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「過労自殺者を出した電通は、改革なければ存続危機」川人博・弁護士

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〔特集〕息子、娘を守れ!ブラック企業 インタビュー

 

電通は昨年末に過労自殺した高橋まつりさん(当時24歳)の以前にも、過労死で社会に断罪された。過労死問題に長年取り組み、遺族代理人を務める川人博弁護士に、過ちが繰り返される理由を聞いた。

(聞き手=後藤逸郎/酒井雅浩・編集部)

 

 電通が今回、大きな社会的責任を問われた要因の一つに、2000年3月の最高裁判決がある。入社2年目の男性が91年8月に24歳で首つり自殺した事件で、過労自殺で会社の責任を認めた初めての最高裁判決だ。

 

 私はその事件でも代理人を務めた。最高裁判決を受けた差し戻し控訴審で、00年6月に和解が成立した。電通は「このような不幸な出来事が二度と起こらないよう努力する」と謝罪をした。あの約束は、とりあえず世間の批判を抑えるためだったのか。まだ16年前、そんなに古い話ではない。電通は一体、何を学んだのか、怒りがこみ上げる。

 

 最高裁判決の後、電通は本社移転を機に入退館時間を記録するゲートを設け、労働時間を管理して、長時間労働を減らすと対外的に説明した。高橋さんのケースでは、記録が残っているにもかかわらず、社員本人が作成する「勤務状況報告表」の時間外労働が月70時間を超えないよう指導していた。直接の上司はもちろん、人事・管理部門の責任が問われてしかるべきだ。

 

 今回の事件に象徴されるように、電通の長時間労働の体質はまったく変化していなかったと言わざるを得ない。司法から明確に責任を指摘されたにもかかわらずだ。

 

 電通がこのままの労務管理体制で今後も存続できるとは、思えない。長時間労働、深夜労働、パワハラの問題は、企業経営全体にネガティブな影響をもたらしている。今はすぐれた才能を持ったクリエーターがいるが、多くの有能な人材が早期退職している。これからは、電通に優秀な人材は集まらず、会社全体が段々と劣化していくだろう。「そのうち社会の批判も収まるだろう」という安易な気持ちがあるなら、企業自体の存続の危機だ。この機会をラストチャンスと考えて、企業改革に乗り出してもらいたい。

 

 ◇是正勧告の公表を

 

 14年11月に過労死防止法が施行された。超党派で成立し、不十分な点はあるものの、政府も過労死をなくそうと取り組んでいる。今回の問題をあいまいにするのは、過労死防止法の理念に背くことになる。また政府は過労死防止法とは別に、働き方改革や女性活躍社会を推進している。今回の問題に毅然(きぜん)とした対応をとらなければならない。

 

 過労死を起こさないために、労働基準監督署の是正勧告を受けた企業名を公表すべきではないか。特に過労死の労災認定が出た場合は、すべての企業名を公表すべきだ。電通では、13年に当時30歳で病死した男性について、労基署が過労死と認めているが、公表されていない。さらに10年以降、中部支社(名古屋市)、関西支社(大阪市)、また本社は高橋さんが亡くなる4カ月前に長時間労働の是正勧告を受けているにもかかわらず、改善されなかった。公表することは、企業に対するプレッシャーになると同時に、労働者保護につながる。非常に重要な論点だと思っている。

 

 長時間労働を強いる企業で、従業員が自分の身を守るために一番大事なことは、入社する前。その企業の実態を理解した上で入社するか、判断してほしい。電通は「忙しいみたいだ」ということは誰でも知っているが、これほどひどいとは思わない。まず、企業をよく研究する。また労働関係の法令や労働時間など、最低限の知識を身に着ける。

 

 入社してからは、自己防衛として、退職、転職を勇気を持って考えることだ。頭では考えても、なかなか退職に踏み切れない例が多い。重症化したら理性的な判断ができなくなるため、初期の段階で、「この会社、ちょっとおかしいのではないか」と思ったときに、真剣に退職を考えられるかどうか。自己防衛はそれに尽きる。

(川人博・弁護士)

 

特別定価:670円

発売日:2016年12月5日


現金が消える日 先進国で高まる現金廃止論

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櫨浩一(ニッセイ基礎研究所専務理事

 

『国家は破綻する~金融危機の800年』で金融危機は繰り返し起きるという警告を発した米ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授は、近著(“The Curse of Cash”Princeton University Press 2016)で、現金を高額紙幣から段階的に廃止することを提言している。

 

現金を利用し続けると、違法取引や脱税を助長するというデメリットが大きいことを理由として挙げている。確かに犯罪映画やスパイ映画で悪者が取引を行うシーンに出てくるのはアタッシュケースいっぱいに詰まった紙幣だ。現金がなければ、お金を受け取ったり使ったりするには、自分の口座を使って資金を出し入れするしかないから、簡単に捕まってしまうだろう。

 

欧州中央銀行(ECB)は、5月に500ユーロ紙幣の発行を2018年末で停止することを決めた。高額紙幣がマネーロンダリング(資金洗浄)に悪用されているとの懸念が高まっていることや、テロや犯罪の資金源を絶つことが目的とされている。ECBは500ユーロ札の発行を停止することで高額取引から現金を排除し、将来的には廃止してしまおうとしているとも言われている。欧州では、現金による高額取引を制限している国も少なくない。

 

 

これまで紙幣を増発してきた各国の中央銀行・政府が紙幣を廃止しようという方向に動き始めた背景には、違法取引や脱税の防止だけではなく、マイナス金利政策への対応やフィンテック(金融とITの融合)の普及という外部要因がある。

 

◇マイナス金利の効果押し上げ

 

現金の廃止には、欧州や日本で始まったマイナス金利政策を強化するという意味がある。昔の教科書には、金利はマイナスにならないと書いてあったが、それは現金があるということがその理由だった。仮に預貯金にマイナス金利が適用されるような事態になれば、多くの人が引き出して現金で保有しようとするため、効果は小さくなってしまうだろう。

 

しかし、現金がなくなってしまえば、そんなことはできない。最初に紹介したロゴフの現金廃止論の真の目的は、米国がマイナス金利政策に追い込まれた時の準備にある。

 

ユーロに参加していない北欧のスウェーデンやデンマークでは、ユーロ圏からの資金流入を防ぐためにマイナス金利政策を実施しているが、クレジットカードやデビットカードによる支払いが普及して急速に現金の利用が減っている。スウェーデンでは、市中にある現金の残高自体が減少を続けている。

 

ところが、日本では、逆に現金の残高は急速に増加している。1990年ごろまではほぼ一定の比率だった現金の名目GDP(国内総生産)比は、金融緩和が強化され出した90年代末ごろから急速に上昇を続けており、2割近くに達している。超低金利政策でタンス預金が大幅に増加するなどのためで、マイナス金利拡大の際には現金保有の抑制が大きな課題となるだろう。

 

 

◇フィンテックの普及

 

仮想通貨のビットコインに使われているブロックチェーンは、フィンテックの代表的技術の一つだ。ビットコインが登場した際に、これまで各国の中央銀行・政府が発行してきた通貨に取って代わることになるのではないかという議論が沸き起こった。ビットコインのような仮想通貨の利用は拡大してはいるが、今のところ従来からある通貨を駆逐してしまうほどのことは起こっていない。

 

しかし、フィンテックをスマホを使った金融サービスや電子マネー、さらにデビットカードやクレジットカードも含めた非常に広い意味でとらえれば、これらの技術は経済に大きな影響を与えている。

 

現金が増え続けている日本でも電子マネーによる支払いは急速に増えている。多くの人がSuica(スイカ)やPASMO(パスモ)といった交通系の電子マネーを使って自動改札を利用するため、大きなイベントの後に切符を購入するために駅の券売機に長蛇の列ができるという光景は見かけなくなった。

 

スーパーやコンビニでも電子マネーで支払いをしたり、ポイントを使って小銭の支払いを避けたりすることは増えている。14年に消費税率を引き上げた際に、お釣りが不足するという予想から1円玉の発行枚数を大幅に増やしたものの、実際には流通量は減少してしまった。

 

日本では欧州のように高額紙幣が使われなくなるのではなく、少額の取引で硬貨が使われなくなるという形で現金の使用が減っている。財布が小銭でいっぱいになるのは重いし、財布が膨らんでポケットに入れにくいからだろう。

 

現金の利用が減少し最終的に消滅してしまうことで、経済にはどのような変化が起こるだろうか。

 

支払いのために現金を持ち歩く必要性がなくなるので、これまでに比べれば経済活動を円滑に行うのに必要なお金の量は減る。銀行の支店は現金を取り扱わなくなり、現金の受け払いを行うATM(現金自動受払機)も不要になる。夜間金庫や現金輸送車はなくなってしまうし、未解決事件の代名詞でもある三億円強奪のような事件は起こらなくなる。

 

スーパーや飲食店での支払いは、クレジットカードやデビットカード、スマホや電子マネーだけになり、店のレジの中からお金は消え、お釣りを計算する必要もなくなる。

 

財布はカード入れとして生き残るかもしれないが、小銭入れはなくなってしまうだろう。消費者の生活の中で、お金の受け払いに関わるシーンは様変わりすることになる。

 

実は経済全体でみれば、現金の役割は現在でも意外に小さい。16年10月時点で、日本のマネーストックM3(現金、定期預金、外貨預金、譲渡性預金、金銭信託)の残高は1267兆円だが、現金通貨は92・2兆円しかなく、銀行の当座預金や普通預金などの預金通貨580・8兆円と、定期預金などの準通貨562・7兆円が大宗を占めている。

 

 ◇1万円札が消える日

 

企業の取引にかかわる何億円、何十億円という単位の資金の授受は、小切手や手形、口座間の送金などで行われるのが一般的で、何か後ろめたい話でも絡んでいない限り、現金が支払いに使用されることはまずないはずだ。

 

現金がなくなった世界では、中央銀行の行う金融政策の有効性が失われてしまうのではないかという声もあるが、筆者は基本的に銀行決済を使う形で現金が消滅するのであれば、現在とほとんど変わらないはずだと考える。

 

しかし、ビットコインのような新しい通貨が、現在の円やドルといった中央銀行が発行している通貨に取って代わる場合には話は全く異なる。フィンテックの普及で日本国内の取引の多くが、米ドルで行われるようになる可能性も指摘されているが、このような場合も日銀の行う金融政策は大きく制約されることになるだろう。

 

日本では大量の硬貨を受け取ることは拒否できるが、法律で日銀券(紙幣)は無制限に受け取らなくてはならないことになっている。だが、いずれ欧州のように紙幣による高額の支払いが制限されるようになるかもしれない。

 

バブル景気の最中には、1万円札よりももっと高額な紙幣の発行が必要だという議論もあった。しかし、5万円札や10万円札が発行されることはなく、むしろ1万円札のようなお札が消えてしまう日は遠くないだろう。

(櫨浩一・ニッセイ基礎研究所専務理事)

*掲載 2016年12月13日号

期待先行のトランプノミクス、根拠なき熱狂

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◇米国のインフレ、景気後退リスク

 

城田修司・HSBC証券マクロ経済戦略部長

 

トランプ次期大統領は選挙期間中に「米国を再び偉大に」と訴え、今後10年で米国の実質経済成長率を4%に高める目標を掲げている。経済協力開発機構(OECD)は米国の潜在成長率を1・6%(2016年)と推計しており、これを倍以上に高める野心的なものだ。

 

 その手段として挙げているのが、17年1月の就任後から100日間で断行する経済政策(トランプノミクス)である。(1)連邦法人税率を35%から15%に引き下げる企業税制改革、(2)企業の海外資金を国内に還流させるための10%の軽減税率(従来は15%)、(3)中間層の大幅な所得税減税(35%)、(4)10年間で1兆ドル(約110兆円)に上るインフラ投資などが盛り込まれている。

 

◆トランプ米次期大統領の就任100日行動計画

 

 ◇就任初日に実行

  • NAFTAの再交渉もしくは脱退を表明
  • TPPからの撤退を表明
  • 中国を為替操作国に認定するよう指示
  • 不公平貿易の洗い出しを指示
  • シェールオイルや天然ガスなどエネルギー規制の緩和

 

 ◇就任100日で立法措置

  • 連邦法人税率を35%→15%に引き下げ
  • 10%の特別税率で多国籍企業の海外資金を還流
  • 中間層世帯に35%の減税
  • 民間の投資減税拡大、今後10年で1兆ドルのインフラ投資
  • オバマケアの撤廃、新たな仕組みの導入

 

(出所)筆者作成

 

 大型減税や財政支出の拡大は、短期的にはGDP(国内総生産)成長率を押し上げるだろう。例えば、トランプ氏は選挙期間中に「10年間で10兆ドルの巨額減税を行う」と公言していた。これを基に家計と企業に年間1兆ドルの減税が行われ、限界消費・投資性向が50%と仮定すると、名目GDPを2・8%押し上げる。

 

 ◇利上げ前倒しも

 

 また、年間1000億ドルの投資が行われれば、名目GDPを0・6%押し上げる計算だ。物価上昇分を加味すると、大型減税とインフラ投資だけで実質GDP成長率は2%程度かさ上げされるだろう。「潜在成長率1・6%+2%≒3・6%」で、目指す4%成長にかなり近づく。

 

 ただ、トランプノミクスによる所得の再配分は製造業など「オールド・エコノミー」に偏りそうだ。経済成長の要因は「労働」「資本」「全要素生産性」に分解されるが、トランプノミクスの政策効果が顕在化するのは恐らく「資本」に限定されよう。移民排斥は「労働」の寄与度を落とす。そうなると潜在成長率は高まらず、好況は短命に終わる公算がある。米ピーターソン国際経済研究所が指摘するように、米国自身の保護主義を起点として国際貿易が縮小するなどの供給ショック(大幅な供給制約)もあって、米国は1、2年後には景気後退に陥るリスクがある。

 

 通常、大型の財政拡張策が効果を発揮するのは景気後退時である。現在の米国は完全雇用に近く、経済全体の需給ギャップはほぼ解消していると考えられる。こうした状況下で積極財政により有効需要を無用に創出すれば、インフレが起きやすい。

 

 選挙期間中、トランプ氏は18年2月に任期切れを迎えるFRB(米連邦準備制度理事会)のイエレン議長を再任しないと明言した。イエレン議長には自身の任期中にインフレの芽を摘むため利上げを前倒しで行うインセンティブが働くかもしれず、結果的に拙速な引き締めが、景気後退を引き起こす恐れもある。

 

