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週刊エコノミスト 2017年8月15・22日合併号

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特別定価:720円

発売日:2017年8月7日

 

 世界経済総予測’17下期

 

◇訪れた「スーパー適温」経済

◇米景気は戦後最長も視野

 過熱もせず失速もせず、ぬるま湯につかったような心地よさ──。世界経済は今、そんな状態にある。

 

 金融市場でのキーワードは「ゴルディロックス経済」。ゴルディロックスとは英童話「3びきのくま」に出てくる少女の名前で、少女が森の中で見つけたくまの家で、テーブルの上にあった「熱すぎる」「冷たすぎる」「ちょうどいい」三つのおかゆのうち、「ちょうどいい」のを食べたことが由来だ。

 

 失業率が下がって経済が拡大していても、インフレ率は上がらず金利上昇のペースが鈍い──。米国だけでなく現在の世界経済全体の共通する現象だ。続きを読む


経営者:編集長インタビュー

阪根信一 セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ社長 

◇全自動衣類折り畳み機で世界を席巻

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ビットコインの分裂はむしろ健全 新通貨の低迷は一時的か=岩村充

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ビットコインで決済できる店舗も登場
ビットコインで決済できる店舗も登場

岩村充(早稲田大学大学院経営管理研究科教授)

 

 8月1日夜、固唾を呑んで情勢を見守っていた関係者は少なくなかったろう。中国を本拠とする企業グループが、全世界のビットコイン所有者に対し、彼らが所有しているビットコインと同量の「ビットコインキャッシュ」を持っているものとみなし、この夜からその決済を支えると宣言していたからだ。宣言は実行され、その瞬間、ビットコインは「分裂」したのである。

 

 ところで、なぜ分裂などということが、それほど簡単にできるのだろうか。それは、ビットコインとは、インターネット上で共有されている仮想帳簿上の数字記録に過ぎないからである。

 

 ビットコインを日常の決済に使おうとするときは、「ウォレット」などという名のソフトウェアの助けを借りて受け払いする。だが、それはソフトウェアを通じて、インターネット上の仮想帳簿に書かれている数字記録を見たり動かしたりしているだけのことだ。

 

 そうした仕組みを知れば、今回のことが魔法でも手品でもないことが理解できるだろう。分裂派がやったことは、仮想帳簿の特定のページまでの記録をもとに、そこから今までの「ビットコイン」とは別の仮想帳簿を定義し、そこに記録される数字に「ビットコインキャッシュ」という名を与えただけのことなのだ。

 

 今回の分裂には、失敗だという見方がある。その根拠は、後で述べる「マイニング」というプロセスが、分裂後の数日を見る限り、極めて緩慢にしか進行していないからだ。だが、それだけで分裂は失敗と決めつけるのは、いささか早計である。

 

新たな仮想通貨の独立

 

 ビットコインでは、その流通を支えるインターネット上の仮想帳簿の一枚一枚のページを「ブロック」といい、ブロックが連なった仮想帳簿の全体を「ブロックチェーン」という。また、各ブロックには、ブロック内に記録されている取引が二重払いその他の不正でないことを確認した証として、消印のような役割を果たす数字が書き込まれている。それが「ハッシュ値」である。

 

 ただし、このハッシュ値は単純な計算で書き込めるわけではない。詳細は省略するが、このハッシュ値を書き込むためには、膨大な電力コストを要する面倒な計算問題を誰よりも先に解かなければならない。

 

 それに挑戦するのが「マイナー」と呼ばれるシステム参加者であり、彼らの行う問題解き作業が「マイニング」である。競争に勝ったマイナーには、ハッシュ値を書き込むブロックの中に一定量のビットコインを自分のものとして書き込む権限が与えられる。要するに、彼らの競争とは仮想空間における宝探し競争なのである。これがマイニングつまり採掘という名の由来である。

 

 そう整理すれば、今回のビットコインの「分裂」とは、要するに図1に示すようなブロックチェーンの分岐だということが分かるだろう。これを「フォーク」という。

 ちなみに、ブロックチェーンに分岐が起こること自体は異常なことではない。自由参加型のマイニング、つまり数値計算競争に信頼性の根拠を求めるビットコインのようなシステムでは、問題が2人以上のマイナーに微妙なタイミングで解かれることで分岐が生じることはあり得る話だからだ。また、システムの仕様変更などのために、参加者間の合意により一時的な複数チェーンの並列が許容されることもある(これを「ソフトフォーク」という)。

 

 ただし、前者の分岐の場合には、分岐後の延伸が短い方のチェーンが伸びなくなって自然に分岐が解消する決まりになっているし、後者の分岐は、もともと一定の条件を満たしたときにチェーンは再統合されるという約束事で始まった分岐だから、条件が成就すれば分岐は解消する。

 

 しかし、今回のビットコインの分裂は、一つの仮想通貨からの別の仮想通貨の「独立」であり、分岐は恒久的でもとに戻ることはない。こうした恒久的な分岐を「ハードフォーク」というのだが、それはドルや円などの「普通の通貨」では、まず経験のないことなので、それが何をもたらすかを考えるためには、ビットコインの価格形成プロセスがどんなものか。それをチェックしておく必要がある。

 

変動しやすい価格

 

 ビットコインの価値の背景にあるのは、それを生み出すのに要する費用、すなわち計算に要する電力コストである。これは、資産としての金や銀の価格が長期的には採掘費に依存するのと同じことなのだが、ビットコインの価格形成には、金や銀におけるそれとは異なる不安定要素があることに注意しなければならない。

 

 金について言えば、その供給すなわち現存する金の量が所与であることが分かっていても、金価格が上昇すれば眠っていた鉱山が活動を再開したり、より深い地下に眠る金を求める鉱山が開発されたりする。だから、その需給と市場価格は図2Aのようになると図解することができる。すなわち、需要の増大は金価格の上昇要因にはなるが、それは経済学の教科書でおなじみの供給曲線の右上がりによって相当程度までは吸収されるわけだ。

 ところが、ビットコインの場合はどんなに需要が増減しても供給量は固定され変化することはない。ビットコインの生成スケジュールは、参加者が共有するプログラムよって固定され、その供給曲線は図2Bで示すように直立している。この結果、ビットコインの価格は将来に対するわずかな期待の変化でも大きく上昇したり下落したりすることになる。

 しかも、一つの仮想通貨の分岐から生まれたビットコインとビットコインキャッシュは、互いに非常によく似た構造を持っているから、その相互間におけるマイナーの移動は極めて簡単になる。そうしてマイナーが移動すると、移動先の仮想通貨では、より多くのマイナーが競い合って計算問題を解くことになるので、自然にブロックが形成されるスピードが速くなる。

 

 これは、その通貨がより便利になることを意味するから、人気も上がり価格も上昇するだろう。価格が上昇すれば、マイニングの採算は向上するから、それはより多くのマイナーを惹き付ける。すなわち、価格とマイニング活動との正のスパイラルが生じるわけだ。一方でマイナーが去った後の仮想通貨には、その逆のスパイラルが生じることを意味するものでもある。

 

 そうした条件下では、ビットコインの価格とビットコインキャッシュの価格との間には、片方が上がれば他方が下がり、片方が下がれば他方が上がるという不安定が、わずかな見通しの変化から起こりがちになる。

 

新通貨が低迷する理由

 

 ところが、今回の分裂後のビットコインキャッシュのマイニングの状況を見ると、マイニング作業は、自らビットコインキャッシュを作り出した企業グループ自身によってすら、ごく細々としか行われていない。それが、分裂によって痛手を受けたはずのビットコインの価格が高位安定を保っている理由となり、分裂自体は失敗だったとする見方の根拠にもなっているのだが、その認識でよいのだろうか。

 

 そうとも言い切れまい。ビットコインキャッシュにおける計算問題には、12時間ごとにブロック形成速度を測って、あまりに遅い場合は問題の難度を下げてマイニングの負担を軽くするというルールが組み込まれている。その点に注目すれば、ビットコインキャッシュのマイニングの緩慢さは、分裂派の自作自演である疑いすら生じる。彼らは、まずは計算問題の難度を引き下げ、その後に本格的なマイニングに入ろうとしているかもしれないのである。

 

 また、別の筋書きとして、有力なマイナー集団から構成されているとされる分裂派の企業たちは、これまでのビットコインのマイニングで大量のビットコインを保有しており、だから、しばらくはビットコインの相場を大きく崩すようなアクションを避け、まずは手持ちのビットコインをある程度まで売り抜けることを優先しているということだって考えられるだろう。

 

 事実がそうなのかどうか、それは分からない。ただ、こうした双子のような関係にある仮想通貨の間でマイニングのパワーを自由に移動できる大手マイナーについては、通貨価格の信頼性保持という観点から、その立ち位置についての整理を求める声が出て来てもおかしくはないように思われる。

 

多数決より競争

 

 しかし、今回の分裂についての評価とは別に、分裂ということ自体について強調しておきたいことがある。それは、仮想通貨の分裂は「災厄」ではないということである。ビットコインのような不特定多数の人たちに共有される仮想帳簿的な仕組みが進化するためには、分裂という形をとるのは自然であり、むしろ健全なことだからである。

 

 中央管理型のシステムでは、中央管理者が自身の判断によりシステムを作り替えていく。しかし、ビットコインのように自らの意思で行動する人々の集まりが作り出したシステムでは、意見の相違を投票や多数決で解決するよりも、互いの立場を認め合って分離独立し、評価を市場に委ねた方が好ましい。集まりの中に異なった意見や方向感があるときには、無理に一緒にいようとするのではなく、離れておのおのに発展の道を探る方が、人々により多くの選択肢をもたらすという点で、世界により貢献できるからだ。

 

 ビットコインのようにマイニング競争で自律的に運動するエコシステムが「進化」するためには、もともと多数決よりも競争が向いているのである。

 

 とは言え、今回の分裂派の試みについては、いかにも惜しいところがある。彼らが本気で新しい通貨を生み出そうとしたのなら、ビットコインと双子のようなビットコインキャッシュを作るのではなく、なぜこれまでにない新しい特性や機能を持つ通貨を作ろうとしなかったのか、そこに違和感を覚えるからだ。そうすれば、今回の分裂もただのパワーゲームのような展開にならなかったはずだ。

 

真の新通貨への期待

 

 拙著『中央銀行が終わる日』(2016年・新潮選書)にも書いたことだが、ビットコインには、その仕様をあまり大きく変更しなくとも、①計算問題の定義を変更して、マイナーの参加や撤退が貨幣価値を不安定化させないようにする、②各人の持つ貨幣の名目量を時間経過に応じて増減させ、プラスまたはマイナスの利子を仮想通貨自体に発生させる、③マイナー収入を手数料依存から完全に解放し、通貨としての長期的な安定供給を確保する仕組みを導入する、など多くの新しい特性を付加することができる。

 

 今回の分裂が、そうした新しさをアピールするものだったら、分裂後の仮想通貨の性質の違いは明確になり、マイナーの立ち位置に対する疑念も生じにくくなるはずだし、今までの通貨ではできなかった未来を拓く通貨として広く支持されることもできたのではないだろうか。

 

 次には、仮想通貨の本当の「進化」となるような分裂の試みが現れること、それを期待している。

(2017年8月29日号『週刊エコノミスト』)

ビットコインの分裂はむしろ健全 新通貨の低迷は一時的か=岩村充

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ビットコインで決済できる店舗も登場
ビットコインで決済できる店舗も登場

岩村充(早稲田大学大学院経営管理研究科教授)

 

 8月1日夜、固唾を呑んで情勢を見守っていた関係者は少なくなかったろう。中国を本拠とする企業グループが、全世界のビットコイン所有者に対し、彼らが所有しているビットコインと同量の「ビットコインキャッシュ」を持っているものとみなし、この夜からその決済を支えると宣言していたからだ。宣言は実行され、その瞬間、ビットコインは「分裂」したのである。

 

 ところで、なぜ分裂などということが、それほど簡単にできるのだろうか。それは、ビットコインとは、インターネット上で共有されている仮想帳簿上の数字記録に過ぎないからである。

 

 ビットコインを日常の決済に使おうとするときは、「ウォレット」などという名のソフトウェアの助けを借りて受け払いする。だが、それはソフトウェアを通じて、インターネット上の仮想帳簿に書かれている数字記録を見たり動かしたりしているだけのことだ。

 

 そうした仕組みを知れば、今回のことが魔法でも手品でもないことが理解できるだろう。分裂派がやったことは、仮想帳簿の特定のページまでの記録をもとに、そこから今までの「ビットコイン」とは別の仮想帳簿を定義し、そこに記録される数字に「ビットコインキャッシュ」という名を与えただけのことなのだ。

 

 今回の分裂には、失敗だという見方がある。その根拠は、後で述べる「マイニング」というプロセスが、分裂後の数日を見る限り、極めて緩慢にしか進行していないからだ。だが、それだけで分裂は失敗と決めつけるのは、いささか早計である。

 

新たな仮想通貨の独立

 

 ビットコインでは、その流通を支えるインターネット上の仮想帳簿の一枚一枚のページを「ブロック」といい、ブロックが連なった仮想帳簿の全体を「ブロックチェーン」という。また、各ブロックには、ブロック内に記録されている取引が二重払いその他の不正でないことを確認した証として、消印のような役割を果たす数字が書き込まれている。それが「ハッシュ値」である。

 

 ただし、このハッシュ値は単純な計算で書き込めるわけではない。詳細は省略するが、このハッシュ値を書き込むためには、膨大な電力コストを要する面倒な計算問題を誰よりも先に解かなければならない。

 

 それに挑戦するのが「マイナー」と呼ばれるシステム参加者であり、彼らの行う問題解き作業が「マイニング」である。競争に勝ったマイナーには、ハッシュ値を書き込むブロックの中に一定量のビットコインを自分のものとして書き込む権限が与えられる。要するに、彼らの競争とは仮想空間における宝探し競争なのである。これがマイニングつまり採掘という名の由来である。

 

 そう整理すれば、今回のビットコインの「分裂」とは、要するに図1に示すようなブロックチェーンの分岐だということが分かるだろう。これを「フォーク」という。

 ちなみに、ブロックチェーンに分岐が起こること自体は異常なことではない。自由参加型のマイニング、つまり数値計算競争に信頼性の根拠を求めるビットコインのようなシステムでは、問題が2人以上のマイナーに微妙なタイミングで解かれることで分岐が生じることはあり得る話だからだ。また、システムの仕様変更などのために、参加者間の合意により一時的な複数チェーンの並列が許容されることもある(これを「ソフトフォーク」という)。

 

