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経営者:編集長インタビュー 江尻義久 ハニーズホールディングス社長

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◇「価値あるものを安く」日中両国で婦人服店展開

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

江尻 カジュアル着からお出かけ着まで婦人服を10~50代の幅広い層を対象に展開しています。製造から小売りまで一貫して手がける「製造小売り(SPA)」と呼ぶ手法を用いていますので、トレンドを素早く捉え、顧客のニーズにタイムリーに応えることができる点が強みです。

 

── 3月1日に持ち株会社制に移行しました。

江尻 国内市場の縮小が見込まれ、価格競争が激しくなるなど将来の不確実性が高まっています。また当社の事業分野も広がりました。

 そこで、持ち株会社の傘下にそれぞれの事業に特化した子会社を置くことで、各子会社が担当事業に専念できるようにしました。グループ全体の経営効率化が狙いです。

 

── 足元の販売状況は。

江尻 衣服に対する消費者の優先順位が下がり、アパレル業界全体が苦戦しています。その逆風の下でも、当社は16年4月から17年2月まで11カ月連続で顧客数が増えました。

 ネットを通じた販売も好調です。すでに展開するアマゾンのほか、スタートトゥデイが運営するファッション通販サイト「ゾゾタウン」でも3月から展開を始めました。ただ、ネット通販の売り上げの伸びは大きいものの、当社の売上高全体の2~3%にすぎません。業界では一般的に、ネット通販の割合は7%程度と言われますので、まだまだです。

 

 ハニーズの2017年第2四半期(16年6~11月)の売上高は前年同期比7・6%減の269億6200万円だった一方、当期純利益は同15・4%増の4億円だった。

 

── 1978年に前身の有限会社エジリを設立したきっかけは。

江尻 もともと家業の帽子専門店がいずれ立ち行かなくなると考え、より需要の見込める婦人服を手がけることに決めました。

 当初は80年代に全盛だった「DCブランド」の一つ、「ハニーハウス」のフランチャイズチェーン店として、仙台市などいわき市外に展開先を広げていきました。おしゃれと評判でしたが少々値段が高かったため、思うように売れない時期もありました。品ぞろえを徐々に広げるなどした結果、販売も軌道に乗り、92年には設立時に掲げた「設立15年後に100店舗」を達成しました。

 

── 順調ですね。

江尻 ところが翌93年にバブル崩壊の影響に襲われました。個人消費が伸び悩み、当社の売れ行きも落ちました。そこで展開先を広げ、商品価格を下げると同時に、従来の駅前中心から郊外店に重点を移しました。93~2000年の7年で当時130店のうち主に駅前店など110店を閉店する一方、郊外を中心に120店を開店したほどです。

 

── 商品価格をどう引き下げたのですか。

江尻 98年に一大ブームになった1900円で買えるユニクロのフリースを見て、生産体制を中国にシフトすることに決めました。本格的に生産を始めたのは01年からです。

 中国は生産だけでなく、市場の大きさも魅力です。そこで06年に上海に1号店をオープンしました。

 ただ、中国店はいまだに収益モデルを確立できていません。足元では日本と同様、郊外型店舗への移行期にあります。加えて、不動産価格が高騰し、店舗運営コストが高どまりしています。今17年5月期は50店を出店すると同時に、不採算店舗を70店撤退する予定です。中国の直営店舗は16年11月末時点で461店です。様子見の状態です。

 生産面でも、人件費が当初の2倍超の1人当たり月額7万円に上がりました。中国から日本への輸入には関税も10%上乗せされます。そこで東南アジア諸国連合(ASEAN)の比重を徐々に高めています。

 

 ◇進出決断の日

 

── ASEANの生産体制は。

江尻 ミャンマーで12年に現地子会社を設立し、工場を稼働しました。すでに二つの工場を運営し、計約4000人が勤務しています。生産量は年600万着に上りますが、日本の販売量の2割程度にすぎません。

 ASEANではこのほか、バングラデシュやベトナム、インドネシアなど現地企業への委託生産も行っており、生産量が当社全体の生産量の3分の2を占めるまでになりました。

 

── ミャンマーの民政移管は11年3月でしたから、早い段階での進出ですね。

江尻 実は、ミャンマーの工業団地側と工場設置の調印を交わした翌日の11年3月11日に東日本大震災が起きました。現地側からも社内からも進出の見送りムードが高まりましたが、進出に必要な2億5000万円の送金をすぐに決めました。震災によって当社の物流機能も止まり、生活物資が不足するなど、大変でした。しかし、ミャンマー進出は5年、10年の長期的な視点に立って決めたこと。実行するべきだと決断しました。

 

── 決断は正しかったですか。

江尻 生産体制の構築には時間がかかりましたが、現在は1着当たりの平均販売価格が日本国内で生地の生産や縫製を行っていた80年代当時の約4900円から、約1400円まで下がりました。にもかかわらず、当時に比べ顧客数が増えましたので、粗利率は58%に上ります。当社は「価値あるものを安く」がモットーです。強さを再び取り戻すための準備がようやく整ったと思っています。

(構成=池田正史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 20代に遊んだ分、30代は一心不乱に仕事をしました。休んだのは元日だけ、ということもあるほど仕事一筋でした。

 

Q 「私を変えた本」は

A 『商業経営の精神と技術』をはじめ、流通専門誌『商業界』が主催する故・渥美俊一先生の勉強会で読んだ本が今でも血肉になっています。「利益は顧客のためにある」という言葉が印象に残っています。

 

Q 休日の過ごし方

A 土曜日はゴルフ、日曜日は囲碁をして過ごします。ゴルフはシングルで、囲碁は5段です。

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 ■人物略歴

 ◇えじり・よしひさ

 1946年生まれ。福島県出身。福島県立磐城高校卒業。69年早稲田大学卒業後、家業のエジリ帽子店入社。78年に有限会社エジリ(現・ハニーズホールディングス)を設立し、専務に就任。86年のハニーズへの社名変更と同時に現職。70歳。

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事業内容:衣料・服飾雑貨事業

本社所在地:福島県いわき市

設立:1978年6月1日

資本金:35億6600万円

従業員数:連結7103人(2016年11月末現在)

業績(16年5月期・連結)

 売上高:582億2500万円

 営業利益:28億2100万円


再生医療 臨床ラッシュ 他人由来の細胞で治験へ 難病治療に広がる可能性

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 他人由来の細胞を使った再生医療の研究で、ヒトを対象に安全性を確かめ、効果を見る臨床試験が相次いで始まる。治療までの時間を大幅に短縮し、コストを下げる可能性がある他人由来の細胞の移植が実現すれば、これまで治療が困難だった病気や障害を治せる可能性が高まる。

 

 脊髄(せきずい)損傷の治療でも、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った臨床研究が始まる。報道によると、慶応義塾大学の岡野栄之教授と中村雅也教授らの研究チームは、脊髄を損傷した患者に、iPS細胞から作った神経のもとになる細胞を移植する臨床研究について学内の倫理委員会に申請した。了承を受けた後、国への届け出を行う。

 

 iPS細胞から神経細胞のもとになる「神経前駆細胞」を作り、患者の脊髄の損傷部分に移植する。iPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所から提供を受ける。拒絶反応が起きにくいタイプの健康な人から作り、備蓄を進めているものを使う。脊髄を損傷してから2~4週間が経過した患者を対象に、2018年前半の試験開始を目指すと報じられている。

 

◇傷ついた神経を修復

 

 脊髄損傷は交通事故や転落・転倒などにより脊髄が損傷し、神経が断裂したり圧迫されたりして、脳から発した電気信号が届かなくなり、手足が動かなくなったり感覚が麻痺(まひ)したりする。

 

 岡野教授らの研究では、iPS細胞から作った神経前駆細胞を損傷部分に移植する。手足が麻痺した小型サルのコモンマーモセットを対象にした研究では、細胞移植により運動機能が改善し、立つことができるようになったり、手の握力が改善したりした。詳しいメカニズムは不明だが、移植した細胞が損傷部分を回復させる役割を果たすと考えられている。

 

 岡野教授によると、再生医療の効果には、移植した細胞が失われた細胞を補う「細胞置換」と、移植細胞が栄養因子を出して再生能力や保護効果を高める「栄養効果」がある。脊髄損傷の治療では、その両方が効いていると考えられるという。

 

 現状では、細胞移植で治療効果を見込めるのは受傷後数週間以内の急性期から亜急性期の患者だ。受傷後時間が経過した慢性期の患者は、損傷部分が固いカサブタのような状態になり、回復しにくくなる。再生医療で治療する場合も、自分由来の細胞からiPS細胞を作っていたのでは治療のタイミングを逃す。ストックされている他人の細胞を使えば、亜急性期までの期間に治療を開始できる。

 

 岡野教授は今後、治療の研究を進めることで、「慢性期の患者でも、細胞移植とリハビリの組み合わせによって回復を期待できる」と期待を寄せている。

 

 国内の脊髄損傷の患者数は約10万人で、毎年5000人の患者が新たに発生している。現在の医療では根本的な治療法がなく、再生医療に寄せられる期待は大きい。

 

 ◇治験数が増加

 

 人工培養した細胞や組織を使って失われた組織を修復・再生する再生医療の研究は、ここに来て大きく前に進み始めている。

 

 厚生労働省の再生医療等評価部会は2月1日、他人のiPS細胞からつくった網膜組織の細胞を目の難病「滲出型加齢黄斑変性(しんしゅつがたかれいおうはんへんせい)」の患者に移植する世界初の臨床研究計画を了承した。今年前半に最初の手術が行われる。同じ2月には京都大学iPS細胞研究所の高橋淳教授がパーキンソン病の治療で臨床試験を始めると発表。大阪大学の澤芳樹教授は重症心不全で、臨床試験へと進む意向を昨年明らかにしている。

