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「在庫持つ」経営で石油ファンヒーター日本一 吉井久夫 ダイニチ工業社長

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Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 家庭用石油ファンヒーターで国内トップです。

 

吉井 自慢するつもりは毛頭ないのですが、国内主要家電量販店の販売台数が10年連続1位で、シェアは50%を超えています。現在、年間約100万台を生産しています。ただ、1位を狙ったのではなく、より良くしていった結果だと考えています。

 

── コロナやパナソニックなどがひしめく市場でどう戦うのですか。

 

吉井 お客様にとっての品質や価格、補償はもちろん、当社が卸す流通業者にとっての商品価値も高めています。

── どういう意味ですか。

 

吉井 いくら良い製品で安く提供しても、流通業者にとっては、商品が余ったり、足りない時は問題となります。当社は、市場動向や流行に合わせて、その増減に対応できる生産体制を整えています。流通業者から見ると品切れがないので、「ハイドーゾ(はいどうぞ)生産方式」と呼んでいます。そうした総合力で1位になっているのだと思います。

 

── 「ハイドーゾ生産方式」で生産の増減をどう調整するのですか。

 

吉井 まず生産は国内(新潟県)です。そして、1月から9月までは、同じペースで生産を続ける「平準化生産」をしています。

 当社の売上高の8割を占める石油ファンヒーターなどの暖房機器は、販売のピークが10月、11月、12月に集中します。販売時期はその3カ月しかありませんので、当社はシーズンが到来する前の時点で約9カ月分の在庫を持つわけです。

 

── 在庫リスクは御社が抱える?

 

吉井 そうです。1~9月ごろまでの生産で計画の7~8割を作りますが、残りの2~3割は、売れる機種や売れない色など市場の動向を注視しながら変えます。12月末には在庫をなるべくゼロにする考えなので、100台、500台、赤、白など、10月からは機種や色に合わせてばらばらに生産するので大変です。

 機種によって、プラスマイナス約20%の違いが出ますが、10~12月の対応力をいかにスムーズにするかがカギです。10月から3カ月間の情報収集をしっかりすればできます。

 

── 2003年に参入した加湿器でも国内トップです。

 

吉井 おかげさまで、台数と金額でトップを獲得しています。当社は後発の参入でしたが、とにかく静かな加湿器を目指しました。送風による気化式とヒーターのハイブリッド式の加湿器で、「赤ちゃんが寝ていても使える加湿器」とアピールしたのが利きました。

 当社のコア技術は、鉄板加工、プラスチック成形、その組み立て、自社でプログラミングしているマイコンなどの制御技術です。その技術で、熱、風、ポンプを正確に制御できます。現在、その延長線上にある新製品も開発しています。

 

 ◇ほぼ全員が正社員

 

 ダイニチ工業は、生産だけでなく働き方もユニークだ。512人いる社員はほぼ全員が正社員で、非正規社員はわずか3人にとどまる。また、残業を極力減らし、17時半に退社する。社員からは「毎日18時のニュースを家で見られる」との声があるほどだ。

 

── 期間工(期間従業員)は雇わないのですか。

 

吉井 しません。こうすることで、未熟練の社員でも、時間がたてばほぼベテランに近いレベルまで熟練度が増すからです。(派遣労働者や期間工などに頼って)毎日代わられると、いつも素人の人が生産するということになってしまいます。

 当社は500人規模の会社ですが、十数社の協力会社がいて、すべて合わせると当社と同じ人員規模で、生産台数も同じ規模です。生産の浮き沈みも同じにして、信頼関係の構築につなげています。

 

── 協力会社にリスクを取らせる企業が多いです。

 

吉井 私は1999年に社長になりましたが、その前年に在庫を大量に出しました。それがきっかけで、協力工場と当社がお互いにメリットがある体制を作り上げてきました。

 当社の生産が減る時に、協力工場の生産を取り上げると、当社の稼働率は保てますが、協力工場の仕事は減ります。それが恒常化すると、協力工場は当社に割り増しの工賃を要求せざるを得ません。だから、この体制は、ある意味で必要性もあるわけです。また、協力工場と年3回行う交流会は欠かせません。

 

 ◇地域で仕事する価値

 

── なぜ国産にこだわる?

 

吉井 以前は考えていなかったのですが、結局「我々が何のために仕事しているのか」を考えると、「この地域でこの仕事をしている価値がある」からだと考えます。当社には500人規模の社員がいて、協力工場も含めると1000人前後が当社の製品で仕事をしています。その家族も含めると数千人になります。この地域に工場があるだけで、数千人の人が生活できるわけです。それってすごく価値があることです。

 

── 逆転の発想です。

 

吉井 例えば、工場を持たない経営にして、外国で作ったものを安く仕入れて、高く売ることもできます。それで利益が上がれば、いかにも「能力のある経営者」に見えます。しかし、「ここで仕事をして生活をする」というのが、単に個人がもうける話ではなくて、みんながその価値を共有する喜びがあると思います。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 開発や資材部門から営業に行き、東京の営業所を立ち上げました。その後は、経理・総務に移って経営に携わりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A ピーター・ドラッカーや松下幸之助、稲盛和夫氏の経営本です。「真面目であれ」「悪いことをするな」など、結局同じことを言っていることが分かってきました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 家でしっかり休養を取ります。

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 ■人物略歴

 ◇よしい・ひさお

 1947年生まれ。大阪府布施市(現・東大阪市)出身。新潟県立三条高校、芝浦工業大学卒業後、1969年、吉井電器店に入社。73年、ダイニチ工業に入社。常務、専務を経て、99年に社長就任。70歳。

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事業内容:家庭用石油ファンヒーター、加湿器、コーヒーメーカーなどの製造・販売

本社所在地:新潟県新潟市

設立:1964年4月

従業員数:512人

業績(2016年度)

 売上高:182億円

 営業利益:7億円

 


特集:まるわかり中国 2017年10月17日号

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〔共産党大会 直前ガイド〕

 

◇絶大な権威得た習近平氏

◇経済への党支配も強化

 

 5年に1度の第19回中国共産党大会が、10月18日からいよいよ開幕する。前回2012年の第18回党大会で最高指導者となった習近平総書記(国家主席)の2期目のスタート。1期目の5年間で高めた習近平氏の絶大な権威が、党規約の改正や人事などの形でどのように反映されるのかが大きな焦点だ。世界経済や国際政治で年々、存在感を高める中国の動向から、日本も無縁ではいられない。

 

 00年代後半にかけて続いた中国経済の2ケタ成長が終焉(しゅうえん)するタイミングでトップに立った習近平氏。所得格差もジニ係数(1に近いほど格差が大きい)で危険ラインとされる0・5に近く、前回の党大会の政治報告では「亡党亡国」(党が滅び国が滅ぶ)と厳しい表現も並んだ。政治報告ではまた、「小康社会」(いくらかゆとりのある社会)を目指し、20年までに10年に比べGDP(国内総生産)と所得を倍増させる計画を打ち出した。

 ◇過剰設備の解消に本腰

 

 実際、習近平体制の1期目の5年間は7%前後の成長を続け、15年には1人当たりGDPが8000ドルを突破。国際通貨基金(IMF)によれば、中国の1人当たりGDPは習近平政権の1期目の5年間で3割以上増加する見込みだ。米国に次ぐ世界2位の経済大国となった中国は今年、GDPが世界全体に占める割合が15%を超えることになりそうで、計画達成に向けて着実に歩んでいるように見える。

「世界の工場」と呼ばれた中国は、「消費大国」へと変化もした。16年の中国の新車販売台数は2802万台と世界の約3割を占め、いまや日本の5倍超の規模となる。

ここ最近、爆発的に拡大しているのがインターネット市場。今年1~8月のモノのネット販売は、前年同期比29・2%増の約3兆2000億元(約54・4兆円)、旅行やゲームなどサービスのネット販売もさらにハイペースで伸びている。

道路などインフラ建設も勢いが止まらない。

 ◇膨張する債務と融資

 

 中国経済で重荷となっていたのが鉄鋼などの過剰設備だが、その解消にも本腰を入れ始めた。

 

昨年の全国人民代表大会(全人代=国会)では、「サプライサイド(供給側)の構造改革の強化」を重点活動任務の一つに挙げた。大和総研の斎藤尚登主席研究員は「地条鋼と呼ばれる粗悪な鉄鋼の生産能力をつぶしたことで市場の鉄鋼の需給が引き締まり、(製鉄の)国有企業の稼働率も上がった。すべてを一気に改革すれば失業問題などを招くが、分野を絞ったことが成功している」と指摘する。

 

 だが、その裏側で政府や民間企業の債務も増大している。中国の非金融企業の債務残高は16年、対GDP比で166%と、この5年間で30ポイント以上高まった。銀行融資の形を取らない「影の銀行」(シャドーバンキング)の残高も増え続け、高利回りの運用商品「理財商品」や民間企業間の融資を銀行が仲介する「委託融資」などは年々、右肩上がりで伸びている。IMFは昨年の対中4条協議報告書で、名目GDPの2倍の速度で債務が膨張し続けている問題を指摘した。

 債務膨張を受け、米格付け会社S&Pグローバル・レーティングは今年9月、中国の長期信用格付けを上から4番目の「ダブルAマイナス」から「シングルAプラス」へ1段階引き下げた。1999年以来の格下げで、米ムーディーズ・インベスターズ・サービスも今年5月、「A1(シングルAプラスに相当)」に引き下げている。日本総合研究所の関辰一副主任研究員は「現在の非金融企業の債務残高対GDP比はバブル期の日本の水準を超えている。債務と融資膨張に頼る良くない経済成長だ」と語る。

 

人民元相場で今年9月以降、対米ドルで元安が急速に進んでいる

 きっかけとなったのは9月8日、中国人民銀行(中央銀行)が為替先物規制を見直すと伝わったことだ。当時の元安を抑制するため15年9月、為替予約には想定元本の20%の準備金を義務付けたが、今年に入って米利上げ観測の後退などを受け元高が進行。今回の見直しで準備金を0%にするとした。ブラウン・ブラザーズ・ハリマン通貨ストラテジストの村田雅志氏は「これ以上の元高は景気の下押しリスクになると判断したのではないか」と見る。

 

 ◇国有企業「改革」逆行?

