◇危うさを増す米国経済
◇利上げ・原油安で景気後退も
谷口 健
(編集部)
2月第2週。氷点下5度を下回る厳しい寒さのニューヨークでは、市場も凍りついていた。
「今年はリーマン・ショック並みのショックが来るのか見極めが必要。今年のマーケットは、いよいよヤバい(かなり悪い)かもしれない」
マンハッタンの中心部パーク・アベニューのオフィス街で働く日系金融機関の運用担当者は、同第2週に世界的な不安の連鎖で大きく荒れたマーケットを目の当たりにして、ため息をついた。
原油価格暴落と中国経済減速、そして、米国の利上げの影響を受けて、マーケットは年初から混乱が続く。2月11日には、ニューヨークWTI原油先物は2003年5月以来の安値となる1バレル=26・21㌦まで下落。米ダウ工業株30種平均は、15年8月以来の安値となる1万5660㌦をつけた。そのあおりも受けた2月12日の東京市場では、日経平均株価が1万4000円台まで落ち込んだ。
その後、小康状態を続けているマーケットだが、取り巻く状況に大きな変化はない。むしろ、米国の景気後退懸念が新たな波乱要因になろうとしている。
◇製造業悪化が波及
米国では、製造業の不振が続いている。
昨年12月に9年半ぶりとなる利上げを実施したことにより、ドル高(ドル指数ベース)はさらに加速。中国経済の減速による輸出の落ち込み、原油安による石油ガス企業の設備投資減少が続くなか、米国企業にとってはドル高がさらなる逆風となっている。すでに経済指標にも表れており、製造業の企業心理を示す米ISM製造業景況指数は、15年10月から16年1月まで4カ月連続で、景況判断の境目の50を下回っている。
特に、石油ガス企業は苦戦を強いられている。米石油最大手のエクソンモービルは、15年10~12月期決算で、純利益が前年同期比58%減の27億8000万㌦(約3140億円)となり、16年の設備投資削減を決めた。2番手のシェブロンも原油安による評価損が足を引っ張り、10~12月期は02年以来初の赤字となった。
米国ガス生産2位のチェサピーク・エナジーは、15年10~12月期決算が22億2800億㌦(約2500億円)の赤字を計上。売上高は26億4900万㌦と前年同期の約半分に減少している。「ガス田などの資産売却で何とかしのいでいるが、切り売りする資産がなくなった後が心配。破綻の可能性も十分ある」(みずほ証券・津賀田真紀子シニアコモディティアナリスト)と見られている。同社の株価はすでに、この1年8カ月で10分の1以下になっている。
1月26~27日の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、「製造業」という単語が11回言及された。前回(12月)FOMCでは5回、前々回(10月)FOMCでは4回であったことを考えると、米連邦準備制度理事会(FRB)も、製造業の不振を強く意識していることが分かる。市場関係者の間でも「米国の製造業不況」はほぼ共通認識となっている。
問題は、製造業の悪化が、米国のGDP(国内総生産)の約7割を占める個人消費と、失業率が1月に4・9%まで下がって好調な雇用に飛び火するかどうかだ。「製造業から非製造業に波及すれば、米国経済全体がスローダウン(減速)する可能性がある」(三井住友銀行の山下えつ子チーフ・エコノミスト)からだ。
米国のGDPは昨年7~9月期、10~12月期と2期連続で減速を示している(図1)。もちろん、米国の産業別GDPで見たシェアは、製造業12%、鉱業2・6%にすぎず、それら以外の消費関連主導の経済であることは間違いない。しかし、経済統計には、製造業のマイナスが、じわじわと広がり始めている。
ミシガン大学消費者信頼感指数は、2月の速報値が前月比1・3ポイント減の90・7へと低下した。15年初めから続く下降傾向が止まっていない。サービス業界の企業心理を示すISM非製造業景況指数は、1月が53・5で前月比2・3ポイント減となった。目安の50を上回っているものの、3カ月連続の下落となっている。「日本の製造業が超円高で苦しんだように、米国でドル高のしわ寄せが真っ先に来るのは従業員の給料であり、消費への悪影響は避けられない」(ニューヨークの証券アナリスト)との見方も強まっている。
この記事の掲載号
定価:670円(税込み)
発売日:2016年2月29日
【特集】アメリカ大失速
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米国系投信は大丈夫?
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大統領選に見る米国の格差拡大