 

 細胞移植の中でも、あらゆる臓器に対応できて培養もしやすいiPS細胞を活用することへの期待は大きいが、実際に治療で行われたのは患者本人から細胞を採取した例だけだ。自分由来のiPS細胞は他人由来に比べて拒絶反応のリスクは低いが、細胞を採取・加工する時間と費用が問題だった。疾患や障害によっては発症後、早期の治療を必要とすることがある。また治療費のコスト抑制の課題に応えるためにも、他人由来の細胞を使った治療の研究が求められていた。

 

 他人由来の細胞を使った治療の中でも、iPS細胞を使う研究を後押しするのが、京都大学iPS細胞研究所のiPS細胞ストックだ。血液細胞の型(HLA型)のうち、拒絶反応が起きにくいタイプを選んでiPS細胞をあらかじめ作って保存し、必要に応じて提供する。15年以降は民間にも提供を開始、22年度までに日本人の大半をカバーできるストックを作る目標を立てている。

 

 研究者にとってiPS細胞提供のインフラが整備されたことの意義は大きく、慶応大・岡野教授は「京都大学から提供を受けた(非臨床グレードの)iPS細胞を用いた動物実験が13年に始まり、技術的にはヒトでの臨床研究に移行する段階に入れるようになってきたのが今だ」と話す。

 

 他人由来のiPS細胞を使った細胞移植という先端研究だけではない。再生医療の研究は対象疾患、アプローチの種類ともに広がりを見せている。

 

 再生医療等医薬品の治験の件数は、1月末までで少なくとも5件(医薬品医療機器総合機構への届け出ベース)ある。再生医療等製品は、従来の医薬品とは別に早期に保険適用を承認する仕組みが14年に施行されており、今後も治験の数は増えると見られる。ヘリオスの急性期脳梗塞(こうそく)治療薬「マルチステム」は2/3相試験中で、サンバイオの外傷性脳損傷治療薬「SB623」は2相の試験中だ。1月にはタカラバイオが血液のがんで「キメラ抗原受容体(CAR)─T細胞療法」で再生医療等製品としての治験を申請している。

 

 治験の件数増加は、14年11月施行の医薬品医療機器等法により、早期承認制度が導入されたことが大きい。国が認めれば、治験の最終段階を早期に切り上げて、保険適用を得て商品化できる。

 ただ、多くの研究は動物実験で確認された効果を、ようやくヒトに応用する試験の最初の段階に差し掛かかったところだ。医薬品の開発は、研究室で行われる「臨床研究」から、治療を兼ねた「臨床試験」に入り、保険適用を目指す「治験」へと進む。臨床試験は、まずヒトでの安全性を確かめながら、慎重に進められる。またがん化の回避など安全性を確保する技術のほか、細胞培養や流通など、実用化までにクリアすべき課題は多い。

 

 

 一方、民間企業が将来の市場拡大をにらみ、細胞培養の受託や装置開発などで参入する動きを見せ始めている。京セラやニコンなど、異業種からの参入組も多い。再生医療用細胞の開発・受託製造施設を新設し、18年度に受託開始を予定する日立化成の丸山寿社長は「10年かけてでも、ライフサイエンス分野を新しい事業の柱に育てる」と将来性の大きさに期待を寄せる。

 みずほ銀行産業調査部の戸塚隆行調査役は、民間企業の参入が進み、「産業化の下地ができつつある」と話す。再生医療は、研究の段階から新時代の医療市場へと成長する最初の時期を迎えようとしている。

 

(花谷美枝・編集部)

*週刊エコノミスト2017年3月21日号掲載 特集「再生医療 臨床ラッシュ」

特集「再生医療 臨床ラッシュ」 2017年3月21日号

他人由来の細胞で治験へ ■花谷 美枝

インタビュー 岡野 栄之 慶応大教授 

サイバーダイン ロボットで脊髄損傷を治療 ■横山 渉

インタビュー パーキンソン病臨床 高橋 淳 京大教授 18年中に治験へ

3大疾病 

がん 再生医療の「オプジーボ」? 細胞培養に参入する日立化成 ■村上 和巳

脳卒中 細胞が「薬」になって脳を刺激■宮城 康史/編集部

心筋梗塞 ヒトの「心筋」シート化 ■渡辺 勉

毛髪再生 再生医療でフサフサ? ■編集部

カナダリポート 官民で再生医療成長後押し ■花谷 美枝

関連銘柄24 再生医療で広がる市場 ■繁村 京一郎

週刊エコノミスト 2017年3月21日号

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特別定価:670円

発売日:2017年3月13日

週刊エコノミスト2017年3月21日号

 

為替2017

 

◇ドル高と円高の狭間で揺れる市場

◇トランプリスクが為替相場かく乱

 

 為替市場参加者の「揺れる心理」がうかがえるデータがある。米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の円先物相場の取引の推移を見ると、2月28日現在でドルに対しての円のロング(買い)ポジション2万9012枚に対し、円のショート(売り)7万9029枚と5万枚以上の売り越しだった。

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特集:為替2017 2017年3月21日号

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◇ドル高と円高の狭間で揺れる市場

◇トランプリスクが為替相場かく乱

 

 為替市場参加者の「揺れる心理」がうかがえるデータがある。米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の円先物相場の取引の推移を見ると、2月28日現在でドルに対しての円のロング(買い)ポジション2万9012枚に対し、円のショート(売り)7万9029枚と、5万枚以上の売り越しだった。CMEの為替先物相場はヘッジファンドがあまり参加していないとはいえ、相場の動向をうかがう指標のひとつとされる。先行きをドル高・円安局面と予想する市場参加者が多いように見える。

 

 なるほど、昨年11月のトランプ氏の米大統領選勝利後、財政拡張政策や税制改革への期待からインフレ期待が高まり、ドル・円相場はドル高・円安へと動いた。これを受け、CMEの為替先物相場の円売りも16年12月20日、ピーク(13万9649枚)を付けた。しかし、2月28日現在の売りポジションは半分近くへと縮小した格好だ。FXプライム by GMOの柳澤浩チーフアナリストは「今は全体として円売りに傾いてはいるが、先行き円安と見る投機筋の予想がピーク時から弱まっていると考えることができる」と分析。「この相場観が、ドル・円のこう着ムードを作っている理由では」と話す。

◇ドル高局面、でも……

 

 足元のドル高要因は、トランプ大統領の財政・税制政策だけではない。米連邦準備制度理事会(FRB)が3月15日に開く米連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げ観測が急激に上昇していることも大きい。きっかけは、2月末~3月上旬のFRB高官による相次ぐ前向き発言だ。

 

 さらに、イエレン議長が3月3日の講演で「今月の会合で雇用情勢と物価上昇率が想定通りか判断し、(その通りならば)一段の政策金利の調整が適切になるだろう」と発言し、3月15日の利上げ観測を一層高めた。これに対し、日本銀行は物価目標2%達成は見通せておらず、現在の量的・質的緩和による低金利政策が当面続きそうだ。日米の名目金利差は拡大する方向となっている。

 

 クレディ・アグリコル銀行の斎藤裕司外国為替部長は「心配されていたトランプ大統領の議会演説も無難に乗り切ったため、直近の政治リスクは遠のいた。今後、しばらくは、日米金利差というファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)でドル・円相場が決まるのでは」との見立てから、今後3カ月は115~120円のドル高・円安を予想する。

 

 ドル高を呼び込んだ米長期金利の上昇は世界中から米国にマネーを呼び込み、米株高の演出にも一役買った。良好だった2月の米ISM製造業景況指数、上昇し続ける米株価指数──。では、今年は金利差というファンダメンタルズに沿って、ドル高・円安基調で決まりなのだろうか。

 

 本誌では、金融機関の為替担当者4人に、2017年中のドル・円相場予想を依頼した。この結果、年内99円の円高から130円のドル高まで、幅広い予想値が出た。金利差に注目してドル高と見る意見、トランプ大統領の政策や欧州の選挙などの政治リスクを懸念してドル安・円高と見る意見……。コンセンサスはできておらず、足元の為替相場の複雑さを物語る。

◇ドル安・円高要因が山積

 

 為替相場の一番のかく乱要因は、トランプ大統領だ。

 

 減税やインフラ投資などのドル高を誘発する政策を掲げる一方、中国を為替操作国と発言するなどドル安への口先介入とも取れる発言を行う。ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストは「ドル安姿勢をほのめかすことでドル高の進行を中和し、長期的にはドル高、短期的にはドル安という相いれない二つの相場を実現しようとしている」と指摘する。トランプ大統領の矛盾こそが市場をかく乱させ、ドル高一直線を阻んでいる。

 

 実際、トランプ氏の側近で、国家通商会議(NTC)のナバロ委員長は3月6日、ワシントン市内の講演で「米国の貿易赤字は重大な問題」として、「日本のやっかいな非貿易障壁」を問題視すると、保護貿易主義からドル安の連想で、ドル売り・円買いが一時加速した。

 

 米国で保護貿易主義が台頭した1991~95年もドル安・円高が進んだ。当時はFRBがフェデラルファンド金利の誘導目標を引き上げ、日米金利差が拡大するドル高・円安局面だったが、相場は逆を進んだ。前出の井出真吾チーフ株式ストラテジストは、当時の相場と現在の類似性を挙げて「大統領就任前からトヨタ自動車を名指しで批判するなど、トランプ大統領の保護主義政策的な過激発言が市場に警戒感を呼び、ドル買いを抑制している」と指摘する。

 

 東短リサーチの加藤出チーフエコノミストはナバロ発言について、「米国では従来、為替に関する発言は財務長官が主導していた。しかし、トランプ政権の経済政策が固まっていない中、政権内のいろいろな人物から、さまざまな発言が出ていることも、為替市場のかく乱要因になっている」と、現在の市場環境の特異性を指摘する。