 

 昨年10月の中国共産党の第18期中央委員会第6回総会(六中全会)で、「核心」に位置付けられた習近平氏。毛沢東、トウ小平、江沢民各氏ら歴代の指導者と並ぶ扱いで、1期目5年間で絶大な権威を手にした。

 

 その原動力となったのが、「反腐敗運動」を旗印に、有力な党幹部を次々に失脚へと追い込んだことだ。14年12月には最高指導部である党政治局常務委員の経験者だった周永康氏に対しても、「重大な規律違反」を理由に党籍剥奪や刑事責任追及を決めた。

 

 習近平政権では腐敗・汚職の温床ともなっていた国有企業の「改革」にも乗り出しているが、国有企業の子会社も数多い中国の上場企業では今春以降、定款に中国共産党委員会の新設や重大な経営の決定事項には事前に党の意見を優先的に聞くことなどが盛り込まれるようになった。みずほ証券の吉川健治シニアエコノミストは「党の介入がむしろ強まり、企業の経営自主権の拡大やガバナンス(企業統治)の向上などに影響し、市場化に向けた改革に逆行するのではないか」と懸念する。

 

 防衛費が年々増大している中国で、習近平氏は人民解放軍の掌握にも余念がない。

 地方で有力者と結びつきやすかった人民解放軍の組織を改めようと、15年から建国以来となる大規模な改編に乗り出す。陸軍偏重だったのを陸海空軍を対等としたほか、中国全土を分けた7大軍区を5戦区に再編。圧巻は今年7月、内モンゴル自治区で実施した人民解放軍創設90周年を記念した軍事パレードだ。北京以外で行われたことなど異例ずくめで、迷彩服に身を包んだ習近平氏の存在感を際立たせた。

 

 ◇党規約に「名前」焦点

 

 習近平氏の権威がどこまで高まるかが、今回の党大会の大きな焦点だ。それを測るものさしの一つが、習近平氏の政治理念が党規約にどう盛り込まれるか、だ。

 

 中国共産党で「思想」といえば「毛沢東思想」、「理論」は「改革・開放」を唱えた「トウ小平理論」を指し、いずれも名前を冠して党規約に盛り込まれている。一方、江沢民氏の「三つの代表」、胡錦濤氏の「科学的発展観」には名前が付いていない。習近平氏の名前の付いた理念が党規約に入れば、毛沢東、トウ小平に並ぶ権威を象徴する。

 

 中国経済は今後、高齢化によって労働人口が減り、成長率はさらなる減速が見込まれる。そのとき、習近平氏の権威を背景に市場化や自由化が後退し、国有企業などが既得権益化すれば、成長の維持もおぼつかなくなる。日本は輸出などを通じ中国経済の影響を大きく受ける。中国共産党大会の行方から目が離せない。

(桐山友一、谷口健・編集部)

週刊エコノミスト2017年10月17日号

発売日:2017年10月10日

定価:620円


第56回 福島後の未来:未来に負の遺産を残さない 廃炉規制の透明化を=村上朋子

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◇むらかみ・ともこ  1967年広島市生まれ。92年東京大学大学院工学系研究科原子力工学専攻修士修了。同年、日本原子力発電に入社。2004年に慶応義塾大学大学院経営管理研究科修士修了、経営学修士取得。05年より日本エネルギー経済研究所勤務、07年より現職。
◇むらかみ・ともこ  1967年広島市生まれ。92年東京大学大学院工学系研究科原子力工学専攻修士修了。同年、日本原子力発電に入社。2004年に慶応義塾大学大学院経営管理研究科修士修了、経営学修士取得。05年より日本エネルギー経済研究所勤務、07年より現職。

村上朋子(日本エネルギー経済研究所原子力グループマネージャー)

 

 2017年9月現在、営業運転を終了した日本の商業用原子力発電所は15基である。このうち大事故を起こした福島第1の1~6号機を除く9基は通常の運転経験を経て廃炉が決まったプラントである。

 同じ型式のプラントですでに廃炉段階にある、あるいは廃炉を完了したものが海外にいくつかあり、世界にとって全く初の廃炉となるわけではない。にもかかわらず、日本で廃炉が進捗(しんちょく)中のプラントは日本原子力発電の東海発電所と中部電力の浜岡1、2号機だけといっていい。東海発電所の歩みと廃炉スケジュールを図に示す。

 なぜ、世界で経験のある普通のプラントの廃炉が日本で進まないのか。いつまでも進まないと何が問題なのか。本質的な疑問に焦点を当てたい。

 

 当たり前のことだが、発電プラントは営業運転を終了した瞬間から「お金を生まなくなる」、すなわち「プロフィット・センター」ではなく「コスト・センター」となり、電気事業者はそのプラントにかかるコストをできるだけ抑制しようとする。営業運転を終了した発電プラントに対して施さなければならない最低限のこと、例えば使用済み燃料のプラント外への搬出を実施した後は、最低限のメンテナンス以外、何もしないことが最大のコスト抑制策になるであろう。廃炉関連の規制要件があまり固まっておらず、適合性のある廃炉計画や廃棄物処分のイメージが描けないことも電気事業者が今あえて廃炉計画を先へ進めようとしない要因になっている。要するにこれらが「廃炉が進まない理由」である。

 

 解体工事の知見を有するプラント関連企業やゼネコン、エンジニアリング企業など他のプレーヤーからみれば、これから廃炉を始めるプラントは、言葉は悪いが状況次第では「カモ」になり得る。規制要件が不透明で規制側・申請側双方にとって審査が手探りであることは、請け負う企業からみれば、些細(ささい)な課題をあたかも前代未聞の難問に仕立て上げることも可能ともいえる。

 

 仮に規制機関から「適合性のある廃炉計画を策定しない事業者は原子力事業の遂行能力に欠けるとみなし、既設炉の運転資格も剥奪する」と言われでもしようものなら、電気事業者は運転資格を剥奪されないため、プラント建設会社やエンジニアリング企業から規制に適合するための技術を何億円吹っ掛けられようが買おうとするであろう。

 

 現実には規制機関が電気事業者にそのような脅しをかける可能性は低いので、プラント企業などが電気事業者をカモにする構図も想像しにくい。つまり廃炉事業は、現状のスキームでは電気事業者にとってだけでなくプラント企業などにとっても事業性がない。

 

 誰も廃炉を進めようとしないことにより問題が生じないのなら、極端にいえば廃炉を永久に先送りしてもよいように思える。この点はどうなのだろうか。

 

 産業界でよく挙がる意見は「使用しなくなった設備は早く解体し、別の施設を建てて土地を有効活用すべき」である。もともと原子力施設が立地する場所だけに地盤条件も良く、環境影響評価も一通り済んでいるので、新たな事業をするにしても開発コストが比較的安価ですむ。

 

 この意見によれば、廃炉が進まないことによるデメリットは、新たな事業機会をみすみす逃す「機会コスト」である、といえるだろう。

 

 それにもまして私が衝撃を受けたのは、ある事業者の「何十年もたったら、このプラントを知る人が誰もいなくなる」という切実な声である。いくら設計図があるといえども、地震で支持構造物や天井や壁などが崩落して変わり果てた姿となることは十分起こり得る。仮に大きな形状変化がなくとも、ただでさえ解体工事にリスクはつきものである。現場を知っている人々が少なくなればなるほどそのリスクは高くなっていく。現場を知る人がいなくなる前に一日でも早く廃炉を進めることこそがリスクヘッジになる、とその事業者は言うのである。

 

 この意見による「廃炉を先送りするデメリット」は「現在の投資を出し惜しみしたばっかりに、数十年先の世代に大きなツケを払わせること」であり、いわば世代間不公平であるといえる。私は、この事業者の指摘は決して軽視できないと思っている。

 

 この主に二つの理由から、特に「世代間不公平」から私は、廃炉を早期に進めることの意義を提起した。とはいえ現実には電気事業者もプラント企業も規制機関も、早期に廃炉を推進するインセンティブに乏しい。誰も得をしない事業に突っ込む愚か者はいないからである。

 

 裏を返せば、誰かが得をする事業であれば必ず「得をしたい」人たちが知恵を出して群がってくるし、投資家も集まる。廃炉を「誰かが得をする事業」にするには、前述の“ベンダー等が電気事業者をカモにする”構図以外でどのようなアイデアがあり得るであろうか。

 

 ◇突破口はある

 