 トランプ氏は保護貿易主義を標榜(ひょうぼう)している。選挙期間中には「中国とメキシコからの輸入品にそれぞれ45%、35%の報復関税を課す」と表明し、日本の自動車には38%の関税(現在は2・5%)をかける可能性も示唆した。「就任100日行動計画」では、大統領就任当日にNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉、もしくは脱退とTPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの撤退を表明するとしている。通商政策に関する大統領権限は大きく、貿易協定からの脱退や一部輸入品の関税引き上げは議会の承認がなくても可能である。

 

 トランプ氏の主張が議会で多少修正されるにせよ、米国が保護主義に傾斜するのは避けられないだろう。

 

 ◇通貨安競争の再燃

 

 米国の保護主義的アプローチは中国やメキシコにとどまらず、他国にも広がる恐れがある。米国への輸出比率(対GDP比)をみると、メキシコ(27・0%)やカナダ(20・2%)が圧倒的に高い。トランプ氏はメキシコからの輸入品に35%の関税をかけると主張しており、同国は最も打撃を受けそうだ。米国が保護主義に傾けば、その動きは世界各地で加速する可能性があり、世界貿易全体が縮小するほか通貨安競争が再燃するリスクもある。

 

 また、米国の金融市場に目を転じると、トランプ勝利を受けて株価が急騰、ダウ平均株価は過去最高値を更新した。ただ、ここまでの「トランプ相場」はトランプノミクスのプラス面(減税や財政出動による景気刺激、金融規制の緩和など)だけに注目した期待先行のユーフォリア(根拠なき熱狂)の感が強い。トランプ氏の政策が内包する中長期的なリスク(保護主義による貿易停滞、移民排斥による地政学リスクの上昇、財政不安やインフレなど)が意識されれば、過剰な期待は剥落しよう。もともと割高感が強まっているだけに、株式相場は調整局面を迎える。

 

 株価急騰を受けて債券市場では長期金利が急上昇、10年国債利回りは節目の2%を超えた。

 

一般的に、長期金利は以下の要因に分解される。(1)期待インフレ率、(2)期待実質短期金利、(3)タームプレミアム(期間に伴う上乗せ金利)の三つだ。大統領選でトランプ氏が勝利してから、拡張財政によるインフレ上昇を織り込む形で(1)期待インフレ率が上昇。(2)期待実質短期金利についても、FRBの利上げペースが速まるとの見方が広がり上昇している。

 

 さらに、株高が進んだことで債券市場では投資家による極端なイールド・ハンティング(世界的に利回りの高い債券投資の過熱)の動きが抑えられ、(3)タームプレミアム(期間に伴う上乗せ金利)が上昇した。

 

 なお、米シンクタンクの「税政策センター」は、トランプ氏の税制提案が効力を発した場合には、年間の赤字予算はGDP比で現状(15年度でマイナス2・4%)の2倍に膨らむと推計している。財政悪化懸念は「悪い金利上昇」の要因となりそうだ。株式市場を起点に始まったトランプ相場が修正されれば、上述の3要因が主導する形で長期金利は低下余地を探る可能性がある。

 

 大統領選後、為替市場では円安・ドル高が進んだ。一方、トランプ氏は米製造業の復活を目指しているうえ、日本と中国は通貨安を誘導していると主張してきた。今後はドル高修正を求める発言をしてくるのではないだろうか。

 

 ◇「優雅なる無視」

 

 クリントン政権のルービン財務長官(当時)は「強いドルは米国の国益」と主張、為替市場では円安・ドル高が進んだ。強いドル政策の実情は、米国の急増する経常赤字を海外から資金を引き寄せてファイナンス(資金調達)する手段であった。ブッシュ政権のポールソン財務長官(同)も強いドル政策を踏襲したが、円高・ドル安を容認した。金融危機の下で景気後退が起こったうえ、経常赤字も縮小していたからである。

 

 強いドル政策を唱えるもドル下落を静観するスタンスは「ビナイン・ネグレクト」と呼ばれた。「優雅なる無視」などと訳され、米当局が為替変動を静観し続けたことを指す。

 

 トランプ政権も米製造業の競争力を浮揚させるため、ビナイン・ネグレクトのようなドル安容認スタンスをとると思われる。現在、経常赤字はおおむね安定しているため、あえて強いドル政策を掲げて海外から投資マネーを呼び込む必要はない。

(城田修司・HSBC証券マクロ経済戦略部長)

掲載号:2016年12月13日号

目次 2016年12月20日号

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 ◇CONTENTS

 

粉飾ダマし方見抜き方

 

18 進む「日本企業の劣化」 ■稲留 正英/桐山 友一/金井 暁子

22 インタビュー マイケル・ウッドフォード

  日本の企業風土「変わらぬ上役への盲目的な服従 東芝問題が示したカイシャの欠点」 

 

第1部 粉飾を見抜く

23 会計士が明かす手口 常道は売掛金、在庫水増し 「のれん」の“隠れ蓑”に注意 ■前川 修満

26 危ない財務を見抜く ROEはROAの2倍以下 ■村井 直志

29 Q&Aで解説! 企業会計を知るキーワード5 ■編集部/村井 直志

31 AIで粉飾を発見・防止 ■金井 暁子

32 グラフで見つける! 時系列分析のエクセル活用法 ■井端 和男

35 「上場ゴール」を防げ! 上場直後の大幅下方修正は直前の会計処理に“抜け道” ■編集部

36 「のれん」のリスク アーム買収でソフトバンク急増 ■編集部

38 インタビュー 君和田 和子(ソフトバンクグループ執行役員経理部長)「リスクはあるが問題ない」 

 

第2部 粉飾を断つ

74 逆風の監査法人 人気職業でなくなった会計士 ■磯山 友幸

75 インタビュー 佐々木 清隆 証券取引等監視委員会事務局長 「大企業の事前監視に力」

76         関根 愛子 日本公認会計士協会長 「企業との馴れ合いはもうない」 

77         佐藤 隆文 日本取引所自主規制法人理事長 「『いかさま』第三者委員会は論外」

78 企業風土 しがらみ断つトップ選出へ「経営幹部の内部統制」必要 ■浜田 康

80 監査役の覚醒 増えるモノ言う監査役 ■山口 利昭

82 内部通報者保護 制度充実で試される財界の「本気度」 ■光前 幸一

Flash!

11 韓国・朴大統領退陣受諾で膨らむ次期大統領選

12 イタリア国民投票否決で銀行の不良債権問題リスク増大

13 オーストリア大統領選で極右候補敗退

14 基準改定で名目国内総生産かさ上げ

 

ひと&こと

15 十八銀行専務自殺の波紋/

  商工中金に広がる不正融資/

  飛行艇の印売却に壁

 

エコノミスト・リポート

83 医師 地域、診療科偏在 解消めど立たず ■田中 尚美

 

40 仏大統領選 誰が極右ルペン氏に対抗できるか ■渡邊 啓貴

 

Interview

4  2016年の経営者 辻 範明 長谷工コーポレーション社長

44 問答有用 武政 嘉八 たけまさ商店3代目代表

   「黒潮の町が育てた食文化を守りたい」

 

World Watch

62 ワシントンDC トランプ氏がカストロ氏を断罪 ■会川 晴之

63 中国視窓 鉄鋼・石炭の過剰生産解消の実態 ■細川 美穂子

64 N.Y./シリコンバレー/スウェーデン

65 韓国/インド/タイ

66 台湾/ブラジル/南アフリカ

67 論壇・論調 4期目目指すメルケル独首相の全盛期の終わり ■熊谷 徹

 

Viewpoint

3  闘論席 ■古賀 茂明

17 グローバルマネー 日欧「ツインターボ」が米株・ドルを押し上げる

42 アディオスジャパン(32) ■真山 仁

48 学者に聞け! 視点争点 名・実とも停滞する日本の個人消費 ■釣 雅雄

50 言言語語

58 名門高校の校風と人脈(221) 城東高校/鳴門高校(徳島県) ■猪熊 建夫

60 連載小説 三度目の日本 2027(48) ■堺屋 太一

68 海外企業を買う(121) LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン ■児玉 万里子

70 日本人のための第一次世界大戦史(最終回) 日本は何を学んだのか ■板谷 敏彦

72 東奔政走 南スーダンPKO駆けつけ警護の尽きぬ不安 ■佐藤 千矢子

92 景気観測 世界経済は回復、消えた中国悲観論 ■藻谷 俊介

94 ネットメディアの視点 「キュレーションサイト」が悪ではない ■土屋 直也

95 商社の深層(49) 三菱商事・垣内社長の強力な指導力と試される推進力 ■荒木 宏香

96 アートな時間 映画 [MERU/メルー]

97         舞台 [雙生隅田川]

98 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ Federal Reserve Governor ”

 

福島後の未来は次号に掲載します

 

Market

86 向こう2週間の材料/今週のポイント

87 東京市場 ■三宅 一弘/NY市場 ■堀古 英司/週間マーケット

88 中国株/為替/白金/長期金利

89 マーケット指標

90 経済データ

 

書評

52 『統計でみる中国近現代経済史』

  『日本の技能形成』

54 話題の本/週間ランキング

55 読書日記 ■町田 康

56 歴史書の棚/出版業界事情

 

51 次号予告/編集後記

 

39 定期購読・デジタルサービスのご案内

 

デザイン─浅野 康弘

 

本誌に掲載している記事は、原則として執筆者個人の見解であり、それぞれが所属する組織の見解ではありません

 

本誌記事は日経テレコン21、ELNET、ジー・サーチ、ダウ・ジョーンズ・ファクティバ、ジャパンナレッジ、毎日Newsパックのデータベースに収録されています。また、週刊エコノミストのホームページで最新号とバックナンバーの目次を読むことができます。URLは、http://www.weekly-economist.com/

本誌掲載記事の無断転載を禁じます (C)毎日新聞出版 2016

 

「オプジーボ」値下げと競合薬で追い上げられる小野薬品工業

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村上和巳・ジャーナリスト

 

中堅製薬会社、小野薬品工業(大阪市)の業績が好調だ。2016年9月中間決算の売上高は1177億円で、前年同期で67・5%増加した。最終(当期)利益は231億円(94・7%増)で、売り上げ、利益ともに中間期では過去最高となった。

 

業績を押し上げているのは、がん治療の画期的新薬と評価される「オプジーボ」だ。オプジーボは、 手術、放射線、抗がん剤に続く、がんの「第4の治療法」として期待が集まる免疫療法薬。15年12月に非小細胞肺がんに適応が拡大されたことで、オプジーボの売上高は前年同期比1714%増(約17倍)の533億円に跳ね上がり、同社の売上高の45%を占めるまでになった。

 

小野薬品が公表する通期の売上高の予想は2590億円で、そのうちオプジーボは1260億円となる見通し。だが、小野薬品の業績見通しに不透明感が出てきた。稼ぎ頭のオプジーボが大幅値下げを余儀なくされているからだ。

 

厚生労働相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)は11月16日、オプジーボに対して17年2月から異例の薬価50%引き下げ措置を適用すると決定した。

 

◇値下げに業界は猛反発

 

オプジーボは患者1人当たり年間で約3000万円かかる。肺がん患者5万人が使用すると年1兆7500億円かかるとの試算もある。公的医療保険が適用されるため、医療財政を圧迫するとして、議論を巻き起こしている。

 

価格引き下げの決定に対して、製薬業界は即座に反発した。日本製薬団体連合会と日本製薬工業協会は会長連名で「現行ルールを大きく逸脱したものであり、今後二度とあってはならない」との声明を発表、欧州製薬団体連合会と米国研究製薬工業協会も、日本の薬価に関する動向が「イノベーションを評価する方向から外れてきている」と非難した。

 

製薬業界の反応が大きいのは、この値下げ時期が極めて異例であるためだ。通常、医療保険が適用される薬は、公的に薬価が決定した後は、2年に1回の市場実勢価格調査に基づき、多くの薬剤がその度に価格を引き下げられる(薬価改定)。直近の引き下げは16年4月で、次回は18年4月の予定。オプジーボは本来の薬価改定のタイミングと関係なく値下げされることになる。

 

 

2年に1回の薬価改定では市場実勢価格に基づく引き下げに加え、「市場拡大再算定」という引き下げの仕組みがある。

 

市場拡大再算定とは、薬価決定時に想定された年間販売額を超えた薬剤に対して、通常の薬価改定の引き下げに加え、さらに薬価を引き下げる制度。厚労省の論理は、公的医療保険による薬剤費支出の負担が過大にならないように配慮すると同時に、想定を超える売り上げを上げているならば、薬価を引き下げても製薬企業は研究開発投資の回収も含めて十分に利益を捻出できるというものだ。

 

製薬企業からすれば、自社の研究開発投資が市場で評価された結果としての売り上げ増である。このため、懲罰的な薬価引き下げだとして、業界は市場拡大再算定に反対の姿勢を取り続けている。

 

だが、迫りくる少子高齢化社会に向けて公的医療費は拡大の一途をたどっているため、16年4月の薬価改定時には新たに「特例拡大再算定」という制度も追加された。

 

この制度は、(1)年間販売額が1000億~1500億円で予想の1・5倍以上売れた品目の薬価を最大25%、(2)年間販売額1500億円超でかつ予想の1・3倍以上の品目では薬価を最大50%引き下げる制度だ。

 

特例拡大再算定が設定された背景には、近年の医薬品の主流が従来の化学合成を用いた低分子化合物から、バイオテクノロジーを利用した抗体医薬品に移行してきたことも関係している。抗体医薬品は低分子化合物に比べて、製造や品質管理の難易度が高まるため、必然的に製造原価が上昇し薬価も高くなる。オプジーボも抗体医薬品の一つだ。

 

しかし、オプジーボがずば抜けて高い薬価になったのは、抗体医薬品であるためだけではない。公的薬価制度の薬価算定方式に理由がある。

オプジーボ薬価引き下げを審議した中医協
オプジーボ薬価引き下げを審議した中医協

◇薬価算定の抜け穴

 

 通常、医療保険下での薬価は、おおむね「原価計算方式」と「類似薬効比較方式」で決定される。類似品がない新しい薬の場合は前者、それ以外は後者で薬価が決定される。オプジーボの場合は前者である。

 

 原価計算方式は、製造原価、流通経費をベースに製薬企業側に一定の利益が出るように配慮した価格決定方法。患者数が少ない疾患では、ある程度高額な薬価を設定しないと製薬企業は赤字になる。このため対象患者が少ないほど高い薬価になるのが原価計算方式の特徴ともいえる。

 

14年7月にオプジーボが既存治療無効で切除不能な皮膚がんの一種の悪性黒色腫(メラノーマ)での適応で製造承認を取得した時がまさにこれに該当する。当時算出された推定対象患者数は年間500人未満だった。

 

加えてオプジーボは日本の製薬企業が開発した画期的な新薬だったことで、画期的新薬としての「ボーナス」が薬価に上積みされたという事情もある。

 

