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「偽ニュースサイト」が欧米を席巻 「小遣い稼ぎ」の投稿が政治を動かす

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ブライトバートニュース
ブライトバートニュース

<ポスト・トゥルースの時代>

福田直子・ジャーナリスト

 

米国のニュースサイト「ブライトバート・ニュース」が2017年1月、フランスとドイツでネット配信を開始する。

 

 ブライトバートは、16年の米大統領選においてドナルド・トランプ氏の支持層拡大で大きな役割を果たしたと言われている。白人至上主義、右翼的、反移民といった話題のニュースを多数掲載し、トランプ氏支持を明確に打ち出した。

 

ブライトバートの前会長スティーブ・バノン氏はトランプ陣営の最高責任者を務め、選挙戦での功績を買われて新政権の大統領首席戦略官および上級顧問に任命されている。

 

 ブライトバートは、その排外主義的、右翼的な内容とともに、真偽不明な「偽ニュース」を混ぜ込むことで多くのユーザーを獲得したことでも知られている。いわば、「偽ニュース」の象徴ともいえるブライトバートの上陸に、欧州の国々は警戒を強めている。

 

 フランスは17年4月、5月に大統領選挙を、ドイツは9月に連邦議会選挙を控えている。フランスでは「国民戦線」、ドイツは「ドイツのための選択肢」(AfD)など、極右勢力が台頭している。そうした状況にあるだけに、危機感は強い。

 

 ◇マケドニア発「ニュース」

 

 右傾化をたき付ける偽ニュースは、意外な場所から生まれている。

 

 バルカン半島、マケドニア中部にヴェレスという小さな村がある。人口4万4000人あまり。かつて陶器や金属加工で栄えたが、村は16年米大統領選の数カ月前から、「ブームタウン(にわか景気に沸く町)」になった。

 

 1年前、村の少年があるニュースサイトを立ち上げた。日々のニュースの中からコンテンツを切り貼りし、高級車について掲載したことが「ネットバブル」のはじまりといわれる。ネットから検索したニュースを次々に「アレンジ」していくうちに、クリック数に応じて広告が増えていった。広告料の支払いもよく、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアでシェアされていくうちに、クリック数は急増していった。

 

 村では突然、高価なドイツ車を乗り回し、不動産を買う若者が目立ちはじめた。ドイツのニュース週刊誌『シュテルン』11月24日号によれば、少年たちは一時、グーグルやフェイスブックから毎月1万から3万ユーロ(122万円から367万円)の広告収入を得ていたという。若者の2人に1人が失業している村で、偽ニュースサイトはもうかるといううわさが広がった。サラリーマン、歯医者、エンジニアまでが仕事を辞め、自宅で偽ニュースサイトを作るようになり、一時は140の偽ニュースサイトが村から発信されるようになった。

 

 ただ、サイトを本物に見せるためには、かなりの「労働時間」を投入しなければならない。最も利用者が増える「プライムタイム」の夜間は、孫のためにクリック数を増やそうと祖母までが協力し、家族総出で画面とにらめっこをしていたという。

 

 偽ニュースを発信する側は、反響を求めて過激な内容に走りやすい。

 

 米公共放送のNPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)は、ある偽ニュースサイトを作った人物をカリフォルニア州に追跡してインタビューしている。

 

 元旅行ライターというその人物は、最初の頃、民主党候補だったバーニー・サンダース氏の偽ニュースを流した。だが、人々の関心がないのか、そのうち立ち消えてしまった。そこでヒラリー・クリントン氏に関するニュースを流したところ、たちまちクリック数が増えた。サイトを増やすために、いくつかのドメイン名を購入し、複数の「ニュースサイト」を作った。

 

 クリントン夫妻についての偽ニュースは、瞬く間に広まる。肝心なのは、「本物に見えること」だ。

 

一番のヒット作は偽ニュースサイト「デンバー・ガーディアン」に掲載した「ヒラリー・クリントンの電子メールを操作したFBI(米連邦捜査局)の検査官が謎の『自殺』を遂げた」というニュースだった。いかにもヒラリーが関与しているような「特ダネ」に、クリック数は面白いほど増えたという。

 

 偽サイトは本物に見えるように、半分以上を日常のニュース記事で埋め、それとなく「面白い偽ニュース」を紛れ込ませることが秘訣(ひけつ)だという。広告収入のみが目的の、時間さえかければお手軽にできるサイトだ。

 

「ローマ法王、トランプ氏を支援」をはじめ、「ビル・クリントンには黒人の娼婦との隠し子がいる」「ヒラリーは同性愛者」「クリントンとオバマはシリア戦争でもうけている」「ヒラリーが暗殺した人たちのリスト」というニュースさえあった。

 

 ◇ピザ店襲撃

 

 偽ニュースは、ネット上のデマでは終わらない。真に受けた市民が抗議行動に出ることで、社会的な問題に発展する例も出てきている。

 

 米ワシントンDCの中心部、繁華街のダウンタウンから北へ伸びるコネティカット通り、メリーランド州に入る少し手前の住宅街に殺風景なピザ店「コメット・ピンポン」がある。店内は広々とし、奥に卓球台が並び、時々、ライブ演奏もある。気軽に行けるピザ店として家族連れや若者たちに親しまれている。

 

 16年12月4日、このコメット・ピンポンにライフル銃を持った男が押し入った。幸い、けが人はなかったが、男は「クリントンをはじめとする民主党員がピザ店を拠点に悪魔風の儀式で幼児ポルノ組織を運営している疑いがあるので調べに来た」と従業員と客たちを数時間、監禁した。この男性は偽ニュースを読み、車を500キロほど走らせ、ワシントンに証拠をつかみにやってきたというのだ。男は数発銃をうち、警察に逮捕された。

