会問題を解決 上原弘久=T&Dホールディングス社長

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Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

── T&Dの特徴は。


 上原 国内の生命保険会社として初めて、2004年4月に持ち株会社の「T&Dホールディングス」を設立し、上場しました。中核となる太陽生命、大同生命、T&Dフィナンシャル生命の3社はそれぞれの市場で独自性と専門性を発揮していることが最大の強みです。


── 3社のターゲットはどのような市場ですか。


 

 

上原 太陽生命は「家庭」、大同生命は「中小企業」、T&Dフィナンシャル生命は銀行の窓口販売・来店型保険ショップなどの「乗り合い代理店」をターゲットにしています。ホールディングスの仕事は、3社の独自性と専門性を生かし、グループ全体としての最適な形を追求して、グループ力を引き出すことです。


── 太陽生命の「ひまわり認知症治療保険」が話題です。

 


 上原 現行の中期経営計画(16~18年度)では、今後10年を見据えた「成長領域の拡大」を最大のテーマに掲げ、「シニアマーケットへの開拓・深耕」などに取り組んでいます。「ひまわり認知症治療保険」は16年3月、シニア層に向けた「100歳時代」シリーズの第1弾として発売しました。持病や過去に病気をしたことのある人でも加入しやすくした「選択緩和型」商品で、認知症について保障する保険は業界初です。認知症にかかるのは高齢者が多く、選択緩和型のニーズは高いからです。

── どのくらい売れていますか。


 上原 累計販売数は今年5月に35万件を突破し、ヒット商品となっています。その原動力は、商品力のほかに、専門知識を持っている事務員が、お客様を直接訪問し、保険金や給付金などの支払い手続きをサポートする「かけつけ隊サービス」の存在があります。全国約150の拠点の仕事をお客様へのサービスに力点を置き、これまでやっていた事務をIT(情報技術)で効率化して、本社で一括管理するという戦略がうまくいっています。


── 大同生命では、中小企業の従業員の「健康」を支援しているとか。


 上原 「健康サポートプログラム」というサービスですね。健康診断の受診管理など、大手企業では浸透してきましたが、手の回らない中小企業も少なくありません。健康診断の受診を促して、経営者や従業員の生活習慣病などの発症リスクを分析し、食事管理と栄養士のアドバイスや毎日の運動量を自動記録するなどネット上のサービスで支援します。


── どれくらいの中小企業が利用していますか。


 上原 約3500件です。大同生命は37万の契約企業を抱えてるので、もっと多くの企業に参加してもらいたいと考えています。長く働くためには健康であることが必要です。従業員への健康投資は、従業員の定着率向上や欠勤率低下など、生産性の向上や業績・企業価値の向上につながっていくという「健康経営」の考え方を普及させたいですね。


── 利用拡大に向けてどのような取り組みを実施していますか。


 上原 例えば、ウオーキングキャンペーンで、期間中の歩数をランキングし、それに応じてポイントがもらえます。また、140社を超える企業から1万点超の商品・サービスを提供してもらい、プログラム内のサイトからネットショッピングのように優待価格で購入できたり、ポイントを利用できたりします。

 

  ◇ペット保険に成長余地

 

── 19年度からの中期経営計画の戦略は。


 上原 数字や施策はこれから詰めていきますが、中核の生保3社に加え、運用会社の「T&Dアセットマネジメント」、ペット向け保険を展開する「ペット&ファミリー少額短期保険」の2社の成長を促し、グループ力の底上げを図ります。チャンスがあれば、新しい事業会社への投資も検討していきます。


── ペット保険は成長が期待できますか。


 上原 ペット&ファミリー少額短期保険の商品「げんきナンバーわんスリム」は、年間の支払い限度額を上限に、入院日数や手術の回数などに制限なく補償するのが特徴です。T&D保険グループの傘下にいるという信用力を背景に、ペット保険業界3位に位置しています。全国の犬・猫のペット飼育頭数は約1844万頭(ペットフード協会調べ)ですが、日本のペット保険の加入率は数%にとどまっています。まだ、成長の余地はあると考えています。


── 生保業界でいち早く株式会社化しました。どのような効果がありましたか。


 上原 投資家や株主から意見を聞き、経営の場にフィードバックしたり、ガバナンス(企業統治)に反映させるといった規律ある経営が強化されました。説明ができない経営やあいまいさがあれば、株主から厳しく追及されます。企業価値を示す指標を用いたり、リスク管理の体制を強化するなどし、透明性の高い経営につながっています。


── 今後の生保経営に求められているものは。


 上原 08年のリーマン・ショック以降、投資家の企業を見る目は変わっています。社会にとって必要な存在かどうかで、中期的に成長する会社を見極めようとしているのです。今年は太陽生命と大同生命の提携によるグループ結成から20年、経営統合してから15年目の節目です。社会問題の解決に役立つ会社として、T&Dグループの経営理念にある「Try&Discover(挑戦と発見)」の精神で臨みます。


 (構成=小島清利・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか?


A ロンドン駐在から帰国し、外国為替市場を担当していました。1ドル=80円まで円高が進むなど、人知を超える相場の怖さを知りました。


Q 「私を変えた本」は


A スティーブン・コヴィーの『7つの習慣』です。リーダーは誠実で紳士であることが大事で、私もそうなりたいと思っています。


Q 休日の過ごし方


A 歴史小説を読んだり、落語を聞きにいったり、リフレッシュします。
………………………………………………………………………………………………………
 ■人物略歴
  うえはら・ひろひさ
 1962年生まれ。長野県出身。長野県須坂高校、学習院大学経済学部卒業。84年太陽生命入社。2007年T&Dホールディングス経営企画部長、17年副社長を経て、18年4月から現職。56歳。
………………………………………………………………………………………………………
事業内容:生命保険業
 本社所在地:東京都中央区
 設立:2004年4月
 資本金:2071億1186万円(2018年3月末)
 従業員数:1万9757人(18年3月末、連結)
 業績(18年3月期、連結)
  経常収益:1兆9283億円
  経常利益:1564億円

特集:変わる!労働法 2018年7月17日号

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同一労働同一賃金の破壊力 

対応遅れで人材確保困難に

 

