◇金融投資を民主化したい
Interviewer 金山隆一(本誌編集長)
── 創業の動機を教えてください。
荻野 財産ネットはフィンテックのベンチャーですが、当社の考えるフィンテックとは「ファイナンス」と「ネットビジネス」の融合です。
その視点で、大手銀行のネットバンキングなどを見ると、振り込み画面にしても一昔前の作りです。
一方、アマゾンなどネット通販サイトは非常に使いやすくできています。アマゾンは客単価が数千円、粗利が1割程度、実益は数%でビジネスを回しています。客単価が数千円で回るネットビジネスのノウハウを、株式投資などで数十万円がやり取りされる金融で展開すれば、大きな利益が出せると考え創業しました。
◇株価動向の予測精度は80%
── ターゲット層は。
荻野 資産が3000万円から1億円の人たちです。日本に1000万世帯あり、金融資産は合計500兆円という最大のボリュームゾーンになっています。ただ、富裕層は黙っていても金融機関が寄ってくるので資産ポートフォリオを組めるのに対し、ボリュームゾーンの人々は資産を増やすために株式やFX(外国為替証拠金取引)を始めるのが一般的です。ところが、知識がなく損失を出すケースが多いのです。富裕層との間に情報格差があります。
また、株や投資信託を買いに証券会社や銀行に行っても、他社の商品を比較検討できない上に、個人情報の提供が必要で、気軽に買えません。実際、証券会社の口座数は2300万ありますが、その多くは使われていません。
そこで、資産を増やすための方法や有用な情報を提供し、匿名でも簡単に金融商品を比較検討できるサービスを作ることで、金融商品の敷居を低くしたいです。
── 具体的なサービスは。
荻野 株価・為替予報サイトの「兜予報」です。スマートフォン向けアプリケーションを含め実際に使っているアクティブユーザー数は月に3万~5万人います。
兜予報は経済ニュースの相場への影響を可視化します。株では上場企業3000社を対象にしていますが、ニュースが株価に織り込まれるまで1時間程度かかる中小型株が中心です。機関投資家ではなくデイトレーダーに勝算がある時価総額100億~1000億円の銘柄です。
株価の予測精度はおよそ80%に達します。その秘訣(ひけつ)は大きく二つあります。一つは、メディアや企業が発信する多数の情報のうち、株価に影響のあるもののみを抽出する、当社独自のキュレーション(情報選択)のノウハウです。ニュースの99%は株価に影響がありませんが、残り1%未満に株価を動かす情報があります。これはデイトレーダーが欲しがる情報と言えます。
もう一つは、抽出した情報が株価にプラスとマイナスのどちらに影響するかを投票するアナリストの存在です。当社専属と外部の約20人の経験豊富なアナリストが集まると、80%以上の確率で株価の方向性を予想できるようになります。人とシステムの強みを融合したサービスです。
── どう収益に結びつけますか。
荻野 兜予報では、予測を提供するだけでなく、すぐに証券会社サイトに移動して実際に売買できる仕組みになっています。ユーザーが移動した時点で当社に手数料が入ります。その意味ではネット証券とは競合でなく、共存関係が築けます。
日本にいる30万~50万人のアクティブトレーダーのうちデイトレーダーは5万人です。少なく見えますが、彼らがネット証券の7~8割の売り上げを占めています。ネット証券は大手5社で3000億円規模なので、デイトレーダーだけで2000億円の売り上げを生んでいます。仮に1万人のデイトレーダーが兜予報ユーザーになれば、中堅証券会社並みの400億円市場で課金ビジネスができることになります。
── 「兜予報」の他には。
荻野 2016年夏にサービスを開始した「資産の窓口」です。中流層をターゲットに長期的な資産運用を支援します。匿名性を重視し、年収、年齢、金融資産、ローン残高、株・FXでの収入、不動産の6項目を入力するだけで家計のバランスシートや貸借対照表を割り出し、そこから資産ポートフォリオの将来予測を立てます。
資産の窓口は、トレーディングをする時間のない人や、兜予報ユーザーの受け皿にもなります。資産の窓口で投資信託の運用が選択肢に挙がったら、そこで各社の商品を比較検討できます。ユーザーが投信会社のサイトに移動したら当社に手数料が入ります。
── 検討中のサービスは。
荻野 兜予報のノウハウにより、株価に影響を与えるニュースが出てから、株価に織り込まれるまでのタイミングが高い精度で予測できるようになりました。これはヘッジファンドが最も欲しい情報の一つです。これを「株価織り込み時間予測エンジン」として商品化し、キュレーションによって無駄な情報を除いたデータとともにヘッジファンドに提供するサービスを開発中です。
── 今後の経営目標は。
荻野 17年度に単月黒字化を目指します。当社のサービスが利用されるようになれば、これまで情報を持っていた富裕層しか恩恵を受けられなかった金融商品で、日本の大半を占める中流層も資産を増やすことができるようになります。「金融投資の民主化」を実現したいです。
(構成=大堀達也・編集部)
◇横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A ソニーで数多くの新規ビジネスの立ち上げに携わった後、IT企業では一転、事業の撤退・整理を経験しました。ビジネスの「生き死に」を見たことは大きな経験です。
Q 「私を変えた本」は
A 小学生の時に図書館の本をほとんど読破しましたが、多くの本は古代の大哲学者から近代の作家までパターン化されていると悟りました。今は技術書しか読んでいません。
Q 休日の過ごし方
A 子供と一緒に料理を作るのが楽しみです。
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■人物略歴
◇おぎの・しらべ
1973年生まれ。早稲田大学高等学院、東京大学卒業後、ハーバード大学で修士号取得。98年タイタス・コミュニケーションズ入社。ソニー、伊藤忠テクノロジーベンチャーズ、グリーを経て2015年に財産ネットを設立し社長に就任。
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事業内容:金融情報サービスの提供
本社所在地:東京都港区
設立:2015年3月
従業員数:25人
兜予報の月間アクティブユーザー数:3万~5万人