◇メジャー撤退が引き金
◇総合エネ企業化は遠く
松本惇/藤沢壮(編集部)
JXホールディングス(HD)と東燃ゼネラル石油、出光興産と昭和シェル石油──。2017年4月予定の統合で、「2強」体制となる日本の石油元売り業界。この再編劇は、先細りする日本市場から撤退する海外の石油メジャーが引き起こした。
1バレル=100ドルを超える原油高を受け、海外メジャーは利益の約8割を上流部門(開発・生産)で稼いできた。だが、14年以降は世界経済の減速と「シェール革命」によって、原油市場は供給過剰となり、今年1~2月に指標となる米国産標準油種(WTI)は一時1バレル=20ドル台まで落ち込んだ。石油輸出国機構(OPEC)は今年9月、8年ぶりの減産で合意したものの、原油価格は1バレル=50ドル程度の低水準が続く。
こうした中、海外メジャーは原油以外の成長分野を獲得しようと、液化天然ガス(LNG)事業を強化。英蘭ロイヤル・ダッチ・シェル(以下シェル)は16年2月、LNG事業に強みがある英ガス大手BGグループを約360億ポンド(約4兆7500億円)で買収し、最大手の米エクソンモービルもパプアニューギニアでLNG事業を拡大している。
一方、日本国内の石油消費量は毎年減少しており、成長は期待できない。このため、海外メジャーは日本市場の下流部門から撤退を始める。全額出資の日本法人を通じて東燃ゼネラルの親会社となっていた米エクソンモービルも12年6月、株式の大部分を東燃ゼネラルに売却した。
◇業界トップと一体
日本側が受け身で始まった今回の再編は、産業政策も後押しした。
経済産業省は10年、「エネルギー供給構造高度化法」(09年施行)に基づき、事実上の設備削減目標を設定した。先細りする国内市場への対応を業界に迫った形だ。
13年12月には産業再編を目的とした「産業競争力強化法」の成立にこぎつける。同法に基づき14年に実施した石油元売り業界に関する市場調査の報告書の中で、電力やガスなどを含めた国内外の事業の充実を挙げ「『総合エネルギー企業』へと成長していく戦略が必要」とうたった。
石油元売り業界の将来像として「総合エネルギー企業」を示し、企業合併と設備の統廃合を促した。資源輸入国として、「エネルギーセキュリティー」と「安いエネルギーの安定的な供給」を国是とする経産省が手段としたのが高度化法だった。その上前をはねたのが業界のリーディングカンパニーだ。
関係者によると、新日本石油(現JXHD)の渡文明会長(当時)は、設備の削減目標を作るよう経産省側に求め、高度化法の制定を後押ししたという。渡氏は、安倍晋三首相と一緒にゴルフをする仲だ。あるアナリストは「新日石は設備稼働率が低く、削減目標にも対応しやすかった。自分たちに有利なルールを作り、再編の主導権を握ろうとしたのではないか」と分析する。
JXHDの前身の日本石油は、販売シェアで出光に抜かれ2位となった後の99年、三菱石油と合併して日石三菱となった。その後も経営統合を繰り返し現在に至る。ただ、「シェア1位」が目的化し、統合効果は低いとも指摘される。
経産省は今回、JXHDと足並みをそろえて再編を進めようとしたものの、思惑通りにいかなかったことも多い。当初は業界4位のコスモ石油(現コスモエネルギーHD)を絡めた統合を狙ったものの、東日本大震災で経営が悪化したコスモを他社は統合候補から外した。また、出光と昭和シェルの統合交渉の推移を把握しておらず、出光創業家が反対していることは報道で初めて知った。
業界再編をめぐり、石油連盟の木村康会長(JXHD会長)は14年6月の総合資源エネルギー調査会の会合で、「事業再編に関しては個々の企業が自らの判断で実施する」と、経産省にくぎを刺した。経産省の現役官僚は「規制緩和によって石油業界に対する経産官僚の影響力は低下した。規制がないため、業界も細かいことまで報告する必要がなく、経産省の言いなりにはならなくなっている」と指摘する。「官僚たちの夏」はとうに盛りを過ぎていたのだ。
◇合併見送った東燃
シェルの日本撤退に端を発し、業界再編は動き出した。
「経産省は出光と東燃のどっちがいいのか」。シェル幹部が13年、同省資源エネルギー庁資源・燃料部の住田孝之部長(当時)の元を訪れ、同省が望む昭和シェル株の売却先について尋ねた。住田部長は「出光だ」と答えたという。省内には当時、JXHDと東燃ゼネラルを統合させたいという意向があった。その最大の理由は、ガソリンの販売後に仕入れ値を下げる「事後調整」を認めていない東燃と統合することで、事後調整が横行しているJX系列の商慣習を是正できると考えていたためだ。
これを受け、昭和シェルがまず交渉したのは出光だった。だが、出光が株式公開買い付け(TOB)による昭和シェルの買収を検討していると『日本経済新聞』が14年12月に報じると、交渉は一時中断する。
昭和シェルは亀岡剛社長兼グループ最高経営責任者(CEO)が15年3月に就任すると、三菱商事出身の増田幸央社外取締役を中心に東燃ゼネラルに、1株1250円で売却を持ちかけたとされる。中原伸之・東燃元社長らも賛意を示したが、旧ゼネラル石油出身の東燃ゼネラルの武藤潤社長は拒み、話は流れた。
出光の月岡隆社長は、昭和シェルと東燃ゼネラルの交渉を知り動いた。月岡社長はシェルと直接交渉し、1株1350円で昭和シェル株を購入することで合意。7月30日の取締役会で決議して発表した。
一方、東燃ゼネラルは同12月、JXHDと経営統合で基本合意。来年4月に「JXTGホールディングス」として発足を目指す。
結果的に「2強」体制の道筋が整ったかに見えたが、出光創業家が待ったを掛ける。創業者である出光佐三氏の長男で元社長の昭介名誉会長は今年6月の株主総会で合併反対の意思を代理人を通じて表明した。経営側は合併方針を変えていないが、出光株の3分の1以上を保有するとされる大株主である創業家の同意がなければ、合併は成立しない。
◇強まる政治との関わり
受け身の企業と中途半端な経産省の関与は、元々政治と近い業界にさらなる政治介入の余地を増した。
業界でささやかれるのが、JXHDと東燃ゼネラルの統合に伴う製油所統廃合への影響だ。東燃ゼネラルの堺と和歌山(和歌山県有田市)の両製油所はどちらかが廃止される可能性がある。和歌山は、元経産相の二階俊博自民党幹事長の地元だ。製油所の廃止は地元の雇用に直結するため、二階氏は存続を希望しているとされる。企業側が経済合理性だけで経営判断できなければ、再編の効果を左右する。
安倍首相のブレーンで、政府の介入に批判的な中原東燃元社長は昨年11月26日、首相官邸で安倍首相と面会し、今回の再編に苦言を呈した。安倍首相の側近で、経産省出身の今井尚哉・首相秘書官も同席を求めたという。政治を巡る官民の駆け引きの構図がそこにある。
政官業の思惑が入り乱れる石油再編は、経産省が描く総合エネルギー企業につながるのか。東京理科大学大学院の橘川武郎教授は「日本の石油元売りは、総合エネルギー企業の中核にはなれない」と見る。受け身の石油再編はどこへ行くのか。
(『週刊エコノミスト』2016年10月18日号<10月11日発売>20~23ページより転載)