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農協猶予5年:政治力剥奪のJA全中 2016年3月1日号

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 ◇集票力試される正念場

 

酒井雅浩

(編集部)

 

 4月に施行される改正農協法で、農協の今後は改革の進展状況を5年間、調査して結論付けるとされた。5年後に待つのは生存か、それとも──。

 「60年ぶりの農協改革を断行する」。安倍晋三首相は2015年2月、衆院本会議での施政方針演説で、「戦後以来の大改革」を掲げた。その初めに語ったのが、農協改革だ。戦後、首相が国会演説で農政を冒頭に挙げたのは、これが初めて。自民党の支持基盤である農協の改編まで踏み込むことで、農業を成長戦略の目玉にするという強い意志の表れとみられた。

 しかし首相が取り組む農協改革の本当の狙いは、「農協を意のままに操ること」。その先に、悲願の憲法改正を見据えている。

 ◇公取委の摘発が踏み絵に

 

 改正農協法は、15年8月に国会で成立した。柱は、全国農業協同組合中央会(JA全中)の持つ強大な権限の源とされる全国約680の地域農協に対する監査・指導権の廃止だ。JA全中は地域農協に対して、監査と指導を一体的に担うことで強大な権限を行使してきた。地域農協の自主的な経営が縛られ、農業の発展を阻んでいる。農協法を改め、権限を廃止すれば事態は変わる──という発想だ。JA全中は任意の一般社団法人になることで、JA全中を頂点とするJAグループは崩れる。


 農協に詳しい有識者は、農協改革の意図を「JA全中の政治力の弱体化」とみる。農協は戦後政治最大の圧力団体。約1000万人を要するグループの集票力を背景に、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)でも、大反対運動を繰り広げた。

 その中心となっているJA全中の運営費の大部分を占めるのが、グループの各組織から集めている賦課金だ。15年度予算では、収入約103億円のうち、約65億円が賦課金だった。今回の改革を受け、JA全中は農協法で特別に認められた法人ではなくなり、経営指導権と監査権の廃止が決まった。各農協が監査料などの名目で支払ってきた賦課金もなくなるため、JA全中の影響力は大きく低下する。資金力が乏しければ、大規模な政治活動は不可能だ。

 農協は職員20万人を抱える巨大組織で、特に地方議員に大きな影響力を持つ。政府は改革の矛先を農協組織の頂点に立つJA全中の権限の縮小に限定した。地域農協にとっては、改革によって経営の自由度が増すため、現場の反発は抑えられるという「読み」もあった。

 一方で、官邸に逆らった農協に対し、圧力をかけたとうわさされる「事件」もあった。13年7月、山形県・庄内地方の地域農協に対し、コメの販売手数料を話し合って決める価格カルテルを結んだとして、公正取引委員会が独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で、JA全農山形や各農協の本店などに検査に入った。

 農家からコメを集めて市場で販売する際、農協は売り上げから手数料など諸経費を差し引いた残額を農家に代金として支払う。庄内地方の5農協は、組合長や営農担当部長が11年1月と2月、農家から受け取るコメの販売手数料を1俵(60キロ)410円に決めたとされた。この事件で公取委は14年9月、同容疑で5農協を警告。農協が価格カルテルの疑いで警告を受けたのは初めてだった。

「圧力」とささやかれるのは、山形県農協政治連盟が13年7月の参院選で、自民党ではなく、TPP反対を訴えた野党候補に推薦を出していたからだ。この候補は落選したものの、検査に入ったのは選挙直後だった。「手数料は組合員と協議して決めるもので、組合長だからといって勝手に決められるものではない」。全国農政連関係者は話す。山形では担当者が起訴されるなどの刑事事件に発展しなかったものの、「特に1人区では、自民党候補者を当選させるために協力しろという強烈なプレッシャーになる。露骨な『踏み絵』だ」(全国農政連関係者)。

 ◇農協解体の第一歩か

 

 農協は主な収益を、貯金の受け入れやお金の貸し付けの「信用事業」、保険を扱う「共済事業」の金融事業に頼っている(図1)。本業がおろそかになっているとの批判は根強く、農家である組合員以外の「准組合員」の利用制限が改革の俎上(そじょう)に載った。


安倍政権は14年5月にまとめた規制改革会議の農協改革で、准組合員の利用を組合員の50%に下げると明記した。利用制限を設けると、農協の抱える金融資産は、一般の銀行や保険会社に流れる。本業の農業関連収益割合が小さい都市部の農協は「ことごとく倒産する」(金融ジャーナリスト)というほどの危機だった。

 JA全中は、政府の農協改革案を拒否してきた。准組合員の利用制限が見送られたことを受け、JA全中の万歳章会長(当時)が容認したのは15年2月9日。安倍首相の施政方針演説の3日前だった。「政府はJA全中の権限と、准組合員利用制限の二者択一を迫るにとどまった。JA全中は准組合員利用を死守した。両者痛み分けだ」との見方に、農業政策に詳しい専門家は「農協解体に向けた第一歩」と指摘する。

 改正農協法は、16年4月に施行される。准組合員の利用制限について「改正法施行から5年間、正・准組合員の利用状況と、改革の進展状況を調査して結論を出す」と明記された。准組合員数が上回り、その金融事業の利用で支えている農協の財政状況が、今後大きく改善することは考えにくい。農業は、TPPによる逆風も強い。60年間、JA全中の傘下にあった地域農協に、わずか5年で農産物の直販やブランド化など独自改革を求めるのは酷だ。成果が見込めない以上、調査した状況をどう判断するかは、政府のさじ加減になる。

 全国農政連関係者は「首相は、農協はつぶしてもいいと考えているのではないか」と危機感をあらわにする。5年間に参院選が2度、衆院選も最低1度は行われる。安倍首相は参院選で憲法改正を争点に掲げる意向だ。3分の2以上の勢力を確保すれば、念願の憲法改正の発議が視野に入る。「余計なことをせず、どれだけ票集めに貢献できるか」を見極める。「執行猶予」のメッセージだ。(了)

この記事の掲載号

定価:620円(税込み)

発売日:2016222

週刊エコノミスト 201631日号

 

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