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追悼:竹内宏・長銀総合研究所元理事長 2016年5月24日特大号

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 ◇日本経済解き明かす『路地裏の経済学』

 

田中隆之

(専修大学教授、元長銀総合研究所主任研究員)

 

 竹内宏さんは、高度成長期から最近までの日本経済を論じ、経済書の出版や新聞・経済誌への寄稿、テレビ出演で活躍した民間エコノミストである。代表作『路地裏の経済学』(1979年)は、日本長期信用銀行(現新生銀行)の調査部長時代に、地道な聞き取り調査に基づいて、当時の日本経済をわかりやすく解き明かし、ベストセラーになった。

 66年に出版された『電気機械工業』は学界でも注目された。電気機械は高度成長期後半からの日本のリーディング産業であり、この本は後に多くの研究者に引用されている。高度成長期からバブル崩壊までの間、日本の産業調査は銀行の調査部が担っていた。竹内さんは、長銀の産業調査の礎を築いた一人だった。

「竹内経済学」の一つのポイントは、経済理論では説明できない経済現象をどう説明するか、にあったように思われる。朝日新聞への連載記事を整理・加筆した『柔構造の日本経済』(78年)では、当時の日本経済の強みを「見えない人情の手」、欧米との「風土の差」「士農工商的バランス」などに見いだし、多くの知識層の共感を得た。

 そうした着想の背景には、旺盛なフィールド調査の裏付けがあった。国内の産業・地域調査は言うまでもなく、当時まだ日本人があまり訪れることのなかったアラブ諸国や中国へも先駆的な海外調査を行っている。その成果は『素顔のアラブ産油国』(75年)、『民族と風土の経済学』(81年)などにも示されている。

 

 ◇郷土愛

 

 多くの女性エコノミストを育てたことも、特筆されるべきだろう。男女雇用機会均等法施行(86年)前の時代、調査能力を発揮した担当職の女性たちを総合職との中間に位置する「専担職」に引き上げた。89年の長銀総合研究所設立後は、女性を研究者として積極的に採用した。

 私は81年に長銀に入行、竹内さん率いる調査部に配属された。そこで驚いのは、竹内さんがほぼすべての部員の出身地を記憶していたことだ。長野県出身の私は当初「長野の人」であり、名前で呼ばれるようになったのは、2~3年後のことだ。竹内さん自身は静岡県清水(現静岡市)の出身で、「清水は都会。他は全部田舎だ」と笑い飛ばしながら、私のような「田舎者」に声をかけるのが好きだった。郷土愛の人一倍強い人だった。

『各県別路地裏の経済学1~6』(86~89年)は、竹内さんのこうした地域センスをベースに、47都道府県別に産業・経済を網羅し、歴史や風土にも目配りして描いた労作だ。もちろん第1章は静岡県。今でも地域経済調査の基礎資料として参考になる。

 98年に長銀が破綻した後は、地元の静岡県立大学グローバル地域センター長などに就き、自らもシンクタンク「竹内経済工房」を立ち上げて、かつての仲間と精力的に調査活動を続けた。

『エコノミストたちの栄光と挫折─路地裏の経済学最終章』(2008年)では、日本経済の軌跡と、それに民間エコノミストがどうかかわったかが回顧されている。長銀調査部は、かつてはサービス産業や都市政策をはじめとする調査で銀行の融資に貢献した。だが、バブル時に地価と株価が「水ぶくれ」であることを的確に言い当てたり、不良債権の急増から銀行が経営危機に陥ることを予測するリポートを出していたにもかかわらず、それを経営に反映させることができなかった。同書には、これらが淡々とつづられている。

 戦後日本経済とともに歩んできたエコノミストが逝った。いま日本経済は停滞したままで、低成長やデフレからの脱却の道筋が見えない。財政再建や社会保障改革が課題となるなか、金融政策は迷走している。

 竹内さんの逝去をきっかけに、「エコノミストたち」は挫折したままではならないと強く思う。長銀調査部で竹内さんにたたき込まれたのは、データやヒアリングを基に事実を発見する「ファクトファインディング」だ。その地道な作業に加え、経済を取り巻くさまざまな事象にも竹内流に目を配ることで、何かが見えてくることを祈らずにはいられない。

 

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 ■人物略歴

 ◇たけうち・ひろし

 1930年静岡県生まれ。54年東京大経済学部卒、同年日本長期信用銀行に入行。調査部長、常務、専務を経て89年に長銀総合研究所理事長就任。98年に退職し、「竹内経済工房」を設立。


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