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クリストファー・シムズ 米プリンストン大学教授インタビュー「政府債務、インフレで解消」明示を

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「金融政策のみではインフレ率の長期的な変動をコントロールできない」とする「物価水準の財政理論(FTPL)」を主張するシムズ教授に、デフレ脱却のための処方箋を聞いた。

(聞き手=坂井隆之、小倉祥徳・毎日新聞経済部、稲留正英・編集部)

 

── 20年に及ぶ政府の財政支出と日銀の金融緩和にもかかわらず、日本はデフレから脱却できていない。

 

シムズ 金融政策と財政政策が連係していないからだ。主要国では長い間、物価とインフレ政策は中央銀行の所管であるとの合意があった。一方、政府は物価水準にかかわらず、財政支出と政府債務をコントロールしている。この役割分担は、物価水準がプラスの時は機能する。しかし、金利がゼロ近傍にあったり、ハイパーインフレの時は機能しない。なぜなら、この状態では、中央銀行は単独ではインフレをコントロールできないからだ。

 

 私の提案は、人々に「財政支出拡大の目標は、インフレの創出である」と明示することだ。言い換えれば「政府の債務はインフレによって解消される」と理解してもらうことである。全ての政府債務がインフレで帳消しになるのを意味するわけではない。現在行われている財政支出の拡大が、将来の増税や歳出削減を伴わないことを人々に周知することが重要だ。

 

 日銀はインフレの創出に財政の支援が必要であることを認め、政府はインフレは政府の債務管理政策に関係があると認めるべきだ。

 

── それはどのように機能するのか。

 

シムズ 今、日本国債は魅力的な投資先に見える。しかし、将来の増税や歳出の削減が保障されなければ、政府債務を削減する唯一の手段はインフレの創出しかない。そのことを人々が「明示的」に理解すれば、インフレにより価値を失う国債は魅力的な投資先でないことに気付き、そのお金を現在の消費に振り向けたり、もっと実体のある投資に向ける。この政策を実現するためには、人々の将来に対する期待を変えなければならない。

 

── 安倍首相は消費税の税率の引き上げを2019年10月に延期した。

 

シムズ 物価上昇率が目標を下回っている限りは、財政再建を延期することは意味がある。しかし、私は財政再建の目標を「期日」ではなく、「インフレの創出」に切り替えるべきだと考える。なぜなら、このままでは消費税率引き上げの時期に近付くと、再びその警戒感が景気を下押す方向に作用するからだ。だから政府は、例えば「2%のインフレが6カ月間達成されたら、消費税を引き上げる」と明示すればよい。

 

 ◇政府債務多いほど効果

 

── 日本の公的債務は1000兆円を超える。このような状況でもあなたの理論は適用できるのか。

 

シムズ 債務の大きさは適用しない理由にならない。むしろ大きいほど効果が大きく現れる。問題は人々が長年のデフレ状態に慣れ、こうしたインフレを創出する政策に懐疑的になっていることだ。その期待を変えることが難しい。

 

── いったんインフレが生じたらコントロールできない危険性はないのか。

 

シムズ 大きな懸念はないと思う。日本をはじめ先進国はインフレの加速を制御するさまざまな手段を備えている。日銀のバランスシートは大きく膨張しているが、金融機関が預ける準備預金の金利を引き上げることにより、行き過ぎたインフレを抑制できる。

 

── 万一、急激なインフレが起きた場合は、国債を保有している金融機関の経営に大きな影響が出る。

 

シムズ 確かに、金利が長期間固定されている資産を運用する民間金融機関はインフレにより困難に陥るかもしれない。日本の場合は、政府系の金融機関が国債を大量に保有しているという問題もある。

 

 しかし、この政策は政府が「インフレにより誰も損をしない」と宣言したら成功しない。この政策の目的は、国債の保有者にインフレにより損をこうむるかもしれないと感じてもらい、他の実体のある投資や消費にお金を振り向けてもらうことだ。

 

 米国では大恐慌時代の1930年代に、大統領選を契機に人々のインフレ期待が劇的に変わり、実際にインフレになった経験がある。だから日本でも同様のことが起こる可能性がある。大半の日本人は、このままゼロ金利に張り付くよりも、緩やかなインフレの創出を望むのではないだろうか。

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 ■人物略歴

 ◇Christopher Sims

 1942年生まれ。米ワシントンDC出身。2011年にトーマス・サージェント米ニューヨーク大学教授と「マクロ経済の原因と結果に関する実証的な研究」でノーベル経済学賞を受賞。

*『週刊エコノミスト』2017年2月14日号「FLASH」掲載

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 ◇金融緩和を続けながら財政出動を

 ◇シムズ論文で考えが変わった

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特集:電池バブルがキター! 2017年2月14日号

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◇リチウム電池が急拡大

◇世界の車が電動化する

 

 

 電池関連企業の業績が好調だ。日立化成は1月25日、2017年3月期連結の最終利益予想を395億円(前年同期比2・6%増)に上方修正した。従来予想は前年比9・1%減の350億円だったが、足元の好業績を反映して一転、増益となった。

 

 売り上げ増の中で目を引くのが、同社が世界シェアトップを誇るリチウムイオン電池用の負極材の伸びだ。足元の売上高は、前年同期比27%増だった。上方修正を好感して同社の株式は続伸し、発表から2日後の1月27日の終値は、1年前の1・9倍の3275円を付けた。同社は、負極材の需要を追い風に、茨城県内の2工場を増強中だ。

 

 ◇世界中で設備投資

 

 リチウムイオン電池関連の設備投資は、日立化成に限ったことではない。世界では、車載用トップシェアを占めるパナソニックや、韓国のサムスンSDI、LG化学が米国、欧州、中国に次々と車載用工場を建設している。連動して電池の部材、つまり、正極材、負極材、セパレーター、電解液などを手がける化学メーカーが世界中で設備投資を加速させている。さらに、電池の品質検査機器や部材メーカーへの原材料供給でも設備投資が活発化している。

 

 東京商工リサーチ情報本部の原田三寛部長は「電池産業は裾野が広い。地方でも相当な設備投資がもたらされている」と話す。

 

 なぜ今、設備増強なのか。それはリチウムイオン電池市場に大きな転換点が訪れているからだ。携帯電話やパソコン向けなど民生用が中心だった主戦場が、車載用にシフトしているのだ。18年以降、自動車の環境規制が世界各国で大幅に強化され、車載電池需要が急拡大する。それを見越して各社は生産能力の増強を競っている。

 

 18年に大きくルール変更されるのは米国市場だ。国内では、カリフォルニア州など10州でZEV(ゼブ)(Zero Emission Vehicle=無公害車)規制が敷かれている。新車販売台数が一定以上の「大規模事業者」(トヨタ自動車やゼネラル・モーターズなど6社)に対して、一定割合の無公害車の販売を義務づけるものだ。

 

 無公害車とは、現在は(1)電気自動車(EV)(2)水素などを使う燃料電池車(FCV)(3)プラグインハイブリッド車(PHV)(4)ハイブリッド車(HV)(5)低排ガス車(PZEV、低公害の先進技術を搭載したとして認定される)、の五つの車種を指す。大規模事業者は5車種ごとの販売枠をクリアしなければならない。できない場合は、当局に罰金を支払うか、基準超過メーカーから排出枠(クレジット)を購入しなければならない。

 

 このZEV規制では18年以降、HVとPZEVはもはや「無公害車」とは認められなくなる。車メーカーはEV、FCV、PHVの3車種を一定割合販売しなければならないのだ。うち、FCVは水素充填(じゅうてん)設備が整っていないことが普及の妨げとなっている。このため、車メーカーはEVやPHVを強化する戦略を取ることになりそうだ。BMWやマツダなどは中規模事業者に指定されており、大規模事業者よりは緩いが、環境規制を受ける。

 

 欧州や中国でも環境規制強化が進んでいる。みずほ銀行産業調査部の斉藤智美調査役は「各地の環境規制に対応するために、欧米自動車メーカーはPHVとEVの投入を加速しつつある」と分析する。矢野経済研究所によると、車載用リチウムイオン電池の世界市場規模は、毎年30~40%の成長を続け、2020年には16年の4倍に当たる15・5万メガワット時に達するとみられる。

 

 ◇価格競争過熱のおそれも

 

 電池関連で世界シェア1位の日本企業は日立化成やパナソニックだけではない。セパレーターの旭化成、車載用電解液の三菱化学。日本政策投資銀行産業調査部の餅友佳里副調査役は「日本は電池メーカー・部材メーカーが二人三脚で最先端の技術開発を進めたので、世界市場で存在感を示す企業が多い」と指摘する。

 

 民生用に比べて、車載用は大型化している上に、安全性がより求められるため、発熱・発火しないよう高い品質・工程管理が求められる。日本勢にとって、技術力の高さを発揮できる市場と言える。

 

 ただし、中国・韓国勢が台頭してきているのは事実だ。この影響は価格面に及んでいる。産業デバイス新聞の調べでは16年8~10月期の国内車載用リチウムイオン電池の単価は前年同期比約2割減だった。競合相手が増えたために、市場は拡大しているものの、価格競争が激化していることがうかがえる。

 

 日本の電池業界では、00年代に三洋電機(後にパナソニックが吸収)とソニーが民生用リチウムイオン電池で世界シェア1、2位を独占したものの、10年以降サムスンSDIなど韓国勢に追い上げられた苦い思い出がある。車載用市場の価格競争が過熱すると、巨額の投資が回収できない恐れも出てくる。

 

 電池業界では、価格競争で中韓勢に敗北を喫した過去の例を引き合いに「第二の半導体・太陽光電池にしてはならない」が合言葉になっている。

 

(種市房子・編集部)

特集「電池バブルがキター!」記事一覧

リチウム電池が急拡大 世界の車が電動化する ■種市 房子

電池需要なぜ増える? 1 欧米メーカーがEV注力 ■貝瀬 斉

電池需要なぜ増える? 2 急拡大する中国市場 ■黒政 典善

電池需要なぜ増える? 3 電力システム制御の「定置用」 ■種市 房子

部材メーカー担当役員インタビュー

  高山 茂樹 旭化成セパレータ事業本部長

  荒木 良剛 三菱化学電池本部長

Q&A リチウムイオン電池を基礎から学ぶ ■鷹羽 毅

これが電池銘柄だ! 日本企業の技術力に強み ■和島 英樹

台頭する中国部材メーカー 日本は海外の戦略転換が急務 ■稲垣 佐知也

パナソニック・テスラ連合 EV普及の起爆剤か 価格競争の号砲か■種市房子/土屋 渓

サムスン、LGもEVベンチャーに供給 ■種市 房子

ソニーは撤退、日産は売却へ 日の丸メーカーが招いた落日 ■佐藤 登

航続距離の競争 電池を使うノウハウが鍵 ■川端 由美

リチウムの次は何か 材料研究では日本がリード ■木通 秀樹

インタビュー リチウムイオン電池生みの親 吉野 彰 「車向けは第二の波 次世代電池も開発進む」

週刊エコノミスト 2017年2月14日号

定価:620円

発売日:2017年2月6日


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経営者:編集長インタビュー 辻庸介 マネーフォワード社長