 ただし、前者の分岐の場合には、分岐後の延伸が短い方のチェーンが伸びなくなって自然に分岐が解消する決まりになっているし、後者の分岐は、もともと一定の条件を満たしたときにチェーンは再統合されるという約束事で始まった分岐だから、条件が成就すれば分岐は解消する。

 

 しかし、今回のビットコインの分裂は、一つの仮想通貨からの別の仮想通貨の「独立」であり、分岐は恒久的でもとに戻ることはない。こうした恒久的な分岐を「ハードフォーク」というのだが、それはドルや円などの「普通の通貨」では、まず経験のないことなので、それが何をもたらすかを考えるためには、ビットコインの価格形成プロセスがどんなものか。それをチェックしておく必要がある。

 

変動しやすい価格

 

 ビットコインの価値の背景にあるのは、それを生み出すのに要する費用、すなわち計算に要する電力コストである。これは、資産としての金や銀の価格が長期的には採掘費に依存するのと同じことなのだが、ビットコインの価格形成には、金や銀におけるそれとは異なる不安定要素があることに注意しなければならない。

 

 金について言えば、その供給すなわち現存する金の量が所与であることが分かっていても、金価格が上昇すれば眠っていた鉱山が活動を再開したり、より深い地下に眠る金を求める鉱山が開発されたりする。だから、その需給と市場価格は図2Aのようになると図解することができる。すなわち、需要の増大は金価格の上昇要因にはなるが、それは経済学の教科書でおなじみの供給曲線の右上がりによって相当程度までは吸収されるわけだ。

 ところが、ビットコインの場合はどんなに需要が増減しても供給量は固定され変化することはない。ビットコインの生成スケジュールは、参加者が共有するプログラムよって固定され、その供給曲線は図2Bで示すように直立している。この結果、ビットコインの価格は将来に対するわずかな期待の変化でも大きく上昇したり下落したりすることになる。

 しかも、一つの仮想通貨の分岐から生まれたビットコインとビットコインキャッシュは、互いに非常によく似た構造を持っているから、その相互間におけるマイナーの移動は極めて簡単になる。そうしてマイナーが移動すると、移動先の仮想通貨では、より多くのマイナーが競い合って計算問題を解くことになるので、自然にブロックが形成されるスピードが速くなる。

 

 これは、その通貨がより便利になることを意味するから、人気も上がり価格も上昇するだろう。価格が上昇すれば、マイニングの採算は向上するから、それはより多くのマイナーを惹き付ける。すなわち、価格とマイニング活動との正のスパイラルが生じるわけだ。一方でマイナーが去った後の仮想通貨には、その逆のスパイラルが生じることを意味するものでもある。

 

 そうした条件下では、ビットコインの価格とビットコインキャッシュの価格との間には、片方が上がれば他方が下がり、片方が下がれば他方が上がるという不安定が、わずかな見通しの変化から起こりがちになる。

 

新通貨が低迷する理由

 

 ところが、今回の分裂後のビットコインキャッシュのマイニングの状況を見ると、マイニング作業は、自らビットコインキャッシュを作り出した企業グループ自身によってすら、ごく細々としか行われていない。それが、分裂によって痛手を受けたはずのビットコインの価格が高位安定を保っている理由となり、分裂自体は失敗だったとする見方の根拠にもなっているのだが、その認識でよいのだろうか。

 

 そうとも言い切れまい。ビットコインキャッシュにおける計算問題には、6ブロック単位で平均形成速度を測って、あまりに遅い場合は問題の難度を下げてマイニングの負担を軽くするというルールが組み込まれている。その点に注目すれば、ビットコインキャッシュのマイニングの緩慢さは、分裂派の自作自演である疑いすら生じる。彼らは、まずは計算問題の難度を引き下げ、その後に本格的なマイニングに入ろうとしているかもしれないのである。

 

 また、別の筋書きとして、有力なマイナー集団から構成されているとされる分裂派の企業たちは、これまでのビットコインのマイニングで大量のビットコインを保有しており、だから、しばらくはビットコインの相場を大きく崩すようなアクションを避け、まずは手持ちのビットコインをある程度まで売り抜けることを優先しているということだって考えられるだろう。

 

 事実がそうなのかどうか、それは分からない。ただ、こうした双子のような関係にある仮想通貨の間でマイニングのパワーを自由に移動できる大手マイナーについては、通貨価格の信頼性保持という観点から、その立ち位置についての整理を求める声が出て来てもおかしくはないように思われる。

 

多数決より競争

 

 しかし、今回の分裂についての評価とは別に、分裂ということ自体について強調しておきたいことがある。それは、仮想通貨の分裂は「災厄」ではないということである。ビットコインのような不特定多数の人たちに共有される仮想帳簿的な仕組みが進化するためには、分裂という形をとるのは自然であり、むしろ健全なことだからである。

 

 中央管理型のシステムでは、中央管理者が自身の判断によりシステムを作り替えていく。しかし、ビットコインのように自らの意思で行動する人々の集まりが作り出したシステムでは、意見の相違を投票や多数決で解決するよりも、互いの立場を認め合って分離独立し、評価を市場に委ねた方が好ましい。集まりの中に異なった意見や方向感があるときには、無理に一緒にいようとするのではなく、離れておのおのに発展の道を探る方が、人々により多くの選択肢をもたらすという点で、世界により貢献できるからだ。

 

 ビットコインのようにマイニング競争で自律的に運動するエコシステムが「進化」するためには、もともと多数決よりも競争が向いているのである。

 

 とは言え、今回の分裂派の試みについては、いかにも惜しいところがある。彼らが本気で新しい通貨を生み出そうとしたのなら、ビットコインと双子のようなビットコインキャッシュを作るのではなく、なぜこれまでにない新しい特性や機能を持つ通貨を作ろうとしなかったのか、そこに違和感を覚えるからだ。そうすれば、今回の分裂もただのパワーゲームのような展開にならなかったはずだ。

 

真の新通貨への期待

 

 拙著『中央銀行が終わる日』(2016年・新潮選書)にも書いたことだが、ビットコインには、その仕様をあまり大きく変更しなくとも、①計算問題の定義を変更して、マイナーの参加や撤退が貨幣価値を不安定化させないようにする、②各人の持つ貨幣の名目量を時間経過に応じて増減させ、プラスまたはマイナスの利子を仮想通貨自体に発生させる、③マイナー収入を手数料依存から完全に解放し、通貨としての長期的な安定供給を確保する仕組みを導入する、など多くの新しい特性を付加することができる。

 

 今回の分裂が、そうした新しさをアピールするものだったら、分裂後の仮想通貨の性質の違いは明確になり、マイナーの立ち位置に対する疑念も生じにくくなるはずだし、今までの通貨ではできなかった未来を拓く通貨として広く支持されることもできたのではないだろうか。

 

 次には、仮想通貨の本当の「進化」となるような分裂の試みが現れること、それを期待している。

(2017年8月29日号『週刊エコノミスト』)

東芝決算に「限定付き適正」 押し切られた監査法人 市場の信頼性損なう

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東芝は8月10日、2017年3月期の有価証券報告書(有報)について、PwCあらた監査法人から「限定付適正意見」を得たと発表した。両者はこれまで監査内容を巡って、激しく対立していた。PwCあらたは、決算の財務面についてほぼ正しいと認める一方で、東芝の内部統制については別途「不適正意見」をつける異例の対応をとった。

 

東芝の綱川智社長は会見で「当社の決算は正常化したとものと考えております」と述べ、投資家にとって重要な判断材料となる有報の存在意義が揺らぎかねない両者の争いはいったん沈静化する。

 

だが、玉虫色の決着は、大きく損なわれた日本の資本市場の透明性と信頼性の回復につながるものではない。

東芝の発表によると、17年3月期連結決算の最終(当期)損益は9656億円の赤字(前期は4600億円の赤字)。返済が不要な資金「株主資本」は5529億円のマイナスで、債務超過となった。東芝が6月に自主的に公表した数字とほぼ同じで、追認された形だ。

監査法人と手打ち

 激しく対立してきた東芝とPwCあらたの溝は、最後の最後に突然、埋まった。


 争点となっていたのは、東芝が06年に買収し、17年に経営破綻した子会社の米原子炉メーカー、ウェスチングハウス(WH)の原発建設プロジェクトの遅延に伴う損失を認識した時期だった。

 

 東芝はWHから「16年12月に初めて報告を受けた」として、16年4~12月期に7166億円の関連損失を計上した。しかし、PwCあらたは「15年度決算で東芝は損失を認識できた」として、15年度決算の修正を求める立場をとった。

 

 これに対し東芝は強く反発。PwCあらたも適正意見をつけないため、16年4~12月期連結決算の発表は2度延期となった。そこで、東芝は4月11日、PwCあらたが監査に必要な証拠が得られない場合などに出す「意見不表明」との見解のまま、決算発表を強行する異例の展開をとった。

 会計処理の原則は「発生主義」だ。損失は発覚時期ではなく、認識した時期に計上するルール。巨額損失の原因となったWHによる米原発建設会社のCB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)の買収は15年12月で、WHが東芝に損失を報告したのは16年12月だ。東芝はこの時系列から、損失の認識時期を17年3月期と主張する。一方、PwCあらたは16年3月期までに知り得たと反論した。

 

 そもそもWHとS&Wは原発建設費用を巡って訴訟を繰り返しており、WHによるS&Wの買収はその解決策のひとつだった。無償で買収し、1年後に企業価値を確定する枠組みや、その後の企業価値減損を巡るWHと、S&Wの親会社CB&Iの訴訟を踏まえると、PwCあらたの疑念も根拠のないものではない。

 

 しかし、東芝側は「損失を隠したわけではなく、17年3月期に計上していることから、『不適正』は行き過ぎ」との立場をとり続けた。綱川社長は記者会見などで「協調して手続きを完了したい」と監査法人の変更の考えがないことを示していた。PwCあらた側は「いまだに企業統治がなっていない。決算修正を認めないのは保身」(PwCあらた関係者)と、こちらも譲らない。このため、5月には東芝が監査法人交代を模索し、PwCあらたが反発する場面もあるなど、膠着状態が続いていた。

 

 PwCあらたが不適正意見を出しても、東芝は即座に上場廃止されるわけではない。ただ、げたを預けられる東京証券取引所は苦しい判断を迫られる。上場廃止となれば、メガバンクを中心とする金融機関の債務者区分変更や支援継続判断に影響が出るのは避けられない。「アベノミクスの下で、誰でも知っている有名企業の破綻は認めないと官邸は考えている」(与党国会議員)ことから、PwCあらたへの無言の圧力は強まっていた。

 

 また、16年3月期は前任の新日本監査法人が担当していることから、「過去にさかのぼって決算を下方修正することを強硬に主張するのではなく、『以前の決算には関知しない』との趣旨で、限定付き適正意見を出しても問題ない」(会計関係者)との意見が有力になったという。

 

 PwCあらたは、WHがS&W買収に伴う工事損失引当金を暫定的に見積もりをする際に、▽工事原価は当初の見積もりを大幅に超過していた▽工事の生産性低下やスケジュールの遅れによるコスト増加――などを反映しておらず、「6522億円のうち相当程度ないしはすべての金額を16年3月期に計上する必要があった」と指摘。しかし、それを除けば、現在の財務状況など決算の内容は妥当だとする「限定付適正意見」をつけた。

 

 東芝は16年3月、キヤノンに医療機器子会社「東芝メディカルシステムズ」を売却した。その売却益3800億円を16年3月期に計上することで、何とか債務超過を乗り切った経緯がある。PwCあらたの主張通りにS&Wの損失を16年3月期決算に反映させると、東芝メディカルを売却しても債務超過に陥っていた可能性が高い。東芝は債務超過回避を最優先していたのは間違いない。PwCあらたの主張を裏返せば、東芝が債務超過を避けるため、S&Wの損失の認識時期を後ろにずらしたという意味にもなる。不正会計を頑として認めない東芝が、PwCあらたの主張に対し、譲れない理由もそこにある。

 

 一方、不正会計などを防ぐ仕組みが整っているかを評価する「内部統制報告書」については、「暫定的な見積もりを再評価し、損失の認識時期が妥当かどうか検証する内部統制が適切に運用されていない」として、「不適正」と判断した。綱川社長は「S&W買収は総合的に正しい判断だった」と述べ、PwCあらたのこの判断に対しても否定的な態度をとる。

 

 だが、S&W買収に伴う損失が原因で、東芝は債務超過に陥った。損失時期がいつであろうと、買収時の判断に問題があったのは明らかだ。会見でこの点を突かれた綱川社長は「もう少しデューデリ(資産査定)すべきで、リスク分析が足りなかった」と述べ、「正しかった」と主張する判断に問題があったことを事実上認めた。

 

 実際、PwCあらたが、S&W買収に関して東芝の社外取締役から事情を聞いたところ、「関連資料を提示されたことはない」と口をそろえたという。社外取が形骸化しているのか、経営側が情報統制しているのか、いずれにしても東芝の内部統制に問題があるとの見解は、PwCあらたにとって譲れない線だった。

 

 東芝は8月10日、関東財務局に有報を提出したことで、上場廃止リスクのひとつはひとまず回避した。しかし会計関係者の間では「監査での巨額報酬を『えさ』に、PwCあらたが押し切られた」との見方が根強い。記者会見で「PwCあらたと手打ちをしたのか」と問われた東芝の平田政善・最高財務責任者は「まったく手打ちではない。認識時期についての見解の相違だ」と否定した。

進まないメモリ売却

 東証は現在、不正会計を受けて上場廃止審査を実施している。東芝が提出した財務書類に基づき、決算の発表を待たずに3月末時点で債務超過だったと東証は判断し、8月1日の2部降格を決めた。ただ、18年3月末までに債務超過を解消できなければ、東証の上場廃止基準に該当する「2期連続の債務超過」となる。また、内部統制の問題が改善されないと判断すれば、東証が上場廃止する可能性は残る。


 東芝は今後、分社化した半導体子会社「東芝メモリ」の17年度内売却を急ぐ。売却は2年連続の債務超過を解消して上場廃止を回避するための「最低条件」だからだ。しかし、半導体メモリー事業の協業先の米半導体大手ウエスタン・デジタル(WD)と「訴訟合戦」で先行きが見通せず、年度内の契約完了が日に日に難しくなっている。

 

 東芝は各種訴訟の結論を待たず、官民ファンドの産業革新機構、米投資ファンドのベインキャピタル、韓国の半導体大手SKハイニックスによる「日米韓連合」を優先交渉先として進めている。東芝は「6月28日の株主総会までに締結したい」(綱川社長)との考えを示していた。それがいまだに正式な売却契約に至っていないのは、仲裁裁でWDの主張が認められれば、その時点で売却が完了していても「無効」となる可能性があるなど、リスクが懸念されているためだ。

 

