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特集 家は中古が一番 これだけは気をつけろ!その2 インスペクション

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◇住宅の欠陥確認に不可欠

 

矢部 智仁(住宅不動産取引支援機構常務理事)

 

 

中古住宅を購入する際、既存住宅現況検査(インスペクション)が重要だ。中古住宅の売買を終えた後に瑕疵(かし=欠陥)が見つかった場合、売り主が瑕疵担保責任を負うのは一般的に3カ月(個人間売買)と短い期間となる。場合によっては、瑕疵担保が免責となる場合もある。

 

住宅建築構造に詳しくない買い主が、自ら瑕疵の有無を確認するのは難しい。そこで国は、仲介業者が売り主や買い主にインスペクションの意向確認を2018年度までに義務づけるよう宅建業法を改正した。

 

 ◇2018年度までに義務付け

 

インスペクションでは、住宅に精通したインスペクターが、屋根、外壁、室内、小屋裏、床下などの劣化状況、瑕疵の有無を調査する。物件の経年劣化の程度を測るものではないことに注意が必要だ。その調査結果に基づき、改修すべき箇所を指摘する。改修時期、かかる費用の目安などを算出し、買い主にアドバイスを行う場合もある。

 

検査項目や検査手法は、国土交通省がガイドラインを策定している。調査費用は1軒当たり6万~12万円程度。買い主が物件購入の意思を示した際に実施することができる。

 

ただ、あっせんや意向確認が仲介業者にまだ義務づけられていないため、現状は売り主がインスペクションに応じないこともある。この場合、瑕疵担保責任のリスクを減らすため、こうした業者との取引は打ち切るのが無難だ。

 

 ◇専門家の選定が重要

 

また、インスペクターは現状、国家資格ではない。調査能力の差は診断結果を左右する。インスペクターが瑕疵を見落とした場合、その責任分担について、法整備は未定だ。トラブルを未然に防ぐためにも、インスペクターの選定は重要だ。

 

業者は、民間団体が行う講座を受講して取得できる住宅診断士(ホームインスペクター)の有資格者、または国交省が策定した「既存住宅インスペクション・ガイドライン」に準拠した建築士のみが取得できる既存住宅現況検査技術者に頼みたい。

 

 ◇あとから欠陥が見つかったら・・・保険も活用

 

また、建築士によるインスペクションとセットで加入する「中古住宅売買かし保険」(既存住宅売買瑕疵保険)は、瑕疵担保リスクの軽減にもつながる。保険の対象は、基礎や柱など構造耐力上主要な部分や、雨水の浸入を防止する部分などで、個人間売買タイプの場合、保険期間は5年または1年。引き渡し後に物件の対象部分に瑕疵が見つかった場合、改修費用をまかなうことができる。保険料は、保険を引き受ける会社と提携している登録検査機関により異なるが、10万円前後となっている。

 

全国宅地建物取引業協会連合会(全宅連)が16年3月に実施したアンケート調査では、回収数2000サンプルのうち、インスペクションを知っていると答えたのは、全体の27・7%にとどまった。一方、同調査で、インスペクションを知っている人のうち、住宅購入検討者(593サンプル)でインスペクションを利用したいと答えたのは56%にのぼった。

 

中古住宅市場が拡大するなか、インスペクションのニーズは今後、高まっていくと予想される。買い手だけでなく、売り手にも利点となるような制度拡充が求められる。

 

………………………………………………………………………………………………………

 <主な12の検査項目>

 ◇構造耐力上主要な部分に係るもの

  1. バルコニーのひび割れ、劣化
  2. 外壁のひび割れ、欠損、はがれ、サッシの周囲の隙間、開閉不良
  3. 柱およびはりの劣化、傾斜
  4. 土台のひび割れ、劣化
  5. 基礎のひび割れ、欠損、劣化
  6. 床の著しい沈み、傾斜
  7. 壁の傾斜

 ◇雨水の浸入を防止する部分に係るもの

  8. 屋根のひび割れ、劣化、はがれ
  9. 軒裏のシーリング材の破断や欠損、軒裏天井の雨漏りの跡
  10.小屋裏の劣化状況
  11.内壁と天井の雨漏りの跡


 ◇給排水管

  12. 給排水管の漏れや詰まり

 

(出所)住宅不動産取引支援機構ホームページ

 

 

(『週刊エコノミスト』2016年11月8日号<10月31日発売>33ページより転載)

この記事を含む特集

 週刊エコノミスト2016年11月8日号

特集: 家は中古が一番 マイナス金利時代の新セオリー 賃貸<購入

 

マイナス金利を生活防衛 中古住宅購入は確かな投資 ■酒井 雅浩/大堀 達也/丸山 仁見

徴税強化で新築マンションバブル崩壊 ■酒井 雅浩

底堅い住宅の資産価値 中古は値下がりが新築より緩やか ■長嶋 修

住宅ローン 歴史的低金利 でも甘言に注意 ■深野 康彦

要チェック1 管理組合 マンションの資産価値を左右 ■榊 淳司

大島てるに聞く 「事故物件はめったにない」 

要チェック2 インスペクション 住宅の欠陥確認に不可欠 ■矢部 智仁

 

五大都市圏+地方の不動産市況

近畿圏/名古屋圏

福岡圏/札幌圏

仙台圏

金沢 中古マンション高騰の世界

要チェック3 地 盤 パソコン、スマホで簡単調査 ■千葉 利宏

タダで戸建て 奥多摩町ルポ ■大堀 達也

相場把握に情報サイトを活用 ■丸山 仁見

  競売物件 一般人にはハイリスク ■大堀 達也

番外編 500万戸の大空き家時代 空き家は「最後の売り時」 ■榊 淳司

この記事の掲載号

定価:620円(税込み)

発売日:2016年10月31日



特集 家は中古が一番 これだけは気をつけろ!その3 地盤

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◇パソコン、スマホで簡単調査

 

鳥取県中部で10月21日に震度6弱を観測した地震は、地表に現れていない「未知の活断層」が起こしたと推定されている。また「大地震は起きない」と言われていた熊本県で、今年4月に震度7の地震が発生し、住宅に大きな被害が発生した。深刻な被害が想定されている南海トラフ地震、首都直下型地震だけでなく、日本ではどこでも大地震のリスクを覚悟せざるをえない。地震発生時に、建物の被害状況に大きく影響するのが「地盤」だ。

 

◇熊本地震で被害集中の地域

 

熊本地震で震度7を2度観測した熊本県益城町は、活断層の近くだったことに加え、ごく浅い軟弱な地盤だったことが住宅被害が集中した要因だとされている。また欠陥住宅の多くは、地盤やその対策に原因があり、事前に地盤について調べておくことが重要なのは間違いない。しかし住宅を購入する前に、自分で詳しく調査をするのは難しい。

 

筆者が自宅を新築するための土地を購入する際、ハザードマップや古地図を調べ、市役所で付近の地質ボーリング調査データを閲覧するなど可能な限り公的な情報を集めたが、かなりの労力がかかった。しかもその情報から地盤の良しあしを判断するには、専門知識が必要だ。

 

そんな状況を打破したのが、地盤調査会社「地盤ネット」(本社・東京都千代田区)だ。2015年1月、住所を入力するだけで無料で地盤リスクを診断する「地盤カルテ」を公開した。今年8月から、スマートフォンの位置情報から診断する「じぶんの地盤アプリ(アンドロイド版)」の提供を始めた。

 

◇公的情報に基づいた診断

 

地盤カルテは、地盤の状態を「地盤改良工事比率」「浸水リスク」「地震による揺れやすさ」「土砂災害リスク」「液状化リスク」の5項目で評価し、100点満点で総合判断を示す。五角形のグラフでどのリスクに弱いのかを視覚的に表現。標高や地形、地質といった情報も提供する。評価の基準となるデータは、国土地理院の土地条件図や、都道府県が公開している土砂災害危険箇所、市町村の浸水想定区域などを基にしている。

 

じぶんの地盤アプリでは、スマホ画面に、80点以上は「緑」、50点超80点未満は「黄」、50点以下は「赤」で、今いる位置の地盤の状態を表示する。同社によると、日本全体で緑が3割、黄が4割、赤が3割を占めるといい、70点以上であればおおむね安全な地盤と評価できるとしている。ちなみに、筆者宅の地盤カルテ判定は80点。公的機関から集めた情報や知識との整合性もありそうだ。

 

山本強社長は「同じ『駅から徒歩10分』でも、地盤の状態は違う。複数の物件から選ぶときに、地盤も判断材料に加えることで、災害に遭う危険を減らせるはず」と話す。

 

◇地震保険でもリスク評価

 

また、地震保険も、地盤ごとのリスクを細かく評価する傾向が見えてきた。損害保険ジャパン日本興亜は、国立防災科学技術研究所と共同で、地震リスクを評価する独自のモデルを開発。来年2月から企業向け地震保険の保険料率を、現在の都道府県別から948地域に細分化する。「地域ごとの評価データは公開しない」(同社)のは残念だが、リスクに応じて保険料が変わるのは当然の動きで、住宅向けや他社にも広がるだろう。

 

これからの住宅選びは、価格などの条件に加えて「地盤で買う」のが常識になるだろう。

 

じぶんの地盤アプリ

https://jibannet.co.jp/jibunnojiban/

 

(千葉利宏・ジャーナリスト)

 

 

 週刊エコノミスト2016年11月8日号

特集: 家は中古が一番 マイナス金利時代の新セオリー 賃貸<購入

 

マイナス金利を生活防衛 中古住宅購入は確かな投資 ■酒井 雅浩/大堀 達也/丸山 仁見

徴税強化で新築マンションバブル崩壊 ■酒井 雅浩

底堅い住宅の資産価値 中古は値下がりが新築より緩やか ■長嶋 修

住宅ローン 歴史的低金利 でも甘言に注意 ■深野 康彦

要チェック1 管理組合 マンションの資産価値を左右 ■榊 淳司

大島てるに聞く 「事故物件はめったにない」 

要チェック2 インスペクション 住宅の欠陥確認に不可欠 ■矢部 智仁

 

五大都市圏+地方の不動産市況

近畿圏/名古屋圏

福岡圏/札幌圏

仙台圏

金沢 中古マンション高騰の世界

要チェック3 地 盤 パソコン、スマホで簡単調査 ■千葉 利宏

タダで戸建て 奥多摩町ルポ ■大堀 達也

相場把握に情報サイトを活用 ■丸山 仁見

  競売物件 一般人にはハイリスク ■大堀 達也

番外編 500万戸の大空き家時代 空き家は「最後の売り時」 ■榊 淳司

定価:620円(税込み)

発売日:2016年10月31日


欧州ネットメディア スマホ時代を先取りする北欧 英大手紙はウェブ転換に活路=田部康喜

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デジタル化でニュースルームも変貌(筆者撮影)
デジタル化でニュースルームも変貌(筆者撮影)

欧州で今、インターネットを軸とする新しい形態のニュースメディアが次々と生まれシェアを伸ばしている。メディアのネットへの移行スピードは米国や日本を上回る。

 

背景には、人々がスマートフォン、タブレットPCなどの複数のモバイル端末を使いこなす「マルチ・デバイス」時代の到来がある。特にスマホの高い普及率を追い風にデジタル化で先頭を走る北欧メディアのビジネスモデルは、業界の潮流になる可能性がある。また、新聞社など既存のメディアもニュースのネット配信に大きくかじを切っている。中でも大手紙が相次いでウェブへと移行した英国は、業界を先取りしている。

 

◇速さと量でユーザー開拓

 

英オックスフォード大学のロイター・ジャーナリズム研究所は今年6月、メディア業界の先行きを予想する上で重要な調査結果を公表した。

 

第一に、世界的に見て人々が主に使用するデジタル・デバイスの伸び率を見ると、スマートフォンとタブレットPCが増加、パソコンを逆転した(図1)。

(注)世界26カ国が対象
(注)世界26カ国が対象

第二に、ニュース閲覧の手段として、メディア企業が提供するスマホのニュース専用アプリケーションで見る人が各国で増加している。このことは、「ニュースはスマホで読む」という人が一般化していることを意味する。

 

そして第三に、日本を含む先進26カ国のスマホの普及率を見ると、上位7カ国中、北欧が4カ国(1位スウェーデン、3位ノルウェー、5位デンマーク、7位フィンランド)を占めた(図2)。一方、米国、英国、ドイツ、フランス、日本の先進5カ国は、それぞれ40~50%の間にあり、数年後には60%台に達すると見られる。その意味で、北欧諸国は、現在の主要5カ国の「未来の姿」と言える。

ちなみに北欧諸国は新聞など旧来メディアの落ち込みという点でも先行している。新聞発行部数は、スウェーデンが202万部、ノルウェーが154万部で、いずれも10年前の6割程度まで落ち込んだ。スウェーデンでは昨年、創刊100年を超える老舗の新聞が部数減少を受けて廃刊になるなど凋落(ちょうらく)が著しい。

