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特集:AIの破壊と創造 2016年5月17日号

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◇深層学習で激変するビジネス

「AI大国」へ正念場の日本

 

 

 大堀達也/池田正史(編集部)

 

 

 人間に代わり知的労働を行う「人工知能(AI)」が、ビジネスの現場を一変させようとしている。AIの革新的な技術の登場で、劇的に汎用性が高まったAIを、企業が本格的に活用し始めた。その最先端事例が日本にある。

 富士山麓の広大な森林地帯にある、産業用ロボット大手ファナック工場群。4月18日、その一角で、AIを搭載した新型ロボットが稼働していた。同社がこの日、公開したバラ積みロボット(写真下)だ。

 ファナックの新型ロボットは、工場内のロボットや工作機械、センサー類をネットワークでつなぐIoT(モノのインターネット)のプラットフォーム「フィールド・システム」と合わせて発表された。フィールド・システムは、AIを搭載したロボットや工作機械を連携させるシステムである。

 

◇「深層学習」革命

 

 ロボットは、カゴの中の複雑な形状の部品を器用につかみ取り、次々に別のカゴに移していく。まるで人間が作業するかのようにスムーズな動きだ。一見、簡単そうに見える作業だが、実はこれまでのロボットにはできない芸当である。

 ファナックの狙いはモノづくりの自動化を極め、生産性を最大化することにある。そのために、これまで人間にしかできなかった、「自分で見て・判断して・動く」ことができるロボットを導入する。これを可能にする技術こそ、AIが試行錯誤しながら学習する「ディープラーニング(深層学習)」という新技術だ。

 AIはヒトの脳神経細胞の働きをまねた「ニューラルネット」という仕組みを使って高度な情報処理を行う。ニューラルネットとは、ヒトの脳神経細胞(ニューロン)の働きをソフトウエアとして再現したものだ。深層学習は、このニューラルネットを何層にも重ねることで、従来は見つけられなかったデータに潜む複雑な構造や特徴(特徴量)を見つけることができる。

 バラ積みロボットは、運ぶ品物の特徴を自ら見分けてつかむ。言い換えると、AIが深層学習で「モノを見る(認識する)」能力を得たわけだ。モノが見えるようになったAIは、センサーを通じて吸い上げたビッグデータを、脳に当たるコンピューターが高速処理することで、さまざまな知的労働をこなせるようになるのだ。

 知的労働とは、いろいろな食材を使って料理したり、漁港に水揚げされた魚介類を種類ごとに仕分けする。さらに、花を植える花壇の土を掘るといった作業だ。金型を精緻に切削するといった一定の決められた作業ではなく、人間のように状況を見ながら考えて行う作業である。

 つまり、これまで人間しかできなかった仕事の多くをこうしたAIを搭載したロボットが代替できるようになる。深層学習は人間の労働を激変させる可能性を秘めている。

 ファナックのバラ積みロボットは、カゴの品物を移すという指令さえ与えれば、新たな品物が加わっても、自分でつかみ方を学習する。8時間ほど学習すれば、90%の精度で上手につかめるようになるという。

 ファナックに深層学習の技術を提供しているのが、東京大学発ベンチャーの「プリファード・ネットワークス(PFN)」(東京都文京区)だ。PFNは昨年、トヨタ自動車、パナソニックともAIの共同研究で提携した。トヨタが進める自動運転もまた、深層学習が効果を発揮する。

 AI開発ではグーグルなど米ネット企業が先行していると言われるものの、「製造業、とりわけ、機械の制御におけるAI活用は先例がない」とファナックの稲葉善治社長は語る。

 ファナックとタッグを組んだPFNの西川徹社長は、「深層学習は、製造業に革命をもたらす」と、無限の可能性に期待を込める。

 

◇客の動き方を「見える化」

 

 AIにブレークスルーをもたらした深層学習は、サービス業界でも活用され始めた。AIベンチャーの「ABEJA(アベジャ)」(東京都港区)は、深層学習を使って小売り店舗内の客層と、その動き方を分析し、売り上げの最大化を目指すマーケティングを手掛ける。

ABEJA提供

 

 現実世界の小売り店舗では、客の行動を数値として捉えにくい。ネットショッピングのように商品へのアクセス数、物色される商品や時間帯がデジタルデータで把握できないために、マーケティングが最も遅れていたビジネス領域だ。

 しかしアベジャの岡田陽介社長は、「画像認識に優れた深層学習なら、リアルな実店舗でもネットのようなマーケティングができる」と考えた。

 アベジャのサービスには大掛かりな設備は必要なく、クラウド(ネット上のサーバー)上で動くAIと店内を映し出せるウェブカメラが1台あればいい。このためサービス導入費用は1店舗当たり月々数万円とお手軽だ。店舗に取り付けるウェブカメラは汎用品を使い、データはすべてクラウドで処理すれば、コストを抑えられる。

