カネ余りが生み出す怪現象
金融危機は必ず起こる
米美術品競売会社サザビーズの株価が、高値圏で推移している。7月、2007年につけた史上最高値(57・6ドル、終値ベース)を更新する57・7ドルをつけ、足元も50ドル台で推移する。世界的にあふれたマネーが美術品にまで流れ込み、同社の株高を演出しているようだ。
米国で08年から実施された3回の量的緩和(QE)や、欧州・日本のQEなどで世界的にマネーがだぶつき、あらゆる資産に流入している。典型的なのは株価だ。
米国では17年、主要3指数(NYダウ、S&P500指数、ナスダック)がそろって史上最高値を更新し続け、日経平均株価もバブル崩壊後の最高値を塗り替えた。足元では調整しているものの、ドイツ・DAXやブラジル・ボベスパ指数など先進国・新興国かかわらず世界各国で軒並み史上最高値を更新した。
また、カナダ、豪州、ニュージーランド、韓国で不動産価格が高騰し、社会問題にまで発展している。明治安田生命の小玉祐一チーフエコノミストは「カネ余り状態では手っ取り早く利益を生む方向に資金が流れる。不動産価格高騰は、その現象を象徴する」と指摘する。
◇ゴールドも同時高
「リスクオン相場」を象徴するような珍現象も出ている。
17年7月には、過去200年間で7回デフォルト(債務不履行)を引き起こしたとされるアルゼンチンが100年債を、さらに11月には西アフリカ・ナイジェリアも30年債を発行した。特に原油が主な外貨獲得源のナイジェリアは、米国のシェールオイルブームで対米輸出減にあえぎ、成長率はマイナス圏にもかかわらずだ。
みずほ総合研究所の長谷川克之市場調査部長は「新興国が国際市場で発行する債券の年限は通常5年程度で、30年債以上を発行できるのは異例。それほど投資家から高金利商品への需要があることの裏返しでは」と分析する。
一方で、リスクオン局面では値崩れしやすい金も底堅く推移する。株式や国債が配当や利払いといった利益を生み出す局面では、価値は不変だが金利も生まない金の魅力が相対的に低くなる。このトレード・オフの通説に反する現状を、マーケット・ストラテジィ・インスティチュートの亀井幸一郎代表は「ロシア疑惑を抱える米トランプ大統領や北朝鮮、イラン・サウジアラビア関係などの政治・地政学リスクを意識して、『何があってもおかしくない』という市場関係者の懸念が、金価格を支えている要因」と指摘する。
◇バブルの兆候
世界全体に高揚感が漂った17年に引き続き、18年も好調な世界景気を予想する声は多い。国際通貨基金(IMF)、経済協力開発機構(OECD)、世界銀行ともに18年の成長率は17年を上回ると予測する。
このうち、IMFは企業・消費者心理に支えられて投資、貿易、製造活動が活発化することを成長要因と見る。一方で、中長期リスクとして「地政学的緊張、国内政治の対立」(政治イベント)や「世界金融の急激な引き締め」などを挙げた。
政治イベントで注目を集めるのは、世界の景気のけん引役である米国の中間選挙だ。欧州連合(EU)を巡っても、英国の離脱交渉で厳しい局面が予想され、3月にはEU懐疑派が少なくないイタリア総選挙が予定される。
「世界金融の急激な引き締め」での注目点は、米国の金融政策だろう。米連邦準備制度理事会(FRB)では2月に、議長がイエレン氏からパウエル氏に交代する。実体経済が好調にもかかわらず低物価が続く米国で、いかに金融の正常化を進めるのか。パウエルFRB新議長の手腕が注目される。
マネーの流動性に警告を与える兆候も出ている。企業によるPIK(ピック)債(ペイ・イン・カインド)発行が増えているのだ。原則として利息は現金で払うのだが、それが困難になった場合は、新たに発行する債券で払える仕組みだ。投資家にとっては、現物(債券)支給というリスクを抱えるため、利回りが高いのが魅力だ。低金利時代の「イールド・ハンティング」(利回り狩り)の格好の対象となっている。
だが、発行企業が新規発行債券による利払いを選んだ場合、債務が膨張する。1990年代に日本の金融危機を招いた一因とされる「銀行による追い貸し」を彷彿(ほうふつ)とさせる。市場関係者からは「ここまでリスクの高い金融商品の需要が出てくること自体が、バブルの兆候」と懸念の声が高まる。
世界銀行のポール・ローマー・チーフ・エコノミストは、本誌のインタビューで「次の金融危機は必ず起こる。『もし』ではなく『いつか』の問題だ」と指摘する。景気循環、市場環境、政治イベント。好調な滑り出しになりそうな18年だからこそ、小さな変化に神経を研ぎ澄ませ、来るべき危機へ備えが必要だろう。
(種市房子、谷口健・編集部)