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◇家計と企業のおカネをダイエット

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 金融とIT(情報技術)の融合である「フィンテック」を使ったベンチャー企業として注目されています。現在の事業は。

辻 主に二つあります。一つは、個人がスマートフォンで使う自動家計簿・資産管理アプリ「マネーフォワード」で、登録ユーザー数は1月に450万人を超えました。

 もう一つが、中小企業や個人事業主向けの「MFクラウド」で、会計や確定申告、経費などをインターネット上で管理するサービスです。この利用者数は、50万ユーザー(法人や個人事業主)を突破しています。

 

── 家計簿アプリの強みは。

辻 約2600社の金融機関やクレジットカード会社の情報と連携して、「電気代」や「交際費」など自動でデータを仕分けし、家計の見える化をします。レシートなどをスマホのカメラで撮って、支出内容を自動認識する機能もあります。家計簿を自動で作れるので、支出しすぎている項目や、1年前と比べて資産がどう推移したかなどを楽に確認できるようになります。

 このアプリを使って、月1万1000円以上の収益改善(節約)効果があったという調査もあります。体重を毎日記録するダイエット法「レコーディングダイエット」にも似ていて、おカネを意識することで、おカネの使い方が変わってきます。

 

── どこで収益化しますか。

辻 家計簿アプリでは、三つあります。一つ目が有料版です。月額500円払うと、1年以上前のデータを見られたり、11件以上の口座と連携したりできます。月間平均2万円以上の収支改善につながったというアンケート結果も出ています。

 二つ目は広告モデルで、アプリ内に出る広告を主に金融機関から出していただいています。三つ目は、「マネフォワード・フォー・○○銀行」という形で、銀行と連携した家計簿アプリを提供し、提携企業から利用料をいただいています。今は、住信SBIネット銀行、静岡銀行など8行と提携しています。

 

── 法人向けの「MFクラウド」の料金体系は。

辻 例えば、会計事務所や中小企業、個人事業主など向けに提供する会計サービスは、月額1980円からです。個人事業主向けの確定申告サービスは月額800円、経費サービスは、従業員1人当たり月額500円というようなイメージです。

 

── 最終的に目指す姿は。

辻 おカネのモヤモヤを取っ払って、おカネについて悩まない世界を追求したいです。今は使ったおカネの把握を自動化するところまでは来たので、将来は、投資や保険、子供の養育資金をどうするかなど、現状把握から将来のおカネに関するサービスへと発展させていきたいです。

 

 ◇ロボアドや融資にも

 

 設立は2012年5月。辻社長がソニーやマネックス証券時代に働いた元同僚や友人6人が集まった。いずれも「金融とITが好きなメンバー」(辻社長)。今は、ジャフコやマネックスベンチャーズなど企業の出資を集め、社員数は230人まで拡大している。

 

── 起業当時から家計簿アプリを出していたのですか。

辻 いえ、当初は構想だけで、アプリを出したのは設立から半年後の12年12月です。ビジネスモデルも考えずに始めましたが、13年7月に有料版を開始したところ、契約者が出てきて「このサービスは将来性がありそうだ」となりました。そして、13年11月には、法人向けの「MFクラウド」を開始し、キャッシュフローが出てきたのが15年ごろからです。

 

── 家計簿アプリはなぜ成功したのでしょうか。

辻 よく働いたこともあると思います(笑)。それは半分冗談ですが、当時はスマホが普及するなかで、スマホに特化した家計簿サービスはありませんでした。それと、成功させる“必殺技”はなくて、利用者の話をひたすら聞いて、新機能や使い勝手などすぐに対応しました。

 それが口コミで広がり、アプリ配信サイトでのレビュー(評価)が良くなりました。14~16年まで3年連続でグーグルの「グーグルプレイ・ベストアプリ」にも選ばれ、ユーザー数もまた増えていきました。開発陣を社内で抱えているので、開発スピードはかなり速いと思います。

 

── 銀行などの口座情報をスマホのアプリに出すことが心配な利用者もいます。

辻 当社の信頼の要はセキュリティーです。金融機関出身者が経営陣に多いので、お預かりしたデータは暗号化して厳重に保管して、金融機関並みのセキュリティーをしています。許諾なしに外部に出すことはありえない。そういうことをすると、我々のサービスが終わってしまいます。当社は行動指針を作っていて、「利用者視点」「技術主導」「公平」の三つを掲げています。

 

── 今後の展開は。

辻 当社は15年12月に、投資を自動で指南するロボットアドバイザー(ロボアド)を展開する「お金のデザイン」(東京都港区)に出資しました。資産運用などでどう連携するかも考えています。

 また、融資の新しい与信モデルも構築しています。すでに、法人や個人事業主向けの融資審査をGMOペイメントゲートウェイと始めています。今は9行と話しており、融資でも新しいおカネの流れを作っていきたいです。そして、海外にもアジア諸国から積極的に展開していきます。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 2009~11年に米国へ留学しましたが、英語が苦手だったのでかなり苦労しました。帰国後、36歳で起業しました。

 

Q 「私を変えた本」は

A インテル元CEOのアンドリュー・グローブさんの『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』。柳井正さんの『経営者になるためのノート』。あとは、藤田田さんの本も好きです。

 

Q 休日の過ごし方

A 休みが取れる日は、テニスをしたり、本を読んだり、子供と遊んだりしています。

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 ■人物略歴

 ◇つじ・ようすけ

 1976年大阪府生まれ。甲陽学院高校(兵庫県)卒、京都大学農学部卒。2011年米ペンシルベニア大学ウォートン校MBA修了。ソニー、マネックス証券を経て、12年マネーフォワード設立。40歳。

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事業内容:家計簿アプリ、会計ソフトなどのITサービス運営

本社所在地:東京都港区

設立:2012年5月

資本金:22億9000万円

累計資金調達額:約48億円

従業員数:230人

業績 売上高:非公開

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FTPLで論争 説明できない日本のデフレ 増税延期でも物価上昇せず

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米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授は2月1日、東京都内で講演し、財政政策でインフレを起こせるとの持論を展開した。ただ、続いて開かれた討論会では、日本の経済学者から「今の日本に当てはめるのには抵抗がある」など、疑問視する声も上がった。

 

 シムズ教授は、政府が消費増税や財政再建の目標を凍結することで、国民が消費や投資を増やすと主張、2%の物価上昇目標を達成するまで消費増税しないことを明示すべきだとの考えを示した。

 

しかし、シムズ教授の教え子でもある一橋大学大学院の塩路悦朗教授は、2014年と16年に2度にわたって消費増税を延期したにもかかわらず、いずれも国債市場や物価が反応しなかったと強調。増税延期で政府が財政赤字を容認したと言える状況だったのに、物価が上昇しなかったのはなぜか、今の日本の状況に「物価水準の財政理論(FTPL)」が当てはまるのか、と疑問を呈した。

 

 塩路教授は、FTPLの前提に立てば、政府が借金の返済を放棄し、中央銀行も肩代わりをしないという「ダブルで無責任な体制」が必要だと説明。現在の日本は既に、政府の債務返済見通しは立っておらず、日銀も「財政ファイナンスはしない」と宣言しているため、この無責任体制は成立していると指摘した。

 

 その上で、政府や中央銀行の無責任が永久的に続けばハイパーインフレに陥ってしまうため、「物価上昇目標を達成するまで、限定的に無責任な行動が可能なのかが焦点になる」と述べた。

 

 ◇人々の予想と矛盾

 

 また、東京大学大学院の渡辺努教授は、日本国債の価格に注目。FTPLでは、人々が財政収支が改善しないと予想すれば、国債の価値が下がり、物価は上昇することになる。実際、米国が大恐慌でデフレに陥り、公共事業などで財政支出を拡大させた1930年代には米国債の価格が下がった。しかし、日本はアベノミクスによる財政拡大後も国債価値は高止まり、物価が下がっているため、FTPLと整合的ではない、と指摘した。

 

 渡辺教授は、年金保険料を滞納している若者が増えていることを挙げ、「それは将来、政府が年金を払うお金がないだろうと見ているからだ」と分析し、人々が将来にわたって財政赤字が解消しないと予想しているにもかかわらず、物価が上昇しないこともFTPLの考えに合わないとの見解を示した。

 

 03~08年に日銀副総裁を務めた岩田一政・日本経済研究センター理事長は、当時の金融緩和政策でデフレからの脱却が実現できなかったことを振り返り、「政府が増税せず、支出を減らさないことを人々が深く信じないと難しい」と述べた。

 

 また、内閣官房参与の浜田宏一・米エール大学名誉教授は「FTPLにはいろいろな側面があるが、物価上昇との関係がさらに明らかになれば、よく効く薬になると思う」と期待を寄せた。

(松本惇・編集部)

*『週刊エコノミスト』2017年2月14日号「FLASH」掲載

 

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「財政と物価の理論」とは

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メールや電話を受けたくない 仏で始まった「つながらない権利」

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Bloomberg
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福田直子(ジャーナリスト)

 

 フランスで2017年1月、仕事時間以外に電子メールや電話の使用を従業員が拒否できる「つながらない権利」を定めた改正労働法が施行された。

 

 対象となるのは従業員50人以上の企業。「つながらない」のは勤務時間外の夜間や休日が想定される。企業はつながらない権利について従業員と交渉して細かな運用規定を定める義務を負うが、企業の違反に対する罰則規定はない。

 

 日本人からみれば、「フランス人の労働時間は週に35時間、有給休暇は年に5週間」と聞いただけで、なんと恵まれているのだろう、と思うだろう。

 

 だが実は、つながらない権利は、昨年、政府が進めた事実上の労働強化につながる法改正に対する懐柔策なのである。

 

 ◇選挙対策の産物

 

 フランスで昨年、「労働・労使間対話の近代化・職業保障に関する法律」の改正(通称エルコムリ法案)が成立した。

 

 エルコムリ法案は大論争を巻き起こした。法案は、週35時間の労働時間は基本的に保持するが、企業ごとに労働組合との交渉次第で1週間の労働時間を46時間まで延長できるというもの。また、企業は給料の削減を個々に決めることができる。さらに改正案は、企業に従業員を解雇しやすくする内容も含む。要するに、従業員にとっては、改正案は雇用を不安定にし、給料や残業代が減ることにつながる。

 

 仏経済はここ数年間、失業率が10%前後で、若者の失業率はさらに高い。政府は規制緩和によって労働市場の流動化と雇用創出を促そうとしたが、企業側の権利を強め、将来の雇用を不安定化させかねない法案に市民は猛反発した。

 

「ストライキ・デモ国」として知られるフランスだが、昨年の労働法改正に対するデモはひとしお大規模なものだった。3月ごろから続いたデモは、9月に頂点に達し、全国で8万人近くが参加した。フランスで最大の労働組合、CGT(仏労働総同盟)が中心となって組合員や学生などを組織し、全国200の都市で展開されたデモは、火炎瓶を投げつけ、警察車両を燃やすなど一部で過激化した。