 「70年ぶりの大改革だ。長時間労働を是正し、非正規という言葉を一掃し、多様な働き方を可能にする法制度が制定された」


  6月29日、正規・非正規労働者の不合理な待遇格差を禁じる「同一労働同一賃金」を柱にした働き方改革関連法が参院本会議で可決・成立。安倍晋三首相は1947年の労働基準法制定以来の労働法大改正の意義を強調した。


  同法では同一労働同一賃金に加え、事実上、青天井にすることが可能だった残業時間の上限を規制したほか、有給休暇の取得義務や労働時間の把握義務などを盛り込んだ(表)。高収入の一部専門職を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」は国会で議論を呼んだが、関連法全体ではこれまで曖昧だった企業の賃金制度や労務管理のあり方を一変させる破壊力を持つ。


  同一労働同一賃金の規定は、大企業が2020年4月、中小企業が21年4月から施行されることになっているが、その内容を先取りする最高裁判決が6月1日に出た。正規労働者と非正規労働者の待遇の差が、労働契約法が禁じる「不合理な格差」に当たるかが争われた長沢運輸・ハマキョウレックス訴訟だ。


  二つの訴訟とも、トラックドライバーの非正規労働者が正規労働者と同じ仕事をしているにもかかわらず賃金格差があることを不服として会社を提訴した。定年後再雇用の嘱託社員が訴えた長沢運輸訴訟では年金受給が予定されていることなどから大半の請求が棄却されたものの、1日も欠かさず出勤した場合に支給される「精勤(皆勤)手当」の支払いを認定。定年前の契約社員が格差解消を求めたハマキョウレックス訴訟では、皆勤など5種類の手当の格差が不合理と認められた。

◇改正法施行前もリスク

 

 この最高裁判決は、政府が改正法に向けて16年12月に示した「同一労働同一賃金ガイドライン案」に沿った内容となっている。例えば、二つの訴訟で不合理とされた精皆勤手当については、「無期雇用フルタイム労働者と業務内容が同一の有期雇用労働者またはパートタイム労働者には同一の支給をしなければならない」と規定されている。


  同案には、今回の最高裁判決では触れられなかった基本給や昇給、賞与も盛り込まれており、改正法の施行前から、同一労働同一賃金の趣旨に沿った司法判断が下される可能性が高まっている。「改正法の施行までに対応すればいい」と楽観的に構え、非正規労働者の待遇見直しに早期に取り組まない企業は、大きな訴訟リスクを抱えていることになる。

 

◇中小企業のジレンマ

 

 早期の賃金体系見直しに取り組まない企業が抱えているリスクは訴訟だけではない。
 「今すぐ変えないと、人が採れなくなりますよ!」


  6月27日に東京都内の法律事務所が開いたセミナーで、参加した中小企業の人事・労務担当者や社会保険労務士を前に、講師役の弁護士が強い口調で呼びかけた。セミナーのテーマは「長沢運輸・ハマキョウレックス事件最高裁判決を踏まえた書式・就業規則等の実務対応」。約100席が用意された会場は満席で、関心の高さをうかがわせた。

 

 

最高裁判決を受けて開かれたセミナーは満席(東京都内で6月27日)
最高裁判決を受けて開かれたセミナーは満席(東京都内で6月27日)


  弁護士は、こうたたみ掛ける。「今、採用活動の世界はインターネットが中心で、仕事を探す人は給料などがすぐにスマートフォンで調べられます。賞与が出ない会社より出る会社の方がいいし、交通費が1日200円しか出ない会社より全額支給の会社の方がいい。法律を守る、守らないということ以上に、生き残るためにどうするかなんです」。


  大手に比べて資金力が限られている中小企業にとって、非正規労働者の待遇を改善することは簡単ではない。かと言って、正規労働者の賃金を下げることは改正法の趣旨に反するばかりか、離職を招く恐れもある。だが、対応が遅れれば遅れるほど、働き手の確保は難しくなる──。中小企業はこうしたジレンマを抱えている。


  三井住友海上経営サポートセンターの経営リスクアドバイザーで、社会保険労務士の斎藤英樹氏は「同一労働同一賃金に対する中小企業の経営者の認識は追いついていない」と指摘する。中小企業の相談を受けることが多い斎藤氏は「感覚的には就業規則さえない企業が2~3割はある。あったとしても半分以上は10年以上前のものだ」と話す。非正規労働者の就業規則を作成しているところはさらに少ないという。


  ただし、経営者の代替わりを機に「賃金体系を整えたい」という中小企業が増えているのも事実だ。斎藤氏は「人手不足を解消するために、労務改革に着手するという意識は強くなっている。非正規労働者の待遇を明確に改善させるなど、人材を確保するための『攻めの人事・労務』が必要だ」と強調する。

◇残業の上限規制に悩み

 

 このように、中小企業では同一労働同一賃金に向けた動きが出始めているものの、さらに大手は対応を急ぐ。


  新生銀行は企画・管理業務も担う正社員と区別するため、契約社員については雇用契約書で業務の範囲を定め、その人にどのような仕事を求めるかの「役割期待」を明確に示している。定年後再雇用についても、原則として定年前に比べて「役割期待」を下げて賃金も下げる一方、定年後も管理職と同等の地位にとどまるような場合は賃金を下げていない。


  人事部の林貴子部長は「数年前までは正社員と契約社員の業務内容に曖昧な部分がなかったとは言えないが、現在は正社員と契約社員で処遇と役割期待の中身を変えることを徹底しているので、同一労働同一賃金はほぼ整備されている」と自信を見せる。


  一方で、今回の法改正の不安材料もある。残業時間の上限の一つに「2~6カ月平均で月80時間以内」という規定が設けられることだ。林部長は「年間720時間以内という上限は守れても、金融業界の仕事はどうしても多忙になる時がある。2~6カ月平均の規定は業務の繁閑を全く無視しており、人繰りをどうしていくかを考えていかないといけない」と頭を悩ませる。


  今回の労働法大改正により、新たな競争が始まった。同一労働同一賃金の破壊力に負けない労務管理体制を構築できない企業には、人材が集まらなくなっても仕方がない。


 (松本惇・編集部)