ちなみに医師団体の一つである全国保険医団体連合会が公表したオプジーボの国際価格比較では、日本の薬価はイギリスの約5倍、アメリカの2・5倍(図1)。アメリカでは価格決定権は製薬企業にあり、イギリスでも一定の規制下で製薬企業が価格を決定できる。日本では公的医療保険制度で償還されることを理由に薬価も妥当性を持って公的に決定するという考え方だが、オプジーボでは皮肉にも製薬企業に価格決定権がある国よりもはるかに高薬価となってしまっている。

 

このオプジーボの高薬価が社会的な問題として注目されるようになったのは、15年12月に既存治療無効で切除不能な非小細胞肺がんへと適応が拡大され、対象患者数が一気に数万人に膨れ上がったことがきっかけだった。

 

薬価改定は実勢価格や既知の売上高をベースに決定されるため、この段階で売り上げ実績が把握できていなかったオプジーボは、直後の16年4月には大幅引き下げを免れた。ただ、同じ4月開催の財務省財政制度等審議会で、日本赤十字社医療センター化学療法科部長の国頭英夫氏がオプジーボの薬価の高さを指摘して「1剤で国が滅ぶ」と発言したことなどを契機に一気に注目が集まり、そうした声をバックに厚労省は今回、製薬業界の反対を押し切り、緊急引き下げを決定した。

 

オプジーボは17年2月に現行より50%値下げされる。引き下げ幅の50%は特例拡大再算定の(2)「年間販売額1500億円超でかつ予想の1・3倍以上」が援用された。しかも特例拡大再算定では売上高実績を基に引き下げ幅を決定するにもかかわらず、オプジーボに関しては小野薬品発表の年間予想売上高1260億円に対して、厚労省は流通経費や今後の適応拡大による売り上げ増を加算して1500億円超とはじき出すという、ルール逸脱の屋上屋を架した。

 

オプジーボは16年9月に腎細胞がんの適応でも製造承認を取得し、その他に現在10種類を超えるがんで製造承認申請あるいは臨床試験を実施しており、対象患者は右肩上がりになると予想されている。それでも、今回の薬価半値という事態が同社の業績に及ぼす影響は甚大だ。

 

しかも、今回の緊急引き下げ決定時に、18年4月の通常の薬価改定においても「17年度薬価調査に基づき、今回の引き下げを行わなかったと仮定した販売額を算出の上、18年度薬価制度改革に基づく再算定を改めて実施する」と定めている。つまり、次回18年の薬価改定では今回の引き下げ分はなかった前提の売上高をはじき出し、そこで売上高1000億円以上となれば、特例拡大再算定を再び適用して薬価を大幅に引き下げると宣告しているということだ。売り上げが伸長すればするほど、薬価が引き下げられることになる。

 

将来にわたるオプジーボの大幅値下げを受けて、小野薬品の株価は大きく値下がりした。小野薬品株は16年4月に終値ベースで6000円に届きかけたが、11月に入り2400~2600円台の半値以下まで落ち込んでいる。

小野薬品は今回の値下げの業績への影響について「在庫や競合薬の承認状況などを考慮して精査し、必要な場合は業績予想の修正を発表する」(IR担当)としている。

 

◇競合薬が日本上陸

 

薬価引き下げに加えて、オプジーボの競合薬が日本に参入することも、小野薬品の業績見通しを曇らせている。国際的な製薬大手の米メルクが販売する後続薬「キイトルーダ」だ。

 

キイトルーダはオプジーボと同じく、免疫細胞の表面にある「PD-1」分子に働きかけるがん免疫療法薬。アメリカでは14年9月にメラノーマで、15年10月に非小細胞肺がんで適応を取得、ジミー・カーター元大統領がメラノーマの治療に使用して寛解(症状がない状態)したことでも広く知られる。

 

このキイトルーダが日本では16年9月に切除不能な悪性黒色腫で厚労省の製造承認を取得し、非小細胞肺がんでも間もなく製造承認を取得する見通しだ。

 

肺がんはオプジーボもキイトルーダも、最も期待をかける市場といえる。国内肺がん患者数は約10万人で、そのうち非小細胞肺がんは8割を占める。既存の治療薬は時間の経過とともに無効になるため、新たな治療選択肢の免疫療法薬に対する患者の期待は大きい。がん免疫療法薬の最大市場ともいえる肺がんで、小野薬品は競合薬との競争を本格的に始めることになる。

 

だが、小野薬品にとっては厳しい戦いになりそうだ。非小細胞肺がんでオプジーボはキイトルーダに後れを取っている。未治療の切除不能な非小細胞肺がん患者を対象に行った臨床試験で、オプジーボは既存治療を超える延命効果が認められなかったのに対し、キイトルーダでは既存治療を超える延命効果が認められるという明暗を分ける結果となったからだ。

 

この結果、米メルクは16年10月に米食品医薬品局(FDA)から未治療の切除不能な非小細胞肺がんを適応としたキイトルーダの製造承認を得て、日本でも未治療の切除不能な非小細胞肺がんと既存治療無効の切除不能な非小細胞肺がんの両方で製造承認を取得する見込み。オプジーボは既存治療無効での適応しか取得しておらず、前述のように未治療のケースで臨床試験結果は芳しくなかった。

 

キイトルーダは治療のより早期の段階から使用することが可能になる。これまで判明している医学的な知見では、免疫療法薬はより早期に使用することが有効な患者での延命につながるとわかっている。国内のある肺がん専門医は「両薬剤は効果のメカニズムでは本質的な違いがないはずだが、このような試験結果の違いが明らかになると、キイトルーダへの期待は高まる」と話す。

 

オプジーボは今、厚労省による薬価引き下げという頭からの押さえつけと、キイトルーダによる追走で尻に火が付くという板挟みの状況にある。

 

がん治療の画期的な新薬といわれるオプジーボ。開発元の小野薬品工業の先行きは不透明感が強まっている。

(村上和巳・ジャーナリスト)

掲載号:2016年12月13日号

粉飾ダマし方見抜き方 マイケル・ウッドフォード 元オリンパス社長インタビュー

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◇日本の企業風土 「変わらぬ上役への盲目的な服従 東芝問題が示したカイシャの欠点」

 

 オリンパスの粉飾事件につながる告発を行い、解任された元社長のマイケル・ウッドフォード氏が日本企業の問題を指摘した。

 

── 上場企業の粉飾決算の開示件数が増えている。

ウッドフォード 安倍政権の中で、日本の企業風土は変わりつつあると主張する人がいるが、東京商工リサーチのデータを見る限り、それは幻想に過ぎない。2011年に発生したオリンパス事件以降、「不適切な会計・経理」を開示した企業は倍増し、15年度は過去最高を更新している。ホワイトカラーによる犯罪が、日本の多くの企業人に同情を持って受け止められている日本社会においては、私はこれは氷山の一角に過ぎないと確信している。

 

── 日本の企業風土に起因するものなのか。

ウッドフォード 最近の取引所によるコーポレートガバナンス・コードの導入自体は良いことだし、歓迎されるべきことでもある。しかし、日本のカイシャに企業統治上の問題をもたらしている根本原因を、是正することにはならないと考えている。東芝のスキャンダルは、まさに、オリンパス事件が発生した5年前から、何も変わらなかったことを表している。

 

── それは何か。

ウッドフォード 日本企業では、社内のヒエラルキーに対する「盲目的」な服従は当たり前のものだと考えられていることだ。ホワイトカラーによる犯罪は、しばしば、「誰も傷付けないし、被害者もいない」と社会で受け止められている。至高の価値は、「企業への忠誠心」であり、これは、容易に「盲目性」と「黙認」に転換する。その結果、あらゆる問題に対して、善悪の判断が容易に失われることになる。

 

 ◇敵対的買収の許容で社風刷新

 

── 11年10月の解任後、大きなニュースとなったにもかかわらず、検察などの動きは鈍かった。

ウッドフォード 5年前の解任後、会社に戻るためにあらゆる犠牲を払ったことは、今から思えば馬鹿げたことに思えるが、同時に、それが実現しなかったことをいまだに残念に思っている。日本の権力機構は、20億ドルに上る経済犯罪自体ではなく、私が日本社会に不協和音をもたらし、公にすることに対して、警戒していた。この現実を、後ろ髪を引かれつつも、受け入れざるを得ない。

 

── 企業の内側から変えるのが難しければ、どうすべきか。

ウッドフォード 日本の企業風土を最も良い形に変える、唯一かつ最善の方法は、ガバナンス・コードや表面的な儀式でもない。それは、敵対的な買収を許容し、促す法整備だ。日本企業の大部分は、官僚的で凡庸な取締役会によって運営されている。取締役たちは中途半端な業績に陥っても誰も責任を取らされることがない。

 

── 敵対的な買収について、日本ではアレルギーがある。

ウッドフォード 日本社会においては、敵対的な買収は、「恥ずべき行為」と受け止められている。企業の株式は、本当に企業価値を高めようとする機関投資家に保有されておらず、企業は通常の商業ベースではあり得ない好条件で銀行からお金を借りることもできる。取締役たちは、買収防衛策により、自主的に退任するか、あるいは、死ぬまでその地位にとどまることができる。

 

敵対的買収は、「弱いモノが強いモノに駆逐される」ことにより資本主義を成功に導く最も重要なメカニズムの一つだ。もし、この手段が存在しないのなら、企業統治上の問題は脇に置いたとしても、日本が切実に手に入れたがっている「経済的な再生」の機会を大きく削(そ)ぐことになる。

(聞き手=稲留正英・編集部)

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 ■人物略歴

 ◇マイケル・ウッドフォード(Michael Woodford)

 1960年生まれ。英リバプール出身。81年英KeyMed(キーメッド、現オリンパス子会社)入社。2008年オリンパス欧州法人社長を経て、2011年4月オリンパス社長、6月に同代表取締役社長CEOに就任。同年10月14日に解任。著書に『解任』(早川書房)。

 

経営者:編集長インタビュー 辻範明 長谷工コーポレーション社長

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◇大手がやりたがらない分野にこそ存在意義

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 「マンションのことならわかるんだ」というCMが印象的です。

辻 マンション造りの企画、開発、設計、建設、販売、管理とすべてに携わっています。ゼネコンは主に工事までですが、管理を担うことで、住み心地や間取りの使い勝手のよさといった顧客からの評価を直接聞くことができる。それを次に生かして、より安心、安全で快適なマンションを提供しています。

 

── マンションに特化しています。

辻 当社施工の第1号マンションは1968年着工です。当時マンション価格は高く、ごく一部のお金持ちしか買えませんでした。価格を抑え、品質は高い一般向けを普及させようと取り組んできた結果、「民間の日本住宅公団(現都市再生機構〈UR〉)」という評価をいただくまでになりました。施工数は累計59万戸、全国のマンション戸数の1割に当たり、国内最多です。

 

── 受注も多いそうですね。

辻 今期の受注は、大手不動産会社を中心に約2万3000戸の見通しです。

 実はCMについて、株主から「大手デベロッパーのようにかっこいいものを」と指摘を受けました。しかし当社は請け負う側なので、大手のブランドイメージを超えることが狙いではありません。建設会社として、真面目にやっているということを伝えたかった。出演しているボクシングの元世界チャンピオンの内藤大助は、以前私の直属の部下でした。ほかの出演者もほぼ全員が社員です。製作費を抑えるという理由が大きかったのですが(笑)、結果的に社員のやる気にもつながりました。

 

── 低価格と安定した品質で「マンションのユニクロ」とも呼ばれています。

辻 建設の現場を担う協力会社のおかげです。当社は設計から施工まで行っており、工事のやり方が常に一定です。そのため当社の手法に慣れた会社と長く付き合うことができ、結果的にコストを抑えることができます。また、現在当社が施工中のマンションは約3万9000戸あり、うち半分は今年度に竣工(しゅんこう)します。常に2年先まで見据えて仕事ができるので、腕のいい職人を確保しておけるのです。そのサイクルによって、どこにも負けない品質を保っているという自負があります。

 

 バブル期にデベロッパー路線で多額の負債を抱え、倒産危機に陥った。金融機関の支援を受けて経営再建に取り組み、2007年3月期に過去最高の連結経常利益630億円を計上したものの、リーマン・ショックで再び資金繰りが悪化するなど多難続きだった。

 

── 苦しい時期を乗り越え、3期連続の増収増益です。

辻 繰り返しになりますが、協力会社との信頼関係のおかげで、コストを抑えて再建に取り組むことができました。16年3月期は売上高7873億円、経常利益673億円でした。今期の計画はそれぞれ8000億円、840億円です。既築物件の管理、修繕の「ストック市場」に力を入れていますが、経常利益の大部分が新規建設の「フロー」によるもので、そこが課題です。来年2月11日に創業80周年を迎えるため、社員一丸となって過去最高の売り上げを目指しています。

 

── 好調の要因は。

辻 東京五輪やアベノミクスの影響で、大手ゼネコンが公共事業や民間の高層ビル事業にシフトし、大規模マンションを手がけられる会社が減ったことが大きい。関東圏のシェアをみると、今年4~9月の供給数1万6737戸のうち、当社の施工数は6419戸と38・4%を占めています。1棟100戸以上の大規模物件では、シェア55%です。マンション専業として、力をつけてきたことが生きていると思います。

 

 ◇ストック事業も柱に

 

── 超高齢社会に入り、マンションの空室問題も深刻化しています。新しい社会状況にどう対応しますか。

辻 ストック市場が鍵になります。また、国が「空き家の有効活用」を打ち出しており、リフォーム需要が見込めます。

 建て替えにも積極的に取り組んでいきたい。建て替えは基本的に区分所有者の全住民の合意が必要で、取り付けるのに10年かかることも珍しくありません。手間がかかり、デベロッパーは手をつけたがらない。当社はこれまで、33棟の建て替え実績があり、国内トップです。

 そのほか、現在首都圏、近畿圏を中心に41カ所、約2500戸を展開している介護マンション事業にさらに力を入れていきます。

 

── 他業種から参画して成功が見込めますか。

辻 簡単に事業として成立するとは思っていません。しかし、介護は日本にとって喫緊の課題です。国を挙げてもっと真剣に考えるべきです。施設を造って運営し、失敗も経験としながら、10年後には国に提言できるような企業を目指したい。

 マンションは完璧で当たり前ということもあり、顧客からのクレームが絶えません。オフィスビルなどと比べて利益率も低く、専業の会社が育ってきませんでした。そんな中、当社は大手がやりたがらないことに取り組んで、存続してきた企業です。他社と同じことをやるだけでは、「長谷工」という会社は存在意義がないと思っています。その思いで、介護も必ず事業の柱に育てます。

