◇為替
◇2016年8月9・16日合併号
英国のEU離脱で思わぬ英ポンド安とユーロの連れ安、ドル高放棄、中国人民元のジリ安……と気がつけば、円独歩高。通貨安競争に敗れた日本の悲劇。
永濱利廣(第一生命経済研究所首席エコノミスト)
年明け以降、米国の製造業景気指標は、改善傾向にある。代表的な指標であるISM製造業景況指数は、2015年12月の48から16年6月には好不調の分かれ目となる50を超える53・2まで上昇し、米国製造業の景気は昨年末をボトムに回復基調をたどっている(図1)。
これは、年明け以降の原油価格の反転で、シェール関連企業の景況感が改善したことが一因だろう。しかし、それ以上に世界経済の先行き不透明感に伴う米利上げ観測の後退でドル安が進み、輸出競争力の高まりを背景に製造業の景況感が回復し始めた為替要因による面が大きい。
中国の製造業購買担当者景気指数(PMI)も、全国人民代表大会(全人代=国会に相当)を契機とした景気刺激策の加速とそれまでの人民元安で、今年2月を底に急速に改善している。さらに欧州でも、ECB(欧州中央銀行)が15年1月から量的緩和に踏み切りユーロ安が進んだことから、企業の輸出競争力の高まりを追い風に、ユーロ圏の製造業PMIが改善傾向にある(図2)。
◇限られたパイ争奪戦
対照的なのは日本だ。世界経済の不透明感に伴う投資家のリスク回避姿勢から円高が進んだ結果、日本企業の景況感は急激に悪化している。
日本の製造業PMIは16年5月に47・7とアベノミクス初期の13年1月の水準まで落ち込み、翌6月には48・8とやや上昇に転じたものの、英国のEU離脱の影響が十分に織り込まれていない(図3)。これは、4月の熊本地震に伴うサプライチェーン(供給網)一時停止の影響だけでなく、政府の為替介入や日銀の追加緩和観測の低下を背景に、円高による企業業績への懸念が大きく高まったことによる。日本だけが円高に苦しめられる構図だ。
GDP(国内総生産)や鉱工業生産指数などの経済統計の先行指標として注目されるPMIと為替の連動性の高まりは、実体経済に及ぼす為替の影響度が従来以上に強まっていることを示す。こうした構図を考える一つのよりどころは、長期停滞論である。これは米国のローレンス・サマーズ元財務長官が提示した「先進国の長期停滞論」に基づいている。
サマーズ氏が14年に執筆したコラムによれば......
(『週刊エコノミスト』2016年8月9・16日合併号<8月1日発売>84~85ページより一部転載)
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