週刊エコノミスト 2018年7月17日号

定価:670円

発売日:7月9日


2018年7月17日号 週刊エコノミスト

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定価:670円

発売日:7月9日

 

変わる!労働法

 

 同一労働同一賃金の破壊力

 対応遅れで人材確保困難に

 

 「70年ぶりの大改革だ。長時間労働を是正し、非正規という言葉を一掃し、多様な働き方を可能にする法制度が制定された」 


  6月29日、正規・非正規労働者の不合理な待遇格差を禁じる「同一労働同一賃金」を柱にした働き方改革関連法が参院本会議で可決・成立。安倍晋三首相は1947年の労働基準法制定以来の労働法大改正の意義を強調した。

 

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低インフレの要因は所得分配の偏り=河野龍太郎 〔出口の迷路〕金融政策を問う(39)

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物価上昇が鈍い本質的要因を日銀が直視すれば、金融政策の抱える矛盾があらわになるだろう。

 

河野龍太郎(BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト)

 

 物価上昇が遅れている。コアCPI(生鮮食品を除く消費者物価)は2月に前年同月比1・0%まで上昇した後、3月は0・9%、4月、5月は0・7%まで低下した。原油高の影響でかさ上げされた部分もあるため、エネルギーも除いた新型コアCPIを見ると、2月、3月に0・5%まで上昇した後、4月は0・4%、5月は0・3%まで低下している。今春の企業などの価格改定期は、需給ギャップ(国の経済全体の総需要と供給力の差)の改善もあり、賃金やインフレの上昇は加速するというのが日銀の当初の見通しだったが、むしろ反対に低下し、新型コアはいまだゼロ近傍から抜け出せない。


  6月15日の金融政策決定会合後の記者会見で、黒田東彦総裁は、次回7月末の決定会合の際、思うように上昇しない物価について、改めて検証すると述べている。なぜこのタイミングで、日銀が物価検証を行うのか。


  現在、日銀は2018年度のインフレ見通しを前年比1・3%としている。低迷する実績を踏まえると、見通し達成には、今後、年率2%を超える上昇が必要だが、それは不可能である。このため、7月の決定会合の際、インフレ見通しを引き下げざるを得ない。

 

 ◇物価検証で追加緩和論をけん制

 

  既に日銀は16年9月の総括検証発表以降、需給ギャップが改善していれば、インフレ上昇の遅れを理由に追加金融緩和に踏み切ることはしないという方針に転換している。しかし、問題は、新たに3月に就任したリフレ派の若田部昌澄副総裁がそれを受け入れるか、である。若田部氏は就任前、現状は追加緩和を求めないとしても、将来、インフレ見通しを引き下げることがあれば、追加緩和を提案する可能性があることをにおわせていた。


  それゆえ、日銀執行部は今回のインフレ見通しの引き下げについて、総需要の弱さによるものではなく、あくまでポジティブ・サプライショック(供給の拡大)によるものだから、追加緩和は必要ないと、若田部副総裁に了承してもらう必要がある。つまり、今回の物価検証の主たる理由は、インフレ上昇が遅れる中で、政策委員会内の追加緩和論をけん制することである。


  市場参加者の間には、別の解釈もある。物価上昇の遅れは、金融緩和の長期化を意味するが、マイナス金利政策や10年金利の0%誘導が長引くと、金融機関経営への悪影響がさらに大きくなる。経営困難に直面する金融機関が過大なリスクを取ったり、あるいは反対に融資を抑制したりしたのでは、元も子もなくなる。それゆえ、日銀が金融緩和のさらなる長期化を打ち出すと同時に、近い将来、副作用の大きな政策の微修正を行うという見方も少なくない。これは正論だが、政策委員会内に強固なリフレ派を抱える日銀にとり、喫緊の課題は、より大きな副作用をもたらす追加緩和へのけん制だろう。


  日銀は、賃金や物価の上昇が遅れる理由について、どう説明するのか。残念ながら、7月の「展望リポート」では、踏み込んだ分析はせず、一般論に終始すると思われる。なぜなら、問題を掘り下げれば、現在の政策が抱える矛盾があらわになるからである。日銀執行部にとり、今回の物価検証の目的はあくまで追加緩和をけん制することにあるのだから、一般論を超えて、賛同を得ることが難しい本質的な問題をあえて掲げるメリットはない。それでは、本質的な問題とは何か。

 


  まず、先進各国に共通する要因である労働分配率(企業が生んだ付加価値に占める人件費の割合)の低下傾向である。イノベーション(技術革新)やグローバリゼーションの影響で、労働生産性は上昇しているが、米国の例を見ても、平均的な労働者の取り分はあまり増えていない(図)。

労働節約的なイノベーションとオフショアリング(業務の海外移転)の結果、その果実を先進国で享受しているのは、資本やアイデアの出し手である。それゆえ、日米欧は完全雇用(非自発的な失業が存在しない状態)になっても賃金上昇が鈍く、インフレ上昇も遅れている。

 

 そのことは、所得水準が高く、所得に対して支出の割合が低い経済主体に所得増加が集中していることを意味する。マクロ経済全体では、貯蓄が積み上がり、設備投資で吸収することが難しくなる。理論的には、貯蓄と投資を均衡させる自然利子率が負の領域まで低下する。つまり、長期停滞に陥るため、その中で完全雇用に到達するには、バブルか、大幅な経常黒字か、あるいは大幅な財政赤字を醸成するしかない。


  事実、米国が完全雇用にあるのは、実体から大きくかけ離れた資産価格の高騰で総需要がかさ上げされているからであろう。ドイツが完全雇用にあるのは、GDP(国内総生産)比で8%もの経常黒字でかさ上げしているためである。日本が完全雇用にあるのは、GDP比で3%を超える経常黒字と財政赤字で総需要をかさ上げしているためだ。