 

 こうした背景もあり、今年4月、5月に控える大統領選で与党・社会党を中心とする左派は劣勢が予想されている。そこで一種の選挙対策として労働者側に譲歩する必要があり、その中で出てきたのがつながらない権利だった。

 

 ◇フランス・テレコムの教訓

 

 とはいえ、つながらない権利は単なる政治的な妥協の産物だとは言い切れない。つながらない権利を改正案に含むことを主張したエルコムリ労働相は、ここ数年、フランスで問題になっているバーンアウト(燃え尽き)症候群への対応を意図していたと言われる。

 

 バーンアウト症候群は、献身的に仕事に打ち込んできた人が、無気力状態や鬱状態に陥ることを指す。ジャクリーン・レミー著『仕事が私を殺す』(16年刊)によると現在、フランスには約300万人のバーンアウト症候群の予備軍がいるという。

 

 仏郵政公社中間管理職にあったニコラ・ショッフェル氏(当時51歳)は、バーンアウト症候群との診断を受け、13年2月、3週間の自宅療養中に自宅で首つり自殺した。未亡人が仏『ルモンド』紙に語ったことによれば、「夫は療養中にも、会社から1500通の電子メール、110件の電話、53通のテキストメッセージを送られた」という。

 

 ショッフェル氏は、1人で3人分の仕事を強要されていたに等しく、亡くなる最後の3カ月間で体重が18キロ減った。妻は「あなたは病気になる権利がある」と夫に言ったが、夫は心身ともに疲弊しすぎていた。

 

 グローバル化にあって1人当たりの過重労働は増えている。そして裁判は何年もかかる。労働組合のSUD─PTT(郵政・情報産業労働者民主同盟)はショッフェル氏の未亡人とともに、「過労自殺したことは監督責任を怠ったため」と、元勤務先の仏郵政公社を訴えている。だが労働専門家の鑑定と聞き込み調査は始まったばかりだ。

 

 バーンアウト症候群の原因は過重労働のみに限らない。社内外からの厳しい要求、過大なストレスなどがきっかけになることもある。こうした幅広い意味でのバーンアウト症候群の対策として、エルコムリ労働相は労働法改正案を起草するに当たり、オレンジ社(旧フランス・テレコム)の人事部に助言を求めた。

 

 旧フランス・テレコムは、08年から09年の間に、全国で従業員30人が自殺して大スキャンダルになった。

 

 フランス・テレコムは、もともと郵政省の一部で、国営企業だった。それが改革、民営化の波を受け、1988年に完全民営化した。そして06年、会社幹部は「全国11万人の従業員のうち、2万2000人に3年以内に辞めてもらい、新たに7000人のIT技術に長(た)けた若い従業員を雇用するプラン」を打ち出した。

 

 雇用が厳しく守られている労働法下にあって、従業員を簡単に解雇することはできない。そこで、ありとあらゆる手法の「モラルハラスメント」が行われた。

 

 ある女性は、1年間に3回転勤を命じられた。また、あるプロジェクトのリーダーだった社員は、部が引っ越すというので新しいビルに行ってみると電話もコンピューターもオフィス器具もないがらんとした部屋をあてがわれた。ある女性が出社してみると上司が彼女の資料をすべて処分していた。自分の専門職とは全く関係のない単純事務を強要された。

 

 当時、会社社長は「自分から辞めないのであれば、ドアからでも、窓からでも追い出してやる」と言い、幹部は心理的圧力をかけて辞めてもらうプランを「ネクスト」と呼び、トップダウンで進めていった。心療内科に通う従業員が急増し、社内の心療内科医さえ、これ以上、従業員の話を聞くのは耐え難いといって辞職するぐらいであった。

 

 自殺、あるいは自殺未遂をした人の中には、会社の駐車場で焼身自殺した人、ミーティング中に自分を刺した人、また会社のビル4階から身投げをした人もいた。最終的に、数千人が辞職していった。

 

 つながらない権利はオレンジ社で大いに歓迎されたという。少なくとも過去の経験から、職場の労働環境改善につながるという期待は大きい。

 

 ◇「中途半端」の指摘も

 

 一方で、つながらない権利が、かえって働きにくさを助長するという声もある。

 

 幼い子供を持つ従業員たちにとっては、メールや電話で会社と「つながっている」ことで、自宅にいられる時間を長く取ることが可能になり、歓迎されている面もあるからだ。例えば日中を子供と過ごした分、夜に仕事するというように使える。

 

 自宅で働く時間を確保するためには、個人がそれぞれ企業と交渉し、細かい契約に同意しなければならない。今後は、これにつながらない権利についての契約も定めることになると考えられる。契約内容も、業務のあり方も複雑さを増すことになる。

 

 独仏の労働法に詳しいベルリンの弁護士は、つながらない権利について、「中途半端」な内容の法律だと指摘する。

 

「従業員でいつも連絡がつかない人と、いつでも連絡がつく人がいる場合、上司にとって連絡がつく人の方が印象が良いのは当たり前。たとえ権利に訴えて会社側に抗議をしたところで、それが少数であれば社内でよく見られることはない」ためだ。

 

 職場でモラルハラスメントがなくても、夜間や休日にひっきりなしにメールを確認したり電話をかける労働者は多い。仕事熱心な人もいれば、不安感や他者への気遣いからそうせざるを得ない人もいる。「つながっている中毒」から解放されるためには法整備だけでなく、個人がどの程度自粛するかにかかっている。

(福田直子・ジャーナリスト)

*『週刊エコノミスト』2017年2月14日号掲載

目次:2017年2月21日号

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2017中国ショック

18 激烈! 米中チキンレース 報復合戦の泥沼化リスク ■谷口 健/大堀 達也

21 激突! 米中リスクを読む

 「共産党の臨界点は予測不可」 津上 俊哉 津上工作室代表

 「習主席による軍掌握がカギ」 宮本 雄二 宮本アジア研究所代表

22 米中貿易戦争 供給網の寸断なら世界が大混乱 ■斎藤 尚登

24 貿易不振 産業構造はまだ開発途上国型 ■真家 陽一

26 過剰設備 鉄鋼の非稼働率は3割 ■大橋 英夫

28 人民元 元安は1ドル=7元超え寸前 外準3兆ドル割れの袋小路 ■梅原 直樹

30 悪化する財政 地方政府の“隠れ債務”が増加中 ■吉川 健治

32 新賃金リスク 賃下げ反対ストライキに備えよ ■前川 晃廣

34 Q&Aでイチから理解する 共産党大会六つの注目点 習近平主席の人事・求心力 ■稲垣 清

37 IT産業 100兆円市場へ 基盤整備も加速 ■金 堅敏

38 定義が定まらない「新経済」

 

エコノミストリポート

90 「沸騰都市」バクーを行く 資源に群がる欧米vs中露の攻防激化 ユーラシアを制する者が覇権を握る ■福富 満久

 

Flash!

11 乱発! トランプ大統領令の次は「就労ビザ付与制限」に警戒/トランプ外交「方向感なき中東政策」/東京・千代田区長選で小池知事支援候補が圧勝

15 ひと&こと 地銀の貸家ローンに眉をひそめる金融庁/コンコルディア次期社長に東日本銀の石井氏が濃厚/三菱重工の仏原発大手支援に尽きぬ疑問

 

Interview

4 2017年の経営者 宮下 直人 総合車両製作所社長

48 問答有用 毛 丹青 作家・神戸国際大学教授

「等身大のテーマこそ相互理解に不可欠です」

 

節税年金イデコ(iDeCo)

72 iDeCoで年金「もう1階」 「貯蓄から投資へ」の試金石 ■大堀 達也

75 iDeCo活用術 基本編 図解で学ぶ仕組みとメリット 超強力「三つの税制優遇措置」 ■大山 弘子

76 企業型DC 会社員には大きなメリット

78 転職・退職したら? 確定拠出年金は持ち運びできる

79 実践編 リターンの鍵を握る金融機関 「手数料」と「品ぞろえ」で選ぶ ■鈴木 雅光

81 iDeCo達人はこう使う! (1)神戸 孝 ファイナンシャルプランナー FPアソシエイツ&コンサルティング社長 「長期積み立ては投資の王道」

82 (2)renny 個人投資ブロガー 「20~30代は海外株式型投信が有利」

83 投資初心者が使いやすいiDeCo運営機関

 

40 マイナス金利 日銀は「動かざること山のごとし」 ■美和 卓

42 IT端末 スマホの次は音声アシスタント ■小山 安博

84 元号 オープンになった改元議論 ■鈴木 洋仁

87 特報 主要行へのアメ玉と政治力で東電が狙う極秘シナリオ ■小野 展克

 

World Watch

62 ワシントンDC 税金免除に雇用助成 各州がデータセンター誘致 ■安井 真紀

63 中国視窓 金融を農民・零細企業に 政府もフィンテックに注力 ■神宮 健

64 N.Y./カリフォルニア/スウェーデン

65 韓国/インド/ミャンマー

66 大連/ブラジル/南アフリカ

67 論壇・論調  英国のメイ首相は「新・鉄の女」 タックスヘイブン化も視野に ■増谷 栄一

 

Viewpoint

3 闘論席 ■古賀 茂明

17 グローバルマネー トランプ政権に「疲弊」する欧州首脳

44 名門高校の校風と人脈(229) 掛川西高校/清水東高校(静岡県) ■猪熊 建夫

46 海外企業を買う(128) 玖龍紙業 ■富岡 浩司

52 学者に聞け! 視点争点 ピコ太郎のブレークに見る経済学 ■荒川 章義

54 言言語語

68 アディオスジャパン(40) ■真山 仁

70 東奔政走 トランプと角栄と宮沢 「バブル」は現在の問題だ ■山田 孝男

88 福島後の未来をつくる(44) 漂流する原子力政策 再構築の道をさぐる ■橘川 武郎

103 商社の深層(57) 大手商社の役員人事に見る 経営課題と「深い」悩み(下) ■編集部

100 景気観測 世界景気は堅調、企業収益は改善へ 3月に米利上げの可能性は低い ■足立 正道

102 ネットメディアの視点 トランプが否定するオバマの8年 スマホ普及でシェアリングが浸透 ■土屋 直也

104 アートな時間 映画 [たかが世界の終わり]

105 舞台 [助六由縁江戸桜]

106 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ Alternative Facts ”

 

Market

94 向こう2週間の材料/今週のポイント

95 東京市場 ■三宅 一弘/NY市場 ■堀古 英司/週間マーケット

96 欧州株/為替/原油/長期金利

97 マーケット指標

98 経済データ

 

書評

56 『移民の経済学』

『鈴木敏文 孤高』

58 話題の本/週間ランキング

59 読書日記 ■荻上 チキ

60 歴史書の棚/出版業界事情

 

