◇旧カーブでも操作なし
◇テスラが見せる車の未来
松本惇/藤枝克治(編集部)
右にウインカーを出すと、勝手にハンドルが動いて車線変更する──。
6月9日、米テスラモーターズの電気自動車「モデルS」に試乗し、高いレベルの自動運転技術が求められる首都高を走った。
東京都心部から首都高に乗り、自動運転機能を作動させて台場線へ。アクセル、ブレーキを踏まなくても、設定した上限速度を守り、前走車との車間距離を維持しながら走行。有明ジャンクションの急カーブでは、手の力を完全に抜いても勝手にハンドルが大きく切られ、車線を逸脱することはなかった。
最も驚いたのは、同社がいち早く市販車に投入した自動車線変更機能。ただし、車両後方には後続車を把握できるレーダーがついていないため、安全確認はドライバーが行う必要があるという。何回か試したが、後続車がなく、明らかに車線変更ができる場合でも機能しないことがあったので、改良の余地はだいぶありそうだ。また、渋滞時には一度停止しても、アクセルを踏むことなく再発進。低速で走りながら加減速を繰り返し、急カーブでも正確にハンドル操作をするので、イライラすることもなかった。
一方、一般道で左側から発進しようとした車を認知せず、あわや衝突しそうになった時は肝を冷やした。
テスラが今年3月に発表した新型「モデル3」への予約は世界で37万3000台(5月19日現在)。価格はモデルSなどの半分以下の3・5万ドル(約365万円)で、1回の充電で345キロ走行できる。
自動運転に力を入れる独ダイムラーのメルセデス・ベンツ「Cクラス」でも首都高を走ってみた。前走車と適切な距離を保って走る機能はテスラと甲乙つけがたい。それに加え、下り坂での減速、上り坂での加速が顕著で、周辺環境への高い認知力をうかがわせた。
日本で近く発売される新型「Eクラス」にも試乗した。Eクラスの新しい“売り”は自動駐車機能。超音波センサーによって駐車スペースを感知し、ギアをバックに入れると、あとはハンドル、アクセル、ブレーキすべての操作を自動で行う。普通のドライバーならまず入れない狭い場所の縦列駐車を試みると、何度も自動で切り返しをしながら見事に全長約5メートルの車体を収めた。前後の車との距離はわずか1メートル程度しかなかった。新型Eクラスはドイツで既に発売されており、テスラと同様にウインカー操作だけの自動車線変更機能も搭載。日本モデルでも導入を検討しているという。
◇事故減の「アイサイト」
日系メーカーで、いち早く自動運転技術を実用化したのはスバル(富士重工業)だ。複眼カメラによる画像認識技術をベースに2008年に運転支援システム「アイサイト」を発売。14年発売の第3世代モデルからカラーカメラとなり、より認知の精度が上がったという。
最新のアイサイトが搭載された「レヴォーグ」で首都高を走ってみると、直線での車間距離を保ちながらの走行機能は、テスラやベンツと大きな違いは感じなかった。2社との最大の違いは、レーダーを使わずカメラの技術だけで前方車などを把握していること。そのためアイサイトは10万円前後の低価格で搭載できるのが強みだ。ただ、急カーブで白線が先まで見通せない場所では、車線を維持できなくなることもあった。
同社によると、現在発売されている第3世代より性能が低い第2世代でも、アイサイトの衝突回避ブレーキなどにより1万台当たりの人身事故発生件数が非搭載車に比べて61%減、追突事故に限れば84%減った。
日本の道路交通法では、運転手が完全に手放しでクルマを走らせることを認めていない。そのため、テスラは数分間、ベンツやスバルなどは十数秒から数十秒間、ハンドルから手を離していると警告音が鳴り、自動運転が切れる。安全を考えるとやむを得ないが、ドライバーとしては少し“うっとうしい”というのが正直なところだ。
高速道に比べ、一般道での自動運転は格段に難しいとされる。日産自動車は20年に他社に先駆けて一般道に対応できる自動運転車を発売するとしている。昨年実施したデモ走行では、歩行者や信号を認識して止まるなどかなりの技術を披露した。しかし、まだ超えなければならないハードルがある。例えば右折だ。対向車や横断歩道を渡る歩行者などを把握し、相手の動きを考えながら進まなければならないからだ。社内でも「20年に自動運転でどこでも自由に走れるわけではない」と限界を認める声がある。一方で、「そこを目標としなければ技術は進化しない。それだけの競争力が日産にはある」と自信も見せる。
15年に実施した首都高でのデモ走行で自動車線変更など洗練された走りを見せたトヨタ自動車が、とりわけ力を入れているのは人工知能(AI)の開発だ。米国に「トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)」を新設し、5年間で10億ドル(約1000億円)を投じる。ただ、AIの世界ではさすがのトヨタも出遅れ感がある。トヨタが設立した豊田工業大学シカゴ校の学長で、AIに詳しい古井貞熙(さだおき)氏は5月に日本で開かれた講演会で、「これから始めて良い人材を集めるのは結構難しい」と述べ、厳しい現実を指摘した。
従来の自動車メーカーは安全を重視し、自動運転はあくまでも「人間の補助」という位置づけだった。しかし、テスラやグーグルのような新興企業はアプローチが異なる。テスラ車を運転していると「むしろクルマの自動運転を、人間(私)が補助している」、そんな気分になった。クルマと人の関係が大きく変わろうとしている。
(『週刊エコノミスト』2016年6月28日号<6月20日発売>20~22ページより転載)