◇情報セキュリティーは絶えず進化している
1991年に発売を開始したセキュリティーソフト「ウイルスバスター」が国内市場で高いシェアを誇る。
── ウイルスバスターを普及させるまで、どのような苦労がありましたか。
チェン なぜセキュリティーソフトが必要なのかということを顧客が認識していなかったので、まず最初に重要だったのは危険性を周知することでした。名前が映画の「ゴーストバスターズ」に似ていたので、親しみを持ってくれたこともあったかもしれません。米マイクロソフト社のパソコン用基本ソフト「ウィンドウズ95」の導入とともに市場に浸透しました。
── 最初はどのような製品を市場に投入したのですか。
チェン 創業当初、まず最初に手がけたのは、ソフトウエアが不正にコピーされないようにするための「ティーロック」という製品でした。ソフトウエア開発者向けに販売していました。
── ウイルスバスター開発の経緯は。
チェン ティーロックを使っていたソフトウエア開発者から電話を受け、「あなた方のプログラムが我々のプログラムをだめにした」と苦情を言ってきました。私と同僚のエンジニアが訪問して確認したところ、
我々のプログラムが原因ではなく、ウイルスが問題を起こしたことを発見しました。それが最初に発見したウイルスでした。やがて、ウイルスの脅威にはあらゆる人が直面していると分かったので、セキュリティーソフトを開発したのです。その後は、コンシューマー向けのビジネスを強化し、ウイルスバスターの開発につながりました。
── その後はどのような製品を。
チェン 我々はLAN(構内情報通信網)経由でウイルスが急速に広まることを発見しました。サーバーに格納されているファイルを他の人がダウンロードすると感染が広がるのです。サーバーにインストールするプログラムを我々が開発し、ファイルがコピーされる際に不審なウイルスがないかをチェックする製品を作りました。これを米半導体大手のインテルと提携して主に米国や欧州で販売しました。
── 1996年に日本に本社を移した理由は。
チェン インテルが多くのシェアを占めていた米国や欧州以外で最も大きい市場が日本だったので、日本に進出して、トレンドマイクロの名前で販売しようと考えました。
◇IoT向け製品も
コンシューマー向けのウイルスバスターのイメージが強いが、世界の売上高の約7割は法人向けの製品が占めている。
── 法人向けにはどんな製品を売っていますか。
チェン 企業のサーバー向けの対策ソフト「ディープセキュリティー」や、企業のネットワーク内の不審な通信を検知する「ディープディスカバリー」などがあります。また、昨年10月には米ヒューレット・パッカードから情報セキュリティー部門を買収し、ネットワークの出入り口でサイバー攻撃を防ぐ技術を手に入れました。
── 日本企業のサイバーセキュリティーへの意識は高まっていますか。
チェン そう思います。日本年金機構の情報流出問題やマイナンバー制度の開始などにより、より多くの人がセキュリティー上の課題に注目するようになったと思います。
── 最新のサイバー攻撃はどのくらい高度化していますか。
チェン 同じ攻撃者でも、攻撃ごとにウイルスを変えているため、一つのパターンが分かっても、別の攻撃の時に把握することができません。自分を識別できないように、マスクを常に変えているようなものです。
── スマートフォンのセキュリティー対策は。
チェン ウイルスを運ぶ媒体として、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)や電子メールが使われます。SNSのアカウントを乗っ取り、乗っ取ったアカウントの友人に対して、ウイルスをばらまくことが考えられますが、ウイルスを検知するスマホ向けの製品も販売しています。
── IoT(モノのインターネット)化が進むことによって新たな対策も必要ですね。
チェン IoTのセキュリティー上の課題はウイルスだけではなく、各機器に設定されているパスワードだと考えます。例えば、インターネットにつながっているカメラ付き製品にログインして、カメラをコントロールしてしまうことが想定されます。ユーザーが初期設定のパスワードを変えることは少ないので、ハッカーは容易にログインできるのです。そういったことを防ぐような製品を今年中には発表したいと考えています。
── 今後の事業方針は。
チェン アフリカに注目していきたいですね。新たにインターネットに接続する人口が最も多いと考えるからです。情報セキュリティーは絶えず進化して変化しており、これからも今までやってきた通り、良い製品を提供していきたいですね。
(Interviewer 金山 隆一・本誌編集長、構成=松本 惇・編集部)
横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスウーマンでしたか
A 技術系の人間として、エンジニアチームを管理し、ソフトウエア製品の開発を手がけて、いくつかの特許を取得しました。
Q 「私を変えた本」は
A ビジネス本の『ビジョナリーカンパニー② 飛躍の法則』(ジム・コリンズ著)です。自分が快適に過ごすために必要なことが書かれています。
Q 休日の過ごし方
A 絵を描くことが多いです。景色や人など何でもモデルにしています。
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■人物略歴
◇えば ちぇん
台湾出身。1988年テキサス大学(米国)でMBA(経営学修士)を取得。同年米ロサンゼルスで親族とともに創業。94年に業務執行役員に就任し、監査役や取締役技術開発部門統括責任者などを歴任。2005年1月から現職。57歳。