55 次号予告/編集後記

特集:2017中国ショック 2017年2月21日号

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◇激烈!米中チキンレース

◇報復合戦の泥沼化リスク

 

 中国が、トランプ米新政権に大きく揺さぶられようとしている。

 

 年間28兆円の対米貿易黒字を計上する中国──。これに対してトランプ氏は、大統領選挙中、45%の関税を課したり、意図的に通貨安にしたりして輸出を増やす「為替操作国」に指定すると警告してきた。中国に厳しい姿勢で知られるカリフォルニア大学のナバロ教授が貿易政策を統括する新設の「国家通商会議」のトップに就任するなど、新政権の中枢を対中強硬派で次々と固めている。

 

 また、2月に入ると、米国のマティス国防長官が日本と韓国を訪問。日本では、沖縄県・尖閣諸島について「対日防衛義務を定めた日米安全保障条約の適用範囲」と発言し、早速、中国にけん制球を投げた。

 一方、習近平国家主席は1月17日、世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)に出席。グローバル化や環境保護の重要性などを強調。自由主義を主導してきた米国のお株を奪う演説をしてみせたが、基本的には沈黙を守っている。

 

 日本総合研究所の呉軍華理事は、「中国と米国は、仲が良くなるより悪くなる可能性の方がかなり高い」と予想する。一番の理由は、「トランプ政権が掲げる『米国を再び偉大に』という大方針に対して、最大の障害となっているのが中国」(呉軍華氏)だからだ。

 

 ◇米中の殴り合いで起きること

 

 中国と米国が“殴り合う”と、何が起こるのか。双方が持つ「カード」を整理してみよう。

 

 米国のカードは、前述の関税引き上げや為替操作国指定だけでなく、台湾も中国の領土の一部と考える「一つの中国政策」を見直したり、中国資本による米国企業買収を厳格化する手段もある。

 

 さらに、中国を世界貿易機関(WTO)協定上の「市場経済国」と認めない選択肢もある。中国は01年にWTO加盟時に、ダンピング(不当廉売)認定などで不利になる「非市場経済国」として扱われることを受け入れた一方で、「加盟から15年たった16年12月にこの取り扱いは終了する」と主張している。

 

 一方、中国はこうしたカードに対する対向処置を持っている。

 

 最も可能性が高そうなのが、米国製品の「不買運動」を中国国内で展開することだ。12年、日本政府による尖閣諸島購入後に起こした日本製品に対する不買運動の前例もある。中国で活動する米国企業の売り上げは、すでに年間4700億ドル(約53兆円)に達する。

 

 米自動車メーカーにとって、世界一となった中国の新車販売市場は、不可欠な市場となっている。例えば、世界3位のゼネラル・モーターズ(GM)は、15年の世界販売984万台に対し、中国での販売台数が361万台(36・7%)を占めた。また、世界6位のフォード・モーターは15年の世界販売663万台に対し、116万台(17・5%)を中国で売っている。

Bloomberg
Bloomberg

 他にも、アップルは15年の世界売上高2156億ドルのうち、22・5%に当たる484億ドルを大中華圏(中国・香港・台湾)で稼ぎ出す。小売り世界最大手のウォルマートは、16年時点で432店舗のスーパーマーケットなどを中国で展開する。

 

 米中対立は、航空機大手ボーイングにとっても一大事だ。ボーイングは、15年の売上高961億ドルのうち、13・0%に当たる125億ドルを中国市場で計上している。15年9月に習近平主席が訪米した際、中国の企業連合はボーイングから旅客機300機を購入する契約を交わした。しかし、「習近平主席は、外交上は民間企業の判断にして、旅客機注文を取り消すこともできる」(外交専門家)。

 

 さらに、中国政府は日本政府と並んで米国債の大量保有国だ。その額は1兆2348億ドル(香港含む、16年11月末時点)。すでに外貨準備の米国債を大量に売って人民元を買い支えているが、さらにトランプ氏が為替操作国として批判を強めれば、米国債を売却して応戦せざるを得なくなる。

 

 米国・トランプ大統領と中国・習近平主席が、外交通商カードを切り合うと、報復合戦に発展し、世界1位と2位の大国関係が泥沼化するリスクをはらんでいるのだ。前述の呉軍華氏は、「習近平主席の個性は『わが道を行く』ということ。米中間の価値観の対立はいずれ浮上し、米中はチキンレースに陥る」と予測する。

 

 この報復合戦は、互いに大きな痛みとなる。米国の対中関税45%に関しては、実現すると貿易額は半減するとも言われる。中国から米国への貿易が減れば、中国での雇用に影響する半面、米国の消費者も中国の格安製品がないと困ることも事実だ。

 

 ◇カギ握る王岐山氏

 

 今年の中国は、5年に1度開催される共産党大会を秋に控える。反腐敗運動で習近平主席の右腕となっている王岐山氏が、米国関係を含めてカギを握る人事となりそうだ。今年69歳になる王氏は、本来なら、最高指導部の政治局常務委員の“定年”となるが、米国と太いパイプを持ち、留任観測が多い。

 

 王氏は、人民銀行副行長(中央銀行副総裁)や建設銀行行長などを歴任し、金融業界の人脈を持つ。特に米財務長官などを歴任した、ゴールドマン・サックス元最高経営責任者(CEO)のヘンリー・ポールソン氏(70)との関係が密だ。「トランプ政権中枢には、ゴールドマン・サックス出身者が多く、今後の米中関係を考えるうえでも、『王岐山=ポールソン』の人脈を維持することが重要なポイントとなる」(元三菱UFJ証券〈香港〉産業調査アナリストで在香港の中国研究者・稲垣清氏)。

   *   *   *

 野村証券が機関投資家に行った調査では、17年にグローバル経済に重大な打撃をもたらすリスクとして、「中国・新興国」が41%で最多だった。その具体的なリスクとして、「米国との貿易戦争」や「元安・資本流出」がともに約37%で1位だった。

 

 16年の中国のGDPは、前年比6・7%増。17年は6・5%成長を目標にしていくとみられている。党大会を前に、中国政府は経済安定が最優先となる見込みだが、トランプ政権の揺さぶりで、そのもくろみが外れる可能性もある。米中衝突による「中国ショック」は計り知れない。

(谷口健、大堀達也=編集部)

 

特集「2017中国ショック」記事リスト

2017中国ショック

 激烈! 米中チキンレース 報復合戦の泥沼化リスク ■谷口 健/大堀 達也

 激突! 米中リスクを読む

 「共産党の臨界点は予測不可」 津上 俊哉 津上工作室代表

 「習主席による軍掌握がカギ」 宮本 雄二 宮本アジア研究所代表

 米中貿易戦争 供給網の寸断なら世界が大混乱 ■斎藤 尚登

 貿易不振 産業構造はまだ開発途上国型 ■真家 陽一

 過剰設備 鉄鋼の非稼働率は3割 ■大橋 英夫

 人民元 元安は1ドル=7元超え寸前 外準3兆ドル割れの袋小路 ■梅原 直樹

 悪化する財政 地方政府の“隠れ債務”が増加中 ■吉川 健治

 新賃金リスク 賃下げ反対ストライキに備えよ ■前川 晃廣

 Q&Aでイチから理解する 共産党大会六つの注目点 習近平主席の人事・求心力 ■稲垣 清

 IT産業 100兆円市場へ 基盤整備も加速 ■金 堅敏

 定義が定まらない「新経済」

『週刊エコノミスト』2017年2月21日号

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週刊エコノミスト 2017年2月21日号

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特別定価:670円

発売日:2月13日

 

 2017

中国ショック

 

◇激烈! 米中チキンレース 

◇報復合戦の泥沼化リスク

 

中国が、トランプ米新政権に大きく揺さぶられようとしている。

 年間28兆円の対米貿易黒字を計上する中国──。これに対してトランプ氏は、大統領選挙中、45%の関税を課したり、意図的に通貨安にしたりして輸出を増やす「為替操作国」に指定すると警告してきた。中国に厳しい姿勢で知られるカリフォルニア大学のナバロ教授が貿易政策を統括する新設の「国家通商会議」のトップに就任するなど、新政権の中枢を対中強硬派で次々と固めている。全文を読む

 


経営者:編集長インタビュー 宮下直人 総合車両製作所社長

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◇ステンレス車両の先駆けとして進化させる

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 会社の成り立ちから教えてください。

宮下 当社は、2012年にJR東日本が東急車輛製造を買い取って設立し、14年JR東日本新津車両製作所の車両事業を経営統合、新津事業所(新潟県)としました。JR東日本は鉄道の国内需要が人口減少で縮小するなかグローバルな展開を目指し、車両製造を第4の柱に位置づけました。

 鉄道事業が背景にあるので、例えば海外に進出する時、メンテナンスや運行、駅ナカまでパッケージとして展開することができます。その意味で社名に「総合」とつけています。

 

 ◇車両のシステム端末化

 

── 強みは何ですか。

 

宮下 東急車輛は日本で初めてステンレス製車両を製造した会社です。約60年前に、当時の社長がブラジルでアメリカ製のステンレス車両をみて、「これだ」と製造を指示しました。ステンレスはさびないので清掃が楽になり、塗り替えも不要です。美観性にすぐれ、重さも今はアルミ車両並みになっています。JR東日本は通勤車両をステンレスに替えてきました。

 いま一番力を入れているのが、オールステンレスの通勤車両「サスティナ」です。ブランディングすると同時に共通プラットフォームにより製造コストを下げています。

 鉄道車両は顧客の鉄道会社のニーズに合わせてカスタマイズするため、少量生産でコストがかかります。一方で安さも求められ、収益が出にくいのがジレンマでした。ボディーの部品や電装品はこれまで顧客ごとにバラバラのため発注単位が小さかったのですが、どこまで共通して仕入れ規模を大きくできるか取り組んでいます。

 

── 鉄道会社傘下である利点は何ですか。

 

宮下 鉄道会社にとって保守のコストダウンは必須です。線路や架線の画像を走りながら撮る車両を開発しました。山手線に投入されているE235系です。車両のトラブルを把握して地上に送ることもできます。

 従来は例えば月に1度線路を点検し、限度値を超えていれば取り換えていましたが、日々撮影するビッグデータを分析すれば、取り換え頻度を下げることができます。

 鉄道車両はシステムの端末になりつつあります。地上の管理システムと車両との連携は、事業者とともに開発した方がかゆいところに手が届く機能になります。

 

 ◇輸出の勉強代

 

── この5年間のチャレンジは、何ですか。

 

宮下 東急車輛時代に赤字のため中断した新幹線の製造を再開しました。それが北陸新幹線E7系です。72両を納入しました。高速車両は技術力を維持するために必要です。採算はまだ厳しいですが、新幹線は社員にとって特有の求心力があります。

 輸出も円高で採算が見合わず04年に中断していましたが、再開しました。第1号が昨年8月に開業したタイの都市鉄道パープルラインです。海外向け「サスティナ」を63両納入しました。

 

── 輸出の手応えは。

 

