◇技術開発、職場改革で存在感示す
世界的な供給過剰・市況悪化に見舞われている鉄鋼業界。国内2位のJFEスチールも2016年3月期は、売上高2兆4451億円(前期比4287億円減)、経常利益は278億円(同1607億円減)の減収減益だった。同社の柿木厚司社長は「中国の動向には引き続き注意を要する」と話す。
── 足もとの事業環境は。
柿木 2017年3月期は経常利益で100億円の減益を予想する。これは事業計画を立てた1~3月の鋼材価格が底値だったことが原因だ。その後、4月に鉄鋼価格が上がった。鋼材価格が底値だった時に立てた業績予想なので、外部からは「上ぶれする」とも言われる。しかし、やはり中国の動向は気になる。
── その中国の鉄鋼業界の動向をどう見るか。
柿木 鋼材市況が底値だった1月以降の価格では、中国メーカーも採算が取れないと判断したのだろう。生産量を控えるメーカーが出てきたので1~2月の粗鋼生産量は落ちた。しかし、3月ごろから需給が締まり、価格が回復しはじめた。すると、今度は生産再開の動きが出てきて、同月の粗鋼生産量が過去最高の7065万トンに達した。ただ、以前から「市況が好転すれば生産量は必ず増える」とみていた。市況悪化で生産が減り、市況が好転すれば生産再開をする、というジグザグのサイクルを通して、徐々に生産設備が削減に向かっていくと期待している。ただし、何年かかるかが問題だ。
── 中国が今年に入って打ち出した「ゾンビ企業」の駆逐の実現性をどうみるか。
柿木 2月の国務院意見書や、3月の全国人民代表大会(全人代)で鉄鋼業の過剰生産能力の解消方針が打ち出された。この中で「2016年からの5カ年で粗鋼生産を1億~1・5億トン削減」と具体的な数字を出し、雇用調整への財政措置も打ち出した。本気度は感じる。ただ対策には、中央政府だけではなく、雇用問題を気にする地方政府の意向も作用する。一筋縄ではいかないだろう。
── 日本の鉄鋼業界も雇用調整の歴史でした。
柿木 当社の前身・NKK(日本鋼管)と川崎製鉄には最大で8万人の従業員がいた。しかし、今や当社の従業員は1万4000人だ。かなりの年数をかけて雇用調整をしてきた。中国には、鉄鋼産業で180万人もの雇用があると言われる。ただ、日本と違い政府主導で雇用移転を進めれば迅速に進む余地はある。地方で汎用(はんよう)品しか作らない鉄鋼メーカーには利益が出ないところもある。そういう利幅の小さいメーカーが、サービス業などの産業に転換して成功する例を今後2~3年で見せられるかがカギだ。
── この夏にはベトナムで参加する一貫製鉄所プロジェクトの高炉がいよいよ動き出します。
柿木 これまで海外展開する際は、高炉は国内に置いたままで鋼板を国内生産し、海外で加工していた。しかし国内に高炉を置いたままでは、運搬費用などコスト面や機動性で制約もあった。今回は高炉から加工までの一貫製鉄所への出資だ。出資額は5%だが、海外に高炉を持つということに意義を感じて出資を決めた。第1高炉と第2高炉で粗鋼生産量年間700万トンを計画している。需要の伸びる東南アジア向けに鋼材を生産し、JFEの存在感を高める拠点としていきたい。
◇女性活用、積極的に
── 大口需要家の自動車では、炭素繊維など先端素材採用の動きが出ています。
柿木 炭素繊維は軽いし、強度は高く立派な素材だ。しかし、コストはどれだけ低くできるのか。またリサイクルや溶接も難しい。ただし、鉄鋼業界も楽観できる立場にはない。軽量でも強度が高い高張力鋼「超ハイテン」など独自開発の材料をさらに改良して信頼してもらうことが必要だ。
── 鉄鋼業界は男性職場のイメージが強いです。
柿木 当社は現在、女性の比率について、総合職事務系で35%、総合職技術系で10%、現業職で10%以上の目標を掲げている。昨年の採用(今春入社)では目標を上回り、総合職事務系43%、総合職技術系13%、現業職14%を採用した。製鉄所など現場では男女の体力差を問わずに働ける改革も進めている。たとえば、「重機は20キログラムまでならば自身で持ち上げられる」という前提で設計してきたため、棚からの上げ下ろしは自身でやってきた。しかし女性の「機材を持ち上げるのは体力がきつい」という現場の声に応えて、機材の昇降器具を開発・設置した。こうした取り組みは、現場で湧く要望を受けてのものだ。
── ソフト面での取り組みは。
柿木 子育て支援では法定より手厚い制度を用意している。たとえば、育児休業は法定1年に対して3年まで、時短勤務は法定3歳までに対して小学校卒業までとしている。女性を部下に持つ幹部の相談窓口もある。「部下の女性との宴席での接し方」「部下が妊娠した時にどう対応するか」などの相談に乗る。まだ「時短勤務期間中の昇進はどうするのか」など検討課題は多い。試行錯誤の中でよりよい職場を作っていきたい。
Interviewer 金山隆一・本誌編集長 構成=種市房子・編集部
■横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A 川崎製鉄の人事部門で半導体や新素材など新規事業の立ち上げに携わりました。半導体の工場設立のために人を集めるなど、鉄鋼とは異質の世界を見るいい機会でした。
Q 「私を変えた本」は
A 司馬遼太郎『竜馬がゆく』です。学生時代、30代と2回読み、大きな転換の世界を感じました。
Q 休日の過ごし方
A 仕事でゴルフの時もあります。それ以外は都内で妻と散歩して、いいお店を見つけてランチを取ります。
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■人物略歴
かきぎ こうじ
茨城県出身。水戸第一高校卒業。1977年東京大学経済学部を卒業後、川崎製鉄に入社。主に総務・人事畑を歩み、2007年JFEスチール常務執行役員、12年副社長を経て、15年から現職。63歳。
この記事の掲載号
定価:620円(税込)
発売日:2016年6月6日