三浦后美・文京学院大学教授
東京電力グループが、2011年3月に発生した福島第1原子力発電所事故以降、中断していた社債発行を6年半ぶりに再開すると報道された。調達額は1000億円程度で、東京電力ホールディングス(HD)傘下の送配電子会社である東京電力パワーグリッド(PG)が、今年3月にも、社債権者に優先的に弁済される権利が付与された「一般担保付社債」を発行するという。
現在、東電は福島の事故処理費用が増えて実質的な債務超過に陥った破綻企業のような状態であり、企業の信用力を裏付けとする社債の新規発行は難しい。このため、持ち株会社である東電HDがグループに残る社債、借入金といった有利子負債を引き受け、代わりに傘下の3事業会社が公募電力債を発行するやり方をとる。東電HDは、14年1月に政府認定を受けた経営再建計画「新総合特別事業計画」で、長期の設備投資資金の安定的、自律的調達の観点から、16年度中に公募電力債市場に復帰することを予定していた。
東京電力の社債発行残高は、16年3月末時点で3兆4556億円にのぼる。17年度で6500億円(発行額ベース)の公募債の償還が控えており、巨額の借り換え資金の必要性があった。一方、機関投資家は、福島第1原子力発電所事故後も電力会社を最大の運用先と位置づけている。
◇投資可能な格付け維持
公募電力債市場に復帰することで、東電グループの信用力が改めて大きく問われることとなった。
だが、電力業界のリーディング・カンパニーである東電グループの原発事業リスクは、曖昧な内容で論点整理されている。社債市場でも、原発事業のリスクが正常に織り込まれた状態にないと考える。
元々、福島事故の後、実質的な債務超過状態に陥った東電を政府が破綻処理しなかったのは、社債市場への影響が大きく、投資家の保護が必要という問題意識にあったという。それから約6年たつが、廃炉、賠償などの事故処理費用が増えるばかりで、現在も東電グループの財務内容は、実質的に債務超過に陥った破綻企業のような状態だ。他の電力会社でも、ほとんどの原発で再稼働のメドが立たず収益力が悪化している。
このように、原発事業のリスクが高いことがわかっているが、国は電力債の扱いを変えていない。それどころか、東電の新規発行社債は一般担保付きで発行するという。これでは、福島原発事故発生当初に政府が持っていたはずの社債市場に対する問題意識は、本質的には実行されない。巨大な株式会社である東京電力の破綻処理を会社の自己責任に委ね、経営者責任を問うことなく、そのまま先送る方向になってしまう。
電力債が特別扱いである状況は、格付けからも読み取れる。
福島第1原子力発電所事故直後の東京電力の社債格付けは、11年4月時点では、格付け会社4社とも、極めて高い格付けであった。これが17年1月では、米系2社の社債格付けは「投機的等級」にまで下げられているが、日系2社の社債格付けは、低い水準ながら「投資適格等級」にとどまっている。投資適格等級であれば、生命保険会社など機関投資家が購入できる水準である。
また、一般担保の有無によって、格付け会社の対応が分かれる点も特徴的だ。
社債の格付けを見る際、長期信用格付けなど、発行会社そのものの格付けも参考になる。長期信用格付けは、満期1年以上の金融債務の「債務不履行(デフォルト)可能性」と、デフォルト発生時に予想される「損失規模」を考慮した「信用損失」を相対的に評価したものだ。
基本的に、一般担保の有無によって予想される損失規模の差は、格付け水準に差を付けるほど、信用損失の数値に影響はないと言われる。だが、デフォルトの可能性が高いと見られる場合、無担保の発行体格付けよりも、一般担保付社債の格付けが上になる場合がある。
16年7月現在、米系のムーディーズとスタンダード&プアーズは、社債格付けと発行体格付けに2段階の差をつけている。無担保の場合の格付けを落としているのは、債務不履行の可能性と、損失規模がより大きいと見ているためだ。これはまさに、原発事業のリスク格差である。
一方、日系の格付投資情報センターと日本格付研究所は、担保の有無では格付け水準に格差をつけていない。原発事業による損失が大きいとしても、担保の有無にかかわらず国の支援があることを相当程度織り込んでいるためである。
原発事業を持つリスクを抱えるのは東電以外の大手電力会社も同じだが、原発の有無で格付けは変更されていない。16年10月時点では、関西電力の発行体格付けは格付け会社4社とも投資適格としている。電力債の発行条件が悪化しかねない経営リスクが反映されていないと言える。
◇信用力を特別扱い
結局のところ、本来、国が喚起するべき公募電力債市場の健全な育成政策は議論されていない。投資家保護の観点から、原発事業を持つ電力会社で新たに発行する社債は、劣後債、あるいは格付けを落とす形で発行できるよう、制度を検討することも必要であろう。現状、新規発行の社債の扱いを大幅に落とす際は、既存の発行分についても金利などの発行条件を変更する必要があるが、東電などの電力債は発行残高が大きく、変更が難しい。しかし、事業リスクが顕在化した以上、投資家保護の趣旨からすれば、その制度設計について議論する余地はあるだろう。
また、今回の東電グループの起債は、個人投資家も分かる形での情報開示が少なく、国も東電も、投資家保護の意識が乏しいように見える。当初の国による一時的な支援から、なし崩し的に恒常的な支援に変化しているのが現状である。事業リスクを本当の意味で織り込まない社債発行は、信用力の特別扱いに当たる。国が進める東電改革とともに、異常な公募電力債市場が進行しつつあるといっても過言ではない。
(三浦后美・文京学院大学教授)
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発売日:2017年1月30日