 

こうした流れを受け、ロイター・ジャーナリズム研究所は、モバイル化・デジタル化で先を行く北欧諸国、特に普及率の高いスウェーデン、ノルウェーが、ネット時代のメディア業界の先例を生み出していると見て注目しているようだ。

 

◇北欧の新興メディア「オムニ」

 

実際、この2カ国では、すでにニュース配信最大手が、旧来の新聞社からネットを主体とする新興メディアに取って代わっている。そのメディアとは、スウェーデンとノルウェーを中心にスマホ向けのニュース配信を手掛けるベンチャー企業「OMNI」(オムニ)だ。オムニのユーザーは、スウェーデンの人口、約1000万人のうち600万人にも及んでいる。アクティブユーザーの多さから、スマホ向けのニュース配信サービスとしては、世界的にも最も成功した事例として注目されている。

 

オムニの事例は、いまだ新聞中心の日本のニュース産業の未来を予測する意味でも重要だ。筆者は9月、オムニを訪れた。スウェーデンの首都ストックホルムの中央駅を眼下に望む大型ビルにオムニはある。

 

オムニは自前の記者を持たないメディアで、契約している新聞社や通信社のニュースを編集・配信する「キュレーション・メディア」だ。オムニのビジネスモデルはオンライン広告で、アプリ自体は無料だ。日本ならヤフーニュースなどのニュースサイトが比較的近い存在だ。

 

オムニが同国最大のニュースメディアになった要因について、創業者のマークス・グスタフソン氏は、同社の三つの目標にあると分析する。

 

目標の第一は、ある程度の教養を持った利用者層に向けて配信すること。第二は、ニュースの動向に常に注意を払っている人を対象にすること。第三は、編集者が常に新しいニュースを更新していくスピードを持つことだ。

 

◇読者の求めるニュースを配信

 

オムニのニュースルーム(ニュースの編集・配信を行う部屋)は、その目標達成のために適した体制を整えているという。六つ並んだ机の上には2台のパソコンとモニターが置かれている。編集者から見て、右側の画面には国内外のニュース配信会社のニュースが刻々と流れている。左側はオムニが配信しているニュースとその閲覧数がリアルタイムで分かるほか、ツイッターなどソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上の反応も確認する。

 

 

ニュース編集者はシフト制による24時間配信体制を敷いている。互いにチャットを使って、どのニュースを選ぶか話し合う。配信のスピードに加え、オムニが重視するのはユーザー一人ひとりの嗜好(しこう)にあった配信だ。オムニのアプリは政治、経済、スポーツなどの分野ごとに、興味の強弱を設定することができる。

 

ネットによるニュース配信の欠点は、新聞のように紙幅に限りがないために、情報過多になり読者にとって有益な情報が的確に届かない点だ。オムニは、アプリに独自の編集機能を持たせ、スピードと量を維持しながら、読者が求めるニュースを配信する仕組みを作り上げた。

 

◇デジタル化見据え協業

 

オムニは現在、ノルウェーの首都オスロを本拠とするSchibsted(シブステッド)社の傘下にある。同社は、スウェーデンを含めた複数の新聞・出版業の企業を傘下に収めているトップ企業である。

 

シブステッドは、2000年代初めからモバイル端末のニュース・アプリによる記事と広告配信にかじを切った。モバイルでニュースを読む読者のうち、50~75%はアプリ経由で、ブラウザ経由を逆転している。オムニを含むシブステッドのオンライン広告の売上高は、15年に前年比で約50%増の56億4000万ノルウェークローネ(約714億5000万円)となっている。

 

シブステッドは、スウェーデンで『アフトンブラデット・プラス』、ノルウェーで『バーデンガング・プラス』という大手タブロイド紙も傘下に収めている。これに、デンマークの『エクストラ』を加えた北欧を代表するタブロイド紙が今夏、協業する方針を明らかにした。北欧とはいえ3カ国は言語が異なる。国境と言語を超えた新聞社の提携に、欧州新聞業界は「ノルディック・サプライズ」と驚きを表明した。

 

この提携劇は、ニュース配信のデジタル化を見据えたものだ。いずれは、各紙のニュースルームの統合や、さらに資本統合も視野に入れている。総人口の少ない北欧では、メディアが生き残るためには、デジタル分野への移行は必須で、そのためにも人的・技術的・資本的に協業が欠かせないとの経営判断があったようだ。

 

メディアのスタートアップ(新興企業を起こすこと)は、かつてに比べて、敷居が格段に低くなっている。新聞の印刷に必要な設備投資はもちろんない。ブログ用に公開された無料ソフト「ワードプレス」は、いまでは写真、映像の添付機能も拡充されている。SNSと組み合わせれば、無料でシステムの構築も可能である。オムニやシブステッドは、スマホ時代に適したニュース配信の仕組みと言える。

 

◇ウェブ転換で先駆ける英大手紙

 

旧メディアを代表する新聞もマルチ・デバイス化に動いている。特に英国の大手紙は、モバイル人口の増加を受け、読者獲得のため、世界に先駆けてウェブにかじを切った。

 

ウェブ版の有料課金で数少ない成功例とされている英『フィナンシャル・タイムズ』は、従来のウェブ版を「旧式」として、今秋サイトを大幅にリニューアルし、PC・タブレット・スマホで同期できるマルチ・デバイス対応とした。ウェブ版は紙を含めた売上高の7割に上っている。

 

最大手の大衆紙『サン』は9月中旬、新聞のサブ・エディター(日本の新聞社のデスクに相当する)20人を、オンライン部門に配置転換する方針を明らかにした。同社のウェブサイトは今夏、全面リニューアルを行い、読みやすさを向上させた結果、1日当たりのサイトの延べ訪問者数は8月に300万人を突破、昨年比で28%増加した。この成功は、スマホ向けのアプリ「サン・モバイル」を刷新して写真と記事を見やすく組み合わせ、更新回数を増やしたことにある。

 

サンの親会社である米ニューズコーポレーションは、傘下に米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』や英紙『タイムズ』も持つが、紙とデジタルを含むニュース・情報部門の16年4~6月期の売上高は1%の微減となった。紙のみの売上高は開示していないが、デジタルの収益は前年比19%増で、ニュース・情報部門の23%を占めた。デジタルは紙の落ち込みを相殺するまでには至らなかったが、サイト訪問者増とアプリ刷新で、7~9月期は紙の部数減を補えると見られている。

 

英高級紙『ガーディアン』もウェブ戦略の勝ち組の一つだ。16年の売上高が15年に比べて微減だったが、デジタル部門の売上高は全体の4割近くを占めるなど安定している。

 

◇ラジオの延長線上に新メディア

 

大手紙がネットに活路を見いだす中、新しい形態のニュースメディアも育っている。スタートアップの「audioBoom」(オーディオブーム)は、ラジオのサービスの延長線上に生まれたメディア「ポッドキャスト」(ネット上で公開する音声や動画のデータファイル)でニュースを配信する。英国の公共放送「チャンネル4」で働いていたスタッフが5年前に起業した。

 

ニュースルームの編集部員は約20人。編集しているのは音声である。ニュースはビジネス、ニュースと政治、スポーツ、音楽評論、文化、エンターテインメントなどに分類され配信、スマホで視聴できる。同社の15年の売上高は前年比約4倍の19万2000ポンド(約2500万円)と業績を順調に伸ばしている。

 

アップされた音声は、BBCをはじめとするメディアやそれに所属するジャーナリストが引用の形で利用している。利用料30%が音声をアップした人に支払われる。ユーザーは現在、約50万人に上る。共同創業者のルース・フィツサイモン氏によれば、今後はカナダやインドなど英語圏諸国に拠点を広げていく計画だ。

 

◇乗り遅れる日本メディア

 

記者はスマホによって、音声や映像を含むニュースを送ることができる時代になった。ニュースルームに専門記者を呼び込んで、映像による解説をする新聞社も出始めた。新聞制作のニュースルームを、マルチ・デバイス、あるいは音声や映像を含めた配信に対応したものにすることは、ここ数年、世界の新聞社が取り組んでいる課題である。

 

こうした動きに日本のメディアが乗り遅れているように見えるのは、組織や人事の継続性に問題がある。ウェブ戦略の経験のない者がトップに就くたび計画が白紙に戻るケースが多く見られる。今後さらに加速するスマホを軸にしたマルチ・デバイス化の流れを捉えられるかが、メディア企業の死活問題になる。

 

(田部康喜・東日本国際大学客員教授)

この記事の掲載号

定価:620円(税込み)

発売日:2016年10月31日


目次 2016年11月15日号

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2016年11月15日号

CONTENTS

 

まる分かり 北方領土&ロシア

20 過熱する期待にクギ刺すロシア 経済協力は日本の“切り札” ■桐山 友一/稲留 正英

22 シベリア鉄道の北海道延伸

23 元島民の声 択捉島、色丹島出身者が語る本音

24 「2島プラスα」で早期解決を 「固有の領土」の呪縛を解け ■岩下 明裕

25 低迷続く経済 石油・ガス依存から脱せず 成長率1%前後が続く ■金野 雄五

27 インタビュー 鈴木 宗男 新党大地代表 「まずは2島返還。残りは施政権獲得も一案」

28 Q&Aで丸分かり! 北方領土の歴史と現状 ■名越 健郎

 

激論 識者はこう見る

32 下斗米 伸夫 法政大学法学部教授 「今回を逃したら次はない。『引き分け』で処理を」

33 木村 汎 北海道大学名誉教授 「安倍政権の交渉下手を危惧。まだ機が熟していない」

34 エネルギー 加速する東方シフト ■本村 眞澄

36 ロシア型資本主義 張り巡らされる「プーチン人脈」 ■安達 祐子

38 東へ向かうロシア外交 冷戦後「最悪」の米露関係 ■畔蒜 泰助

40 株式市場も注目 経済協力で恩恵を受ける30銘柄 ■編集部

41 サイバー攻撃 他国の選挙を陰で操作 ■山崎 文明

 

Flash!

13 日銀黒田総裁が敗北宣言

14 三菱重工の改革に隠れる“焦り”

15 クリントン氏メール問題でトランプ氏猛追

16 生前退位の特別立法は違憲と皇室不安定化招く

 

ひと&こと

17 証券監視委員長の後任は検察穏健派/

  日本電産の大西副社長“別室事件”/

  インフラ輸出に振り回されるJICA人事

 

Interview

4  2016年の経営者 大野 直竹 大和ハウス工業社長

50 問答有用 佐藤 弥右衛門 会津電力社長

   「地方は再生可能エネルギーで自立できる」

 

エコノミストリポート

86 市場急拡大で開発競争 バイオ医薬品の後発薬 韓国は量産体制、日本は出遅れ ■森田 誠

 

壊れる 財政・社会保障

90 基礎的財政収支の20年黒字は困難 ■田中 秀明

93 「介護難民」を解決するケア・コンパクトシティ構想 ■小黒 一正

 

42 農業 農薬・種子会社の再編進む ■茅野 信行

44 気候 スピード発効の「パリ協定」 ■大澤 秀一

82 フィリピン したたかなドゥテルテ大統領 ■石井 順也

84 軍隊 中国国防の中枢で大規模デモ ■川中 敬一

 

World Watch

64 ワシントンDC トランプが踏んだ「虎の尾」 ■会川 晴之

65 中国視窓 国策で「債務の株式化」強化 ■細川 美穂子

66 N.Y./シリコンバレー/英国

67 韓国/インド/フィリピン

68 青島/ロシア/サウジアラビア

69 論壇・論調  オバマケアで保険料急上昇 ■岩田 太郎

 

Viewpoint

3    闘論席 ■佐藤 優

19 グローバルマネー 米金利上昇の「引力」に逆らえないブラジル

46 名門高校の校風と人脈(216) 大手前高校(大阪府)(下) ■猪熊 建夫

48 海外企業を買う(116) ユナイテッド・テクノロジーズ ■児玉 万里子

54 学者に聞け! 視点争点 設備投資弱い理由は潜在成長率の低下 ■釣 雅雄

56 言言語語

70 日本人のための第一次世界大戦史(70) 因縁のベルサイユ ■板谷 敏彦

72 日本人に見えなかった中東の真実(10) なぜ、シリア問題は終結しないのか? ■福富 満久

74 東奔政走 揺れる「蓮舫民進党」が解散を誘う ■人羅 格

76 連載小説 三度目の日本 2027(43) ■堺屋 太一

78 アディオスジャパン(27) ■真山 仁

81 ザ・機関投資家 (最終回) 日本生命(10) 未公開株投資は40年の経験 ■谷口 健

95 商社の深層(45) 三菱商事、日産ゴーンの野望に抑止? ■編集部

102 景気観測 公共投資の景気浮揚効果が低下 ■枩村 秀樹

104 ネットメディアの視点 一石を投じた渡辺謙のツイート ■山田 厚史

108 アートな時間 映画 [手紙は憶えている]