宮下 途中で何度もくじけそうになりましたが、完成にこぎつけたことは自信につながりました。欧州基準に合わせるため、設計を何度もやり直しました。

 一番大変だったのは計5万ページに及ぶ文書作成です。設計思想から細かく書かなければなりません。日本流では何から何まで文書に書かなくても良い製品はできると考えます。設計費が通常の倍かかりました。高い勉強代を払いました。

 

── 高くついた勉強代をどう生かしますか。

 

宮下 いい案件を探しています。東南アジアが一番のマーケットでしょう。欧州も広いですから、大メーカーの手が回らないニッチな案件を狙います。

 ただし、日本のやり方を認知させていかなければなりません。欧州規格に合わせるのではなく、日本の規格を打ち出すべきです。

 

 ◇ハイブリッド世界一

 

── 技術面で新たな取り組みは、ありますか。

 

宮下 サスティナのハイブリッド車両ですね。海外で特に注目を浴びています。ディーゼル発電機と蓄電池を積んで非電化区間を走ります。ハイブリッド車両は環境に優しく、初期の設備投資や保守のコストが下がります。

 既に29両が営業運転しています。当社が世界で一番多くハイブリッド車両を作っているメーカーではないでしょうか。蓄電池を積み、架線のあるところではパンタグラフから電気をとるタイプの車両もあります。

 

── 今後の経営目標はどんなものですか。

 

宮下 13年に、10年後は売上高1000億円という目標を掲げました。16年3月期は430億円で目標はまだ高いところにあります。海外比率を4割まで高めていきます。

 社内の課題としては、製造や設計など部門の壁を越えて、一体感をどう作るかです。ただ、モノ作りは、自分たちの仕事が目に見える形となり、社員のプライドやモチベーションにつながるのがいいところですね。

(構成=黒崎亜弓・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A JR東日本で車両の故障や事故を担当していたら、「事故対応が得意だから」と広報に。非常に鍛えられました。上司には「軸足をJR内部ではなく、外に置け」と教えられました。JR以外の民鉄がお客様である今に生きています。

 

Q 「私を変えた本」は

A 『失敗学のすすめ』(畑村洋太郎著)です。日本人はメンツを守るために失敗を水に流そうとするので同じ轍(てつ)を踏みがちです。失敗を分析し、繰り返さないことが大事だと教えてくれました。

 

Q 休日の過ごし方

A ゴルフですね。

………………………………………………………………………………………………………

 ■人物略歴

 ◇みやした・なおと

 東京都出身。都立西高校卒業、東京大学大学院機械工学専攻修了。1979年国鉄入社。JR東日本安全対策部長、常務取締役を経て、2012年4月より現職。63歳。

………………………………………………………………………………………………………

事業内容:鉄道車両製造

本社所在地:横浜市金沢区

設立:2012年4月

資本金:31億円

従業員数:1112人(2016年4月現在)

業績(2016年3月期)

 売上高:430億円

 営業利益:マイナス11.9億円

2017年2月21日号 購入案内

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『週刊エコノミスト』2017年2月21日号

特別定価:670円

発売日:2017年2月13日


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目次 2017年2月28日号

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CONTENTS

弁護士vs会計士 司法書士

20 聖域失い敵陣で戦うサムライ業 ■酒井 雅浩/稲留 正英/黒崎 亜弓

第1部 弁護士

22 最新版 弁護士ランキング

23 スター弁護士の仕事術 岩倉 正和 TMI総合法律事務所/大野 聖二 大野総合法律事務所

25 法律事務所ランキング チェンバース&パートナーズランキング

26 成長著しい企業法務が花形 海外進出巡りわかれる戦略 ■酒井 雅浩

28 8大法律事務所 トップに聞く 業界の展望 次の一手

  西村あさひ 保坂 雅樹/アンダーソン・毛利・友常 伊藤 哲哉・三村 藤明/長島・大野・常松 杉本 文秀/森・濱田松本 棚橋 元/TMI 田中 克郎/シティユーワ 片山 典之・栗林 康幸/大江橋 国谷 史朗/ベーカー&マッケンジー 武藤 佳昭

32 企業内弁護士 外部起用の門戸とパイ広げる■黒崎 亜弓/酒井 雅浩

34 企業弁護士の本質 日比谷パーク 久保利 英明/モリソン・フォースター ケン・シーゲル

35 契約 転ばぬ先の弁護士活用 ■酒井 雅浩

36 定着した第三者委員会 「不良委員会」根絶が課題 ■国広 正

38 刑事弁護 ネットで簡単アクセス ■酒井 雅浩

39 インタビュー 周防 正行 監督 「密室の映像は証拠にならない」

40 TVドラマの法律監修 弁護士を魅力ある職業に ■酒井 雅浩

第2部 弁護士VS会計士、司法書士

76 会計士 vs 弁護士 引く手あまたの公認会計士 ■磯山 友幸

78 社会福祉・医療法人へ進出 ■磯山 友幸

79 会計監査の「チャイナリスク」 ■伊藤 歩

81 「制御不能」の現地監査法人 ■伊藤 歩

82 司法書士 vs 弁護士 増える司法書士の成年後見人 ■黒崎 亜弓

84 司法書士 vs 弁護士 「過払い バブル」の余波  アディーレ 石丸 幸人/ベリーベスト 酒井 将

86 弁護士 vs 弁護士 弁護士ドットコムの次の手 ■黒崎 亜弓

87 この弁護士、大丈夫? 懲戒処分歴をチェック

88 弁護士 vs 弁護士 金融商品の「売り方」問う訴訟の力 ■黒崎 亜弓

 

東芝メルトダウン

13 原発国策と心中する名門企業 ■本誌取材班

15 「もうかる原発」に拘泥した無策

15 巨大プロジェクトに稚拙な集団 ■宗 敦司

17 東芝がやるべき三つのこと ■中空 麻奈

 

エコノミスト・リポート

90 FRBの人事が動く トランプ時代のFRB新体制 ■井上 哲也

 

42 企業統治 俎上に上る「顧問・相談役」 ■山口 利昭

44 国際経済 英EU離脱はアイルランドに好機 ■白井 さゆり

46 インタビュー ヤン・ベルナー・ミューラー 政治学者 「多様性否定するポピュリズム 民主主義をむしばむ恐れ」

 

Flash!

93 ひと&こと 元厚労局長の大使就任の陰に飯島氏/JICAインフラ輸出 新部署設置に批判/ジェットスター社長空席とJAL

 

Interview

4 2017年の経営者 丸山 寿 日立化成社長

50 問答有用 湯上谷 ひろ志 元プロ野球選手 「何でもできる選手になって現役を生き抜きました」

 

World Watch

68 ワシントンDC 103もの判事ポストが空席 ■三輪 裕範

69 中国視窓 構造改革の深化を強調 ■宗金 建志

70 N.Y./カリフォルニア/英国

71 オーストラリア/インド/インドネシア

72 香港/ロシア/エジプト

73 論壇・論調 中国空母が初の西太平洋進出 ■坂東 賢治

 

Viewpoint

3 闘論席 ■池谷 裕二

19 グローバルマネー 売り仕掛けのターゲットにされる人民元

48 アディオスジャパン(41) ■真山 仁

54 学者に聞け! 視点争点 学閥で非効率になる日本の銀行 ■長田 健

56 言言語語

64 名門高校の校風と人脈(230) 弘前高校(青森県) ■猪熊 建夫

66 海外企業を買う(129) アルコア ■小田切 尚登

74 東奔政走 刻々と迫る「小池新党」「首都決戦」 存在を脅かされるのは民進党だ ■人羅 格

102 景気観測 実質賃金増えるも下落リスク大 物価上昇と賃金低迷で消費腰折れ ■斎藤 太郎

104 ネットメディアの視点 調査報道に挑むワセダクロニクル 第1弾は「買われた記事」 ■山田 厚史

105 商社の深層(58) 資源市況の回復で首位確実の三菱 次は伊藤忠と三井物産の戦いに ■荒木 宏香

108 アートな時間 映画 [バンコクナイツ]

109        クラシック [ナタリー・シュトゥッツマン シューベルトを歌う]

110 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ Filter Bubble ”

 

Market

96 向こう2週間の材料/今週のポイント

97 東京市場 ■三井 郁男/NY市場 ■針谷 龍彰/週間マーケット

98 中国株/為替/金/長期金利

99 マーケット指標

100 経済データ

 

書評

58 『電通事件』

  『ゼロからの経営戦略』

60 話題の本/週間ランキング

61 読書日記 ■高部 知子

62 歴史書の棚/海外出版事情 中国

57 次号予告/編集後記

 

94 定期購読・デジタルサービスのご案内

週刊エコノミスト 2017年2月28日号

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特別定価:670円

発売日:2017年2月20日

 

 弁護士

VS

会計士 司法書士

弁護士、公認会計士、司法書士は、難関国家資格の

「士(さむらい)業」の代表格だ。司法制度改革後に右肩上がりで増えた結果、同じ資格同士だけでなく、隣接士業の仕事を食い合う仁義なき戦いを繰り広げる。

 

 弁護士は従来の民事・刑事から、企業の経済活動に伴う「企業法務」に勢力を拡大した。企業・経済の成

長が伸び悩む中、もともと企業に強かった会計士と市場でぶつかるようになった。企業統治(コーポレート

ガバナンス)の重視による社外取締役、監査役はその主戦場だ。全文を読む


経営者:編集長インタビュー 丸山寿 日立化成社長

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◇高機能材料ベースに1兆円企業へ

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 日立化成はどんな会社ですか。

丸山 1912年に日立製作所がモーター用の絶縁ワニス(電気の流れを遮る樹脂)を作ったのが当社の始まりで、62年に分離独立しました。一言で言えば、樹脂を混ぜたり、貼ったり、塗ったり、ひっぱったりして材料を作っている会社です。

 

── どんな製品がありますか。

丸山 例えば、当社が世界シェア約5割を持つ「ディスプレー用回路接続フィルム」という製品があります。絶縁性の樹脂の中に電気を通す粒が入ったセロハンテープのような材料で、スマートフォンで使われています。粒を通じて縦方向に電気を通し、横には逃がさない特性があるため、複数の電極を一括して取り付けることができます。

 そういった材料を、その時々の成長市場に提供してきました。現在の主力は半導体や液晶などの機能材料と、自動車部品や電池などの先端部品・システムで、利益率が高いのは前者、売り上げが安定しているのが後者です。

 

 日立化成は1月25日発表の第3四半期決算で通期の業績見通しを上方修正し、最終利益の見通しを従来の前年同期比9・1%減の350億円から、同2・6%増の395億円に引き上げた。2年連続の最高益更新が視野に入る。

 

 ◇電池が業績押し上げ

 

── 業績好調の原動力は。

丸山 スマホ向け材料と電池部門の成長、原価低減の推進です。中国のスマートフォン、中でも高級スマホ向けの利益率が高い材料の売り上げが順調に伸びています。

 

