◇自治領プエルトリコ債務問題
◇再編の枠組みようやく創設
安井 真紀
(国際協力銀行ワシントン首席駐在員)
英国のEU離脱(BREXIT)が現実のものとなり、次はNEXIT(オランダ)だ、DEXIT(デンマーク)だ、Sス ウェグジットWEXIT(スウェーデン)だ、と騒がれる中、PプレグジットREXITなる言葉も新聞紙上に現れた。米国社会の中で、米自治領(コモンウェルス)のプエルトリコが債務問題に直面して、米連邦破産法による救済を得られない現状に不満が広がっている。
プエルトリコは6月30日、翌日に返済期限を迎える約20億㌦の債務について、支払い猶予(モラトリアム)を宣言した。昨年8月、今年1月、5月に続き、4度目の債務不履行だ。人口約350万人のプエルトリコが抱える負債は、総額約720億㌦(約7・5兆円)に上る。
米国では過去にも、2013年7月のデトロイト市など、破綻した市や郡が連邦破産法第9章の適用を申請している。しかし、同法は州には適用されない。また、自治領も州に準ずるとされる。破産手続きが適用されなければ、債務者は債権者と個別に債務免除・繰り延べ等を交渉する必要があり、莫大な時間と費用がかかる。既存の債務を整理しなければ、新たな借り入れもできず、再建の道は描けない。米国の州が最後に破綻したのは1930年代だ。参考となる最近の事例はない。
プエルトリコ政府はこれまで、財政支出を切り詰め、教育、医療、社会保障関連予算を大幅にカットして、消費税や石油税の税率引き上げも実施した。また、2014年6月には、住民に必要なサービスを継続しながらも電力公社等の債務再編を進める「プエルトリコ公社債務執行再生法」を制定した。だが、この法律は15年2月、プエルトリコ地方裁判所で無効判決を受ける。16年6月13日、米連邦最高裁はこの判決を支持。プエルトリコには債務再編・破産プロセスを定める権限はなく、それができるのは米議会だと示した。
◇米国との切れぬつながり
その米議会では、米財務省やプエルトリコ政府代表が公聴会等で連邦破産法のプエルトリコへの適用を再三訴えていたが、法制化には至らなかった。そこで別の対策が取られた。16年5月になって、関連法案にプエルトリコ債務救済条項を挿入して提出され、6月に可決された。これによって、財務監視管理委員会による債務再編という枠組みが創られた。投資家に対し、プエルトリコへの訴訟を制限する猶予期間も設けられた。
かつてプエルトリコは、連邦法人税免税等の税優遇措置で多国籍企業を誘致してきた。ところが、この税優遇措置が米連邦政府の財政悪化で、1996年から10年かけて縮小・廃止されると、企業が次々と撤退。2000年代半ばから景気低迷が続き、失業率は15年8月時点で11・6%と米国全体の約2倍に上る。人口は10年間で30万人以上流出し、産業競争力を失っていった。
税収低迷による財政赤字を補填するために、プエルトリコ政府は地方債を発行した。連邦税等の免税メリットがある地方債を購入したのは主に米国のファンドだった。ファンドに投資しているのは、大半が米国の個人投資家だ。プエルトリコの破綻により、米国民の保有する資産が毀損すれば、米国経済も打撃を受ける。また、米国の市民権を持つプエルトリコの労働者が他の州に移り住むのは容易だ。他の州の雇用にもインパクトを与えかねない。
当面は、プエルトリコの人々の生活を人道的に支えながら債務をどう整理するか、経済財政をどのように立て直すかが問題だ。税優遇措置に振り回された自治領プエルトリコと米国の本当の痛みはこれから始まる。
(『週刊エコノミスト』2016年8月23日号<8月16日発売>60ページより転載)
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