  イノベーションやグローバリゼーションの影響に関し、日銀は、ネット通販の拡大という「アマゾン効果」で物価が抑えられていると論じているが、より本質的な問題は、労働分配率の低下ではないのか。本来、各国とも所得再分配で対応すべきところを、無理に金融緩和で対応しようとするから、実体経済からかけ離れた資産価格の上昇をもたらし、あるいは大幅な通貨安で持続不可能な巨額の経常黒字を抱え、あるいは財政規律の弛緩(しかん)で巨額の財政赤字を抱えている。しかし、現状の政策の否定につながりかねないため、そこまで踏み込んだ説明を日銀はできないだろう。

アマゾンに責任転嫁? Bloomberg
アマゾンに責任転嫁? Bloomberg

◇外国人労働が賃金上昇圧力を吸収

 

  日本固有の問題に目を向けると、弾力的な労働供給の増加が、賃金やインフレの上昇を抑制している。想定した以上に、高齢者と主婦の労働参加が進んだこともあるが、それだけではない。留学生や技能実習生など低スキル・低賃金の外国人労働の急増も、労働需給の逼迫(ひっぱく)に敏感な非正規雇用の賃金上昇を抑え込んでいる。


  過去5年間で外国人労働者は128万人に倍増したが、昨年11月には、技能実習生の滞在期間が3年から5年に延長された。人手不足に苦しむ産業界からの強い要請もあって、政府は、農業、介護、建設、造船、宿泊などの5業種を念頭に、さらに5年の滞在を容認する方針を打ち出し、事実上の外国人単純労働の解禁に踏み切る。


  昨夏から日銀は、完全雇用下で金融緩和を続け、総需要に強度の圧力をかけることで、賃金上昇や省力化投資を促すとしていた。しかし、この高圧経済戦略が実際にもたらしたのは、賃金水準の低い高齢者や主婦、低スキルの外国人労働の掘り起こしである。それらの弾力的な労働供給が賃金上昇圧力を吸収し、省力化投資の一部も代替している。


  高齢者や主婦の労働の掘り起こしにつながったのは望ましいと言えるが、果たして低スキル外国人労働への需要拡大を日銀が助長していることを手放しで喜ぶことができるだろうか。7月の物価検証では、外国人労働の急増はセンシティブな問題を含むため、日銀は触れることすらできないかもしれない。


  それでは、どのような金融政策が必要なのか。2%インフレ目標の旗は一度掲げた以上、信認の問題もあって降ろせないのは理解できる。とはいえ、無理な目標を達成しようと、さまざまな弊害を引き起こすのなら本末転倒である。まずは、2%インフレを長期目標として明確に位置付けるべきである。


  また、既に完全雇用にあるのだから、せめて副作用の大きい10年金利の0%誘導策やマイナス金利政策、ETF(上場投資信託)などの資産購入策は、早期に手じまいすべきであろう。高圧経済戦略は、経済に過度な負荷をかけ、さまざまな歪(ゆが)みや不均衡を作り出すだけである。
 

◇こうの・りゅうたろう


 1964年愛媛県生まれ。87年横浜国立大学経済学部卒業、住友銀行(現三井住友銀行)入行。89年より大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)にてエコノミスト、米国駐在、運用担当を経て97年第一生命経済研究所。2000年11月より現職。共著に『金融緩和の罠』。


特集:大学消滅 2018年7月24日号 

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再編第二幕の幕開け 

人口減で数百校が危機に

 

中根正義(毎日新聞社大学センター長)

 

 ここ10年ほど120万人で安定していた18歳人口が今年から再び減り始める。近年、関係者の間で話題になっていた「2018年問題」である。大学入学年齢である18歳人口が減少期に向かうことと軌を一にし、国立大学の再編・統合を巡る動きが活発化している。国立大学が独立行政法人化された04年前後にも大学の統合が相次いだが、今回の動きは再編劇の第二幕ともいえるものだ。

 

 まずは18歳人口の推移を見てほしい(図1)。現在、受験生を抱える親世代が高校・大学生だった1990年ごろ、18歳人口は約200万人あった。それが1992年の205万人をピークに減り続け、09年には約4割減の121万人になった。今年から再び減少に転じ、34年には100万人を切り、40年には90万人を切ると予想されている。この半世紀で、半分以下になるのだ。

 一方、大学数は増え続けた。92年の523校が、現在は780校と約1・5倍に。大学進学率も26・4%から52・6%となり、入学者も約54万人から約63万人に増加した。だが、短大と専門学校進学者も含めると、現在、18歳の子どもの約8割が高等教育機関に進学しており、高等教育の量的拡大は限界を迎えつつある。

 

私立大の4割定員割れ

 

 飽和状態ともいえる中、実は私立大の約4割が定員割れの状況を起こしている。日本私立学校振興・共済事業団によると、入学定員が800人未満の小規模私立大の経営が厳しくなっている。800人未満の私立大は16年度で416校。私立大全体の72%に達し、計7552人分の定員割れを起こしていた。逆に定員800人以上の大学(161校)では計2万8236人分の定員超過となっている。 

このような状況から、このままでは定員800人未満の地方私立大を中心に、およそ300大学の経営が成り立たなくなるのではないかという指摘もあるほどだ。そのため、国も昨年から、中央教育審議会などで国公私立の枠を越えた大学の再編・統合の検討を始めた。

 

 現在、文部科学省が中央教育審議会などに提示しているのは(1)国立大の1法人複数大学制の導入、(2)私立大の学部単位での譲渡を円滑に進めるための法整備、(3)国公私立の設置主体の枠を越えた統合──などだ。このうち、すでに動き出しているのが国立大の1法人複数大学制の導入である。

 

 現在、国立大学法は1法人が1大学を運営すると規定している。これを改正し、複数の法人を一つに統合し、その傘下に大学を置くようにして重複学部の合理化や、大学間の教育や研究の連携を促進する。「アンブレラ(傘)方式」と呼ばれるものだ。

 

名古屋大が統合構想

 

 国の方針を先取りする形で動き出したのが名古屋大だ。名古屋大は国際競争力を高めようと、3月に東京大や京都大、東北大と並ぶ「指定国立大学法人」になった。指定にあたり、「東海国立大学機構」(仮称)を創設し、複数の大学を運営する統合構想を打ち出した。傘下の大学の総務、財務などの管理部門を統合し、合理化で生まれた予算や人員を教育・研究機能に重点配分する。文部科学省は指定理由の一つに、この統合構想を挙げた。 