 私は「現状の廃炉関連の規制要件が不透明で、適合性のある廃炉計画や廃棄物処分のイメージが描けない」ところに突破口があり得ると考える。すなわちポイントは規制要件の透明性である。

 

 例えば規制要件を国の事業として公募に近い形で議論し、それを学会などが承認する。すでに日本原子力学会の標準委員会でそれに該当する活動は行われているが、より透明性を高め、より多くの関係者からの関心を呼び込むため、公開討論に近い形とする。

 

 重要なのは、規制要件の適用条件を厳格化し、審査の段階で規制要件に明記のない問題が生じた場合の規制者・申請者間の議論プロセスを透明化することである。

 

 こうすることにより規制者による恣意(しい)的な基準の乱用と、事業者による恣意的な拡大解釈との両方に抑止効果が期待できるのではないか。

 

 規制ルールの透明性が高まれば、真っ当な事業者にとって廃炉ははるかに魅力的な事業となる。お金を生まなくなった施設をお金を生む施設に変える、いわばコスト・センターを再びプロフィット・センターに変えることはもともと事業者が本来持っているDNAである。

 

 透明化した規制ルールの下で適合性のある廃炉計画を立案・遂行できないのなら、それは事業者の能力不足にほかならないから、前述の「適合性のある廃炉計画を策定しない事業者は原子力事業の遂行能力に欠けるとみなし、既設炉の運転資格も剥奪する」という対応が決して脅しではなくなるのである。しかし現行の不透明な規制ルールの下で規制機関が電気事業者に対してそう言うことは明らかな脅しである。だからこそ透明性を確立すれば計画立案・遂行能力のない事業者に代わり、その事業を自ら手掛けたい事業者が現れるであろう。

 

 営業運転を終了したプラントのことを知っている人たちがいるうちは、廃炉を合理的に進めることが十分可能である。そう考えると、廃炉を採算性のある事業とするための必須条件である「規制ルールの透明化」のタイムリミットまでそれほど多くの時間はない。

 

 東海発電所が運転終了してからちょうど20年目の今こそ、廃炉の早期推進の意義を考えたい。

(週刊エコノミスト2017年10月17日号掲載)

出口のためにも財政再建すべきだ=小黒一正 〔出口の迷路〕金融政策を問う(2)

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日銀が国債買い入れを縮小すれば、いずれ長期金利が上昇し、国債利払い費が膨れ上がる。インフレで財政再建はできない。

小黒一正(法政大学教授)

総選挙に打って出た安倍晋三首相(左)は、消費増税分を財政再建から教育に振り向ける方針。一方、希望の党の小池百合子代表(右)は消費税増税凍結を打ち出した。
総選挙に打って出た安倍晋三首相(左)は、消費増税分を財政再建から教育に振り向ける方針。一方、希望の党の小池百合子代表(右)は消費税増税凍結を打ち出した。

 日銀の異次元緩和の限界は明らかだ。既に日銀は昨年9月下旬、異次元緩和を軌道修正している。短期金利でマイナス金利政策を維持しながら、長期金利を0%に誘導する新しい金融政策の枠組みの導入を決定した。この新たな枠組みは「量」重視から「金利」重視への政策転換を意味する。

 

 そして今、日銀はひそかに異次元緩和を縮小する「ステルス・テーパリング」を進めている。にもかかわらず、長期金利が0・05%程度にとどまっているのは、市場はそれを「忖度(そんたく)」しているためであるという見方もあるが、本当にそれだけの影響だろうか。

 

 そもそも、日銀が「ステルス・テーパリング」を進めているといっても、これまでネットで年間約80兆円(日銀が新たに買い入れる額から償還額を差し引いた、保有残高の増加額)のスピードで日銀が長期国債を買い取っていたものを、いまも年間約50兆円増のスピードで買い取る程度に減速しているだけで、日銀のバランスシートは膨張を続けている。その結果、現時点(2017年8月10日)の日銀のバランスシートは約500兆円、日銀が保有する国債は約430兆円にも達し、市場に一定の警戒感が広がっている。

 

 バランスシートの縮小には、日銀が年間にネットで買い取る長期国債の量を、財政赤字(新規国債発行)の約30兆円未満まで縮小する必要がある。財政赤字の約30兆円を超えて買い取る場合、民間が保有する国債を日銀が吸収し、日銀のバランスシートの膨張は続くため、理論的に異次元緩和は手じまいできない。

 

 現在、日銀は買い取る長期国債をネットで年間約50兆円に縮小しているが、財政赤字の約30兆円を下回っておらず、民間が保有する長期国債の量は減少している。

 

 ◇年間30兆円を切れば金利上昇

 

 このように考えるならば、いま日銀が「ステルス・テーパリング」を実行しているにもかかわらず、長期金利が低い水準に抑制できているという事実は、いわゆる「ストック・ビュー」が妥当な証拠と思われる。

 

 ストック・ビューとは、量的緩和が長期金利に及ぼす影響は、中央銀行が保有する長期国債の量(ストック)に依存するという見方である。すなわち、中央銀行以外の民間部門が保有する国債の量が減少していけば、国債に超過需要が発生し、長期金利には下落圧力がかかるとする考えが背後にある。

 

 これに対し、中央銀行が行う日々のオペ量(フローである長期国債の買い取り量や売却量)が長期金利に影響を与えるという見方を「フロー・ビュー」という。

「ストック・ビュー」が妥当な場合、「ステルス・テーパリング」で長期金利に上昇圧力がかかり始めるのは、日銀がネットで買い取る長期国債が年間で財政赤字(約30兆円)を下回ったときとなる。

 

 しかも、この問題がさらに複雑になるのは、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)が保有資産の縮小に着手することを決め、欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁も今年の秋ごろに量的緩和の縮小を議論すると明言しているという事実である。

 

 マネーが世界を駆け巡るグローバル経済の下では、国外の金利水準と比較して、国内の金利のみを低い水準に抑制するのは極めて難しい。世界的な大規模緩和は転換点を迎えており、アメリカなどの長期金利が上昇していけば、日本の長期金利にも上昇圧力がかかる。

 

 にもかかわらず、日本の長期金利のみを無理に低い水準に抑制しようとすれば、アメリカ等との金利ギャップが拡大し、高い利回りを求めてマネーが国外に流出するため、円安が進行するだろう。そして、円安は最終的に輸入物価の上昇を通じてインフレ率を押し上げ、結局のところ、それは名目の長期金利に上昇圧力をもたらす。すなわち、いずれのシナリオでも、長期金利は徐々に上昇していく。

 

 その時、巨額な債務を抱える日本財政は、債務の利払い費が増加する。現在の対GDP(国内総生産)国債残高は約200%である。債務が約1000兆円もあるものの、国債金利の加重平均が約1%であるから、国債の利払い費は約10兆円で済んでいるが、金利が3~4%に上昇しただけで30兆~40兆円に増加する。つまり、利払い費は3~4倍に膨らむ。

 

 このようなリスクに対応するには、できる限り早急に財政再建を進め、財政赤字を縮小していく必要がある。それが、「ステルス・テーパリング」の先にある金融政策の出口を強化することにもつながる。

 

 この点で参考となるのは、内閣府が今年7月下旬の経済財政諮問会議において公表した「中長期の経済財政に関する試算」の最新版であろう。同試算では、2019年10月に消費税率を10%に引き上げ、「経済再生ケース」と呼ばれる非現実的な高成長を実現しても、20年度の国・地方を合わせた基礎的財政収支(税収等から国債費以外の政策経費を除いたもの)の赤字幅は8・2兆円になる。むしろ、現実的な成長を想定する「ベースラインケース」では、20年度の国と地方を合わせた基礎的財政収支の赤字幅は10・7兆円と予測しており、これは消費税4%分に相当する。

 

 厳しい財政の姿をみる限り、社会保障の抜本改革を行いながら、19年10月に予定する消費税率の引き上げは必ず実行するのが望ましい。もっとも安倍晋三首相は今回の総選挙で、消費増税の増収分を教育や子育て支援に充てる方針を打ち出したが、19年夏には参議院選挙もあることから、増税判断は別の話となるはずだ。もし2%の増税が一度に難しい場合は、18年度以降、4年連続で1%ずつ増税してはどうか。

 

 ◇インフレは税収伸びず歳出拡大

 

 なお、正攻法の財政再建を行わずとも、高インフレを実現すれば財政は再建できるという主張もあるが、それは誤りだ。

 

 高インフレが財政に及ぼす影響を考察するサンプル事例としては、1974年の「狂乱物価」も参考となる。政府は、狂乱物価を抑制するため、公共事業の抑制や公定歩合の引き上げを含む「総需要抑制政策」を実施し、インフレは沈静化したが、74年の経済成長率は戦後初めてのマイナスを記録した。

 

 では、狂乱物価で財政はどのような影響を受けたか。この影響は、73年度と75年度の予算(国の一般会計)の比較で把握できる。

 まず、CPI(消費者物価)は72年から74年で約38%も上昇したが、税収は73年度から75年度で約3%しか伸びていない。一方で、歳出のうち公共事業費は名目で前年同額に抑制したものの、社会保障関係費が約86%も伸び、歳出合計(国の一般会計当初予算)は約49%という形で、物価上昇を上回って伸びてしまった。

 

