出口政策では日銀に損失が出る可能性が高い。しかしその損失をどう処理するか、会計面でも法律面でも議論は不十分だ。
森田京平(クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト)
異次元緩和からの出口策の選択肢の一つとして、日銀の超過準備に対する付利の引き上げが挙げられる。超過準備とは、金融機関が日銀に預け入れている当座預金のうち、法律で義務づけられている法定準備額を超える部分。その残高は2017年末には320兆円程度まで膨らみ、19年末には400兆円近くに達すると見込まれる。
超過準備が積み上がっているのは、日銀が量的緩和で通貨の供給量(マネタリーベース)を増やしているためだ。マネタリーベースを極力、安定的に増やすために、超過準備には金利が付けられている。これが付利である。
金融機関は超過準備など日銀当座預金を日々の銀行間の貸し借りや、政府や日銀との資金決済などに利用している。付利を引き上げると、金融機関はそれより低い金利で資金を貸す動機はなくなるので、市場の短期金利を押し上げる効果が生まれる。すなわち金融引き締めであり、出口の第一歩だ。
だが問題は、付利を引き上げると、日銀が金融機関に支払う利子が増えることである。超過準備残高に付利を掛け合わせることで、日銀が負担する年間利払い費を試算できる。
その際、一つの基準として、年間利払い費が日銀の自己資本残高(使途が限定される外国為替取引損失引当金を除くと17年3月末6・3兆円)を上回る組み合わせを見ると、表のグレー部分となる。例えば、超過準備残高が400兆円の場合、付利が1・75%を超えると、たった1年間の利払いが自己資本残高を超えてしまう。
このような点を踏まえると、出口政策として金利を引き上げる場合には、日銀の財務が毀損(きそん)するリスクを無視できない。
◇自己資本は不要か
一般論として、中央銀行の損失すなわち自己資本の毀損については、それをどの程度重視するかで見解が分かれる。08年4月から13年3月まで日銀総裁を務めた白川方明氏は、多額である必要はないが、中央銀行には一定水準の自己資本が必要であるとする。一方、現職の日銀副総裁である岩田規久男氏は、かつて「唯一のマネタリーベースの供給者である中央銀行は、自己資本を持っていなくても営業可能」と断言している。
確かに岩田副総裁が言うように、中央銀行にとってマネタリーベースは、伝統的には資産の買い入れ(買いオペ)や金融機関への貸し出しを通じて供給される無利子の決済・支払い手段である。この意味で中央銀行が自らの意思決定に基づいて発行できるものだ。
それでも岩田副総裁の自己資本不要論には二つの点から疑問符が付く。第一に、中央銀行の財務の健全性が毀損するのは通常、緩和期ではなく引き締め期、つまり出口ということである。出口において財務の健全性が損なわれたからといって、中央銀行が最終支払い能力の増強のためにマネタリーベースを増やせば、それはそもそも出口策に矛盾する。
第二に、マネタリーベースの7割ほどを占める超過準備(の過半)は今や有利子負債である。しかも、その超過準備の付利の引き上げこそが、出口で中央銀行の財務の健全性を脅かす一因となる。岩田副総裁が自己資本不要論を展開していた頃は、マネタリーベースが無利子であることが当然視されていたが、その前提は今や妥当ではない。そもそも自己資本不要論を説いた岩田氏が副総裁を務める中、現に、日銀は法定準備金や債券取引損失引当金などを通じて自己資本を積み増している。
◇会計上の二つの手法
自己資本の積み増しを通じて財務の健全性確保を図る日銀の姿勢は、前向きに評価される。一方で、日銀が赤字を計上した場合の会計上の扱いも明確にされる必要がある。一般に、中央銀行が損失を認識する方法として(1)自己資本の毀損、(2)繰り延べ資産の計上、の二つの方法が挙げられる。
(1)は、単純に毀損した分をそのまま自己資本で穴埋めする方法で、損失額が自己資本を上回れば債務超過となる。(2)は、会計上のやや複雑な仕組みで、損失を出しても自己資本が毀損しないように帳簿上で調整する制度である。米連邦準備制度やチェコ国立銀行が採用している。
例えば、米国各地区の連邦準備銀行は11年1月1日以降、毎営業日に「surplus(剰余金)=capital paid-in(拠出資本)」という等式を成り立たせることを会計ルール上、求められている。この等式を成り立たせるため、各連銀はバランスシートの負債側に「Interest on Federal Reserve notes due to U.S. Treasury」(「国庫納付金未払い金」と邦訳できよう)という勘定を立て、損失が発生したときには将来にわたる未払い金の支払いを減額するかたちで計上する。つまり損失は(自己資本ではなく)負債の減額として認識される。本来なら将来政府に納付すべきお金を、現在の損失と相殺するわけだ。したがって国庫納付金未払い金は事実上、繰り延べ資産として機能し、将来の中央銀行の利益(剰余金)を当てにした会計処理と言える。
日銀の場合、バランスシートに「国庫納付金未払い金」に相当する項目はなく、損失に対して繰り延べ資産を活用する会計手法は取っていない。したがって日銀の場合、損失は自己資本の削減につながる。
◇政府の損失補てんは規定なし
日銀の自己資本が毀損した場合、立法面での課題が浮上する。なぜならば1998年4月に施行された現行の日銀法には、政府による損失補てんの規定がないからである。これに対して、98年3月まで適用されていた旧日銀法の付則には、政府による損失補てん規定が存在した。
現行日銀法で損失補てん規定が削除された一つの背景として、日銀に独立性(法律上は「自主性」)を付与したことが挙げられる。確かに、政策や業務運営において独立性が与えられた以上、日銀が損失を出したとしてもそれは自己責任だ、というのは分かりやすい。しかし一方で、日銀の剰余金は法定準備金の積み立てと出資金の配当を除いて原則、全額が国庫に納付される。「利益は国庫に納付、損失は自己責任」というのはいかにも非対称的である。日銀の損失を政府が補てんするという形で、このような非対称性を和らげる立法面での対応が求められる。
ただし、そのような対応が強い政治的摩擦を伴うことは容易に想像される。何せ出口(付利の引き上げ局面)では、毎年数兆円もの利子が日銀から銀行などに支払われる。そのような中、日銀への税金注入となれば、野党はもちろん与党からも批判が出ておかしくない。
このように日銀の場合、出口における課題は損失額の大小にとどまらず、会計(損失の認識方法)および立法(損失補てんの法的あり方)つまり制度設計に及ぶ。出口策という技術論に加えて、制度設計つまり出口の制度インフラの構築が早急に検討される必要がある。
(森田京平、クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト)
◇もりた・きょうへい
1970年岐阜県生まれ。94年九州大学経済学部卒業、野村総合研究所入社。2004年野村証券経済調査部、08年バークレイズ証券などを経て、17年4月から現職。米ブラウン大学大学院経済学修士。共著に『人口減少時代の資産形成』(東洋経済新報社)。