第2部 憲法
「改憲勢力」が衆参両院で3分の2超の議席を獲得し、国会で憲法改正に向けた議論がスタートする。だが、前のめりの安倍政権に、国民はついて行くのか。
花谷美枝/酒井雅浩/金井暁子
(編集部)
◇“入り口”は緊急事態条項
自民党内で憲法改正に向けた機運が高まっている。
7月の参院選で、自民党、公明党に憲法改正に前向きなおおさか維新の会、日本のこころを大切にする党、などのいわゆる「改憲勢力」が憲法改正案の発議に必要な総議席数の3分の2以上を獲得した。与党は衆院でも3分の2を獲得しており、改憲に向けた環境が整った。秋の臨時国会で憲法審査会が設置され、衆参両院で改憲に向けた議論が始まる。
改憲は自民党の党是であり、安倍晋三首相にとっては祖父である岸信介元首相から引き継ぐ課題でもある。06年7月、当時官房長官だった安倍首相は「経済成長は達成できたが、憲法改正などは後回しになった。父(安倍晋太郎元外相)も祖父も達成できなかった課題を達成したい」と思いを打ち明けたことがある。
またここにきて注目を集めているのが、安倍首相に近いといわれる保守系団体「日本会議」の存在だ。1997年結成の日本会議は、神社本庁や宗教団体が参加する「日本最大の右派系組織」と呼ばれる。報道によると第3次安倍再改造内閣の閣僚20人のうち15人が「日本会議国会議員懇談会」に所属しており、政権との距離が近いことは間違いない。
その日本会議と周辺団体は、押しつけられた「占領憲法」改正の主張を掲げ、改憲に向けて安倍首相の背中を押している。
◇野党の危機感も薄い
安倍政権の改憲の「本丸」は憲法9条だ。だが9条は世論の合意形成に時間がかかり、国民投票で否決される恐れがある。そのため、野党の同意を得やすいテーマから手をつけるとみられている。
特に自民党が積極的なのが緊急事態条項の新設だ。12年の自民党改憲草案に盛り込まれている。大規模な災害や有事の際に、国が人権保障や権力分立などの憲法秩序を一時的に停止して非常措置をとる権限を定めるもので、国会議員の任期延長や選挙の延期などが検討されている。安倍首相は「緊急時に国民の安全を守るため、国家・国民がどんな役割を果たすかは極めて重く大切な課題」(16年2月の衆院予算委質疑)と前のめりだ。
改憲論議の鍵を握る公明党は、「幅広く国会で議論を深めて国民の理解を伴うようにしなければならない」(山口那津男代表)と慎重ながら議論に応じる姿勢を見せている。野党・民進党は反発しているが、15年に細野豪志元環境相が大災害時の国会議員任期延長について「静かに議論すれば与野党で一致できる」と発言するなど、一枚岩ではない。
一度改憲すれば、心理的な壁は低くなる。議論しやすい話題で実績をつくる「お試し改憲」が緊急事態条項で行われる可能性が高まっている。
だが、野党側は切迫した危機意識が乏しい。参院選では「3分の2阻止」を旗印に野党共闘したが、実際には「投票日まで有権者を引き付けるためのアピールだった」と野党幹部は明かす。何を改憲するのか、何に反対なのか、具体化しないまま「改憲」が政治闘争の具に使われた。
国民を置き去りにしたまま、独り歩きする「改憲」論議。世論の関心は低く、「3分の2」の数字が持つ意味を理解しない人も多い。だが、無関心を続ければ、私たちは大切な問題を見逃すことになる。(了)
(『週刊エコノミスト』2016年8月30日特大号<8月22日発売>76~78ページより転載)
関連記事
この記事の掲載号
特別定価:670円(税込)
発売日:2016年8月22日