 その結果、73年度から75年度で、国の一般会計における基礎的財政収支の赤字(対GDP)は0・9%から2・7%に悪化し、国債残高(対GDP)は6・5%から9・8%に上昇してしまう事態を招いた。また、この間、国債利払い費は76%増加したが、その程度で済んだのは、当時の国債残高(対GDP)が6・5%であったからである。すなわち、「打ち出の小づち」は存在せず、痛みを伴わずに財政再建できるという、「魔法」の理論はない。

 

 インフレで利払い費が増加するリスクを回避しつつ、「ステルス・テーパリング」の先にある金融政策の出口を強化し、日銀のバランスシートを縮小するためには、財政再建を進め、新規国債発行量を縮小することが重要である。それが進捗(しんちょく)すれば、日銀が買い取る長期国債の量が減少していっても、長期金利の上昇圧力を抑制できるはずである。

 

 異次元緩和の限界が明らかになりつつある中、さまざまなリスクや欧米の動きも念頭に、金融政策の手じまいの準備に向けて、財政再建を進めることが望まれる。

◇おぐろ・かずまさ

 1974年生まれ。97年京都大学理学部卒業、大蔵省入省。2005年財務省財務総合政策研究所主任研究官。10年一橋大学経済研究所准教授などを経て現職。経済学博士(一橋大学)。著書に『預金封鎖に備えよ──マイナス金利の先にある危機』など。


(週刊エコノミスト2017年10月17日号)

政府との約束は物価だけではない=翁邦雄 〔出口の迷路〕金融政策を問う(3)

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異次元緩和の根拠である政府・日銀の共同声明には、金融の不均衡に目を向けるよう明記されている。

 

翁邦雄(法政大学客員教授)

白川方明前総裁は物価目標を絶対視しなかった
白川方明前総裁は物価目標を絶対視しなかった

 2013年春の就任以降、黒田東彦日銀総裁は金融政策の目的を「2年間で2%」というインフレ目標の達成に絞ってきた。黒田総裁がこうした政策を展開してきた背景には、「物価が上がらないから景気が良くならない」というデフレ主犯説と、「インフレーションはいつでも・どこでも貨幣的現象」という物価理論の二つがあった。

 

 この4年半の経験は、この二つの主張がいずれも誤りだったことを示している。

 

 まず、インフレ率が低くても、経済は現在のように好況になり過熱さえする。それはバブル期の経験から分かっていたことだ。

 

 そもそも、1990年代に流行したインフレ目標政策に日銀が懐疑的だった大きな理由の一つには、バブル期は物価が上がらず、それが金融緩和是正を困難にした苦い経験がある。バブルの経験は、物価に限らず、経済全体、とりわけ金融面の不均衡に目を凝らす必要があることを痛感させた。物価安定が経済全体の安定の必要十分条件ではない点は、リーマン・ショック以降、ようやく欧米の中央銀行にも理解が進んできた論点だろう。

 第二に、黒田総裁は「目標達成のために必要であればちゅうちょなく政策を調整する」としてきたが、4年半たってもCPI(消費者物価)前年比は0%台で、金融政策だけではデフレ脱却が実現できないのは明らかになった。皮肉なことに、異次元緩和は「中央銀行が本気を出せば、リーマン・ショックが来ようが東日本大震災に見舞われようがインフレ目標は達成できる」というリフレ派の非現実的な主張を完全に否定する役割を果たした。

 

 しかし、政策目的を過度に単純化したインフレ目標至上主義のもとで、日銀の金融政策は硬直化している。このままでは、多様で大きな副作用を累積させ続け、金融システムを不安定化させかねない。

 

 ◇共同声明に立ち戻れ

 

 黒田総裁が来春の任期切れ以降に続投した場合でも可能な、現実的な政策枠組みの立て直し策は、13年1月22日に公表された「日銀と政府の共同声明」に立ち戻ることだ。

 

 この声明で日銀は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とし、これをできるだけ早期に実現することを目指す一方、政府は、日銀との連携強化にあたり、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取り組みを着実に推進する、とうたわれている。これは金融政策の強化が財政ファイナンスにつながる懸念に配慮したものと言える。

 

 注目すべきは、共同声明で日銀は、「金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、経済の持続的な成長を確保する観点から、問題が生じていないかどうかを確認していく」とし、物価目標達成至上主義とは明確に距離をおいている点である。

 

 実際、公表の3日後に共同声明について説明した白川方明総裁(当時)の講演では、海外中央銀行は、インフレ目標を採用するかどうかにかかわらず、物価安定の達成時期を明確には定めておらず、日銀も「持続可能」な物価安定を目指すという点で、海外の中央銀行と同様の考え方に立ち、金融の不均衡などのリスクを考慮し、インフレ目標達成時期にこだわらない──と強調している。

 

 現在、日銀によるイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)で、政府は財政規律を失い、利ざやが稼げなくなった銀行は経営を圧迫され、長期国債市場の機能は著しく低下、株式市場も、下がると日銀が上場投資信託(ETF)を買って株価を支えることでゆがめられるなど「金融の不均衡」は著しく累積している。日銀はこうしたリスクにもっと目を向けるべきだ。

 

 黒田総裁は9月21日の定例会見で、「共同声明は現在でも生きている」と述べている。だから、黒田総裁が続投する場合にも、この精神に立ち戻った政策運営はできるはずだ。

 

 しかし、黒田総裁は同じ会見で、政府の財政規律への姿勢が日銀の出口戦略に与える影響に関する問いに対し、「金融市場に与える影響があり得るからといって、『物価安定の目標』という日本銀行として最も重要な目標を、英語で言うコンプロマイズ(妥協)することはあり得ない」と述べ、物価目標至上主義的な姿勢を鮮明にしている。

 

 この姿勢は残念ながら、共同声明の基本的立場とは相いれない。また、黒田総裁の議論は、政府と中央銀行の関係に関する有名な「マネタリストのある不快な算術」の議論──中央銀行に独立性があっても、国益を考えると、中央銀行が政府債務をデフォルト(不履行)させることはできない──を無視している。この不都合な真実があるからこそ、中央銀行は財政規律への影響をあらかじめ考慮した政策運営が必要なのだ。財政規律を失わせた後では、多少、抵抗したところで最終的には従属しないと国益を守れない。

 

 ◇日銀は「政府の別働隊」となった

 

 異次元緩和後の金融政策運営、という問題をより大きく捉えると、そもそも日銀の独立性をどうすべきか、という問題に行き着く。

 

 現在の異次元緩和は「アベノミクスの第一の矢」と位置づけられており、実質的には政権と一体の政策だ。法律上の独立性にもかかわらず、日銀の独立性は事実上、きわめて弱い。また、安倍晋三政権になってからは、総裁、副総裁に限らず、審議委員も政府と考えを共有できる人だけを選ぶ、とされている。

 

 この政府の方針は、いくつかの問題点をはらんでいる。第一に、物価目標至上主義的な考えを共有している人ばかりが集まっては、議論の方向が緩和強化サイドに偏り、リスクについての議論は深まらない。

 

 より深刻な問題は、政府と意見を共有できる人だけが選ばれた中央銀行は、当然、「政府の別働隊」になることだ。独立性を与えられた中央銀行は政府のように国会で厳しく責任を問われることなく、政府の考えに沿った金融政策を大規模に実施することができ、その影響はいずれ財政に大きく跳ね返る。これは、憲法83条の「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない」とする財政民主主義の理念に反する。

 

 日銀に限らず、多くの国で中央銀行に与えられている独立性は、憲法に根拠を持たない、ごく弱いものだ。金融緩和に頼りがちな政治家が、その弊害に懲り、高度な自制の手段として、中央銀行の金融政策に介入できないように自らの手を縛ったにすぎない。

 

 ちなみに言えば、インフレ目標政策も、選挙目当ての積極的な金融政策の乱用による高いインフレ率定着で経済が疲弊したニュージーランドで、政権交代を機に、政府の恣意(しい)的な介入から金融政策を切り離す手段として導入された。その試みがインフレ抑制に成果を上げたことで、世界的に広がっていったのだ。

 

 中央銀行の独立性もインフレ目標も高インフレの時代の産物である。不人気な金融引き締めにはいずれも有用だった。しかし、デフレ時代には、それが財政規律を損ない、金融システムを不安定化させかねない。

 

 政府の意見に共鳴する人のみを選ぶ現在の人選を続けるなら、明示的に政府に監督責任を課す方向で日銀法改正を行う方が民主主義にかなう。もし、日銀に独立性を与え続けるなら、少なくともインフレ目標至上主義者でない論者もそれなりの数、審議委員に加えて、議論の幅を広げるべきだろう。

(翁邦雄・法政大学客員教授)

◇おきな・くにお

 1951年生まれ。74年東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。金融研究所所長などを歴任。2009年に京都大学公共政策大学院教授、17年より現職。経済学博士(シカゴ大)。近著に『金利と経済』。


週刊エコノミスト2017年10且24日号掲載

「増税で無償化」に皆乗ってくる 民進党・前原氏ブレーン 井手英策 慶応義塾大学教授インタビュー

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◇いで・えいさく  1972年生まれ。95年東京大学経済学部卒業、同大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。専門は財政社会学。横浜国立大助教授などを経て、2013年から現職。著書に『経済の時代の終焉』『分断社会を終わらせる』(共著)など。
◇いで・えいさく  1972年生まれ。95年東京大学経済学部卒業、同大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。専門は財政社会学。横浜国立大助教授などを経て、2013年から現職。著書に『経済の時代の終焉』『分断社会を終わらせる』(共著)など。

