東京電力福島第1原発事故から6年半がたった。最近の状況を見ると、日本全体が事故を過去のものとして忘れてしまったのではないか、と思わざるを得ない。残ったのは、不毛な政策議論と山積みの政策課題。筆者は、福島原発の事故の教訓をもう一度しっかりと踏まえ、「脱原発か否か」にかかわらず、解決すべき重要な課題に全力で取り組まなければいけない、と考える。その課題は次の五つである。
(1)廃炉プロセスと被災者の人権
福島原発の廃炉は、世界でも例のない困難で長期にわたる巨大プロジェクトだ。事故を起こした東京電力に作業の責任を負わせているが、技術的にも費用負担でも、東電だけで解決できる課題ではない。専門の廃炉措置機関の設置が必要だ。
事故直後、原子力委員会では、作業の透明性を確保し、公正で安全な作業を保証する意味で、第三者機関の設立を提言したが、まだ実現していない。地域の住民はもとより、国際社会の信頼を確保する意味でも、権威ある第三者機関の設置が求められる。
一方、2017年4月1日付で、「帰還困難区域」を除く避難指示区域がほぼ解除されたが、避難住民の生活はまだとても「復帰」には程遠い。
住民の間では避難指示区域解除決定に対する不信感や、生活基盤の不足に対する不満が根強い。これは、避難指示解除や復興の意思決定に住民の声が十分に反映されていないからではないか。国会は12年に「子ども・被災者支援法」を成立させたが、その第2条には「被災者一人一人が…他の地域への移動及び移動前の地域への帰還についての選択を自らの意思によって行うことができるよう、被災者がそのいずれを選択した場合であっても適切に支援するものでなければならない」と明記されている。この「被災者の人権保護」の考え方をもっと徹底すべきである。
(2)使用済み燃料をどうするか
脱原発を今すぐ決定したとしても、使用済み核燃料・廃棄物問題が解決するわけではない。現在、使用済み燃料はそのほとんどが発電所サイト内でプール貯蔵されているが、福島原発事故で、このプール貯蔵が大きなリスクを抱えていることが判明した。
また、そもそも使用済み燃料はすべて再処理され、プルトニウムとウランを回収して再利用する「核燃料サイクル」が日本の基本的政策である。そのため、再処理が進まないと、貯蔵容量の不足に陥り、原発は稼働できなくなってしまう。
この二つの問題を解決するためにも、当面はより安全なキャスク貯蔵(乾式貯蔵)を用いた「中間貯蔵」を民間だけに任せるのではなく、政府が責任を持って進めるべきだ。
「中間貯蔵」を推進する際、問題となるのが、「貯蔵後」の扱いである。日本では使用済み燃料は「資源」と考えられているため、「ゴミ」として処分する(「直接処分」とよばれる)ことが許されていない。したがって、再処理が進まないと「中間貯蔵」の立地も困難である。中間貯蔵を促進する意味でも、直接処分を認め、核燃料サイクルを柔軟なものに転換していく必要がある。そうしないと後述のプルトニウム在庫量も増加し続ける可能性が高い。
使用済み燃料を再処理するにせよ、「核のゴミ」問題の解決は不可欠だが、いまだに国民の信頼が得られておらず、最終処分場の立地は進んでいない。廃炉と同様、廃棄物処分の国民的合意を進める意味で、「第三者機関」が必要だ。このままでは「核のゴミ」問題の解決はなかなか実現しないだろう。
(3)核テロリズムへの対応
核テロリズムのリスクは今や世界でも最も深刻な安全保障課題と位置付けられている。福島事故以降、使用済み燃料のプール貯蔵もそのターゲットとして注目された。
しかし、最も警戒しなければいけないのは、核兵器の材料にもなるプルトニウムの管理問題であろう。世界では約511トン、長崎原爆に換算して8万5000発以上もの分離プルトニウムが貯蔵されている。
日本は、非核保有国では最大で、すでに47トンものプルトニウム在庫量を抱えている(15年末現在)。
この在庫量を少しでも削減することが求められており、特に米国から強い関心が寄せられている。日本は、在庫量削減のために何ができるのか。現在計画されている「プルサーマル(既存の原子炉で再利用)」だけでは不十分だし、再処理を継続すればプルトニウム在庫量は逆に増えてしまう。核燃料サイクルの見直しが必要なのはここでも同様だ。
核テロリズム問題では、サイバーセキュリティーのような新たな課題、また内部脅威対策として重要な「従業員信頼性確認制度」の法制化も検討すべき課題だ。
(4)国民の信頼確保
福島事故で最大の影響は、原子力安全のみならず、原子力行政全体に対し、国民の信頼を失ったことだ。
国民の過半数はいまだに「深刻な事故が起きる」と心配し、「再稼働」にも反対している。この国民の信頼を回復するには、信頼できる情報の発信と市民との対話の場が必要である。ここで注目したいのが、原子力規制委員会設置法成立の際の「付帯決議」(平成24年6月20日、参議院環境委員会)であり、そこには次のように明記されている。
「本法施行後一年以内に地方公共団体と国、事業者との緊密な連携協力体制を整備するとともに、本法施行後三年以内に諸外国の例を参考に望ましい法体系の在り方を含め検討し、必要な措置を講ずること」
しかし、この決議は実現していない。このように国会の役割は極めて重要だ。地方自治体と国、事業者間で連携し、住民の信頼を確保できるような場を設置することが必要だ。
(5)「もんじゅ」後の開発と人材
高速増殖炉原型炉「もんじゅ」はついに16年に廃炉が決定した。しかし、政府は、高速炉の実証炉開発と核燃料サイクルの継続を決定している。なぜこのような「矛盾」が放置されたままなのか。ここでも、研究開発の問題点を客観的に検証する「第三者機関」がやはり必要だ。
福島事故以降、研究開発の優先順位も当然変化すべきだが、そのような徹底した検証がなされた形跡はない。廃炉措置や、廃棄物処分は脱原発を決定しても、今後40~100年の単位で人材を確保する必要があり、そのための研究開発の在り方も検討していく必要がある。
* * *
「脱原発か否か」の対立を超えて、我々自身が真摯(しんし)に五つの課題に取り組み解決していくことが事故の教訓を生かすことになるのではないか。
(鈴木達治郎、長崎大学核兵器廃絶研究センター長・教授)
*週刊エコノミスト2017年11月28日号 掲載