109        美術 [ゴッホとゴーギャン展]

110 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ High Roller ”

 

Market

96 向こう2週間の材料/今週のポイント

97 東京市場 ■隅谷 俊夫/NY市場 ■笠原 善彦/週間マーケット

98 ブラジル株/為替/穀物/長期金利

99 マーケット指標

100 経済データ

 

書評

58 『ザ・会社改造』

  『独仏 「原発」二つの選択』

60 話題の本/週間ランキング

61 読書日記 ■町田 康

62 歴史書の棚/海外出版事情 アメリカ

 

57 次号予告/編集後記

 

大野直竹 大和ハウス工業社長 2016年11月15日号

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◇「戸建ての心」で顧客と長い付き合いをする

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 現在の主力事業は何ですか。

大野 もともとは戸建てを中心に出発しましたが、今では、賃貸住宅・商業施設・事業施設の建設・運営をするコア3事業が連結売上高の6割以上を占めるようになりました。しかし、「戸建ての心」は忘れていません。戸建ての特性は、「顧客の夢を我々が預かる」こと。建物の完成後も、何十年も顧客とお付き合いします。この「戸建ての心」を持って、賃貸住宅・商業施設・事業施設を展開しています。

 

── どのように「戸建ての心」を生かしているのですか。

大野 たとえば、賃貸住宅はどんなに大きなものでも2~3年で完成します。しかし、オーナーは住宅を貸して家賃収入を得ることが目的ですから、我々の役割は建物の完成で終わるわけではありません。オーナーには賃貸事業がうまくいくかが最大の関心事です。そのため、たとえば、入居者からアンケートをとって、どのように建物を評価しているかを検証しながら次の商品開発に生かしています。これは戸建てメーカーでなければなかなかできない発想です。

 

── オーナーにはどう対応していますか。

大野 当社はオーナー会を作って、建物の完成後も経営がうまくいっているかをチェックします。仮に部屋が空いてしまった場合は、募集を掛け、空き部屋がゼロになるまでお付き合いします。オーナー会は全国に2万人の会員がいますが、時々「大和ハウスほど面倒見が良い会社はない」と言ってくれます。我々としては大変うれしい言葉です。

 

── 商業施設はどのような経緯で始めたのですか。

大野 今から40年ほど前、創業者の石橋信夫が、自動車社会の到来で消費者が車で商業施設に行って買い物をする時代になることを予想し、事業をスタートしました。最初は土地を購入して建物を造るやり方でしたが、それでは創業間もない企業は資金負担できません。そこで、道路沿いに土地を持っている地主と、店を持ちたいテナントを仲介する仲人の役をしていきました。我々が地主から建物の建設を請け負い、テナントには毎月の賃料を払ってもらう。地主は自分の土地を売ることなく、資産として運用できます。

 

── どんな会社がテナントですか。

大野 有名なところでは、「ユニクロ」のファーストリテイリングの郊外店舗の8割は当社が手がけています。紳士服の青山商事やコンビニエンスストア、ドラッグストアと非常に多くの顧客がいます。「とにかく長いお付き合いをする」ことが基本です。

 

── テレビコマーシャルで「物流施設の大和ハウス」というイメージも定着しています。

大野 物流施設などが主体の、新たな手法を用いた事業施設は15年前から開始しました。食材を加工できる食品物流倉庫やeコマースで即日配送に対応する物流倉庫と、倉庫の役割はどんどんと変化しています。当社の強みは、相場より少し低い賃料を提供しながら、テナントと長期契約を結んでいることです。テナントの8割は長期です。我々のやり方が正しいと思ったのは、2008年のリーマン・ショックの時。圧倒的な業界ナンバーワンの外資系企業が経営破綻しました。しかし、当社のテナントは長期契約でしかも優良企業ばかりなので影響は最小限でした。

 

 ◇売り上げ目標は前倒しで

 

── リーマン・ショック前の営業利益は900億円弱でしたが、16年3月期は2400億円強です。

大野 商業施設、事業施設などは時代を先取りしていたと思っています。私は営業本部副本部長、本部長を経て社長になりましたが、就任する1年前から、事業拡大へ手応えを感じていました。まず、地方での営業をかなり重視しました。関連事業も賃貸住宅・商業施設・事業施設のコア3事業を助けるような形で伸びてきました。人事もさまざまなことを考え手を打っています。

 

── 18年度を最終年度とする中期経営計画が始まりました。

大野 消費税率の10%への引き上げを前提に計画を組んだので、今では、少し保守的な目標ではないかと思います。政府・日銀の低金利政策も追い風となり、18年度の目標売上高3兆7000億円は、前倒しで達成したいです。コア3事業とその周辺事業で伸ばしていきます。たとえば、当社の建設した賃貸住宅を管理している大和リビングは、インターネット配信などの付帯ビジネスによって売り上げを伸ばすことができます。

 

── 米住宅会社スタンレー・マーチンの買収を発表しました。海外展開はどうですか。

大野 最終年度に2000億円を目指しています。国内での人員配置で手いっぱいで、海外への人材の供給が足りないなか、がんばってもらっています。今までは中国の分譲マンション開発が中心でしたが、これからは米国での賃貸住宅事業や、東南アジアでの事業用のレンタル工場やレンタル倉庫などを伸ばしていきたいと考えています。

 

── 社内でのコミュニケーションをどのようにとっているのですか。

大野 私は営業本部の副本部長と本部長を合わせて7年ほど務めました。当社には全部で80以上の支店がありますが、そのほとんどの支店長とはツーカーの間柄です。だから、何か問題があった時は、コミュニケーションが電話1本で可能です。支店に出かけると、社員たちと酒を酌み交わします。とにかく、現場の声を聞くことがものすごく大事です。これは、「戸建ての心」を持つこととも通じます。

(構成=稲留正英・編集部)

 

 ◇横顔

Q 社長業とは

A 世の中をしっかり見ながら明確な考えを持ち、自分自身に収れんしていく存在です。

Q 「私を変えた本」は

A 司馬遼太郎の『坂の上の雲』。『ノルウェイの森』の村上春樹も好きです。

Q 休日の過ごし方

A 映画や野球、芝居を見たりと、できるだけストレスのかからない過ごし方をしています。

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 ■人物略歴

 ◇おおの・なおたけ

 愛知県出身。愛知県東海高校、慶応義塾大学卒業。1971年大和ハウス工業入社。2000年取締役、07年副社長を経て、11年4月より現職。68歳。

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事業内容:戸建て・賃貸住宅、商業・事業施設の建設・運営

本社所在地:大阪市北区

創業:1955年

資本金:1617億円

従業員数:3万9736人(2016年6月末現在・連結)

業績(16年3月期・連結)

 売上高:3兆1929億円

 営業利益:2431億円

 

週刊エコノミスト 2016年11月15日号

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まる分かり 北方領土&ロシア

 

◇過熱する期待にクギ刺すロシア

◇経済協力は日本の“切り札”

 

日本とロシアの北方領土交渉が世間の耳目を集め出した。仕掛けたのは安倍晋三首相本人かもしれない。

 

1956年の日ソ共同宣言調印から60周年の節目となる今年、安倍首相は地元である山口県の長門市で12月15日、ロシアのプーチン大統領と首脳会談を予定する。安倍首相はプーチン大統領との個人的な信頼関係を武器に、長年の膠着(こうちゃく)状態に突破口を開けたい意向だ。

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経営者:編集長インタビュー

大野直竹 大和ハウス工業社長

 

◇「戸建ての心」で顧客と長い付き合いをする

 

 

── 現在の主力事業は何ですか。

大野 もともとは戸建てを中心に出発しましたが、今では、賃貸住宅・商業施設・事業施設の建設・運営をするコア3事業が連結売上高の6割以上を占めるようになりました。しかし、「戸建ての心」は忘れていません。戸建ての特性は、「顧客の夢を我々が預かる」こと。建物の完成後も、何十年も顧客とお付き合いします。この「戸建ての心」を持って、賃貸住宅・商業施設・事業施設を展開しています。

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特集:まる分かり 北方領土&ロシア 2016年11月15日号

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特集:まる分かり

北方領土&ロシア

 

◇過熱する期待にクギ刺すロシア

◇経済協力は日本の“切り札”

 

日本とロシアの北方領土交渉が世間の耳目を集め出した。仕掛けたのは安倍晋三首相本人かもしれない。

 

1956年の日ソ共同宣言調印から60周年の節目となる今年、安倍首相は地元である山口県の長門市で12月15日、ロシアのプーチン大統領と首脳会談を予定する。安倍首相はプーチン大統領との個人的な信頼関係を武器に、長年の膠着(こうちゃく)状態に突破口を開けたい意向だ。

 

「北方領土2島返還が最低限 政府、対露交渉で条件」(9月23日付『読売新聞』)。「北方領土でロシアとの共同統治案 政府検討」(10月17日付『日本経済新聞』)──。新聞だけでなく週刊誌でも「北方領土が本当に戻ってくる!」(10月17・24日号『週刊ポスト』)などと刺激的な見出しが躍り、北方領土交渉の進展にメディアが大きな期待を寄せる。

 

契機となったのは、今年5月のロシア南部の保養地ソチでの日露首脳会談だ。安倍首相はプーチン大統領に対し、「新しいアプローチ」で平和条約交渉に臨むことを提案し、プーチン大統領と一致した。新しいアプローチとは、今までの発想にとらわれず、グローバルな視点を考慮して未来志向で取り組むこととされるが、それ以上の具体的な情報はない。双方が受け入れ可能な解決策に向け、これまで北方領土を「固有の領土」と主張してきた日本が、何らかの立場の変更を示唆するのではないか──。そんな臆測が飛び交っているのだ。

安倍晋三首相
安倍晋三首相
プーチン露大統領
プーチン露大統領

 

◇柔軟姿勢を望む声強く

 

日本の世論も変化しつつある。

 

北海道の高橋はるみ知事は10月31日、安倍首相に北方領土の返還促進を要望した際、記者団に「4島の一括返還が基本方針」としながら、「戦後71年を経過しており、一歩でも確実に前進してほしい」と訴えた。一緒に要望した元島民団体の脇紀美夫・千島歯舞諸島居住者連盟理事長も「どういう形であろうと、とにかく今より前進してほしい」。早期解決に向けて交渉に柔軟な姿勢で臨むよう求める声は強まっている。

 

高まる日本側の期待に対し、ロシア側からはクギを刺す発言が漏れる。

 

プーチン大統領は10月27日、ソチで開かれた外交専門家グループの「バルダイ会議」で、日露の平和条約締結について「(いつまでにという)期限を明確にすることは不可能であり、有害ですらある。ロシアと中国は国境問題の解決に40年をかけたが、日本との間にはまだ、その水準に達する高度な信頼関係は構築できていない」と語った。また、来日したプーチン大統領側近のマトビエンコ上院議長も11月1日、北方4島について「(日露間で)島を引き渡すような議論はしていない。ロシアの主権は変わらない」と強調した。

 

ロシア政治に詳しい新潟県立大学の袴田茂樹教授は「プーチン大統領は(14年3月の)クリミア併合で、失った領土を取り戻した大統領として支持率を高めた。領土問題で簡単に譲歩するわけはない」と厳しい見方を示す。だが、ある日露外交の専門家は、ロシア側の発言を額面どおりには受け止めない。「交渉の始まる前の段階で、これまでの主張を自ら取り下げることなど考えられない」からだ。マトビエンコ上院議長は日本滞在中、安倍首相を表敬訪問しており、12月の首脳会談に向けた地ならしの意味もあるとされる。「まったく交渉する気がないなら、そもそも日本に来るはずがないのではないか」と交渉の進展に期待を寄せる。

 

◇エネルギーなど協力要望

 

平和条約交渉でカギとなるのが、日露の経済協力の行方だ。安倍首相は今年5月の日露首脳会談で、(1)健康寿命の伸長、(2)快適・清潔な都市づくり、(3)中小企業交流・協力、(4)エネルギー、(5)産業多様化・生産性向上、(6)極東の産業振興・輸出基地化、(7)先端技術協力、(8)人的交流──の「8項目」の経済協力を提案。これを受け、ロシア側は経済発展省が50項目、極東発展省が18項目の延べ68項目にわたる具体的なプロジェクトを要望した。ロシア経済分野協力担当を兼務する世耕弘成経済産業相は11月2~6日、ロシアを訪問し、経済発展省などと経済協力の具体化を進めている。

 

