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【天皇と憲法】自民党改憲草案を斬る 2016年8月30日特大号

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◇立憲主義をないがしろ

◇政府を強化し、個人の自由を制限

 

青井未帆(学習院大学大学院法務研究科教授)

 

 

 自民党の「日本国憲法改正草案」は、政府の権力を強化する一方で、本来憲法が保障すべき「個人の自由」に関心が薄く、立憲主義の精神から逸脱している。

 立憲主義の中核にある考え方は「権力の制限」だ。国家を制限することで、個人の自由や人権を守る。権力による人権侵害を許さないため、権力を猜疑(さいぎ)の目で見る。日本国憲法は、立憲主義の正統な系譜に位置づけられる。

 しかし、改憲草案は根元的な問題として、本来は権力を抑制することによって守るべき「個人の自由」について、大きな制限を加えている。

 

 ◇自民党改憲草案

 12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

 

 ◇現憲法

 12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

 

 なぜ権力は抑制されなくてはならないか。憲法の究極の存在目的は、人権の保障にある。そして個人の自由や人権への最大の侵害者は国家である。だからこそ、現憲法は国家を縛り、不当な権力行使を抑制して「侵すことのできない永久の権利」(憲法11条)として人権を守れと国家に命じている。人権とは、国家と個人が対峙(たいじ)するとき、個人が自らの権利を守るための武器として、国家に対して主張できるところに最大のポイントがあるのである。

 しかし、改憲草案はそのような原則に基づいていない。12条に「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し」と加え、改憲草案の内容を解説する「Q&A」で「個人が人権を主張する場合に、他人に迷惑を掛けてはいけない」と説明する。ここからうかがわれるのは、「権利があるからには義務がある」という国家中心の考え方だ。

 

 ◇自民党改憲草案

 13条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。

 24条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。

 

 ◇現憲法

 13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

 

個人の自由に関心が薄い自民党の「日本国憲法改正草案」
個人の自由に関心が薄い自民党の「日本国憲法改正草案」

 改憲草案は、国民は「個人」としてではなく、「人」として尊重される(改憲草案13条)とし、家族の絆を大事にして生きることの大切さを強調している(改憲草案24条)。「個人」から「人」に言葉を変更したことの意味について、十分な説明はされていないが、「個人主義」に否定的な考えが背後にあることが考えられる。一般的な「人」として尊重されることと、個性ある一人の「個人」として尊重されることは同じではない。

 さらに、国民の権利が制限される場合について、現憲法が掲げる「公共の福祉」を、改憲草案は「公益及び公の秩序」と改めた。その意味を「社会秩序のことであり、平穏な社会生活を意味する。これにより人権が大きく制約されるものではない」と断っている。

 国家・社会・家族・国民を混然一体に捉えるような国家観が背後にあるのだろう。人は家族の中に、社会の中に、そして国家の中に溶け込んでいて、国家と国民とは共同の関係にあるといった考えがあるのではないか。

 それは、立憲主義の前提とする国家と個人の関係からは大きく懸け離れている。もし国家がよいと考える世界観で社会や個人が染め上げられ、国家が特定の生き方を個人に押し付けるなら、その価値観を共有しない個人には自由がない。でも本来はそれらの人々こそが、自由や人権を最も必要としている者のはずだ。

 Q&Aで「人権を保障するために権力を制限するという、立憲主義の考え方を何ら否定するものではありません」と断っているものの、権力の暴走や統制といった課題への関心が低いことは、改憲草案の構造全体から明らかだ。

 

 

 改憲草案には、現憲法にはない緊急事態条項が盛り込まれた。

 

 ◇自民党改憲草案

 98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

 99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

 

 緊急事態宣言の効果として、「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定できる」(改憲草案99条)と定める。これらは統治機構における権力の配分を、内閣だけに偏って大きく変更するものである。

 権力のバランスを考えれば、国会や司法が新たにどういう権限を持つかが鍵となろう。内閣の決定が正しいかどうか、国会や司法が、事前または事後に判断できる仕組みが不可欠である。しかし草案は国会、司法の権限に手を加えていない。

 改憲草案の第2章では国防軍の設置が規定されている。現憲法が「戦力の不保持」を掲げているのに対し、大転換だ。

 

 ◇自民党改憲草案

 9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。

 2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

 

 ◇現憲法

 9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

 国防軍の設置について詳しく分析してみたい………

 

 

(『週刊エコノミスト』2016年8月30日特大号<8月22日発売>80~82ページより転載)

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週刊エコノミスト 2016年8月30日特大号

 

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