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米国が招く新興国危機に備えよ=渡辺賢一郎〔出口の迷路〕金融政策を問う(36)

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日銀によるETFなど民間資産の購入は、金融危機対応の際の緊急手段であり、平時における発動は抑制すべきだ。

 

渡辺 賢一郎(日本大学経済学部教授)

Bloomberg
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 米国金融政策の正常化プロセスは、米連邦準備制度理事会(FRB)の巧みな市場とのコミュニケーションも功を奏して比較的平穏に進んできたが、ここにきて、新興国からの資金流出という形で副作用が表れ始めた。特に、米国長期金利が3%を超えた4月後半から5月にかけて、アルゼンチンが通貨防衛のため大幅な政策金利引き上げを余儀なくされたほか、トルコ、ブラジルなどでも為替レートの下落が加速している。


  こうしたなか、FRBのパウエル議長は最近の国際会議で、そもそも米国の金融政策が新興国への資金フローを左右する決定的な要因ではないことや、新興国も柔軟な為替レート制度の採用等によって外的ショックへの耐久力が高まっていることなどを強調し、投資家の不安心理を抑制しようとしている。


  パウエル議長の主張の背景には、各国の中央銀行は基本的には、自国の景気・物価情勢に合わせて金融政策を運営することを求められており、他国への政策の波及まで考慮に入れることは現実的ではないし望ましくもないという考え方がある。それは正論ではあるのだが、同時に、新興国と発展途上国を合わせた国内総生産(GDP)が世界の4割を占める規模になっている現在、国際資金フローの急激な変動が新興国の実体経済や金融システムに変調をもたらせば、それは直ちに先進国にも手痛いしっぺ返しとして戻ってくるという現実からも目をそむけることはできない。

 

  ◇緩和マネーが新興国から逆流

 

  2008年のグローバル金融危機以降の先進国の長期にわたる金融緩和に伴い、既に新興国には大量の資金が流れ込んでおり、国際決済銀行(BIS)の統計によれば、貸し出し・債券などの形で新興国の非金融部門に供与されている与信額の対GDP比率は過去10年で2倍近くに膨れ上がっている(図)。


  従って、米国や先進国の金利上昇に伴い急激な資金の逆流が起こると、新興国の金融政策の自律性は大きく制約される。新興国の金融緩和は、自国為替レートの下落を通じてドル建て債務返済負担の増加につながり、経済成長を下押しする可能性があるからである。


  伝統的なマンデルフレミングモデルによれば、変動為替レートの下で、自国の金融政策が相対的に緩和されれば景気を刺激する効果があるのだが、そうしたメカニズムは必ずしも機能しない。とりわけ、先進国に比べて為替市場の規模が小さく流動性が低い新興国では、先進国投資家にとっては小規模のポートフォリオ調整に伴う通貨売りでも、為替レートを大きく変動させる傾向がある。その場合、新興国の通貨当局が大幅な為替レートの下落を許容すると、ショックを吸収するどころか、むしろ増幅させてしまう恐れがある。
  先進国の金融緩和に伴い、新興国では自国の均衡利子率よりも大幅に低い金利で外貨資金調達が可能となったため、リスクの高い投資や採算性に問題のあるプロジェクトのファイナンスに資金の一部が回っていた可能性が高い。新興国の資金の取り手は、従来は政府(ソブリン)が中心であったが、経済発展に伴い多くの民間企業や公営企業も国際的な資金調達に乗り出している。


  国内資金が豊富な中国もその例外ではなく、ドル建て社債の発行など国際的な資金調達は大幅に増加している。一方、資金の出し手については、銀行に代わって投資ファンドなどの、いわゆるシャドーバンキング部門が存在感を増しているため、その行動特性も含めて実態が把握しづらくなっている。こうした資金の取り手、出し手両面での構造変化が、危機発生の確率や深度にどのような影響を与えるのか予断を許さない状況を生み出している。