 

 そもそも根本的な問題として、トランプ政権の政策運営能力を疑問視する意見は根強い。議会演説でも打ち上げた「歴史的な税制改革」や「1兆ドルのインフラ投資」についても、なかなか具体策を打ち出せないでいる。また、具体案にこぎつけたとしても、与党共和党との関係が必ずしも円滑でない。議会承認が難航すれば、一気に期待が剥落して、ドル急落要因となりうる。

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◇欧州政治イベントリスク

 

 欧州で目白押しの政治イベントも、為替のかく乱要因だ。

 

 中でも最も注目度が高く、為替市場に影響を与える可能性があるのが仏大統領選だ。仏大統領選で市場にインパクトを与える最悪のシナリオは、EU懐疑派の極右・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が大統領選に勝利した上で、さらに国民投票でEU離脱を決定するケースだ。仏のEU離脱はユーロ売り、ひいては急激な円高を招きかねない。市場は「決選投票ではルペン氏以外の候補が勝利」との見方が大勢で、最悪シナリオは回避されるとして、為替へのリスクを小さく見ている。

 

 だが、ポピュリズムが勃興する現在の選挙のリスクを過小評価すれば、市場の逆襲に遭う。昨年6月の英国EU離脱で、市場は「離脱はなし」と見ていたが、離脱決定後、ポンドが売り浴びせられたのは苦い教訓だ。

 

 みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは「市場関係者が動向を見誤るきっかけとなった反グローバリズムのうねりは今年も続く。仏大統領選やトランプ大統領の政権運営リスクを過小評価するのではなく、円高ファクターとして注視するべきだ」と注意を喚起。欧州リスクが高まればドル・円は110円割れの可能性も出ると見ている。

 

 トランプ大統領への期待感から金利高(債券安)・ドル高・株高のトリプル高となった米市場の好調さもリスクをはらむ。

 

 いったん株高が崩れると、株安→債券高→金利安→ドル安という強烈な巻き戻しの可能性がある。三菱東京UFJ銀行の鈴木敏之シニアマーケットエコノミスは「トリプル高が急速に進んだだけに、そのうち一つが下がれば、一気に崩れるとも限らない」とリスクシナリオを懸念する。FRBの早期の利上げの動きについても、「トランプ大統領の政策への期待が一気に崩れた場合に、金融緩和で対応できる余地を作るという側面もある」と指摘する。

 

 FRBが3月15日に利上げすれば、年内に複数回の利上げを市場は織り込む。日米金利差は拡大し、教科書通りならばドル高基調は維持されるはずだが、2017年の為替相場はあまりにも変動要因が多い。急騰急落をはらんだリスク相場が続く。

(種市房子、荒木宏香・編集部) 

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25%ドル高はらむ国境税 トランプと共和党の危険な綱引き

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 ドナルド・トランプ米大統領と議会共和党が、法人税制改革を巡り対立している。トランプ大統領は、法人税率を現在の35%から15%へ大幅に引き下げ、米国企業が海外で生み出した利益については、米国に還流されたものとみなして10%課税する改革案を軸に検討しているのに対し、議会共和党の税制改革案は、主に輸出企業の税負担を軽減し、輸入企業に税負担を課す仕組みだ。

 

 この共和党の改革案が実現した場合、急激なドル高を引き起こす可能性があり、国際金融市場ではドル高に端を発した為替の大幅な変動リスクが懸念されている。

 

 米国ではこれまで、海外に比べて法人税率が高いことに加え、国内外で得た全ての所得に対して課税する全世界所得課税方式が採用されているため、高い税率を避けて低税率国に本社を移転する企業の動きや、企業が海外で得た利益が米国に還流しないなどの問題が指摘されてきた。こうした米国の法人税制が抱える問題に対する認識については両者とも一致しており、法人税率の引き下げなどでも一致している。

 

 議会共和党の税制改革案は、これまで問題視されてきた二重課税の発生を防ぐため全世界所得課税方式を廃止し、消費地で課税する仕向け地主義に変更することで、抜本的な税制改革を図ることが大きな目的だ。それに加え、原材料費や人件費を除いたキャッシュフローに対して一律20%課税するキャッシュフロー課税に転換し、減税を行うとしている。

 

 しかし、仕向け地主義への変更を実現するためには、消費地ごとに異なる税率を調整する(国境調整)必要がある。議会共和党は、世界的に活用されている付加価値税(VAT)ではなく、新たな仕組みとして国境調整税(BAT)の導入が不可欠だと考えている。これがいわゆる頻繁に報道されている「国境税」のことだ。

 

 BATでは、輸出品については課税ベースからその金額が控除される一方、輸入品については控除の対象とならないため、輸入品を販売する企業は税金が課される。また、課税ベースの計算では人件費が控除されるため、売り上げに占める輸出比率が高い企業や労働コストの高い企業で税負担が少なく、輸入比率が高い企業で税負担が多くなる。

 

 ◇新興国にも波及

 

 しかし、BATは世界的にこれまで導入例がなく、さまざまな問題が指摘されている。特に、国内物価の上昇とドル高が誘発されることによる為替への影響が懸念される。

 

 BATは輸入品に対して20%の関税をかけるのと同様の経済効果があるため、輸入物価の上昇を通じて国内物価が上昇するリスクが高い。また、輸出品が免税されることから、輸入品に対する需要が低下する一方、輸出品に対する需要が高まる結果、ドルの需要が増えるためドル高となることが見込まれる。

 

 ハーバード大学教授でBATを支持する経済学者のマーティン・フェルドシュタイン氏は、1月5日の『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙への寄稿で、BATを導入した場合、経済学の世界で一般的な大国開放経済モデルを基に25%の急激なドル高が進むとの見方を示した。

 

 ただ、同氏は、物価上昇のリスクについては、国内物価とドル高は、ドル高が進めば輸入物価の下落を通じて国内物価の上昇が抑制される「トレードオフ」の関係であることから、BAT導入と同時に国内物価が上昇しても、ドルが25%急激に上昇することで相殺されるため、物価の影響は調整されると主張している。

 

 しかし、仮に足元の水準からドルが25%上昇すれば、1985年に付けた最高値に近い水準までドルが上昇することになる。

 一般的にドル高は、米国内の投資家が保有する、ドル換算した日本国債などの外貨建て資産の価値を目減りさせる一方で、海外投資家が保有する、ドル以外の自国通貨に換算した米国債などのドル建て資産の価値を上昇させる。そのため、急激なドル高となった場合、米国内の投資家から海外投資家への急激な所得移転が起こるため、資本市場は混乱に陥ることが予想される。

 

 また、急激なドル高は新興国の債務問題を再燃させるリスクもある。新興国のドル建て債務は、ドル高によって自国通貨で換算した際の残高が増加してしまう。

 

 米コロンビア大学のマイケル・グレーツ教授は、25%のドル高によって中国の政府と非金融機関を合わせた債務残高は国内総生産(GDP)比で30%以上増加するとしたほか、ブラジルやインドなども10%以上増加すると警告している。仮に新興国の債務問題が再燃し、世界的な金融危機に波及すれば、世界経済に及ぼす影響は甚大だ。

 

 このほかにも、課税する際の人件費控除の適用において、輸入品と国産品の税制上の扱いが異なってしまうことや、輸出時に輸出分の法人税が還付される仕組みが輸出補助金とみなされる可能性あることなどが、世界貿易機関(WTO)の規約に抵触するとの問題も指摘されている。

 

 ◇物価上昇も不可避

 

 もっとも、BAT導入に伴うドル相場への影響については、経済学者の間でも見解は分かれている。

 

 米シンクタンクであるピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長は、ドルが上昇することについては同意しているものの、ドル高のスピードは緩慢で25%まで上昇しないとし、BAT導入前後で物価の上昇を補うほどのドルの上昇が見込めないため、国内物価の上昇は避けられないとの見解を示している。このため、同所長は、国内物価の上昇が実質購買力の低下を通じて低所得層に大きな影響を及ぼし、米国内の所得格差が一層拡大する要因になると指摘し、BATの導入には明確に反対を表明している。

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 ポール・ライアン下院議長を中心とした議会共和党は、BATの導入がさまざまな物議を醸していることを認識した上で、法人税制が抱える問題の抜本的な解決のためには、国境調整の仕組みとしてのBAT導入が不可欠と考えているようだ。その一方で、BAT導入に伴う税負担の増加が大きい米大手小売業界はトランプ大統領に反対の意向を直訴したほか、国内物価が上昇する場合の消費への影響に対する懸念もあり、トランプ政権の一部閣僚はBAT導入に反対の意向を示している。

 

 2月28日のトランプ政権誕生後初の施政方針演説では、こうした論争的な国境調整税に対してトランプ大統領がどのような姿勢をみせるのか注目されたが、具体的な改革の内容には触れず、法人税率の引き下げのみの言及にとどまったことから、現段階での議会共和党の原案通りにBATが導入される可能性は低いとみられる。今後の法人税制改革の方向性は現時点で不透明だが、最大25%という急激なドル高の懸念があるBATの導入は、為替相場のリスク要因として、今後もしばらくは目が離せない状況が続くだろう。

 

(窪谷浩・ニッセイ基礎研究所主任研究員)

*週刊エコノミスト2017年3月21日号 「為替2017」掲載

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〔為替2017 カバーストーリー〕

◇ドル高と円高の狭間で揺れる市場

◇トランプリスクが為替相場かく乱

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ルペン勝利なら1ドル=90円台 ユーロ暴落の可能性も 欧州政治リスク:悲観

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土田陽介(三菱UFJリサーチ&コンサルティング研究員)

 

 ドル・円相場は現在、2015年6月の1ドル=125・85円の高値をピークに、中期的な円高・ドル安基調に入ったと考えられ、17年3月以降立て続けに予定されている欧州の国政選挙が、円高の動きに拍車をかけると予想する。

