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逆風の監査法人 人気職業から転落した会計士 不正会計の撲滅に不安残す

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磯山友幸(ジャーナリスト)

 

11月11日、会計監査関係者の多くがホッと胸をなでおろした。この日、公認会計士試験の結果が発表され、前年よりも57人多い1108人が合格したからだ。合格者が前の年よりも増えたのは何と9年ぶりのことだ。

 

 合格者が減り続けていたのは試験が難しくなっていたからではない。そもそも会計士試験を受ける人の数が大幅に減り続けていたのだ。

 

願書提出者数は2010年に2万5648人のピークを付けた後、減少が続き、15年には1万180人にまで減っていた。すっかり人気がなくなってしまったのである。今回は1万人を切ってしまうのではないか。そう業界関係者は危惧していたが、1万256人と何とか1万人台に踏みとどまった。わずかとはいえ、6年ぶりの増加である。

 

 ◇影落とす巨額粉飾事件

 

 なぜ、会計士が人気職業から転落したか。

 

07年に19・3%だった合格率を11年には6・5%に下げるという試験の「難関化」が主因として指摘されるが、その後、合格率を10%超に引き上げても受験者は下げ止まらなかった。リーマン・ショック後は、合格しても大手の監査法人に入所できないという就職環境の悪さも指摘されたが、今では業界は人手不足が深刻化している。

 

 では何が原因か。人気凋落(ちょうらく)の理由のすべてではないにせよ、会計監査を巡る相次ぐ不祥事が影を落としていることは間違いないだろう。

 

11年に発覚したオリンパスの巨額損失隠し事件や、経営者が子会社の巨額資金を引き出してカジノに使った大王製紙事件では、大手の監査法人の対応に批判が集まった。それを契機に13年には監査基準が改訂され、企業経営者による不正に監査がどう対応するのかを定めた「不正リスク対応基準」が制定された。

 

 それもつかの間、15年春には東芝で会計不正が発覚。東芝だけでなく、監査を担当してきた新日本監査法人や担当会計士も処分される大不祥事に発展した。

 

 東芝問題が表面化した直後、会社法の権威である久保利英明弁護士は、「新日本監査法人は、東芝に『だまされた』か『グルだった』かのどちらかだ。『無能』であるなら話は別だけど」とインタビューで答えていた。ひと昔前の粉飾は会計士が「グル」になっていたケースが少なくなかったが、東芝の例はまったく違うと監査法人は主張した。

 

 ならば東芝に完全に「だまされた」のか、というとそうでもない。金融庁は処分理由として「7名の公認会計士が、相当の注意を怠り、重大な虚偽のある財務書類を重大な虚偽のないものとして証明した」と認定した。

 

 監査法人が自らの責任を否定すれば否定するだけ、会計監査の非力さが目立つことになる。「無能」とまでは言わないまでも、「相当の注意を怠って」監査が十分に機能しなかったということなのだ。

 

「メディアが不祥事を取り上げて会計士を責めるから、人気がなくなったんだ」。日本公認会計士協会の役員の中には、そんな見方をする人もいる。メディアのせいにしたい気持ちも分かるが、むしろ逆だろう。どんなにメディアがたたいても、会計士が襟を正して、不正を働いた経営陣に厳しく対峙(たいじ)する姿勢を見せ続けていれば、世間の同情はおのずから集まるものだ。

 

 ◇離れる学生

 

「結局、会計士になって不正を暴こうとしても、会社側には何も言えないのか」。そう若者たちに見透かされたのではないか。

 

少なくとも意識の高い学生たちは静かに会計士試験から離れていった。最近の学生は昔に比べて「世の中に貢献すること」や「社会的な意義」などを考える傾向が強い。NPOや公益性の高い事業に関心が高いのである。決して、「安定」や「待遇」だけを考えているわけではない。本来、会計士は、学生の中でもそうした意識の高い層に関心を持たれる職業だと思うが、そうした学生たちにソッポを向かれたのではないか。

