〔特集〕息子、娘を守れ!ブラック企業 インタビュー
電通は昨年末に過労自殺した高橋まつりさん(当時24歳)の以前にも、過労死で社会に断罪された。過労死問題に長年取り組み、遺族代理人を務める川人博弁護士に、過ちが繰り返される理由を聞いた。
(聞き手=後藤逸郎/酒井雅浩・編集部)
電通が今回、大きな社会的責任を問われた要因の一つに、2000年3月の最高裁判決がある。入社2年目の男性が91年8月に24歳で首つり自殺した事件で、過労自殺で会社の責任を認めた初めての最高裁判決だ。
私はその事件でも代理人を務めた。最高裁判決を受けた差し戻し控訴審で、00年6月に和解が成立した。電通は「このような不幸な出来事が二度と起こらないよう努力する」と謝罪をした。あの約束は、とりあえず世間の批判を抑えるためだったのか。まだ16年前、そんなに古い話ではない。電通は一体、何を学んだのか、怒りがこみ上げる。
最高裁判決の後、電通は本社移転を機に入退館時間を記録するゲートを設け、労働時間を管理して、長時間労働を減らすと対外的に説明した。高橋さんのケースでは、記録が残っているにもかかわらず、社員本人が作成する「勤務状況報告表」の時間外労働が月70時間を超えないよう指導していた。直接の上司はもちろん、人事・管理部門の責任が問われてしかるべきだ。
今回の事件に象徴されるように、電通の長時間労働の体質はまったく変化していなかったと言わざるを得ない。司法から明確に責任を指摘されたにもかかわらずだ。
電通がこのままの労務管理体制で今後も存続できるとは、思えない。長時間労働、深夜労働、パワハラの問題は、企業経営全体にネガティブな影響をもたらしている。今はすぐれた才能を持ったクリエーターがいるが、多くの有能な人材が早期退職している。これからは、電通に優秀な人材は集まらず、会社全体が段々と劣化していくだろう。「そのうち社会の批判も収まるだろう」という安易な気持ちがあるなら、企業自体の存続の危機だ。この機会をラストチャンスと考えて、企業改革に乗り出してもらいたい。
◇是正勧告の公表を
14年11月に過労死防止法が施行された。超党派で成立し、不十分な点はあるものの、政府も過労死をなくそうと取り組んでいる。今回の問題をあいまいにするのは、過労死防止法の理念に背くことになる。また政府は過労死防止法とは別に、働き方改革や女性活躍社会を推進している。今回の問題に毅然(きぜん)とした対応をとらなければならない。
過労死を起こさないために、労働基準監督署の是正勧告を受けた企業名を公表すべきではないか。特に過労死の労災認定が出た場合は、すべての企業名を公表すべきだ。電通では、13年に当時30歳で病死した男性について、労基署が過労死と認めているが、公表されていない。さらに10年以降、中部支社(名古屋市)、関西支社(大阪市)、また本社は高橋さんが亡くなる4カ月前に長時間労働の是正勧告を受けているにもかかわらず、改善されなかった。公表することは、企業に対するプレッシャーになると同時に、労働者保護につながる。非常に重要な論点だと思っている。
長時間労働を強いる企業で、従業員が自分の身を守るために一番大事なことは、入社する前。その企業の実態を理解した上で入社するか、判断してほしい。電通は「忙しいみたいだ」ということは誰でも知っているが、これほどひどいとは思わない。まず、企業をよく研究する。また労働関係の法令や労働時間など、最低限の知識を身に着ける。
入社してからは、自己防衛として、退職、転職を勇気を持って考えることだ。頭では考えても、なかなか退職に踏み切れない例が多い。重症化したら理性的な判断ができなくなるため、初期の段階で、「この会社、ちょっとおかしいのではないか」と思ったときに、真剣に退職を考えられるかどうか。自己防衛はそれに尽きる。
(川人博・弁護士)
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発売日:2016年12月5日