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金利上昇でも銀行の収益減は一時的=宮嵜浩〔出口の迷路〕金融政策を問う(21)

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量的緩和の出口では金利の上昇が金融機関の収益を悪化させる、との懸念があるが、試算すると影響はさほど大きくない。

 

宮嵜浩(三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所シニアエコノミスト)

 

日本銀行が2013年4月に「量的・質的金融緩和」を採用して以来、大規模緩和に伴うさまざまな「副作用」が指摘されてきたが、その多くは、日銀の国債買い入れ縮小に伴う長期金利の上昇や、日銀保有国債の増大による将来の含み損リスクといった、金利上昇に起因するものだった。16年2月のマイナス金利政策の導入をきっかけに急浮上した「副作用」は、過度な金利低下による金融機関収益の悪化であり、他の「副作用」とは一線を画している。

 

 16年度の全国銀行ベースの経常利益は前年度比18%減少した。全国銀行協会の小山田隆会長(当時)は、16年度決算発表後の会見(17年5月18日)で、「マイナス金利等を受けた預貸利ザヤの低下とそれに伴う資金収益の減少が大きい」と述べている。

 

 マイナス金利政策によって、銀行の貸出金利と預金金利はともに低下した。しかし、預金金利の低下幅は貸出金利に比べ小幅にとどまったため、貸出金利と預金金利の差である利ザヤが縮小した。日銀は16年9月21日の「総括的な検証」で、「貸出金利の低下は金融機関の利ザヤを縮小させることで実現している」との認識を示した上で、イールドカーブ(利回り曲線=短期金利と長期金利の利回りの差と水準を示す)の過度な低下ないしフラット化(長短金利差の縮小)が、経済活動に悪影響を及ぼす可能性があると指摘している。現在の「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的金融緩和」は、イールドカーブが金融仲介機能に及ぼす影響に配慮した、金融政策の枠組みである。

 

 ◇二つのケースで試算

 

 イールドカーブの過度のフラット化が是正されたこともあり、銀行の収益は17年度に入り悪化に歯止めがかかりつつある。しかし今後、2%のインフレ目標が達成され、政策金利の引き上げによって金融機関の資金調達コストが上昇すると、貸し出しや資産運用から得られる収益との利ザヤが再び縮小する可能性がある。実際、過去の金融引き締め局面では、イールドカーブがフラット化するケースが一般的である。

 

 そもそも、預金・貸し出しという「金融仲介サービス」は、イールドカーブのフラット化局面で、収益を生み出しえないのだろうか。また、銀行の収益源が多様化する中、投信や保険などの販売手数料収入や、株式・債券などの金融資産売買益などの「金融仲介以外のサービス」に、金融機関収益を押し上げる余地がどの程度あるのか。以下では、13年4月の「量的・質的金融緩和」開始から「出口」によるバランスシート正常化までの期間において、日銀の金融政策が、金融機関収益にどのような影響を及ぼすのかについて検証する。

 

 まず、日本経済がデフレから脱却し、バランスシートが正常化するまでの経済環境を「ケース1」として、以下のように想定する。

(1)19年3月期の終わりに、消費者物価上昇率(CPI)上昇率2%、名目国内総生産(GDP)上昇率2・5%を達成。

(2)長期金利は20年3月期から上昇が始まり、21年3月末までに2・5%に上昇(2年かけて市場金利が正常化する)。その後、2・5%で安定。

(3)政策金利は、20年3月末までゼロを維持。21年3月期から徐々に引き上げ、22年3月期末に1・5%(2年で1・5%上昇)。以後、1・5%で安定。

 一方、ケース1よりも短期金利の上昇幅が大きいケースを「ケース2」とする。

(1)、(2)はケース1と同じ。(3)政策金利は20年3月末までゼロを維持。21年3月期から徐々に引き上げ、22年3月末に1・5%、23年3月末に2・5%(3年間で2・5%まで引き上げ)。その後は2・5%で安定。この仮定の下では、イールドカーブがフラットになる。