 

 その皮切りとなるのが、3月15日のオランダ総選挙だ。反欧州連合(EU)を唱える極右の急進政党である自由党(PVV)が議席数を30前後に倍増させ、第1党に躍進する公算が大きい。しかし、単独過半数の議席獲得には至らないため、PVV単独で組閣することはあり得ない。またPVV以外の政党が同党との連立に極めて消極的であるため、現与党の自由民主党(VVD)を首班とする新内閣が成立する展開が、今後のメインシナリオとして考えられる。そのため現状では、為替市場はオランダ総選挙をそれほど材料視していないようだ。

 

 しかし、PVVが予想以上に議席を獲得したり、一転してPVVとVVDが連立政権を組む事態にならないとも限らない。欧州でポピュリズムの流れが強まることが嫌気されてユーロは急落、リスク回避の受け皿として円が買われることで、ドル・円レートも1ドル=100円台に突入することが予想される。

 

 ◇米利上げも慎重に

 

 オランダ総選挙の結果が杞憂(きゆう)に終わったとしても、4~5月には今年最大の欧州リスクであるフランス大統領選挙が控えている。極右の急進政党、国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首が第1回投票(4月23日)では勝ち進むものの、第2回投票(5月7日)ではFN以外の政党が結党して統一候補を推すため、ルペン氏は敗北するというのが大方の予想である。

 

 しかし、16年6月の英国のEU離脱や同年11月の米国の大統領選挙など、昨今は想定外の結果となる政治イベントが立て続けに生じており、市場予想の逆を行くパターンがまた起こらないとも限らない。ルペン大統領誕生の可能性は決選投票当日まで否定できず、市場心理は好転しにくい状況が続くだろう。世論調査で支持率が急上昇するなど、ルペン氏に追い風が吹くような調査結果が出れば、ユーロは瞬間的に暴落することもあり得る。

 

 大統領選後もフランスは、6月に国民議会選挙を予定している。ルペン大統領が誕生しなくても、FNが議席数を急増させる可能性は否定できない。9月にはドイツでも総選挙が行われ、極右の急進政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の台頭が警戒される。加えて、金融機関の不良債権問題が深刻化しているイタリアや、7月に国債の大量償還を抱えるギリシャでも、政情不安の高まりを受けて17年中に解散総選挙が行われる観測が出てきており、いずれの選挙もリスク回避の流れに拍車をかけると考えられる。

 

 こうした中では、米連邦準備制度理事会(FRB)も追加利上げに慎重にならざるを得ないだろう。トランプ米大統領は2月28日の議会演説で、総額1兆ドルのインフラ投資の実施などを唱えたが、その実効性も危ういため、成長期待を反映したドル買いの流れよりも、欧州の政治イベントに伴うリスクセンチメントの悪化を受けた円買いの流れが優ると考えられる。

 

 そこに、基調としてある中長期的な円高圧力が加わる形で、ドル・円相場は当面円高で推移しそうだ。具体的には、年後半にかけて1ドル=100円台前半が定着すると見込まれる。フランスでルペン大統領が誕生するなど想定外の展開が生じれば、1ドル=90円台に突入するだろう。

 

(土田陽介・三菱UFJリサーチ&コンサルティング研究員)

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〔為替2017 カバーストーリー〕

◇ドル高と円高の狭間で揺れる市場

◇トランプリスクが為替相場かく乱

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〔為替2017〕

◇25%ドル高はらむ国境税

◇トランプと共和党の危険な綱引き

窪谷浩・ニッセイ基礎研究所主任研究員

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リスク打ち消し緩やかに円安へ 予想覆しても混乱は一時的 欧州政治リスク:楽観

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市川雅浩・三井住友アセットマネジメント シニアストラテジスト

 

 欧州の主要国で相次ぎ予定されている政治イベントによる金融市場の動揺は、発生しても一時的なものにとどまり、深刻な危機に発展する可能性は低いだろう。ドル・円相場は、年前半は欧州の政局混迷に対する警戒感からリスクオフ(回避)の円高に振れやすい地合いが続くとみられるが、年後半は過度な警戒感が後退し、緩やかな円安基調に転じるだろう。

 

 目前に迫るオランダの議会選挙(3月15日)は、極右政党の自由党(PVV)が第1党となる可能性が高いものの、連立が必要となるオランダ政権において、他の主要政党がPVVとの連立を否定しているため、結局は現与党である自由民主党(VVD)が、PVVを除く連立政権を樹立するというのが大方の見方だ。市場ではこの見方が既に織り込まれており、PVV政権が誕生しないことで市場の混乱は回避されるため、1ドル=110円を超えるほどの円高にはならないだろう。

 

 

 4月23日と5月7日に予定されるフランス大統領選挙でも、極右政党である国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首の勝利は困難との見方が大勢で、円高の動きは一時的となるだろう。ただ、ルペン氏は、第1回投票では勝ち進むとみられており、この過程においては市場は一時警戒感を強め、円高に傾くとみられる。また、この時期に、米国でオバマケア代替法案の成立が遅延し、減税を含む税制改革への着手も遅れる見通しが強まるなどの悪材料が重なれば、1ドル=100円台後半の円高を見込む必要も出てくる。

 

 フランス大統領選を波乱なく通過すれば、ドイツ連邦議会(下院)選挙(9月24日)も、比較的無事に終わる公算が大きい。社会民主党(SPD)が支持率を伸ばし、緑の党などと連立政権を樹立すれば番狂わせとなるが、その可能性は低く、現与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が勝利し、アンゲラ・メルケル首相の続投は確実とみられる。また、反ユーロ政党のドイツのための選択肢(AfD)の支持率も既に頭打ちで、新政権に参加する可能性も低いため、オランダ、フランスに続きドイツでも市場の予想通りとなれば、ドル・円相場は再び緩やかな円安基調に戻ると思われる。

 

 ◇EU離脱難しい

 

 この他、英国ではEUに対する離脱通知が3月末までに行われる見通しで、英国独自の離脱方針の実現に向け、原則2年間のEUとの交渉が始まる。しかし、英国のEU離脱は、ドル・円相場にとっては既に長期目線の材料となっており、英国がよほど深刻な状況に陥らない限りは、短期的なドル・円相場への影響力は縮小しているとみてよいだろう。

 

 仮に、相次ぎ行われる国政選挙が市場の予想を覆す結果となったとしても、市場は既に英国民投票に続き米大統領選と2度のショックを経験しており、比較的冷静に受け止める可能性もある。万が一、反EU勢力の台頭によって市場が大きく動揺し、金融機関に大きな打撃を及ぼしたとしてもショックは一時的にとどまり、これまで長く続いた量的金融緩和によって市場にあふれている過剰流動性が、欧州全体の金融機関に十分な資金繰りの余裕を与え、金融システムを下支えするとみている。

 

 また、実際にユーロ加盟国で反EU政権が誕生したとしても、ポンドを自国通貨とする英国と違い、ユーロを自国通貨とするオランダやフランスは新たな自国通貨を導入しなければならず、英国以上に時間と労力と費用を要する。EUから離脱できるハードルは極めて高いだろう。

 

 

(市川雅浩・三井住友アセットマネジメント シニアストラテジスト)

 

*週刊エコノミスト2017年3月21日号 「為替2017」掲載

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〔為替2017〕

◇25%ドル高はらむ国境税

◇トランプと共和党の危険な綱引き

窪谷浩・ニッセイ基礎研究所主任研究員

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〔為替2017〕

◇ルペン勝利なら1ドル=90円台

◇ユーロ暴落の可能性も

土田陽介・三菱UFJリサーチ&コンサルティング研究員

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再生医療の「オプジーボ」? 免疫細胞を増強する、がん新治療

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 村上和巳・ジャーナリスト

 

 再生医療におけるがん免疫療法は、患者本人または他人由来の免疫細胞を採取・培養して患者の体内に戻してがんと戦わせる治療だ。国内外の研究機関や企業で研究が進められている。

 

 最も有力な研究のひとつが、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を利用した「再生キラーT細胞療法」だ。京都大学ウイルス・再生医科学研究所の河本宏教授らが先端を走る。河本教授らは2013年、iPS細胞を利用してがん細胞のみを攻撃する「キラーT細胞」(免疫細胞の一種)を作ることに世界で初めて成功した。

 

 キラーT細胞は、免疫の中で特定の異物が体内に侵入した際に、その異物に合わせて攻撃をする。だが、体内に存在する量が非常に少ないため、がんと戦う戦力を高めるためには、体外で培養・大量生成して患者に投与する必要がある。

 

 キラーT細胞は血液から採取する。だが培養で増やしても一定程度増えた段階で攻撃力が弱まる特性があり、ヒトの体内に戻しても増殖の速いがん細胞には対抗できない。そこで増やしやすいiPS細胞の状態にして、大量に培養する。こうすることで従来の培養法に比べて、効率よくがん細胞を攻撃するキラーT細胞を量産できる。

 

 ◇京都大学がリード

 

 ポイントとなるのが、キラーT細胞が攻撃対象のがん細胞を記憶したまま、iPS細胞化することだ。河本教授らは、実験でその技術に成功した。

 

 iPS細胞からキラーT細胞を再生する際に、「CD4」と「CD8」という糖たんぱくを発現する細胞を他の細胞から分離し、刺激を加えて培養することで、がん細胞に対する認識能力の高い再生キラーT細胞の作製に成功し、16年11月に米医学誌『Cancer Re-search』に発表した。

 