 17年度内に売却を完了するためには、来年3月までに売却契約を結んだうえ、各国の独占禁止法審査をクリアする必要がある。審査には半年以上かかるとされ、すでに一刻の猶予もない。

 

 東芝が8月10日に発表した17年4~6月期決算は、「メモリー事業が大幅に増収となった」とし、営業損益は第1四半期としては過去最高となる966億円の黒字(前年同期比803億円増)と大幅増益となった。18年3月期の通期見通しは、売上高4兆9700億円、営業損益4300億円。最終損益は2300億円で、14年3月期以来の黒字転換となりそう。

 

 実に売上げの4割近く、営業利益のほとんどを生み出しているのが半導体メモリー事業だ。好調な事業を売却してまで、債務超過を解消し、上場維持する理由について、綱川社長は「株主や投資家に迷惑を掛けないことが基本だ。市場の混乱を考慮した」と説明した。


 だが、東芝がいったん上場廃止になれば、債務超過をすぐに解消する必要はなくなり、難航する売却交渉の時間的制約もなくなる。また、売却という選択肢そのものの見直しも可能で、稼ぎ頭を残しての経営再建の道も模索できる。現在の縮小均衡路線は、銀行の債権保全や、国策として原子力事業を後押ししてきた政権への批判を避けたい官邸の思惑、不正会計や内部統制の問題から目をそらす経営陣の保身による場当たりなものに過ぎない。

 

玉虫色の決着で有報の提出を乗り切った東芝はまたも、経営の抜本的な改革の機会を逃したと言える。
(後藤逸郎/酒井雅浩・編集部)

週刊エコノミスト 2017年8月29日号

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定価:620円

発売日:2017年8月21日

 

経済で学ぶ

歴史・気候・バブル 

 

◇経済的欲求で人類は移動

◇定住化で四大文明誕生

 

出口治明(ライフネット生命保険創業者)

 

人類の歴史を振り返ると、生理的・経済的な欲求が移動を生み、文明を育んできたことが分かる。

 

 約20万年前にアフリカ大陸で誕生した人類(ホモ・サピエンス)は、狩猟採集の生活を営んでいた。ところが、牛や鹿など野生の大型動物(メガファウナ)を人類がたくさん捕獲したことで生息数が減って簡単に捕まえることができなくなった。そこで、約10万年前にメガファウナの肉を求めて、一部の勇気のある人たちが丸木舟に乗ってアラビア半島経由でユーラシア大陸に移動し始めたのである。続きを読む


第52回 福島後の未来:再生エネをインフラ輸出の柱に 多様性を重視し、地域を生かす=磯野謙

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◇いその・けん  1981年生まれ。慶応義塾大学環境情報学部卒業。コロンビアビジネススクール・ロンドンビジネススクールMBA。リクルートや風力発電事業会社を経て、2011年に自然電力を設立。
◇いその・けん  1981年生まれ。慶応義塾大学環境情報学部卒業。コロンビアビジネススクール・ロンドンビジネススクールMBA。リクルートや風力発電事業会社を経て、2011年に自然電力を設立。

磯野謙(自然電力代表取締役)

 

日本政府は高速鉄道や原子力発電所などのインフラ輸出を積極的に支援しているが、その候補に、再生可能エネルギー発電所を加えることもできる。国内外で普及が進んでいる再生エネは大きな産業に成長する可能性を秘めているからだ。

 

 2012年7月に始まった再生エネ電気の全量固定価格買い取り制度(FIT)は、日本の再生エネ導入を促進させる支援制度だ。開始から5年が経過し、FITの効果で国内の太陽光発電導入量は急拡大した。

 

 開始時点の太陽光発電の国内累計導入量は約480万キロワットだったが、17年2月末時点で7・8倍の約3800万キロワットに達した。世界の中でも特筆すべき速度で普及が進んだ。この国内の開発で培った多くの知見やノウハウは、海外の発電所開発に活用できる。

 

 再生エネの導入がこれから拡大していく国・地域は途上国が中心になるだろう。送電線が十分に整備されていない地域でゼロから電力インフラを築くには、分散型電源である再生エネが適しており、大規模火力発電所と送電線整備コストよりも安く開発できるからだ。

 

 調査会社ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンスによると、15年の全世界の発電容量は64億キロワット。そのうち31%を再生エネ電源が占めている。40年には世界の発電容量は135億キロワットまで拡大し、再生エネは56%まで増えると予測されている。そこで日本の再生エネ企業がどこまで海外に食い込めるかがカギになる。

 

 ただし、現状は残念ながら再生エネ発電事業者として日本企業の海外での存在感は薄い。日本の再生エネ発電事業者は中小企業が多く、国内市場に手いっぱいだからだ。

 

 注意すべき点は、太陽電池メーカーが海外に機器を輸出したり、現地で工場を建てて生産するのがインフラ輸出ではない、ということだ。

 

 ◇現地への理解と貢献

 

 インフラ輸出はモノの輸出とは勝手が違う。発電所を開発・運営するにあたり、その国や地域の法制度、言語、文化、歴史、気候など、あらゆる環境を理解することが前提だ。そのうえで地元の住民や地元企業と協力関係を構築するのだ。

 

 これは理屈は簡単だが実際に実行するのは難しい。とりわけ大資本が発電所を建設し、地域に吹く風や日光を利用して発電した利益を吸い上げて、地元になにも残らない開発・運営方式では、地域住民から理解を得ることはできないだろう。

 

 日本国内の地方の発電所の開発では、地元住民や地場企業と友好関係を築いている事業者は多数存在する。地元と友好関係を築けている事業者が、言語や文化の壁を乗り越えれば、再生エネ発電所のインフラ輸出は可能になると考える。

 

 日本では17年4月からFITを抜本的に見直した改正FIT法が施行された。今後は2000キロワット以上の太陽光発電は、コスト競争を促すために入札を実施する。また、売電の権利を安易に取得できなくするために電力会社と送電線への接続契約を締結してからでないと、FITの認定を受けられなくなった。さらに1キロワット時当たり40円だった太陽光発電の買い取り価格は、17年度には半分近くの同21円に引き下げられた。このため日本の太陽光発電産業は停滞すると見られている。

 しかし世界を見ると、再生エネ政策でもっと厳しい条件の国はたくさんある。重要なのは世界全体で見た今後の動向を把握しておくことだ。

 

 世界の大手エネルギー会社はここ2、3年で次々と、新興の再生エネ企業との提携や買収をしている。例えば、ドイツ第2位のエネルギー会社RWEは再生エネベンチャーのベレクトリック社を買収。フランスの大手エネルギー会社、GDFスエズは社名を15年にエンジーに変えて再生エネ事業を強化している。大手エネルギー会社は、既存ビジネスモデルではもはや成長できないことを熟知して、再生エネを事業の主力にシフトしているのだ。

 

「日本のFITの買い取り価格が下がった」という断面だけを見て、再生エネ産業をとらえてはいけない。そもそも太陽電池モジュールはコモディティー(国際商品)化し、急激なスピードで価格が下がっている。この10年で価格はおよそ9割も下がり、1キロワット当たりの設備コストは日本でも29万円にまでなった。

 

 太陽電池モジュール価格が今後も下がっていくのは世界の潮流だ。設備コストが低下すれば、価格競争力のある電源として普及することにもつながり、結果として再生エネ発電事業者のビジネスチャンスは拡大すると考えている。

 

 ◇多様性こそ強み

 

 私は11年6月に「自然電力株式会社」を共同創業者2人とともに立ち上げた。元々、風力発電事業会社で働いており、11年3月の東京電力福島第1原子力発電所事故を契機に日本のエネルギーのあり方を変えたいと思い、会社を立ち上げた。

 

 自然電力は太陽光発電や風力発電などの再生エネベンチャー企業だ。日本全国で17年5月末時点で約70万キロワットの太陽光発電事業に携わった実績を持つ。グループ会社を含めると、再生エネ事業の開発、設計・調達・建設から、運営・保守、さらに発電資産の運用までをワンストップサービスで提供できる。

 

 我々の転機はドイツの再生エネの開発・施工大手企業ユーイとの提携だ。創業当初の11年冬に、再生エネ先進国であるドイツの世界最先端の技術・ノウハウを学びにいこうと、創業者3人で1週間ほどドイツを訪れた。

 

 そこで訪れた大手企業の1社がユーイだった。ドイツのヴェルシュタットという町に本社を構えているユーイは、エネルギー効率の優れた本社オフィスで使用する電気にも再生エネを用い、周辺には風車や太陽光発電所が並び、まさに自然と人間が共存している世界をつくっていた。社員食堂には地元の食材を用い、社内には保育園を設置していた。訪問して3人全員が「この会社と組みたい」と一致した。

 

 世界最先端の再生エネ企業であるにもかかわらず、私たちの訪問にも気さくに接してくれた。そのおかげで私たちも一緒に日本や世界の未来を議論することができ、すぐに意気投合。それから業務提携し、13年に合弁会社設立と、矢継ぎ早に話は進んでいった。

 

自然電力が開発した鹿児島県の薩摩川内開拓跡地太陽光発電所(自然電力撮影)
自然電力が開発した鹿児島県の薩摩川内開拓跡地太陽光発電所(自然電力撮影)

 自然電力は元々、再生エネ普及により社会の課題を解決していくという理念を掲げている。国内だけでなく今後、海外にも進出する。

 

 経済産業省の16年度「質の高いエネルギーインフラシステム海外展開促進事業(円借款・民活インフラ案件形成等調査)」に採択されてフィリピン共和国ミンダナオ島カラガ地域で風力発電の事業化可能性調査に取り組んだ。具体的には、関連法制度、技術・財務・経済や環境・社会的側面から総合的に風力発電事業の実施に向けて調査を行った。

 

 自然電力の社員はユーイから派遣されている社員に限らず、多国籍だ。ドイツ、スペインなど10カ国以上にわたる。そういった社員がいることで、世界各地での再生エネ発電事業の知見を国内の太陽光発電所開発や建設に生かせるだけでなく、この多様性は、海外で事業を展開する際にも強みになるはずだ。

 

(週刊エコノミスト2017年8月29日号掲載)

特集:経済で学ぶ歴史・気候・バブル 2017年8月29日号

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◇経済的欲求で人類は移動

◇定住化で四大文明誕生

 

出口治明(ライフネット生命保険創業者)

 

人類の歴史を振り返ると、生理的・経済的な欲求が移動を生み、文明を育んできたことが分かる。

 

 約20万年前にアフリカ大陸で誕生した人類(ホモ・サピエンス)は、狩猟採集の生活を営んでいた。ところが、牛や鹿など野生の大型動物(メガファウナ)を人類がたくさん捕獲したことで生息数が減って簡単に捕まえることができなくなった。そこで、約10万年前にメガファウナの肉を求めて、一部の勇気のある人たちが丸木舟に乗ってアラビア半島経由でユーラシア大陸に移動し始めたのである。

 

 ユーラシア大陸からベーリング海峡を渡って北アメリカ大陸、南アメリカ大陸まで人類は移動する。メガファウナを追いかけて人類が世界中に広まったこの旅は「グレートジャーニー」と呼ばれている。これを裏付ける事実としては、この年代の地層からメガファウナの骨が激減する一方、人類の骨が増えていることが挙げられる。

 

◇寒冷化がきっかけ

 

 人類はメガファウナを求めて移動を続けたが、約1万3000年前に定住化(ドメスティケーション)を始める。人類の脳が、食べ物を追いかけるのではなく、定住して自分たちが周囲を支配しようと考え始めたのである。これにより、人類は狩猟採集生活から農耕牧畜社会へと転換した。植物を支配する農業、動物を支配する牧畜、金属を支配する冶金(やきん)へと進化を遂げる。定住化の明確な理由は分からないが、同時期には地球の寒冷化があり、食物を確保するために定住して農耕や牧畜を始めた可能性もある。

 

 移動していると資本を蓄積することはできないが、定住して農耕や牧畜が始まると、食料が過剰に生産されるようになり、資本が蓄積されるようになる。また、頑張ってたくさんモノをつくる人もいれば、生きていく上で最低限の量しかつくらない人も出始め、貧富の差が生まれる。こうして、争いも生まれるようになった。

 

 古代文明は大河の周りで発達した。水が人間にとって必須なものであることはもちろん、川が近いと、交通が便利で周囲との交易が行いやすく、穀物や果樹などの植物が栽培しやすいという利点があるためだ。チグリス川、ユーフラテス川の流域で発達したメソポタミア文明は、約5500年前に物々交換のために文字を生み出した。そこから影響を受け、直後にナイル川流域のエジプト文明、約500年遅れてインダス川流域のインダス文明、さらに約1000年遅れて黄河流域の黄河文明が次々と生じた。このように古代の「四大文明」はばらばらに起こったのではなく、最古のメソポタミア文明の刺激を受けながら発達したとの学説が有力になっている。

 

 さらに紀元前1200年ごろに始まった寒冷化の影響で、ユーラシア大陸では「海の民」と呼ばれる大規模な民族移動が生じた。北方に住んでいた民族が食べ物を求めて南下したことで、民族間の玉突き現象が生じて鉄器技術を秘匿していた大国ヒッタイトが滅び、鉄器技術が拡散した。こうして人類は鉄器時代に突入したのだ。

 

 一方、アメリカ大陸のマヤやアステカなどのメソアメリカ文明は独自に発達した。四大文明に比べて発達が遅れたのは、アメリカ大陸が南北に細長いためだ。南北は気候帯が変わるため、移動しにくい。四大文明は西から東への平行移動だったため、気候帯が同じで、文明の伝播(でんぱ)がしやすかったと考えられる。このように気候変動が人類の歴史をつくってきた。

 

 日本には約4万年前に、朝鮮半島から人類が移り住み始め、それから数千年後に琉球、さらに数千年後に樺太から人々が移動してきた。約1万7000年から1万8000年前に縄文土器ができ、水田稲作が伝わる紀元前10世紀ごろまで縄文時代が続くことになる。

 

 縄文時代が1万年以上続いたのは、当時の日本列島に世界的な需要がある「世界商品」がなかったからに他ならない。魅力的な世界商品がなかったので、他の地域からそれ以上、移民が入ってこなかった。

 

 世界商品がなければ、外部と交易することができない。その地にある生態系の範囲内でしか生活することはできなくなる。日本列島は雨がたくさん降り、豊かな緑と豊富な海産物があったため、外部と交易する必要がなかったとも言えるが、外から何も入ってこなければ、それ以上に発展することはできない。人類は交易をすることで豊かになり、初めて人口も増える。資本もそれほど蓄積されていなかったので、大規模な争いも起きなかった。

 