(構成=酒井雅浩・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 30代半ばで京都支店の支店長を任され、部下が200人いました。種をまいた飛び込み営業が次々に結果につながり、寝ずに酒を飲んでも数字が出て、「天下無敵」とうぬぼれていた時代です(笑)。

 

Q 「私を変えた本」は

A 本ではないのですが、組合活動に携わり、膝を突き合わせて人と向き合うことの大切さを学んだことです。

 

Q 休日の過ごし方

A ゴルフです。取引先がほとんどなので、休みとは言えません。純粋な休みは年に片手(5日)もありませんが、妻の買い物に付き合っています。

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 ■人物略歴

 ◇つじ・のりあき

 岡山県出身。金光学園高校、関西大学法学部卒業。1975年長谷川工務店(現・長谷工コーポレーション)入社。99年取締役、2010年代表取締役副社長、長谷工アネシス代表取締役社長などを経て、14年4月より現職。63歳。

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事業内容:マンション建設

本社所在地:東京都港区

設立:1946年8月

資本金:575億円(2016年9月30日現在)

従業員数:2380人(16年9月30日現在)

業績(16年3月期・連結)

 売上高:7873億円

 営業利益:687億円

週刊エコノミスト 2016年12月20日号

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定価:620円(税込み)

発売日:2016年12月12日

 

特集 粉飾 ダマし方見抜き方

 

 ◇進む「日本企業の劣化」

 ◇経営者の悪意排除を

 

 日本の上場企業が今年1~10月に適時開示した不適切会計・経理の件数は前年同期比5件増の49件と、過去最多を更新した。本社はもとより、国内外の子会社で利益操作のための売り上げの架空計上や経費の先送りなどが相次いだ。

 

 オリンパスの粉飾事件や東芝の不正会計を受け、政府や民間レベルで企業統治改革が進められているが、上場企業の体たらくは、日本企業の国際競争力にも影を落とす。続きを読む



特集:粉飾ダマし方見抜き方 2016年12月20日号

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進む「日本企業の劣化」  経営者の悪意排除を

 

 

日本の上場企業が今年1~10月に適時開示した不適切会計・経理の件数は前年同期比5件増の49件と、過去最多を更新した。本社はもとより、国内外の子会社で利益操作のための売り上げの架空計上や経費の先送りなどが相次いだ。オリンパスの粉飾事件や東芝の不正会計を受け、政府や民間レベルで企業統治改革が進められているが、上場企業の体たらくは、日本企業の国際競争力にも影を落とす。

 

 東京商工リサーチが2012年から行っている調査によると、不適切会計・経理の開示件数は過去最低だった11年1~10月期の16件から約3倍に増えた。

 

49件の内訳をみると、「費用支払いの先送り」「代理店への押し込み販売」など利益操作目的の「粉飾」が21件と全体の43%を占めた。市場別では、東証1部が全体の半分の24件を占め、大企業の割合が多い。不正の形態も複雑化している。

ソニーグループで架空取引

ソニーグループが10月発表した架空取引は、その好例である。半導体設計や試験を手がける「ソニーLSIデザイン(ソニーLSI)」(神奈川県厚木市)の元取締役・従業員の計5人が12年2月から16年9月までの4年半、複数の取引先と架空発注を繰り返し、その一部を着服。ソニーグループに約9億円の損害が発生した。

 

架空発注先の1社が半導体ベンチャーの「REVSONIC」(横浜市)だ。同社は05年7月、ソニーLSIの派遣社員であった半導体の設計エンジニアが移籍して設立され、半導体設計の請負やエンジニアの派遣を行ってきた。

 

ソニー本社の内部通報窓口に今年7月、通報があり、ソニーから連絡を受け、REVSONICが社内調査を開始。その結果、ソニーLSIの役職員が、REVSONICに架空発注をし、その代金が、REVSONICの海外子会社を通じて、ソニーLSIの関与者5人に、環流していた。

 

ソニーによると、4年半も発覚しなかったのは、「1回当たりの発注額が100万~200万円と小さかったため」(広報・CSR部)という。1000万~2000万円の発注なら、社長決裁が必要だが、小口なら取締役の権限の範囲内だ。さらに、当該部門が半導体のテストを行う部署で、「他部署との交流が限られ、外部の目が届かなかった」(同)。ソニーでは、子会社に対しては、定期的に本社から内部監査が入っているが、不正を見抜けなかった。「権限がある人間が悪意を持つと、内部統制が無効化してしまう」(同)と説明する。

 

今回は、ソニーのグループ会社での出来事だが、これはどんな組織にも当てはまる。トップや経営陣が悪ければ、どんな組織も企業風土が乱れ、それが、製品やサービスの低下につながり、粉飾決算や最悪の場合は経営破綻につながる。会社法の重鎮である久保利英明弁護士は、「鯛(たい)は頭から腐るという。最近の大手企業の相次ぐ粉飾決算や製品のデータ偽装を見ると、日本企業は相当劣化していると言わざるを得ない」と話す。

オリンパスが再び不祥事

その現実を日本社会に突きつけたのが、11年11月に発覚したオリンパスの粉飾決算事件だった。

 

この事件では、財テクで発生した1000億円を超える簿外債務を歴代3社長が10年以上隠していた。事件を解明した同社第三者委員会委員長の甲斐中辰夫弁護士(元最高裁判所判事、東京高等検察庁検事長)は、「日本独特の終身雇用制が根底にあった」と指摘する。「前任者の指名を受け、恩義を感じた社長が、前任者の不正行為を表に出せず、追及もできない。秘密を共有する一部の人間だけが出世できる体質になっていた」と話す。

 

オリンパス事件の発覚後、相次いで行われた会社法の改正、会計基準・監査指針の改定、コーポレートガバナンス・コードの導入などによる企業統治改革の眼目は、まさに、日本のこの古い経営体質からの決別にある。「経営手腕と倫理観双方に優れる強い経営者を選ぶと同時に、不適格な経営者をいかに素早く排除するか」の一点に集約される。

 

しかし、日本屈指の名門企業である東芝で15年、歴代3社長による不正会計が露見した。

 

オリンパス事件で、当時の菊川剛会長らを内部告発した同社元代表取締役社長CEOのマイケル・ウッドフォード氏は、「日本の企業体質は何も変わっていない」と強調する。粉飾決算からの出直しを社会に誓ったオリンパスのその後は、ウッドフォード氏の指摘を裏付ける。

 

「米国での十二指腸スコープの感染問題に関連し、米司法省から執行役員を含む複数の日本人の身柄引き渡しを要求された。巨額の罰金が科せられる可能性もある」(オリンパス関係者)

 

 発端は15年2月、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の医療センターで、オリンパスが販売する十二指腸スコープの欠陥から、超耐性菌に感染して死亡したとする患者の遺族が、同社を相手取って、裁判を起こしたことから始まった。その後、全米各地で集団訴訟に発展している。裁判の過程で、日本の品質管理担当の幹部が、米国法人に対し、先に発生した欧州での感染事例を米国では公表しないよう指示したことが判明し、オリンパス本体の刑事責任が問われる事態となった。

 

 オリンパスは、十二指腸スコープの感染問題について、「本件につきましては真摯(しんし)に受け止めております。有価証券報告書の『事業等のリスク』の項で『米国における十二指腸内視鏡に係るリスク』として開示しております」と書面で回答した。米司法省による制裁の可能性については、「そのような事実は認識しておりません」と答えている。

 

 同社は、今年6月、中国の深セン工場で浮上した地元税関への贈賄疑惑に関する社内調査報告書が、情報誌『ファクタ』に流出し、株主総会の前日に適時開示する騒ぎを起こしたばかり。感染問題と贈賄疑惑のいずれも、12年4月に新経営陣に入れ替わってから発生した出来事だ。

 

 日本取引所自主規制法人の佐藤隆文理事長は、「そうした複数の報道があることは承知している」と苦い表情だ。

 

はびこる「不良第三者委員会」

こうした事態に、司法や行政、市場関係者は手をこまねいているわけではない。

 

14年の会社法改正では、社外取締役の選任が実質的に義務化されたほか、経営陣からの独立性を担保するため、社外取締役と社外監査役を選ぶ際の独立性の要件が厳しくなった。会計監査の分野においては、金融庁の企業会計審議会が13年「監査における不正リスク対応基準」を策定し、監査法人が経営者の不正リスクを重点的にチェックするようになった。

 

このように、制度や仕組みは充実してきている。しかし、なかなか実効を伴わないのは、経営者だけでなく、公認会計士、弁護士といった日本のエリート層に「公益のために働く」という真のプロ意識が欠けているからだ。監査法人問題に詳しいジャーナリストの磯山友幸氏は、「いくら不正を防ぐための会計基準を追加しても、『魂』を入れなければ、不正は今後もなくならない」と指摘する。

 

同様の現象は、司法の世界でも起こっている。日本弁護士連合会は今年9月14日、弁護士向けに異例のセミナーを開いた。登壇したのは、日本取引所自主規制法人の佐藤理事長、証券取引等監視委員会の佐々木清隆事務局長、それに、「第三者委員会報告書格付け委員会」の正副委員長を務める久保利弁護士と国広正弁護士の4人だ。

 

セミナーの狙いは、弁護士に第三者委員会の趣旨を徹底するためだ。国広弁護士は、「東芝の第三者委員会報告書に代表されるように、経営者の保身に使われる『不良第三者委員会』が増えてきたので苦言を呈した」と語る。

 

第三者委員会は、本来は、多様なステークホルダーのために、不祥事や事故の真因を追究し、再発防止策を提言するためにある。しかし、いまや、弁護士や検察OBにとり、社外取締役・社外監査役と並ぶ貴重な収益源となっている。こうした危機感から14年、弁護士とジャーナリスト、学者らが第三者委員会報告書格付け委員会を設立する事態にまでなった。同委員会は12月2日、羽田空港をはじめ全国の飛行場の地盤改良工事でデータを偽装した東亜建設工業の社内調査報告書を最低のF評価とした。国広弁護士は「悪貨が良貨を駆逐しないよう戦う」と話す。

 

さらに、意識改革が進んでいないのが、日本のエリートの頂点に立つ検察だ。東京地検特捜部は、証券取引等監視委員会による東芝旧経営陣の刑事告発を受理しない公算が大きい。久保利弁護士は、「日本は経済犯罪に甘い。誰も責任を問われず時効になるようでは、まっとうな国とは言えない」と憤る。

企業に甘い司法

オリンパスの度重なる不祥事も、突き詰めれば、司法の甘さに行き着く。

 

11年10月のウッドフォード氏解任後、11月1日に第三者委員会が設置された以降も、検察は動こうとしなかった。ウッドフォード氏の提供した資料は、裁判所から捜索差し押さえ令状を取得できる水準ではなかったが、委員会関係者は「いくらでも任意捜査はできたはず」と述懐する。

 

さらに、委員会報告書では、役職員5人の明確な関与が認定されたのに、逮捕は元社長と元副社長2人の計3人だけ。そのことが、「粉飾はたいしたことがない」という会社へのメッセージとなり、報告書で認定された従業員の関与者17人のうち、懲戒処分を受けたのはわずか1人にとどまった。深セン工場贈賄疑惑に関する社内調査報告書の関与者リストには、11年の粉飾決算にも関与した従業員の名が連なる。

 

自主規制法人の佐藤理事長は、司法が厳格な態度を示すことが、日本の資本市場の公正性・透明性を高めるには不可欠との認識だ。久保利弁護士は、「強い検察と厳しい裁判所があって、初めて経済社会が健全に機能する」と強調する。

 

経営者をはじめ、日本のエリート層が社会の期待に応えなければ、健全な経済社会は未来永劫(えいごう)訪れない。そのときは、残念だが、個人も含めた投資家は、金融や財務に関するリテラシーを高め、自ら駄目な株式や経営者を見抜くほかはない。

(稲留正英、桐山友一、金井暁子・編集部)

特集:粉飾ダマし方見抜き方 記事一覧

進む「日本企業の劣化」 ■稲留 正英/桐山 友一/金井 暁子

インタビュー マイケル・ウッドフォード

日本の企業風土「変わらぬ上役への盲目的な服従 東芝問題が示したカイシャの欠点」 

 

【第1部】 粉飾を見抜く

会計士が明かす手口 常道は売掛金、在庫水増し 「のれん」の“隠れ蓑”に注意 ■前川 修満

危ない財務を見抜く ROEはROAの2倍以下 ■村井 直志

Q&Aで解説! 企業会計を知るキーワード5 ■編集部/村井 直志

AIで粉飾を発見・防止 ■金井 暁子

グラフで見つける! 時系列分析のエクセル活用法 ■井端 和男

「上場ゴール」を防げ! 上場直後の大幅下方修正は直前の会計処理に“抜け道” ■編集部

「のれん」のリスク アーム買収でソフトバンク急増 ■編集部

インタビュー 君和田 和子 ソフトバンクグループ執行役員経理部長「リスクはあるが問題ない」 

 

【第2部】粉飾を断つ

逆風の監査法人 人気職業でなくなった会計士 ■磯山 友幸

インタビュー 佐々木 清隆 証券取引等監視委員会事務局長 「大企業の事前監視に力」

       関根 愛子 日本公認会計士協会長 「企業との馴れ合いはもうない」 

       佐藤 隆文 日本取引所自主規制法人理事長 「『いかさま』第三者委員会は論外」

企業風土 しがらみ断つトップ選出へ「経営幹部の内部統制」必要 ■浜田 康

監査役の覚醒 増えるモノ言う監査役 ■山口 利昭

内部通報者保護 制度充実で試される財界の「本気度」 ■光前 幸一

週刊エコノミスト 2016年12月20日号

定価:620円

発売日:2016年12月12日

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逆風の監査法人 人気職業から転落した会計士 不正会計の撲滅に不安残す

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磯山友幸(ジャーナリスト)

 

11月11日、会計監査関係者の多くがホッと胸をなでおろした。この日、公認会計士試験の結果が発表され、前年よりも57人多い1108人が合格したからだ。合格者が前の年よりも増えたのは何と9年ぶりのことだ。

 

 合格者が減り続けていたのは試験が難しくなっていたからではない。そもそも会計士試験を受ける人の数が大幅に減り続けていたのだ。

 

願書提出者数は2010年に2万5648人のピークを付けた後、減少が続き、15年には1万180人にまで減っていた。すっかり人気がなくなってしまったのである。今回は1万人を切ってしまうのではないか。そう業界関係者は危惧していたが、1万256人と何とか1万人台に踏みとどまった。わずかとはいえ、6年ぶりの増加である。

 

 ◇影落とす巨額粉飾事件

 

 なぜ、会計士が人気職業から転落したか。

 