共同通信によると、ロシア側から要望されたプロジェクトでは、北極海に面するギダン半島での液化天然ガス(LNG)開発や極東ハバロフスクの空港改修(新ターミナル建設)などエネルギー、インフラ整備を中心に、極東での医療センター整備や日露農業基金の設立といった幅広い分野にわたる項目を列挙。北海道─サハリンの大陸横断鉄道建設やガスパイプラインの敷設など、壮大なプロジェクトも含まれる。ただ、ロシア極東発展省は10月25日、18項目のプロジェクトの事業規模が総額で1兆ルーブル(約1・6兆円)超になると発表したが、今後も事業規模はさらに膨らむ可能性がある。ある経済関係者は「とても経済合理性に見合わないプロジェクトも含まれる。あえて高いボールを投げてきているのではないか」と眉をひそめる。

日本側も国土交通省が今年9月、ロシア運輸省と極東での港湾整備の覚書に署名し、極東ウラジオストクそばのボストチヌイ港の石炭の積み出し施設拡張などを支援する構えだ。また、金融庁は10月中旬、メガバンクとの定期交流の中で、ロシア向け融資を支援する方針を示した。欧米はウクライナ問題を受けロシアに金融制裁を続けており、融資にちゅうちょする邦銀の背中を押したい意図がにじむ。政府系の国際協力銀行(JBIC)は今年7月、ロシア最大手のズベルバンクに約40億円を融資した。

 

◇新たな成長フロンティア

 

日本からロシアへの進出企業は約250社とここ数年、横ばいが続き、インド(約1200社)、ブラジル(約540社)などに比べても少ない。財務省の貿易統計によると、ロシアから日本への輸入は15年、原油・粗油の価格下落によって約1兆9050億円にとどまり、過去最高だった14年から3割弱もの大幅減。また、日本からロシアへの輸出も、ロシアの景気停滞を受けて約6180億円と前年比で3割超も減少した。輸出額の水準はベルギー(約6200億円)よりも少なく、ロシアは日本に隣接する人口1億4650万人もの大国ながら、経済関係は停滞しているのが実情だ。

 

しかし、シベリアなど極東には原油や天然ガスなど豊富な天然資源が存在する。日本がこれらを活用できれば、エネルギーの調達先の多様化につながり、原油の8割を輸入する中東への依存度を下げることもできる。極東開発が進んで成長すれば、日本から機械や自動車など輸出を伸ばす余地も生じる。ロシアとの経済関係の活性化は、人口減少に悩む北海道経済の起爆剤ともなりうる。日露関係に刺さっていた“トゲ”を平和裏に抜き去り、経済協力を進展させることは日本にとってもメリットが大きい。経済協力は北方領土と引き換えの材料などではなく、日本にとっての大きな“切り札”なのだ。

 

戦火を交えず領土が取り戻せれば、歴史上も稀有(けう)なケースとなる。北方領土問題で早期解決への道筋を描き、新たな成長のフロンティアを開拓できるか、首脳会談に向けて両国の覚悟と知恵が問われている。

 

(桐山友一 稲留正英=編集部)

特集 まる分かり北方領土&ロシア 記事一覧

過熱する期待にクギ刺すロシア  経済協力は日本の“切り札” ■桐山 友一/稲留 正英

シベリア鉄道の北海道延伸

元島民の声 択捉島、色丹島出身者が語る本音

「2島プラスα」で早期解決を 「固有の領土」の呪縛を解け ■岩下明裕

低迷続く経済 石油・ガス依存から脱せず 成長率1%前後が続く ■金野雄五

インタビュー 鈴木 宗男 新党大地代表 「まずは2島返還。残りは施政権獲得も一案」

Q&Aで丸分かり! 北方領土の歴史と現状 ■名越健郎

 

激論 識者はこう見る

下斗米伸夫◆法政大学法学部教授 「今回を逃したら次はない。『引き分け』で処理を」

木村汎◆北海道大学名誉教授 「安倍政権の交渉下手を危惧。まだ機が熟していない」

 

エネルギー 加速する東方シフト ■本村眞澄

ロシア型資本主義 張り巡らされる「プーチン人脈」 ■安達祐子

東へ向かうロシア外交 冷戦後「最悪」の米露関係 ■畔蒜泰助

株式市場も注目 経済協力で恩恵を受ける30銘柄 ■編集部

サイバー攻撃 他国の選挙を陰で操作 ■山崎文明

 

週刊エコノミスト 2016年11月15日号

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生前退位 政府の意向は特別立法 違憲、皇室の不安定招く

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天皇陛下の生前退位に関する安倍晋三首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」は、11月7日から専門家へのヒアリングを始める。

 

政府は「現在の陛下に限って可能とする特別立法」でまとめる方針だ。皇室典範改正に踏み込むと、女系天皇や女性宮家の議論を避けられないためだが、それは陛下が願う「安定的な皇位継承」をないがしろにしているとの批判があるうえ、特別立法には違憲の疑いが付きまとう。

 

10月17日に開かれた有識者会議の初会合後、座長の今井敬経団連名誉会長は「陛下が82歳とご高齢であることを踏まえて議論する」と述べた。

 

政府は来年の通常国会での関連法案提出を目指している。「速やかな対応が必要で、議論に時間が必要な皇室典範改正には踏み込めないという官邸の雰囲気作り」(全国紙政治部記者)とみられる。また、自民党の下村博文幹事長代行が記者団に対し「特別措置法の準備をしつつあると聞いている」と政府が特別立法を検討していると明言した。

 

◇憲法学者の見解分かれる

 

特別立法での退位が憲法上認められるかどうか、憲法学者らの見解は分かれている。憲法2条は皇位について「国会の議決した皇室典範の定めるところにより」継承すると規定しているためだ。安倍首相に近い八木秀次・麗沢大教授は特別立法について「法技術的に困難を伴い、立憲主義を壊してしまう」と指摘する。

 

内閣法制局の横畠裕介長官は衆院予算委員会で、「ある法律の特例や特則を別の法律で規定することは法制上可能」と特別立法で対応可能との見方を示した。しかし、違憲審査は最高裁に委ねられている。学者の解釈が分かれている現状では、「合憲」という判断がされない限り、生前退位と、皇太子の即位に疑義が生じる状況が続く。「象徴」である天皇の地位に求められる権威が損なわれることになりかねない。

 

◇「あざとさ見える」と批判も

 

有識者会議はヒアリングでの論点について、▽天皇の役割▽天皇の公務▽公務負担軽減の方法▽摂政の設置──などの8項目を挙げた。神道学者の高森明勅氏は「公務のあり方は、陛下が全身全霊で、国民とともに築き上げてきた。数カ月でまとめられるものではない」とし、有識者会議にはそぐわないとの認識を示した。また摂政については、陛下が8月にビデオメッセージで表明したおことばで明確に否定している。「公務負担軽減につながらないことは明らか。『摂政では意思を尊重できないので、すぐに対応できる特別立法しかありません』というあざとさが見える」と批判した。

 

おことばでは、陛下が皇位継承を安定的に維持することに心を配っていることが明らかになった。政府は「一緒にやると方向性を出すのに時間がかかり過ぎる」(菅義偉官房長官)との理由から、皇族減少問題を陛下の生前退位と切り離している。特別立法は恒久的な制度ではなく、「生前退位が前例となり、将来の恣意(しい)的な退位につながる危険がある」(高森氏)と、かえって不安定さを招く恐れが指摘されている。

(酒井雅浩・編集部)

 

*週刊エコノミスト2016年11月16日号「FLASH!」

 

関連のバックナンバー  2016年8月30日号 「天皇と憲法」

特別定価:670円(税込)

発売日:2016年8月22日

週刊エコノミスト 2016年8月30日特大号

 

特集:天皇と憲法

 

天皇陛下の重い決断

天皇の権威の源泉

政党政治を壊す「お試し改憲」

 インタビュー  保阪 正康 / 小林 よしのり

 

                                 アマゾン / 楽天ブックス

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永守日本電産会長もあぜん 元シャープ副社長の“別室事件”

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永守会長も方針転換?
永守会長も方針転換?

シャープ退職者を積極的に採用し、100人超を受け入れた日本電産の永守重信会長兼社長。「300人は採用したい」と言っていた永守会長の考えを改めるきっかけとなると、社内でささやかれるのが、元シャープ副社長から5月に転身した大西徹夫副社長の“別室事件”だ。

 

家電・車載担当の大西氏が海外案件の契約承認を取締役会で求めたところ、細部の詰めの甘さから、先送りに。それどころか、次回取締役会に持ち越すと契約が不成立になる可能性を指摘された大西氏は立ち往生。このため、永守会長が別室で現地と交渉するよう大西氏に指示し、取締役会は一時中断する事態に。

 

もともと大西氏は財務出身のため、畑違いと同情する声もないではないが、社内では少数派。シャープが経営悪化の果てに台湾の鴻海精密工業の傘下入りすることになった「大戦犯の1人」(シャープ中堅)であることが改めてクローズアップされ、「やっぱりシャープの経営者は駄目。経営能力がない」(幹部)との声が強まった。

 

永守会長は大西氏を執行役員として採用し、取締役にしていない。雑巾がけから始めることを求め、能力を見極めようとしたとされ、今回の件で永守会長のリスク管理能力が証明された形だ。

 

*週刊エコノミスト2016年11月15日号「ひと&こと」

米・中相手に外交ゲーム展開 したたかなドゥテルテ比大統領

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安倍首相は太刀打ちできるか
安倍首相は太刀打ちできるか

石井順也(住友商事グローバルリサーチ・シニアアナリスト)

 

フィリピンのドゥテルテ大統領が10月25~27日、今年6月の就任以来、初めて来日し、メディアが大きく注目するとともに、日本に住むフィリピン人の熱狂的な歓迎を受けた。ドゥテルテ大統領は、米国への敵意をむき出しにするかのような過激な発言や、強硬手段もいとわない薬物犯罪の取り締まりばかりがクローズアップされるが、フィリピン国内では9割の高い支持率を誇る。ドゥテルテ人気の背景や、過激な言動の裏側にある真意とは何か。

 

ドゥテルテ大統領が25日に日本へ到着後、まっさきに向かったのは、東京都内のホテルで開かれた日本在住のフィリピン人との交流会だった。フィリピン政府によれば、会場には約1500人が詰め掛けたという。参加者から「ドゥテルテ」コールを浴びたほか、「WE LOVE DUTERTE」と書かれたプラカードを掲げる人もいた。日本国内では過激な言動ばかりが取り上げられるが、フィリピン人の間ではドゥテルテ大統領の人気が絶大であることをあらためて見せつけた。

 

9月5日のオバマ大統領との初会談を前にして「売春婦の息子」と呼び、直後に米側は首脳会談をキャンセル。中国を訪問中の10月20日には「米国とは決別する」と述べて、米国が国務次官補を派遣して説明を求める事態に発展した。国内問題をめぐっても、大統領選前には「法律や人権は忘れろ。俺は(フィリピン南部のダバオ)市長時代、麻薬密売人を殺してきた。大統領になったら同じことをしてやる」とぶち上げた。

 

ドゥテルテ大統領は公約通り「麻薬戦争」を掲げ、フィリピン国家警察によれば、今年10月までに薬物犯罪の容疑者で殺害されたのは約4000人にのぼる。オバマ大統領のほか国連や海外メディアなども人権侵害を理由に激しい非難を浴びせたが、ドゥテルテ大統領は意に介す様子はなく、むしろより激しい言葉で反撃する。日本滞在中も、首脳会談の場でこそ激しい発言はなかったが、26日に開かれた民間のセミナーでは米国を念頭に「2年ほどで外国の軍の支配から自由にしたい」と述べた。

 

ドゥテルテ大統領は就任前、ダバオ市長を計22年間務め、副市長なども歴任。この間、犯罪対策の強化により、“犯罪都市”と呼ばれたダバオの治安を劇的に改善した。汚職の撲滅を含めて事業環境も整備し、ダバオ市の経済発展を導いた。犯罪対策では「殺す」といった強い言葉を用いる強権的な姿勢で臨み、私設の「処刑団」があるという疑惑も相まって、「ダーティーハリー」「処刑人」ともあだ名された。

 

◇汚職と無縁、知的な人物

 

大統領就任後の言動からも、粗暴で暴言癖のある反米のポピュリストといったイメージが染み付いたドゥテルテ大統領だが、フィリピン国内の受け止め方はまったく異なる。まず、ドゥテルテ大統領の過激な発言は、国民の多くは「冗談」や「ユーモア」と受け止めている。しかも、ドゥテルテ大統領は発言が問題視されるとすぐに弁明し、撤回や謝罪することが少なくない。これも含めて「愛すべきキャラクター」と捉えられている。

 