 偶然、大陸から日本列島にたどりついた人たちが、水田稲作技術を持ち込んだことで、日本の文明は進化を遂げた。さらに北九州に朝鮮半島南部の鉄が入ってきたことで、石と木を使っていた農耕具にくわやスコップの原形が加わり、農作業がはかどるようになった。これにより、十分な食料を確保できるようになり、人口が増えて、文明が起こった。また、朝鮮半島にある鉄を求めて交易も始まった。資源のない日本は、交易によって海外から鉄などの資源を求めていくしかなかった。

 

 交易をして生態系にないものを他の場所から持ってくることで、人類は豊かになった。鉄がなければ日本に文明は起きなかっただろう。資源がない日本(倭国(わこく))が鉄の代わりに朝鮮半島に提供したのはおそらく兵力だ。当時の朝鮮半島では、高句麗(こうくり)や新羅(しらぎ)、百済(くだら)が勢力争いを繰り広げており、兵力が不足していた。倭国は鉄、仏教、漢字などの先進文化を兵力の見返りとして手に入れた。まさに経済的な欲求が歴史を動かしてきたのだ。

 

 ◇低成長の江戸時代

 

 化石燃料、鉄鉱石、ゴムという高度産業社会の3要素を持たない日本は、世界で最も自由貿易や国際協調をやっていかなければならない状況に置かれている。日本は外国と仲良くやっていくしかないことを宿命づけられている。

 

 江戸時代、江戸幕府がなぜ鎖国政策を取ったのか。江戸幕府は米の収穫量である「石高」を基準に各藩の兵力などを定めた。各藩が外国と独自に交易するなどして、石高以上の収入を得られなければ、徳川家を上回ることは困難だ。だが、海外との交易により収益を上げることができれば、兵力を増すこともでき、徳川家には脅威になる。

 

 鎖国政策は江戸幕府を存続させる上では優れたものであったが、資源のない日本の成長を阻害する要因となった。鎖国の間に産業革命と国民国家という2大イノベーションが生じ、爆発的に経済が発展して人口が増えた西欧列強とは異なり、日本の人口は3000万人程度で頭打ちとなった。鎖国前の世界に占める日本のGDP(国内総生産)シェアは4~5%で現在とほぼ同じレベルにあったが、ペリー来航時は2%前後に半減していた。160センチ程度だった戦国時代の男性の平均身長が、江戸時代末期には5センチ程度低くなっているが、体格の劣化は移動の禁止や経済の低成長とも無関係ではないだろう。

 

 開国を迫ったペリーに対し、江戸幕府は「開国」「富国」「強兵」という三つのグランドデザインを打ち出して、鎖国政策を転換した。200年以上続いた政策を180度転換するには、大変な勇気を要したであろう。明治維新後の新政府もこの三つの戦略を踏襲したが、日清、日露戦争の勝利などで過信し、国際連盟から脱退するなど「開国」を捨ててしまった。資源がないのに、「富国」「強兵」だけでは限界がある。

 

 第二次世界大戦では、石油を輸入できなくなったことで、一刻も早く戦争をしないと船も飛行機も動かせなくなるということになり、戦争せざるを得ない状況に追い込まれた。戦後、日本は「強兵」を捨て、「開国」「富国」で国づくりをしたから、再び豊かな国になることができたといえる。鍵は「開国」にあるのだ。

 

 ◇世界に開かれた国が発展

 

 人類は生理的・経済的欲求に突き動かされて、移動を繰り返してきた。それが人類の発展につながり、歴史をつくってきた。

 

 一般論として移民は優秀だ。どんな危険があるか分からない場所に行くのは誰だって怖いものだ。昔はその土地の言葉も話せない人間だと思われれば、殺されてもおかしくない。意欲、能力、体力、気力がある優秀な人が、どこに行っても生きていけると思って移動する。

 

 米国がなぜ栄えているのかと言えば、今も多くの外国人が入ってきているからだ。欧州では、1987年につくられた大学間の学生交流推進計画「エラスムス計画」により、国境を越えた大学の単位互換制度などが導入されている。これは、米国に新興国の優秀な学生を取られるのを防ごうとする狙いもある。

 

 日本も移民とは無関係ではない。19世紀後半から20世紀にかけ、日本も米国やブラジルに多くの移民を送り出してきた。経済成長に追いつかない形で人口が増えたことで、貧困にあえいでいた人たちが、より良い暮らしを求めて海を渡ったことが背景にある。日本からの移民には、現地で大農園主となるなど、成功した人も多い。

 

 日本は戦後、「単一民族」「単一文化」という神話をつくってきた。移民と言えば、政治的に拒否反応を示す人がいる。しかし、日本に来た留学生は初詣に行くし、お茶も習うし、和服も着るし、日本の文化に溶け込んでいる。

 

 世界の優秀な人に来てもらうには大学に入ってもらうのが一番いい。日本語や日本の文化を覚える機会になり、その後の摩擦も少なくなる。人手不足だから移民を受け入れるか、という議論をするよりも、米国、欧州のように、日本に留学しやすい環境を整えることが先決だ。そのためには、秋入学の制度を全面的に導入することが必要だろう。大学を秋入学にして国際化すれば、外国人を受け入れやすい文化が醸成されるに違いない。

 

 経済を活性化させるには、外国人を受け入れ、多くの国と交易をすることが重要だ。特に資源のない日本にはそれが求められている。

 

 産業革命までは、気候変動が人類の経済活動に大きな影響を与えていた。今も気候変動が社会・経済に与える影響は大きく、その意味では地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」は重要だ。気候変動は人類の移動を促す主要因だった。

 

 さらに交易を行うことで、プラスアルファの利益が生まれる。気候変動に注意を払い、自由な交易を行い、外国人をどう受け入れていくかを考えることが、現代でも社会・経済発展の鍵となるのは変わらない。

(出口治明・ライフネット生命保険創業者)

週刊エコノミスト 2017年8月29日号

定価:620円

発売日:2017年8月21日


目次:2017年8月29日号

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週刊エコノミスト目次:8月29日号

 

経済で学ぶ歴史・気候・バブル

18 経済的欲求で移動する人類 定住化で四大文明誕生 ■出口 治明

22 恐慌のメカニズム 低金利、株高、グローバル化の3条件 ■上川 孝夫

24 天災と人災 大恐慌を招いた大干ばつ ■石 弘之

26 小氷河期 戦国時代を生んだ飢餓 ■田家 康

28 移民 寒冷化を乗り越えた三国志の英雄 ■岡本 隆司

30 異常気象 エルニーニョで滅んだインカ帝国 ■田家 康

32 疫病 東欧と西欧を隔てた寒冷期とペスト ■鬼頭 宏

34 1940年代の米国 豊富な資源で高インフレにならず ■平山 賢一

36 技術革新 余剰と余裕でイノベーション ■米倉 誠一郎

 

Flash!

11 量的緩和の米欧転換/アベノミクス再考/のさばる地面師

15 ひと&こと 中川環境相就任で浮上する炭素税/ニンテンドースイッチの不安/放置された受動喫煙対策

 

Interview

4 2017年の経営者 黒田 麻衣子 東横イン社長

44 問答有用 葉 寿増 上海之禾時尚実業(集団)有限公司創業者

  「中国女性も素材、環境に敏感になりました」

 

エコノミストリポート

79 仮想通貨 ビットコインの分裂はむしろ健全 ■岩村 充

 

38 雇用 偏った人手不足で賃金上昇せず ■斎藤 勉

68 エネルギー メキシコで油田開発が活況   ■阿部 直哉

74 中国 MSCIが中国本土株を指数採用 ■西浜 徹

76 企業厚生 「健康経営」で生産性も向上■古場 裕司/大橋 毅夫

82 イラク 独立機運高まるクルド人自治区 ■広瀬 真司

 

World Watch

62 ワシントンDC 自動車免許の日米相互承認広がる ■安井 真紀

63 中国視窓 強まる習主席の軍掌握 ■金子 秀敏

64 N.Y./カリフォルニア/英国

65 オーストラリア/インド/インドネシア

66 台湾/アルゼンチン/コンゴ民主共和国

67 論壇・論調 行き詰まる英国のEU離脱交渉 ■増谷 栄一

 

Viewpoint

3 闘論席 ■池谷 裕二

17 グローバルマネー 堅調な世界経済に潜む三つの死角

42 アディオスジャパン(65) ■真山 仁

48 学者が斬る 視点争点 問われる自治体の経営センス ■江頭 進

50 言言語語

58 名門高校の校風と人脈(253) 洛北高校(京都府)(下) ■猪熊 建夫

60 海外企業を買う(153) 歓聚時代 ■富岡 浩司

70 福島後の未来をつくる(52) 再生エネをインフラ輸出の柱に ■磯野 謙

72 東奔政走 「ポスト安倍」政局の核心 ■山田 孝男

92 景気観測 景気好調でも物価上昇率は鈍化 ■斎藤 太郎

94 ネットメディアの視点 食えない広告モデル ■佐々木 紀彦

95 商社の深層(81) 女性部長が活躍しはじめた商社  ■編集部

96 アートな時間 映画 [幼な子われらに生まれ]

97        クラシック [読響サマーフェスティバル]

98 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ Balance-Sheet Shrinking ”

 

Market

86 向こう2週間の材料/今週のポイント

87 東京市場 ■三井 郁男/NY市場 ■針谷 龍彰/週間マーケット

88 中国株/為替/金/長期金利

89 マーケット指標

90 経済データ

 

書評

52 『日本の人口動向とこれからの社会』

  『アジアの思想史脈』

54 話題の本/週間ランキング

55 読書日記 ■高部 知子

56 歴史書の棚/海外出版事情 中国

 

84 定期購読・デジタルサービスのご案内

 

51 次号予告/編集後記

 


客室数日本一 中核の支配人は97%が女性 黒田麻衣子 東横イン社長

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Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 全国各地にある東横イン。私も出張で度々利用しています。

 

黒田 7月現在の店舗数は268で、客室数は5万4111室で、客室数は日本一です。2016年度の稼働率は83・6%でした。

 

 

── 名前の由来は。

 

黒田 1号店の蒲田が東京と横浜の間にあることから

 

です。蒲田近辺には建設会社や不動産会社で東横と名の付く会社が結構存在します。

 

── 特徴を一言で言うと。

 

黒田 創業当時からビジネスマンが対象です。創業者の父は、ホテルマンでも、接客業に従事していたわけでもなく、利用客の目線で常に明るく清潔でリーズナブル(お手ごろ価格)というホテルを作ってきました。ただ、2000年代半ばごろから家族連れの利用も増えてきました。かつては土日や夏休みシーズンの8月の稼働率は最も低かったのですが、今はむしろ高くなりました。

 

── こだわりは。

 

黒田 どこに行っても客室とサービス内容が同じです。固定客確保も図っています。入会金1500円で会員になれば宿泊料は5%割引し、10回泊まると1回無料となる特典があります。今では会員の宿泊率は7割弱です。

 

── 独特の経営スタイルとか。

 

黒田 物件を持たず、運営に専念しています。1986年に開業した蒲田の1軒目がたまたまそうだったのかもしれませんが、創業者の父が友人から相談を受けてホテル経営を勧めたところ、その友人が難色を示したため、建築を前提に父が運営を引き受けたところから始まりました。

 その後もホテル業には専念せず、不動産デベロップメントが本業でした。しかしバブルが崩壊して不動産は全て手放さざるを得なくなりました。創業10年後の96年、父がホテル業への専念を決め、そこから伸び始めました。お金がない状態で「建てていただいて運営させてもらう」スタイルが本格的に始まりました。

 

── なぜ物件を持たないのですか。

 

黒田 資産の負担が少なく、初期投資が少なくても続けられることが大きいです。副産物的には、土地と建物のオーナーは地元の名士なので顔が広く、地元経済界に紹介してもらえたり、お客様を呼んでくれたりするメリットもあると思います。

 

 ◇「就任30年で50万室」に

 

── 職場の特徴は。

 

黒田 圧倒的に女性が多いです。支配人は97%、フロントは80%が女性です。支配人は1号店の開業時から女性ですが、実は偶然です。父が行きつけの飲食店の接客に優れた女性に依頼したのが発端です。2号店の支配人は男性でしたが、1号店との稼働率の差がみるみるうちに出てきました。調べてみると女性支配人の1号店は常にきれいで明るいのに対し2号店はたばこ臭くて暗い。以来「目が行き届く女性向きの仕事」として支配人はずっと女性です。

 

── 支配人はどんな方々ですか。

 

黒田 40代が最も多く、職歴はキャビンアテンダントや教師、専業主婦などさまざまです。ただ、小学校以下のお子さんがいる方には厳しい仕事だと話しています。ホテルは24時間365日開いているので、何かあれば夜中でも駆けつけなければなりません。また月1回は全国10エリアごとの支配人会議があるので出張も多いです。

 一方で晩婚化が進み、30代後半から40代半ばは、お子さんが小さいケースが増えています。支配人も平均年齢は48歳と上がっています。何らかの子育てサポートの手立てを考えなければならないと思っています。

 

── その他の職種は。

 

黒田 フロント正社員の働き方は独特です。午前10時半から翌日午前11時半まで、計4時間の休憩を含んだ勤務です。勤務を終えた翌日と翌々日は休みです。出勤日の晩は、お子さんを家族に見てもらう必要がありますが、勤務を終えてからは一緒に過ごせる時間は長くなります。この勤務体系を支持する人も多いです。4日に一晩だけ何とかできれば、もっと子育て世代の味方になる職場になるのではないかな、と思うのですが。

 

── 初めから後を継ぐつもりでしたか。

 

黒田 教員を目指していました。ただ大学院生時代に母校の非常勤講師を務め「向いていない」と感じました。02年に入社して新規出店に関わった後、結婚と出産を経て05年に退社して専業主婦になりました。復帰するとは思っていませんでした。

 

── 戻るきっかけは。

 

黒田 08年に起こした廃棄物処理法違反事件です。グループの工事部門に対し、父が店舗の地下を建築資材置き場として容認したところ、雨水が入り込んで硫化水素を発生させてしまい、父は経営者から降りました。私は「戻らなきゃ」と思ったのです。当時2人の娘は幼稚園でしたが、子育てをどうしようと考える間もなく、突然湧いた思いでした。

 

── どんな会社にしたいですか。

 

黒田 戻ったときは会社の不祥事の後で、リーマン・ショックの影響でホテルの稼働率も前代未聞の低さで支配人に元気がありませんでした。「支配人の笑顔を取り戻し、日本一女性が働きたい職場を作りたい」と思いました。それには成長し続けることが必要で、「30年で50万室」という目標を立てました。業績が悪ければ客室数は増やせませんし、成長する会社に身を置いてこそ意気に感じて仕事ができると思います。二度と世間を騒がせてはならない。社会から尊敬される会社にしたいと思っています。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 2008年末に戻ってきて、どちらかというと、仕事を覚えることで必死でした。今より何事も新鮮に受け止められていた気がします。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 変えたとまでは思いませんが、すごく良いなと思ったのは『海賊とよばれた男』(百田尚樹著)です。こんな社長になりたいと思いました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 家事です。洗濯物や片付けに追われています。娘たちに必要なものを買いにも行きます。睡眠も取っています。

