◇ROEブームで企業が食い物に
荒木宏香(編集部)
近年、「リキャップCB」という財務手法を導入する企業が急増している。リキャップとは、リキャピタライゼーション(負債と資本の再構成)の略称で、企業が転換社債型新株予約権付き社債(CB)を発行して、その調達資金で同時に自社株買いを行うことをリキャップCBという。CBを発行することで負債を増やし、自社株買いで資本を減らすことで、資本の効率性を示す株主資本利益率(ROE、純利益÷自己資本)を向上させることができる。
日本でのリキャップCBの導入件数は、2011年は2件にとどまっていたが、14年には15件、15年には16件と急増。11~16年6月までの約5年間で、46社もの企業が導入した。
導入件数が急増した背景には、ROEブームの到来で、企業の経営環境が大きく変化したことがある。経済産業省が14年にまとめた企業の成長と投資家との関係についての報告書、通称「伊藤リポート」で、ROE8%以上を目指すべきだとされたことや、同時期に、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の導入、一定以上のROEや営業利益などを基準に銘柄を選定した株価指数「JPX日経インデックス400(JPX400)」が登場したことも、ROE重視の流れを後押しした。
だが、リキャップCBにはいくつか問題もある。リキャップCBを導入することで、確かに一時的にROEは改善する。しかし、発行したCBは将来株式に転換された場合、自己資本となるため、バランスシートはCB発行前の状態に逆戻りし、当然ROEも元通りだ。また、転換されれば、株主にとっては、発行したCBの分だけ株式数が再び増加するため、1株当たりの利益が減少し、株の希薄化を招くことになる(図)。
実際、株式の希薄化が株主に嫌気され、リキャップCB実施企業の株価が急落する現象も見られる。ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストは、「15年は市場がプラスに評価するケースもあったのに対し、16年は関西ペイントや昭和産業など、横ばいまたは下落した銘柄がほとんどだ」と指摘する。
◇金利ゼロで発行できる
問題はまだある。そもそも、5年前まではほとんど見られなかったリキャップCBがもてはやされたのはなぜか。外資系証券会社を経て、現在は早稲田大学大学院会計研究科、商学研究科兼任講師の柳良平氏は「リキャップCB急増の裏には、証券会社と海外ヘッジファンドの存在の可能性がある」と話す。
複数の市場関係者によると、例えば、優良企業が100億円分のCBを発行すると、普通社債の金利の相場が0・3%ほどであるのに対し、CBは金利ゼロ(ゼロクーポン)で発行できる。しかも、CBの主な買い手は海外ヘッジファンドで、人気が高いため発行価格よりも大体2%ほど高い価格で売買される。そのため、企業はゼロ金利で資金調達できるうえ、リキャップCBの場合、大体2%が相場とされる証券会社への手数料も賄える。更に、一時的でもROEも改善できるなら、多くの企業の最高財務責任者(CFO)は、腕の見せどころとばかりに、真剣に証券会社の提案を検討するだろう。
だが、CBには、満期になれば支払った分の全額が償還される社債としての性質と、株価が値上がりすれば株に転換して差額が得られるオプションが付いた新株予約権としての性質もあるため、この株を買う権利(コールオプション)に対してプレミアム(上乗せ価値)が発生する。
柳氏は、「ブラックショールズ・モデルというオプション価格の算出に用いる計算式に当てはめると、このプレミアムの市場価格は大体6%ほどが相場だ」と言う。100億円のCBを発行した場合、106億円程度の市場価値があるのだ。
「多くの企業は、自社が発行したCBに6%ものプレミアムが付いていることを知らないだろう。証券会社や海外ヘッジファンドは、それを発行企業に告知せずに、普通社債より高い手数料を得たり、適正価格より安くCBを購入してもうけている」と市場関係者は指摘している。
◇数時間で売り切れ
証券会社や海外ヘッジファンドはどうやってもうけているのか………
(『週刊エコノミスト』2016年8月30日特大号<8月22日発売>40~41ページより転載)
この記事の掲載号
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発売日:2016年8月22日