米国との首脳会談がキャンセルされた後、自らの発言を「後悔」しているとの声明を出し、異例のスーツ姿を見せて驚かせたのもその一例である。また、「売春婦の息子」発言はタガログ語だったが、正確には「ちくしょう」といったニュアンスの表現であり、メディアに曲解ないし誇張されたという見方もある。さらに、過激な言動とは裏腹に、普段は物静かな人物といわれる。世論を喚起するため、あえて過激な言動をとることで耳目を集めようとする戦術的意図も感じられる。

 

 

Bloomberg
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ドゥテルテ大統領は汚職とは無縁の清貧な生活を送り、「社会主義者」を自認。貧困層やイスラム教徒、共産党、LGBTと呼ばれる性的少数者など、社会的弱者やマイノリティーへの配慮も深い。加えて、マルコス独裁政権が倒れた1986年以降、初めての法律家出身の大統領であり、ダバオ市の副市長となる前は検察官を務めていた。庶民派であると同時に高学歴のエリートであり、地域と所得層を超えて幅広い支持を集めている。

 

薬物犯罪の撲滅は、過去の大統領のいずれも取り組みながら実現できなかった大きな課題だった。麻薬犯罪は政治家や官僚、警察官にもはびこり、汚職も相まって取り締まりや司法制度が機能不全に陥っていた。また、1年間の所得が18万ペソ(約40万円)を下回る貧困層が9割を占め、社会格差が深刻な問題として横たわる。ドゥテルテ大統領は中央政界とのしがらみがなく、かつ国民と議会の支持を得て強大な権力を手にしたことで、公正な社会を実現できるリーダーとして大きな期待が寄せられている。

 

◇経済発展に外交活用

 

ドゥテルテ人気の背景には経済政策もある。大統領が重視するのがインフラ整備だ。今年4~6月期の実質GDP成長率は前年同期比7・0%増と、民間消費がけん引する形でアジア諸国の中でも高い成長を記録。フィリピンは1人当たりGDP(国内総生産)が3000ドルに迫り、低所得国から抜け出そうとしている。出稼ぎ労働者からの送金がGDPの1割にも相当するフィリピンで、国内の産業を一段と発展させる柱にインフラ整備を位置づけ、その方針と成果は経済界からも高く評価されている。

 

ドゥテルテ大統領は10月18~21日の中国訪問で、「軍事的、経済的にも米国と決別する」と述べながら、中国側からダバオ市の港湾整備や製鉄所の建設などを含む、総額240億ドル(約2兆5000億円)もの経済協力を引き出した。習近平国家主席との首脳会談を受けた共同声明では、両国が領有権を争う南シナ海問題について、中国の主権主張を否定した仲裁裁判所の判決には言及しない“配慮”も見せた。

 

こうしてみると、ドゥテルテ大統領の過激な反米発言は、中国からの支援を引き出すしたたかな外交戦術の一環でもあろう。筆者は今年9月、フィリピンで各界と意見交換したが、ドゥテルテ大統領のイメージは、過激ではあるが、極めて優秀で、合理的な現実主義者というものだった。反米発言も、単なる感情的反発に尽きるものではなく、米・中という超大国を相手にした外交ゲームを仕掛けているとみるべきである。中国の外交当局は実際、ドゥテルテ大統領の姿勢を歓迎している。

 

重要な課題は米国との関係の再構築だ。ドゥテルテ大統領は就任以来、「自主外交路線」を掲げ、米国とは同盟関係を維持するとしながら、「従属的な関係」を変えることを唱えてきた。米国との合同哨戒活動への不参加や合同軍事演習の打ち切りのほか、防衛協力強化協定の見直し可能性にも言及している。ただ、フィリピンにとって安全保障面では米国は不可欠なパートナーであり、度重なるドゥテルテ大統領の挑発にもかかわらず、同盟関係に直接的な影響が及ぶ事態は想定しがたい。

 

しかし、過激な言動で大国を翻弄(ほんろう)する危険な戦術は、いつまでも続けられる保証はない。米国は大統領が代わるタイミングでもあり、新政権にどのように対峙(たいじ)するかが問われる。また、中国も甘い相手ではなく、経済支援のあり方や南シナ海問題をめぐり、厳しい局面に立たされることも予想される。国内での麻薬戦争も、死者の数が膨らめばかえって国内の不安をあおりかねない。歴史的な変革を目指す新大統領の真価が問われるのはこれからだ。 

(石井順也、住友商事グローバルリサーチ・シニアアナリスト)

 

*週刊エコノミスト2016年11月15日号

三菱商事、日産ゴーンの野望に抑止?

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2016年5月の資本提携発表で日産・ゴーン社長と三菱自動車・益子修社長
2016年5月の資本提携発表で日産・ゴーン社長と三菱自動車・益子修社長

三菱商事は10月13日、インドネシアで自動車を生産・販売する子会社を再編する、と発表した。インドネシアの自動車製造・販売の子会社を、乗用車の三菱自動車と、トラックの三菱ふそうトラック・バスとに、事業を分割する。決断の裏には「三菱自動車の筆頭株主となった日産自動車が、三菱商事のインドネシアの優良事業に介入するのを防ぐための布石ではないか」(商社アナリスト)との見方がある。

 

◇インドネシアの自動車製販会社を再編

 

再編するのは、1970年に設立したインドネシアのクラマユダ・ティガ・ベルリアン社(KTB)と傘下の組み立て工場。KTBは三菱商事が筆頭株主の子会社で、過去10年で200億円以上の持ち分利益を三菱商事にもたらした優良会社だ(表)。三菱自動車と三菱ふそうの製造と販売を手がけているが、収益の大半は三菱ふそうのトラックが占めている。

 

KTBの現在の出資構成は三菱商事が40%、現地資本のクラマユダが40%、三菱ふそうが18%、三菱自動車が2%。これを三菱商事30%、クラマユダ40%、三菱ふそう30%とし、三菱自動車との資本関係は完全に断ち切る。これとは別に三菱自動車専用の販売新社を17年4月に設立する予定で、新会社には三菱商事が40%、三菱自動車30%、クラマユダが30%を出資する。

 

また、この事業再編を決断する以前から、三菱商事は組み立て工場の再編を進めていた。これまで三菱ふそうのトラックと三菱自動車の両方を手がけてきた現地製造会社のKRMを、三菱ふそう専門の工場とし、来年4月には、三菱自動車のMPV(多目的車=ミニバンなど)の組み立てを行う新社MMKIの操業開始を予定している。

 

MMKIには三菱自動車が51%、三菱商事が40%、クラマユダが9%を出資する予定で、同社は完全に三菱自動車主導の製造組み立て拠点となる。MMKIでは、来年投入予定のMPVを日産自動車にOEM供給する予定もあるという。

 

◇稼いできたのは三菱ふそう

 

三菱自動車と三菱ふそうのトラックを完全にすみ分ける形にした決定について、冒頭のアナリストは「高収益会社のKTBから三菱自動車を完全に切り離すことで、将来懸念される日産のカルロス・ゴーン会長兼社長兼CEO(三菱自動車の会長も兼務)からの口出しを完全に封じた」と評価する。

 

というのも三菱自動車が海外で手がける自動車販売の中でも、インドネシアのKTBは、タイのいすゞ自動車関連の子会社と並ぶ稼ぎ頭だからだ。2010年度には64億円もの持ち分益を三菱商事にもたらしている。ただし、「KTBの7~8割は三菱ふそうのトラック販売で占められていたはず。1台当たりの利益率の高さは三菱ふそうが圧倒的に高い」(同アナリスト)という。

 

この見方に対し、三菱商事は「今回の再編と、日産自動車の三菱自動車への資本参加は全く関係なく、従来からKTBの株主の間で協議してきた内容に基づき実施した」(広報部)と反論する。

 

真相は不明だが、三菱自動車が日産ゴーンの傘下に入ったことによる混乱を事前に防ぎ、将来有望なインドネシア市場でトラックと自動車双方で布石を打ち、日産との提携の道も残すという点で、今回の再編は電光石火の的確なタイミングでの決断だったともいえそうだ。(編集部)

 

*連載「商社の深層」第45回、週刊エコノミスト2016年11月15日号

特集:トランプショック 2016年11月22日号

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◇大統領選で起きた民衆の反乱

◇先行き読めぬトランプ・リスク

 

「今年の大統領選挙の最終的な勝利者はドナルド・トランプ」と、予言を的中させた者がいる。人間ではない。インドで開発された人工知能(AI)システムの「MoglA」だ。

 

このAIの分析手法は、極めてシンプルだ。膨大なインターネット情報の中で一般大衆がどれだけ候補者のサイトにアクセスしたか、その定量分析をしただけ。その結果が「勝者トランプ」だった。

 

米大手メディアの予想を覆し、実際に11月8日の投開票の米大統領選で共和党のトランプ氏が勝利した。

 

選挙結果が出る2日前の11月7日、「米大統領選、AIはトランプ有利を予測」と題してウェブ媒体にこのAIを紹介したカリフォルニア在住のジャーナリスト、土方細秩子氏もまた「ヒラリーが勝つ」と信じていた。「発言力を持つインテリ層やメディアは大都市に集中している。ローカル・パワーを国民皆が見誤った」と土方氏は振り返る。

 

元日銀審議委員の中原伸之氏は、トランプ大統領誕生は「グローバリズムの終焉(しゅうえん)だ」と指摘する。中国など新興国の労働者に仕事を奪われ、超富裕層は国境を越える税逃れにいそしみ、先進国の中低所得層に恩恵のないグローバリズムが限界に達した、という指摘だ。それを事前にくみ取ったのは、メディアでも知識層でも政治家でもなくAIだった。

 

人類の想定外の結果は市場を大きく揺さぶった。東京市場では日経平均が前日比919円(5・4%)安に急落、アジア株も軒並み安となり、ドル・円相場は一時101円台まで円高が進んだ。しかし、トランプ氏が「私のことを支持しない方々にも、この国の統合に向けて助力いただけるようアプローチしていきます」という趣旨の勝利演説が伝わると、潮目が変わった。

 

ドル・円は105円台後半まで円安が急進。「欧米株式指数も軒並み上昇し、米10年金利は2・06%まで上昇。市場は全面的にリスクオン(選好)。市場はトランプ政権下でむしろ米国景気が力強さを増すと期待しているかのよう」。野村証券の池田雄之輔アナリストは10日のリポートでこう分析した。

 

だが池田氏は、「勝利演説が良かった、というのは後付けの説明。トランプ勝利=大惨事(株価急落など)に備えてヘッジを仕込んでいた市場参加者が、利益確定で巻き戻したことが相場持ち直しの真相ではないか」と指摘する。

 

みずほ総合研究所の安井明彦欧米調査部長は、「先が読めないのが最大のリスク。トランプ氏の政策にはいいものも悪いものもある。どういう組み合わせで、それが継続するか不透明」という。

 

トランプ大統領下で浮上するリスクは多岐にわたる。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から米国が撤退し、世界的に保護主義が台頭する懸念。世界の安全保障における米国の存在感・信頼感の低下が、「力の空白」となり、東アジアの安全保障が不安定になる懸念もある。

 

リスク回避の動きが株安・円高圧力になる可能性もある。みずほグループによれば、10円の円高は1部上場企業(金融を除く)で1・8兆円の利益下振れ要因になるという。

 

日本の輸出全体の米国依存度は20%、約20・2兆円に達する。その半分は自動車や機械、電機で占められ、在米日系法人の売上高は約80兆円。日本経済はここまで米国に依存している。その先が見通せなくなった。

(編集部)

緊急特集12ページ:米大統領選トランプショック

大統領選で起きた民衆の反乱 先行き読めぬトランプ・リスク ■編集部

深まる米国を切り裂く溝 ■安井 明彦

マーケット 乱高下する金融市場 ■市川 雅浩

政策 法人税35%から15%へ減税 ■秋山 勇

TPP離脱は不可避 ■足立 正彦

エリート政治家への「ノー」 ■岩田 太郎

外交 不確実性が最大リスク ■中山 俊宏

メディア 終盤までトランプ攻撃 ■小西 丹

欧州 トランプに主流派は失望 ■熊谷 徹

日本株とドル・円相場予想 ■藤戸 則弘/馬渕 治好/高島 修/村田 雅志

9人の識者が読み解くトランプ・ショック

ジョナサン・ソーブル/イアン・ブレマー/堤 未果/ポール・ゴールドスタイン/ジャン・クロード・グルファ/豊島 逸夫/ミラー 和空/江守 哲/前嶋 和弘

週刊エコノミスト2016年11月22日号

定価:620円

発売日:2016年11月14日

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目次:2016年11月22日号

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CONTENTS

 