………………………………………………………………………………………………………

 ■人物略歴

 ◇くろだ・まいこ

 1976年生まれ。東京都出身。成城学園高校、聖心女子大文学部を経て2002年、立教大大学院文学研究科博士課程前期修了後、東横イン入社。出産・育児のため05年退社後、08年に副社長として復帰。12年6月から現職。41歳。

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事業内容:ホテル運営

本社所在地:東京都大田区

設立:1986年

資本金:5000万円

従業員数:1万895人(パート従業員含む)

業績(2017年3月期単体)

 売上高:819億7000万円

 営業利益:172億1300万円

週刊エコノミスト 2017年9月5日号

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特別定価:670円

発売日:2017年8月28日

 

商社2017 

 投資は商社に聞け 

 

◇足元決算2ケタ増益でも

◇新たな投資法探るトップ

 株式市場で商社株再評価の動きが広がっている。野村証券は8月、三菱商事の投資判断を「中立」から「買い」に引き上げ、三菱UFJモルガン・スタンレー証券は伊藤忠商事の目標株価を1800円から1850円に引き上げた。

 

 引き金となったのは、各社が8月に公表した2017年4~6月期決算だった。首位の三菱商事は、最終利益で前年同期比170億円増の1178億円を稼ぎ出した。けん引したのは、石炭事業が好調だった豪州金属資源事業だ。豪州生産地へのサイクロン直撃や中国のインフラ投資伸長によって石炭価格が上昇したのだ。

 

 資源の好況が利益を押し上げたのは他社も同様だ。続きを読む


第53回 福島後の未来:原発輸出に欠けているプロマネ感覚と危機意識=宗敦司

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◇そう・あつじ  1961年東京生まれ。83年和光大学人間関係学科卒業。90年エンジニアリング・ジャーナル社入社、2001年からエンジニアリングビジネス(EnB)編集長。
◇そう・あつじ  1961年東京生まれ。83年和光大学人間関係学科卒業。90年エンジニアリング・ジャーナル社入社、2001年からエンジニアリングビジネス(EnB)編集長。

宗敦司(エンジニアリングビジネス編集長)

 

 福島原発事故を招いた要因の一つに、非常用電源設備が全て地下に設置されていたということがある。浸水したら使えなくなってしまう非常用電源を、どうして地下にレイアウトしたのか? 

 

その問いに東京電力上層部は「ターンキー契約だから変更できなかった」と述べたことがある。ターンキーとは、重電プラントメーカーが一括請負で発電プラントを建設し、試運転までしてキーを回せば運転できる状態で発注先に引き渡す契約のことだ。

 

 だが「ターンキー契約だから仕様に問題があっても変更できない」などという話はこれまで聞いたことがない。プラントはオーナーの所有物であるので、仕様変更が可能なのは当然だ。ただ大きな仕様変更はコスト増加の要因でもあるので、むしろエンジニアリング会社は、ターンキー契約案件で、仕様変更に伴うコスト増加をいかにプラントオーナーに受け入れてもらうか、ということに常に苦労している。

 後に判明することだが、実は福島原発1号機を建設した米ゼネラル・エレクトリック(GE)側は、原子炉の高台への設置の提案や、非常用電源の場所についても、東京電力に確認していたが、コスト増加を嫌がった東電が変更を受け入れず、それを東電は「ターンキー契約」のせいにし、一般のプロジェクトへの無理解を利用したのだ。

 

 だがプロジェクトを理解していないのは米国の原発計画で巨額の債務を負ってしまった東芝経営陣もまた同様であったといえる。

 

 ◇モノづくりとは違う

 

 プラント建設プロジェクトは、通常のモノづくりとは大きく異なる。例えると、モノづくりは農耕・牧畜的だが、プロジェクトは大航海時代の貿易に似ている。

 

 モノづくりでは決められた材料や部品を調達し、それを決められたように加工、組み立てていけば、安定した品質の製品を作ることができる。いわば定常業務だ。

 

 これに対してプロジェクトは非定常業務だ。極端な話、全く同一設計のプラントであっても、建設される国が異なれば、資材や機器の調達先やルートも異なり、サブコン(下請け工事業者)も違うのでスケジュールも異なる。天候要因や商習慣、その国の法律もプロジェクト採算性を大きく変えてしまうといったように、確実なことは何一つない。

 

 大航海時代の貿易は成功すれば大きな利益を生み出すが、航海中には天候不順から海賊襲来に至るまで大きなリスクが潜んでいる。そうしたビジネスで利益を生み出していくには、プロジェクトマネジメントという知識体系と経験の積み重ねが必要となるが、日本のモノづくり企業で経営側がプロジェクトマネジメントを理解している会社は極めて少ないというのが実感だ。

 

 東芝の場合、発電プラントのEPC(設計・機器調達・建設)コントラクターとしての経験もあるので、現業部門ではプロジェクトへの理解があっても、経営側がプロジェクトを理解しているようには見えない。

 

 事実、同社の不適切会計問題の際の報告書では、発電プロジェクトで問題が報告されても、まともに経営側が対応していないという、経営側の認識不足が描かれている。

 

 さらに原子力発電となると、他の発電プラントに比べても規模が大きく、しかも複雑であり、モジュール化が難しいため、現場での施工が極めて重要となる。つまり工事のマネジメントが海外での原発プラントの成功のカギを握っている、といっても過言ではない。しかし東芝をはじめ、日立製作所や三菱重工業も、海外の原発プロジェクトで工事まで請け負った経験はない。

 

 特に米国はレーバーユニオン(労働組合)の力が強く、外国企業が工事現場を直接管理するのはリスクが高すぎて手が出せない。事実、最近の米国でのプロジェクトで工事を日本企業が直接担当している案件はないが、それでも米国で複数の案件が損失を発生させている。電力会社の指示通りにやっていればよい日本と違って、海外での巨大プロジェクト遂行は段違いに厳しい。東芝の問題は経営側の認識の甘さが生み出したものでもある。

 

 東芝だけでなく、日本は全体的にプロジェクトへの意識はあまり高くない。その中で原発プラントをインフラ輸出の一つとして推進していくのは疑問がある。事実、海外原発プラント市場も、日本が簡単に参入できるほど甘くはない。

 

 福島原発事故後、改めて動き出した海外市場で成功を収めているのがロシアだ。ロシアの原子炉は安く、安全性も高く評価されているうえ、プロジェクトの資金調達や運営まで一貫した対応ができるのがウリだ。

 

 原発計画を進めようとしている国の多くは、対外債務を増やさずに、原発を導入することを望んでいる。つまり外資が運営まで手がける原発事業を誘致したいというニーズに、ロシアはきちんと対応している。最近では中国も同様の対応で海外市場開拓を目指している。

 

 それに対して日本は、制度金融や人材育成支援を拡充して資金需要に対応しようとしている。だが、相手国にとって日本の制度金融は巨額の対外債務を生むことになる。つまり日本の原発輸出体制は、相手国のニーズとはズレている。日本企業が海外で原発事業そのものを引き受けることは可能なのだろうか。

◇意義の見えない輸出

 

 現在、英国で原発プロジェクトを進めている日立製作所は、事業会社である「ホライズン」のオフバランス化つまり巨額のプロジェクトの債務を事業会社が引き受けない形にするのが最終投資決定(FID)の要件である、としているが、その引き受け手はまだ見つかっていない。

 

 東芝は60%を出資する英原発事業会社「ニュージェン」の事業化に向けて株式売却を予定しているが、最近になって、仏総合エネルギー会社のENGIEが保有していたニュージェン社の40%の株式を買い取ることになり、売却どころか逆に100%子会社となり、事業の見通しが立たなくなっている。

 

 またトルコで三菱重工と仏アレバが進めているシノップ原発も採算性に課題がある。

 

 日本が事業運営する原発で過酷事故が発生した場合の問題も考えなければならない。インフラ輸出のために、過酷事故の負債を日本国政府が負う(=国民負担とする)など、到底認められる契約ではない。どういう形で保障するかの議論も避けられない。

 

 また、火力発電事業を統合した三菱重工と日立製作所は、南アフリカの石炭火力発電所で発生した工事損失について、三菱重工が総額7743億円を日立製作所に請求、日本商事仲裁協会に仲裁を申し立てる事態になっている。受注総額5700億円の火力発電プロジェクトでもこの状況である。1兆円を超え、より工事が複雑である原発プラントの輸出に不安を覚えるには十分だ。

 

 勝ち目の少ない海外市場で、十分な対応のできていない日本が、大きなリスクを冒してまで、海外の原発プラントを手がけていく意義が見えてこない。

(週刊エコノミスト2017年9月5日号掲載)

「自分たちの生活から不満を発見し、商品開発」大山健太郎 アイリスオーヤマ社長

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Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

 

大山 生活用品の製造販売をしています。メーカーでありながら問屋の機能を兼ね備え、量販店に自社商品を直接納入している「メーカーベンダー」は当社ぐらいでしょう。

 当社は需要創造型企業です。マーケットインではなく、ユーザーイン、つまり自分が欲しいと思うものは皆が欲しいと思い、開発します。市場調査はほとんどやりません。我々自身の生活をしっかりと見ます。

 生活の不便を快適に変える商品で奥様方から高評価をいただいてきましたが、ここ3年で家電が売り上げの半分を占めるようになりました。主力は炊飯器や布団乾燥機です。

 

── 会社の成り立ちは。

 

大山 父が東大阪で創業した従業員5人のプラスチック工場を19歳で継ぎ、零細下請けを脱皮したいと養殖用のブイ(浮き)や苗箱など1次産業の資材を手がけました。2000年代にペット用品、園芸用品を売り出しました。09年のLED(発光ダイオード)電球を皮切りに家電に参入しました。

 

── 最大の転機は。

 

大山 1970年代のオイルショックです。会社は破竹の勢いで拡大し、宮城県にも工場を構えていましたが、倒産寸前となりました。オイルショックで前倒しになった需要が止まり、供給過剰で値崩れが起きたのです。

 不況でも利益を出せる会社を作ろうと思いました。値崩れを引き起こす競争のないビジネスをするため、潜在需要を顕在化させることを考えました。園芸用品でガーデニングブームを作り、ペット用品で家畜をファミリーに変えてきました。

 

── LED電球のきっかけは。

 

大山 当初、夜も庭を楽しむために消耗しにくいLED電球を作りました。09年、鳩山由紀夫首相(当時)の二酸化炭素25%削減宣言で、照明がLED電球に切り替わるとみて生産を開始し、11年の東日本大震災後の節電を機に拡大しました。

 

── 家電に参入した理由は。

 

大山 大阪は家電の町、大阪人にとって家電メーカーは憧れの存在でした。それがグローバルの競争に負けてしまった。リストラで技術者があぶれているのはもったいないと思い、受け皿として、13年に大阪R&D(研究開発)センターを作り、採用を進めてきました。

 

── 日本の家電メーカーが崩壊するなかで成長できた理由は。

 

大山 日本の家電メーカーが負けた理由は二つあります。

 一つは、日本のものづくり産業が下請けの多層構造であることです。総合家電メーカーは設計し、部品を組み立てます。便利な構造ですが、各下請けが利益を乗せるので、海外と競争すると勝てないのです。

 もう一つは、創業者からサラリーマン社長に代替わりするとリスクを取らなくなります。商品開発の提案がとがっていても、何層も会議を経て他社の競合製品と比べる中で横並びになります。

 当社は、家電の内製比率が高いことがコスト競争力とイノベーションを生んでいます。そして、私が退いた後も機能するような仕組み作りに力を入れてきました。例えば、週初めに丸一日かけて商品開発のプレゼンテーション会議を行っています。私はじめ30人ほどが参加し、情報を共有しています。

 

 ◇常識の非常識

 

── ヒット家電を生んでいます。

 

大山 1~2人世帯が6割を占めるようになったのに、既存の家電メーカーは横並びで4人家族をベースにした製品を作り続けています。でも、1~2人世帯にとって便利な製品を考えれば、いろいろと出てきます。

 

── 生活の変化という簡単なことに皆が気づかないんですね。

 

大山 大きい製品の方が高く売れるからです。量販店も同じです。生活者を忘れています。でも、あっという間に携帯電話がスマートフォンに変わったように、今日と明日は違うんです。

 世の中には常識の非常識がけっこうあります。我々はお客様が気づいていない不足・不満を自分の生活の中から発見し、変えています。

 

── 今年4月にエアコンを発売し、大型白物家電に参入しました。

 

大山 家電のゴールです。まずエアコンを手がけたのは、省エネ効果が大きいからです。

 家電のシェアは今は単価が低いので数%です。マーケットは大きいですから、1割、3割へ伸ばしていきます。中国と国内で工場をどんどん増やしています。できるだけ内製します。

 

── 設備を抱えることにはリスクもあります。

 

大山 リスクを取ってシェアを取れば、設備の稼働率が上がります。

 ロングセラー商品にあぐらをかくなと言っています。年間1000アイテムを新たに発売しています。メーカーベンダーですから新商品を店頭に並べられます。過去3年間に発売した商品の売上比率が6割を超えています。

 

── 経営目標は。

 

大山 売り上げに対して1割の営業利益と過去3年の新商品比率5割以上です。売り上げ目標は立てません。

 

── 上場はしないのですか。

 

大山 必要がありません。無借金ですし。経常利益の5割程度を償却を含めた設備投資に充て、営業利益の5%を幹部社員に還元しています。

 会社にとって一番大事なのは、社員です。働く社員にとって良い会社を目指しています。

(構成=黒崎亜弓・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A オイルショックを経て、会社の業態転換のため必死で試行錯誤していました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 本はあまり読みません。過去のことですから。今、起こっていることをウオッチし、本質を見極めるようにしています。

 

Q 休日の過ごし方

A クラシック音楽を1日5、6時間聴いています。毎朝3キロウオーキングし、週に1度は水泳をやる健康オタクです。

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 ■人物略歴

 ◇おおやま・けんたろう

 大阪府出身。大阪府立布施高校(東大阪市)卒業。1964年、大山ブロー工業代表者に就任。91年、アイリスオーヤマに社名変更。アイリスグループ会長。72歳。

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事業内容:生活用品の企画、製造、販売

本社所在地:仙台市青葉区

設立:1971年4月

資本金:1億円

従業員数:3013人(2017年1月現在)

業績(16年12月期・単体)

 売上高:1220億円

 経常利益:110億円

目次:2017年9月5日号

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投資は商社に聞け

20 足元決算2ケタ増益でも新たな投資法探るトップ ■種市 房子

22 次の一手に各社の個性 脱「ひとくくり」の総合商社 ■成田 康浩

AI、IoTの破壊力 有効な生き残り策も

24 短期の利益追求は株価低迷 事業はゼロから育成を ■林 明史

26 総合商社の決めぜりふ 「バリューチェーン」とは何か? ■五十嵐 雅之

28 格付け対策に四苦八苦 ■種市 房子

7大総合商社 財務分析&トップインタビュー■金山 隆一/種市 房子/池田 正史

30 三菱商事 200億円生み出す次の一手に注目 垣内 威彦 社長 「全ての事業に寿命あり 問われる事業発展構想力」

32 伊藤忠商事 CITICとの協業実現がカギ 岡藤 正広 社長 「脱スーツでマンネリ打破 がんに負けない職場も整備」

34 三井物産 進むか非資源てこ入れ 安永 竜夫 社長 「資源エネルギー、機械、化学 強い分野をより強く」

36 住友商事 生活産業に強み 資源になお懸念 中村 邦晴 社長 「利益4000億円へ向けて 計画済み事業を確実に」

38 丸紅 投資抑制・財務強化打ち出す 国分 文也 社長 「『資産積み上げ』から転換 知恵を絞り新たな収益源を」

40 豊田通商 自動車は「背骨」 アフリカにも強み 加留部 淳 社長 「『100年に1度』車の大変革 新組織で強み発揮」

42 双日 トルコ病院事業に300億円出資 藤本 昌義 社長 「限られた金額の使い方に努力 今年度1500億円投資」

44 見た! 聞いた! 商社のウラ 匿名証言集

 

Flash!