 

 

 名古屋大は早速、東海地方の複数の国立大学に統合を検討する協議会への参加を呼びかけた。真っ先に岐阜大が名乗りを上げ、4月から具体的な協議を始めた。ほかの国立大学は「メリットを認めにくい」などと静観の構えだが、「協議が進み、新法人の姿が見えた段階で参加を考えてもらえたら」と名古屋大の松尾清一学長は話した。まずは2大学での統合に向け、今年度中の最終合意を目指す。

 

経営統合に合意した3大学の学長
経営統合に合意した3大学の学長

 

 さらに5月末、帯広畜産大と北見工業大、小樽商科大の3校は22年4月を目標に統合することを発表した。予算・資金を管理する国立大学法人「北海道連合大学機構」(仮称)を設け、この下に現行の3大学を配置するアンブレラ方式。各大学の名称は残し、統合後の法人本部は帯広市に置く。道内には3校以外に北海道大など国立大学が4校あり、他大学も加えての統合にも前向きだ。

 このほか、静岡大と浜松医科大も、21年4月の統合を目指し、6月末に連携協議会を発足させた。両大学の構想は、工学部などがある静岡大浜松キャンパスと浜松医科大を統合し、人文社会科学部や教育学部、理学部、農学部がある静岡大静岡キャンパスを中心にした大学との1法人2大学の再編だ。両大学は、医学と工学を連携させた共同大学院を開設するなど関係を深めていた。

 

 公立大学では、大阪市立大と大阪府立大が22年の統合を目指し、検討している。

 

独法化で交付金削減

 

 ところで、大学の再編・統合の動きは今に始まったことではない。第一幕ともいえるのが、01年6月に文科省がまとめた「大学(国立大学)の構造改革の方針」だ。「国立大学の再編統合を大胆に進める」とし、競争原理の導入や、大学経営に民間の手法を導入することなどが盛り込まれた。遠山敦子文科相(当時)が示したことから「遠山プラン」とも呼ばれている。

 

 04年に国立大学が独立行政法人化されたことに伴い、国立大学を中心に統合が相次いだ。

 

 当初は各県にある総合国立大学と医科大学によるものが中心で、その後、公立大学や私立大学が続いた(図2)。

 独立行政法人化後、国立大学の運営自由度は増した。各大学とも補助金や寄付金など自主財源の確保に努めてきたが、国からの運営費交付金が削減された影響は大きく、経営の効率化と教育・研究の高度化を両立しないと生き残ることが難しくなってきている。

 

 今後の再編・統合劇は、このアンブレラ方式によるものとなりそうで、県境をまたいだ広域的なものも動き出しそうだ。そして、少子化で定員が余剰になりつつある教員養成系学部を持つ大学が再編の核になるとも見られている。

 

 また、社会の高度化によって、文系、理系の枠を越えた文理融合による研究も盛んになっており、異分野の学部を持つ単科大同士の統合協議も活発化することが予想される。

 

 私立大学については、いち早く人口減少が進む地方都市の大学を中心に、経営が厳しいところが増えている。6月に入り経済同友会や経団連が私立大の経営改革や再編を求める提言をまとめた。

 

地方では存続も必要

 

 だが、地方の私立大は地方創生の観点から、地域人材の養成を担う高等教育機関として存続させる必要性もある。そこで、組織をスリム化しつつ、地元の国公立大学と経営統合することについての検討が始まっている。さらに、地方国立大学と公立大学の統合もありそうだ。

 

 これらの点を踏まえ、中央教育審議会では、大学の再編・統合をスムーズに行えるようにするため、国公私立の枠を超えた「大学等連携推進法人(仮称)」の創設などを検討している。

 

 18歳人口の減少期を再び迎え、本格的な大学の再編・統合劇が幕を開けそうだ。単なる数合わせでは一時的に延命させたことにしかならない。経営の効率化と教育・研究の高度化、人材育成をどう図っていくのか──。そうした視点からの改革が求められている。

 

 残された時間は少なく、今、手を打たなければ、その先には、市場からの退場、淘汰(とうた)という厳しい現実が待ち受けている。

 

週刊エコノミスト2018年7月24日号

発売日:7月17日

定価:670円


目次:2018年7月24日号

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大学消滅

 

16 再編第二幕の幕開け 人口減で数百校が危機に ■中根 正義

 

20 インタビュー 永田恭介 中教審部会長(筑波大学長) 「地方分散型社会の中心は大学」

 

21 私大の命運を分けるのは偏差値ではなく経営戦略 ■小林 浩

 

23 東京医科大ショック 文科省幹部子弟の「裏口入学」 ■編集部

 

24 私立大の定員超過抑制 補助金カットで合格者激減 ■安田 賢治

 

26 受験倍率20倍超でも定員割れの摩訶不思議 ■編集部

 

27 インタビュー 義本博司 文部科学省高等教育局長 「大学は人口減を直視し『自前主義』から脱却を」

 

28 起死回生へ私大公立化の功罪 地元高校生の定着に逆効果も ■木村 誠

 

30 補助金依存度上位50 あの日本大と東京医科大も ■松田 遼

 

32 帝京大「タカタ社債」投資18億円 ■編集部

 

33 「無償化で大学は生き残れる」は幻想 ■浜中 義隆

 

34 外国人留学生 立命館アジア太平洋大は半数に 早稲田大は32年に1万人を目標 ■丸山 仁見

 

36 世界を席巻、日本は「蚊帳の外」 オンライン講座「MOOC」の革新 ■飯吉 透

 

エコノミスト・リポート

 

78 減少する喫茶店 競争激化のカフェチェーン 「独自の価値」づくりに苦心 ■藤原 裕之

 

Flash!