 この発表では、試験管内で、ヒトから取り出した白血病細胞に再生キラーT細胞を加えたところ、

通常のがんに特異的なキラーT細胞と同等に白血病細胞を殺傷する能力があることが確認された。免疫機能を喪失させたマウスに白血病細胞を移植して5カ月間経過観察を行った実験でも、白血病細胞のみを移植したマウスは期間中に全例が死亡したのに対して、白血病細胞移植後に再生キラーT細胞を投与したマウスでは3割が生存するなど、一定の有効性が認められた。またがん細胞以外の正常な細胞が攻撃された形跡は認められなかったという。

 

 今後、河本教授らは急性骨髄性白血病での臨床試験開始を目標としている。

 

 現時点では、再生キラーT細胞の培養にはマウス由来の細胞やウシの血清が利用されているため、ヒトに投与するには動物成分を用いない培養方法が必要になる。ヒト以外の動物成分で培養された細胞をヒトに投与すると、その細胞が体内の免疫により排除される可能性があるからだ。

 

 本格的な有効性、安全性の確認はこれからの課題で、ヒトでの臨床試験はもう少し先になりそうだ。臨床応用が実現した場合も、がん細胞そのものが免疫にブレーキをかける機構を持っているため、この治療法のみで有効性を示せるかどうかは未知の部分がある。

 

 ◇再生医療の最大市場へ

 

 ヒトの持つ免疫を強化してがんを治療する発想は従来からあったが、成果を上げられなかった。近年、その原因はがん細胞が免疫機能にブレーキをかけてしまうためということが分かってきている。研究を生かして開発されたのが、ブレーキを解除してキラーT細胞による攻撃を復活させる小野薬品工業の「オプジーボ」に代表される抗体医薬「免疫チェックポイント阻害薬」だ。

 

 だが、画期的な新薬と期待されるオプジーボでも、奏効率は3割程度。そこで再生医療を使った「アクセルを踏み込む」治療として再生キラーT細胞が再び注目を集めている。

 

 アクセル型のがん免疫療法で現在行われている治療のほとんどは、患者の体内から取り出した免疫関連細胞を活性化あるいは増殖させて患者の体内に戻す方法だ。厚生労働省が認可する高度先進医療としてごく一部の大学病院などで行われているものと、保険適用外の自由診療クリニックで行われているものがある。しかし、いずれもまだ決定打といえるほどの治療成績には至っていない。

 

 経済産業省の予測では、再生医療における「がん免疫」分野の国内市場規模は、12年の69・9億円から、20年には231・2億円、50年の潜在市場は5719・1億円に拡大するとみられている。再生医療の中でも最も市場が大きくなると期待されている分野だ。将来、T細胞移植によるがん免疫療法に保険が適用されれば、再生医療における「がん免疫」の市場は一気に拡大するとみられている。

(村上和巳・ジャーナリスト)

 

*週刊エコノミスト2017年3月21日号 「再生医療 臨床ラッシュ」掲載

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〔再生医療 臨床ラッシュ〕

◇他人由来の細胞で治験へ

◇難病治療に広がる可能性

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目次:2017年3月28日号

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歴史に学ぶ 良い貿易、悪い貿易

 

20 自由貿易にウンザリ 沈みゆく中間層■大堀 達也/谷口 健

23 有名経済学者の主張見取り図

24 わがまま大国 米国の本質は保護主義 ■米倉 茂

26 「自由貿易で成長」のウソ 戦後日本は“保護貿易”で発展した ■中野 剛志

28 Q&Aで学ぶ 今さら聞けない貿易と国際分業の基本と理論 ■白波〓 康雄

30 揺らぐ比較優位説 現実離れした自由貿易モデル ■関 良基

32 自由貿易が格差を生む 100年前にもあった大転換 ■柴山 桂太

米中激突なら米企業は大打撃

34 米国車は中国製部品に依存 ■羽生田 慶介

35 高関税で損するのは米国 ■真家 陽一

36 保護貿易の背景 世界貿易の4割は新興国 ■郭 四志

38 大英帝国が始めた自由貿易 特権階級の蓄財に利用 ■川北 稔

 

Flash!

13 FRB3カ月ぶり利上げ/東芝が再び決算延期/韓国次期大統領は文在寅氏有力/戴正呉シャープ社長インタビュー

17 ひと&こと 検事総長人事と官邸の距離/パナソニック樋口氏COO就任も/出光名誉会長の影響力低下

 

Interview

4 2017年の経営者 楠 雄治 楽天証券社長

46 問答有用 小山 清 バソン奏者

「作曲家が思い描いたままの音を伝えたい」

 

エコノミストリポート

84 混戦! 仏大統領選 ルペン氏に迫るマクロン旋風 移民受け入れ派の若手躍進 ■羽場 久美子

86 どうなるユーロ、仏国債 ■菅野 泰夫

 

40 燃料電池 ホンダ、GMの水素推進の背後に軍事利用 ■塚本 潔

42 サイバー攻撃 なりすましメール被害が拡大 ■山崎 文明

72 保険 交通事故の賠償は不十分 ■平岡 将人

74 人工知能 音声認識やフィンテックが起爆剤 ■志村 一隆

76 航空 MRJの弱点は統合能力の欠如 ■杉山 勝彦

78 Jリーグ 巨額放映権料と思わぬ開幕つまずき ■元川 悦子

80     インタビュー 村井 満 Jリーグチェアマン

82 東芝 東芝半導体の買収は米WDが有力 技術流出避け「日米連合」も浮上 ■野村 和広

 

World Watch

60 ワシントンDC 環境規制緩和で雇用増狙う ■安井 真紀

61 中国視窓 強まる李首相“更迭”観測 ■金子 秀敏

62 N.Y./シリコンバレー/英国

63 オーストラリア/インド/フィリピン

64 台湾/ロシア/トルコ

65 論壇・論調 米国で揺らぐ長期停滞論 ■岩田 太郎

 

Viewpoint

3 闘論席 ■池谷 裕二

19 グローバルマネー フィンテック大国・中国の光と影

44 名門高校の校風と人脈(234) 加納高校(岐阜県) ■猪熊 建夫

50 学者に聞け! 視点争点 選択肢と幸福度の関係に異議あり ■荒川 章義

52 言言語語

66 アディオスジャパン(45) ■真山 仁

68 海外企業を買う(133) エクスペディア ■岩田 太郎

70 東奔政走 他にもあるゴミ絡みの国有地売買 ■山田 孝男

87 商社の深層(62) 収益源の発電事業に変化 ■五十嵐 雅之

94 景気観測 賃金上昇で内需主導の好循環へ ■枩村 秀樹

96 ネットメディアの視点 疑惑を認めさせたワセダクロニクル ■山田 厚史

100 アートな時間 映画 [ジャッキー ファーストレディ 最後の使命]

101        クラシック [東京・春・音楽祭]

102 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ fiduciary rule ”

 

Market

88 向こう2週間の材料/今週のポイント

89 東京市場 ■三井 郁男/NY市場 ■針谷 龍彰/週間マーケット

90 ブラジル株/為替/穀物/長期金利

91 マーケット指標

92 経済データ

 

書評

54 『「原因と結果」の経済学』

『中国安全保障全史』

56 話題の本/週間ランキング

57 読書日記 ■楊 逸

58 歴史書の棚/海外出版事情 中国

 

81 定期購読・デジタルサービスのご案内

 

53 次号予告/編集後記

特集:良い貿易、悪い貿易 2017年3月28日号

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◇自由貿易にウンザリ 沈みゆく中間層

 

「米中で貿易戦争が起きれば真っ先に被害に遭うのは米企業だ」。中国で3月15日に閉幕した全国人民代表大会後の会見で、李克強首相は、米国で高まる保護主義の動きをけん制した。

 

 トランプ米大統領は、昨年の選挙期間中から「自由貿易が米国の中間層を没落させた」と繰り返し主張し、とりわけ巨額の対米貿易黒字を計上する中国を名指しで批判してきた。

 

 中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した2001年12月から現在までの約15年間で、米国では約15万カ所の工場が閉鎖された。毎年1万カ所ずつ消えていった計算だ。トランプ氏は「中国はアメリカ(市場)を強奪している」と非難する。トランプ氏を保護貿易に駆り立てる理由の一つだ。

もう一つはトランプ政権が再交渉を求めている北米自由貿易協定(NAFTA)だ。協定が締結された1992年ごろまで、1700万人前後で安定推移していた米国の製造業労働者は、15年には1200万人程度まで減った。およそ4分の1の製造業雇用が失われたことになる。

 

◇すぐには新産業に移れない

 

 自由貿易が米国の雇用を奪ったというトランプ氏の主張は、製造業労働者に受け入れられた一方で、経済学者たちの強い反発を買った。昨年の大統領選の直前に、米国の経済学者370人が連名で「トランプ氏の掲げる経済政策は支持できない」として同氏に投票しないよう米国民に呼びかける書簡を米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』に寄せた。

 

 書簡は「米製造業の雇用の減少は70年代から始まっており、貿易ではなく自動化によるもの」と説明し、「NAFTA見直しは米国に悪影響を及ぼす」との批判を展開。米製造業を復活させ雇用拡大を目指すなら、中国よりも製造業のロボット化を問題視すべきだと主張した。

 

「製造業を優先する」というトランプ氏に対し、経済学者らは「歴史を巻き戻して生産性の低い仕事を生み出すような政策は持続しない。重要なのは、新たに必要とされる産業に人々が就けるようにすることだ」と反発する。

 

 ただし、経済学者の多くは、そうした新しい市場に雇用が移動するまでは、20~30年はかかると見ていることも事実だ。しかも、IT(情報技術)や人工知能(AI)といった新産業は、多くの労働力を必要としない。雇用を生む新産業が現れるのか、経済学者も見通せない。その間、沈みゆく製造業のような産業に従事する者には、厳しい状況が続く。

 

◇新興国も保護貿易へ向かう

 