 

 繰り返される会計不正を、なぜ監査法人は見抜けないのだろうか。前述の通り、金融庁は東芝の不正について、新日本が「相当の注意を怠った」とした。だが、2700億円にのぼった決算数字のかさ上げを、「注意を怠ったから」で説明できるのだろうか。

 

 かつては、企業経営者と会計士の「癒着」が不正の温床だとされた。最近はそんな癒着などあり得ないと、監査法人の幹部の多くは口をそろえる。だが、経営者(会社)と会計士(監査法人)の力関係に、不正発見を妨げる「何か」があるのではないか。

 

 かつて、大企業の監査報告書にサインする監査法人の「大先生」は、経営トップに直言できる人間関係を持っていた。長年会社の監査を担当する「先達」として経営トップが意見を聞きたがったものだ。一緒にゴルフをしたり、会食を共にするなど親密な関係が、時には「癒着」となって問題を引き起こしたが、明らかにメリットもあった。

 

 ◇歴然たる力関係

 

 ところが最近は、担当会計士が社長に会うのは決算の時に会議室で顔を合わせるだけ、しかも儀礼的になっている例が少なくないという。社長と会社の経営について突っ込んだ話をするケースが激減しているというのだ。

 

監査の項目が増えて専門化した結果、社長と経営全般について話をするよりも、経理の部長や課長と細かい話をする時間が増えた。とくに日本を代表する老舗企業の場合、社長と会計士の力関係は歴然としており、とても対等な関係とは言えないという。

 

 高額の監査報酬を支払っている企業の経営者からすれば、「カネで雇った業者」に過ぎない。会計士の後ろに株主や資本市場をはじめ多くのステークホルダー(利害関係者)が控えていると見る大企業経営者は少ない。監査法人の幹部にとっても、監査先の経営トップは、圧倒的な収入を法人にもたらしてくれる「クライアント」のトップと映る。なかなか強いことは言えないというのだ。

 

 会計監査に携わる会計士の「心構え」や「信念」の問題だろう。いくら会計や監査基準の知識を増やしても、いくら不正を防ぐための基準を追加しても、それに「魂」を入れなければ不正は今後もなくならない。

 

 東芝問題で新日本を処分した際、金融庁はもうひとつの理由を挙げた。「監査法人の運営が著しく不当と認められた」というのだ。監査法人の経営体制が不備だから、不正が見過ごされたという。

 

 それを受けて、「監査法人のガバナンスのあり方」が金融庁で議論されている。欧州では企業と監査法人の癒着を防ぐために、監査法人を一定期間で交代させる「監査法人のローテーション」を採用している。日本でもこれを導入すべきだという議論が出たが、クライアントを失うことになる監査法人は大反対だった。結局、法人ローテーションの導入は見送られ、監査法人の経営に外部の目を入れることなどでお茶を濁すことになりそうだ。

 

 ◇薄れる危機感

 

 東芝問題が過去の話になっていくに従って、会計士業界の危機感も薄れている。

 

7月に就任した日本公認会計士協会の関根愛子会長は、監査の信頼回復を掲げて会長になった。初の女性会長として、男社会の「なれ合い」と決別する役割を担う。そんな変化を期待してか。今回の試験では女性合格者が前年の207人から236人に増えた。合格者に占める女性の割合は21・3%とこの10年で最高になった。14年に17・2%にまで下がっていたが、この2年は女性比率が上がっている。

 

「なれ合い」や「不正」を嫌う傾向が強い女性が会計士に増え始めれば、業界のムードも一変することになるかもしれない。

 

 これまで「のど元過ぎれば熱さを忘れる」ことを繰り返してきた会計士業界。大型会計不祥事が再び繰り返されるようなことになれば、世の中の信頼は完全に失墜するだろう。会計士試験の受験者が17年も増え続けるかが試金石になりそうだ。

(磯山友幸・ジャーナリスト)


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