07年に19・3%だった合格率を11年には6・5%に下げるという試験の「難関化」が主因として指摘されるが、その後、合格率を10%超に引き上げても受験者は下げ止まらなかった。リーマン・ショック後は、合格しても大手の監査法人に入所できないという就職環境の悪さも指摘されたが、今では業界は人手不足が深刻化している。

 

 では何が原因か。人気凋落(ちょうらく)の理由のすべてではないにせよ、会計監査を巡る相次ぐ不祥事が影を落としていることは間違いないだろう。

 

11年に発覚したオリンパスの巨額損失隠し事件や、経営者が子会社の巨額資金を引き出してカジノに使った大王製紙事件では、大手の監査法人の対応に批判が集まった。それを契機に13年には監査基準が改訂され、企業経営者による不正に監査がどう対応するのかを定めた「不正リスク対応基準」が制定された。

 

 それもつかの間、15年春には東芝で会計不正が発覚。東芝だけでなく、監査を担当してきた新日本監査法人や担当会計士も処分される大不祥事に発展した。

 

 東芝問題が表面化した直後、会社法の権威である久保利英明弁護士は、「新日本監査法人は、東芝に『だまされた』か『グルだった』かのどちらかだ。『無能』であるなら話は別だけど」とインタビューで答えていた。ひと昔前の粉飾は会計士が「グル」になっていたケースが少なくなかったが、東芝の例はまったく違うと監査法人は主張した。

 

 ならば東芝に完全に「だまされた」のか、というとそうでもない。金融庁は処分理由として「7名の公認会計士が、相当の注意を怠り、重大な虚偽のある財務書類を重大な虚偽のないものとして証明した」と認定した。

 

 監査法人が自らの責任を否定すれば否定するだけ、会計監査の非力さが目立つことになる。「無能」とまでは言わないまでも、「相当の注意を怠って」監査が十分に機能しなかったということなのだ。

 

「メディアが不祥事を取り上げて会計士を責めるから、人気がなくなったんだ」。日本公認会計士協会の役員の中には、そんな見方をする人もいる。メディアのせいにしたい気持ちも分かるが、むしろ逆だろう。どんなにメディアがたたいても、会計士が襟を正して、不正を働いた経営陣に厳しく対峙(たいじ)する姿勢を見せ続けていれば、世間の同情はおのずから集まるものだ。

 

 ◇離れる学生

 

「結局、会計士になって不正を暴こうとしても、会社側には何も言えないのか」。そう若者たちに見透かされたのではないか。

 

少なくとも意識の高い学生たちは静かに会計士試験から離れていった。最近の学生は昔に比べて「世の中に貢献すること」や「社会的な意義」などを考える傾向が強い。NPOや公益性の高い事業に関心が高いのである。決して、「安定」や「待遇」だけを考えているわけではない。本来、会計士は、学生の中でもそうした意識の高い層に関心を持たれる職業だと思うが、そうした学生たちにソッポを向かれたのではないか。

 

 繰り返される会計不正を、なぜ監査法人は見抜けないのだろうか。前述の通り、金融庁は東芝の不正について、新日本が「相当の注意を怠った」とした。だが、2700億円にのぼった決算数字のかさ上げを、「注意を怠ったから」で説明できるのだろうか。

 

 かつては、企業経営者と会計士の「癒着」が不正の温床だとされた。最近はそんな癒着などあり得ないと、監査法人の幹部の多くは口をそろえる。だが、経営者(会社)と会計士(監査法人)の力関係に、不正発見を妨げる「何か」があるのではないか。

 

 かつて、大企業の監査報告書にサインする監査法人の「大先生」は、経営トップに直言できる人間関係を持っていた。長年会社の監査を担当する「先達」として経営トップが意見を聞きたがったものだ。一緒にゴルフをしたり、会食を共にするなど親密な関係が、時には「癒着」となって問題を引き起こしたが、明らかにメリットもあった。

 

 ◇歴然たる力関係

 

 ところが最近は、担当会計士が社長に会うのは決算の時に会議室で顔を合わせるだけ、しかも儀礼的になっている例が少なくないという。社長と会社の経営について突っ込んだ話をするケースが激減しているというのだ。

 

監査の項目が増えて専門化した結果、社長と経営全般について話をするよりも、経理の部長や課長と細かい話をする時間が増えた。とくに日本を代表する老舗企業の場合、社長と会計士の力関係は歴然としており、とても対等な関係とは言えないという。

 

 高額の監査報酬を支払っている企業の経営者からすれば、「カネで雇った業者」に過ぎない。会計士の後ろに株主や資本市場をはじめ多くのステークホルダー(利害関係者)が控えていると見る大企業経営者は少ない。監査法人の幹部にとっても、監査先の経営トップは、圧倒的な収入を法人にもたらしてくれる「クライアント」のトップと映る。なかなか強いことは言えないというのだ。

 

 会計監査に携わる会計士の「心構え」や「信念」の問題だろう。いくら会計や監査基準の知識を増やしても、いくら不正を防ぐための基準を追加しても、それに「魂」を入れなければ不正は今後もなくならない。

 

 東芝問題で新日本を処分した際、金融庁はもうひとつの理由を挙げた。「監査法人の運営が著しく不当と認められた」というのだ。監査法人の経営体制が不備だから、不正が見過ごされたという。

 

 それを受けて、「監査法人のガバナンスのあり方」が金融庁で議論されている。欧州では企業と監査法人の癒着を防ぐために、監査法人を一定期間で交代させる「監査法人のローテーション」を採用している。日本でもこれを導入すべきだという議論が出たが、クライアントを失うことになる監査法人は大反対だった。結局、法人ローテーションの導入は見送られ、監査法人の経営に外部の目を入れることなどでお茶を濁すことになりそうだ。

 

 ◇薄れる危機感

 

 東芝問題が過去の話になっていくに従って、会計士業界の危機感も薄れている。

 

7月に就任した日本公認会計士協会の関根愛子会長は、監査の信頼回復を掲げて会長になった。初の女性会長として、男社会の「なれ合い」と決別する役割を担う。そんな変化を期待してか。今回の試験では女性合格者が前年の207人から236人に増えた。合格者に占める女性の割合は21・3%とこの10年で最高になった。14年に17・2%にまで下がっていたが、この2年は女性比率が上がっている。

 

「なれ合い」や「不正」を嫌う傾向が強い女性が会計士に増え始めれば、業界のムードも一変することになるかもしれない。

 

 これまで「のど元過ぎれば熱さを忘れる」ことを繰り返してきた会計士業界。大型会計不祥事が再び繰り返されるようなことになれば、世の中の信頼は完全に失墜するだろう。会計士試験の受験者が17年も増え続けるかが試金石になりそうだ。

(磯山友幸・ジャーナリスト)

会計士が明かす手口 常道は売掛金、在庫の水増し 「のれん」の“隠れみの”に注意

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前川修満(アスト税理士法人代表社員、公認会計士・税理士)

 

企業会計の粉飾とは、その利益を水増しして過大に表示することだ。会社の正味の業績を示す損益計算書の「利益」は「収益-費用」で計算される。仮に粉飾によって利益を水増ししようとするなら、収益を過大に表示するか、費用(または損失)を過少にするか、いずれかの操作を伴う。

 

こうした操作をする時は必然的に、貸借対照表の正味の資産(純資産=資産-費用)も水増しされるため、粉飾する人たちはどの資産を膨らまし、どの負債を圧縮するかに腐心する。

 

粉飾決算を行う場合、どのような項目が対象になるのだろうか。

 

上場企業の粉飾の手口で現在、預貯金を過大に表示することはまずありえない。預貯金の残高を過大にすれば、それを裏付けに架空の売り上げを計上することが可能だが 、日本の会計監査では会計監査人が必ず金融機関に残高を直接確認する。具体的には、会計監査人はすべての取引銀行に対し、事業年度末日時点で金融機関へ一斉に確認状を送付する。そのため、預貯金の残高が改ざんされると、すぐに発覚してしまう。

◇売掛金や在庫を水増し

 

表1は過去の粉飾(もしくは不正会計)の手口の一覧だ。過去の粉飾決算では圧倒的に、売掛金や受取手形を指す「売上債権」や、販売前の商品・製品や製造途中の仕掛品、原材料といった「在庫」(棚卸資産)の過大計上が多いことが分かる。

 

売上債権を過大に計上すると、売上高を直接水増しできる。また、在庫を過大計上すると、一定の製造経費の中で在庫品製造にかかる費用が膨らみ、実際の売り上げにつながった製品の費用が減少。売上原価も減少し、損益計算書上の利益が増える。 

 

 ◇膨大な数の得意先

 

粉飾でこうした売上債権と在庫の操作が多くなるのには理由がある。

 

売上債権と在庫は預貯金とは異なり、会計監査人による期末日におけるすべての資産の確認作業が物理的に難しいからだ。筆者が監査した企業では、取引金融機関は50件程度の一方、売掛金のある得意先は2000件ほどになることもあった。また、金融機関への確認状は1週間以内で回答が得られるが、売上債権は監査先の企業が金額を確定するだけでも数日かかってしまう。

 

加えて、得意先からの回答は金融機関に比べ相当に遅くなり、会計監査人が送った確認状に回答しない得意先もある。そのため、3月期決算の企業であっても1月末か2月末の残高に対して確認状を発行したりする。また、売上債権の全件調査も難しいため、残高が大きい取引を集中的に調べたり、無作為抽出するなどして一部の得意先のみ確認状を送付する。これは、粉飾しようとする企業にとっては好都合だ。

 

 得意先全件ではなく、それも1カ月や2カ月前の日付で確認状が発送されるのなら、期末近くの取引を使って会計監査人の目を欺くことが可能になる。会計監査人は期末近くの大口売り上げの計上には細心の注意を払うが、取引先と共謀されれば見抜くのは難しい。棚卸資産についても同様だ。棚卸資産は倉庫、工場、営業所など会社の至る所に保管されているが、会計監査人が期末日ですべて正確な在り高を検証するのは物理的に不可能で、一部を調査するのが精いっぱいなのである。

 

 ◇キャッシュフローで見抜く

 

 今なお売上債権や棚卸資産を利用した粉飾事件は後を絶たない。15年に判明した東芝の不正会計も、パソコン事業などで在庫を過大計上したりする古典的な方法だった。 

 

 しかし、こうした手口の粉飾は、会計監査人も異変の兆候を把握しやすくなっている。 それは、ある期間の企業の現預金の増減を示す「キャッシュフロー計算書」が整備されてきたからだ。先に「預貯金残高は操作が困難」と述べたが、これはキャッシュフロー計算書の改ざんが困難であることも意味する。いくら見かけは立派な損益計算書でも、経営実態を正直に表す現預金の流れはごまかすことができないのだ。

粉飾決算の果てに2008年9月に倒産した当時ジャスダック上場の電子部品メーカー、プロデュースの例で説明しよう。

 

プロデュースは04~06年度、本来は赤字経営にもかかわらず架空の売り上げを計上し、損益計算書では3期連続で黒字の決算発表をしていた。しかし、同時期のキャッシュフロー計算書を見ると、本業でどれほどキャッシュ(現預金)を稼いだかを見る営業活動のキャッシュフロー(CF)は3期連続で赤字になっていた。

 

 本業はキャッシュを稼ぐための活動であり、損益計算書で黒字であれば通常、営業CFは黒字になる。損益計算書が黒字なのに営業CFが赤字の状態とは、売掛金などの売上債権や販売前・製造中の棚卸資産の増加を示すが、本業が不振にもかかわらず売上債権や棚卸資産が増えることは考えにくい。こうした企業の決算書類は怪しいことが多く、プロデュースは実際、資金繰りに行き詰まって破綻、粉飾も発覚した。 

 

 ◇のれん悪用したオリンパス

 

 売上債権と棚卸資産を改ざんする粉飾は今後、会計監査人による未然の防止が増えるだろう。その一方、筆者はこれらに代わる新種の粉飾が行われるのではないかと危惧することがある。それが、貸借対照表の資産の一部として計上される「のれん」だ。

 

のれんとは企業買収の際、買収金額と買収された企業の正味の資産(純資産=自己資本)の時価との差を、無形の価値として資産の一部に計上する処理を指す。

 

例えば、パナソニックは09年、三洋電機を買収したが、三洋電機の正味の資産(のれんを除く)は当時、4000億円程度だった。パナソニックは三洋電機全体の価値を9000億円ほどと評価して買収資金を投じたが、三洋電機の貸借対照表には載っていない資産(技術力やブランド価値など)を5000億円ほどと評価して、これを買収価格に上乗せしたと解釈できる。これがのれんとして資産計上されたが、資産とは経済価値があると判断された場合にのみ計上が許されるのであって、買収が失敗すれば損失(または費用)となる。

 

 三洋電機の業績はその後、思わしくなく、パナソニックは12年3月期と13年3月期決算で、それぞれ約1600億円と約2500億円の損失(のれんの減損損失)を計上。パナソニックは連結として2期連続の大幅な最終赤字に陥った。パナソニックは投資の失敗を正直に公表したため問題はない。しかし、これを損失として示さず、巧みに資産に計上する粉飾が行われたことがある。それが、11年に発覚したオリンパス事件だ。

 

 バブル期の財テクに失敗したオリンパスは、損失を簿外へ移して隠し続けていた。そうした簿外損失の表面化を防ごうと、オリンパスは06~08年、本業との関連が薄い企業を高値で買収するなどし、08年3月期ののれん代を2990億円程度に膨らませた。しかし、一転して09年3月期では、買収した子会社の価値が下がったとしてのれん代557億円を減損処理。つまり、本来は財テクで生じた損失を、あえて企業買収を失敗させてのれんの減損に付け替え、隠れみのに利用したのである。 

 

 実は、こののれんの評価は専門家にとっても極めて難しい。のれんの評価は企業買収の成否にかかわるが、企業買収の成否は事業環境の変化や今後の成長性、経営者の見通しなどに大きく左右される。日本会計基準では、のれんは不確実な価値と考え、20年以内で均等に償却(費用計上)する。

 

しかし、日本企業で近年、採用が増加している国際財務報告基準(IFRS)や米国会計基準では、のれんを定期的には償却せず、明らかにのれんの価値が下がった場合にのみ減損処理する。 

 

その難しさを象徴したのが、東芝の子会社である米原発大手ウェスチングハウス(WH)ののれんの評価だった。東芝は06年、WHグループを4979億円で買収した際、3507億円の「のれん」を資産に計上した。その後、11年の東日本大震災を経て全世界で原発建設計画が止まり、原発事業の先行きが不透明化。WHでは12年と13年、WH子会社で「のれん」を減損処理し、計13億2000万ドル(当時の為替レートで約1156億円)の損失を計上した。

 

 ◇買収の成否は現金増減で

 