 世界貿易はトランプ大統領誕生の前から、保護主義に向かっていたことを示すデータがある。英シンクタンクの「グローバル・トレード・アラート」によれば、リーマン・ショック前に主要20カ国・地域(G20)全体で100件に満たなかった保護貿易措置が、ショック直後の08年11月から増加し、足元では6000件を超えている。措置の7割は新興国で取られている。

 保護措置の増加に合わせるように世界の貿易量の伸び率は減速し、世界経済成長の伸び率を下回る「スロー・トレード」の状態が続く。

 

 自由貿易と保護貿易とでは、どちらが得策か。自由貿易は18世紀の英経済学者リカード以来、多くの経済学者の支持を得てきたが、中間層の支持は急速に失いつつある。

(大堀達也、谷口健・編集部)

2017年3月28日号 週刊エコノミスト

定価:620円

発売日:2017年3月21日


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戴シャープ社長 再建の自己採点は「6点」 にじみ出る旧経営陣批判

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 シャープの戴正呉社長は3月13日、週刊エコノミストなどのインタビューに応じ、就任後の経営について「(10点満点中)6点。合格点だが、やらなければいけないことはまだたくさんある」と自己採点した。また、シャープが東証1部復帰後の後継社長について、「いい社長を探し、教育したい」と、社内の日本人社員から登用する意向を示した。

 

 戴氏はシャープを傘下に収めた台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業から派遣され、シャープ社長に2016年8月13日就任した。構造改革を進め、シャープの17年3月期連結営業利益が474億円と、3年ぶりの黒字回復の見込み。

 

 戴社長が就任後からシャープに不利な契約解消を訴え続け、太陽電池事業の赤字を招いていた原材料の購入契約見直しを実現したことが大きい。シャープ株は438円(3月16日終値)と、昨年来安値の87円(16年8月1日)の5倍以上に上昇。時価総額は約8年9カ月ぶりに2兆円台を超えた。

 

 戴社長は「シャープの幹部のモチベーションが上がり、内部統制もしっかりした」と、経営再建の手応えを述べた。そのうえで、「国内はいい点数だが、海外はまだ不合格」とし、今後は海外事業の改善に注力する考えを示した。

 

 経営危機に陥った原因について、技術ではなく経営管理の問題でないかと問われ、戴社長は「私もそう思う」と答えた。「個人のことに言及するので」と言葉を選びながらも、12年に鴻海がシャープに出資し、アドバイザーとして経営にあたろうとしたものの、破談となった件を引き合いに、「町田(勝彦会長〈当時〉)さんの考えをもし実行できていたら、今のシャープはこうじゃなかった」と述べ、後継社長の経営判断が妥当ではなかったとの認識を示した。

 

 また、後継社長の人選の基準を問われ、「この7年間、シャープは社長が液晶を作り、副社長がソーラーを作った。相互にコミュニケーションがなく、仲も悪かった」と述べた。液晶事業を推進した片山幹雄社長(当時)と、ソーラー事業を推進した浜野稔重副社長(同)の確執を例に、内部統制を果たせる人材の登用を示唆した。時期については、「私とテリー(・ゴウ鴻海)会長で考えます」と述べた。

 

 戴社長はインタビューに先立つ会見で、日本電産に転職した大西徹夫副社長(同)が退職時に社員引き抜きをしないとした誓約書を振りかざした。シャープは社員流出が続いており、ヘッドハンティングを遠回しにけん制した形だ。

 

 さらに、シャープ創業者の早川徳次氏の遺族と2カ月に1度会食し、「これほど創業者を尊敬してくれる社長は今までいなかった」と言われたと明かすなど、旧経営陣批判を随所ににじませた。

(後藤逸郎・編集部)

*週刊エコノミスト2017年3月28日号FLASH!掲載

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歴史に学ぶ

良い貿易、悪い貿易

 

◇自由貿易にウンザリ 沈みゆく中間層

 

「米中で貿易戦争が起きれば真っ先に被害に遭うのは米企業だ」。中国で3月15日に閉幕した全国人民代表大会後の会見で、李克強首相は、米国で高まる保護主義の動きをけん制した。

 トランプ米大統領は、昨年の選挙期間中から「自由貿易が米国の中間層を没落させた」と繰り返し主張し、とりわけ巨額の対米貿易黒字を計上する中国を名指しで批判してきた。

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経営者:編集長インタビュー 楠雄治 楽天証券社長

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◇iDeCo(イデコ)とラップ口座を投資の入り口に

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どのような顧客層が多いですか。

楠 口座数は220万を突破しています。そのうち数万人がデイトレーダー(ほぼ毎日取引する利用者)で、大半は週に数回などたまに取引をする層です。預かり資産は4兆円を超え、国内インターネット専業の証券会社のなかでは2位です。

 

── 楽天証券の強みは。

楠 当社の利益基盤となっているデイトレーダー向けだけでなく、積み立てなど長期的に資産構築したい人向けも含め、ほぼ全ての顧客層にサービスを提供していることです。

 最近は、スマートフォン向けアプリで取引する利用者が増えています。FX(外国為替証拠金取引)では約71%、先物・オプション取引では約60%、日本株は約41%にまで上昇しています。FXのスマホ率が高いのは、比較的若い人が多く、株式の取引は年齢層が少し高いためです。

 

 ネット証券業界は、楽天証券の他、業界1位のSBI証券、松井証券、カブドットコム証券、マネックス証券が主要5社だ。業界2位の楽天証券は、1999年創業のDLJディレクトSFG証券が前身。その後、楽天が2003年に子会社化。04年に名称を楽天証券に変えた。

 

── 楽天市場や楽天トラベルなどの「楽天会員」をどう生かしますか。

楠 楽天証券の口座数は現在220万ある一方で、楽天会員は1億1000万人を超えています。例えば、節税効果も高い個人年金である個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」は、投資を積極的に行っていない一般層の開拓に役立つと考えています。60歳まで毎月5000~2万3000円まで(会社員の場合)積み立てられる制度なので、特に30代、40代を中心に働きかけていきます。

 また、16年7月に、おまかせの資産運用サービス(ラップ口座)「楽ラップ」を始めています。投資金額は10万円からで手数料は年間1%未満、利用者数はすでに1万人を超えています。楽ラップの特徴は、世界最大級の運用助言機関の米マーサー社のサービスを使っている点です。アルゴリズム(機械)で運用せず、世の中の動きを見ながら先読みをして投資判断をしています。例えば、トランプ大統領誕生後、債券にウエートを置いていた一般的なラップ口座サービスは悪影響を受けましたが、楽ラップは株式にウエートを置いていたため好影響を受けました。

 

── 楽天銀行との連携は。

楠 楽天グループの各サービスのお客様にも新規の口座開設を呼びかけていますが、楽天銀行から流れてくる人が一番多いです。楽天銀行は現在、577万の口座、約1・8兆円の預金残高を持っています。銀行と証券の口座をシームレス(つなぎ目なし)に連携することで、銀行口座に入金すれば、そのまま投資資金になるような口座間の連携サービスを提供しています。

 例えば、楽天証券はATMカードを発行していません。ただ、楽天銀行の口座を持つ人がコンビニで楽天銀行の口座におカネを入れれば、投資で必要な時にこれを使えるようにするサービスも提供しています。反対に、楽天証券の口座に現金ができれば、そのまま自動的に楽天銀行に移動できるサービスもあります。

 

── その他の利用者開拓は。

楠 約600人の独立系ファイナンシャルアドバイザー(IFA)と契約しています。当社と契約するIFAには元証券営業マンも多く、中には自分の顧客を抱えている人もいます。彼らには当社のサービスを紹介してもらうので、私どもの販売代理店のような位置付けです。

 IFA経由で獲得した口座数は1万6000まで伸び、その預かり資産は2000億円を超えました。彼らは独立系なので、所属する証券会社の都合で営業しないことが差別化要因です。

 

 ◇香港とマレーシアへ

 

── 「フィンテック(金融と技術の融合)」分野の取り組みは。

楠 楽天グループとしては、フィンテック技術を持つ欧米企業などに対して15年11月から100億円規模の投資をしているところです。私もこのファンドの投資判断をする委員なので、フィンテックの最新情報は入ってきます。楽天証券のサービスをいかに充実させるか、競争力のあるものにするか、便利にするかを念頭に、自社で開発できるものはするし、ベンチャー企業などから取り込むこともしていきます。

 フィンテックを実際に活用することも意識しています。16年8月には、分散型台帳を実現する画期的な技術として注目される「ブロックチェーン」を使った本人確認システムを、ソラミツ(東京・港区)というベンチャー企業と共同開発を開始しました。高いセキュリティーのシステムを構築していきます。

 

── 海外戦略はどうですか。

楠 FXでは香港と豪州シドニーに拠点を置いています。香港が中国本土の顧客の窓口となり、豪州で口座を開設するためです。豪州ではレバレッジ(少ない資金でも大きな取引ができる仕組み)の規制がないため、例えば、100倍とか200倍のレバレッジも可能です。これで中国市場の開拓を狙います。

 また、マレーシアにも進出します。現地の証券大手ケナンガと、5対5の出資比率でネット証券会社「楽天トレード」を作りました。この合弁会社を作るために、政府との交渉など2年かかりました。まもなくサービスを開始します。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 31歳で米国に留学し、帰国後はコンサルティング会社に入りました。36歳で前身のネット証券立ち上げに参画しました。

 

Q 「私を変えた本」は

A もともとはシステムエンジニアでしたので、チャールズ・ワイズマンの『戦略的情報システム』には影響を受けました。

 

Q 休日の過ごし方

A 海外出張も多いですが、フィットネスクラブで汗を流したり、月に1回はゴルフもします。

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 ■人物略歴

 ◇くすのき・ゆうじ

 広島市立基町高校、広島大学卒業。1996年、米国でMBA取得後、ATカーニー入社。99年、DLJディレクトSFG証券(現・楽天証券)入社。2006年4月に楽天証券COO、同年10月に社長就任。54歳。