 

 一体、偽ニュースはどう広まったのか。

 

 ロシアが民主党の選挙キャンペーンの責任者、ジョン・ポデスタ氏の電子メールをハッキングし、2万通あまりの電子メールが流出、メールは内部告発サイト「ウィキリークス」によって公開された。

 

 メールの中に、民主党を攻撃する材料を探していた共和党支持者が、民主党支持者のピザ店の店主のメールを発見。作り話をソーシャルメディアのレディットで流したところ、話題になった。「インスタグラムに店主が子どもたちと一緒に写っている」「店の名前のイニシャル『CP』が本当は チャイルド・ポルノグラフィー〈児童ポルノ〉を意味している」などのデマがとびかった。デマのシェアやチャット数が増えたのは大統領選が本格的になってきた16年9月以降で、それとともにピザ店主に対するネット上の中傷がひどくなっていった。

 

 デマをあおった人物の中に、次期政権で国家安全保障担当大統領補佐官に指名されているマイケル・フリン元国防情報局長官とその息子がいた。フリン氏は、さすがに次期大統領補佐官に任命された以後は過激な発言は抑えているようだが、息子は、事件が落着したあとも陰謀説が間違っていたとは認めなかった。

 

 やっかいなのは、元となるデマの発信源が一体、誰なのかも不明、責任追及もできないことだ。デマは複数のソーシャルメディアで幾度となくシェアされ、拡散される。そしていったんうその情報が出回ると、いくら「事実ではない」と主張しても、「リベラル・メディアの陰謀だ」「検閲だ」「何かを隠している」と怒る人々が増えてしまう。

 

 ピザ店の店主をはじめ、従業員たちもしばらくのあいだ、店の前でピケを張る人たちに悩まされ、複数のソーシャルメディアから数えきれないいやがらせのコメントを受けた。店でライブ出演した女性は、「お前の自宅の住所を知っている。地獄へ落ちろ」など30通の殺害脅迫のほか、あらゆる暴言、卑猥(ひわい)な言葉をツイッターをはじめとするソーシャルメディアで浴びせられ、自宅の住所とともに経歴や勤め先の学校の写真までネットに公開されてしまった。

 

 偽サイトは、大きく分けて三つある。広告収入が目的のもの、右翼の主張を掲載するもの、そしてロシアから西側諸国をかく乱する目的のものだ。

◇37%が「偽ニュース」

 

 米ニュースサイト「バズフィード」が選挙に関するフェイスブックの九つのサイト(三つの主要メディアサイト、三つの民主党系サイト、三つの共和党系サイト)、2282のニュース投稿を検証したところ、三つの米国の右翼系ニュースサイト、「イーグル・ライジング」(利用者数62万人)、「ライト・ウイング・ニュース」(同337万人)、「フリーダム・デイリー」(同136万人)のうち37・7%が事実とうそを混ぜた偽ニュースであった(「全くのうそ」12・3%と「事実とうそを混ぜた」25・4%の合計)。なお、民主党系サイトは19・2%が、主要メデイアは0・7%が事実に即さないものであった。

 

 とかくネットでは「普通の人たち」が過激になる傾向があるようだ。トランプ次期大統領が自らデマをあおる中、極端な意見や偏見、暴言やヘイトスピーチが瞬く間に広まるようになった。「オルト・ライト」(極端に右寄りのオルタナティブ・ライトの略名)と呼ばれる白人至上主義が黙認されたことで、自信を得た右翼が各地で目立っている。

 

 16年の米大統領選挙中、候補者自らがヘイトスピーチの伝道者のような発言を繰り返したせいか、16年9月から12月の間に米国各地で1100件近い人種差別をめぐる暴力事件が起きている(アラバマ州、極右団体の動向を監視する米国の市民団体、南部貧困法律センター調べ)。ヘイトスピーチはネット内に収まっているだけでなく、実社会に多大な影響を及ぼすようになった。

 

 うそでも事実でも「おもしろいニュース」がふんだんにネットで読むことが可能になったことで、「事実が大きな役割を果たさない時代(ポスト・トゥルース時代)」という言葉が英オックスフォード大出版局が選ぶ「今年(16年)の単語」に選ばれた。人々は事実や理由づけよりも、感情的に共感を呼ぶ情報に飛びつきやすくなっている。背景には米国のテレビ、新聞など既存メディアの衰退もある。

ブライトバード前会長のバノン氏 Bloomberg
ブライトバード前会長のバノン氏 Bloomberg

 トランプ新政権でブライトバートという右翼的なサイトの主催者が重要なポストについたことは、今後、新政権によってあらゆる情報がゆがめられる可能性がある。拡大する偽ニュースに対して、フェイスブック側は、ニュースが偽であると判明した場合には警告サインを出し、明らかにへイトスピーチと認められるメッセージは消去するなどの対策を発表している。

 

「うそでも何回も何回も繰り返せば、大衆は本当だと信じてしまう」と言ったのはナチス宣伝相、ゲッペルスだった。デマの流布は民主主義崩壊のはじまりである。ドイツ人は、メディアが「うそをつく」とわきに追いやられ、デマと人種差別が流布されることで独裁者が政権に就き、第二次世界大戦がもたらされた苦い経験を忘れていない。

 

 欧州はネットでたちまち広がるうそに対して、言論の自由を保ちながら、へイトスピーチとどう対峙(たいじ)するのか。

(福田直子・ジャーナリスト)

*『週刊エコノミスト』2017年1月17日号 掲載

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