「All for All (オール フォー オール、みんながみんなのために)」のフレーズを掲げた民進党の前原誠司氏のブレーンとして知られる井手英策・慶応義塾大学経済学部教授。誰もが生きていくうえで必要とするサービスを無償で利用でき、財源は増税で社会全体が負担するというビジョンの「生みの親」だ。

 

 ところが、前原氏は、民進党を小池百合子氏が率いる希望の党へ合流させることを決断。一方、安倍晋三首相は、「消費増税分の使途を教育無償化に変える」と表明し、「増税で無償化」をまねする形で先取りしてしまった。

 

── 前原氏に裏切られたという思いがあるのでは。

 

井手 まったくない。政治とはそういうものだ。衆議院解散の直前までは、民進党は議席を増やせるという見通しがあった。ところが、小池新党という“突風”が吹いて、民進党は逆に大敗する可能性が大きくなってしまった。そんな政党がいくらオール・フォー・オールと叫んだところで、何の意味があるのかと僕はいささかうっくつした思いでいた。そんな状況のなかで前原氏が合流を決断し、政権交代の実現性を高めた。

 

── 合流をいつ知ったのか。

 

井手 当日、ヤフーニュースで知った。前原氏から連絡が来たのは2日後だった。僕にさえ隠して進めたことに、むしろ感動した。民進党の最大の欠点は、情報が漏れ過ぎることだと思っていた。

 

── 今後の前原氏との関係は。

 

井手 運命を共にすることに変わりはない。彼が一番、困っている時に逃げるのは人間としてありえない。でも僕は、小池氏や希望の党とは組めないと伝えた。「排除と選別」と言う人と組んだら、僕という人間の自己否定以外の何物でもない。

 政治的にも「排除と選別」と言ったのは小池氏の致命的なミスだったと思う。日本人は心情的に受け入れられない。

 

◇理念の種はまかれた

 

── 希望の党は消費増税凍結を公約に掲げた。

 

井手 ただ、希望の党の政策協定書には「税の恩恵が全ての国民に行きわたる仕組みを強化する」とある。オール・フォー・オールそのものだ。

 

── それは単なる言葉であって、あえて反対する人はいないのでは。

 

井手 だから安倍首相も乗った。左右の違いを超えて皆、乗ってくる。僕の理念の強みはそこにある。

 

── 理念に乗るだけでなく、政策として実現できるかが重要だ。

 

井手 確かに、この理念に従って、希望の党が何をやろうとするかは分からない。日本維新の会と連携するので、歳出削減の方向性も入ってくるだろう。選挙の結果、民進党議員が多数を占めるかもしれない。政策は生き延びていく。

 

 希望の党に合流しなかった議員や自民党の議員も含め、理念の種はまかれたと思っている。選挙後、政界はすごく揺れると思う。僕は政党とのつながりではなく、志を同じくする人たちと対話しながら、いつ何が起きても、人々が集まれる思想的な旗だけはしっかりと作っておきたい。

 

── 前原氏が政権に入れば、政策立案に携わるのか。

 

井手 その時が、僕が彼から解き放たれる時だ。権力の中に入って変えることが目的なら、最初から自民党に行っている。代替可能な選択肢を作ることが僕の使命だ。

◇自民の模倣は想定内

 

── 選挙で井手さんの理念を最も実現しようとしているのは自民党ではないか。

 

井手 誰が実現するかが目的ではない。模倣されるのは予想されたことだ。それが安倍首相だとは思わなかったが。当然、野党は逆張りで増税凍結を打ち出し、差別化をしようとする動きに出てくる。

 政治はその時々の合理性で、どうすれば票が取れるか、政党の中で影響力を行使できるかを考えて動く。陣地戦のようなもの。右往左往するかもしれないが、長い時間軸で見れば、全体としてある方向に向かっていく。僕は向かう先の理念を示す。

 

── 政治家の関心は、経済政策から憲法や安全保障に移ったのでは。

 

井手 歴史を見れば分かるように、社会が右傾化するのは、中間層の没落が明確になる時だ。軍拡への支持が一気に高まる。僕は憲法などより、中間層の「生活保障」が右傾化を阻止する最大の近道だと思っている。

 

── その「生活保障」を実現するために必要な財源の規模は。

 

井手 介護、医療、高等教育、大学、幼稚園、保育園、障がい者福祉を無償化した場合、利用がどの程度増えるかは分からないが、現時点の自己負担は単純に計算できる。9・5兆円だ。消費税3・5%分でほぼまかなえる。ただ、国民がどの程度の水準の生活保障を望むのかによって増税の幅は変わる。

 

── 財源は消費税なのか。

 

井手 私が描く「痛みを分かち合う」社会には二つの意味がある。まず、貧しい人もちゃんと税を払う。だから消費税は外せない。一方で、もうかった人にも負担してもらう。例えば、金融所得課税を国際標準並みまで5%上げれば、1兆円になる。相続税もある。僕は「税のベストミックス」と言ってきた。

 

── 誰もが無償化されたサービスを使えるようになるのはいいことかもしれない。だが現実には、高所得層は自費で私的サービスを使う一方、公的サービスの質が劣化する事態に陥るのではないか。

 

井手 そればかりでなく、高所得層が無償化で浮いたお金を教育投資に回せば格差が開きかねない。だから教育の質を高めなければならない。

 

── 質を高めるためには、消費増税3・5%分では足りないのでは。

 

井手 3・5%上げると国民負担率(税と社会保険料の国民所得比)は、イギリスとドイツの間だ。そのイギリスでは公的医療は受診まで長く待たされると言われる。だが、それを解消しようとすればケタ違いにお金がかかる。重要なことは、多少待たされてもタダで病院に行けるのならかまわないという人々が、安心して生きていける状況を作ることだ。

◇財政健全化は先送りOK

 

── 消費増税分を社会保障に充てることは、既に10%への引き上げを決めた2012年の3党合意(自民党・民主党・公明党)に基づく「社会保障と税の一体改革」でも示されている。何が違うのか。

 

井手 3党合意は、要するに増税による財政再建だ。僕は財政健全化なんて先送りしていいから、増税して集める分は使えと言っている。

 一体改革では、消費税の増収分について、全額を社会保障に使うと言った。そう聞くと我々国民は普通、全て社会保障の拡充に使うと思う。

 だが実は、5%のうち4%分の使い道は財政再建だった。社会保障の歳出が高齢化に伴って増えていき、増税しなければ歳出を削らなければならないなかで、増税により社会保障の歳出削減はなくなる──という意味だった。それを「事実上の社会保障の充実」と言い換えた。

 

── 日本は負担が伴わないまま社会保障を拡大し、高齢化しているため、借金して社会保障に充てている。それを放置していいのか。

 

井手 政府の純債務は急激に増えているが、企業の純債務は激減しており、国全体での純債務はコントロールされている。政府と企業の純債務が、家計の純資産を超えれば危険だが、差はむしろ広がっている。そのなかで、なぜ財政危機を喧伝(けんでん)する必要があるのか教えてほしい。

 

── 市場をなめていると大変なことになるのでは。

 

井手 国債価格はずっと安定している。日銀が国債を買っている限り大丈夫だ。国際収支が赤字になり外資が日本国債を買うようになれば、彼らが思惑で投機した時に円安と物価上昇、国債暴落が起きることは分かる。だが、まだその状況にはない。

 この状況で危機だと騒ぐのは逆に無責任だ。人々のマインドが萎縮し、財政をもっと人々のために使えるのに、使えなくすることにつながる。

 本気で財政再建を考えるのなら、自分たちが払った税が、ちゃんと自分たちのために使われるという成功体験により、国民の痛税感が緩和されることの方がはるかに大事だ。

 

── 税が自分たちにきちんと還元されるという感覚を生み出すことは可能なのか。

 

井手 政策の打ち出し方による。これまでの消費増税で、例えば保育園の数を増やしたというが、恩恵を感じるのは新たに入れた人だけ。だが、無償化はサービスを利用する人全員が対象だ。所得制限がある場合と比べてもはるかに分断されない。

 

(聞き手=藤枝克治/黒崎亜弓・編集部)

*週刊エコノミスト2017年10月24日号掲載

目次:2017年10月24日号

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ビットコイン入門

22 仮想通貨に集まる世界マネー 「分裂」「規制」ものともせず  ■田茂井 治

25 インタビュー 野口 悠紀雄 早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問

26 今から始めるビットコイン Q&A ■高城 泰

28 資金調達バブル 賛否渦巻く「ICO」 ■村田 雅志

29 「仮想通貨の聖地」の飲食店が2600万円調達 ■高城 泰

30 インタビュー 岩下 直行 元日銀フィンテックセンター長

31 決済 導入増えるビットコイン支払い■向山 勇/編集部

32 規制強化 取引所登録は健全化の一歩 ■宿輪 純一

33 インタビュー 佐々木 清隆 金融庁総括審議官

34 弱点 11月に再分裂の可能性 ■志波 和幸

36 中国 仮想通貨の発行もくろむ ■田代 秀敏

37 中央銀行 vs 仮想通貨 価格が安定化すれば法定通貨に代わり得る ■岩村 充

40 欧州 ドラギ氏怒らせたエストニアの仮想通貨構想 ■翁 百合

41 ビットコインの限界 通貨も投資も持続しない ■中島 真志

 

Flash!