── 電池市場は。

丸山 電池事業は大きく二つ。一つはリチウムイオン電池用の負極材です。世界トップのシェアを持っています。リチウムイオン電池の需要拡大により調子がいいです。もう一つは自動車用と定置用の蓄電池です。

 

── 蓄電池はどう伸ばしますか。

丸山 業務用定置型蓄電池に強い新神戸電機を完全子会社化・吸収合併し、海外展開に強い台湾神戸電池を完全子会社化しました。この2社はもともと当社のグループ会社です。自主独立の方針で別会社として事業展開してきましたが、現在はニーズが多岐にわたり、事業展開のスピードも加速しています。一緒になり、総合力を発揮しようという方向にこの10年くらいで変わってきました。

 また2017年2月にイタリアの自動車部品メーカー、フィアム社から自動車・産業用の鉛蓄電池事業を買収しました。

 

── 半導体市場での取り組みは。

丸山 半導体製造の後工程でIC(集積回路)チップと回路基板を接着させる「ダイボンディングフィルム」で世界シェア4割を押さえています。半導体はIoT(モノのインターネット)の進展で需要がさらに伸びると期待しています。

 ただし、半導体の世界は非常に動きが速いです。これまでは当社が直接商品を納めるお客様の要望に素早く応えることを重視してきました。しかし、そのお客様が業界の負け組になれば、当社も一緒に沈みます。力を持っている企業を見極め、直接そこに聞きにいく。どんな機能を求めているのか、半導体部品メーカーなど直接のお客様だけでなくその先のお客様と一緒に考えていかなければ生き残れません。

 

── トランプ新大統領の誕生で世界経済の先行きは不透明感を増しています。

丸山 当社もメキシコに工場があるので、気にならないといえばウソになります。しかし、最終的にユーザーにとってどんな価値があるかを見逃さないことが大切です。

 当社は欧州に製造・開発の拠点がありませんでした。伊フィアム社の電池事業の買収は、悲願だった欧州進出の足がかりになるものです。フィアム社を橋頭堡(きょうとうほ)に、自動車や半導体材料につなげていきたいです。

 

 ◇営業利益率2桁へ

 

── 中期経営計画は。

丸山 25年度に売上高1兆円、営業利益率14%超の企業になるという将来像をまず描きました。そして18年度までの3年で営業利益率11%を目指します。野心的な数字ですが、材料技術を基盤に、付加価値の高い製品を持つ当社ならば、十分に達成できると考えています。

 ただし、戦い方は変えなければなりません。成長市場が少なくなる中ではシェアを取っていくしかありません。自前主義を捨てて、他社の技術を使う、M&A(合併・買収)で外部の力を取り込むなどのオープンイノベーションにも取り組んでいます。茨城県つくば市の「オープン・ラボ」という当社の施設に、半導体製造の後工程の機械をそろえ、お客様が材料を持ち寄り装置メーカーなどと一緒に試行錯誤する場として活用していただいています。

 

── 今後の注力分野は。

丸山 ライフサイエンス分野です。再生医療用細胞の開発・受託製造施設を横浜に新設します。米PCT社から導入した技術を使ってがん治療のための細胞培養の受託事業を18年度に始めます。早期に黒字化する見通しです。情報通信、環境・エネルギー、自動車に次ぐ四つ目の柱にするには10年かかると思いますが、やっていきます。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 法務部門にいました。私は契約書を書いていれば幸せな人間。要望を聞きながら契約書を作成するのは本当に面白いです。

 

Q 「私を変えた本」は

A ビジネスではクレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』。小説ならば北杜夫の『楡家の人びと』。

 

Q 休日の過ごし方

A 泳いで、走って、本を読んでいます。

………………………………………………………………………………………………………

 ■人物略歴

 ◇まるやま・ひさし

 1961年生まれ。長野県立飯田高校、一橋大学法学部卒業後、83年日立化成入社。社長室広報・IR担当部長、自動車部品事業部副事業部長、執行役常務などを経て、2016年4月社長就任。55歳。

………………………………………………………………………………………………………

事業内容:機能材料、先端部品・システムの製造販売

本社所在地:東京都千代田区

設立:1962年10月10日

資本金:155億円

従業員数:連結1万9117人、単体6209人(2016年3月現在)

業績(16年3月期・連結)

 売上高:5465億円

 営業利益:530億円

 

特集:弁護士vs会計士 司法書士 2017年2月28日号

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特集:弁護士vs会計士・司法書士

聖域失い敵陣で戦うサムライ業

 

弁護士、公認会計士、司法書士は、難関国家資格の「士(さむらい)業」の代表格だ。司法制度改革後に右肩上がりで増えた結果、同じ資格同士だけでなく、隣接士業の仕事を食い合う仁義なき戦いを繰り広げる。

 

 弁護士は従来の民事・刑事から、企業の経済活動に伴う「企業法務」に勢力を拡大した。企業・経済の成長が伸び悩む中、もともと企業に強かった会計士と市場でぶつかるようになった。企業統治(コーポレートガバナンス)の重視による社外取締役、監査役はその主戦場だ。

 成長の源泉をM&A(合併・買収)に求める企業が増え、正確さと早さが求められるデューデリジェンス(資産査定)は弁護士だけでなく、会計士の参入が本格化している。

 

 一方、弁護士と領域が重なる司法書士は従来、専門分野を担う弁護士が手がけない業務で住み分けができていた。しかし、2006年の最高裁判決が過払い金返還を認め、返還請求バブル発生で環境は激変した。司法制度改革による弁護士間の競争のあおりで、司法書士が担っていた過払い金返還に弁護士が乗り込む。16年の最高裁判決で「司法書士が扱えるのは債務額140万円まで」としたものの、司法書士が撤退する動きはなく、成年後見人を巡っても、戦いは収まる気配がない。

 

 士業はパイの奪い合いに終始するのか。それとも自ら新たな業務を見いだすのか。ガチンコ勝負の先はまだ見えない。

(酒井雅浩、稲留正英、黒崎亜弓・編集部)

特集「弁護士vs会計士 司法書士」の記事一覧

聖域失い敵陣で戦うサムライ業 ■酒井 雅浩/稲留 正英/黒崎 亜弓

 

第1部 弁護士

 

最新版 弁護士ランキング

スター弁護士の仕事術 岩倉 正和 TMI総合法律事務所/大野 聖二 大野総合法律事務所

法律事務所ランキング チェンバース&パートナーズランキング

成長著しい企業法務が花形 海外進出巡りわかれる戦略 ■酒井 雅浩

8大法律事務所 トップに聞く 業界の展望 次の一手

  西村あさひ 保坂 雅樹/アンダーソン・毛利・友常 伊藤 哲哉・三村 藤明/長島・大野・常松 杉本 文秀/森・濱田松本 棚橋 元/TMI 田中 克郎/シティユーワ 片山 典之・栗林 康幸/大江橋 国谷 史朗/ベーカー&マッケンジー 武藤 佳昭

企業内弁護士 外部起用の門戸とパイ広げる■黒崎 亜弓/酒井 雅浩

企業弁護士の本質 日比谷パーク 久保利 英明/モリソン・フォースター ケン・シーゲル

契約 転ばぬ先の弁護士活用 ■酒井 雅浩

定着した第三者委員会 「不良委員会」根絶が課題 ■国広 正

刑事弁護 ネットで簡単アクセス ■酒井 雅浩

インタビュー 周防 正行 監督 「密室の映像は証拠にならない」

TVドラマの法律監修 弁護士を魅力ある職業に ■酒井 雅浩

 

第2部 弁護士VS会計士、司法書士

 

会計士 vs 弁護士 引く手あまたの公認会計士 ■磯山 友幸

社会福祉・医療法人へ進出 ■磯山 友幸

会計監査の「チャイナリスク」 ■伊藤 歩

「制御不能」の現地監査法人 ■伊藤 歩

 司法書士 vs 弁護士 増える司法書士の成年後見人 ■黒崎 亜弓

 司法書士 vs 弁護士 「過払い バブル」の余波  アディーレ 石丸 幸人/ベリーベスト 酒井 将

 弁護士 vs 弁護士 弁護士ドットコムの次の手 ■黒崎 亜弓

この弁護士、大丈夫? 懲戒処分歴をチェック

金融商品の「売り方」問う訴訟の力 ■黒崎 亜弓

週刊エコノミスト 2017年2月28日号

発売日:2017年2月20日

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東芝メルトダウン:国策心中で原発管理会社へ

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2月14日、会見で頭を下げる綱川社長(Bloomberg)
2月14日、会見で頭を下げる綱川社長(Bloomberg)

(本誌取材班)

 

 東芝の経営危機が終わらない。巨額赤字と債務超過を事業売却でしのいだ前期に続き、今期は原子力事業で赤字と債務超過に見舞われ、収益の柱の半導体事業の完全売却を迫られる。巨大組織は急速に縮小しているが、原発事業の継続に固執しており、国策と抱き合い心中の果てに「原発管理会社」へなりかねない。東芝の経営はメルトダウン(炉心溶融)した。

 

 2017年3月期連結決算は、営業損益が4100億円の赤字となり、前年度の7087億円の赤字に続く2年連続の巨額赤字となる見込み。株主資本は16年12月末時点でマイナス1912億円となり、債務超過に陥った。06年に買収した米原子力子会社ウェスチングハウス(WEC)の子会社などで7125億円の損失が発生したためだ。

 資本増強のため東芝は1月27日、半導体事業の分社化と出資比率20%までの外部資本導入を決めた。しかし、東芝の綱川智社長は2月14日の会見で、「マジョリティー(過半数)確保にはこだわらない」と発表。半導体事業の株式売却比率を「20%以下」から「50%以上」へと、わずか約2週間で方針転換に追い込まれた。原発事業の損失が膨らみ、巨額赤字と債務超過解消を最優先する。

 

 東芝の半導体部門は、営業利益を年間1100億円(16年3月期実績)生み出す優良事業で、「NAND型フラッシュメモリー」では世界シェア約20%を誇る。3月末に分社化する半導体事業の時価総額は、「今期の営業利益が1200億円規模になれば、1兆5000億~1兆6000億円規模になる」(国内証券アナリスト)とみられる。仮に、東芝が51%の株式を他企業に売却すれば、約7000億~8000億円のキャッシュが手に入る計算となる。

 

 しかし、半導体事業の売却は、3月末までにまとまりそうにない。

 

 東芝の半導体事業買収には、ハードディスク世界大手の米ウエスタン・デジタル(WD)、米半導体大手マイクロン・テクノロジー、台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業などが手を挙げているとされる。

 

 有力なのは、すでに三重県四日市の半導体工場を共同運営しているWDだが、「WDも現状は資本調達が必要で、東芝にすぐに大規模な出資できるか不明」(WDと取引がある上場企業社長)だ。

 

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 ◇東証2部に降格へ

 

 3月末までに半導体事業を売却できなければ、債務超過は解消できない。このため、東芝の上場市場は東証1部から東証2部に降格の公算が大きい。18年3月末も債務超過なら上場廃止となる。

