コンピューターやAIを飛躍的に進化させる「量子コンピューター」の実現につながる「量子テレポーテーション」。その研究を行う古沢教授に話を聞いた。
(聞き手=後藤逸郎/谷口健/大堀達也・編集部、まとめ=大堀達也/谷口健)
── 量子テレポーテーションとは。
■微小な量子の世界において、同時に発生した光の粒である「光子」のペアは、遠く離れても、片方の光子をいじると、もう一方の光子の状態も変化する。この量子の「もつれ現象」は、まるで量子が瞬間移動(テレポーテーション)したように見えるため、量子テレポーテーションと言われる。この現象は、量子コンピューターに応用できる。
量子コンピューターが実現すれば、スーパーコンピューターより超高速、低電力消費で、瞬時に計算ができるようになる。また、既存のCPU(中央演算処理装置)のように、計算速度を速めるために周波数を一定以上に高くすると高熱で溶けてしまうといった物理的な限界もない。
── 2010年にカナダの「D─Wave Systems社」が量子コンピューターを製品化した。
■量子コンピューターはまだ存在していない。D─Wave社のコンピューターは、0・1%の確率で計算を誤る。正しい計算ができなければコンピューターとは言えない。
現在、グーグルやIBM、インテルなども量子コンピューターの開発を何百億円もかけて続けている。特にグーグルは、自動車が完全自動運転の世界になる将来の覇者となるためにこの研究を続けているのだろう。大量の自動車がそれぞれの最適経路を割り出すためには、膨大な計算が必要となる。これは既存の人工知能(AI)では難しいが、量子コンピューターによって可能になる。
ただし、グーグルなどは、そのままでは誤り訂正ができない「物理的量子ビット」である「超伝導量子ビット」を用いている一方で、私は、誤り訂正が可能な「論理的量子ビット」を用いている。また、グーグルなどの9ビットに比べて、私は100万ビットであり、アプローチも計算速度も全く異なる。私の研究世界でもオンリーワンで、エラーフリーの(計算間違いがない)本当のコンピューターを目指している。
── 量子コンピューターで電力消費はどの程度減るか。
■現在のコンピューターに比べ、量子コンピューターは、電力消費を1000分の1~100万分の1に抑えることができるだろう。
現在計画されているスーパーコンピューターを動かすには、原子力発電所1基分の電力が必要と言われる。このまま既存のコンピューターを使い続ければ、地球環境を破壊することになる。人類は今、「地球を壊すか」「コンピューターを使わないか」の選択を迫られていると言える。
◇「送りバント」はしない
── 量子コンピューターの実現に何が足りないか。
■まだまだ実験を重ねる必要がある。そのためには資金も必要だ。私の研究でも、例えば、光の波長を変える機器が多くあれば、研究はさらに進むと考えている。
ただ、グーグルなどが研究している量子コンピューターに、日本政府や日本企業が数億円を投じたところで、勝つことも画期的な研究成果を得ることもできないだろう。
今の日本は失敗が許されない風潮が蔓延(まんえん)しており、野球で言えば、確実に走者を進める「送りバント」のような研究ばかりが評価される。しかし、送りバントの構えからホームランは打てない。
私は(量子テレポーテーション理論の実証を成功させており)3割バッターの自負はある。フルスイングするからホームランを打てる。
………………………………………………………………………………………………………
■人物略歴
◇ふるさわ・あきら
1961年生まれ。東京大学を卒業後、ニコンに入社。96年、米カリフォルニア工科大に留学。98年、「量子テレポーテーション」理論を世界で初めて実験で実証した。2007年に日本学士院学術奨励賞、14年に東レ科学技術賞、16年に紫綬褒章を受章。