 

11 シャオミ香港上場「スマホ頼み」からの脱却なるか/米中貿易戦争 米中間選挙後も継続か 身構える「金融市場」

 

13 ひと&こと 東京都の地方法人税巡り新浪氏の本音はどこに/みずほFGの「幻のトップ」 新天地で問われる真価/経団連・大阪懇談会 物流関連トップの持論炸裂

 

Interview

 

4 2018年の経営者 稲垣精二 第一生命ホールディングス社長

 

92 挑戦者 2018 南章行 ココナラ社長

 

44 問答有用 古川陽一郎 ものべみらい社長 「若者に将来の選択肢ある地方を作りたい」

 

原油の乱

 

72 世界の「構造不安定化」 35年に生産量は半減へ ■柴田 明夫

 

75 インタビュー 新村直弘 マーケット・リスク・アドバイザリー代表 「日本は19年後半以降、景気後退と原油上昇リスク」

 

76 原油相場予想 上がる 米国の本音は原油高止まり 18年末までに80ドルに ■江守 哲

 

77        下がる 中国バブル崩壊のリスク 50ドル割る下落も ■藤 和彦

 

70 援助 JICAが異例の予算管理失敗 コンサル各社に支払い延期要請 ■北沢 栄

 

71    担当理事に直撃! 「協力」要請は130件超

 

84 EU 英独首相の求心力が急低下 ■吉田 健一郎

 

66 新連載 コレキヨ 小説 高橋是清 (3) ■板谷 敏彦

 

81 ノンフィクションノベル『島のエアライン』 熊本・天草の翼の軌跡 黒木亮氏 「本当のことを書き、判断は読者に委ねる」

 

World Watch

 

58 ワシントンDC 若者がけん引する米国の食 ギグエコノミーの浸透影響 ■小林 知代

 

59 中国視窓 広がるTPP11への警戒 早期の加盟検討論が浮上 ■岸田 英明

 

60 N.Y./シリコンバレー/英国

 

61 韓国/インド/タイ

 

62 台湾/ロシア/ガボン

 

63 論壇・論調 英国のEU離脱法案が辛くも通過 残留派、議会の権限強化に失敗 ■増谷 栄一

 

Viewpoint

 

3 闘論席 ■片山 杜秀

 

15 グローバルマネー 米の保護貿易政策は中国を抑え込む「口実」

 

38 出口の迷路 (40) 出口に必要なのは委員の“ノイズ” ■須田 美矢子

 

40 海外企業を買う (198) 周大福珠宝集団 ■富岡 浩司

 

42 名門高校の校風と人脈(298) 桐朋高校(東京都)/田辺高校(和歌山県) ■猪熊 建夫

 

48 学者が斬る 視点争点 不平等を生む日本の保育園制度 ■平田 英明

 

50 言言語語

 

64 東奔政走 戦略見えない北朝鮮問題 首相が描く「結果」は不透明 ■及川 正也

 

68 福島後の未来をつくる (74) 会津発のスマートプラグ 「電力の見える化」で節電 ■久田 雅之

 

94 独眼経眼 設備投資にピークアウトの兆し ■藻谷 俊介

 

95 商社の深層 (119) 巨額減損ショックを乗り越え住商が米シェールに1億ドルを投資 ■編集部

 

96 アートな時間 映画 [人間機械]

 

97        舞台 [恋におちたシェイクスピア]

 

98 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Red line ” ■安井 明彦

 

Market

 

86 向こう2週間の材料/今週のポイント

 

87 東京市場 ■藤戸 則弘/NY市場 ■佐々木 大樹/週間マーケット

 

88 中国株/為替/白金/長期金利

 

89 マーケット指標

 

90 経済データ

 

書評

 

52 『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』 『ルポ 保育格差』

 

54 話題の本/週間ランキング

 

55 読書日記 ■ブレイディみかこ

 

56 歴史書の棚/出版業界事情

 

51 次号予告/編集後記

週刊エコノミスト 2018年7月24日号

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定価:670円

発売日:7月17日

 

大学消滅

 

   再編第二幕の幕開け

   人口減で数百校が危機に

 

 ここ10年ほど120万人で安定していた18歳人口が今年から再び減り始める。近年、関係者の間で話題になっていた「2018年問題」である。大学入学年齢である18歳人口が減少期に向かうことと軌を一にし、国立大学の再編・統合を巡る動きが活発化している。

 

 国立大学が独立行政法人化された04年前後にも大学の統合が相次いだが、今回の動きは再編劇の第二幕ともいえるものだ。

 

 まずは18歳人口の推移を見てほしい(図1)。

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「生命保険を通じて健康寿命を延ばす」 稲垣精二 第一生命ホールディングス社長

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Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

 

── 人口減少が進み、市場縮小が続く国内市場でどう戦いますか。

 

稲垣 商品を通じて健康寿命を延ばすことを目指しています。健康寿命が延びれば生命保険の給付が減りますし、契約者も健やかな人生を送れます。

 

 取り組みの一つとして、2018年3月発売の保険商品「ジャスト」で、契約時に健康診断書を提出すると保険料が割り引かれる「健診割(けんしんわり)」を導入しました。健康診断を受けて保険に加入している人とそうでない人とでは、保険の支払い給付率が異なります。

その差を料率に反映することで、健康診断を受診する人を増やすことを狙っています。年齢などにより異なりますが、最大2割引きになります。販売は好調で、6月時点で20万契約を突破しました。

 

─ 27年度までに国内保有契約を現在の2割増の1800万件に引き上げる野心的な目標を掲げています。

 

稲垣 第一生命は社員によるコンサルティング営業、ネオファースト生命は銀行窓口や保険代理店を通じてシンプルな商品を販売、第一フロンティア生命は銀行や証券会社の窓口で貯蓄性商品を販売、という3社体制で日本の市場をほぼカバーしています。第一生命単体の契約件数は約1300万件で横ばいですが、他の2社は新しい会社なので、毎年大きく伸びると期待しています。

 

── 貯蓄性商品は販売が難しくなっています。

 

稲垣 金融資産を保有する高齢者は、高い利殖に回したい運用ニーズと、子や孫への相続ニーズの双方があり、貯蓄性商品の需要は依然として高いです。しかし、低金利のため第一生命の円建て貯蓄性商品は提供できていません。代わりに第一フロンティア生命の外貨建て貯蓄性商品がよく売れています。契約者にリスクをよく理解してもらったうえで、契約者と保険会社でリスクをシェアする商品が増えていくと思います。