13 北朝鮮も米国も手出しできず/民進代表選で議論すべき経済政策/ISテロにアジアも要警戒/米バノン氏解任で深まる共和党内の対立

17 ひと&こと 衆院補選で泉田前知事にラブコール/厚労省新設の医務技監/CCCは実店舗にこだわり

 

エコノミストリポート

90 鉄鋼、太陽光発電、液晶パネルに続き 中国で国策の半導体“爆投資” 製造・設計で拠点化が進む ■服部 毅

 

47 大学 低下する日本の基礎研究力 ■新井 聖子

80 空港 神戸空港が関空、伊丹と一体運用へ ■杉浦 一機

82 混乱 ロッテ骨肉の争い続く ■松崎 隆司

84 エネルギー LNG「仕向地縛り」撤廃の次 ■石川 和男

86 薬物 米国で死亡者や依存症相次ぐオピオイド ■土方 細秩子

88 貿易 通商拡大法はトランプ氏の焦り■羽生田 慶介/福山 章子

93 趣味 「金魚離れ」打開へ試行錯誤 ■池田 正史

中国からの輸入停止で価格上昇

 

Interview

4 2017年の経営者 大山 健太郎 アイリスオーヤマ社長

50 問答有用 石川 誠 医療法人社団輝生会理事長

 「住み慣れた地域で、十分なリハビリを提供します」

 

World Watch

64 ワシントンDC ケリー新首席補佐官の手腕 ■三輪 裕範

65 中国視窓 急拡大するシェア経済 ■真家 陽一

66 N.Y./カリフォルニア/英国

67 韓国/インド/マレーシア

68 大連/ロシア/南アフリカ

69 論壇・論調 米法人税率大幅引き下げ困難 ■岩田 太郎

 

Viewpoint

3 闘論席 ■片山 杜秀

19 グローバルマネー 政府とのゲームを放棄した日銀

54 学者が斬る 視点争点 働き方改革で「強い経済」は困難 ■井上 裕行

56 言言語語

70 名門高校の校風と人脈(254) 金沢錦丘高校(石川県) ■猪熊 建夫

72 アディオスジャパン(66) ■真山 仁

74 海外企業を買う(154) チャーター・コミュニケーションズ ■清水 憲人

76 福島後の未来をつくる(53) 原発輸出に欠けているプロマネ感覚と危機意識 ■宗 敦司

78 東奔政走 「改憲」が沈み「解散」が浮上 ■人羅 格

102 景気観測 消費と設備投資で17年度は2%成長 ■南 武志

104 ネットメディアの視点 未来はネットジャーナリズムにある ■山田 厚史

108 アートな時間 映画 [エル ELLE]

109        舞台 [ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~]

110 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ Section 301 of the US Trade Act of 1974 ”

 

Market

96 向こう2週間の材料/今週のポイント

97 東京市場 ■藤戸 則弘/NY市場 ■佐々木 大樹/週間マーケット

98 インド株/為替/穀物/長期金利

99 マーケット指標

100 経済データ

 

書評

58 『誰がアパレルを殺すのか』『派遣労働という働き方』

60 話題の本/週間ランキング

61 読書日記 ■孫崎 享

62 歴史書の棚/出版業界事情

 

57 次号予告/編集後記

特集:商社2017 投資は商社に聞け 2017年9月5日号

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足元決算2ケタ増益でも新たな投資法探るトップ

 

 株式市場で商社株再評価の動きが広がっている。野村証券は8月、三菱商事の投資判断を「中立」から「買い」に引き上げ、三菱UFJモルガン・スタンレー証券は伊藤忠商事の目標株価を1800円から1850円に引き上げた。

 

 引き金となったのは、各社が8月に公表した2017年4~6月期決算だった。首位の三菱商事は、最終利益で前年同期比170億円増の1178億円を稼ぎ出した。

 

けん引したのは、石炭事業が好調だった豪州金属資源事業だ。豪州生産地へのサイクロン直撃や中国のインフラ投資伸長によって石炭価格が上昇したのだ。資源の好況が利益を押し上げたのは他社も同様だ。

「非資源ナンバーワン」を標榜(ひょうぼう)する伊藤忠商事でさえ、増額がもっとも多かったのは資源会社「伊藤忠 ミネラルズ&エナジー・オブ・オーストラリア(前年同期69億円→今期157億円)だ。

 

 さらに、三井物産には“特別ボーナス”も入った。決算発表後の8月15日、ブラジル資源会社「ヴァーレ」事業の出資関係の変更によって、今期、株式評価益890億円を計上することを発表した。これは5月に公表した18年3月期業績予想(3200億円)に盛り込んでおらず、今後上方修正するとみられる。

 

 ◇一部非資源も好調

 

 さながら資源バブルにも見える現状だが、アナリストが評価するのは資源事業だけではない。野村証券の成田康浩マネージング・ディレクターは三菱商事について「石炭市況上昇効果に加えて、非資源でも生活関連部門が予想以上に好調に推移している」と評価する。中でも、ノルウェーのセルマック事業は、サーモン好況によって前年同期比27億円増の39億円の利益を上げた。

更に「モノの市況に左右されない仕組み」の重要性を訴えるのが三菱UFJモルガン・スタンレー証券の永野雅幸シニアアナリストだ。永野氏は伊藤忠商事の好調ぶりについて「子会社が運営するユニーグループ・ホールディングスとの統合で店舗数が拡大するファミリーマートに食料を供給する堅調な収益基盤の仕組みを着々と作っていることが、本体のトレード収益からうかがえる」と指摘する。

 

 商社の収益基盤が、売買仲介の口銭を稼ぐトレードから、事業そのものへの投資に移行してから20年あまり。2000年代には原油や鉄鉱石、石炭などの資源事業に数百億~1000億円規模の大型投資を張る資源ブームが沸き起こった。

 

資源価格の上昇局面では莫大(ばくだい)な利益をもたらした一方、10年代半ばの市況悪化局面で多額の損失をもたらした。資源に限らない。穀物・農業事業やタイヤ事業への多額投資があだになり、想定より収益が上がらないとして大幅減損を強いられたケースも目につく。

◇投資決定が目的?

 

 商社社員を取材すると「部長級になると『大型投資を決定した実績を作らなければ』と考える人が多い」「大型の投資決定をした人が人事評価される」との声を聞く。投資効率は二の次に、投資決定することが自己目的化していることがうかがえる。多額のキャッシュを使い、資産をふくらませたのに、事業開始後は想定よりリターンが上がらない。

 

 投資に急ぐのは首脳陣でも同様だ。首脳による思い入れの強さから断行した、とささやかれる投資案件で数百億円単位の損失が発生したケースも存在する。今日の商社の株価低迷と低格付けの元凶は、この投資姿勢にあった。一方で、大型投資案件を軌道に乗せるべく、恒常的にお金が入る仕組みを作り出す社員は人事評価されていなかったのも事実だ。

 

 投資では、商社の至上命題である「もうかるか」を絶えず問われる。投資資金を欲しい部署は、既存事業との誇大な相乗効果を経営陣の説得材料に使う。すぐに利益が見込める事業への投資が優先される風潮もまん延した。このことは、多くの商社で採用されている「3年で利益が出なければ撤退」との不文律にもつながってきた。

 

 今回、7大総合商社の社長をインタビューしたところ、過去の投資姿勢からの脱却を訴える声が聞かれた。

 

三菱商事の垣内威彦社長は年間利益4000億円台から大幅に成長するブレークスルー(打破)の必要性を唱え、社内に「価値観や考え方など社内で踏襲されてきたことを変化させる」ことを求める。

 

双日の藤本昌義社長は「投融資は3年で見極めるという風潮もあるが、利益が出ていなくても、ビジネスの将来性を見込んで継続というのも選択肢」と語る。

 

丸紅の国分文也社長の言葉も印象深い。「これからは、必要最小限の資産だけを持って、知恵を駆使して他のビジネスと化学反応を起こし、新たな収益源を生み出す時代」。キーワードには「アセット(資産)ヘビー」から「アセットライト」への転換を挙げた。

 

 大きなお買い物ではなく、いかにお買い得品を見付けるか、各社は足元では活況に沸くが、トップは危機感を持って新たな投資のあり方を探っている。

(種市房子・編集部)

週刊エコノミスト 2017年9月5日号

特別定価:670円

発売日:2017年8月28日


「新規路線で国際線を成長ドライバーに」 片野坂真哉 ANAホールディングス社長

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 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── ANAの社風は。

 

片野坂 新しいことに挑戦して成長してきた会社です。例えば、昔はタブーだった羽田空港の国際化を、20年以上前から言い続けてきました。歴代の社長も、国際線が赤字の頃も、やめろと言った人は一人もいませんでした。

 

── どういった事業に力を入れていきますか。

 

片野坂 柱の航空事業では、国際線で成長するという戦略を確固たるものにしたいですね。2020年の東京五輪・パラリンピックという一大イベントに向けて、羽田も成田も発着枠が増えるビジネスチャンスです。日本企業も海外にどんどん出ており、国際線を成長ドライバーとした成長戦略を描いています。ただ、今年と来年は発着枠は増えません。昨年はシステムダウンや、保安検査場でお客様を誤誘導するなどのトラブルも多かったので、「今年は安全と品質の総点検」と社員に宣言しており、しっかりと内部固めも大事な2年間と思っています。

 

── 路線拡大にリスクはありませんか。

 

片野坂 私は新規路線論者です。発着枠が増える時を逃さず、ネットワークを広げておく必要があります。この3年間、ヒューストン、クアラルンプール、ブリュッセル、プノンペン、武漢、メキシコなどに新規路線を就航させました。新規路線は需要が少ないのではないかと言われますが、やってみると最初から乗っていただける。ということはマーケットはまだまだあるということです。この2年間、増収増益で最高益を更新し、増配もできているので、決算もついてきています。

 

── 既存路線強化の目玉はありますか。

 

片野坂 19年にハワイ・ホノルル線に500席を超えるエアバスの大型機「A380」3機を投入します。ハワイ路線は利用率が9割程度で年間を通して安定しています。座席数が増える分、マーケットシェアが高まると見ています。今まではビジネス重視でネットワーク展開をしてきましたが、これからはレジャーやリゾートをグループの戦略として大事にしたい。それをまずはハワイでやろうと思っています。

 

── 国内線の経営方針は。

 

片野坂 15年3月の北陸新幹線の開業で100億円程度の減収になりましたが、その影響も一巡しました。人口が減少している国内では、地方が元気になって観光客が増えないと、航空会社のネットワークの維持はどこかで限界がきます。訪日外国人に利用してもらうのがこれからの鍵になるでしょう。

 

── 傘下の格安航空会社(LCC)についてはどう考えますか。

 

片野坂 4月にピーチ・アビエーションを連結子会社化しました。LCCのもう一つの子会社であるバニラ・エアと統合させないのかとよく聞かれますが、今は全くの白紙です。ピーチは関西空港ベース、バニラは成田空港ベースですみ分けができており、文化も全然違うので簡単に混ぜることは難しいです。今はできる限り自主性を尊重して、二つの会社が共に成長していけるようにしたいですね。

 

── LCCの戦略は。

 

片野坂 20年度までに中距離路線を強化します。バニラもピーチも、中距離と言えるバンコクやホーチミンには、沖縄や台湾を経由して飛んでいます。小型機を使って、乗り継ぐ形でアジアの中距離に既に入り始めており、現地でも知名度を上げています。いずれは、中型機を使った直行便を入れていきたいですね。

 

── 日本航空への対抗策は。

 

片野坂 8・10ペーパー(新規投資や路線開設が原則自由にできないと定めた国土交通省の指針の通称)がなくなり、成田─豪メルボルン線と成田─ハワイ・コナ線を新規就航するのはさすがだなと思っています。財務体質が良いので脅威ですね。こちらとしては新規路線で特徴を出していくことが重要だと思います。あとは、サービスと品質で負けないようにしていくことに尽きますね。

 

 ◇ノンエア事業も強化

 

── MRJ(三菱リージョナルジェット)の納入が遅れています。

 

片野坂 納入時期は20年半ばの予定ですが、親会社の三菱重工業などからは、少しでも前倒しできるようにしたいとも連絡を受けているので、信頼していくしかありません。我々のパイロットや整備士、客室乗務員が機器の設置位置や荷物棚の形状などについてアドバイスするなど、良い品質の飛行機にするために知恵を出しています。そういう意味では一心同体。ボーイング787の時もそうでしたが、開発のリスクをかぶるローンチカスタマー(世界で初めて導入する航空会社)の難しさは感じています。

 

── 航空事業以外の取り組みは。

 

片野坂 航空事業が苦しい時に支えるノンエア事業もしっかり育てたいです。「ANAビジネスソリューション」という会社では、企業の研修で客室乗務員が接客の基本を教えています。昨年設立した「ANA X」はマーケティングの会社で、搭乗データやマイレージクラブなどの顧客情報を分析した事業開発に取り組みます。例えば、保険や旅行の販売に生かすこともできます。まだまだこれからですが、飛行機に乗るだけのお客様に別の形でアプローチしたいですね。新しいイノベーティブな事業として、宇宙など将来の成長に向けた可能性もつくっておきたいです。

(構成=松本惇・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 30歳になった頃にANAが国際線に進出することになり、日米航空交渉などを担当しました。ANAがグローバルになるのを実感でき、面白い時代でした。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 山岡荘八の『徳川家康』です。すべての登場人物が生き生きと描かれていて、人生のヒントがあります。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 下手なゴルフが時々と、ガーデニングです。剪定(せんてい)すると芽が出て強くなるのは面白いですね。

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 ■人物略歴

 ◇かたのざか・しんや

 1955年生まれ。鹿児島県出身。ラ・サール高校、東京大学卒業後、79年4月に全日本空輸入社。人事部長などを歴任し、2013年4月のANAホールディングス発足時に副社長、15年から現職。62歳。

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事業内容:航空運送事業など

本社所在地:東京都港区

設立:1952年12月27日

資本金:3187億円

従業員数:3万9243人

(2017年3月31日現在、連結)

業績(17年3月期、連結)

 売上高:1兆7652億円

 営業利益:1455億円


目次:2017年9月12日号

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電気自動車 EV革命100兆円

18 脱ガソリン車ドミノ 活況!EV・自動運転市場■大堀 達也/谷口 健

EVでゲームチェンジ!

