◇円高要因
◇ドル安の行方は?
FRBがいくら利上げをしたくても、米財務省はドル安路線を取っているため、利上げの足並みはそろわない。
唐鎌大輔(みずほ銀行国際為替部チーフマーケット・エコノミスト)
2012~15年に見られた史上最長となる4年連続の円安局面は、米連邦準備制度理事会(FRB)が正常化(利上げ)に向けて順調に歩を進めてきたという事実に支えられていた。安倍政権の強烈なリフレ志向、特に、黒田日銀の量的・質的金融緩和はあくまで2次的な要因である。今年の円高進行も、何より「基軸通貨ドルの意向を反映した動き」というのが真相だろう。つまり、為替相場で今起きていること、これから起きることは「円高というよりもむしろドル安」と言った方が正確である。
変動相場制が始まった1973年以降の歴史を見ても、米国の通貨・金融政策の意向に反して、ドル・円相場を含め為替相場全体が動くことは極めてまれである。FRBが「世界で唯一利上げを模索できる中央銀行」であることを標榜(ひょうぼう)し、ドル高を引き受けてくれたからこそ4年連続の円安は実現したのである。この点、安倍首相や黒田日銀総裁は「運」を持っていたと言える。
その為替相場で円高・ドル安が進んでいるのは、14年半ば以降に加速したドル独歩高に対して、米国の政治・経済情勢がネガティブな姿勢を示し始めたからにほかならない。つまり、基軸通貨ドルの意向が16年に入ってからはっきりと変わり始めたのである。今年4月末に発表された米財務省の為替政策報告書において「監視リスト」が作成され、そこに日本の名前が掲載されたことは、ドル高進行を容認しかねるという象徴的な動きだろう。
今後、米国では金融政策(FRB)が利上げを模索する局面が続きそうだ。しかしその一方で、通貨政策(米財務省)における通貨安路線は、経済動向だけでなく、国内政治情勢をくみ取った動きであり、修正は難しい。こうして、金融政策と通貨政策の方向性は矛盾することになる。
年末になれば、次の米国大統領の通貨政策に注目が集まる。しかし、クリントン氏もトランプ氏もドル高をけん制する通貨安路線に大きな違いがありそうにない。14年6月以降に本格化してきた「FRBの孤高の利上げに応じたドル独歩高」が許容される可能性が高いとはどうしても思えない。いずれ、FRBの「利上げ願望」は政治的意向をくんだ通貨政策の前に屈することになるだろう。
◇「ドル高の罠」に
今後の為替相場を見通すうえで重要なのは、FRBが「ドル高の罠(わな)」から逃れるすべがないということである(図)。結局、「今の世界で利上げを....
(『週刊エコノミスト』2016年9月20日特大号<9月12日発売>27~28ページより転載)
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定価:670円(税込み)
発売日:2016年9月12日