 東芝は米国会計基準を適用しており、連結財務諸表ではWHが損失処理した1156億円をのれんとして資産に計上し続けた。東芝では、WHが行う原発の「新規建設」が収益を上げられなくなったとしても、それ以外の東芝グループの原発事業(「サービス」「燃料供給」など)では収益を上げられており、それらをひとまとめに(グルーピング)すれば、全体として「のれん」は損失処理をしなくてもいいと判断したようだ。

 

 東芝によるWHののれんの減損処理は、15年3月期の決算訂正では反映されず、16年3月期でWHを含めた原子力事業として約2480億円の減損損失を計上した。筆者にはこの処理が、実際に損失処理すべき年度より数年遅れてしまったのではないかという疑問が残る。

 

しかし、東芝の不正会計問題を調査した第三者委員会が15年7月に公表した調査報告書では、「部品加工取引を利用した利益操作」など4項目の会計処理は問題視した一方、WHののれんの減損については言及しなかった。

 

 筆者が強調したいのは、「のれん」の処理には経営者の主観が入りやすいうえ、その金額が売上債権などに比べて比較にならないほど大きくなる点だ。そして、経営者の都合のいい時期に突然、減損損失が計上され、それが粉飾の道具として悪用される恐れがぬぐえない。

のれんの減損処理を意図的に回避したとしても、異常の兆候はやはりキャッシュフロー計算書に表れる。企業買収とは本来、その後の営業CFの増加を伴うが、オリンパスの場合はまったく異なった。

 

オリンパスは08年3月期、買収に伴い2741億円の大幅な投資CFのマイナスとなったが、09年3月期には営業CFはむしろ減少した(図1)。

東芝でも06年のWH買収後、2期連続で営業CFを減少させている(図2)。

 

 こうしたCFを見る限り、企業買収は成功しているとは言いがたく、のれんの減損が発生する可能性を示唆していた。注意深くCFを見ることで、気づけることは決して少なくない。東芝でも06年のWH買収後、2期連続で営業CFを減少させている(図2)。

 

 こうしたCFを見る限り、企業買収は成功しているとは言いがたく、のれんの減損が発生する可能性を示唆していた。注意深くCFを見ることで、気づけることは決して少なくない。

(前川修満・アスト税理士法人代表社員、公認会計士・税理士)

週刊エコノミスト 2016年12月20日号

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「のれん」のリスク アーム買収でソフトバンク急増 減損リスクが財務、業績に重し

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トランプ次期米大統領と会談した孫正義ソフトバンクグループ社長   Bloomberg
トランプ次期米大統領と会談した孫正義ソフトバンクグループ社長   Bloomberg

巨額ののれんの存在は必ず粉飾につながるものではないが、将来の減損損失の発生などさまざまなリスクを抱え込むことになる。

 

ソフトバンクグループが今年9月に子会社化した英アーム・ホールディングスの買収では、ソフトバンクに3兆円強もののれんが発生。のれんの総額は国内の企業でもダントツとなり、ソフトバンクの自己資本(約3兆1200億円)をも上回った。

 

ソフトバンクは総資産20兆円超の国内でも有数の規模だが、今なお積極的にM&A(企業の合併・買収)を続け、保守的な日本企業の中で異彩を放つ。のれんとともに膨れ上がったソフトバンクの財務に、果たして死角はないのか。

 

「IoT(モノのインターネット)の時代がやってくる。その中心がアームだ」「2020年には現在の4倍、5倍の規模になる」──。アーム買収時の記者会見で胸を張ったソフトバンクの孫正義社長。消費電力の少なさが特徴のアームの設計情報の入った半導体は、いまやほとんどのスマートフォンやタブレット端末で採用され、圧倒的な市場シェアと高い収益力を誇っている。今後、あらゆるモノがネットでつながる時代になれば、アームを核としてさらにグループを成長させることができるとの読みだ。

孫社長は、ロンドン証券取引所に上場するアームの時価総額に対し、43%もの金額を上乗せ(プレミアム)してアームの経営陣に買収を打診。わずか約2週間で交渉をまとめあげた。

 

その結果、アームの自己資本(約2500億円)に対し、約3兆500億円もののれんが発生。ソフトバンクでは13年7月の米携帯電話大手スプリント・ネクステル買収に伴って、14年3月期にのれんが1兆5300億円へ増加していたが、今回のアーム買収によってのれんの額は一気に約3倍の4兆5200億円へと拡大したことになる(図1)。

 

 ◇不調続いたスプリント

 

 ただ、のれんとは買収した企業の技術力やブランド価値など形のない資産であり、買収した企業の業績が低迷すれば、積み上がったのれんを減損処理しなければならない。こうしたのれんの減損損失は費用として損益計算書で計上し、当期純利益の減少要因となって株価や配当などにも影響する。

 

日本会計基準ではのれんは20年以内で定期的に償却するものの、ソフトバンクが13年3月期から移行した国際財務報告基準(IFRS)ではそうした規定はない。その代わり、毎年減損するかどうかのテストを実施するため、一時的に多額の減損損失が発生する可能性がある。

 

 実際、東芝は16年3月期、原発事業で2480億円の減損損失を計上したことなどを要因に、7000億円超の営業赤字に陥った。のれんが膨れ上がってしまえば、将来に発生する減損損失の余地も大きくなり、一転して赤字転落する可能性すら生じるのだ。

 

ただ、こうしたのれんの評価は専門家にも難しく、外部にとってはなおさらである。スプリントは14年10~12月、商標権など約2600億円を減損処理したが、ソフトバンクはスプリント全体としての価値は落ちていないと判断し、ソフトバンク連結での減損処理はしなかった。

 

東芝でも12、13年、買収した米原発大手ウェスチングハウス(WH)グループがのれんを減損処理したが、東芝連結では減損処理はしなかった。ソフトバンクグループは四半期ごとにアームやスプリントなど買収した子会社の業績を細かく開示していると説明。君和田和子・執行役員経理部長は「(のれんや減損の評価は)技術的にややこしいところだが、減損テストはきちんとしている。減損する場合には四半期決算で(買収した子会社の業績を)発表しているため、投資家は減損の兆候を認識することができるだろう」と話す(*特集では君和田氏のインタビュー掲載)。

 

ソフトバンクが16年9月末時点の貸借対照表に計上したスプリントののれんは2978億円。スプリントの業績は持ち直しの基調にあるものの、ソフトバンクの買収後は一時、営業赤字が続くなど低迷した。14年8月にはスプリントを通じて進めていたTモバイルUSの買収が、米市場の寡占を懸念した当局の反対によって頓挫するなど、当初の思い通りにはいっていない。アームが手がける半導体市場の変化は携帯電話市場よりいっそう速く、長期にわたる見通しはより不確実になる。

 

すべての買収先ののれんが一気にゼロになる可能性はきわめて低いとはいえ、のれんの減損はソフトバンクや株主にとって今後の大きな焦点になる。

 

◇キャッシュフローに要注目

 

ソフトバンクは基本的に事業でキャッシュを稼げている以上、のれんが自己資本を上回っていても問題はないとの考え方だ。

 

ソフトバンクの16年3月期連結決算によれば、連結のEBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益、調整後)2兆4389億円のうち、国内通信事業が半分近くの1兆1633億円を稼ぎ出す。この国内通信事業は安定しており、ソフトバンク連結の営業キャッシュフロー(CF)も9400億円と高水準。借入金や社債の残高が、こうした潤沢な現金収入で十分に返済可能な範囲に収まっていれば、事業に大きな支障はないとの立場を示す。

ただ、ソフトバンクのフリーCF(営業CF+投資CF)はスプリント買収後、16年3月期まで4年連続のマイナス。M&Aなどに伴い、投資CFのマイナスが営業CFを大きく上回っているためで、16年9月中間でもアーム買収によってフリーCFは2兆1480億円の大幅なマイナスとなった。

 

ソフトバンクはフリーCFのマイナスを、融資や社債発行などで補っているが、孫社長は今年10月、返済余力を高めるため、数年かけて「純有利子負債(有利子負債-現預金)/EBITDA倍率」を3・5倍に引き下げる考えを表明、ソフトバンクグループの財務改善に向けて方針転換した(図2)。

 

ソフトバンクののれんが財務リスクと化すかは、アームの業績が左右する。そうしたアーム買収の成否を見るうえで重要な目安となるのが、ソフトバンクのCFの動向だ。ただ、ソフトバンクの営業CFはこれまで、資産規模の拡大ほどには伸びていない。アームの買収後、ソフトバンクの営業CFがもし減少し続けるようなことがあれば、のれんの減損処理とともに返済のリスクも高くなる。

 

BNPパリバ証券の中空麻奈チーフクレジットアナリストは「ソフトバンクが未来永劫(えいごう)、成功し続けられる理由はない。バランスシート(貸借対照表)をそろそろ良くすることを考えるべきではないか」と語る。

 

孫社長は今年10月、サウジアラビアの政府系ファンドなどから出資を受ける形で、総額10兆円規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」設立を発表した。ソフトバンクも2兆6000億円以上を出資し、ファンドでの債券発行なども通して企業に投資する方針を表明。12月6日には米次期大統領となるトランプ氏と会談し、ファンドから米市場へ500億ドル(約5兆7000億円)を投資する考えも示した。このファンドも今後、ソフトバンクの連結対象となる予定で、ソフトバンクの財務はさらに複雑化する。

(編集部)

掲載号:週刊エコノミスト2016年12月20日号

GDP新基準 15年度名目は532兆円 研究費加算等で31兆円かさ上げ

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内閣府は12月8日、2015年度の名目国内総生産(GDP)の確報値を532兆2000億円と発表した。算出基準改定の結果、従来の500兆6000億円から31兆6000億円かさ上げされた。安倍晋三首相が掲げる「名目GDP600兆円」の目標達成の追い風となる可能性がある。

 

 GDPを算出する際に使用する国連の「国民経済計算」(SNA)が09年に基準改定されたことを受け、政府が移行を進めてきた。

 

 新基準の大きな変更点は、企業などの「研究開発費」を新たに加えたことだ。これまでは「費用」と見なし、除外していた。改定に伴い工場建設費などと同様に、新しい価値を生み出す「投資」と位置づけた結果、研究開発費だけでGDPを19兆2000億円かさ上げした。このほか、特許使用料などが3兆1000億円、武器輸出関連が6000億円、不動産仲介手数料が9000億円、それぞれ投資として、GDPをかさ上げした。

 

 新基準でのGDPについて、明治安田生命の小玉祐一チーフエコノミストは「予想の範囲内」と見る。政府・与党内で「アベノミクスの政策効果が経済統計に表れていない」と批判する意見があったことについて「従来考えられていたより若干よかったというだけで、全体的に緩慢な景気回復ということに変わりはない」と指摘した。

 

 ◇16年7~9月期は下方修正

 

 一方、内閣府は8日、新基準による16年7~9月期のGDP(季節調整値)改定値も合わせて発表した。物価変動の影響を除いた実質で前期比0・3%増、この状況が1年続いた場合の年率換算で1・3%増だった。速報値(前期比0・5%増、年率2・2%増)から下方修正された。名目GDPは前期比0・1%増となり、年率換算で537兆3000億円と四半期ベースで比較可能な1994年以降過去最高となった。

 

 新基準の安倍政権が目指す「20年ごろまでに名目GDP600兆円」への影響について、小玉氏は「過去にさかのぼって新基準に置き換えるため、過去のGDPも上がり、成長率は底上げされない」と述べ、それほど大きなインパクトはないとした。「数字ではなく物差しの方を変える手法だ。新基準で600兆円に相当するGDPを提示して議論するのがフェアだ」(シンクタンクエコノミスト)との指摘もある。

 

 政府が目指す名目成長率3%が毎年実現すれば、20年度には600兆円を超えている計算だ。しかし3%成長を達成した年は91年度以来なく、目標達成が依然難しいことに変わりはない。

(酒井雅浩・編集部)

この記事に関連する号:『週刊エコノミスト』2016年10月11日号

目次:2016年12月27日号

インテルがつくば撤退 パソコン不況で人員削減

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12月末に閉鎖するインテル日本法人「つくば本社」(撮影:週刊エコノミスト編集部) 半導体 茨城県 Intel
12月末に閉鎖するインテル日本法人「つくば本社」(撮影:週刊エコノミスト)

 

谷口 健(編集部)

 

 半導体世界大手の米インテルが「つくば本社」(茨城県つくば市)を年内限りで閉鎖する。同社が進める大規模なリストラの一環。つくば本社は、1981年に設立、開発設計などを担ってきたが、約35年の歴史に幕を下ろすことになった。

 

 インテルは71年に日本市場に参入し、80年代から90年まで日本法人の本社をつくば市に置いた。90年に東京事務所を本社に格上げして、これまで「2本社体制」を敷いてきた。

 

 つくば本社の土地はすでに、物流不動産世界最大手の米プロロジスが約半分を購入し、整備し始めている。残りの半分の土地にはインテルの建物が残っている。「11年の東日本大震災後に耐震補修されており、そのまま次の入居者に手渡すのではないか」(元インテル関係者)ともみられている。

 

 インテル日本法人の広報担当者はつくば本社について「クローズ(閉鎖)すること以外はコメントできない」としている。

 

 つくば本社閉鎖と同時に人員削減も行っている。米国本社は4月にリストラを打ち出し、17年半ばにかけて約10万人いる世界の従業員を最大11%、1万2000人削減すると発表した。日本では、14年12月時点で約510人いた従業員数を約3割、150人前後削減するとみられる。最大で約200人働いていたつくば本社の人員を中心に削減する見通しだ。

 

 同社関係者は「日本で従業員を雇うのは他の国に比べてコストが高く、本社の人員削減水準(11%)より高い削減比率が日本法人に求められているのはほぼ間違いない」と証言する。インテル日本法人の広報担当者は、人員削減について「国別の削減人数は非公表」としている。

 

 ◇部品供給網に影響も

 

 インテルが日本でリストラを進める背景に、国内のパソコンメーカーの動向がある。以前は、東芝やソニー、NEC、富士通などがパソコンを主力事業にし、インテルの優良顧客となっていた。だが、各社は相次いでパソコン事業から撤退・縮小している。

 

 これに比例するように、インテル日本法人の業績は芳しくない。売上高は11年の3834億円から15年には2693億円に減少。営業利益も、11年の148億円から15年には62億円にまで減少している(図)。

 

 こうした市場の変化のなかで、インテル本社は13年、日本法人を格下げした。それまでの日本法人は、米州、欧州、アジア・太平洋に並ぶ4地域体制で、特別扱いしてきた。しかし、13年10月に江田麻季子氏が日本法人社長に就任した同時期に、日本法人を「アジア・太平洋」の下に置き、3地域体制に組織改編した。

 

 リストラの影響はインテルの日本法人内部だけにとどまらない。インテルは、半導体製造装置や関連部品、半導体部材を日本企業から仕入れるなど、日本国内で広くサプライチェーン(部品供給網)を築いている。つくば本社は、半導体や製造装置の試作品作りの一大拠点でもあったが、こうした役割は日本以外で行うことが決まっている。

 

 これまで買い付けていた日本企業の半導体装置や部材などは大きく変えないとみられているが、部材の一部や物流網などのサプライチェーンについては、“日本企業外し”が起きる可能性がある。インテルの脱パソコンの経営方針は日本にも大きな影響を与えている。(了)

 (『週刊エコノミスト』2016年12月27日号<12月19日発売>14ページより全文転載)

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週刊エコノミスト2016年10月25日号

 

特集:半導体バブルが来る!

