◇積立NISAで広がるか
◇積立投資による長期運用
2018年1月、少額投資非課税制度(NISA)の積み立て運用版である「積立NISA」が始まる。現行のNISAは非課税期間が5年間と長期運用には向いていない。積立NISAでは期間を20年に拡大するなど、長期の資産形成のための制度になっている。
現行NISAの口座開設数は16年末で1069万口座。だが実際に株式などの運用に使われている口座は全体の半数に満たない。
そうした事情から、「これまで投資してこなかった人の利用も念頭に創設した」(金融庁)のが積立NISAだという。約900兆円に上る個人の現預金を株式市場に供給する道筋をつくり、アベノミクスを後押しする狙いもあると見られる。
積立投資は、長期的な資産形成に向いているといわれる。いくつかある積立投資の手法の中で、代表的なのが「ドルコスト平均法」だ。一定間隔に一定金額ずつ投資する方法で、金融機関の定額積立投資を利用すれば誰でも実践できる。
ドルコスト平均法の強みは、投資タイミングを分散できる点だ。株価が安い時は購入する口数が増え、株価が高い時には投資する口数が減る。株価に関係なく機械的に買っていくため、結果的に「買い逃し」や「高値づかみ」を回避しやすくなる。
株価が下がる局面では1口当たりの平均購入単価が下がっていく。このため、株価が底入れ・反転上昇した時に運用資産が膨らみやすい。
1989年のバブル最高値からの下落局面でも同様の効果を発揮した。
日経平均株価は89年12月末の3万8915円の最高値を頂点に、90年12月末までに38・7%下落した。
このバブルの頂点から東証株価指数(TOPIX)連動の投信(配当込み)で積立投資を始めた場合を試算すると、株価が急落するさなかのため、開始当初は株の時価総額が投資額を下回る状態が続くが、93年8月、株価が一時的に戻した局面でプラスに転じた。
その後も「元本割れ」と含み益拡大を繰り返す。ITバブル崩壊後の暴落でバブル最高値からの下落率が03年4月には8割に達したが、05年8月に株式の時価総額が投資額を逆転。08年のリーマン・ショック後の株安後は長期間にわたり株式時価総額が投資額合計を下回っていたが、アベノミクスによる株高で、13年4月以降は株式時価総額が跳ね上がっている。歴史的な暴落の局面にあっても、相場が上昇局面に転じるならば、積立投資は有効であることがわかる。
積立投資は、初心者や多忙な投資家に有力な手段といわれている。
個人投資家の水瀬ケンイチさん(43)は、03年から投信による積立投資を続けている。以前は個別株に投資していたが、株価が気になるあまり、職場のトイレに隠れてスマホをチェックするようになった。そこで「このままでは生活が立ちゆかない」と手持ちの株式を売って、積立投資に切り替えた。
現在は日本株のほか、先進国株式、新興国株式、債券、REIT(不動産投資信託)に連動するインデックス投信に毎月投資している。現在までに「高級車数台分の利益が出ている」が、リーマン・ショック後の株価暴落時に積み立てを続けるのは気分が良いものではなかったと振り返る。投資仲間が次々と脱落していった。水瀬さんは積立投資を続けられるかどうかは、「資本主義経済の長期的発展に懸ける心構えがあるかどうか」だと話す。
もちろん、積立投資が万能というわけではない。株価が一本調子で上がると予想するならば、ドルコスト平均法ではなく、今すぐに全財産を株に投資した方が効率が良い。長期的に株価が下落すれば、元本を毀損(きそん)する可能性もある。
◇「インデックス偏重」非難も
米国の著名投資家であるウォーレン・バフェット氏も、インデックス投資を支持することで知られる。今年2月の株主向けの書簡でも、運用担当者が銘柄を選定するアクティブ投信のコストの高さをあらためて指摘した。
長期積立投資では、投資にかかるコストが長期的な運用成果を左右する。購入時の販売手数料はもちろん、時価の一定割合を日々投信から差し引く信託報酬(管理手数料)が実質的な運用成績に響いてくるからだ。複利効果を狙うなら、分配金を出さない投信を選ぶことも重要だ。
このため金融庁は、積立NISAの対象となる投資信託に「販売手数料無料」「信託報酬が一定割合以下」などの厳しい条件を設けた。結果、公募株式投信5406本中、対象となるのは50本程度に絞り込まれる(16年11月末時点)。ほとんどがインデックス投信で、アクティブ投信は5本程度といわれている。
個人金融資産の運用環境改善に本腰を入れる金融庁の意向も影響していると見られる。金融庁の森信親長官は4月7日の講演で、「(日本の投信は運用資産額の)82%が販売会社系列の投信運用会社により組成・運用されている」として、「販売会社のために、売れやすくかつ手数料を稼ぎやすい商品をつくっている」と金融機関を非難した。
ただ、積立NISAについては「インデックス投信に偏りすぎている」という指摘もある。債券やREITの指数のみに投資する投信は事実上対象から除外されているため、個人投資家からも「購入できる商品の幅が狭い」という声が出ている。極端な制度設計は、個人の運用の手足を縛る可能性がある。
(井出真吾・ニッセイ基礎研究所チーフ株式ストラテジスト)
(花谷美枝・編集部)
(荒木宏香・編集部)
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