◇おつりを投資に回す
◇意識せずに資産を増やす
知らないうちに自分のお金が投資に回って、資産が増えている──。
フィンテックのベンチャー、トラノテック(東京都港区)は、買い物をするたびにおつりが自動的にたまっていき、投資に回るウェブサービス「トラノコ」を開発した。
買い物時、現金で払うとおつりが来るが、スイカやパスモなど電子マネーのカード払いでは、おつりが発生しない。
そこでトラノコでは、「おつり相当額」という「仮のおつり」を算出する。例えば、喫茶店で税込み380円のコーヒーを買う場合、400円との差額の20円をおつり相当額とするのだ(図2)。
おつり相当額は、買い物をした人のカード利用履歴がトラノテックに送られ、それを基に同社が算出する。あらかじめトラノコのユーザーが指定した銀行口座から毎月、おつりの合計が自動で引き落とされ、投資の原資となる。
消費者の買い物データは「家計簿アプリ」企業も持っている。トラノテックと提携する家計簿アプリのユーザーは、簡単な操作でトラノコを利用することができる。
投資先は、リスクとリターンの大きさによって異なる「小トラ」「中トラ」「大トラ」という愛称の三つのファンドから利用者が選ぶ。ファンドはトラノテックの子会社トラノテック投信投資顧問が組成・運用する。
「小トラ」は安全資産の債券が中心でローリスク・ローリターン、「中トラ」は投信で言えばバランス型でミドルリスク、「大トラ」はリスク資産が入った分、高い利回りを狙う商品だ。具体的には「中トラ」で3~4%を目指しているという。
意識しないで投資できるので、投資期間も長くなる可能性がある。「日本で長期投資の文化を作りたい」と話すのはトラノテックのジャスティン・バロック社長。米信託銀行ステート・ストリート出身のバロック氏は、「おつり投資」が海外で人気を得ている状況を見て「現金での支払いが多く、おつりが身近な日本でこそ普及する」と考えた。
ベンチャーのウェルスナビ(東京都千代田区)も同様のおつり投資サービスを開発。おつりがたまるとETF(上場投資信託)に回される「マメタス」の提供を5月24日から開始した。資産運用は人工知能(AI)を活用した投資ロボアドバイザーが行う。
投資の知識がなくても意識せずにできる仕組みによって「消費から投資への流れができる」(バロック氏)かもしれない。
◇大型不動産に個人も投資
フィンテックは不動産投資の形も変えた。ロードスターキャピタル(東京都中央区)は、これまで個人ができなかった大型不動産への投資を可能にするサービス「オーナーズブック」を運営している。
インターネットを介して投資家を募り共同で投資する「クラウドファンディング」という仕組みを利用する。投資先を不動産に特化し、個人に1口1万円から不動産投資できる場を提供する。
日本では個人が投資できる不動産は、マンションや「REIT(リート)」(不動産投資信託)が中心で、数億円規模以上の大きな投資案件は、機関投資家の独占市場だった。オーナーズブックは、少額を投資する個人を多数募り、大型不動産に投資する。
集めた資金は、不動産を保有する借入人に、不動産担保ローンとして貸し付け、利息を得る。
昨年5月に募集した東京都渋谷区の新築マンションなどを担保として総額4050万円を募集した案件には118人が応募し、確定利回りは年換算で5・6%だった。また、担保不動産が売却されて利益が出た際は出資者に還元する特約が付く場合もあり、台東区のオフィスビルなどを担保とした案件(3050万円の募集総額に95人が応募)では、予定では5%だった利回りが10・2%まで上昇した。年利回りは4・5~6%が多い。複数の案件に投資する会員も多く、1人当たりの平均投資額は100万円程度という。
主な投資層は30~40代の男性ビジネスマン。同社の岩野達志社長は「スマホアプリやウェブ上で募集すると数時間で募集枠が埋まってしまう」と手ごたえを語る。登録会員数は14年9月のサービス開始から2年半あまりで6200人を超えた。実行済み案件は5月24日時点で52件、累計投資額も16億円を超え、現在も順調に伸びているという。
案件の目利きは同社の不動産の専門家チームが行う。岩野社長自身、米金融大手ゴールドマン・サックスグループの不動産運用会社であるゴールドマン・サックス・リアルティ・ジャパンで経験を積んだ。岩野氏とともにゴールドマンから独立した不動産のプロたちが高利回りを稼ぐ案件を練る。
ユーザーからは貸し付け型ではなく、直接、投資したお金で不動産を購入する「エクイティ型」の案件を出してほしいという要望もある。現在の貸金業態では難しいが、規制緩和によって可能になれば、「不動産大手と肩を並べ、個人が数百億円規模の案件に投資できる」(岩野氏)。海外ではすでにエクイティ型ができており不動産に特化したクラウドファンディング市場の規模は3兆円に膨らんでいる。いまだ400億円規模の日本の伸びしろは大きい。
◇上がるか、下がるかを予想
ゲーム感覚で実践的な投資の知識を簡単に身につけられるサービスを開発したのが、フィナテキスト(東京都千代田区)だ。注目企業の株価が明日、上がるか、下がるかを予想しながら株式投資の知識を蓄えられる株予想サイト・アプリ「あすかぶ!」を提供している。
あすかぶ!は、日本の上場企業約3500社の中から1日1企業を「あすの企業」としてピックアップし、ユーザーに明日の株の動きを予想させる。パソコンやスマホの画面には、現時点での予想参加者数と、上げ予想、下げ予想がそれぞれ何%ずついるかが表示される。
「あすの企業」の選出には、同社が独自開発したアルゴリズムを使う。出来高、変動比、各種指数など複数の値を入力すると、株価が大きく動きそうな銘柄をいくつか導き出す。その中から、同社スタッフが世間の関心などを考慮して、注目度の高そうな企業を1社選ぶ。
実際、15年12月にネット関連企業のさくらインターネットを「あすの企業」に選んだ翌日、同社の株価が高騰した。「これで、ユーザーが一気に増えた」(フィナテキスト経営企画室の高橋充氏)。アルゴリズムの高い予測精度が、あすかぶ!の人気を支えていると言える。
「お金を出して買いたい機関投資家がたくさんいる」(フィンテックに詳しい証券アナリスト)という同社のアルゴリズムは現在、カブドットコム証券の株取引ツール「カブステーション」に導入され、「注目株シグナル」として活用されている。
あすかぶ!で株取引の知識を蓄えたユーザーは、いずれゲームでは飽き足らなくなり、実際の株取引に進む可能性がある。現在、あすかぶ!のユーザーは約13万人いる。その中から、明日の個人投資家が多数生まれるかもしれない。
日銀の資金循環統計によれば、2016年末時点の家計の金融資産残高は1800兆円あり、そのうち937兆円が現金または預金。投資によって価値を生み出せるかもしれない膨大なお金が、マイナス金利もあいまって死蔵されたままだ。フィンテックは、この「投資嫌い」の国民の行動を変える可能性がある。
(大堀達也・松本惇・編集部)
週刊エコノミスト 2017年6月6日号
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