米大統領選 トランプショック

11 大統領選で起きた民衆の反乱 先行き読めぬトランプ・リスク ■編集部

12 深まる米国を切り裂く溝 ■安井 明彦

13 マーケット 乱高下する金融市場 ■市川 雅浩

14 政策 法人税35%から15%へ減税 ■秋山 勇

15 TPP離脱は不可避 ■足立 正彦

79 エリート政治家への「ノー」 ■岩田 太郎

80 外交 不確実性が最大リスク ■中山 俊宏

81 メディア 終盤までトランプ攻撃 ■小西 丹

82 欧州 トランプに主流派は失望 ■熊谷 徹

83 日本株とドル・円相場予想 ■藤戸 則弘/馬渕 治好/高島 修/村田 雅志

84 9人の識者が読み解くトランプ・ショック

  ジョナサン・ソーブル/イアン・ブレマー/堤 未果/ポール・ゴールドスタイン/ジャン・クロード・グルファ/豊島 逸夫/ミラー 和空/江守 哲/前嶋 和弘

 

38 介護 外国人労働者を介護分野へ 人材不足の切り札とはならず ■結城 康博

  問題ある外国人技能実習制度

 

40 インフラ 企業の生産性向上にも公共事業量の乱高下は禁物■インフラ政策研究会

  利用者の意見も反映

 

76 トルコ ロシア、イランと急接近 進むパイプライン計画 ■濱田 秀明

 

78 米MMF 新規制で邦銀のドル調達コスト増 ■松田 遼

 

World Watch

58 ワシントンDC レームダック議会 歳出案めぐり混乱か ■堂ノ脇 伸

59 中国視窓 複雑化する「影の銀行」 300兆円が元本保証なし ■神宮 健

60 N.Y./シリコンバレー/スウェーデン

61 韓国/インド/ミャンマー

62 台湾/メキシコ/エチオピア

63 論壇・論調 英ポンドが31年ぶりの安値を更新 GDP世界5位から陥落も現実味 ■増谷 栄一

 

Interview

4 2016年の経営者 新野 良介 ユーザベース社長

44 問答有用 ファビオ・ルイージ 指揮者

  「奏者の力を奮い起こすのが喜びです」

 

もう買えない!国債

18 政府の「財布」になった日銀 失われた市場の警鐘機能 ■松本 惇/藤沢 壮

22 国債は民間債務の「身代わり地蔵」 バランスシート調整の最終段階へ ■高田 創

24 国債暴落のメカニズム 10年サイクルで訪れる国債危機 ■松沢 中

26 国債格下げリスク 資金調達コスト上昇で日本企業に打撃 ■廉 了

インタビュー

28 キム・エン・タン 「脱デフレならず債務負担の悪化が続けば、日本の格下げはあり得る」

29 幸田 真音 「警報スイッチを切られた国債市場が危ない」」

30 国債の市場参加者 4割保有する日銀の独壇場 ■徳島 勝幸

32 大手生保3社の運用戦略 日本生命/第一生命/明治安田生命

34 マイナス金利の虚構 政府保証債1.8%が示す日本国債の「本当の実力」 ■富田 俊基

インタビュー

35米澤 潤一 元大蔵省関税局長 「原則破り常態化する特例国債 分水嶺はニクソン・ショック」

36黒木 亮 『国家とハイエナ』の著者「国に債務を支払わせるためにヘッジファンドは何でもやる」

 

Viewpoint

3 闘論席 ■古賀 茂明

17 グローバルマネー 「日本株を売り払え」が日銀のメッセージ?

42 名門高校の校風と人脈(217) 米子東高校(鳥取県) ■猪熊 建夫

48 学者に聞け! 視点争点 復興には自然資本の被害考慮が必要 ■佐藤 真行

50 言言語語

64 海外企業を買う(117) チェサピーク・エナジー ■岩田 太郎

66 日本人に見えなかった中東の真実(11) なぜ、欧州で極右勢力が支持されるのか? ■福富 満久

68 日本人のための第一次世界大戦史(71) シベリア出兵 ■板谷 敏彦

70 東奔政走 「粗雑」なTPPの国会審議 国民の不安は置き去りに ■前田 浩智

72 連載小説 三度目の日本 2027(44) ■堺屋 太一

74 アディオスジャパン(28) ■真山 仁

92 景気観測 日本経済は回復局面にある トランプ当選で高まる海外リスク ■足立 正道

94 ネットメディアの視点 トヨタ自動車と最高裁 小説の形で伝える本当の姿 ■土屋 直也

95 商社の深層(46) 大手5商社決算、2強時代の到来か 伊藤忠と三菱商が4000億円で首位争いへ ■編集部

アートな時間

96 映画 [灼熱]

97 舞台 [あらしのよるに]

98 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ High Pressure Economy ”

 

[休載]Flash、ひと&こと、エコノミスト・リポート

 

Market

86 向こう2週間の材料/今週のポイント

87 東京市場 ■三宅 一弘/NY市場 ■堀古 英司/週間マーケット

88 欧州株/為替/原油/長期金利

89 マーケット指標

90 経済データ

 

書評

52 『パナマ文書』

  『親と心を通わせて介護ストレスを解消する方法』

54 話題の本/週間ランキング

55 読書日記 ■岡崎 武志

56 歴史書の棚/出版業界事情

 

51 次号予告/編集後記

特集:もう買えない!国債 2016年11月22日号

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◇政府の「財布」になった日銀

◇失われた市場の警鐘機能

 

「マイナス金利と大規模な国債買入れの組み合わせが、長短金利全体に影響を与えるうえで、有効であることがわかりました」

 

11月7日午後5時、日銀の公式ホームページ(HP)に、金融政策による長期金利コントロールに関する見解が掲載された。このHPの更新には伏線があった。

 

日銀は9月の金融政策決定会合で、長期金利(10年物国債の利回り)を0%程度に誘導する方針を打ち出し、市場に流すお金の「量」から「金利」を重視する枠組みに変更した。だが、当時掲載されていたHP上の説明では「中央銀行は、人々の予想や将来の不確実性を思いのままに動かすことはできません。つまり、中央銀行が誘導するのに適しているのは、ごく短期の金利」と、長期金利の操作に否定的な見解を示していた。

 

10月3日の衆議院予算委員会で野党議員から問いただされた黒田東彦総裁は「2006年(に書かれた)ということでかなり古いもの。08年のリーマン・ショック後、各国の中央銀行は長期国債などを大量に買い入れることで直接長期金利に影響を与える政策を取っているので改訂したい」と答弁した。

 

しかし、その答弁からHPの更新まで約1カ月がかかった。市場関係者は「日銀は9月に長期金利にターゲットを変更した時点で、従来の立場と矛盾することは分かっていたはず。すぐにHPを変更すると、『量から金利への転換』が強調されてしまうので、ほとぼりが冷めるのを待っていたのではないか」と推測する。

 

 

◇鯨を生んだ異次元緩和

 

日銀が従来は困難としていた長期金利の操作に踏み切ったのは、2月のマイナス金利政策の導入後、予想以上に短期から長期まで金利全般が押し下げられる弊害が顕著になったためだ。

 

格付投資情報センターの久保太郎チーフアナリストによるマイナス金利の影響についての試算では、16年度の大手5行の業務純益を、15年度比で3000億円近く減少させる見通しである。

 

9月の金融政策決定会合でも日銀執行部が「貸出金利の低下は、金融機関収益を圧迫する形で生じている。また、長期金利や超長期金利の低下は、保険や年金などの運用利回りを低下させ、経済活動に悪影響を及ぼす可能性がある点にも留意が必要」との分析を報告した。

 

大手生保関係者は「長期・超長期金利が低下し過ぎているという検証結果が出たのは良かった。ただ、住宅ローンや企業への貸出金利の指標となる新発10年物国債の売買が成立しないという異例の事態が発生している。市場が機能するように配慮してほしい」と黒田総裁に注文する。

 

13年4月の異次元緩和から3年余りで、日銀は国債市場における“鯨”となった。発行された国債の約4割を保有するようになり、国内の機関投資家が国債の消化を支える従来の構図とは様変わりしている。

 

メガバンクは異次元緩和以降、日本国債の買い入れ額を大幅に減額。また、満期までが長期の商品が主力の生命保険会社にとって国債は運用の柱だが、第一生命保険は13年度下期から金融取引に必要な担保など最低限のもの以外は積み増していない。日本生命保険や明治安田生命保険もマイナス金利政策導入決定以降は、同様に購入を見送っている。

 

◇三菱東京UFJの乱

 

さらに、今年7月には金融業界に衝撃を与える「事件」が起きた。三菱東京UFJ銀行が、国債の入札で一定割合以上の応札や落札が義務づけられる「国債市場特別参加者(プライマリーディーラー=PD)」の資格を返上したのだ。

 

市場関係者が「もう国債は買えない」というメッセージと受け止める一方で、ある大手行の幹部は「PD返上というのは財務省に弓を引くのに等しく、相当の覚悟の上だろう。マイナス金利が長期にわたると判断し、仮想通貨やフィンテック(ITを活用した金融サービス)に活路を見いだそうと独自の道を行くつもりか」とそんたくする。

 

実は「国債の購入放棄宣言」は、1990年代のスウェーデンでもあった。スウェーデンでは80年代末から90年代初めにかけて資産バブルが崩壊し、93年には一般政府財政赤字がGDP(国内総生産)比11%に達していた。同国の大手生保スカンディアは94年7月、「信頼できる財政再建策が出るまでは国債を購入しない」と表明。これが一つのきっかけとなって財政再建が進み、98年に財政黒字に転換した。

 

ある大手行関係者は「金融政策は限界を迎えている。今回の枠組み変更で、ボールは政府に投げられた」と話す。三菱東京UFJ銀のメッセージは財政再建が待ったなしの状況に追い込まれているとも解釈できる。

 

 

長期金利をターゲットとした日銀の政策枠組み変更を「緩やかなテーパリング(緩和縮小)の開始」と見る投資家は多い。10年超の超長期金利が下がり過ぎれば、そうした対象年限の国債購入額を減らして調整することになるからだ。逆に金利が上昇し過ぎたり、その圧力が強まったりすれば、日銀が購入額を増やして引き下げる。

◇危うい出口

 

 一見、日銀が完全にコントロールしているかに思えるが、日銀の調整がなくなれば、金利が乱高下してしまうことになる。おまけに、長期金利を操作ターゲットにしたことで、政府の国債管理政策に踏み込んだともいえる。つまり、日銀の政策余地が極めて少ない状況に追い込まれたのだ。鯨から金利をコントロールする“神”になったともいわれる日銀だが、政府に取り込まれただけにすぎない。

 

JPモルガン証券の山脇貴史・債券調査部長は「日銀が金融緩和政策の出口を迎えた時、国債の需給には大きな開きが生まれる。今からでも、国債の発行を徐々に減らしていく必要があるのではないか」と指摘する。

 

日銀が金融緩和の出口に向かうには、財政再建が不可欠だ。政府は20年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を目標に掲げるが、内閣府の中長期試算では、名目で3%以上という高い経済成長率を前提としても5・5兆円程度の赤字となる。今後、少子高齢化による人口減社会を迎える日本では税収は減少する一方、社会保障費は増大し、財政再建はますます難しくなる。

 

◇改革怠った政府

 

しかし、政府は異次元緩和を含むアベノミクスによる一時の物価上昇にあぐらをかき、構造改革、社会保障改革を怠ってきた。日本総合研究所の翁百合副理事長は「アベノミクスは一時的な猶予で、財政健全化や生産性を上げる成長戦略を進める必要がある。団塊の世代が超高齢化して預金の取り崩しが始まり、銀行の国債購入余力も減っていくだろう」と指摘する。

 

安倍晋三首相は11月8日の経済財政諮問会議で「経済政策のスタンスについては構造改革は無論として、金融政策に財政政策をうまく組み合わせることに留意する必要がある。来年度の予算編成に向けては財政健全化への着実な取り組みを進める一方、足元の景気状況に配慮する必要がある」と述べた。

 

黒田日銀の3年半余りは、脱デフレを目指すとしながら、結果的に「政府の財布」と化しただけだった。そればかりか放漫財政に対して、金利上昇の形で警鐘を鳴らす役割を担う国債市場を機能不全にしてしまった黒田総裁の罪は重い。もちろん、安易な景気対策で国債を乱発してきた政治の責任も重大だ。財政破綻のつけを払わされるのは、国民である。

松本惇(編集部)、藤沢壮(編集部) 

特集「もう買えない!国債」記事一覧

政府の「財布」になった日銀 失われた市場の警鐘機能 ■松本 惇/藤沢 壮

国債は民間債務の「身代わり地蔵」 バランスシート調整の最終段階へ ■高田 創

国債暴落のメカニズム 10年サイクルで訪れる国債危機 ■松沢 中

国債格下げリスク 資金調達コスト上昇で日本企業に打撃 ■廉 了

 