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事業内容:インターネット専業の証券会社

本社所在地:東京都世田谷区

設立:1999年3月

資本金:75億円

従業員数:340人(2016年9月)

業績(16年3月期)

 売上高:550億円

 営業利益:246億円


目次:2017年4月4日号

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ハウジングプア

24 失われる「居住の安全安心」 住宅確保に困窮する若年層  ■平山 洋介

29 インタビュー 佐藤 英道 衆議院議員・公明党国土交通部会長 「空き家820万戸を住宅困窮者の住まいに」

30 大量相続時代 戸建て空き家予備軍720万戸 ■野澤 千絵

32 首都圏版 空き家予備軍ランキング 横浜市や千葉市の郊外で大きな絶対数 ■野澤 千絵

34 賃貸マンション 家は「都心の賃貸」が一番 ■牧野 知弘

36 中古住宅のブランド化 大手メーカー連合が進める中古市場の整備 ■伊能 肇

37 マンション価値は上がる 築41年でも時価は新築時の6割増し ■荻原 博子

38 50代、住宅ローンはどうする? 退職金での返済はNG ■深野 康彦

40 地価は下落 「持ち家」から解放された社会に ■井上 明義

42 田中角栄が変えた日本人の住宅 「居住福祉」政策への転換を ■早川 和男

43 消費者金融で返済も 危うい低所得者層住宅ローン ■大槻 奈那

44 高齢者住宅 大量介護難民発生の2025年問題 ■田村 明孝 

 

エコノミストリポート

87 注目集める「キャレグジット」 支持広がるカリフォルニア州の独立運動 トランプ政権に強まる不満、深まる溝 ■土方 細秩子

Flash!

17 東電会長に日立・川村名誉会長が急浮上/G20に不協和音 保護主義に突き進む米国/東京都議選は築地が争点も「小池劇場」の構図作り/インタビュー 大塚勝之・匠大塚社長

21 ひと&こと 企業内学校卒の生え抜きをトヨタ初の副社長に抜てき/ノバルティス無罪でも製薬業界からは恨み節/出口会長退任で焦点に ライフネットの経営権

 

World Watch

68 ワシントンDC 顕在化する反ユダヤ主義 トランプ大統領誕生が引き金? ■三輪 裕範

69 中国視窓 米軍ミサイルの韓国配備でロッテ不買運動が拡大 ■北村 豊

70 N.Y./カリフォルニア/フランス

71 韓国/インド/ミャンマー

72 広州/ブラジル/南スーダン

73 論壇・論調 英国のEU強硬離脱方針に批判集中 経済界で既に事業撤退の動きも ■増谷 栄一

 

Interview

6 2017年の経営者 森川 桂造 コスモエネルギーホールディングス社長

50 問答有用 田中 紀子 「ギャンブル依存症問題を考える会」代表

 「依存症対策が進まなければ国力は衰えます」

 

地銀絶滅?!

90 全国で急速に進む地銀再編 2020年に総資産20兆の20行に ■高橋 克英

94 本業が赤字 現在の金融環境に適応しない地銀 ■吉澤 亮二

96 地銀は民間企業か 上場企業のあり方無視する金融庁 ■山本 大輔

98 ふくおかFG+十八銀統合 異例の調査で協力する公取委 ■花田 真理

 

まだ間に合う 介護 医療

77 2018年介護・医療同時改定 崩壊を防ぐラストチャンス ■丸山 仁見

80 介護 本来の姿は自宅での訪問介護 ■藤井 賢一郎

82 医療 国民皆保険守るため選別も ■印南 一路

84 わが「老老介護」壮絶記 今の介護保険は実質的に掛け捨て ■柳 博雄

86 介護先進地の和光市 閉じこもり高齢者が歩ける ■東内 京一

 

46 凍える消費 生活切り詰め貯蓄に励む日本人 ■廣野 洋太

76 ヘルスケアREIT 介護職員不足という大きな誤算 ■関 大介

 

Viewpoint

5 闘論席 ■片山 杜秀

23 グローバルマネー 金利高、ドル高を引き起こすFRBの苦しい選択

48 東奔政走 都議選、小池新党、選挙区割り、「森友」 「手詰まり」解散戦略で首相が選ぶ道は ■人羅 格

54 学者が斬る 視点争点 4年間未達成の物価目標再考を ■井上 裕行

56 海外企業を買う (134) 統一企業 ■富岡 浩司

58 名門高校の校風と人脈 (235) 岩国高校(山口県) ■猪熊 建夫

60 言言語語

74 アディオスジャパン (46) ■真山 仁

106 景気観測 世界の製造業は堅調、景気は底堅い 企業は強気で設備投資の伸び続く ■足立 正道

108 ネットメディアの視点 Uberの顧客離れが止まらない 成長も、信頼崩壊も早いIT企業 ■土屋 直也

113 商社の深層 (63) 双日がゆかりの地・ベトナムで温度管理の物流ビジネスを開始 ■種市 房子

114 アートな時間 映画 [ムーンライト]

115        舞台 [わが兄の弟 ─贋作アントン・チェーホフ傳─]

116 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ private equity ”

 

Market

100 向こう2週間の材料/今週のポイント

101 東京市場 ■藤戸 則弘/NY市場 ■村上 俊介/週間マーケット

102 欧州株/為替/原油/長期金利

103 マーケット指標

104 経済データ

 

書評

62 『ダーク・マネー』

 『ポピュリズムとは何か』

64 話題の本/週間ランキング

65 読書日記 ■荻上 チキ 

66 歴史書の棚/出版業界事情

 

61 次号予告/編集後記

 

2017年4月4日号 購入案内

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特別定価:670円

発売日:2017年3月27日


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経営者:編集長インタビュー 森川桂造 コスモエネルギーホールディングス社長

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◇上流・下流のバランスで競争力強化

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 石油元売り業界の再編が進む中、2月21日にキグナス石油(東京都中央区)の株式2割を取得する資本業務提携契約の締結を発表した。2020年ごろからキグナスの給油所約500カ所にガソリンなどを供給する。

 

週刊エコノミスト 2017年4月4日号

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特別定価:670円

発売日:2017年3月27日

 

ハウジング プア

 

急増する空き家、介護難民、住宅ローン返済に苦しむ40~50代、一生借家住まいの若年層、増加が懸念されるホームレス・・・・・・脇目も振らず「持ち家取得」に邁進してきた日本社会は、「ハウジング プア」とも言うべき新たな問題に直面している。

 

◇失われる「居住の安全安心」

◇住宅確保に困窮する若年層

平山洋介(神戸大学教授)

戦後日本を特徴づけたのは、「持ち家世代」の出現であった。経済の目覚しい成長のもとで、中間層が拡大し、持ち家取得が可能な世帯が増えた。全文を読む


特集:ハウジングプア 2017年4月4日号

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◇失われる「居住の安全安心」

◇住宅確保に困窮する若年層

 

平山洋介・神戸大学教授

 

 戦後日本を特徴づけたのは、「持ち家世代(Generation Own)」の出現であった。経済の目覚ましい成長のもとで、中間層が拡大し、持ち家取得が可能な世帯が増えた。多くの人びとは、仕事と収入を安定させ、結婚して家族を持ち、賃貸住宅から持ち家に移り住んだ。政府は、多数の世帯がこうした「標準パターン」のライフコースを歩むと想定し、持ち家促進の住宅政策を展開した。

 

 マイホームを得ることは物的住宅の改善、結婚と子育ての安定、不動産資産の形成に結び付き、さらに「一億総中流社会」のメンバーシップをもたらした。持ち家は、人生のセキュリティ(安全安心)を支えるとみなされ、その所有を多くの人たちが渇望した。戦前では、都市住宅の大半は民営借家で、持ち家に住むことは、一部の階層の特権であった。持ち家の大衆化は、戦後の新たな社会景観をつくりだした。

 

 しかし、20世紀末からの社会・経済環境の変化によって、持ち家取得はより難しくなった。経済は長く停滞し、高い成長率が再現するとは考えられていない。雇用と所得は不安定化し、住宅ローンの長期返済に耐えられる世帯は減った。住宅の資産価値は低下し、その安全は損なわれた。結婚と世帯形成のあり方は変容し、未婚・単身者の増大は、家を買おうとする家族の減少を意味した。人生の軌道は分岐し、標準ライフコースをたどる世帯は減り続けている。人びとがマイホームを追い求めた時代の果てにあって、新たな世代の住まいの条件をどのように整えるのかという問いを立てる必要がある。

 

 住宅ストックの所有形態の推移をみる(図1)。持ち家には、「アウトライト持ち家」と「モーゲージ持ち家」の2種類がある。アウトライトとは、住宅ローンの返済を終え、あるいは住宅ローンを利用せずに持ち家を取得し、債務をもたない状態を指す。モーゲージ持ち家とは、モーゲージ(住宅ローン)の残債のある住宅である。

◇住宅ローンでの購入減少

 

 アウトライト持ち家は、1988年では1390万戸、全住宅の37・6%であったのに対し、2013年には2285万戸、45・1%にまで増加した。その主因は、人口の高齢化である。多くの世帯が住宅ローンで家を買い、返済を重ね、高齢期までに、債務を終わらせた。アウトライト住宅では、管理・修繕費と固定資産税の負担が必要であるにせよ、ローン完済のため、住居費支出は少ない。低収入の高齢者にとって、住居費負担の軽い持ち家は、セキュリティの基盤になる。

 

 一方、モーゲージ持ち家は少しずつ減少し、93年の991万戸、24・7%に比べ、13年は932万戸、18・4%となった。これは、後述のようにローンによる住宅購入の経済条件が悪化したことを反映する。加えて、人口と結婚の減少が持ち家取得を減らす要因となった。住宅購入年齢の人口は、大きく減った。日本では、大半の人たちは結婚まで家を買わないため、結婚が減ると持ち家取得が減る。国勢調査によると、年齢が30~34歳の男性、女性の未婚率は、80年の21・5%、9・1%から10年には47・3%、34・5%に上がっている。