 

 格付投資情報センター(R&I)は2月15日、東芝の発行体格付けを「ダブルB」から「シングルB」に、異例となる3段階の格下げをした。主力銀行は融資継続の方針だが、債務超過や格下げが長引けば、財務制限条項に抵触し、銀行融資の金利引き上げにつながる。東京証券取引所は15年9月から、東芝株を「特設注意市場銘柄」に指定しており、東芝は社債を自由に発行できないため、銀行融資が経営の命綱だ。

 

 東芝にはさらなる損失リスクも残る。

 

 まず、11年に約1850億円で買収したスイスの電力計大手ランディス・ギアののれんを減損する可能性も残っている。その額は1400億円規模に達するため、「ランディス・ギアの減損リスクは意識せざるを得ない」(外資系証券アナリスト)との見方が出ている。

 

 また、東芝は、液化天然ガス(LNG)関連事業で最大約1兆円の損失発生リスクを抱えている。19~38年までの20年間にわたって年間220万トンのLNGを引き取る契約を、米国のプラント運営会社と15年に締結したためだ。16年3月期の有価証券報告書にもこれを明記したが、事業売却を進めている今、この契約を履行できるのか疑問も残る。

 

 さらに、東芝が87%を保有するWEC株を巡る案件は、宙にぶら下がったままだ。残りのWEC株は、10%をカザフスタンの国有企業が、3%を総合重機大手のIHIが保有している。東芝はWEC買収後ずっと共同出資先を探したが、みつけられなかった。東芝はWEC保有割合を下げる方針だが、今回の赤字でWECの引き受けのハードルはますます高まった。むしろ、東芝に売却できる特約を持つIHIが保有分を東芝に売れば、東芝に180億円規模の損失が出る恐れがある。

 

 ◇事業・資産のたたき売り

 

 東芝が企業体として生き残れても、中核の優良事業を売ってしまえば、将来の収益力は著しく低下する。

 

 ここ数年は、主力事業や資産の売却をなりふり構わず進めている。医療事業(東芝メディカルシステムズ)はキヤノンに6655億円で、フィンランド・コネ社の全株式を機関投資家に1180億円で、家電事業(東芝ライフスタイル)の80%を中国・美的集団に514億円で、測量機器大手のトプコンの全株式を証券会社に491億円で売っている(13ページ図)。その他にも、国内外の事業所や土地の売却も進めている。

 

 半導体事業を売却すると、残るのは原子力事業の一部、鉄道システム、ビルソリューション(エレベーター・照明・空調)、電池システム、重粒子線がん治療装置などとなる。「半導体事業の過半数以上を売却して多額のキャッシュが入っても、収益を生む重要な事業がない」(前述の国内証券アナリスト)。万一さらなる損失が発生すると、東芝は、また事業・資産売却に迫られ、組織縮小の悪循環に歯止めがかけられなくなる。

 

 それでも、東芝は、この経営危機を引き起こした原子力事業から完全撤退しない方針だ。今後は、原発事業で土木建設に関わる分野は収益性が低いため手を引くが、原発向けの燃料供給事業や設備の保守サービスは、「しっかりやっていく」(綱川社長)としている。

 

 東芝は、WECが米国で抱える原発建設で、親会社として7934億円の債務保証をしている。建設工事が完了できない場合の損害賠償請求も含め、東芝は巨額の支払い義務を負っている。原子力事業から引くに引けないこうした状況が、経営危機を招いた元凶をなおも残す要因となっている。

 

 東芝は2月14日、内部統制上の問題で、決算発表を土壇場で1カ月延期した。巨額赤字で引責辞任した志賀重範会長、解任されたダニー・ロデリック執行役上席が経営に携わったWECで、経営幹部が不適切な圧力を加えたと内部通報があったためだ。WECでも無謀な「チャレンジ」があったのか。

 

 142年の歴史を持つ東芝は今、原子力推進という国策に寄り添ったゆがんだ経営判断によって、自壊している。

 

(本誌取材班・谷口健、大堀達也)

 

*『週刊エコノミスト』2017年2月28日号掲載

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「過払いバブル」の余波 弁護士 vs 司法書士

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「払い過ぎたお金が戻ってくる可能性があります」──。こんなCMやチラシは見慣れたものになった。2006年に改正貸金業法が成立し、貸し付けの上限金利は年29・2%から年15~20%に引き下げられた。同年の最高裁判決により、それまで借り手が支払った利息の差の「過払い」分について、貸金業者は請求されると返還しなければならなくなった。

 

 この返還請求に司法書士、弁護士が参入し、「過払いバブル」の様相を呈したのがこの10年だった。広告を打って依頼者を大量に集め、案件処理を効率化することで利益を上げるという弁護士の「ビジネスモデル化」の象徴となった。

 

 08年に返還額はピークを過ぎ、11年には日本弁護士会連合会が弁護士による面談を義務付けたことから、次の分野へと移る動きもあったが、いまも「過払い」広告は盛んだ。「1件当たりの利幅は下がっているが、まだ撤退すべき時期ではない」(アディーレ法律事務所の石丸幸人代表)。

 

 請求権の時効は10年だが、なぜ広告の露出が続くのか。それは、時効の起点が「取引終了」時点だからだ。10年前の法改正とともに利率は下がっていても、その後も取引が継続していれば、利息が下がる前の過払い分について請求権があると同事務所は捉えている。過払いについて知らない人、知りながらまだ請求していない人を“掘り起こす”狙いだ。

 

 ◇境界線示す最高裁判決

 

 司法書士が過払い請求の一角を担ったのは、02年に司法書士法が改正され、簡易裁判所の管轄となるような案件、すなわち140万円以下の案件について、交渉や訴訟を代わって行う代理権が認められたからだ。国民の司法ニーズを満たす目的の司法制度改革の一環だった。

 

 司法書士が弁護士業に食い込む形だが、それが問題視されるようになったのは、にわかに沸いた過払いバブルと、07年から大量の新人弁護士が送り出され、弁護士間の競争が激化した後だ。「140万円」の上限をめぐり、依頼者1人当たりなのか、それとも借り先それぞれに対してなのか。元本の債務額なのか、それとも取り戻す利益額なのか、司法書士と弁護士の間で解釈が食い違ってきた。

 

 そのグレーゾーンに終止符を打つ最高裁判決が昨年6月に下りた。140万円の上限は「各貸金業者ごとの債務額」に適用されるというものだった。弁護士側は「140万円を超えれば司法書士が扱うのは違法、最初から弁護士に相談を」と打ち出す一方、大手司法書士法人の新宿事務所は「運用が適法であったことが改めて追認された」とのコメントを発表した。

 

 ただ、過払い金返還請求の動向に目立った影響はみられないようだ。

 

 背景として、金額が大きな債務者は既に請求が済んだとみられるほか、司法書士側が意図的に請求対象の債務額を140万円以下に抑えているとの指摘もあるが、一方で、140万円を超える案件について、司法書士から弁護士へ引き継ぎが行われている実態がある。依頼者に弁護士を紹介して紹介料をとることは、弁護士法で禁じられているため、抵触しないようスキームが工夫されているもようだ。

 

 弁護士の間では、この「紹介業禁止」規定自体を疑問視する声がある。税理士など他の士業や、不動産取引など他の事業では一般的だからだ。

 

 弁護士がこれまで禁じられてきた手段のうち、00年に広告、02年に複数拠点が解禁された。紹介業には整理屋の参入を防ぐなど規定は不可欠だが、「広告は資金力がものを言う。紹介が解禁されれば、いい仕事をする弁護士が紹介されるようになる」との見方がある。

 

 過払い金返還請求は弁護士業がビジネスへと転じる象徴となった。競争環境の整備はまだ途上にある。

(黒崎亜弓、酒井雅浩・編集部)

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有罪率99%の日本 刑事弁護にネットで簡単アクセス

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「無罪推定」とはいうものの
「無罪推定」とはいうものの

 男性会社員のAさんは、毎朝通勤で満員電車に揺られる。ある朝、会社の最寄り駅で電車を降りると、女子高校生が自分を指差し、大声で叫んだ。「あの人、痴漢です!」。周囲を乗客に取り囲まれ、駅員が駆けつけてくる。まったく身に覚えがないが、毎日利用する駅でもめ事は避けたい。「とりあえず、こちらで話を」と駅員にうながされるまま、部屋に入った。

 

 満員電車でのことだ。手に持っていたバッグが当たったのかもしれない。「きちんと説明すればわかってくれるはずだ」と思ったが、やってきた警察官は「署で話を聞く」と言うばかり。パトカーに乗せられ、連行された。迷惑防止条例違反容疑、痴漢での現行犯逮捕だった。

 

 刑事事件の弁護を専門に手がけ、無罪判決や不起訴処分をいくつも勝ち取ったアトム法律事務所代表の岡野武志弁護士はこの例について、「駅員に部屋に連れていかれた時点で、警察は『私人による現行犯逮捕が成立している』と見なす」と指摘する。身に覚えがないのに痴漢容疑をかけられたとき、避けなければいけないのは身体を「拘束」されることだ。

 

 対処方法は、毅然(きぜん)とした態度でとにかくその場を立ち去ること。その際、名刺を渡すという方法を紹介するサイトもあるが「わざわざ所属や名前を知らせることに意味はない。落ち着いて『私はやっていない』と主張してほしい」と解説する。注意するべきは、あせって走り出したりすると疑いが増すということ。また拘束されないようにと暴れると、暴行容疑で逮捕されかねないので気をつけたい。

 

 憲法は31条で、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若(も)しくは自由を奪はれ、又(また)はその他の刑罰を科せられない」と規定し、「無罪推定の原則」を保障している。しかしAさんは警察署で、「うそをつくな」「正直に話せば楽になる」と迫られた。その場を逃れたい一心で「自白」したAさんは、有罪判決を受けた──。

 

 日本の刑事裁判は1審有罪率が99%を超える。「無罪推定はうそ。初期対応を誤ったら、絶対に覆らない」と岡野弁護士は言う。

 

 ◇72時間が勝負

 

 次善の策が功を奏さず、逮捕されてしまった場合、72時間以内が「勝負」だ。裁判所が、勾留するかどうかを判断する期限だからだ。えん罪の場合はもちろん、罪を犯してしまったとしても、勾留されなければ会社や学校に通うなど、今まで通りの日常生活を送ることができる。周囲に発覚しなければ、会社を解雇されることもない。

 

 そのためには、取り調べ前に、すぐ弁護士に連絡するよう警察官に通告する。弁護士を依頼するのは、起訴された後だけでなく、逮捕直後でも容疑者の権利だ。弁護士が到着するまでは、取り調べに答える必要はない。不利な調書を取られた後に、覆すのは困難だ。

 