 

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第42回福島後の未来をつくる 篠田航一/宮川裕章・毎日新聞記者=2016年12月27日号

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地下800㍍に広がるドイツ北部ゴアレーベンの高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地=2013年7月3日、篠田航一撮影
地下800㍍に広がるドイツ北部ゴアレーベンの高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地=2013年7月3日、篠田航一撮影

◇独仏の「選択」から学ぶ

◇反対派も推進派も抱える課題

 

 

ドイツ人は、論理や理屈を重視する人たちだ。筆者(篠田)は東日本大震災直後の2011年4月から4年間、ベルリン特派員としてドイツで仕事をした。この年、ドイツは国内17基の原発のうち老朽化していた8基を緊急停止し、22年までの全原発停止を盛り込んだ改正原子力法を成立させる。

 

その論理は明快だ。彼らの議論は、濃淡はあるものの、結局は「原発にはリスクがある」の1点に集約される。「事故やテロが起きたら、そのリスクをドイツは背負い切れない」という理屈だ。

 

 だが「論理的」なはずの彼らも、実際に原発から脱却しようとする過程では単純に白黒をつけられない現実に悩んでいる。

 

 ドイツは今、原発の穴埋めとして再生可能エネルギーの普及を進める。同国の総発電量に占める再生エネの割合は16年8月時点で29・0%。10年に16%程度だったことを考えれば、ドイツの「本気度」が分かる。だが、その道のりは平坦(へいたん)ではない。再生可能エネルギーを発電業者から高く買い取ることで普及させた結果の電気料金高騰もその一例だろう。そして大きな課題の一つが、送電網の整備だ。

 

 ドイツの再生エネの主力は風力だが、既に約2万基ともいわれる風力発電機が稼働する陸上はもう「満杯」のため、北部の洋上風力発電所の建設を急いでいる。一方でドイツの電力の大消費地はベンツを製造するダイムラー、BMW、重電大手のシーメンスなどバイエルン州やバーデン・ビュルテンベルク州など世界的企業が立地する南部に集中している。この地域では今後次々に原発が停止するため、電力不足が生じる懸念が出ている。

 

 このため海がある北部から産業拠点が集中する南部まで、全長約2800キロメートルの高圧送電線を増設する計画を立てている。だが今は景観破壊などへの懸念から各地で建設反対運動が起き、工事が年間数十キロしか進まない。これでは22年までの脱原発にとても間に合わない計算になる。

 

 再生エネで電力を「作る」まではどうにか順調に進めてきたが、今度は「運ぶ」ことの難しさに直面しているのが現在のドイツだ。

 

 さらに課題として挙げられるのが化石燃料との「距離」だろう。ドイツは今も電力供給の4割を石炭・褐炭に頼っている。一方で石炭・褐炭は地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの二酸化炭素(CO2)を大量に排出する。環境大国としては好ましくないが、実際に原発をなくし、再生エネが一層の普及を見せるまでの「つなぎ」のエネルギー源として、石炭・褐炭は外せない現実に直面している。ドイツに限らず世界の多くの国は原発と再生エネを単純な「二項対立」と捉えず、両者との距離を測りながら、もがき苦しんでいる。

 

 ◇フランスの現実

 

 フランスは、福島第1原発事故に対し、ドイツとは全く異質の反応を見せた。当初は同じ原発先進国である日本での事故に国民は衝撃を受けるが、メディアも次第に「事故は地震国の日本だから起きた」「フランスの安全技術をもってすれば、原子力事業は継続できる」という論調に傾く。電力の75%を原子力に依存するフランスにとって、原発ゼロはすぐに実現できる選択肢ではない。また経済的な競争相手であるドイツの脱原発は、「安い電力」としての原子力という前提を信じるならば、競争力で相手よりも優位に立てるチャンスともなるからだ。

 

 原発のシンポジウムに出席した筆者(宮川)は、フランスの原子力エリートたちがドイツを「石炭に逆戻りした国」とののしりながら、フランス製原発の英国への輸出の決定に気勢を上げる姿を目の当たりにした。だが、それでも福島の事故はフランスに覆い隠すことのできない変化をもたらしている。福島事故翌年の12年の大統領選では原子力は史上初めて争点の一つとなった。当選したオランド大統領は25年までに原子力の比率を50%に下げる「縮原発」を掲げた。それは他のどのリスクとも異なる原発の特質を、フランス国民が改めて意識した結果だろう。

 

 災害リスク以上に、テロのリスクも原発の脅威だ。しかし、特殊部隊やミサイル、レーダーなど日本より厳重に守られたフランスの原発の安全網も、実は万全ではない実態が明らかになっている。さらに原発産業関係者自身が過激思想に染まるリスクや、ドローン(無人機)など空からの新しいリスクも生まれている。

 

 筆者は、最新鋭原発が建設中の北西部フラマンビルや、日本の使用済み核燃料の処理も行うラアーグ再処理工場周辺の「原発村」、また国内最古の原発があるドイツ国境付近のフッセンハイムなどを歩き、自治体の首長や議員、原発推進派、反対派の住民の声を聞いた。

 

 どの場所でも推進派は雇用や経済的恩恵の重要さを説き、反対派は事故のリスクを懸念する。結局、原発の恩恵とリスクをてんびんにかけ、最後は政治がそれを判断することになる。しかし、その判断基準となる「安い原発」の前提は揺らぎつつある。最も大きいのは、やはり福島事故後に跳ね上がった安全対策費だ。フランス上院や政府の試算結果の中には、安全対策費の上昇から、中長期的には再生エネのコストが原発と同水準になる結果が出ている。

 

 ◇見えない「ゴミ捨て場」

 

 独仏両国に限らず原発を保有する全ての国に共通する課題が使用済み燃料の最終処分をどうするか、という「核のゴミ捨て場」問題である。核のゴミの放射能レベルが生物に無害になるのは10万年かかる。最終処分場をどこに造るのかは、人類共通の課題だ。

 

 ドイツの処分場探しは1970年代から始まり、「ドイツのゴミはドイツで処理する」と決め、国内唯一の最終処分場候補地を77年に決めた。しかし30年以上が経過し、計画を白紙に戻した。

 

 フランスは北東部の村に最終処分場のための試験施設を建設することを98年に決定、処分場は2019年の着工を目指したが、工期が延期されている。

 

 日本では青森県六ケ所村に高レベルの放射性廃棄物の中間貯蔵施設、低レベルの埋設センター、燃料の濃縮ウラン工場があるほか、使用済み核燃料から再利用可能なウランとプルトニウムを取り出す再処理工場が建設中だが完成のめどは立っていない。むつ市では使用済み核燃料の中間貯蔵施設の建設が始まっているが、この操業も延期されている。

 

 原子力関連施設で順風満帆な施設は世界に一つもないというのが現実だ。首都から遠く離れた農村や漁村が国策として核のゴミ捨て場などの開発を受け入れる構図は、最終処分場の候補地に一度は選定されたドイツ北部のゴアレーベンも、原子力関連施設が立地する青森県も同じだ。

 

 フランスでは、廃炉を十分に想定せずに設計された老朽化原発の解体作業が進められているが、安全を確保しながら、早期に解体することができるか、という難題に直面している。日本にも解体より開発優先に設計された70年代の原発が18基ある。これらの廃炉で出る解体物は低レベルの放射性廃棄物であり、これもまた行き場の確保が困難だ。

 

 そして廃炉が終われば、立地自治体で雇用を生む産業が消滅する。「原子炉解体後の経済をどうするか」は原発を持つ地域共通の課題だ。

   *    *    *

 脱原発は簡単には進まない道である。「廃炉を巡る困難」「最終処分場の建設を巡る住民と国家のあつれき」「再生可能エネルギーの弱点克服に向けた研究」など、独仏は日本と共通する問題を抱えている。

(篠田航一・毎日新聞記者)

(宮川裕章・毎日新聞記者)

篠田航一/1997年毎日新聞入社。2011年からベルリン特派員、15年から青森支局次長。

宮川裕章/97年毎日新聞入社。11年からパリ特派員、15年外信部、16年経済部。

共著に『独仏「原発」二つの選択』(筑摩選書)

浜田宏一氏インタビュー 「金融緩和を続けながら財政出動を」

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インタビュー 浜田宏一 内閣官房参与、米エール大学名誉教授 

 

◇金融緩和を続けながら財政出動を

◇シムズ論文で考えが変わった

 

 これまでのアベノミクスの効果や金融政策のあるべき姿について、安倍晋三首相の経済ブレーンである浜田宏一氏に聞いた。

 

── アベノミクスで日銀が掲げた「物価上昇率2%」の目標は達成されていない。

■アベノミクスは当初、効果があった。雇用者数は増え、企業収益は改善し、大企業を中心に賃上げの動きも広がって、政府の税収も増えた。アベノミクスの成果を否定する論者は、新卒者が就職難だった時代に戻れと言っているのと同じだ。国民生活から見ると、雇用と生産の確保が第一に重要で、物価が上がるのはむしろマイナスである。ただ、物価を上げないと雇用、生産に抑制効果が出てしまうので、私見だが物価目標は、雇用、生産向上の手段となる。

 

 初期のアベノミクスで効果が出たのは、人々により新しいインフレ的なレジーム(政策)を期待させたこともあるが、一義的には量的緩和が円レートの下落と結びついていたからだ。ところがその後は、米大統領選でのトランプ氏当選までは円投機の影響なのか、金融緩和が円安に結びつかなかった。そのため特にこの1年間、量的緩和の効果が頭打ちになってきた感はある。円市場が動く時には金融政策だけで十分な収穫があったが、金利がほぼゼロの状況の中で徐々に量的緩和の効果が薄れつつある。

 

── ではどうすればいいのか。

■一番よいのは、金融緩和を続けながら政府が財政支出、あるいは減税をすること。そうすれば、需要が増えて金利が上がる。通常は、公共投資増による公債発行増大に伴う利子率上昇が民間投資を阻害する「クラウディング・アウト」効果が出てしまうが、同時に金融緩和も継続すれば、金利上昇を抑えられる。金融緩和で財政政策の効果を強化できる。

 

 ◇リフレの否定ではない

 

── これまでは財政出動を主張していなかった。

■2016年8月に米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれた会合でクリストファー・シムズ米プリンストン大学教授が発表した論文を知り、考えが変わった。シムズ教授は日本の現状について「金利がゼロに近い状況で金融緩和は効かず、マイナス金利の深掘りも金融機関のバランスシートを損ねるが、財政出動も併せて行えば効果はある」という指摘をしている。それは政府、日銀を除く国民のバランスシートを考えると自然な発想で、財政政策も重要だ。

 

── 11月15日付『日本経済新聞』朝刊のインタビュー記事で「かつて『デフレはマネタリーな現象だ』と主張していたのは事実で、学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない」と発言したことが、一部で「リフレ政策や量的緩和を否定する発言」と解釈されて話題になっている。

■量的緩和という薬Aが最も日本経済に効くと考え、金融政策を進めてきた。そしてそれがアベノミクス初期には予想以上に効いた。今回の私の発言は、患者の状況が変化したので、これから財政政策という薬Bも併用したほうがAの効果も強まると言っているに過ぎない。アベノミクス初期にはAだけでもこれだけ効いたのだから、Aだけを勧めたことを批判されるのは心外だ。

 

 私が「デフレは専ら貨幣的現象だ」と言っていたのは事実だ。岩田規久男・日銀副総裁が主張してきた金融政策も同じような考えによるもので、アベノミクスは日本経済を生き返らせるのに成功した。しかし、5%から8%という高率の消費税引き上げにより、総需要、特に消費需要がマイナスの影響を受け、金融政策による日本経済の救済の妨げになっている。

 

 また、外国為替市場における投機的な円買いなどにより円高が進み、量的緩和の効果が弱まることもあった。今は、減税、貨幣や流動性資産にしがみつく企業への付加税など、金融政策を補助するために財政措置を利用するのが望ましいと考える。昔の不十分な説を修正するのは、学者としての正しい態度だと思っている。

 

 ◇日本経済の目先は楽観

 

── 財政出動というが、国と地方を合わせた債務残高は国内総生産(GDP)に対して200%を超え、日銀の国債買い入れの限界も指摘されている。

■日本の負債の総額から資産を引くネットで考えれば、130~140%くらいで、財政赤字は拡大解釈されている。財政赤字は国民の消費の拡大のために、デフレの時は必要だという学説もある。

 

── 金融緩和のためには、日本国債でなく、米国債など外債を購入するという選択肢もあるのでは。

■その通りだ。しかし、米国債の購入も、事実上の為替介入だとして米国は文句を言うかもしれない。特にトランプ氏はそういう問題に派手に反応する可能性がある。

── トランプ氏は中国と日本を「為替操作国」と主張していた。

■現在の日本は「為替操作国」ではない。16年春に円高が進んだ時、私は財務省に「為替介入すべきだ」と進言したが、米国の学者が我々に「(為替介入をしたら)TPP(環太平洋パートナーシップ協定)はあきらめろ」などと脅してきた。学者としては、為替は金融政策で決めて介入しないというのが基本的な立場だが、日本の通貨当局が何もしないと、ヘッジファンドなどが投機的な円買いをしてくるので、短期的、投機的な乱高下を防ぐために介入してもいい時はある。

 

── トランプ氏はTPPにも反対している。

■米国実業界にとって、TPPほどうまい話はなかった。共和党も建前上、オバマ大統領の政治的成功を認めたくないので、どこかで「本音」に戻るには、何か儀式が必要だろう。TPPがだめでも、同じような貿易協定ができないかを米国が考える余地はあると思う。

 

── 米国経済の見通しは。

■未知数だ。ただ一つ言えるのは、トランプ氏は大統領に再選されたいと思うだろうから、次の選挙にマイナスになることはしないだろう。希望的には、政策が極端な方向にいく歯止めになり得る。

 

