米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授は2月1日、東京都内で講演し、財政政策でインフレを起こせるとの持論を展開した。ただ、続いて開かれた討論会では、日本の経済学者から「今の日本に当てはめるのには抵抗がある」など、疑問視する声も上がった。
シムズ教授は、政府が消費増税や財政再建の目標を凍結することで、国民が消費や投資を増やすと主張、2%の物価上昇目標を達成するまで消費増税しないことを明示すべきだとの考えを示した。
しかし、シムズ教授の教え子でもある一橋大学大学院の塩路悦朗教授は、2014年と16年に2度にわたって消費増税を延期したにもかかわらず、いずれも国債市場や物価が反応しなかったと強調。増税延期で政府が財政赤字を容認したと言える状況だったのに、物価が上昇しなかったのはなぜか、今の日本の状況に「物価水準の財政理論(FTPL)」が当てはまるのか、と疑問を呈した。
塩路教授は、FTPLの前提に立てば、政府が借金の返済を放棄し、中央銀行も肩代わりをしないという「ダブルで無責任な体制」が必要だと説明。現在の日本は既に、政府の債務返済見通しは立っておらず、日銀も「財政ファイナンスはしない」と宣言しているため、この無責任体制は成立していると指摘した。
その上で、政府や中央銀行の無責任が永久的に続けばハイパーインフレに陥ってしまうため、「物価上昇目標を達成するまで、限定的に無責任な行動が可能なのかが焦点になる」と述べた。
◇人々の予想と矛盾
また、東京大学大学院の渡辺努教授は、日本国債の価格に注目。FTPLでは、人々が財政収支が改善しないと予想すれば、国債の価値が下がり、物価は上昇することになる。実際、米国が大恐慌でデフレに陥り、公共事業などで財政支出を拡大させた1930年代には米国債の価格が下がった。しかし、日本はアベノミクスによる財政拡大後も国債価値は高止まり、物価が下がっているため、FTPLと整合的ではない、と指摘した。
渡辺教授は、年金保険料を滞納している若者が増えていることを挙げ、「それは将来、政府が年金を払うお金がないだろうと見ているからだ」と分析し、人々が将来にわたって財政赤字が解消しないと予想しているにもかかわらず、物価が上昇しないこともFTPLの考えに合わないとの見解を示した。
03~08年に日銀副総裁を務めた岩田一政・日本経済研究センター理事長は、当時の金融緩和政策でデフレからの脱却が実現できなかったことを振り返り、「政府が増税せず、支出を減らさないことを人々が深く信じないと難しい」と述べた。
また、内閣官房参与の浜田宏一・米エール大学名誉教授は「FTPLにはいろいろな側面があるが、物価上昇との関係がさらに明らかになれば、よく効く薬になると思う」と期待を寄せた。
(松本惇・編集部)
*『週刊エコノミスト』2017年2月14日号「FLASH」掲載