巨大リゾート経営の「贈賄王」がオリンパスの中国・深セン工場の女子寮を実行支配している――。
取引を承認した取締役は特別背任に問われる疑いがある。オリンパス贈賄疑惑の続報をお伝えする。
社内弁護士の内部告発により中国企業「安平泰投資発展有限公司(安平泰)」とのトラブルが発覚したオリンパス。しかし、安平泰は実質的な親会社「安遠控股集団公司(安遠)」のダミーに過ぎない。オリンパスが深みにはまった「安遠」とは何者なのか。
◇司法部門の機関紙が名指し
「『贈賄王』陳族遠の刑事責任の謎」──。中国共産党中央政法委員会の機関紙『法制日報』は、2016年8月30日、週末版に相当する「法治週末」でそう報じた。政法委員会は中国の公安(警察)・司法部門を統括する組織だ。異例なことに、その機関紙が「贈賄王」が野放しになっている現状に苦言を呈したのだ。
この陳族遠こそ、オリンパスが取引する安遠の総帥にほかならない。機関紙などによると、07年8月、雲南省交通庁副庁長だった胡星が高速道路の受注を巡る収賄により昆明市中級人民法院で終身刑の判決を受けたが、その贈賄側として陳族遠が3200万人民元を渡していたことが判明。さらに、15年12月、広州市共産党委員会書記だった万慶良の汚職事件でも、陳族遠が5000万人民元を贈賄していたことが南寧市中級人民法院の初公判で明らかになった。だが、いずれの事件でも、陳族遠は逮捕・立件された形跡がない。機関紙は「陳族遠の件については、政府はなぜか沈黙を守っている」と指摘する。
陳族遠とは一体、どんな人物なのか。ネット上には詳しい経歴も顔写真も一切見当たらない。
機関紙や現地の情報などを集約すると、陳は1962年、広東省掲陽市掲西県長灘村に生まれた。最終学歴は中学校卒業。87年に広東省掲西県建設委員会に入り、掲西工程公司深セン支店の総経理を経て、93年に安遠グループを設立したとされる。ウェブ上に痕跡が残る同社ホームページ(現在は閉鎖)の事業概要によると、不動産開発、インフラ投資、旅行、医薬、鉱山、水力発電などを手掛け、グループ企業は約60社。深セン市のほか広東省掲陽市、江蘇省南京市、江西省〓州市、雲南省昆明市などで活動している。
安遠の本社所在地は、深セン市福田区の高層マンション団地の一角にある「安遠大厦」。人民日報系ニュースサイトの14年1月の報道によると、この土地は、中国人民武装警察部隊(国内の治安維持を任務とする準軍事組織)が所有しており、本来は分譲マンションを建てることができない。
◇ヤクザ使い住民追い出し
陳族遠は03年、故郷である掲西県に約745ヘクタールの巨大リゾート「京明温泉度假村」を開園した。建設の際には、地元ヤクザの頭目、張志超を使って土地を無理やり接収し、多数の住民が負傷したという。張志超は07年に別件で逮捕され、反社会組織への参加、強盗などで懲役13年が確定している。陳族遠は09年にはリゾートの隣接地に広大なゴルフ場をオープンした。これらの施設では、共産党や地方政府の幹部を接待していたと見られている。
しかし、習近平党総書記が13年1月から反腐敗運動を始めた影響で、安遠の経営は悪化しているようだ。15年には広東省発展改革委員会がゴルフ場の営業を禁止。16年8月の段階では、ゴルフ場は草ぼうぼうの状態だった。安遠の全株式は15年、甘粛省のノンバンク「光大興隴信託」によって一時、差し押さえられた。反腐敗運動の影響で、資金繰りが苦しくなっている可能性がある。
「贈賄王」のゴルフ場は荒れ放題だ(16年8月)
オリンパスの深セン工場(OSZ)が安遠に深セン税関とのトラブル解消を依頼したのは13年5月。反腐敗運動が始まった直後だ。安遠にとり、内視鏡事業で高収益を上げるオリンパスは「格好のカモ」に映ったに違いない。OSZは14年4月に安遠のダミー会社、安平泰と税関問題解決に向けたコンサル契約を締結。成功報酬は4億円の現金と、工場の女子寮2棟の譲渡だった。トラブルは同年8月に無事解決し、OSZは12月、安平泰に4億円を支払った。
だが、本誌2月6日号で報じたように、この取引について、アジア統括子会社の法務責任者が「安平泰が深セン税関を買収したのでは」と懸念を示し、15年2月に社外取締役が委員を務める社内調査委員会が発足、女子寮の譲渡は凍結された。これに対し、安平泰が16年12月にOSZを相手取り、女子寮の譲渡か47億円の損害賠償の支払いを求めて、深セン市中級人民法院に訴訟を提起して、現在に至っている。
◇「しゃぶれるだけしゃぶる」
当の女子寮は現在、どうなっているのか。編集部が入手した写真によると、驚くべき事実が判明した。OSZは深セン市南山区高科技園区に女子寮を4棟保有しているが、そのうちの二つ(1号棟と10号棟)の1階部分の塀や壁が壊され、多数の小規模な賃貸店舗に改装されていた。深セン市は同地区の建物の第三者への譲渡と使用許諾を禁止している。それにもかかわらず譲渡が履行される前から、安平泰に「実効支配」されている。
深セン工場の女子寮は1階が商店街に変貌(16年8月)
OSZによる安平泰への「食堂運営」「清掃・警備」「廃棄物処理」の業務委託も継続している。この3分野は、地元反社会勢力の「しのぎ」であることは、本誌2月6日号で指摘した。長らく深センで活動する日系企業の経営者は、「3分野を全部同じヤクザに任せてしまったのは相当深刻。彼らはしゃぶれるだけしゃぶるつもりだろう」と語る。
共産党による一党独裁の中国では、政府の行政機関に対し、党が圧倒的な優位に立つ。たとえ裁判で贈賄が事実認定された反社会勢力でも、時の権力者が自分にとって目障りな人物の排除に役立つと見れば、一種の司法取引で、罪を一時棚上げにすることがあるという。オリンパスが「安平泰による深セン税関の買収はなかった。法的な問題はない」と主張できるのも、こうした背景があると見られる。
しかし、中国の公安・司法部門が「贈賄王」と公式認定している相手とコンサル契約を結んだオリンパスの経営陣に「責任なし」というのは無理があるのではないか。15年10月に完成した社内調査報告書のほか編集部が入手したオリンパス内部資料によると、木本泰行会長(当時、現日本板硝子社外取締役)、笹宏行社長、藤塚英明専務(同、現丸井常勤監査役)、竹内康雄専務(現副社長)らが安平泰による贈賄リスクを認識していた。
また、安平泰への女子寮の譲渡価格は1800万人民元(約3億円)で、市場価格の15分の1以下と異常に安い。OSZは安遠との契約にサインしたので、仮に相手が反社会勢力であると主張し契約の無効を訴えても、中国の裁判制度では負ける公算が高い。海外贈収賄案件に詳しい弁護士は、「たとえトラブル解決のためであっても、相場より不当に安い値段で、しかも、反社会勢力を相手に譲渡するとなると、会社法の特別背任罪成立の可能性は十分にある」と語る。
(編集部)