 

── 現在の金利環境でどのように運用していきますか。

 

稲垣 長期の事業性資金を提供できるという生命保険の運用の強みを生かして、数年前からESG(環境・社会・企業統治)投資を始めています。橋や空港など、インフラ事業へのファイナンスです。国内にも投資しますが、やはり海外が多いです。昨年はトルコの病院の建設運営資金に投資しました。ただ、そういった投資案件は少ないのが実情です。

 

── 楽天生命保険と業務提携しました。どんな効果を上げていますか。

 

稲垣 楽天の出店企業の経営者に、楽天生命がネオファースト生命の商品を販売しています。販売チャンネルの多様化戦略のひとつです。日本調剤と提携して健康意識の高い層にネオファースト生命の商品を販売したりもしていますが、多様な戦略をグループ内に抱える強みでは我々が先頭を走っていると思っています。

 

アジアを最優先で開拓

 

── 海外展開にも積極的です。

 

稲垣 米プロテクティブは保険事業を買収するビジネスが伸びていて、成熟した市場でも利益成長できています。豪タルもさまざまな団体や個人に保険を販売するマルチチャンネル戦略で順調に成長しています。

 

── 海外は基本的にM&A(合併・買収)で参入していますが、シナジーはありますか。

 

稲垣 生命保険は製造業のように製造拠点を集約するなどの効果はありません。しかし、年に数回、グループ各社のCEO(最高経営責任者)が集まって議論する場が非常に刺激になっています。日本の市場だけで考えるよりも、格段に広い戦略のオプションを持てるようになりました。

 

 例えば、豪タルはカンタス航空とマイレージの会員向け商品を作っていたり、米プロテクティブは会員制ディスカウントストア、コストコの会員向けにサイト上で保険販売をしてチャンネルコストを抑えていたりします。日本では規制のために実現できないこともありますが、戦略の多様性や変化を先取りできます。

 

── アジアはどうですか。

 

稲垣 成長率が高い市場なので、最優先で進めています。中間所得層が増える地域は保険の普及率が直線的ではなく、急カーブでぐっと上がります。進出済みのベトナムに加えて、カンボジアで開業に向けて準備中です。ミャンマーは生命保険業が外資に開放されたらすぐに手を上げようと考えています。

 

── ITと保険を組み合わせたインステックは。

 

稲垣 インステックを研究するラボを米シリコンバレーと渋谷に創設しました。メンバーは当社の社員だけでなく、グループ会社の社員や中途採用の人材、それに社外の人材も含めた混成チームです。新事業開発に取り組んでおり、3カ月単位でアイデアを吟味しています。彼らには既存の考え方を覆すようなディスラプター(破壊者)になってもらうことを期待しています。

 

── インステックにより保険はどう変わるのでしょう。

 

稲垣 健康状態だけでなく、その人の行動までを観察して保険に反映できるようになる可能性があります。例えば、持病がある人は保険料が高くなりますが、実際には健康に気を使うので支払いの発生率が低い側面もあります。こうした事象を社内外のビッグデータを使って検証することで、昨年は1万2000契約について、持病があっても健康な人と同じ保険料で引き受けることができました。将来的にはスマホのアプリを利用するなど、お客との接点を増やして引き受け範囲を広げ、シェア拡大につなげたいと考えています。

 

(構成=花谷美枝・編集部)

 

横顔

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか?

 

A 資産運用の担当で、バブル崩壊、金利低下の中で金利予測がなかなか当たりませんでした。1人の相場予想には限界があり、多様な意見を聞くことが大事だと学びました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 「陽転思考」という言葉が好きで、関連書籍を時々読み返します。ポジティブに物事を捉えることを心掛けています。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 妻と居酒屋に飲みに行きます。

 

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 ■人物略歴

 

いながき・せいじ

 1963年生まれ。愛知県出身。慶応義塾高校、慶応義塾大学経済学部卒業。86年第一生命保険入社。リスク管理統括部長、運用企画部長、2016年10月第一生命ホールディングス取締役常務執行役員を経て17年4月から現職。55歳。

 

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事業内容:生命保険業、損害保険業

 

本社所在地:東京都千代田区

 

創立:1902年9月

 

資本金:3431億円

 

従業員数:6万2943人(2018年3月末、連結)

 

業績(18年3月期、連結)

 

 経常収益:7兆378億円

 

 経常利益:4719億円

出口に必要なのは委員の“ノイズ”=須田美矢子[出口の迷路]金融政策を問う(40)

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今の日銀政策委員会は個々の顔が見えない。緩和の副作用を抑え、円滑に出口に向かうために委員の発信力が問われる。

 

須田美矢子(キヤノングローバル戦略研究所特別顧問)

金融政策は9人の政策委員が1人1票で決める。正副総裁に審議委員6人である。1998年に施行された新日銀法の枠組みを決定した「中央銀行研究会」(橋本龍太郎首相の私的諮問機関)には筆者も参加していたが、外部の有識者による決定が金融政策の信認を高めるという考え方があって、日銀出身者が政策委員の過半を占めてはならないとした。実際には、日銀出身は9人中多くて2人だが、最近の政策決定は内部の執行部が主導しているようにみえる。

 

 外部出身の委員は、政策委員会の決定と常に意見が同じだと「仕事をしているのか」と疑われ、目立ちすぎると“ノイズ”と批判されたりする。筆者が委員だったころは意見表明が積極的に行われ、場外乱闘と揶揄(やゆ)されることもあったほどだが、今は一部を除き一人一人の顔がよくみえない。

 

、政策委員会の決定と常に意見が同じだと「仕事をしているのか」と疑われ、目立ちすぎると“ノイズ”と批判されたりする。筆者が委員だったころは意見表明が積極的に行われ、場外乱闘と揶揄(やゆ)されることもあったほどだが、今は一部を除き一人一人の顔がよくみえない。

 

 委員は金融経済の情勢判断や政策について独自の考えを持っているだろうが、多様な意見をどれだけ個別に公表すべきかは時と場合による。

 