── 17年の日本経済に楽観的か、悲観的か。

■米国が財政出動をすれば景気もよくなり、日本経済にも波及するので、目先は楽観的。だが、トランプ政権は矛盾だらけの政策を追求しそうなので、予想外の波乱もあるだろう。

(聞き手=藤枝克治/松本惇/藤沢壮・編集部)

【この記事の掲載号】

週刊エコノミスト2016年12月27日号

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トランプでゲームチェンジ◇米好景気で日本の内需拡大へ

 

2017日本経済総予測

 第1部

第2部 金融政策の行方

第3部 日本の未来を開く産業

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週刊エコノミスト 2016年12月27日号

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特別定価:670円(税込み)

発売日:2016年12月19日

2017

日本経済総予測

 

◇トランプでゲームチェンジ

◇米好景気で日本の内需拡大へ

 

「トランプで流れが変わった」「今がチャンスだと思って来た」

 野村証券グループが12月13~14日に東京国際フォーラムで開いた資産運用フェアには、同様の開催形式になった2012年以降で過去最高となる約1万4300人が訪れた。来場した個人投資家からは、大規模なインフラ投資や減税政策を進めるとするドナルド・トランプ次期米大統領の経済政策「トランプノミクス」に期待する声が相次いだ。続きを読む

 


経営者:編集長インタビュー 山本明弘 広島市信用組合理事長

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◇融資こそ地方創生のロマン

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 投信や生命保険は一切販売せず、預金と融資に特化して業績を伸ばしている金融機関が広島にある。純利益28億円は県内の上場企業47社と比較しても14番目だ。

 

── 広島市信用組合とは一言でいうとどんな金融機関ですか。

山本 中小零細企業に特化した相談しやすい金融機関、リスクテークをする金融機関です。他者に負けないスピードがあります。

 

── スピードとは。

山本 基本的に融資の決済は3日で判断します。支店長と得意先係は毎日融資先を歩き、会社の技術力、成長性、経営者の人間性まで見て、財務状況を常に頭に入れています。この日ごろの活動があればおのずと答えは早くなるのです。

 

── 大口融資となれば本店の決済も必要では。

山本 私は毎朝5時20分に出社し、34支店の支店長日誌すべてに目を通します。6時45分から約1時間の役員会議を開き、融資先を含め、あらゆる情報を共有します。パートを含め職員445人すべての顔が見える。だから即決できるのです。

 

── なぜ融資に特化できるのか。

山本 投信や生命保険を一切販売していないからです。それをやれば職員が説明のために準備や余計な時間が取られる。しかも投信はお客様に損をさせることもある。だから投信や保険は一切販売しないのです。

 もう一つは不良債権をバルクセール(まとめ売り)で徹底的に処理してきました。これをやったおかげで職員は不良債権処理の後ろ向きの仕事に時間が割かれることがない。

 

── バルクセールの実績は。

山本 2001年以来、件数にして2550件、累計で560億円の不良債権を処理してきました。お客様とじっくり話し合って進めたため、トラブルはゼロです。この結果、問題企業の2割弱が再生しました。

 

── 不良債権は激減しましたか。

山本 現在の不良債権比率は2・64%。全国比較でも良好な数値ですが2年前から少し増えました。というのも従来7000万円以上の赤字・繰り越し欠損・債務超過の融資先の査定を今期から4000万円に下げました。基準を厳しくして引当金を積んでおけば、どんな金融危機が来ても対応できるという判断です。

 

 9年前から法人と大口融資先を対象に財務状況などを載せたディスクロージャー誌を職員が手分けして配布するローラー作戦を開始した。その数は1万5000軒。地元では「シシンヨー」の愛称で呼ばれ、この対面の活動が「投信も保険も売らないから安心」と新たな預金の獲得につながるという。

 

── リスクを取る金融機関とは。

山本 取引して2年以上が経過した法人に、最高2000万円までの事業性融資をカードローンで提供しています。金利は9・5%ですが、担保は求めません。もう一つは住宅ローン。年収が300万円前後の人でも人間をよく見て25~30年、1500万~2500万円の住宅ローンを提供しています。金利は2・5~3・5%。多少金利が高くても「家が持てた」と喜んできちょうめんに返済していただけます。

 

 ◇格付けは全国で3位

 

── 今期の業績見通しは。

山本 本業の利益を示すコア業務純益は83億5000万円、当期純利益は29億5000万円で、いずれも過去最高を見込んでいます。

 

── 財務状況は。

山本 自己資本比率は今期末で10・15%を達成する見込みで全国265の信用金庫、153の信用組合の中で3位となるシングルA(日本格付研究所)の格付けです。当組合は社債を発行していませんが、この強固な財務体質で顧客が安心し、大口の預金獲得も可能となるのです。

 

── しかし信組の融資対象は従業員300人以下か資本金3億円以下の事業者に限定されています。

山本 だからこそまだまだ取引していないお客様がたくさんいるのです。地域の金融機関はいま再編や分野統合、異業種連携が活発ですが、それ自体が目的になり、握手をして終わりということになりかねない。

 

 大事なのはその後の経営です。当組合は3年前、広島大学と提携しているバイオ医薬ベンチャーに1億円の融資をしました。この会社が大手製薬会社と提携し、上場も視野に入りました。過去には現在上場している信販会社や大手流通企業に融資してきた実績もあります。誰も振り向きもしない赤字の会社を独自の眼力で見つけ将来にかける。それこそが地域の創生につながる融資のロマンではないでしょうか。

 

── 収益はどう還元しますか。

山本 現在も支店のリニューアルを続け、お客様の利便性を図っています。懸賞金付きの定期預金で預金総額に対し0・3%程度の利益還元もしています。この「ハッピードリーム定期」の残高は2000億円になりました。10月には新入職員の初任給を1万6000円アップしました。地域、法人、預金者、組合員、そして職員に利益を還元するのが我々の役目です。

 

── 課題は何ですか。

山本 人材育成、それしかない。私の後任を含め、職員全員を融資大好き人間に育てていくこと。もう一つは女性の登用です。すでに28人の支店長代理が女性で、42人の女性係長もいます。育児休暇後の復帰率は100%。これも続けていきたい。

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 35歳で支店長になり、融資のことで絶えず本部の審査部と大げんかしていました。担保がなくても「私が確かめたから大丈夫だ」と日々、格闘していました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 本ではないですが、新人の頃、得意先係で経験した挫折からの教訓「お金は貸すものではなく、使っていただくもの」という顧客目線の経営哲学です。

 

Q 休日の過ごし方

A 土曜日は半日だけ仕事をします。日曜は完全休養して、ドライブに行ったり、妻と小旅行しています。

………………………………………………………………………………………………………

 ■人物略歴

 ◇やまもと・あきひろ

 山口県出身。県立宇部高校、専修大学経済学部卒業。1968年広島市信用組合入組。2001年専務理事、04年副理事長を経て、05年6月より現職。71歳。

………………………………………………………………………………………………………

事業内容:信用組合

本社所在地:広島県広島市

設立:1952年

出資金:185億円(2016年9月30日現在)

職員数:414人(16年9月30日現在)

業績(16年3月期)

 コア業務純益:82億7300万円

 当期純利益:28億6600万円

特集:日本経済総予測2017 2016年12月27日号

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◇トランプでゲームチェンジ

◇米好景気で日本の内需拡大へ

 

「トランプで流れが変わった」「今がチャンスだと思って来た」

 

野村証券グループが12月13~14日に東京国際フォーラムで開いた資産運用フェアには、同様の開催形式になった2012年以降で過去最高となる約1万4300人が訪れた。来場した個人投資家からは、大規模なインフラ投資や減税政策を進めるとするドナルド・トランプ次期米大統領の経済政策「トランプノミクス」に期待する声が相次いだ。

 

東京都内に住む無職男性(65)は「トランプ相場で株価も上がっているので興味があって来た。株で老後の資産運用をしたい」と意気込む。約50年間、株式投資をしているという別の無職男性(69)は、所有しているアパートを売却してその利益数千万円全額を株式投資に充てるつもりだ。「トランプ相場で株価はまだまだ上がると思う」。

 

 会場には約80のブースがあり、参加した各企業が自社の魅力をアピールしたほか、エコノミストらの講演会も開かれた。主催した野村インベスター・リレーションズの担当者は「例年よりも熱心に話を聞いている人が多かった。トランプ相場に乗り遅れたという焦燥感がある人もいたようだ」と語る。

 

 11月8日の米大統領選以降、日経平均株価は上昇を続け、12月15日には一時、約1年ぶりの高値となる1万9400円台まで上昇。ドル・円相場も、14日に米連邦準備制度理事会(FRB)が1年ぶりの利上げを決め、17年の利上げペースが加速するとの見通しが強まったため、約10カ月ぶりの円安水準となる1ドル=118円台をつけた。マネックス証券の広木隆チーフ・ストラテジストは「17年秋ごろまでに125円くらいまで円安が進むのではないか」と見る。

 

 東京証券取引所によると、大統領選前の東京市場は1日の売買代金が活況の目安となる3兆円前後を大きく下回る2兆円以下になることも多く、株式市場は閑散としていたが、大統領選後は、売買代金が4兆円に迫る日もあるなど3兆円を超えることが多くなった。

 

 

 個人投資家から証券会社への相談も増えている。みずほ証券では、例年1月に全国の各支店で開く「新春セミナー」の応募者数が、前年の同じ時期に比べて約3割増加。別の証券会社では、相談件数が通常時の1・5~2倍といい、担当者は「大相場の前兆という気がしてならない」と話す。

安倍首相はさっそくトランプ詣で(2016年11月17日NYで、内閣広報室提供)
安倍首相はさっそくトランプ詣で(2016年11月17日NYで、内閣広報室提供)

◇1年半から2年は好景気

 

ランプノミクスによる米国の需要増は貿易や為替を通じて日本の実体経済にも波及する。自動車や建設機械など米国への直接的な輸出に加え、アジア各国の輸出も増えるため、アジアに部品などを供給する日本企業の輸出も増加。また、円安効果で企業業績が回復し、賃金が増加することによって家計のマインドも改善して消費の押し上げ効果も出る。

 

JPモルガン証券の鵜飼博史シニア・エコノミストは「日銀が長期金利を0%程度に誘導しているため、上昇している米国の金利との差が広がり、他国に比べて対ドルでの通貨安が進んでいる。日本が部品を輸出しているアジアの最終需要先は米国で、間接的にも米国の恩恵を受けやすい」と指摘する。

 

では、トランプノミクスによる日本の好景気はいつまで続くのか。

 

ある大手生命保険会社幹部は「財政出動により米国の景気が回復するのは中期的には日本経済にとって前向きな話。その先に米国の財政赤字が膨らむという副作用はあるだろうが、17年は大丈夫だろう」と見通す。

 

また、BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「米国が財政資金をばらまけば、1年半から2年は米国の成長を一時的にかさ上げするだろう」と見る。その後、米国に景気後退期がやってくる可能性は高いが、少なくとも17年はこの好景気が持続する可能性が高いという。つまり、その間は日本も米国の恩恵を受けられる。

 

週刊エコノミストが証券会社や民間シンクタンク17機関に17年の日本経済の見通しについてアンケート調査をしたところ、実質GDP成長率が1%以上成長すると見込んだのは13機関に上った。シティグループ証券はトランプノミクスの影響を主因として0・2ポイント上方修正した。

 

最も予想が割れたのは住宅投資。4・5%増を見込む三菱UFJモルガン・スタンレー証券は「住宅ローン金利が低いことが需要を喚起し、住宅価格の上昇が見込まれるため、前倒し需要も出てくる」と投資が増えると見る。一方、みずほ総合研究所は「相続税対策のアパート建設が一服し、建設費用の高騰で住宅価格も上がっており、需要は剥落する」とマイナスを見込む。

 

 ◇ロボット投資も活発化

 

 日本の経済成長を後押しするのはトランプノミクスだけではない。国内に目を向けても好材料がある。その一つは人手不足を背景とした産業用ロボットなどへの投資だ。

 

 17年には「団塊の世代」が70代に突入する。また女性の雇用状況も、総務省によると16年10月の女性(15~64歳)の労働参加率は68・5%で、女性雇用に先進的な北欧とほぼ同水準。これまでの人手不足を補ってきた女性や高齢者の雇用が頭打ちになる可能性が高い。

 

 その代わりの「人手」として産業用ロボット投資は増加傾向にある。自動車や電気機械を除く製造業で16年1~3月期に四半期ベースで過去最高の179億円を記録。UBS証券の青木大樹・最高投資責任者は「トランプノミクスで輸出企業の需要が増えれば、設備拡大のため、さらに産業用ロボット投資を進める企業も増えるのでは」と分析する。

 

 全国銀行協会会長の国部毅・三井住友銀行頭取はトランプ氏の登場で、「従来の金融・経済環境が全く変わるゲームチェンジとなる可能性がある」と期待する。

(松本惇・編集部)

特集 日本経済総予測2017の記事一覧

第1部

20 トランプでゲームチェンジ 米好景気で日本の内需拡大へ ■松本 惇

23 GDPトランプノミクスで底上げ 日本の成長率0.3%アップ ■吉川 雅幸

25 インタビュー 伊東 光晴 京都大学名誉教授

26 アナリスト予想 為替・株はどう動く

   壁谷 洋和/謝名 憲一郎/山田 一郎/尾河 真樹/唐鎌 大輔/内田 稔

28 貿易 米TPP離脱はチャンス アジア市場を取り込め ■青木 大樹

30 内需 補正予算と五輪で公共投資増 消費改善へ ■愛宕 伸康

32 インタビュー 吉川 洋 立正大学教授・財政制度等審議会長

 

第2部 金融政策の行方

33 インタビュー 浜田 宏一 内閣官房参与、米エール大学名誉教授

34 シムズ論文 財政が物価を決める ■藤枝 克治

35 追い詰められた日銀 次の一手がない黒田総裁 ■熊野 英生

37 で、どうすれば<1> 財政出動支える金融緩和を ■片岡 剛士

38 で、どうすれば<2> デフレ脱却の見込みなし ■服部 茂幸

 

第3部 日本の未来を開く産業

82 シェアリング・エコノミー 利用広がるウーバーイーツ、民泊■松本 惇/藤沢 壮

85 ロボットが活躍 ハウステンボス、介護施設、携帯ショップでも■山田 紀子/藤沢 壮

87 インタビュー 石黒 浩 大阪大学教授

88 自動運転 自動車業界は“再構築”へ ■貝瀬 斉

90 電力再編 東電救済で膨らむ国民負担 ■高橋 洋

92 ガス自由化 電力会社などが新規参入 ■橘川 武郎

94 再開発 銀座、大手町、赤坂… 都心で進む ■編集部

週刊エコノミスト2016年12月27日号

特別定価:670円(税込み)

発売日:2016年12月19日

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