15 総選挙 寺島実郎「与党307議席が転換点」/ノーベル経済学賞に行動経済学のセイラー教授/神戸製鋼がアルミ・銅製品でデータ不正/原典之・損保協会長インタビュー

19 ひと&こと 首相の社会保障費抑制発言が波紋/小池氏に「パンダの政治利用」の声/新潟県の地銀統合

 

World Watch

66 ワシントンDC スポーツ界とトランプ氏の新たなあつれき ■堂ノ脇 伸

67 中国視窓 北京市が都市計画を策定 ■岸田 英明

68 N.Y./シリコンバレー/英国

69 オーストラリア/インド/シンガポール

70 台湾/ロシア/トルコ

71 論壇・論調 BRICSで支配力強める中国 ■坂東 賢治

 

Interview

4 2017年の経営者 パトリック・リード ペプチドリーム社長

52 問答有用 岡本 慎太郎 オカモトスタジオ代表

  「溶けてなくなる“はかなさ”をビジネスに」

 

総選挙は問いかける

88 年齢別の選挙区の導入を ■井堀 利宏

90 キーワード(1)生産性革命 本気の実行は利害対立を伴う ■森川 正之

92      (2)教育無償化 公的負担には効果の立証が必要 ■小林 雅之

94      (3)消費増税 協定むなしく、再び「政争の具」 ■黒崎 亜弓

96 インタビュー 井手 英策 慶応義塾大学経済学部教授 「『増税で無償化』に皆乗ってくる」 

 

議決権の使い方

42 取締役選任に多数の反対票 ■荒木 宏香

45 インタビュー 伊藤 邦雄 一橋大学大学院商学研究科特任教授

46 一覧表 機関投資家によって賛否が分かれた主な企業の議案

 

エコノミストリポート

84 選挙後のドイツ 極右「AfD」の躍進が広げる溝 旧東西間の経済格差に付け入る ■熊谷 徹

 

78 パンダ 「昭和」脱却で客寄せ狙う上野 ■中川 美帆

87 原発 柏崎刈羽の再稼働は東電解体の引き金 ■池田 正史

 

Viewpoint

3 闘論席 ■池谷 裕二

21 グローバルマネー 消費増税の大義はどこへ行ったのか

56 学者が斬る 視点争点 株主が関心高める社会・環境問題 ■西谷 公孝

58 言言語語

72 名門高校の校風と人脈(261) 瑞陵高校(愛知県) ■猪熊 建夫

74 海外企業を買う(161) ゼネラル・モーターズ(GM) ■児玉 万里子

76 アディオスジャパン(73) ■真山 仁

80 東奔政走 「不都合な数字」に目を背ける安倍政権 ■前田 浩智

82 出口の迷路 (3) 政府との約束は物価だけではない ■翁 邦雄

104 景気観測 世界同時好況の三つの落とし穴 ■上野 泰也

106 ネットメディアの視点 「いま読むべきもの」をAIが抽出 ■藤村 厚夫

111 商社の深層(88) 日本最大の鉄鋼商社取り込みに成功した三井物産 ■井戸 清一

112 アートな時間 映画 [女神の見えざる手]

113        クラシック [ウィーン弦楽四重奏団 共演:遠山慶子]

114 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ zero-based budgeting ”

 

Market

98 向こう2週間の材料/今週のポイント

99 東京市場 ■三井 郁男/NY市場 ■櫻井 雄二/週間マーケット

100 欧州株/為替/原油/長期金利

101 マーケット指標

102 経済データ

 

書評

60 『国民視点の医療改革』

  『ウラルの核惨事』

62 話題の本/週間ランキング

63 読書日記 ■ミムラ

64 歴史書の棚/海外出版事情 中国

 

59 次号予告/編集後記

特集:ビットコイン入門 2017年10月24日号

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◇仮想通貨に集まる世界マネー

◇「分裂」「規制」ものともせず

 

田茂井治(金融ライター)

 

 ビットコインをはじめとした仮想通貨の存在感が急速に高まっている。

 

 仮想通貨の情報サイト「コインマーケットキャップ」によると、仮想通貨の時価総額の合計は1543億ドル(約17兆円)超(10月11日時点)。トヨタ自動車の時価総額(約22兆円)に及ばない規模だが、値上がりの勢いはすさまじく、市場規模は2015年年初から20倍超に拡大した。仮想通貨の時価総額の5割を占めるビットコインの価格は、年初の1BTC(ビットコインの単位)=1012ドル(約11万円)から10月10日の4801ドルまで4・7倍に急騰した。

 値上がり期待が値上がりを呼ぶ状態を「バブル」として警戒する金融関係者は多い。米JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は9月、「ビットコインは詐欺」と痛烈に批判し、「チューリップの球根より悪い」と17世紀オランダのチューリップ・バブルよりもタチが悪いと切り捨てた。

 

 一方、現在の高値は「通過点」に過ぎないと見る投資家もいる。米大手ヘッジファンドでマネジャーを務めた著名投資家のマイケル・ノボグラッツ氏は「全資産の10%を仮想通貨で保有している」と明かしながら、今後5年で市場規模は5兆ドル(約560兆円)に達すると強気の見通しを示す。「インターネット以来の大発明とされるだけに、ビットコイン(時価総額約8・7兆円)だけで、将来的にアップルの時価総額(約80兆円)に達してもおかしくはない」(外資系投資銀行トレーダー)と予想する金融関係者もいる。

 

 08年に「サトシ・ナカモト」と名乗る人物が発表した論文から生まれたビットコインは、国や中央銀行のような管理者が不在で、信用の裏づけがなく、匿名性が高いという特徴を持つインターネット上の「通貨」だ。当初、その保有者はネットに詳しい一部の層に限られていた。だが、急速な拡大を受けて、もはや世界の金融関係者や政府関係者も無視できない存在になっている。

 

 ◇「コインからコインへ」で急騰

 

 仮想通貨はビットコインのほか、イーサリアム、リップルなど800~1000種類が存在する。

 

株式や為替は世界情勢や金融政策、資源価格などの影響を強く受けるが、仮想通貨は金融当局の規制や技術的な課題に価格が左右されやすい。7月には取引量拡大への技術対応をめぐり、ビットコインが「分裂」する事態に発展。騒動を受けた投げ売りにより、ビットコインの価格は7月半ばに高値から30%急落した。

 

 9月4日には、中国が仮想通貨を発行して資金調達を行うICO(イニシャル・コイン・オファリング、新規仮想通貨の発行)の禁止を発表。中国国内の取引所を閉鎖する方針も明らかにして、冷や水を浴びせた。

 

 米国やシンガポール、韓国の金融当局もICOの規制に乗り出しており、規制の動きは広がると見られている。技術的な課題では、11月にビットコインが再分裂する可能性もささやかれている。

 

 しかし、仮想通貨の市場関係者は強気の姿勢を崩していない。「ビットコインが再分裂して価格が急落しても、目ざとい投資家の買い場になるだけ」と仮想通貨取引所関係者は意に介さない様子だ。

 

 度重なる暴落にもかかわらず、仮想通貨が値上がりを続けるのは、売られにくい理由があるからだ。

 

売られにくい理由・その1

コインからコインへ

 

 第一に、含み益を手にした投資家が、現金化せずにビットコイン以外の仮想通貨に資産を移す傾向がある。今年の上昇相場で5000万円を超す含み資産を手にした投資家の一人は、「現金化すると半分が税金にもっていかれるので換金できない」と嘆く。そのため、急騰したビットコインなどの主要仮想通貨売って別の仮想通貨を買い、分散化を図っているという。ビットコインが売られたとしても、それは他の仮想通貨への乗り換えに過ぎず、結果として仮想通貨市場の中でマネーが膨らむ構造ができている。

 

 ビットコインからより匿名性の高い仮想通貨に乗り換える動きもある。匿名性の高さで定評があるダッシュやモネロといった比較的新しい仮想通貨の人気が高まり、時価総額の上位に上がってきた。ビットコインは、コインを管理するための「ウォレット(財布)」のアドレスからコインのやり取りを追跡可能だが、ダッシュなど一部のコインは取引の際に送金元を匿名化できる。モネロ、ダッシュにジーキャッシュを加えた3通貨は「匿名三兄弟」と呼ぶ人もおり、「中国や韓国など自国通貨の信用力が高くない地域で人気」(取引所関係者)という。

 

売られにくい理由・その2

根強いファン

 

 第二には、熱心な仮想通貨ファンの存在がある。投資家やネット関係者が集うビットコイン関連の会合が毎週のように都内各所で開催されている。ネット上の掲示板「2ちゃんねる」発の仮想通貨であるモナコインもファンが多い。ファンの1人が15年に長野県の土地をモナコインで購入し、「モナコイン神社」を「建立」したことも話題になった。

 

 さらに仮想通貨による資金調達であるICOの市場が拡大したことで投資機会が拡大した。こうして、仮想通貨は現金化されないまま、規模が拡大し続けているのだ。

 

 ◇日本が取引シェア5割

 

 値上がりを続ける仮想通貨に、既存の金融機関が参入を始めている。

 

 スイスの資産運用会社として約50年の歴史を持つファルコン・プライベート・バンクは7月にビットコインの扱いを開始した。8月からはイーサリアム、ビットコインキャッシュ、ライトコインの取り扱いも始めている。また米ゴールドマン・サックスも仮想通貨関連業務への参入を検討している。