22 車体構造 構造と部品は「機電一体」で激変 ■白石 章二

23 規制 「ガソリン車は走らせない」米と中国の新ルールの凄み ■遠藤 功治

24 中国の野望 2025年に「自動車強国」入り狙う ■湯 進

EVに注力する化学・電子部品業界のキーマンに聞く

26 旭化成 宇高道尊 旭化成オートモーティブ事業推進室長「セパレーターを2年で2倍に増産」

27 TDK 橋山秀一 TDK電子部品営業本部自動車グループ統括部長「EVと自動運転に使うセンサーに注力」

28 厳選 クルマの電動化・EV 日本の関連50銘柄 ■編集部

沸騰!車載市場

30 電池 日本の素材メーカーに追い風 ■澤砥 正美

31    テスラ以外にも供給拡大 パナソニックの電池戦略 ■編集部

32 半導体 ソフトと知財軸に業界再編も■阿部 哲太郎/王 曦

34 センサー 性能から付加価値の競争へ ■貝瀬 斉

36 モーター 内製から専業が提供する時代へ ■安宅 広史

37 構造材料 高機能の樹脂や非鉄素材に好機 ■清水 孝太郎

38 地図 基盤データの世界標準争いに ■平沢 翔太

40 通信&データ 5Gで加速する次世代車市場 課題は通信業界との温度差 ■町田 倉一郎

41 クルマづくりも一変 変革が必要な日本の系列主義 ■阿部 暢仁

 

Flash!

11 北朝鮮ミサイルが日本通過 新たな行動で円高・株安進行も/ドンキがユニーに出資 衰退のGMSに歯止め/豊洲市場問題 移転は来年秋以降に/O157多発 腸内細菌減少の食生活反映した現代病

15 ひと&こと 青天のへきれき「検査局」廃止 金融庁トップ人事も闇の中/動き出したJTトップ人事 「加熱式」巻き返しの難題/個人の価値売買のVALU 斬新な仕組みも課題山積

 

エコノミストリポート

82 次世代無線通信「5G」 19年にも商用提供開始 自動運転・IoT適用に期待高まる ■佐野 正弘

 

72 特別インタビュー 木内 登英 野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト、前日本銀行審議委員

  「日銀の金利操作は持続不可能 地政学リスクで弱点が表面化」

 

70 温暖化対策 石炭火力推進の日本 産業界・金融界とも世界に逆行 ■南野 彰

75 欧州の挑戦 不良債権処理を加速させるEU ■金子 寿太郎

78 サウジアラビア 世界が狙う100兆円水市場 ■吉村 和就

80 金融政策 「協調沈黙」のジャクソンホール会議 ■小野 亮

 

Interview

4 2017年の経営者 片野坂 真哉 ANAホールディングス社長

44 問答有用 佐々木 芽生 映画監督

 「奪われるのは仕事だけではなく誇り」

 

World Watch

58 ワシントンDC 既存秩序の破壊者 バノン氏退出の後は? ■堂ノ脇 伸

59 中国視窓 拡大するビッグデータ利用 個人情報保護が本格化 ■神宮 健

60 N.Y./シリコンバレー/英国

61 韓国/インド/シンガポール

62 台湾/ロシア/サウジアラビア

63 論壇・論調 中国軍の90年記念軍事パレード 習近平氏権威のパフォーマンス ■坂東 賢治

 

Viewpoint

3 闘論席 ■佐藤 優

17 グローバルマネー 他国のデフレ圧力を呼び入れる米国

42 海外企業を買う(155) スナップ ■岩田 太郎

48 学者が斬る 視点争点 プラットフォームとしての「楽市楽座」 ■横山 和輝

50 言言語語

64 アディオスジャパン(67) ■真山 仁

66 東奔政走 支持率にらみ五つの解散シナリオ 「選挙好き」安倍首相の胸の内 ■佐藤 千矢子

68 名門高校の校風と人脈(255) 横浜雙葉高校/清泉女学院高校(神奈川県) ■猪熊 建夫

85 商社の深層(82) AI、IoT投資が拡大 組織横断で協業探る ■花谷 美枝

92 景気観測 円安とドル安の綱引き 1ドル=100円で景気下振れリスク ■上野 泰也

94 ネットメディアの視点 グーグル帝国に新ブラウザーが挑む IT独占への警戒感に乗れるか ■土屋 直也

96 アートな時間 映画 [パターソン]

97        美術 [ボストン美術館の至宝展 東西の名品、珠玉のコレクション]

98 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ National Economic Council ”

 

Market

86 向こう2週間の材料/今週のポイント

87 東京市場 ■隅谷 俊夫/NY市場 ■櫻井 雄二/週間マーケット

88 欧州株/為替/原油/長期金利

89 マーケット指標

90 経済データ

 

書評

52 『「西洋」の終わり』

  『マネー・トラップ』

54 話題の本/週間ランキング

55 読書日記 ■ミムラ

56 歴史書の棚/海外出版事情 アメリカ

51 次号予告/編集後記

 

週刊エコノミスト 2017年9月12日号

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定価:620円

発売日:2017年9月4日

 

EV革命100兆円

 

◇脱ガソリン車ドミノ

◇活況!EV・自動運転市場

 

 ガソリン車やディーゼル車といった内燃機関車からモーターを動力源とする「電気自動車(EV)」へのシフトが急速に進み始めた。

 

 仏ルノー・日産自動車連合は8月29日、中国でEVを開発する新会社「eGT・ニュー・エナジー・オートモーティブ(eGT)」の設立を発表した。新会社は、すでに提携関係にある中国自動車大手の「東風汽車集団」との合弁で、中国・湖北省に設置する。中国で人気が高い「スポーツタイプ多目的車(SUV)」の小型EVを開発し、19年から東風の工場で生産を始める計画だ。

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特集:EV革命100兆円 2017年9月12日号

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◇脱ガソリン車ドミノ

◇活況!EV・自動運転市場

 

ガソリン車やディーゼル車といった内燃機関車からモーターを動力源とする「電気自動車(EV)」へのシフトが急速に進み始めた。

 

 仏ルノー・日産自動車連合は8月29日、中国でEVを開発する新会社「eGT・ニュー・エナジー・オートモーティブ(eGT)」の設立を発表した。新会社は、すでに提携関係にある中国自動車大手の「東風汽車集団」との合弁で、中国・湖北省に設置する。中国で人気が高い「スポーツタイプ多目的車(SUV)」の小型EVを開発し、19年から東風の工場で生産を始める計画だ。

 

 ◇欧米勢が中国に殺到

 

 中国は今、年間の自動車販売台数が2800万台を超える世界一の自動車大国となった。現在、政府が国策でEVやプラグインハイブリッド車(PHV)などを含む「新エネルギー車(NEV)」の普及を急ぐ。16年の販売は50万台を超えた。

 

 6月にはNEV生産拡大のために規制緩和に踏み切り、これまで海外メーカーに許されていなかった国内での3社目の合弁会社の設立を、NEVに限って認めることを決めた。

 

 世界最大のマーケットを押さえるため、欧米の大手自動車も続々と中国でのEV生産能力を増強している。独フォルクスワーゲン(VW)は中国自動車大手「JAC汽車」とEVの合弁会社を設立。独ダイムラーは中国EV専業の「北京汽車新能源」に出資した。

 

 近年、中国をはじめ世界的にクルマのEV化が加速した背景には、自動車メーカーに対して大気汚染や地球温暖化など環境問題に配慮した製品設計が強く求められるようになったことがある。

 

 ◇「内燃機関は終わる」

 

 現在、世界では乗用車のほか、より排気量の大きいトラックなどの商用車も含め10億台ものクルマが走っていると推定され、そのほとんどがガソリン車やディーゼル車などの内燃機関車である。

 

 ガソリンエンジンを搭載した一般的な乗用車の場合、そのエネルギーとなるガソリンは、油井での石油の採掘からガソリンの精製、輸送、給油、走行までの一連の過程である「Well(ウェル)to(トゥ)Wheel(ホイール)(井戸から車輪まで)」において、ガソリン1リットル当たり、2・7キロの二酸化炭素(CO2)を排出しているといわれる。世界の内燃機関車が排出するCO2の量は、毎年50億トン超に上り、温暖化の元凶とされている。そこで、CO2を排出しないEVや、排出量の少ないPHVが求められているのだ。

 

「EVの電力をつくるのに発電所で化石燃料を燃やしていれば、ガソリン車と変わらない」との批判もあるが、米国で自動車の環境規制に強い影響力を持つカリフォルニア州大気資源局などが、「ガソリン車を走らせるよりも、EVのために化石燃料を燃やす方が環境への負荷は小さい」と指摘している。最終的に再生エネルギーでつくった電気でEVを走らせる時代を目指すのなら、“EVシフト”を加速させることは理にかなっているといえる。

 

 実際、「脱ガソリン車ドミノ」は急加速している。

 

 英仏政府は7月、ガソリン・ディーゼルエンジンで動く内燃機関車の販売を2030~40年ごろまでに禁止する方針を相次いで打ち出した。米カリフォルニア州はCO2などを出さないエコカー(環境対応車)の生産を自動車メーカーに課す「ゼロエミッションビークル(ZEV)規制」を強化。これからクルマの爆発的な普及期が到来するインドや東南アジア諸国も、国の施策としてEVを推進している。

 

 思惑に違いはあるが、各国が目指すクルマはEVで一致している。

 

 フランスは原発大国、英国は大気汚染国として化石燃料に依存しないクルマを求めているのに加え、急激なEVシフトは気候変動抑制の国際的枠組み「パリ協定」からの離脱を宣言した米トランプ政権に対するけん制との見方もある。中国は、生産でも強国を目指し、技術的には各メーカー横並びのEVでまずトップを取り、EVをクルマの“主流”に押し上げることで自動車業界での覇権をもくろむ。

 

 自動車メーカーも動いた。スウェーデンのボルボ・カーズは6月、19年以降発売の全車種をEVやハイブリッド車(HV)などのエコカーにすると発表した。VWも中国でのEV生産を拡大する。5月にディーゼル車の排ガス不正が発覚したダイムラーは、「化石燃料車と決別し、EVシフトに弾みをつけるため自ら仕掛けたのではないか」(コンサルティング会社アナリスト)との穿(うが)った見方すらある。

 

 ダイムラーの事件の衝撃は大きく、欧州自動車業界では「内燃機関の時代は終わるとの見方が強まっている」(在欧ジャーナリスト)。消費者の需要よりも政策優先で、フランスはEV生産を20年までに200万台、ドイツは同100万台とする目標を掲げた。

 

 ◇「4番打者」不在の業界に

 

 EVシフトの勢いはマーケットの動きからも見てとれる。米EVメーカーのテスラ・モーターズの時価総額は、8月29日時点で約6兆3000億円と、生産台数では100倍以上もある米ゼネラル・モーターズ(GM)を7000億円も上回っている(図2)。「EVの普及に対する市場の期待を抜きにしては説明しがたい」(証券アナリスト)。

 英コンサルティング大手のプライスウオーターハウスクーパース(PwC)は、世界EV市場は16年の年産66万台から23年に357万台と5倍強に成長すると予測している(図3)。

また、EVでは航続距離を延ばすための「省エネ化」と「軽量化」が重要になるため、対応する電子部品や車体の構造材料を供給するメーカーは需要拡大の好機にある。

 

 省エネ化では、高性能リチウムイオン電池、軽量化では樹脂など軽い構造材料に注目が集まる。これを得意としている三菱ケミカルや旭化成といった日本の化学メーカーが、車載事業への投資を加速させている。

 

 さらに、電動化率が高まれば、自動運転やコネクテッド(通信)の機能を付加しやすくなるため、クルマの周囲を認識するセンサーや、画像処理半導体の需要が伸びている。

 

 電子部品や半導体メーカーは、注力分野をスマートフォンからクルマに切り替えた。先んじて車載部品に集中投資していたパナソニックは、車載事業の売上高を、16年度の1・3兆円から18年度には2兆円にまで伸ばす見込みだ。

 

 ガソリン車からEVへ大きく形を変えつつあるクルマは、自動車メーカーがコントロールできる部分が少なくなる一方で、部品メーカーにビジネスチャンスをもたらしている。独コンサルティング大手ローランドベルガーは、EV化や自動運転化の加速で、自動車部品市場の規模は、15年の7000億ユーロ(約91兆円)から25年に8500億ユーロ(約111兆円)以上に拡大すると予測する。

 もはやクルマは、自動車メーカーという製造業の「4番打者」だけでつくる時代ではなくなった。自動車産業は既存車だけでも全世界で250兆円という巨大市場だ。これを「ラストフロンティア」(最後の未開拓市場)と見た化学、電子部品、電機、半導体といったさまざまな業界が参入を図っている。

 

 EV、自動運転車という「次世代カー」市場をめぐる熾烈(しれつ)な争奪戦の幕が開いた。

 

 ◇100年目の雪辱戦

 

 足元のEVシフトは、今から約100年前の1910年代後半にガソリン車に駆逐されたEVの、1世紀ぶりの「リベンジマッチ(雪辱戦)」ともいえる。

 EVは1870年代に、すでに欧州で実用化されていた。独ダイムラーの祖カール・ベンツや、米フォード創業者のヘンリー・フォードらのガソリン車発明よりも、およそ20年早く、EVは世に出ていたのだ。静かで排ガスも出さないEVは、1900年代初頭に空前のブームを巻き起こし、新興勢力であるガソリン車と自動車市場を二分していた。

