◇ロビー活動に年4000億円
◇積極的なボーイングやアマゾン
堂ノ脇伸
(米州住友商事会社ワシントン事務所長)
米国におけるロビー活動は、1946年に制定された「連邦ロビイング統制法」に基づき公然と行われており、活動する者には「ロビイスト」としての登録が義務付けられている。首都ワシントンを中心に現在、全米規模で約3万人のロビイストがいると言われ、その多くは企業内ロビイスト、あるいは弁護士事務所やコンサルタント企業に籍を置く人たちで、政府や議会などにさまざまな形で影響を及ぼしている。
政治献金やロビー活動資金の動きを監視する団体「センター・フォー・レスポンシブ・ポリティクス」の調査によれば、2015年に全米でロビー活動に供された資金の総額は32億ドル(約3500億円)。このうち、インターネット通販大手アマゾン、航空宇宙大手ロッキード・マーチン、石油大手エクソンモービルといった名だたる民間企業や、全米商工会議所、全米製造者協会といった業界団体等による当該支出の総額は7億1400万ドル(約800億円)に上る。
最大の支出者である全米商工会議所は、キャンペーン費用もロビー活動資金に該当するとして、多額の支出報告をしている。単純平均でも、上位50社で年約17億円規模の費用を、自社の活動に関連する法律や規制の導入・撤廃などを巡る政治の駆け引きに注いでいることになる。
◇輸出入銀の存続で暗躍
これらの資金が、どのような目的でロビー活動に供され、米議会の法案や規制の策定に影響を及ぼしているかは、ワシントンで発行される政治専門紙『ザ・ヒル』が以下の例を挙げている。
民間企業として最大の2200万ドル(約25億円)の支出報告をしたボーイングは、昨年、自らの航空機の海外販売の後ろ盾である米輸出入銀行の存続を積極的に働きかけた。この活動が奏功してか、最終的に同行は、米連邦議会内の財政規律派の反対を押し切り、授権法の可決という形で5年間の存続が認められた。
アマゾンは、昨年1年間のロビー活動の費用が前年比でほぼ倍増した。この間、同社が配達手段として新たにドローンを導入すべく、種々の規制を巡って、連邦航空局(FAA)に強く働きかけていたことが知られている。
業界団体である食品製造者協会は、遺伝子組み換え食品の表示義務を巡り、政府主導の規制ではなく、業界の自主規制の導入を目指していたとされる。
全米銀行協会は、リーマン・ショックを機に制定された「ドッド・フランク法」で導入される金融活動の規制案に反対する立場から、ロビー活動を続けている。昨年は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉が大詰めを迎えたことから、通商関係でも、自動車や農業など関連する業界・団体が、政府や議会に対し、活発なロビー活動を展開した。
無論、このような活動が功を奏する場合もあれば、思い通りにならない場合もある。米医薬業界がTPP交渉で最低12年の新薬データ保護期間を主張し、米政府に猛烈に働きかけながら、最終的に思惑通りの結果を勝ち取ることができなかったことは記憶に新しい。
総じて感じるのは、企業や団体の思惑や主張と、政治との距離感が極めて近く、かつ、はたから見ている我々にも分かりやすいほど、ロビー活動がオープンに扱われていることだ。企業がさまざまな法案や規制案に対し、自らの関心を躊躇(ちゅうちょ)なく声高に主張して、政治に働きかける姿は、日本のそれとはかなり趣が異なる。米国でビジネスをする上では、かようなロビー活動の効能も、それなりに認識する必要があろう。(了)
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定価:670円(税込み)
発売日:2016年2月29日
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