  金融危機は違った衣をまとって現れるため、その予測は非常に難しい。筆者も、現時点ではアルゼンチンに端を発する一部新興国の問題が、世界的な金融市場の動揺につながっていく可能性は高くないと考えているが、米ハーバード大学のサマーズ教授(元財務長官)がかつて述べたように、政策当局者は常に「最善を望み、最悪に備える」(hope for the best and prepare for the worst)必要がある。


  金融危機以降、グローバルな金融システムのリスク耐性を高めるため、バーゼル3をはじめ、金融機関に対する広範な規制が国際的に導入されてきたが、その有効性はいまだテストされていない。また、危機に対する記憶の風化や、米国で見られる最近の金融規制巻き戻しの動きまで考慮に入れると、耐久力が以前に比べて本当に高まっているのか断言はできないだろう。

◇平時のETF購入は減額を

 

 仮に将来、グローバル金融危機のような事態に再び直面した場合、中央銀行の「最後の貸手」機能は危機対応手段として極めて重要である。世界的な金融市場の拡大やリンクの強まりに伴い、主要中央銀行の「最後の貸手」機能は、各国の現地通貨供給にとどまらず中央銀行間スワップ(交換)網を通じた米ドル供給に広がった。また、個別金融機関に対する流動性供給ばかりでなく、機能不全に陥った金融市場に対する流動性供給まで広がった。


  金融市場に対する流動性供給手段の中でも、中央銀行が、いわば「最後のマーケットメーカー」として民間のリスク性資産を購入することは、他の政策手段に比べて中央銀行自身の財務の健全性や市場機能・資源配分に対する影響が大きい。こうした手段の発動は、市場参加者のリスク許容度が極端に低下している場合などに限定されるべきであり、金融システムが安定している状況の下でむやみに発動されるべきものではないだろう。


  日本銀行に目を転じると、もともとリーマン・ショックに端を発する一連のグローバル金融危機の中で、市場参加者の過度のリスク回避志向によって拡大したリスク・プレミアム(リスクの分、上乗せされる運用利回り)を本来あるべき水準に戻し、企業や金融機関の資金調達を円滑化するための時限的な措置として、さまざまなリスク性資産購入プログラムを導入した。


  それらは、いったん金融危機という急性症状が収まるにつれて手じまいされたものの、結局、長期にわたるデフレという慢性症状に対する処方箋としても採用され、ETF(上場投資信託)やJ-REIT(不動産投資信託)といった資産にも対象を広げる形で、包括緩和や量的質的緩和政策のパッケージの一部に組み込まれることとなった。


  現在、日本銀行は、ETFについては年間約6兆円、J-REITについては年間約900億円、それぞれ保有残高が増加するように購入を続けている。この結果、日本銀行が保有する両資産の合計額は時価ベースで約25兆円(18年3月末)に達している。


  しかし、金融システムが相対的に安定している時期において中央銀行が民間のリスク性資産の購入を継続すれば、市場機能や価格形成のひずみを助長するだけでなく、そうした政策が真に必要な金融危機時の対応余力が制約されることにもなりかねない。


  非伝統的金融政策の効果と限界がある程度明らかになりつつある中で、日本銀行は、これまで導入してきたさまざまなツールの政策上の位置づけを全体として再整理しなければならない時期をいずれ迎えるだろう。その中で、民間のリスク性資産購入については、基本的には、金融危機対応の際の例外的かつ一時的な政策手段と位置付けるのが望ましいと思われる。そうした観点からも、現在のETFやJ-REITの購入は市場の動向も見極めつつ徐々に減額すべき時期に差しかかっているのではないだろうか。

わたなべ・けんいちろう


 1959年静岡県生まれ。83年名古屋大学卒業、日本銀行入行。国際局審議役、金融研究所長などを務める。一橋大学国際公共政策大学院特任教授などを経て現職。


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