久田雅之(会津ラボ代表取締役社長)
今年、電力不足が心配されたのは大雪に見舞われた1月下旬。東京電力の発電所のピーク時の供給余力がわずか5%まで低下する危険な状態に追い込まれました。発電所でトラブルが起きれば大規模停電が発生しかねない状況です。東京電力は自社のホームページで節電要請をかけていますが、皆が気づくのは、夜のニュースが報じられてからです。そこから節電しても遅い。もっと機動的に国民が自発的に節電するような体制ができないだろうか。
私の会社、会津ラボが目指しているのは、そんな「使う電力の見える化」で節電をする取り組みです。そのために作ったのが家庭のコンセントに差し込むだけで、自分が使っている電力の使用量が分かる「スマートプラグ」です。
始まりは会津大学
私は1993年に創立されたコンピュータ理工学部だけの単科大学、福島県立の会津大学第1期生です。世界に通用するコンピューターの専門大学を作り、会津をシリコンバレーにしよう、という構想のもとに創立され、最初は教授陣の70%近くが外国人。世界20カ国から招請された教授陣が英語で授業する大学でした。
私は大学院まで進み、博士課程を修了した2002年、東京のベンチャー企業に就職し、その後金沢工業大学の講師となりました。大学の関係者からは「あと10年頑張れば教授も目指せるよ」と言われていましたが、逆にこのままでよいのか、会津大学初代学長の國井利泰先生(会津大学・東京大学名誉教授)に言われた言葉、「アメリカでは優秀な学生は自らの実力を試すため起業する、自信がない人間は大学に残る」、この言葉がずっと頭に残っていました。
結果的に私は07年1月、会津に戻り起業しました。会津大学入学時の國井学長との最初の会話は「君は何をやりたいのか」と聞かれ、私は「世界最強のコンピューターウイルスを作りたい」と答えたら、「面白い、君のような人間はまずは博士号を目指すべきだ、学位を取ったら起業しなさい、会津にシリコンバレーを作ろう」と言われたのが一つのきっかけとなりました。
起業した直後は企業などのホームページに疑似攻撃を仕掛け、ソフトウエアの脆弱(ぜいじゃく)性を調べるサービスを立ち上げましたが、失敗。08年のリーマン・ショックにも見舞われ、調達した資金は底をつきました。このためにソフト開発の受託、ホームページの作成からポスターの作成にいたるまで、何でもやってきました。
そしてスマートフォンが普及し始めた10〜11年にGPS(全地球測位システム)を活用した観光アプリの開発などをやっていました。そんなとき「福島を再生可能エネルギーが集約する県にしよう」という取り組みをしていたエネルギー・エージェンシーふくしまの服部靖弘代表(当時はふくしま地域イノベーション戦略支援プログラムのプロジェクトコーディネーター)にお会いしました。服部さんから「今後はものづくりだけでなく、IT(情報技術)やICT(情報通信技術)が重要だ。君の持っている技術を生かせないか」と強く諭されました。私はエネルギーの専門家ではありませんでしたが、自分の欲しいものは何かを考え、スマートプラグを思いついたのです。
福島原発事故のあと、大手電力会社は電力管理のために分電盤にスマートメーターを付ける取り組みを始めました。スマートメーターは計量に使われるだけではなく、電気の使用状況を見える化できる技術です。スマートメーターの取り付けには分電盤への設置工事が必要でした。私の住む物件は、当時の管理会社から工事を受け付けてもらえずスマートメーターが付けられなかった。そこから発案して、コンセントに直接スマートメーターのようなものを付ければ、洗濯機から冷蔵庫、コタツの電力利用状況まですべて分かるのではないか、と思いついたのです。
私が毎朝家を出るのは妻と子どもの後でした。よくコタツをつけっぱなしにして妻に怒られました。それを何とかできないか、というのも一つの原点でした。
調べると、家庭で使う電気はテレビ、エアコン、照明、洗濯機、冷蔵庫や熱源である電気ストーブ、コタツなどで約半分消費しています。しかも生活に直結しているのでそこが一番変動が激しい。つまり私が想定したコンセントを5個程度付ければ家庭の電力の需要はある程度予測できる、と考えたのです。しかも使用量が見えるだけでなく、テレビやエアコンをつけっぱなしにしたら遠隔からスイッチを切ったり、温度を調整できればいいと考えました。
最終的にスマートプラグは温度と湿度の計測センサーを搭載、電力の消費量が測れ、スイッチの遠隔操作と赤外線リモコンの機能を持たせ、これらが全てクラウド経由でスマートフォンにて管理できるようにしました。開発をスタートしたのは15年。外注もできましたが、私はアップルの創業者スティーブ・ジョブズが好きなので、彼にならって製造は外注しても自社設計にこだわりました。当時の会社はまだ20人程度でしたが、経験ある50代のエンジニアを採用し、電子回路から基板まで一から設計し、スマートプラグを完成させました。
当初はメード・イン・福島にこだわりましたが、製造コストがどうしても折り合わず、最終的には中国・深センの工場に委託するのが最も安かった。しかし、秋田県のある工場が我々の将来にかけて中国とほぼ同じ金額で製造してくれることになったのです。17年11月に試作の製造をスタートし、18年7月にはPSE(電気用品安全法)認証を取得して量産を開始できる見込みです。
原発4基分が節電できる
家庭用のエアコンは最大で約1キロワットも電力を消費します。計算上は100万世帯のエアコンの電力消費は100万キロワットの原発1基分に相当します。仮に国内4000万世帯のエアコンで1割の節電を実現できれば、原発4基分の節電が可能になるわけです。類似の取り組みとしてバーチャルパワープラント(VPP)があります。これは発電と蓄電、節電を組み合わせることで、あたかも発電所があるのと同じことになります。
ただし各家庭が節電に応じても1回で数十円にもならないし、その節電分のお金のやり取りをしても決済手数料だけで赤字になる。そこでブロックチェーン(分散型電子台帳)の技術を使い、将来的には仮想通貨で決済、取引ができないか、という実験も始めています。
実証実験では、福島県再生可能エネルギー関連技術実証研究支援事業の補助を受けて、県内を中心に2000個のスマートプラグを配布し、節電だけでなく高齢者見守りサービス(主に浪江町にて実施中)を含めた実験も行っています。
スマートプラグは1個7000円前後での販売を予定しています。一つの家庭に5個設置するとして、節電だけでは回収するのは難しいです。このため、個別の電機製品の利用状況、各家庭の電力使用状況というビッグデータを活用できないか、というビジネスも模索しています。
最終的には国内4000万世帯に普及させたいと考えています。昨年と今年、ドイツで開かれた欧州最大のエネルギー展示会にも福島県のブースで出展し、この10月からはドイツでも実証試験を始める予定です。
ビジネスとしては、家電量販店や新電力、マンションデベロッパーなどへの販売を想定し、B2B2Cつまり法人販売を通じて消費者に届けるビジネスを想定しています。
スマートプラグは理論値ですが1秒間に10万回のデータを取ることも可能で、家庭ごと、家電ごとに細かな利用状況が分かり、このデータを匿名化し、生活パターンから健康状態まで把握することも可能になるかもしれない、と考えています。
*週刊エコノミスト2018年7月24日号掲載