◇TPP発効は風前のともしび
◇大統領候補も議会も動かず
堂ノ脇 伸
(米州住友商事会社ワシントン事務所長)
米国大統領選では、長い予備選の中で各陣営がさまざまな政策課題に対する自らの立ち位置を表明してきた。その中でも注目されるのは、オバマ政権のレガシーともいえるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を巡る両党候補の考えと、協定発効の行方である。
一般的に企業寄りで自由貿易を標(ひょう)榜(ぼう)する共和党は、従来からTPP推進の立場を維持してきた。しかし、ドナルド・トランプ候補は、現状に不満を持つ白人低所得者層という新たな党支持基盤を獲得しており「TPPが米国製造業(ひいては雇用)に致命的な打撃を与える」として反対の立場を表明している。さらに6月には、自らが大統領に選出されれば米国はTPPから離脱し、各国との2国間協定締結に向けた交渉の仕切り直しに舵(かじ)を切ると宣言した。
一方の民主党候補のヒラリー・クリントン氏も、党支持基盤である労働組合や自由貿易に反対の立場をとる多くの若年層の票を得るために、「現状の合意内容ではTPPに賛成できない」との姿勢だ。
このように、現時点では両党の候補者がさまざまな政策課題で対立をしながらも、ことTPPに関してはそろって反対の意を表明するという特異な状況だ。もっとも、クリントン候補は、オバマ政権の国務長官時代にTPPを推進してきた経緯がある。また、先述の言い回しなどから、いったん大統領に選出されれば付属協定の見直しや、しかるべき国内手続き等を通じて賛成の立場に回ると予想する識者は多い。ただ、仮に今秋の連邦議会選挙で、民主党勢力が議席を伸ばした場合には、議会承認を得るのがさらに困難になってしまうというジレンマも抱える。
◇審議日程も不透明
そのTPPについては、米国での批准のためには、関連法案の議会可決が必要だ。オバマ政権と、実際に交渉にあたったUSTR(米通商代表部)としては、11月の大統領選後から来年1月初旬の会期末にかけて法案承認を得ることで、政権移行前の自らの実績としたいという思惑だ。この時期は、落選や引退が決まった議員が残り任期を消化するだけのレームダック議会だ。議論の多い法案承認作業も、この時期ならば前進させやすいというもくろみだろう。
しかし、7月初旬時点で関連法案は議会には提出されていない。USTRのフロマン代表は現在、法案策定の作業を進めていると認めているが、確実な可決を見込むには、事前に議会関係者との水面下での調整が必要だ。特に上院議会で関連法案を審議する財政委員会委員長のオリン・ハッチ議員(共和党)の支持基盤である製薬業界は、依然としてTPP交渉でのバイオ医薬のデータ保護期間を巡る合意内容を不服としている。このため、納得のいく法案策定とタイムリーな提出が行われるかはきわめて不透明だ。
また、上院の議事をつかさどる共和党のミッチ・マコネル院内総務が、レームダック議会での審議に依然否定的な立場にあることも懸念材料だ。さらには、原則自由貿易推進という立場にありながらも、オバマ政権に花を持たせることを良しとしない共和党議員も相当数いる。もとより議会対策が得意とはいえないオバマ政権にとっては、残された任期中での法案可決の可能性は狭まってしまっているといわざるを得ない。
仮に今会期中での可決が無い場合、両大統領候補の動向によっては、TPPは今後数年単位で漂流することも懸念されている。交渉をリードしてきた米国自身の揺れる動向に、交渉参加国は戸惑いながらも、固唾(かたず)をのんで今後の展開を見守っている状況だ。