インタビュー

キム・エン・タン 「脱デフレならず債務負担の悪化が続けば、日本の格下げはあり得る」

幸田 真音 「警報スイッチを切られた国債市場が危ない」」

 

 国債の市場参加者 4割保有する日銀の独壇場 ■徳島 勝幸

 大手生保3社の運用戦略 日本生命/第一生命/明治安田生命

マイナス金利の虚構 政府保証債1.8%が示す日本国債の「本当の実力」 ■富田 俊基

 

インタビュー

米澤 潤一 元大蔵省関税局長 「原則破り常態化する特例国債 分水嶺はニクソン・ショック」

黒木 亮 『国家とハイエナ』の著者「国に債務を支払わせるためにヘッジファンドは何でもやる」

2016年11月22日号 週刊エコノミスト

定価:620円

発売日:2016年11月22日

◇ネット書店で雑誌を購入する

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経営者:編集長インタビュー 新野良介 ユーザベース社長 2016年11月22日号

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新野良介 ユーザベース社長 

 

◇ビジネス情報プラットフォームの世界標準目指す

 

Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── ユーザベースはどんな会社ですか。

新野 日本発のビジネス情報のプラットフォームとして、世界に通用するものを作り出すことが目標です。

 

インターネットの普及に伴い、一般ユーザー向け情報プラットフォームは、グーグルなどの検索エンジンからフェイスブックなどソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)へと劇的に変わりました。

 

一方でビジネス情報に目を転じると、使いやすいものが少ない。例えば、世界企業の中での時価総額ランキング一つとっても調べるのは大変な作業です。業界における企業の位置づけなど重要な情報なのに収集が難しいというストレスを、技術革新によって解決したいのです。

 

── ユーザベースが考えるビジネス情報とはどのようなものですか。

新野 株価や為替、企業の合併・買収(M&A)といったものだけではありません。例えば、ある企業へのインタビュー記事を読んだことがきっかけで志望する学生がいます。そうした自分の人生で下す決断に影響を与えるような経済情報です。

 

2002年に大手商社に入り食品部門を担当していた新野氏は、プレゼン向け資料の作成に膨大な時間がかかることを疑問視、ユーザー側に立った情報プラットフォームの必要性を感じていた。外資系証券会社に転職後、梅田優祐氏(現ユーザベース共同経営者)と意気投合し、08年、数人の仲間とマンションの一室でユーザベースを立ち上げた。翌09年には「SPEEDA」(スピーダ)の提供を開始。創業8年目の今年10月21日には東証マザーズに上場を果たす。

 

── 主力の情報プラットフォームの内容を教えてください。

新野 法人向けのスピーダと、子会社が運営する一般向けニュースサイト「NewsPicks」(ニューズピックス)の二つです。法人向けと一般向けの両方のプラットフォームを持つことが当社の強みです。

スピーダが提供する情報は、(1)世界200カ国以上、上場・非上場合わせ約380万社の企業情報、(2)550のカテゴリに分類した業界情報、(3)企業のM&A情報の3種類です。各社がどんな戦略を取っているかといった情報を集約して表示します。株式トレーダーに特化したデータベースのような狭い範囲の経済情報でなく、より広い範囲を対象とした基礎リサーチのツールとして顧客に認知されています。

一方、ニューズピックスの特徴は「ソーシャル」、つまり一方的なニュース配信でなく利用者も情報を発信できる点です。一人一人が発信者になれるのがネットの強み。例えば、利用者の意見それ一つでは影響力は小さいですが、それに同意や反対意見を加えることで、世論が形成されていくこともあります。

 

── 配信するビジネス情報はどう集めていますか。また、差別化は。

新野 スピーダは経済データを配信している国内外の約50の企業と提携しています。情報を提供してもらうと同時に、相手が持つ情報のマネタイズ支援も行います。加えて、自社独自のコンテンツも作っています。ニューズピックスも自前の記者がいます。

既存の法人向けサービスを見ると、データ量で勝負しているものが多く、一般向けのさまざまなプラットフォームほど使い勝手がよくないと感じていました。そこで「ユーザビリティー」(利用者の使いやすさ)に価値を転換し、ほとんどの情報はスピーダで取れるという「ワンストップ」を目指しました。

スピーダは企業情報の地図のようなもので、例えば、ある国のある業界を知りたいとき、企業のデータやニュースのほか、さらに深い情報を得たいときに、誰にアクセスすればいいかといった情報も提供します。

 

◇アジアでトップを目指す

 

── 売り上げ構成は。

新野 16年12月期は、およそ30億円の売り上げを見込んでいます。うち20億円がスピーダ、10億円がニューズピックスという内訳です。スピーダの加入ID数は国内外で約1400。売り上げの9割は国内で、残り1割が海外です。業種別に見ると一般企業が35%、銀行、証券会社、コンサルティング会社といった、プロフェッショナルファームが65%です。

 

ニューズピックスの収益源は主に三つあります。一つ目は現在、約2万人の会員がいる月額1500円の有料サービスで、これが3分の1を占めます。二つ目は企業のブランド広告、三つ目はニューズピックスを使った求人サービスです。

 

── 海外展開を含め、今後の戦略を教えてください。

新野 スピーダにとって最大の市場は、経済規模が圧倒的に大きい米国だと考えています。ただ、競合するプレーヤーも多く競争も激しいので際立った力が必要です。

現在、アジア市場でシェアを伸ばせているのは、日本のビジネス情報でナンバーワンという位置づけを取れたことが大きいと思います。スピーダの試用版への海外からの問い合わせでは、香港、シンガポールに次いで多いのが米国です。つまり、アジア情報でナンバーワンになることが米国に進出する際の最大の差別化要因になります。まずはアジア市場を押さえることが、次の展開につながると考えています。

(構成=大堀達也・編集部)

 

◇横顔

 

Q 20代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 30歳までに起業することが目標だったので商社に入り、起業がしやすい小さい商材を扱う生活産業分野で経験を積みました。

Q 「私を変えた本」は

A リカルド・セムラー著『セムラーイズム』、ケネス・クラーク著『ザ・ヌード』、共和政ローマ期の政治家カエサルの自伝『ガリア戦記』です。

Q 休日の過ごし方

A ジムに通っています。

………………………………………………………………………………………………………

 ■人物略歴

 ◇にいの・りょうすけ

 1977年生まれ。暁星国際高校、慶応義塾大学卒業後、2002年三井物産入社。UBS証券を経て08年にユーザベースを設立し、共同経営者に就任。

………………………………………………………………………………………………………

事業内容:ビジネス情報プラットフォームの運営

本社所在地:東京都渋谷区

設立:2008年

資本金:23億300万円

従業員数:178人(8月31日時点、ニューズピックス含む)

業績(2015年12月期・連結)

 売上高:19億1500万円


週刊エコノミスト 2016年11月22日号

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定価:620円

発売日:2016年11月14日

【緊急特集12ページ】

米大統領選

  トランプショック

 

◇大統領選で起きた民衆の反乱

◇先行き読めぬトランプ・リスク

 

「今年の大統領選挙の最終的な勝利者はドナルド・トランプ」と、予言を的中させた者がいる。人間ではない。インドで開発された人工知能(AI)システムの「MoglA」だ。

 

このAIの分析手法は、極めてシンプルだ。膨大なインターネット情報の中で一般大衆がどれだけ候補者のサイトにアクセスしたか、その定量分析をしただけ。その結果が「勝者トランプ」だった。続きを読む


特集

もう買えない!国債 

 

◇政府の「財布」になった日銀

◇失われた市場の警鐘機能

 

「マイナス金利と大規模な国債買入れの組み合わせが、長短金利全体に影響を与えるうえで、有効であることがわかりました」

 

11月7日午後5時、日銀の公式ホームページ(HP)に、金融政策による長期金利コントロールに関する見解が掲載された。このHPの更新には伏線があった。続きを読む

特集:トランプショック 大手メディアもトランプ氏に敗北した

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◇終盤までトランプ攻撃

◇政治との癒着を暴露され

 

小西丹 (エイジェム・キャピタル・マネージメント・ダイレクター)

 

米大統領選で「大方の予想を覆して」勝利したと報じられるトランプ氏だが、実際は世論の動向を米メディアが正確に報じようとしなかった要素も極めて大きい。

 

『ワシントン・ポスト』や『ニューヨーク・タイムズ』といった米大手紙、CNNなど米大手テレビ局は選挙戦終盤まで露骨なトランプたたきを展開したが、世論は対立候補のクリントン氏の腐敗したイメージに辟易(へきえき)とし、しがらみのないトランプ氏にその一掃を期待した結果であった。大手メディアの選挙報道のあり方も今後、有権者から厳しく問われることになるだろう。

 

トランプ、クリントン両陣営の盛り上がりの差は、選挙戦の集会の様子を見ても歴然としていた。

 

クリントン氏は選挙戦終盤でも演説は週に2日、各1回程度で、長くても20分程度。有名ミュージシャンを呼んでコンサートも開催したが、クリントン氏が登場するのはコンサートの最後だけ。その時すでに聴衆は帰り始めていた。10月19日の両氏の最終討論会では、クリントン氏は自らが不利な局面で何度も演台に目を落としながら話す姿も目立った。

 

一方、トランプ氏は連日4、5回、それも毎回1時間程度の演説を精力的にこなしていた。トランプ氏の聴衆との掛け合いでは、トランプ氏が“If I win...”(もし私が勝てば)と言うと、“When!”(もし、ではなく大統領になった時でしょう! の意)の声が上がる。これを受けて“Allright! When I win...”(分かった!私が勝った時には)と言い直すと、会場は大歓声に包まれるのがお決まりのパターンになっていた。会場の熱気は、明らかにトランプ氏が上回っていた。

 

 

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◇「腐敗一掃」への期待

 

クリントン氏を巡っては国務長官時代(2009~13年)、公務での私用メール使用問題に加え、クリントン家の慈善団体「クリントン財団」への献金者に便宜を図っていた疑惑なども浮上。

 

メディアとの癒着では内部告発サイト「ウィキリークス」で10月、クリントン陣営が『ニューヨーク・タイムズ』やCNN、米テレビ局のNBC、CBSなどのジャーナリストを招いてオフレコのパーティーを開いていたことや、今年3月の討論会前にクリントン陣営が質問を入手していたことも暴露された。

 

こうした問題に対し、既存政治とのしがらみのないトランプ氏は“Drain the swamp”(沼を干上がらせる、どぶさらいする意)と表現して、ワシントンの腐敗一掃を主張。トランプ氏は政界の一掃案として、容易ではないものの憲法を改正して国会議員の任期継続に上限を設けることを打ち出したほか、政府の業務に携わった国会議員と職員は離職後、5年間のロビー活動を禁止する方針を示している。

 

有権者にはトランプ氏が知識・支配階級に敢然と挑戦し、米国政治を市民の手に取り戻そうとするヒーローに映っていた。しかし、大手メディアはそうした熱気を伝えようとしなかったばかりか、10月中旬には『ニューヨーク・タイムズ』などはトランプ氏から受けたとする数十年前のセクハラ行為を報じ、あからさまなトランプ氏への攻撃を繰り返した。だが、有権者はこうした大手メディアを見放していた。

 

一方で、トランプ氏支持者の献金で成り立つ新興メディア「ライト・サイド・ブロードキャスティング」が、動画サイト「ユーチューブ」でトランプ氏の集会を中継するチャンネルを設けるなど、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を活用した支持も広がっていた。

 

 

今となっては、大統領選の投開票日直前までクリントン氏有利を伝えていた大手メディア各社の世論調査さえ、信用が大きく落ちてしまっている。今回の大統領選は、メディアと一体となった政治の腐敗を正してほしいという有権者の思いが実った結果であり、クリントン氏ばかりでなく大手メディアも敗北したのである。

 

*週刊エコノミスト2016年11月22日号 緊急特集「トランプショック」掲載

特集:トランプショック 意外と知られていないトランプ氏の具体的な政策

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Bloomberg
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◇法人税35%から15%へ減税

◇年平均3・5%成長目指す

 

秋山勇(伊藤忠経済研究所長)

 

「悪いのは不法移民、不公平な貿易、米国の庇護(ひご)にただ乗りする諸外国だ」。トランプ氏は選挙期間中、エキセントリックなメッセージを繰り返したが、その具体策は意外と知られていない。問題解決に向けて、一体どのような政策を準備しているのか。

 

トランプ氏は選挙用のウェブサイトに「有権者との契約」と題し、経済、税などの政策を掲げている。経済では、年平均3・5%の成長目標と10年間で2500万人の雇用創出を掲げ、そのために税制や規制改革などが必要とする。「国内は自由化して供給力拡大、海外は公平な貿易」というビジョンをよく示している。

 

 

 