 罪を犯してしまったときには、弁護士による早急な対応がより重要だ。「私は犯罪なんて絶対にしないから関係ない」という自信がある人がほとんどだろう。しかしアトム法律事務所の依頼者の多くは、大企業の管理職など、社会的立場があるという。「普段は大丈夫だろうが、酒を飲んだときについ、ということは誰も否定できない」(岡野弁護士)。「前科」をつけないためには、不起訴処分を目指し、示談交渉の時間を十分に確保することが不可欠だ。

 

 岡野弁護士は、インターネットで私選の刑事弁護を専門に請け負う。日本は弁護士へのアクセスが極めて閉鎖的で「ネットを使えば、簡単に身近な存在にできる」と取り組んだ。司法修習生時代に「市場調査」し、日本には刑事専門の弁護士がほとんどいないことにも疑問を持った。弁護士資格を得た2008年9月、「アトム法律事務所」を開設し、サイトを開いた。経験もないまま開業するいわゆる「即独」だが、初日から相談の電話が鳴りやまなかった。

 

 刑事事件は他人に相談しにくいため、ネットとの親和性が高い。アトム法律事務所は24時間、電話による無料相談を受け付けており、この世界の第一人者だ。岡野弁護士は「罪を犯してしまった場合でも、裁判になる前に弁護士ができることがいくらでもある」と話す。

 

 有罪率99%の日本の刑事司法は甘くない。身を守るために心に留めておきたい。

 

(酒井雅浩・編集部)

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トランプ時代のFRB新体制 蠢く「イエレン後」の幹部人事

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井上哲也(野村総合研究所金融ITイノベーション研究部長

 

 トランプ大統領と共和党が支配する連邦議会は、米国の中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)の議長・副議長を含む理事を大きく入れ替えることが可能という稀有(けう)な立場にある。

 

 FRBの理事は、1935年銀行法に基づき、大統領が指名して上院の承認(単純多数)を経て正式に任命される。定員は7人だが、現在は2人の空席があり、2月に入り1人の理事の辞任も決まった。

 

 筆者は1月に現地の専門家と面談し、民主党も、共和党の人選に本格的な抵抗を示す可能性は少ないとの指摘も受けた。その主な理由は、FRB理事のポストが最高裁判事ほど政治的に重要ではないことや、金融政策への関心や期待が税制改正や通商政策に比べて今や低下したことなどである。したがって、大統領と上院共和党が、大幅な理事の入れ替えを実行する障害は見当たらない。

 

 イエレン議長とフィッシャー副議長は、それぞれ2018年の2月と6月に任期を迎える。制度上は、理事としての職務の継続を含む再任の可能性が残っているが、両氏の留任に対するインセンティブは考えにくい。トランプ政権は、雇用と生産の米国回帰を通じた企業活動の支援を掲げ、大規模な減税を中心とする拡張的な財政政策を行う見込みで、FRBに対しては、低金利政策の維持を求める可能性が高いためだ。

 

 さらに、過去の政権交代の例を踏まえると、議長と副議長以外の2人の現職理事からも退任する動きが生じてもおかしくない。2月10日には、金融監督を担当するタルーロ理事が4月での辞任を表明した。主な辞任理由は、大手金融機関に対する規制強化が一段落したことと見られる。

 

 また、14年に就任したばかりのブレイナード理事も、大統領選で民主党が勝利した場合に財務長官となるべく、経験や知見を積むためにFRB理事に就任したと見られていただけに、現地では、遅かれ早かれ退任するとの指摘が聞かれた。

◇今後の焦点 <1>中小金融機関出身者

 議長や副議長を含むFRB理事が大きく変わる可能性は高いとしても、より重要なのは、トランプ大統領や上院共和党がどのような人材を選ぶかである。

 

 この点を考える上で、二つの焦点がある。

 

 第一に、金融システム安定との関係である。08年以降の金融危機を受けて、FRBは、「金融システム上重要な金融機関(SIFIs)」や、決済インフラの主たる監督当局となったほか、マクロプルーデンス(信用秩序維持)を業態横断的に担う「金融安定監視評議会(FSOC)」のメンバーとして、米国財務省とともに主導的な位置を占めるようになるなど、金融システム安定に関してより大きな役割を担った。こうした中で、10年に成立した「金融規制改革法(ドッド・フランク法)」に基づき、FRB理事会には、金融監督担当の副議長のポストが新設されたが、現在に至るまで空席のままである。

 

 理事会の中でタルーロ理事がこうした役割を事実上担ってきたが、トランプ大統領による金融規制見直しのスタンスとは必ずしも相いれない面がある。さらに、タルーロ理事の辞任が現実のものとなった以上、理事の欠員の補充と合わせて、この副議長が実際に任命される可能性が浮上している。

 

 米国の金融メディアは16年12月以降、米ゼネラル・エレクトリック(GE)の金融部門役員であるデビッド・ネイソン氏とともに、米地銀大手BB&T(本社・ノースカロライナ州)の元会長であるジョン・アリソン氏が金融監督担当の副議長の有力候補であるとの報道をしている。インタビューなどを見る限り本人も関心を示しているようだ。

 

 

この報道が興味深いのは、この候補者とされる人物がトランプ政権で多数を占める大手投資銀行ではなく、もともと中小金融機関であったBB&Tを長らく支えてきた経営者という点である。

 

 この点は、トランプ大統領が標榜(ひょうぼう)する金融規制見直しの優先領域が、中小金融機関の活性化にあることと整合的であるように思われる。こうした方針は、コミュニティーバンクを含む中小金融機関は、金融規制や監督の強化によってビジネスモデルや業容と対比して過大な負担を背負っており、そのことが地域経済ないし中小企業に必要な金融サービスの提供を妨げているとの問題意識が背景にある。

 

 報道の真偽はともかく、「国内の企業活動の活性化」や「中流階級の救済」というトランプ大統領のミッション(使命)にもよくフィットする。

 

 地域金融機関の関係者を理事にしようとした前例もある。15年にオバマ政権(当時)が、FRB理事候補に、バンク・オブ・ハワイ(本社・ハワイ州)の元役員であったアラン・ランドン氏を指名したが、上院の承認を得られず任命に至らなかった。このことも考えれば、中小企業金融の活性化は、いわば党派を問わず共有された問題意識であるとも言え、前述のアリソン氏を含め、この領域の専門家がFRB理事の任命に含まれる可能性は高いと見られる。

 

 

◇今後の焦点 <2>共和党のFRB改革

 第二の焦点は、FRB改革との関係である。共和党はFRBの政策運営に関する改革をかねてより主張し、オバマ政権の間(09~17年)でも2桁に及ぶ法案を提出してきた。

 

 つまり、共和党は、07年のサブプライム危機の際、FRBが大手金融機関に対して行った救済策を「恣意(しい)的で透明性を欠く」として批判し、これらを是正すべきと主張してきた。しかし、「ドッド・フランク法」の施行に伴い、FRBによる「最後の貸手(LLR)」の対象が限定されたり、個別の金融機関に対する資金供給に関する情報開示が強化されたりするなど、自らの主張が相応に実現した。

 

 その後、共和党は批判の標的を金融政策に変えている。具体的には、議会によるガバナンス(統治)の強化を目指し、FRBに対する会計監査の見直しと金融政策のルール化を求める法案を提出している。

 

 このうち、FRBに対する会計監査に関しては、既に米会計検査院(GAO)の監査を受けている。しかし、現在、金融政策の独立性に配慮して、金融政策関連の活動はその対象から除外されている。共和党はこの領域も「監査の対象にすべき」と主張している。

 

 これが実現すれば、議会は、金融政策の適否を直接に批判する手段を得ることとなる。意向に沿わない政策をFRBに巻き戻させる道を開くことにもつながり得る。

 

 一方、金融政策のルール化とは、スタンフォード大学のジョン・テイラー教授が提唱する半機械的モデル「テイラー・ルール」のように、一定のルールに沿って金融政策を運営することをFRBに求めることである。しかし、テイラー・ルールで政策金利を決める際のパラメーター(変数)となる自然失業率に関して、現在は不確実性の高い環境にあり、結果として、過度な金融緩和や金融引き締めといった不適切な政策を招くリスクも低くない。同時に、FRBが、テイラー・ルールに含まれないが重要な要素である金融システム安定を加味した、いわば「総合判断」による政策運営を行う可能性を否定することになる。

 

 こうした問題があるため、一連のFRB改革法案はこれまで議会で頓挫したり、オバマ前大統領が拒否権を行使したりして、実際には成立しなかった。しかし、今や連邦議会の両院で共和党が多数を占める以上、法案成立の可能性は相対的に高まっている。

 

 もちろん、FRBは改革案、特に金融政策の「ルール化」に強く抵抗している。1月中旬にイエレン議長が行った講演でも、テイラー・ルールに沿って政策を運営した場合の問題を指摘した。しかも、共和党が法案を通そうとした場合、上院における民主党の議決遅延行為(フィリバスター)を乗り越える必要があるほか、金融市場が金融政策の独立性低下を懸念してネガティブな反応を示すリスクも考慮する必要がある。

 

◇議長有力候補ウォルシュ氏

 

 それでも、トランプ大統領と上院共和党は、FRB改革の実現に向けて、イエレン氏に代わるFRB議長の人選という手段も持っていることに注意すべきであろう。

 

 つまり、ジョン・テイラー氏自身でなくても、金融政策の「ルール化」に親和的な専門家を幹部に任命すれば、FRB改革法案を通さなくても、FRBの「自主的」な判断によって、ガバナンスの強化や裁量の排除を実質的に実現することは可能である。この点も、FRB議長の具体的な選任において重要なポイントとなる可能性がある。

 

 ケビン・ウォルシュ氏は、ブッシュ政権下で00年代後半にFRB理事を務め、バーナンキ前議長の評価も高かったことから、FRB議長の候補とされる。同氏は現在、スタンフォード大学のフーバー研究所に所属する。量的緩和に反対し、FRBのバランスシート(貸借対照表)の正常化を主張する立場を取る。彼が公表する最近の論考を見る限り、金融政策における裁量の排除を主張しており、現政権の考え方に親和的であるという意味では、有力候補との現地での評価にうなずける面がある。

 

 もちろん、FRB幹部の人事も、これまで見た個々の事情があるため、短期間で一気に進むわけではない。また、幅広い政策で抜本的見直しを目指すトランプ大統領にとって、経済政策に占める中央銀行の位置づけが高くないとすれば、FRB人事が「ハネムーン期間(就任最初の100日)」といった政治的に重要な時期に優先される案件であるとは考えにくい。

 

 それでも、18年に議長が任期満了で交代する場合、イエレン氏やバーナンキ氏の例を見ると、後任者は、半年程度、理事の職務を通じてFRBの政策決定プロセスなどをあらかじめ習得することが望ましい。

 

 それだけに、今年の夏から秋には、「次期議長含み」での理事の欠員の補充が具体的に進捗(しんちょく)することが考えられる。そうであれば、常に先取りして動く金融市場では、春になれば議長候補の考え方を具体的に取りざたすることになるのであろう。

 

(井上哲也・野村総合研究所金融ITイノベーション研究部長)

 

*週刊エコノミスト2017年2月28日号掲載

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