 各委員の考えを知りたいテーマの一つが出口論だ。黒田東彦総裁は、「出口について語るのは時期尚早で市場を混乱させかねない」とするとともに、早すぎる失敗例として米国のFOMC(連邦公開市場委員会)が2011年6月に金融緩和からの出口戦略の原則を決定したが、後に変更したことを挙げる。

 

 だが、実態に合わせたFOMCの修正に市場がネガティブな反応を示したわけではない。それよりも、いつまでも議論を始めない日銀の方が、出口が困難であることは誰もが認めるところであるので問題だ。

 

 FOMCでは11年6月に出口戦略の原則を決めてから出口の議論が活発になった。12年1月からは利上げ開始年について各メンバーの見通しを公表し始めた。12年12月に原則に基づく出口の選択肢と、損失の試算がスタッフにより示されると、具体的な議論が始まった。これらは市場関係者が出口への道筋を想定する際に役立ったのは確かだ。もっとも出口が近づくと市場は当局発言に敏感となり、13年5月のバーナンキFRB(米連邦準備制度理事会)議長の発言を出口に前のめりだととらえ、混乱したこともある。

 

早期の議論で市場が織り込む

 

 日本は、質・量でみた緩和の程度は米国の比ではなく、長期金利の操作もあるので出口はもっと複雑だ。実際、今の緩和に比べれば非常にマイルドであった01〜06年の量的緩和の出口でさえ、大変な道のりだったというのが審議委員だった筆者の実感だ。それでも市場を混乱させることなく円滑に出口を完了できたのは、出口への取り組みを一般的にまだだと思われている時点で開始し、オープンに議論を深めたことと、市場がうまく織り込んでくれるような対話に成功したことがある。

 

 日銀は01年に金融政策の操作目標を日銀当座預金に置き、量的目標を拡大していった。この量的緩和を解除したのは06年3月でゼロ金利解除は7月だったが、出口を市場が意識し始めたのはその3年前だ。日本の経済・物価について過度の悲観論が修正されてきたころで、03年6月には長期金利が急上昇し(VaRショック)、市場関係者は緩和の解除を意識するようになった。

 

 市場の不安を鎮めるためにも、政策委員会が量的緩和解除の条件を明確化したのが03年10月だ。生鮮食品を除くコア消費者物価(CPI)の前年比について足元の実績値(数カ月分をならして0%以上)と展望リポートの物価見通し(1〜2年の見通し期間に0%超)の2条件を示した。その後公表された展望リポートから、解除条件が当分達成されないことがわかり、市場は落ち着きを取り戻した。

 

 出口まで時間があるなか、委員はそれぞれ解除条件や出口の時期、技術論について自分の考えを発信した。2条件の解釈も委員によってまちまちで、そのため出口の時期の見通しも異なった。量的目標の解除に続いてゼロ金利も解除すべきか、それともゼロ金利の時期を挟むべきかという意見の違いもあり、ノイズと言われつつも市場や政府などとの対話の活発化に寄与した。早くからオープンに議論がなされることで、機能不全に陥った短期金融市場の回復方法について事前に市場関係者と協議できた。

 

 実際に出口が近づくと政府・与党のけん制発言も増えたが、福井俊彦総裁の「判断に至れば直ちに解除したい」との発言、政府の解除容認発言などに加え、06年3月初めに公表された1月のコアCPIを受けて市場の予想は3月解除に収れんし、解除は冷静に受け止められた。株価は上昇し、ドル・円レートの変動は限定的だった。市場が冷静であったので政府なども安堵(あんど)し、7月のゼロ金利解除まで順調に進んだ。

 

 出口論を早期に開始すべきなのは、出口の円滑化に資するだけでなく、出口を意識することで政策の副作用を多少なりとも抑制できるからだ。実際に出るかどうかは経済や物価情勢が前提だが、漠然とであれ出口が見通せるようになれば、いつまでもゼロ金利が続くとは思われなくなる。出口が見えないと陥りがちな過度のリスクテークが回避される。ゼロ金利で経営体力が弱まって先行きに悲観的な金融機関のマインドも改善しよう。

 

 ところが、黒田総裁は現時点での出口論を封印するだけでなく、今や見通しとしての物価目標達成時期すら出さなくなった。これまでは達成時期になれば出口戦略の議論が行われると述べていた。これではゼロ金利がいつまでも続くという予想が強まり、副作用がますます大きくなりかねない。

 

 出口論は個々の政策委員の発信に期待するしかない。出口条件の解釈、経済物価見通し、政策の効果・副作用とともに、出口が可能となると思われる時期について発信することが望まれる。自分の任期中には出口はないとみていてもだ。実際に出口が近づくと、政府などからの批判は激しくなるが、その時は総裁よりも多様性のある政策委員会が表に出る方がよい。途中はノイズ歓迎、最後はワンボイスというのが政策委員会に求めるところだ。

 

イールドカーブ操作の柔軟化を

 

 政策委員の個々の考え方の表明は、現在の金融政策を柔軟にするためにも必要だ。黒田総裁はイールドカーブ(長期と短期の利回り曲線)コントロールについて導入直後の記者会見で、「経済・物価・金融情勢の変化に応じて、より柔軟に対応することが可能」と述べたが、これまでは硬直的な運営だ。金融機関の経営体力が失われつつあるなか、長期金利上昇のプラスの効果が運用や貸し出しに表れるまでは時間がかかる。現時点で長期金利目標を今の0%程度から上昇させておいた方が適切ではないかというのが筆者の見方だ。

 

 最適なイールドカーブかどうか判断するうえでは各種指標を検討する必要があるが、代表的な指標があるわけではなく、執行部の分析を背景に各委員が判断するしかない。委員は今のイールドカーブが適切とは思わないのであれば、ぜひ政策提案してほしい。それが議論の活発化を促し、イールドカーブコントロールの柔軟化も可能となろう。

 

 政策委員会の個々のメンバーの発信力が、今まさに問われている。

すだ・みやこ

 1948年山口県生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授、教授を経て90年学習院大学経済学部教授。2001〜11年日銀審議委員。11年5月より現職。著書に『リスクとの闘い』など。

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