 

 しかし、中東で大油田の発見が続いたことで石油価格が急落すると、ガソリン車の開発・普及が一気に進み、その結果、EVは1920年ごろまでに市場から姿を消した。

 

 今、状況は再び一転した。ガソリン車に一掃されたEVが、今度は「環境にやさしいクルマ」としてガソリン車を駆逐しようとしている。

(大堀達也・編集部)(谷口健・編集部)

 

週刊エコノミスト 2017年9月12日号

定価:620円

発売日:2017年9月4日


顧客とともに栄え、イノベーションを起こす 此本臣吾 野村総合研究所社長

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Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── どんな会社ですか。

 

此本 名前の由来からシンクタンクのイメージが強いですが、実態としては連結売上高の9割をITサービスが占めています。2017年3月期の売上高営業利益率は14%で、同業他社に比べると非常に利益率が高いのが特徴です。コンサルタント業務を行っていた旧野村総合研究所とITシステム会社の野村コンピュータシステムが1988年に合併し誕生しました。ITサービスの上流に位置するコンサル業務に強みを持っているのが同業他社との大きな違いです。

 

── 強みは。

 

此本 かつて、ITは企業のバックオフィスを支える存在でした。当社でも、コンサル部門は経営層、ITサービス部門は情報システム部門とそれぞれ対象の顧客が違い、一緒に連携して仕事をすることはあまりありませんでした。しかし、今では、ITが企業のビジネスモデルそのものを変える時代になりました。CEO(最高経営責任者)自身がITに関心を持ち、事業部門でもITを使ってビジネスを変えたいという話が出ています。二つの機能を持ち、融合する当社の強みはこれから生きます。

 

── 直近の業績は。

 

此本 17年3月期の連結決算は売上高4245億円、営業利益585億円でした。従業員数は単体で約6000人、連結では約1万1000人です。規模やコストで競争せず、価値提供で当社にしかできないサービスを目指しています。仕事を通じて知的好奇心をかき立てる組織であり、人材が集まっている会社です。就活学生の人気が高いのは、当社のカルチャーに交われば、自分たちも成長できるという期待が学生の間であるからではと思います。

 

── 企業理念は。

 

此本 「未来創発」です。将来を俯瞰(ふかん)し、新しい社会のパラダイムを洞察し、実現を担う。顧客のためにイノベーションを起こし、顧客とともに栄える。この企業理念が当社の存在そのものを象徴しています。まず、「新しい社会のパラダイムを洞察」するのがコンサルの役割です。「その実現を担う」のがITサービスです。シェアリング・エコノミーやブロックチェーンも、それを実現するために、我々はITという武器を持っています。

 

 ◇「ストーリーを語る」

 

── 同業他社との違いは。

 

此本 イノベーションを強く意識する会社は、テクノロジーを中心に、顧客に「あれもできます、これも可能です」と提案しがちです。でも、顧客を分析する能力がなければ、顧客は「それによって我々の抱えている問題をどのように解決してくれるのか」と不満を持つことになります。我々はコンサル部門でそれを徹底的に分析することが可能です。その上で、顧客が解決したいことを実現するには何が必要か、そのためにはどんなサービスを提供しなければならないか、ストーリーを語ることができます。コンサル部門を持っていることがすごい力になります。

 

── サッポログループの働き方改革で、AI導入をサポートしました。

 

此本 同グループの社内業務の問い合わせに、当社のAIシステムを活用しました。その結果、問い合わせの45%がAIで回答できました。今は経済産業省とAIを使った国会答弁の作成業務の自動化で実証実験をしています。

 

── コンサルとIT部門の人事交流はあるのですか。

 

此本 最近、ビッグデータの「アナリティクス」という分野が注目を集めています。例えば、ある消費財メーカーで、これまで中心顧客だった高齢の富裕層の購買力が落ち始めたので、若い女性層のマーケティングをしたいとします。こういう層にどのように効率的にアプローチするかを、データを基に分析し、会社にマーケティングの提案までをするのが、アナリティクスです。

 

 このようにアナリティクスでは、データ分析だけでなく、ビジネスも理解している必要があります。当社はコンサルとITサービスの両方の部門を持っているので、コンサルで育った人がIT側に異動して、さまざまな分析ツールへの理解を深めたり、逆にIT側で採用された分析のプロが、コンサルに異動し、ビジネスの勉強をすることができます。

 

 アナリティクスは消費財だけでなく、金融などの他業界でもますます必要になります。そのため、両方の能力を持った人をどれだけ育てるかが、当社の競争力の鍵になります。

 

── 長期経営ビジョンで23年3月期に営業利益1000億円を目指しています。

 

此本 当社はコストや規模ではなく、提供する「価値」で競争します。利益は価値を定量化したものです。そこにこだわりを持ちながら経営していきたい。他社のように、海外の大きな会社を買収するようなやり方はしません。海外で買収をするにしても、その会社しか持っていない知的財産やノウハウが、我々の方向性に欠けているピースであれば、買っていきます。会社の大小は関係ありません。

 

 例えば、15年に米国のデジタルマーケティング会社「ブライリー・アンド・パートナーズ」を買収しました。小さな会社ですが、非常に強力な知的財産を保有しています。社会がどのように変わるのか俯瞰しながら、他社より一歩先に布石を打っていきたいと思います。

(構成=稲留正英・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 台湾に駐在し、一から支店を開設して大きくしていきました。帰国するときには40人の会社になっていました。非常にやりがいがありました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 石川光男氏の『東洋的生命観と学問』(1983年)です。コンサルは社会科学であり、自然科学のように解析的に分析することの限界をこの本から学びました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 子供が大きくなったので、妻と二人で小旅行に出かけています。最近は秋田県男鹿半島のジオパ

ークに出かけ、1000万年前の貝の化石を拾いました。

………………………………………………………………………………………………………

 ■人物略歴

 ◇このもと・しんご

 1960年生まれ。東京都出身。都立西高校、東京大学工学部、同大学院工学研究科修了。85年野村総合研究所入社。94年台北事務所長、2004年執行役員、15年専務執行役員を経て、16年4月から現職。57歳。

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事業内容:コンサルティング、ITサービス

本社所在地:東京都千代田区

設立:1965年4月

資本金:186億円

従業員数:6003人(2017年3月現在)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:4245億円

 営業利益:585億円

特集:異次元緩和の賞味期限 2017年9月19日号

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◇量的緩和の限界迫る

◇買える国債がなくなる時

 

 日銀は9月1日、残存3年超5年以下の国債買い入れオペレーションを前回から300億円少ない3000億円にした。金利のマイナス幅が広がる国庫短期証券の買い入れ額を減らしたことから、市場では短中期の需給逼迫(ひっぱく)に配慮したと受け止められた。日銀の量的緩和の物理的限界を改めて意識させた瞬間だった。

 

 市場は9月19、20日の米連邦公開市場委員会(FOMC)での資産買い入れ縮小開始を織り込み、欧州中央銀行(ECB)も9月7日の会合で、年末に当面の期限を迎える資産買い入れについて、縮小方針を示唆するとの見方が強い。

 

 

 共通するのは物価目標2%を達成していない中で、引き締め方向へかじを切るしたたかさだ。米欧経済圏の景気拡大が維持されているうちに、金融政策の正常化の足場を固めることを優先する。そこには非伝統的政策と呼ばれる量的緩和政策の費用対効果が悪いとの判断がある。

 

 一方、日銀は7月20日、物価目標2%達成時期を2019年度中に延期した。13年4月に年間80兆円の国債買い入れを柱とした異次元緩和を始め、黒田東彦総裁が「2年で2%達成」を掲げて以来、延期は6回目。18年4月に任期満了を迎える黒田総裁は再任されない限り、任期中の2%達成は不可能となった。

 

 量的緩和で日銀が買い入れた国債は日本の国民総生産(GDP)に迫る約435兆円(8月末時点)にのぼる。日銀の8月末時点の資金供給量(マネタリーベース)は過去最高の469兆1626億円。物価2%が達成できないまま、このペースで買い続けると、23年中に発行額の9割を日銀が保有することになる。

 

 

 日銀は16年9月、指し値で国債を買う「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」(イールドカーブ・コントロール〈YCC〉)と物価が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大を続ける「オーバーシュート型コミットメント」を導入した。結果的に国債買い入れは年60兆円程度に減り、長短金利もほぼゼロ%に抑えられた。

黒田東彦日銀総裁の任期中に2%目標は達成されず
黒田東彦日銀総裁の任期中に2%目標は達成されず

 

 市場の一部では国債買い入れ額の減少を「日銀事務方によるステルステーパリング(見えない緩和縮小)」と見る向きもある。しかし、16年9月20日の会見で、黒田総裁は『週刊エコノミスト』の問いに対し、国債買い入れ減少は「テーパリングではありません」と明快に否定した。

 

 さらに、国債買い入れが減ったことをテーパリングと市場に受け止められないために、地方債や財投機関債の買い入れを選択肢から外さないのかとの問いに対して、黒田総裁は「可能性は論理的にあると思いますが、具体的に考えていることはありません。国債の買い入れもまだまだ十分可能ですし、スムーズに入札等も行われている」と答えた。

 

 この回答に、物価目標達成と量的緩和をひも付けている日銀の弱点が示されている。YCCで金利をコントロールできているのは、国債市場の価格形成機能を大量買い入れで圧倒してきた過去があるからだ。現在のペースでも18年中に、日銀の国債保有額は発行額の過半を超える。19年度中に物価2%を達成できなければ、市中に残存する国債は名目で4割を切る。実際には、生命保険など長期運用が必要な機関投資家が国債を保持し続けるため、日銀が買える国債はさらに減る。木内登英・元日銀審議委員は「年60兆円のペースでも、18年中に限界を迎える」と警鐘を鳴らす。

 

 国債が少なくなれば、金利の上下が激しくなる可能性が高まる。YCCでゼロ金利が維持できたとしても、市中に残る最後の国債を買ってしまえば、コントロールする対象そのものが失われる。

 

 ◇円安で企業業績は改善

 

 日銀のオペレーションの対象は国債以外に、地方債、政府保証債、財投機関等債、社債、コマーシャルペーパー(CP)、手形、上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)などが含まれる。だが、発行残高は国債が約1000兆円に対し、他は数十兆円がほとんどだ。国債枯渇の代替としては規模で見劣りする。

 

 また、地方債や社債は発行体格付けがそれぞれ異なる。ジャンク債でも買うとなれば、企業側の規律が緩むのは避けられない。それは企業そのものの破綻リスクも高める。

 

 リフレ派には外債を買い入れ対象とすべきとの意見もあるが、これは為替介入そのものだ。日本国内の経済政策を理由に、買い入れ対象国が通貨高を容認するとは限らない。

 

 こうした量的緩和の物理的限界は、これまでの日銀の政策効果の持続性を著しく低下させている。その最たるものが円安だ。

 

 リーマン・ショックで金融機関の破綻が相次いだ米国は、金融システムを守るため、FRBが金融機関間の流動性を高める手段として量的緩和を実施した。ドルは急落し、円高が進行し、日本の輸出企業、特に大手電機は軒並み巨額の赤字に陥った。

 

 FRBの量的緩和に、日銀の量的緩和で対抗し、円高の流れを逆転させる。日銀は政策目的としての通貨安誘導を決して認めることはないが、結果的に100円割れの円高を現在の水準に戻したのは量的緩和の成果が大きい。為替差益で輸出企業を中心に過去最高益が相次ぎ、景況感も改善した。

 

 量的緩和の真の目的は、中国との競争力回復との見方もある。日銀の量的緩和後、「ドルベースで見た場合の中国都市部と日本の単位労働コスト(ULC)は逆転した(図2)」(星野卓也・第一生命経済研究所副主任エコノミスト)。13年以降、中国は経済成長に伴う賃金上昇が、円安によってさらに大きくなった。日本は逆に、経済停滞で賃金が伸びにくい中、円安によって更にドル建ての賃金は下落した。

 その源泉は量的緩和第2弾(QQE2)の可能性が高い。外貨準備運用高がQQE2後に急増した(図3)のは明らかで、市場では「ステルス為替介入そのもの」(大手証券アナリスト)と見る向きは少なくない。

 ただ、競争力が高まったはずの日本企業は海外輸出価格をあまり値下げせず、輸出数量は伸び悩む。「円安による日本への波及効果は期待したほど大きくなかった」(星野氏)。

 

 問題なのは、巨額の国債買い入れと、想定を下回る効果が見合わないことだ。日銀のもくろみでは、量的緩和で円安による物価上昇、企業業績改善に伴う賃上げから物価上昇の好循環が起きるはずだったが、そうはならなかった。

 

 今後、国債買い入れが減れば、量的緩和効果は対ドルで弱くならざるを得ない。この先、米国が景気後退局面を迎え、FRBが一転、利下げに動いたとき、巨額の国債購入ができない日銀の量的緩和は、円高をどこまで抑止できるのか。

 

 日銀の量的緩和継続は、資産バブルを日銀自ら膨らませる。すでに土地価格は都心の一部とはいえ、1980年代のバブル期を超えるものも現れた。地価上昇を支えているのが、日銀の量的緩和による過剰流動性とゼロ金利であるのは間違いない。

 

 ◇日銀製バブルの恐怖

 

 リフレ派は資産価格上昇に伴う企業の設備投資増を期待したが、これも実現していない。現実には投機的な資産投資を増やしており、日銀が物価2%達成まで量的緩和を続けるならば、自らバブルを膨らませる役割を果たすことになる。

 

 80年代のバブル期、日銀は物価上昇率の安定を理由に、引き締めに動かず、土地の急騰を放任した。大蔵省(当時)が不動産業界への融資額の総量規制を行い、地価沈静を図ると、89年末に就任した三重野康総裁が利上げを実施。急激なバブル崩壊を招いた経緯がある。

 

 今回、自らが醸成している資産バブルの芽を、またも物価目標を理由に放任すると、量的緩和が限界を迎え、さりとて利上げもできないままで軟着陸させることができるのか。政策余地は極めて限られる。

 

 日本経済研究センターは8月30日、日銀が「出口」に向かう際の損失の試算結果を公表した。19年度に物価2%を安定的に上回った場合、20年度に約5兆8000億円の損失が発生する。準備金や引当金を含む自己資本は7兆8000億円しかなく、1年半で資本が枯渇するという。

(後藤逸郎・編集部)

(花谷美枝・編集部)

 

週刊エコノミスト 2017年9月19日号

発売日:9月11日

特別定価:670円


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