貿易の具体策は、(1)環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から離脱する、(2)貿易協定の違反国をみつけ、違反をやめさせる、(3)北米自由貿易協定(NAFTA)を再交渉し、相手国が応じなければ離脱する、(4)中国を為替操作国と認定する、(5)中国を世界貿易機関(WTO)に提訴し、ルールを順守させる、(6)中国が違法行為をやめなければ、大統領権限を使い、通商紛争に対処する──といった内容だ。

 

移民については米国民の雇用、賃金、安全を最優先とした新たな移民管理を導入するビジョンを掲げ、不法移民対策を強化する。具体的には、(1)メキシコとの国境に壁を建設する、(2)不法移民の犯罪に厳しく対処する、(3)不法移民を受け入れる聖域都市を廃止する、(4)オバマ大統領による不法移民恩赦の大統領令を廃止する、(5)全ての入出国管理に生体認証システムを導入する──などだ。

 

このほか法人税を現行の35%から15%へと大きく引き下げることや、老朽化したインフラを刷新するための積極投資、軍事予算の増加、大学の学費削減なども掲げている。

 

しかしこれらの計画は、耳に心地の良い共和党と民主党の施策を混在させており、大減税の一方で、政府が大盤振る舞いする「超緩和型」。実施すれば、財政規律が乱れることは明白だ。各政策の整合性や実現可能性も不透明で、共和党内からの反対意見も多い。大統領と上下両院の多数派を共和党が占め、政権と議会の「ねじれ現象」が解消されることはトランプ氏の政権運営に追い風だが、党主流派との「落としどころ」はどう調整するのか。トランプ氏の手腕が見どころになる。

*週刊エコノミスト2016年11月22日号 緊急特集「トランプショック」掲載

特集:もう買わない!国債 インタビュー『国家とハイエナ』黒木亮

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◇国に債務を支払わせるためにヘッジファンドは何でもやる

 

20XX年、財政破綻した日本で、未払いの介護報酬債権を手に入れた海外のヘッジファンドが、支払いを求めて国を提訴、国宝の仏像を差し押さえた──。そんな事態が起こりうるかもしれない。

 黒木亮氏の新刊『国家とハイエナ』は、破綻国家の債務を安値で手に入れ、莫大なリターンを上げる“ハイエナ・ファンド”と国家との攻防を描いた。金利や遅延損害金を含めた全額の支払いを求めて訴訟を起こし、差し押さえを駆使する。小説の形をとるが、出来事はすべて事実に基づくという。

   ☆   ☆   ☆

── ハイエナ・ファンドの存在をいつ、知ったのか。

黒木 初めて知ったのは2006年、国際金融誌『Euromoney』の記事だった。コンゴ共和国から債権を回収するために、フランスの大手銀行を組織犯罪処罰法で法廷に引きずり出したり、原油を積んだタンカーを港で差し押さえたりするという。こんな人たちがいるのかと驚き、いつか書こうと温めていた。

 

ようやく13年に書き始めたが、結果的に遅れてよかったのは、半永久的に続くと思っていたアルゼンチンとファンドとの対立が急に動いたこと。刻々と状況が変わり、最終的に今年4月、アルゼンチンが大幅に譲歩して債務を弁済した。世紀のバトルが決着したのに、日本では小さな記事になった程度だった。

── ハイエナ・ファンドをどう見るか。

黒木 「ならず者の債権者」というのが正しい見方だろう。節操がないマネーゲームだ。ただ、アルゼンチンが計画性なく借りて、返せなくなると何度もツケを債権者に回して堂々としているのも問題がある。

 

── 政治家の不正蓄財など、国にも付け入られる隙があると思える。

黒木 資源が豊富で、本当は豊かになるべきアフリカの国々が貧しいのは、政治家が国のお金を懐に入れているからだ。汚職で利用されるタックスヘイブン(租税回避地)に絡んでパナマ文書も登場する。地下の世界が広がっていて、国のお金を抜いていくのだと実感した。先進国のヘッジファンド、企業にしろ、途上国の政治家にしろ、皆が国を食い物にしている。

興味をかきたてられたのは、国家とハイエナ・ファンドだけではなく、途上国の債務削減と汚職防止を求めるNGOが絡んで、まさに三つどもえの闘いであることだ。

 

── タイトルは「腐敗した国家」と「ハイエナ・ファンド」の両方を貧困の元凶として指弾しているようにも受け取れる。

黒木 「国家vsハイエナ」ではあるが、同じ穴のムジナでもある。

 

◇「王様は裸だ」と言う存在

 

── コンゴ共和国の汚職スキームを見破ったり、原油タンカーの航路を突き止めたりと重要な役回りを演じるのが、他の作品でもたびたび登場する“カラ売り屋”の面々だ。こうした調査型の空売りファンドは、日本にも上陸して注目され始めた。

黒木 “カラ売り屋”は読者にファンが多い。世の中の常識に対して逆張りし、それが正しいというのは共感できる存在なのだと思う。

調査型空売りファンドは市場にとって貴重な存在だ。特に日本では、証券会社が企業を悪く言えない。「王様は裸だ」と言う空売りファンドがいて、初めて真実が分かる。

 

── マッチポンプとも批判される。

黒木 騒ぎ立てるだけのマッチポンプ的な空売りファンドもいるが、一瞬株価を下げることはできても、いずれ淘汰されていく。長く生き残っているファンドは信用できる。

 

日本にも空売りファンドがどんどん増えてほしい。『トリプルA 小説 格付会社』で書いたように、今、格付け会社が市場の動きについていけない。対象の会社の状態がどんどん悪くなっても、人手が足りず手続きも大変なので格下げが追いつかない。将来を予測するのが格付けなのに、過去を見るだけになっている。

格付け会社があてにならないなか、皆が見ているのがCDS(クレジット・デフォルト・スワップ、信用リスクの保険となる取引)の価格と、空売りファンドの動きだ。

 

── ヘッジファンドは、訴訟型と調査型では違うということか。

黒木 一言でヘッジファンドと言っても、さまざまなタイプがある。要は何でもやっていい。発想が自由なところは見ていて面白い。

ハイエナ・ファンドはアルゼンチンの人工衛星打ち上げ契約を差し押さえようとしたり、よくそこまでやるな、と思うほどだ。国家との法廷闘争を描く上で英国の裁判所の判決文を読み込んだが、ファンド側がうそを証言したことが後から開示資料で分かり、裁判官も「判断を間違えるところだった」と綴っている。

 

── 今後もハイエナ・ファンドの活動は続くとみるか。

黒木 彼らの運用資産は莫大で、国債より企業案件の方が収益機会は大きい。ただ、ユーロ危機など何か事が起きると、安値で売りに出される国の債権を買いに集まってくる。

 

── 日本にも来るのか。

黒木 小説のモデルになったヘッジファンドは既に東京に事務所を構え、企業に出資したり、不動産を買ったりしている。

 

◇腐敗国家と共通する日本

 

── 日本国債も狙うだろうか。

黒木 いずれ日本国債が行き詰まるのは目に見えている。いま、日本の金融機関は危機感から行動に出始めた。いずれ誰も国債を引き受けられなくなり、財政が厳しくなる。公共サービスを切り捨てていく方向になるだろうが、財政赤字は相当大きく、対処し切れない。そのとき何が起こるのかは分からない。社会的混乱が起きるのではないかと懸念する。

 

新発債を額面で買う人がいなくなっても、既発の債券や証券は、価格がゼロに近づけば、必ず誰かが買う。ハイエナ・ファンドが買うこともありうる。債権回収するために、いろいろなことを考えるだろう。

国債発行の準拠法が国内法であるならば、日本政府の判断でいくらでも債務減免はできる。したがって、日本がすぐにアルゼンチンになるとは言わない。しかし、強制的に債務減免などをすれば、国の信用はがた落ちだ。簡単には踏み切れない。

 

── なぜ、このような事態に。

黒木 官庁や政治家、企業など既得権益者が日本の財政を食いつぶしてきた。そこはアフリカの国々と共通している。日本では合法的ではあるが、国の将来を考えずに自分たちの省益などを追求した。国債は国が傾く問題になるところが怖い。00年ごろから警告を発し、方向転換しないかと期待していたが残念だ。

(聞き手=黒崎亜弓・編集部)

◇くろき・りょう

 1957年、北海道生まれ。都市銀行、総合商社勤務を経て2000年、『トップ・レフト』で作家デビュー。主な作品に『巨大投資銀行』『鉄のあけぼの』『ザ・原発所長』などがある。英国在住。

『国家とハイエナ』

幻冬舎

1800円(税込み)

 

出版社サイト

*週刊エコノミスト2016年11月22日号 特集「もう買わない!国債」掲載

トヨタ自動車と最高裁 小説の形で伝える本当の姿

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 土屋直也(ニュースソクラ編集長)

 

日本の将来を左右しかねない二つの組織をめぐる「小説」が10月下旬に相次いで出版された。ひとつは最高裁判所、もう一つは誰がみても日本最大の企業、トヨタ自動車がモデルで、いずれも講談社から出た。

 

最高裁を舞台にするのは『黒い巨塔─最高裁判所』。著者は明治大学法科大学院教授の瀬木比呂志氏。裁判所の権力中枢である最高裁事務局に席を置いたこともある元エリート裁判官である。

 

描写は生々しい。たとえば、こんな記述がある。「(最高裁事務総局の局長は)ただ長官と事務総長の決定に従うだけの存在にすぎない。(中略)それにもかかわらず、(民事局長の)矢尾が営々と局長の仕事に励み、須田(長官)の意向の実現に協力してきた理由は、ただ一つ、最高裁判事になりたいという望みのためだった」。法律家として独立した存在と思われている裁判官が、実は人事権者にとても弱い。いわゆるサラリーマンと少しも変わらないことを鮮明に描き出している。

 

すでにノンフィクションの『絶望の裁判所』などを通して、裁判所の閉塞(へいそく)感と国民との遊離を告発してきていた。問題をえぐる筆致は少しも変わらないが、ときには下劣ささえ漂う裁判所内の人間くささを伝えるには「小説」という形式しかなかったのだろう。

 

もう一つの問題作は、『トヨトミの野望─小説・巨大自動車企業』。著者は現役の経済記者だが、梶山三郎のペンネームで匿名執筆している。二人の主人公のモデルはトヨタ自動車の奥田碩元社長と豊田章男現社長。秘されてきたトヨタ史がいくつも明らかにされている。奥田氏と目される武田剛平社長と章男氏とみえる豊臣統一、その父の豊臣新太郎との確執はすさまじい。

 

 ◇記者が恐れるトヨタ

 

いかにも小説らしい脚色が少なくないものの、関係者がそれとなく漏らしてきた「事実」が盛り込まれている。重要な部分で、私の知るトヨタ史と重なっている。うずもれさせてしまってはトヨタのためにならない「歴史」を表に出している。日本最大の会社で、強い企業文化が築かれているトヨタですら、人間くささも含めて多くの経営上の課題を抱えていることを白日の下にさらしている。

 

気になるのは、覆面作家と取りざたされたジャーナリストが自らのサイトで「自分ではない」とわざわざ潔白主張していることだ。それほど経済記者にとってトヨタは恐れる存在となっていることの証拠のようなものだろう。

 

かつて黄金期を築いた米GMは、経営学者のドラッカーに厳しい評価を自ら求めたことで、一層盤石な基盤を作った。そして、健全な批判者を失った末に倒産した。トヨタはこの小説から問題をくみ取れるかどうか。それがトヨタの将来を決めるだろう。

 

『自動車』『ホテル』などさまざまな業界の内幕を描き一世を風靡(ふうび)したアーサー・ヘイリー氏は「本当のことを伝えたかったら小説を書くしかない」と語っている。小説の形をとっていようと、モデルを著しく傷つける記述は名誉毀損(きそん)であり許されない。法律的な問題というより、読者に相手にされなくなるという罰を受けるだろう。許されるのは、日本にとって公器といえる最高裁とトヨタ自動車の再生と進化を促進する効果を発揮できた場合だ。

 

私はこの二つの小説にはそうした風刺の意図がきちんと盛り込まれていると思う。ネット時代であっても変わらないジャーナリスティックな視点から書かれている。二つの組織、とりわけトップに、受け止める度量があるかが問われている。

 

出版社サイト

『黒い巨塔 最高裁判所』

『トヨトミの野望 小説 巨大自動車企業』

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◇つちや・なおや

 

1961年生まれ。日本経済新聞社記者として、91年大手証券4社の損失補てん問題で補てん先リストをスクープし、新聞協会賞を受賞。ロンドン、ニューヨークに駐在。2014年7月、ソクラ創設のため、日本経済新聞社を退職。socra.net

 

*『週刊エコノミスト』2016年11月22日号 「ネットメディアの視点」掲載

 

 

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