 

 低コストだが、サービスの完成度は高い。カメラが捉えた来店客の服装や顔のシワなどを基に、AIが性別と推定年齢を割り出す(写真上)。最初に人物モデルをAIに学習させると、あとは実際の画像を取り込む中で、推定の精度を上げていく。

 例えば、昼には20代女性客が多いといったことが分かる。これに、客の滞在時間が長い売り場と短い売り場が、色で表示できる「ヒートマップ」(写真右)を組み合わせると、いつ、どんな客が、どの棚のどの品を何個手に取ったかAIが「見える化」してくれる。これを基に商品棚の配置を変え、客の滞在時間が少ない場所に誘導する。

 また、AIが「見える化」してくれることで、アベジャのスタッフは、さまざまなコンサルティングができるようになる。

                                       ABEJA提供

 

 例えば、毎日決まった時間に主婦の来店が減っていることが分かれば、近くのスーパーがタイムセールをやっている、などの可能性を探ることができ、そこを出発点に改善策を講じることができる。

 現在、アベジャのサービスを導入しているのは三越伊勢丹ホールディングス(HD)、東急ストア、レンタルDVDのゲオ、中古車販売のガリバーインターナショナルなど、10業種・数百店舗にのぼる。効果は、あるアパレル店での買い上げ率が全体で2%向上、百貨店の売り場では特定商品の売り上げが30%伸びたという。

 

◇古い枠組みを破壊する

 

 AIは、コンピューターで推論・探索をすることで、特定の問題を解く研究が進んだ1950年代後半から60年代、コンピューターに知識を入れると賢くなることに注目した80年代と、過去に2度の大きなブームがあった(図1)。しかし、いずれも複雑な現実世界に対応しきれず開発ブームは去った。

 これに対して、近年の「第3次AIブーム」が本物と言われる理由は大きく三つある。第一に画像、音、熱、光、電磁気、圧力などを検知する多様なセンサーが低廉化して大量に普及し、IoTが拡大したことで、外部環境を膨大なデジタル情報(ビッグデータ)として取得できるようになった。

 第二にコンピューターの計算能力が飛躍的に高まった。

 そして、第三にAIに革新をもたらした深層学習の登場がある。

 企業は深層学習で汎用性の高まったAIを使い、作り手優先の「プロダクトアウト」から顧客ニーズ優先の「マーケットイン」が可能になる。アベジャは、まさにその好例だ。

「センサーとクラウドのコストが劇的に下がり、ユーザーのニーズに応えるサービスが現実的な価格で提供できるようになった」(岡田氏)

 一方、アベジャと同様のサービスを手掛ける大手電機メーカーの従来システムは、専用のカメラやサーバーなどの設置費用を含め、数千万~数億円の導入費用がかかると言われる。ユーザーがどちらを選ぶかは明白だろう。

「新しいプラットフォームを提供することで、小売業の産業構造そのものを根本的に変えたい」という岡田氏の言葉どおり、低コストで高効率を実現するAIは、既存のサービスの枠組みを破壊してしまう。

 製造業でも、自ら学習するロボットは、人間がコントロールする旧型ロボットを駆逐するだけでなく、調整を担うエンジニアも必要としない。また、ファナックのフィールド・システムのようなIoTプラットフォームが世界標準になれば、それに接続できない旧型のロボットや工作機械はゴミ同然だ。AIの第3次ブームは、産業界に空前の創造と破壊をもたらす大波だ。

 この大波にいち早く乗ることができれば、AI発の新技術で世界をリードできる。米国は、2000年代に世界に先駆けて「IT革命」を起こし、新技術開発の主導権を握ったが、日本も「AI革命」で主導権を狙える位置にいる。PFNやアベジャの深層学習は、その可能性を持った技術だ。

 だからこそファナックやトヨタ、三越伊勢丹HDなど先見性のある企業が先を争うように彼らと組んだ。

 

◇AI大国か、普通の国か

 

 その一方で、大手電機メーカーをはじめ日本企業の多くは、AIの活用をうたいながら、開発の軸足を最先端の深層学習に移しきれていない。日本では、普及が道半ばのIoTに投資が流れているのが現状だ。大手電機を頂点とする業界は、センサーを含むIoTが収益源の企業がほとんどだからだ。既存のサービスを破壊する深層学習が普及すれば、自らの首を絞めることになる。

 確かにIoTがなければデータがとれず、AIの威力を十分に発揮できない。しかし、IoT重視の流れが強すぎれば、深層学習の成長の芽を自ら摘む結果になる。IoTを充実させ普通の国になるか、それともAIで世界を取るか。日本は大きな岐路に立っている。


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