 

 住宅を買う世帯の減少にともない、賃貸世帯が増大した。持ち家促進に傾く住宅政策のもとで、公的借家のストックは少なく、さらに減少した。経済が低迷し、企業環境が変わるにつれて、給与住宅(社宅・官舎など)の供給もまた減った。拡大したのは、民営借家セクターである。その戸数、比率は88年の967万戸、26・2%から13年の1458万戸、28・8%に増加した。

 

「持ち家世代」の多くの人たちは、賃貸住宅で世帯を形成し、次にモーゲージを使って家を買い、さらにローンを返済し、住宅所有をアウトライトにするという「前進」を経験した。しかし民営借家が増え、モーゲージ持ち家が減るという変化は、賃貸から持ち家に移行する世帯の減少を意味し、ライフコースの途上で「停滞」する人たちが増える傾向を表している。

 

 先進諸国の成長率は、次第に下がる傾向を持つ。これにあらがうための政策手段の中心は、ドイツの社会学者ヴォルフガング・シュトレークが指摘したように、国家債務から個人債務に移ってきた。政府は公共事業などで景気を刺激するために、国債発行を重ねた。これに続いて、政府ではなく、個人の借金を促進する手法がとられた。その主力となったのが、モーゲージによる持ち家促進である。住宅ローンなどの個人債務を増やし、成長の減速をくいとめようとする政策を、イギリスの政治経済学者であるコリン・クラウチ、マシュー・ワトソンは、それぞれ「民営化されたケインズ主義」、「住宅価格ケインズ主義」と呼んだ。

 

 ◇「景気刺激策」としての限界

 

 しかし、過度の持ち家促進は、バブルの発生・崩壊をもたらした。日本では、80年代後半にふくれあがった不動産バブルが90年代初頭に破裂した。欧米諸国の未曽有の住宅バブルは、90年代半ばから00年代前半にかけて発生し、07年の米国サブプライムローン破綻まで続いた。住宅債務をエンジンとする資本主義経済の運営は、持続可能ではない。

 

 ポストバブルの日本では経済衰退から抜けだすために、住宅ローンによる持ち家購入を促進する政策が続いた。住宅金融公庫の融資戸数は、94年に史上最高を更新した。民間住宅融資の金利規制は94年に緩和され、それは住宅ローン販売の競争を激化させた。住宅金融公庫は、90年代末から融資供給を減らし、07年に廃止された。これによって、銀行セクターは大規模なモーゲージ市場を手に入れ、住宅ローン販売を増大させた。サブプライム破綻から発展した世界金融危機に対応するうえでは、大型の住宅ローン減税が使われた。しだいにエスカレートする金融緩和のために、住宅ローンの金利はきわめて低い。

 

 にもかかわらず、モーゲージ市場は、もはやほとんど拡大しない(図2)。日本では、経済停滞に加え、人口・結婚の減少が持ち家市場の拡大をいっそう困難にした。個人向け住宅ローンの毎年の新規貸出額は、95年に史上最高値の36・4兆円を記録した後に、大幅に減少し、00年代半ば以降では、20兆円前後で推移している。住宅債務を促進し、経済を支えるというパターンは、すでに壊れている。

 ポストバブルの日本では、持ち家購入の困難の原因は「インフレ型」から「デフレ型」に変わった。バブル破綻までは、住宅の価格インフレのために、持ち家に手が届かない世帯が増えた。バブル崩壊以降では、住宅価格は低下し、低金利が続いたにもかかわらず、所得デフレのために、住宅購入はより困難になった。

 住宅ローンをかかえる世帯の家計変化をみると、可処分所得は減少し、ローン返済を中心とする住宅コストは増えている(図3)。

 住居費の対可処分所得比は、89年の12・8%から14年の18・5%に上がった。収入が低く貯蓄が少ない世帯は、家を買うとき、住宅価格に対する住宅ローン借入額の割合である「LTV(Loan To Value)」を上げざるをえない。銀行にとって、住宅ローンは主力商品である。その貸し出し競争は、LTVを高めた。この結果、収入が減ったにもかかわらず、より大型の住宅ローンを利用し、より重い返済負担をかかえる世帯が増えた。

 

 住宅所有が不動産資産の蓄積に結びついたことは、人びとが持ち家を求めた理由の一つであった。しかし、ポストバブルの持ち家の資産価値は減った。住宅ローンを利用している世帯では、89年から14年にかけて住宅ローン残債平均額は780万円から1600万円に増え、住宅・土地資産平均額は4380万円から2450万円に減った(図4)。

 住宅・土地資産額から住宅ローン残債額を引いた数値が、純資産である。その平均額は、89年の3600万円から14年の850万円まで急落した。借金資本主義の果てに残ったのは、住宅ローンの重い債務と価値が下落した住宅である。

 

 ◇「賃貸世代」形成する若年層

 

 若年層は、住宅をなかなか購入できず、賃貸セクターにより長くとどまる「賃貸世代(Generation Rent)」を形成し始めた。世帯主30~34歳、35~39歳での持ち家世帯の割合は83年では45・7%、60・1%であったのに比べ、13年では28・8%、46・3%まで減った(総務省「住宅・土地統計調査」)。

 

 持ち家が大衆化した20世紀後半では、借家に住むことは、住宅を買うまでの過渡的な居住形態とみなされた。しかし、「賃貸世代」にとって、借家居住は必ずしも一時的とはいえない。そして、賃貸セクターの居住条件は悪化し、借家人のセキュリティを脅かしている。

 

 東京都の賃貸市場では、より低所得の世帯が増えたにもかかわらず、低家賃の住宅ストックは減少した(図5)。

 借家世帯のうち、年収300万円未満の低所得世帯が占める割合は、93年の34・0%から13年の43・0%に上がった。同じ期間に、家賃3万円未満の世帯は21・5%から11・7%に減少し、家賃7万円以上の世帯は39・1%から52・0%に増加した。

 

 低家賃セクターを構成するのは、日本では公的借家、給与住宅および低家賃の民営借家である。前述のように公的借家は少ないうえに、さらに減少し、給与住宅もまた減った。民営借家の市場では、零細家主が木造アパート(木造共同民営借家)を供給し、狭小・低質ではあっても、低家賃の住む場所を提供した。

 

 政府は、公的借家を少ししか建設しなかった。それが可能だった理由の一つは低家賃の民営借家の存在であった。しかし、木造アパートの多くは老朽化し、取り壊された。また、若い世代では、親が建てた広い持ち家で育った人たちが多い。彼らにとっては、低家賃の木造アパートが残っていても、その老朽した狭い住戸に住むことは、耐えがたく、選択肢にならない。

 

 低家賃ストックは減る一方である。東京都内の公的借家・給与住宅が借家戸数に占める割合は、93年では28・4%を示したのに対し、13年では21・5%に下がった。木造アパートの対借家戸数比は、同じ期間に28・2%から15・1%に減った(図5)。

 

 増大したのは、より高い家賃の賃貸マンション(非木造共同民営借家)である。それが借家戸数に占める比率は、93年の36・3%から13年の58・6%に上がった。「賃貸世代」の住宅条件の特徴は、ストックの多様性が失われ、選択肢が賃貸マンションに限られていく傾向である。

 

 

 

 さらに、若い世代では、独立せず、親元にとどまる未婚の「世帯内単身者」が増えている。世帯内単身者数は00年代前半まで増え続け、それ以降、高い水準のままで推移している。その15年の割合は、25~29歳では40・7%、30~34歳では25・5%におよんだ。年齢の高い35~39歳でも、世帯内単身者は18・9%を占める(図6)。

 

 雇用と所得の不安定化、低家賃住宅の減少のために、住宅購入はおろか、賃貸住宅を確保し、親元から独立することさえ困難な「親の家世代(Generation Stay at Home)」が出現した。ここに、多くの若い世代が「停滞」している様相が表れている。

 

 ◇良質な低家賃住宅を

 

 では、住宅政策をどのように転換すればよいのか。大切なのは、特定パターンのライフコースのみを標準とみなし、持ち家促進にバイアスをかける政策ではなく、より多様な人生に中立に対応する方針のもとで、持ち家セクターだけではなく、賃貸セクターの改善をも重視するバランスのとれた政策を立案し実践することだ。さらに、私有住宅の市場拡張ばかりに力点を置くのではなく、公的借家などを増やし、社会的に利用可能な住宅資源を蓄積することが、より重要になる。

 

 低家賃かつ良質の住宅を供給する施策は、「親の家世代」の独立を支え、「賃貸世代」の安定を促進する効果を持つ。住宅ストックが増え、空き家率が上がった。一方、若年層の住宅確保は、困難になった。この矛盾は、住宅需給のミスマッチを反映する。空き家は、都市の縁辺部で増えている。若年人口が多い中心部では空き家率が低く、空き家があっても、多くは低質または高家賃である。

 

 超高齢社会としての日本がかろうじて成り立っているのは、高齢者の多くがアウトライト持ち家に住んでいるからである。しかし、若い世代の住宅購入の困難は、将来の高齢層における持ち家率の低下がありうることを示唆する。住宅相続の増大などによって高齢層の高い持ち家率が持続する可能性はある。だが、持ち家世帯の割合がどのように変化するとしても、人口のさらなる高齢化によって、低家賃住宅の社会的配分を必要とする高齢者の絶対数は、間違いなく増大する。

 

 次の時代に向けて、人びとのセキュリティを支えるために、社会・経済変化の実態をふまえるところから、住宅政策を組み立て直すことが、求められている。

(平山洋介・神戸大学教授)

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