 

 ヘッジファンドはさらに早くから食指を動かしてきた。12年に南欧マルタ共和国のフィンテック企業Exante(エグザンティ)が世界初のビットコイン・ヘッジファンドを組成。1年で5000%近くのリターンを得て話題を集めた。その後も多数のヘッジファンドが登場している。

 

 日本でも、4月施行の改正資金決済法によって仮想通貨の法的位置づけが定まり、仮想通貨取引所が登録制になるなど環境整備が進んだことで、既存の金融機関が事業を検討しやすくなった。ネット系金融機関のマネーパートナーズやSBIグループが仮想通貨取引所の開設を計画している。さらに、関係者によれば、「DMMドットコム証券が12月にも仮想通貨の取引に参入予定」という。

 

 関連する金融商品も登場している。GMO、DMM、SBIとネット系企業大手が相次いで仮想通貨を「採掘」する資金を投資家から募る「マイニングファンド」の計画を公表している。

 

 

 実は、日本は知られざる仮想通貨大国だ。17年1月に中国が仮想通貨の規制を強化したことで、仮想通貨の取引量に占める日本のシェアは少なくとも4割まで上昇した。高い時は5割に達すると言われている。日本人投資家が含み益を生じた仮想通貨を手放せない状況にある影響は小さくない。新興の仮想通貨取引所がさらなる投資を喚起するのか。市場は過熱している。

週刊エコノミスト 2017年10月24日号

発売日:2017年10月16日号

特別定価:670円



良い薬を安く作り、医療財政を救う パトリック・リード ペプチドリーム社長 

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Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 世界の製薬大手が次世代の創薬技術として注目する「特殊ペプチド」。体内に投与しても酵素で分解されにくく、狙ったターゲットに強く結合する特性がある。従来の創薬技術では開発が困難だった病気の治療薬を作れる技術と期待されている。

 

── どんな会社ですか。

 

リード 菅裕明・東京大学教授(同社取締役)が開発した技術を実用化するために2006年に設立した東大発のバイオベンチャーです。最初の10年で創薬技術「PDPS(ペプチド・ディスカバリー・プラットフォーム・システム)」を確立して製薬会社と契約を結びました。これからの10年は実際に薬を作る段階に入ります。そういうタイミングで、研究開発部門の責任者である私が社長に就任しました。

── PDPSとは。

 

リード 「特殊ペプチド」という物質を用いた創薬技術です。PDPSの強みは、薬のもとになるシーズ(候補物質)を、たくさんの候補の中から、効率よく、短時間で絞り込めることです。

 製薬会社が持つ「ライブラリー」と呼ばれる薬の候補物質は大手でも200万~300万個といわれていますが、当社はアミノ酸の組み合わせでさまざまなペプチドを作ることができるので、1兆個の候補物質からシーズを探すことができます。

 

 また候補物質の絞り込みには通常1~3年かかりますが、PDPSならば3~6カ月で見つかります。特殊ペプチドは狙ったターゲットに強く結合する候補物質が最初から複数見つかるため、成功確率が高くなります。

 

── 開発コストも抑えられる。

 

リード そうです。新薬開発はターゲット物質を見つけて効果を評価するプロセスに時間がかかり、成功確率が低いことも相まって、コストが膨らんでしまいます。特殊ペプチドでより効率的に薬を作れるようになれば、良い薬を、より価格を抑えて提供できるようになります。薬剤費が医療財政を圧迫する問題の解決策の一つになるでしょう。また抗体医薬より副作用を抑えられる点も期待されています。

 

 ◇薬を輸出産業に

 

 低分子薬は、分子量が小さいため飲み薬にしやすく、また価格も抑えられる。だが、特定のたんぱく質を狙って作用させるのが難しい。

 一方、新薬の開発が相次ぐ抗体医薬などの高分子薬は、特定のたんぱく質に効く半面、分子量が大きいため飲み薬に適さず、注射や点滴による投与になるので患者の負担が大きい。開発・製造コストも高めだ。特殊ペプチドは中間の中分子に位置づけられ、抗体医薬と同様の効果がある薬をより安く作ることができると考えられている。

 

── ビジネスモデルは。

 

リード 三つあります。一つは製薬大手との共同研究で、17社と60プロジェクトが進行中です。製薬会社が病気の原因を研究し、この物質を阻害すれば病気が治ると考えられるターゲットを見つけます。そして当社がそのターゲットに結合する薬のシーズを見つけます。

 

 二つ目は当社がPDPSの技術を提供して、各社が研究開発を進める技術移管。現在契約しているのは、米ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(BMS)、スイスのノバルティス、米イーライリリー、米ジェネンテック、塩野義製薬の5社です。この二つのビジネスモデルで、世界の売上高トップ10の製薬会社のうち7社と契約しています。

 

── 製薬大手との取引が中心ですか。

 

リード バイオベンチャーとの取り組みも進めています。三つ目のビジネスモデルの、互いに技術を持ち寄って研究する戦略的提携です。JCRファーマ(兵庫県芦屋市)と脳に薬を運ぶ研究を、そーせいグループ(東京都千代田区)傘下の英ヘプタレスと病気に関与するたんぱく質の研究を進めています。

 未上場企業では、特殊ペプチドから低分子薬を作る研究をモジュラス(東京都千代田区)と、がんの免疫に関する治療薬を米クリオと研究しています。

 

── 17年6月期は、4期連続最高益を更新しました。

 

リード 開発途中ながらも黒字を確保できているのは、共同研究先企業から契約時に一時金を受け取るほか、プロジェクトごとに研究開発支援金が入るためです。契約金の金額は年々上昇しています。特に技術移管先企業からの一時金は大きく、10億円を超えるようになってきました。将来的には、薬の発売後も、売り上げの一部を受け取ります。

 

── 塩野義製薬、積水化学工業と新会社を設立しました。

 

リード 特殊ペプチドを使った原薬をより安く、安定的に、しかも国内で作るために、共同出資で製造受託会社「ペプチスター」を立ち上げました。日本の医薬品は輸入超過ですが、国内で作れるようになれば、輸出産業に育てる道が開けます。

 

── 今後の課題は。

 

リード BMSはがん免疫療法薬の第1相臨床試験を開始していますし、ノバルティス、第一三共も今後、臨床試験に入る見通しです。22年6月までには薬を世に出すことができると思います。最初の薬はがん治療薬になるでしょう。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 東京大学で動脈硬化症、がん、糖尿病の研究をしていました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A ありません。研究以外の本を読んだことがないので。仕事が大好きなので、暇さえあれば論文を読んでいます。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 海が大好きなので、泳いだり、スキューバダイビングを楽しんだりします。今は自宅のそばに海がないので残念です。

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 ■人物略歴

 ◇Patrick・Reid

 1975年生まれ。米バーモント州出身。米ダートマス医科大学院修了。生化学博士。2004年東京大学先端科学技術研究センター特任助教授、07年ペプチドリーム入社。17年9月から現職。42歳。

………………………………………………………………………………………………………

事業内容:独自の開発プラットフォームPDPSによる創薬技術の提供および新薬開発

本社所在地:神奈川県川崎市

設立:2006年7月

資本金:約38億7000万円

従業員数:約60人

業績(17年6月期)

 売上高:48億9500万円

 営業利益:24億9000万円

中央銀行vs仮想通貨 価格を安定化できれば法定通貨に代わり得る=岩村充

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ビットコインが法定通貨にすぐに置き換わることはない。だが将来、問題を解決した新たな通貨ができれば、法定通貨の地位を脅かす可能性がある。

 

岩村充(早稲田大学大学院経営管理研究科教授)

 通貨のあり方を考えるときには、

  1. 決済手段としてどのような仕組みで流通しているのか
  2. 貨幣としての価値がどこから生じているか

この二つの問題を区別する必要がある。

 

 仮想通貨の代表とも言えるビットコイン登場の意義は、(1)の問題について、ブロックチェーン(分散型仮想台帳)の競争的認証(マイニング競争)というモデルが機能し得ることを示したことにある。

 

 同時に、(2)の問題についても、貨幣発行体の信用に依存する中央銀行通貨とは別の通貨価値創出モデルとして、マイニング競争に投じられる電力その他の資源投入をその裏付けにするモデルが存在できることを実証してみせたことにある。

 

 これまでの決済システムは、中央銀行や中央銀行と結びついた銀行グループによる中央集権型ネットワーク・モデルが基本だった。「日銀ネット」は中央銀行提供の決済システムの代表であり、「全銀システム」は銀行間システムの代表である。

 

 こうしたモデルでは、そのネットワークにどのような価値を流通させるかは中央管理者の裁量によって決まってしまう。日銀ネットも全銀システムも、そこで流通可能なのは「円」で表示された貨幣的価値だけである。BTC(ビットコインの単位)やドル、あるいはユーロ建ての貨幣価値は流通できない。それは、管理者である日銀や銀行協会がそのように決めているからであって、ネットワーク技術の制約によるものではない。中央管理者に権限が集中する貨幣的価値流通ネットワークは、自由な価値流通を阻む手段でもあったわけだ。

 