 なお、ケース1とケース2の違いは、イールドカーブのフラット化の度合いのみである。両ケースを比較することで、イールドカーブがデフレ脱却後の金融機関収益に及ぼす影響が浮き彫りとなる。

 

 以上の前提をもとに、金融機関収益を「金融仲介サービス」と「金融仲介以外のサービス」に分けて推計した。

 

 「金融仲介サービス」の収益構造は、(1)長短金利差(イールドカーブ)、(2)信用リスクプレミアム(貸出先の信用力に応じた上乗せ金利)の二つの要因に分解。(1)の長短金利差として「10年国債利回り-LIBOR〈ロンドン銀行間取引〉3カ月物円金利」、(2)の代理変数として名目GDP、そして線形トレンド(過去の実績に基づく傾向)の3変数で「金融仲介サービス」を説明する線形回帰モデルを用いた。同モデルによると、名目GDPが1%増加すると「金融仲介サービス」の収益が0・87%増加し、長短金利差が1%ポイント上昇すると「金融仲介サービス」の収益は7・3%増加することになる。

 

 一方、「金融仲介以外のサービス」の推計には、株式などの資産価格の代理変数としてGDPギャップ(現実のGDPと潜在GDPの差、景気がよくなればプラス方向に動く)を使い、線形トレンドの2変数を説明変数とする線形回帰モデルを用いた。同モデルによると、GDPギャップが1%ポイント上昇すると「金融仲介以外のサービス」が2・8%増加する。

 

◇重要なのは名目GDPの成長率

 

 図は、「金融仲介サービス」と「金融仲介以外のサービス」を合算した金融機関収益の将来推計値を、営業利益に近い概念で示している。ケース1、ケース2とも、将来推計期間にかけておおむね右肩上がりの収益増加経路をたどっていることが見て取れる。

 

 収益の減少は、ケース1で22年度に、ケース2では22年度と23年度に生じているが、いずれも長短金利差の縮小による金融仲介サービスの収益減少に起因している。もっとも、減少はあくまで一時的である。金融機関収益の趨勢(すうせい)を決定しているのは、名目GDPの増加によってもたらされる信用創造の積極化と、GDPギャップが示す金融資産価格の上昇である。

 

 イールドカーブの変動は短期的には無視できないが、もとより長短金利差は金融引き締め局面で縮小し、金融緩和局面では拡大するという循環変動を描く性質のものである。マイナス金利政策の導入に伴うイールドカーブのフラット化は、極めて例外的な現象に(宮嵜浩、三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所シニアエコノミスト)すぎない。「金融仲介サービス」の収益の主たる源泉は、信用リスクプレミアムの拡大を伴った信用創造の積極化である。デフレ脱却を実現し、名目GDPが趨勢的に上昇する局面に復帰することが、「金融仲介サービス」にとって決定的に重要である。

 

 足元で物価上昇率が高まりつつあるにもかかわらず、長短金利操作で長期金利を一定の水準にとどめることは、将来の金利上昇リスクを高めるとの懸念は根強い。

 

 しかし、性急に長期金利を上げることは、銀行の金融仲介サービスにとって短期的にはプラスとなろうが、デフレ脱却に伴う信用創造の積極化という、より優先順位の高い政策目標の実現には何ら貢献しない。むしろ、市場の早期引き締め観測を強めて、デフレ脱却を遅らせるリスクもある。将来の長期金利の過度な上昇を警戒するのであれば、デフレ脱却後の金融引き締め局面で、長期金利目標を調整ないし撤廃するべきであろう。

 

(宮嵜浩、三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所シニアエコノミスト)

◇みやざき・ひろし

 

 1971年兵庫県生まれ。94年慶応義塾大学法学部卒業。2001年中央大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。山一証券、三和総合研究所、しんきんアセットマネジメント投信チーフエコノミストなどを経て、13年から現職。著書に、『アベノミクスは進化する』(共著)、『実践・景気予測入門』(共著)など。

 


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