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第29回 福島後の未来をつくる:遠藤典子 慶應義塾大学大学院特任教授 2016年3月22日号

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 ◇えんどう・のりこ

1968年福岡市生まれ。京都大学大学院エネルギー科学研究科博士課程修了。博士(エネルギー科学)。経済誌副編集長、エネルギー・公共政策などの研究事業、教育活動に従事。2014年5月より総合資源エネルギー調査会原子力小委員会委員。著書に『原子力損害賠償制度の研究』(岩波書店)。

 ◇原発維持に必要なリプレース

 ◇公益電源として透明性確立を

 

 原子力規制委員会により新規制基準への適合が認められた九州電力川内原子力発電所1・2号機が再稼働し、四国電力伊方原発3号機、関西電力高浜原発3・4号機もまもなくこれに続く。電力会社が想定していた時期から大きく後れを取りながらも、再稼働は今後、順次進むだろう。もっとも、再稼働による平常化が原発政策における中長期的課題の解決をするものでは決してない。

 政府が2015年7月に決定した30年のエネルギーミックス(電源構成)では、「ベースロード電源」としての原発比率を20~22%とした。

 新規制基準どおり原則40年運転とした場合、30年の原発比率は13%となる。設置認可を終え建設中の中国電力島根原発3号機、電源開発の大間原発の2炉を加えても15%に過ぎず、20~22%には遠く及ばない。つまり政府方針の原発比率を維持するためには、40年超えの運転かリプレース(新炉建て替え)が必至となる。しかし世論への配慮か、政府は今のところその選択肢すら明示していない。


 新規制基準では、原則として一度限り、20 年の運転延長を申請することができる。実際、関西電力高浜1・2号機が行ったが、通常の審査ですら多くの時間を要しており、経年炉の適合審査がスムーズに進むとは考えにくい。そうなるとリプレースの可能性を検討するしかない。

 新規制基準に適合する新炉への設備投資額は7000億~8000億円に上ると見られている。東京電力福島第1原子力発電所事故後の3年間で、原子力を保有する九つの電力会社の経常赤字の合計額は3兆円を超えた。原発停止による火力発電たき増しで燃料費がかさんだためである。13年度末の純資産の合計は約5兆1300億円と、3年前から3割以上目減りした。北海道電力と九州電力に至っては、純資産が前者は929億円、後者は3414億円まで減少し、14年4月には日本政策投資銀行がそれぞれ500億円と1000億円の優先株式の引き受けを行ったほどである。

 こうした逆境のなか、電力小売りの全面自由化は16年4月に始まる。これまで電力会社の安定的収益を保証してきた総括原価方式と地域独占が失われることになる。経過措置は設けられるものの、電力会社は安定供給のためのあらゆる費用を、電気料金に転嫁することができなくなる。

 さらに20年4月には、発電部門と送配電部門が経営分離を義務付けられる。電力会社の営業キャッシュフローの6~7割は、送配電部門から生まれており、キャッシュフローを厳格に切り分けて管理することが求められれば、発電部門の将来のキャッシュフローは逼迫(ひっぱく)しかねない。

 総括原価方式と地域独占という制度的保証によって裏付けられてきた確実な安定収益は、高い格付けの裏付けとなってきた。これを失えば、資金調達コストは当然、上昇する。

 ◇送電料金で負担

 

 そもそも原発事業の収益構造は固定費(設備投資)が大きく、変動費(燃料費など)が小さく、稼働率次第で大きく収益が変動する点に特徴がある。総括原価方式の下では、電源開発投資に伴う費用も電気料金に転嫁できたため、電力会社は稼働率にとらわれず設備投資できた。電力需要が継続的に急拡大するような環境にでもならない限りは、新規制基準適合まで長時間を要する巨額なリプレース投資に踏み切る電力会社はほぼ現れないだろう。

 新型原子炉には、事故発生時に運転員の手を介さず、自動的に放射性物質の飛散を食い止めるように稼働する「パッシブセーフティー(受動的安全)」システムを採用したタイプなどもある。リプレースによって得られる安全性向上のメリットをみすみす犠牲にすることもない。

 温室効果ガス削減とエネルギー安全保障上の理由から、火力発電への依存度を低下させることは、日本のエネルギー政策上の積年の課題だ。発電時に温室効果ガスを排出しない準国産電源としての原発は、将来の選択肢の一つとして留保しながら、再生可能エネルギーやその地産地消を可能とする蓄電池技術の開発に投資を拡大するのが現実的な選択だ。

 少なくとも30年に20~22%の原発比率を維持するためには、競争環境下においても総括原価方式に類する支援策を構築せざるを得ない。具体的には、託送(送電)料での費用回収や、差額調整決済制度つまり政府が事前に基準価格を設け、発電事業者は売電市場価格がそれを下回れば差額を受け取り、上回れば差額を支払うという価格平準化の仕組みなどが考えられる。

 加えて、新規制基準が遡及(そきゅう)的に適用されたことに伴う廃炉の費用、福島事故や今後の過酷事故の損害賠償に備える相互扶助のための共済金としての一般負担金、福島事故の溶融燃料の取り出しをはじめとする廃炉費用、使用済み核燃料の再処理費用など、すでに電気料金に転嫁されているか、費用回収の制度設計の俎上(そじょう)に載せられているかしている政策的費用は数多くある。

  そこで重要になるのは、どの政策的費用をあまねく広く電気利用者から回収すべきか否かの線引きであり、小売り全面自由化下の新しい料金システムにおいて、そのコスト構造が電気利用者(消費者)に透明性の高い手法で開示されることである。

 原発支援策が、電力自由化に逆行するかたちで、電力会社の保護政策となってしまえば、これまでどおり、電力自由化は新規参入者を呼び込む競争を生み出さず、本来の目的が骨抜きにされてしまう。

 福島事故を経て明らかになったのは、原発事業者の資力を超えるほどの被害額をもたらす過酷事故が、現実に起こりうるということであり、それは被害者に身体的、精神的、経済的に甚大な被害を及ぼすということである。

 

 ◇原発専業会社への集約

 

  温室効果ガス削減とエネルギー安全保障の視点に立って、原発事業の継続を目指すのであれば、競争環境下においても安全性向上や過酷事故リスクなどに対応するための投資体力を持ち、安全を不断・自発的に高める経営上の仕組みと技術能力を持ち、避難対応や被害者救済などの人的な対応能力を持つことが必要条件となる。したがって、現在の9電力体制のまま原発を維持することは困難だ。

 将来的には、電力会社の原発事業は法的に分離され、原子力専業会社として2~3社に集約されることが望ましい。送配電事業と同様、競争環境下でも原発事業には総括原価方式が採用されるべきであり、あまねく広く電気利用者に政策的費用の負担をさせるためには同時に原発のメリットを享受できる仕組みであるべきだ。

 具体的には原発からの電気を新電力にも調達しやすいかたちで公益電源として一部卸売市場に拠出することを義務付けるのも一つの選択肢だ。

 水力や地熱などからの電気も組み合わせ、卸売り収益の一定額をプールし、再生エネ拡大のための開発投資に活用することもできるだろう。

 リプレースの際の資金調達には、現実的には政府保証が必要となる。また、現行の原発事故の損害賠償制度においては、発災事業者に無限に責任を負わせる枠組みとなっているが、原発政策を推進する社会的責務として、政府の実質負担が求められるべきだ。

 原発は今後、公共性の色合いを強めていかざるを得ない。さもなければ、政府が目指す日本の原発維持はできない。(了)


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