◇8兆円市場に群がる200社
◇不自由な競争で将来値上げも
池田正史/金井暁子
(編集部)
4月から電力会社を自由に選べるようになる。自由化で開放される市場規模は約8兆円。この巨大市場を目指して200社近い企業が電力小売り事業に乗り出した。
電気はいかが──。首都圏のスーパー「ベルクス」(本部・東京都足立区)や「いちやまマート」(同・山梨県中央市)は、店頭で電気の販売を始めた。電気を買ってくれた会員限定で卵やティッシュペーパーなどの贈呈やポイント特典を用意する。スーパーでの電気の販売を支援するのは、伊藤忠商事が出資する新電力、アイ・グリッド・ソリューションズ(東京都千代田区)。30~50店など比較的小規模な地域のスーパー向けに電気を提供し、スーパーが販売代理店としてその電気を売る仕組みだ。
東急電鉄は、子会社の東急パワーサプライを通じて東横線や田園都市線など沿線居住者向けを中心に販売する。1月に申し込み受け付けを開始し、1月26日時点で契約1万件を突破した。原寛一執行役員は「東急線の定期券やIC乗車券『パスモ』に付与するポイントは買い物やチャージに使え、鉄道会社ならではの売りになる」と強調する。
東京ガスは、電気とガスのセットで契約すれば3人家族の場合、従来の東京電力の料金に比べて年間約1万円安くなるプランを提供する。昭和シェル石油は電気料金とともに、ガソリン代を1㍑当たり10円、軽油代を同5円割り引く。KDDIは、毎月の電気使用量に応じてプリペイドカードに最大5%相当分をキャッシュバックする「セット割」を始める。
迎え撃つ大手電力会社も負けてはいない。東京電力は電力使用量が一定量(1カ月400㌔㍗時)まで定額、それを超えると割安になるプランなどを用意。ソフトバンクやLPガス(プロパン)会社などと連携し、連携先企業の商品とセットで申し込めばより得になるサービスを提供する。関西電力も、夜間にお得なプランの時間帯を広げたり、水回りや鍵のトラブルなどがあった際に訪問する「駆けつけサービス」を提供する。
◇恩恵が及ばない世帯
業種・業態入り乱れ、サービス合戦が繰り広げられている。消費者にとっては、電気料金が下がり、サービスメニューも多様になる。しかし、バラ色の世界が待っているかと言えば、そうとは限らない。
東京大学大学院の大橋弘教授は「各世帯に均等に恩恵が及ぶわけではない」と指摘する。というのも、電気料金はそもそも電力使用量の多い層ほど単価が高い設定になっているためだ。電力会社も新規参入企業も、利幅が大きいこの層を主なターゲットに特典や割引を用意する。
その結果、電力使用量の少ない世帯はメリットを得にくい。契約アンペア(電流の単位)が10アンペアや20アンペアなど、30アンペアに満たない世帯は契約プランがなかったり、これまでより電気代が高くなる企業がある。大橋氏は「いずれは所得に応じた料金体系を議論する必要も出てくるのではないか」と話す。
参入企業が限られ、選択肢の少ない地方もある。首都圏や中部、関西圏に比べ、北陸や四国などへの参入企業は少なく、特典や割引の恩恵を受けにくい。
電力選びの際に、「原発ではなく、再生可能エネルギーで発電された電気を買いたい」などと考える人もいるはずだ。だが、それも思うようにならない。電気を売る会社が、どんな発電会社から、どんな電気を調達して消費者に提供しているかが必ずしも明示されないためだ。
経済産業省が電力小売業者に守るよう求めた営業指針は、発電方式を示す「電源構成」についての表示を「望ましい行為」に位置づけるにとどめた。調達先の電力会社名も同様だ。新電力を対象に実施した編集部のアンケートでも、いずれも非公開の企業が複数あった(32㌻表)。
また、福島原発事故を起こした東京電力が嫌で、携帯電話とのセット割引メニューを用意するソフトバンクに切り替えたとしよう。それでも、電気を作っているのは東京電力に変わりはない。ソフトバンクは東電の販売代理店にすぎないからだ。
指針では、同じ再生可能エネルギーでも固定価格買い取り制度(FIT)を使った電気について、宣伝活動などで「グリーン電力」や「きれいな電気」などとアピールしてはいけない決まりにもなっている。消費者にとっては分かりにくい。
◇大手電力が有利
新規参入企業にも足かせが多い。大きな発電所を持たない業者は電力の調達に苦労する。その理由の一つが、国内の電力卸市場が極端に小さいこと。国内の卸市場である日本卸電力取引所の取引量は国内で販売される電力量の1~2%にすぎない。特に太陽光発電など発電量が大きく変動する再生可能エネルギーを主体に据えたい業者にとっては、いざというときの市場調達が困難になるので悩みは大きい。
ある新規参入業者は「大手電力会社は電力を卸市場に出すも出さないも自由。供給量次第で小売会社はつぶれるリスクがある」と不安がる。
さらに、根本的な問題もある。そもそも、東日本と西日本の周波数はそれぞれ50ヘルツ、60 ヘルツで異なる。例えば東日本で作った電気を西日本にそのまま送ると電気の流れが乱れて停電を起こす恐れがある。そこで周波数変換所と呼ばれる施設で送り先の周波数に変換する必要があるが、この変換所の数が少なく、変換能力に限りがある。電力エリア同士をつなぐ連系線の能力不足も課題だ。
そのため電力会社が他の供給エリアに展開したい場合、ガス会社や石油元売り会社など、地元に発電所を持つ企業と連携したり、これら企業と共同出資し発電所を建設したりするといった対応が必要だ。昨年4月には、地域をまたいで電力を円滑に使用できるように電力広域的運営推進機関という調整機関が設立されたが、変換所の設置や連系線の増強には多額の設備投資が必要で、改善には時間がかかりそうだ。
「本気で競争すれば、結局、大手電力会社が勝つ」(大手ガス会社)との声も少なくない。サービス競争は今だけで、過当競争によって新規参入業者が淘汰(とうた)されることも十分あり得る。英国でもドイツでも、自由化後には電力会社が再編されて寡占状態になり料金が上がった。日本でも結局、従来の地域独占に近い状態に逆戻りする可能性がある。
誰のための自由化か。サービスの発表競争で関心が高まっている今のうちに、制度を改めて見つめ直す必要がある。