◇よしたけ・じゅんじ
1947年山口県生まれ。慶応義塾大学商学部卒。東京ガスなどを経て現職。2007年京都大学大学院博士課程修了、博士号(エネルギー科学)取得。著書に『シェールガスの真実』(共著、石油通信社刊)。
天然ガスは、現在も将来も、日本のエネルギー源として欠かせない。火力発電の燃料として、あるいは、都市ガスの原料として重要であるためだ。日本が液化天然ガス(LNG)を輸入するようになってから50年近くがたつ。
しかし、LNGを生かすためのインフラはいまだに不十分だ。最も大きな課題の一つがガスパイプラインである。
日本はLNGのほとんどを輸入に頼り、国内には35カ所前後のLNG受け入れ基地がある。海外から輸入したLNGを受け入れるためのインフラは十分だと言える。
しかし、輸入したLNGを国内に行きわたらせるためのガスパイプラインは国土の6%程度をカバーしているにすぎない。
例えば、東京と仙台以北は高圧幹線で接続されていないし、大阪から広島以西には伸びていない(図)。パイプラインがつながっていない地域では都市ガスを融通できない。米国やドイツなど欧米各国に比べても少ない状況にある(表)。
国内の都市ガス事業は人口の集中する都市部で、かつ原料を調達するのに適した地域を中心に発達してきた。各都市部を結ぶ地域への普及は後回しにされてきた面がある。
確かに、パイプラインの整備には多大なコストが必要だ。費用を負担するのは都市ガス会社だ。経営的に大きな負担になる。
だが、費用対効果の高い地域に絞ってパイプラインを整備すれば、投資コストを十分上回る多くのメリットがあるはずだ。供給の安定化や市場の拡大、災害時の対応力強化などだ。
何よりも大きなメリットは、エネルギー自由化によって期待できる電力・ガス各社の競争を活性化する点だ。競争を通じて多彩なサービスが生まれ、電気料金やガス料金の値下げにつながれば、消費者も大きな恩恵を受ける。パイプラインが新たに整備された地域では、産業の活性化にもつながる。
パイプラインを敷設する上で大事なのは、供給安定性の向上を図る観点から、受け入れ基地同士や各地域を連結し、供給の手薄な地域をバックアップする仕組みを構築することである。
東京ガスは16年3月に茨城港の日立LNG基地を運転開始した。日立基地は同社としては初めて東京湾外に設置したもので、同基地と既存の「栃木ライン」(栃木県真岡市)を結ぶ高圧ガスパイプライン「茨城─栃木幹線」を建設し、扇島(横浜市)、根岸(同)、袖ケ浦(千葉県袖ケ浦市)の東京湾沿いにある既存の三つのLNG基地と接続。首都圏の需要地に対し、関東南部と北部から相互にバックアップできる体制の整備を進めている。
実は列島を縦断するガスインフラ整備は、これまで幾度も構想が持ち上がりながら、いつの間にか立ち切れとなってきた。なかなか実現しない理由は、企業にとって巨額の投資に見合うだけのメリットを見いだせないためだ。ガスの小売り全面自由化が実現した今、パイプライン投資を民間主導で行うことはますます難しくなっている。国家主導でなければ、国土強じん化やエネルギーセキュリティーの向上などを目的としたインフラ整備を実現するのは困難だ。
そこで、ガスインフラを構築するのに比較的低コストな手法として、全国に張り巡らされた高速道路下の空間地に沿ってパイプラインを敷設することを提案したい。その際、道路管理者である国や自治体を統括する国土交通省と、ガス事業を所管する経済産業省との連携が欠かせない。
ガスインフラの整備には一見、長い時間がかかりそうだが、見事に整備を進めているのが、韓国と台湾だ。韓国は、すでに全国的なパイプライン網を構築。台湾も、内地型の天然ガス火力発電所の建設を呼び水に、全国を縦貫するパイプライン網を形成している。日本は、ガスインフラにおいて、両国に後じんを拝しているのが現状だ。
◇しわ寄せは消費者に
天然ガスは、今後、解決が求められるエネルギー分野の課題への対応にあたって重要な役割を果たす。特に将来の「水素社会」の実現に向けた懸け橋になるだろう。
水素と天然ガスはどちらも気体燃料だ。インフラや輸送技術の面で共通点が多い。現に天然ガス自動車の燃料タンクや充填(じゅうてん)設備で培った高圧ガス関連技術は、燃料電池自動車(FCV)にも生かされている。
将来的に海外から液化水素を輸入することになれば、LNG船を使った超低温輸送技術が生きるだろう。水素パイプラインを敷設するとすれば、天然ガスパイプラインのノウハウも役に立つ。天然ガスの関連技術そのものが、水素社会の実現に貢献できるのである。
また、エネルギー業界は、電力とガスを合わせた「総合企業の時代」が到来する。これまで別々の規制や市場の中で事業を展開してきた電力業界とガス業界が今や、自由化によって同じ市場で競争する環境になった。エネルギー関連企業は消費者に対していかに最適なサービスやシステムを提案・導入できるかが重要になる。
さらに、これまで業界にはなかった「技術革新の時代」が来る。あらゆるモノがネットにつながるIoTやビッグデータ、人工知能(AI)といったデジタル技術がこれまでにないスピードで進化している。エネルギー関連企業も従来とは異なる発想や技術が必要だ。
こうした転換期にある中で、ガスパイプラインの整備が遅れたままでは、エネルギー関連企業もその能力を存分に発揮することはできない。しわ寄せは当然、消費者にもおよぶ。大きな転換期に向け、パイプラインの整備を急ぐ必要がある。
(吉武惇二・早稲田大学次世代科学技術経済分析研究所招聘研究員)