 マイニング競争は、その状況を変えたと言える。ビットコインの利用者たちが、自分がそれを「持っている」と思えるのは、その貨幣としての価値が参入も退出も自由に可能なマイナーたちの競争によって裏付けられているからであり、国家の検査や監督があるからではない。ブロックチェーンのシステムでは、マイナーたちが支えれば、いかなる価値でも流通できるからである。それは、国が中央銀行に独占的に通貨発行権を与え、その一方で中央銀行は景気対策や国債消化などのさまざまな政策目標の達成に協力するという現在の制度を相対化するものなのだ。

 

 ◇経済性で劣るビットコイン

 

 もっとも、ビットコインのような仮想通貨が、現在の中央銀行通貨の代替案と言えるほどの存在になるには、まだ越えなければならないステップが多い。マイニング競争に投入される暗号的な計算コストを価値の裏付けとするビットコイン型の仮想通貨は、政府への財務的な信頼を貨幣的な価値に変換するだけで作り出される中央銀行通貨に対し、経済性という点で決定的に劣るからだ。

 

 ビットコイン型の仮想通貨の価値は、基本的にはそれを作り出すために投入される電気代をはじめとする資源投入コストとバランスする。それより安くマイニング、すなわち仮想通貨の生成が可能であれば、マイニングへの参入が増加する。だが、そうすると、マイニングにおける計算問題の難度が上がり、問題を解くために必要な計算量も増加するので、やがてビットコインの市場価格にマイニング費用が追い付いてくるからだ。

 

 こうした後追い型の仕掛けがビットコインの価格の著しい不安定性を作り出している。それは同時に、一定額の仮想通貨を作り出すためには、その価額と同等の資源投入が必要になることを意味する。

 

 しかし、通貨を作り出すために、その価額と同等の資源を投入するというのは、何とも無駄な話であるし、彼らの競争力を損なうものでもある。対する中央銀行通貨は、そうした資源投入は比較にならないほど少なくて済む。中央銀行は、作り出したい通貨の価額相当の国債などの資産を金庫に収めるだけで、紙幣を発行してしまう。必要になる追加的な資源は紙代と印刷代程度である。通貨を預金のかたちで提供するのならコストはほぼゼロになる。

 

 通貨の歴史を振り返れば、かつての金属貨幣は、それを支払い準備として金庫に収めるだけの金本位制や銀本位制に取って代わられ、やがては支払い準備すらも廃止した現在の通貨制度へと行き着いた。その背後にあったのも経済性の問題だろう。

 

 そうした歴史から学べば、ビットコインが今の形のままで中央銀行通貨に代わるというシナリオはあり得ないはずだ。貨幣としてのビットコインの価値は、その探索あるいは発掘コストに由来するという点で金貨や銀貨などの金属貨幣に近い。すなわち、ビットコインが円やドルに対する競争相手になるのには、その経済性という点で重いハンディキャップを抱えていることになる。

 

 もっとも、こうしたハンディキャップは、仮想通貨に新しい変化形が現れれば、さほど重くなくなるかもしれない。通貨を作り出すためには、金融論の教科書でいう「信用創造」という方法もあるからだ。

 

 ◇信用創造できるか

 

 信用創造とは、銀行に預け入れられた中央銀行通貨を「預金」というかたちで預金者に見せておきながら、その通貨を他の資金需要者に貸し付け、それが預金として銀行システムに戻ってくるという通貨量の乗数的拡大サイクルである。

 

 残念ながら、現在の仮想通貨にはこのサイクルが存在しない。ビットコイン建ての要求払い債務を受け入れる契約、つまりは「ビットコイン建て預金」などは存在しないし、そうして受け入れた債務を運用する「ビットコイン建て貸し出し」などという契約も提供されていないからである。

 

 では、仮想通貨にも信用創造という名の乗数的サイクルを実現させる方法はあるのだろうか。もちろんある。それは、将来の仮想通貨の価値についての安定性あるいは予見可能性を高めることである。

 

 改めて言うまでもないことだが、金融取引の本質は現在の購買力と将来の購買力の交換である。その取引に適用される価格が、私たちが「金利」と呼んでいるものの正体である。通貨としてのビットコインの致命的とも言える弱点は、その価値の不安定性、あるいは予見可能性の欠如により、現在と将来の交換取引を行おうとしても、取引に参加する人たちの間で均衡的な期待が形成されず、したがって安定した市場価格としての金利も成立しないところにある。

 

 激しく騰落する仮想通貨の価格は、それを投機の対象として人々の関心を集めるのには貢献したが、他方で、それが本格的な決済手段へと飛躍することを妨げているわけだ。

 

 では、仮想通貨の価値を、もっと安定させて予見可能にして、結果として市場価格としての金利を生じさせることはできるだろうか。

 

 理論的には十分に可能だし難しいことでもない。ビットコイン価格の不安定性は、その市場価格がまず決まり、それをマイニング費用が後追いするという仕掛けから生じている。マイニング競争への参加者が増えれば難度を上げて、参加者の増加の効果を生成量ではなく難度引き上げで吸収してしまうというゲームのルールがその原因なのである。そうした関係を、参入と退出を考慮した供給曲線という考え方で整理したのが図である。

 

 このルールが、ビットコイン供給曲線を直立させ(図の線①)、それがビットコイン価格の激しい騰落を作り出しているわけだ(図PからQへの変化)。

 だから、そのルールを変えて、例えばブロック形成の時間が短くなろうが長くなろうが一切の難度調整を行わないとしたらどうだろう。コインの需要が増えれば、そうした需要に見合うだけのマイナーが参入してくるまでは、仮想通貨の市場価格が上回るからマイナーたちに超過利潤が生じる。だが、それはマイニングへの新規参入を促すから、ブロック形成時間の短縮を通じて単位時間当たりの仮想通貨供給量を増やし、結局は市場価格を冷やしてくれるだろう。

 

 そうなれば、ゲームに参加するマイナーの数が増えても減っても計算の難度に変化はなく、仮想通貨の人気つまりコインの需要が変化してもその均衡価格は大きく変動しなくなるはずである。(図の線②、Pから‘Qへの変化)

 

 こうして整理すれば、例えば仮想通貨の価値を円やドルにリンクさせたいのであれば、難度を既存の通貨と結びつけて、仮想通貨の交換レートが下がれば難度を上げ、上がれば難度を下げるというようなルールも有効な選択肢であることもわかるだろう。そうしたさまざまな工夫により、仮想通貨の世界で金利が機能するようになれば、そこに信用創造のサイクルも回転し始めるはずなのである。

 

 もちろん、仮想通貨の世界で信用創造が可能になっても、それだけで中央銀行通貨との関係を逆転できるとは思えない。信用創造のコアとなるベースマネーを作り出す際の経済性の劣位は依然として残るからだ。

 

 しかし、国家の力によって通貨独占発行権を付与された中央銀行通貨には、貨幣価値の維持という目標だけでなく、景気政策や国債管理政策への貢献が常に求められてきた。これに対し、通貨を作り出し価値を演出するだけの目標しか持たない仮想通貨は、そうした重荷を負うこともない。そうなればベースマネー創出における経済性の劣位は、仮想通貨と中央銀行の通貨間競争ゲームにおける優劣比較リストの一行でしかなくなるかもしれない。

 

 通貨選択の自由と通貨発行の競争との意義を唱えたことで知られるフリードリヒ・ハイエクは、代表作『隷属への道』の中で、景気や雇用を追い求める金融政策の長期的無効を厳しく指摘している。そのハイエクが今の時代に生きていて、景気政策への協力を掲げてインフレを追求する現代の中央銀行たちを見たら、まず自らの発行する通貨について、その信認を高める努力をせよと叱咤(しった)するのではないだろうか。

(*週刊エコノミスト2017年10月24日号特集「ビットコイン入門」掲載)

ニュースの消費体験が変わった 「いま読むべきもの」をAIが抽出=藤村厚夫・スマートニュース執行役員

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「SmartNews」(スマートニュース)のサービス開始は、2012年末。すでに忘れ去られようとしているが、当時はまだ、高速な無線通信規格、飛行機内や地下鉄内での通信とも利用は限定的だった。非力なスマートフォン上でブラウザからニュースサイトへアクセスするのは、快適とは到底言い得ない状態。行動する現代の消費者が、タイムリーに、かつ多様な情報へとアクセスするには、「苦痛」を伴う時期だった。

 

 スマートニュースのアプリは、そんな苦痛を快感へ変えた。カラフルなタブで表されたカテゴリーに、ネット上の多彩なコンテンツが整理され、直感的な操作ですばやく閲覧できる。しかも、ネット回線が遮断された環境にあっても利用可能だったのだ。

 

 これを単に機能、利便性に偏った些事(さじ)と思うなかれ。小さな画面、通信の不自由さという弱点が克服された時、消費者は、手が空いた移動中、さらには気晴らしなど、さまざまな状況下で、改めて「ニュース」への旺盛な食欲を開花させたのだから。

 

 その時、モバイルで快適にコンテンツ閲覧が可能になったという以上の根本的な変革が、ニュースの消費者に生じていた。それは特定の銘柄にこだわることなく、その時々に最も話題になっているもの、知りたい内容が盛られた旬の情報と出会う自由の発見だ。

 

 時間の目盛りを十数年前へと巻き戻せば、多くの消費者は、その時々の情報取得を、慣れ親しんだ特定の銘柄の情報源にいかに強く依存していたかと驚かされるだろう。ニュースの消費体験そのものが大きく転換したのだ。

 

 ◇広告をノイズからコンテンツに

 

 ここでスマートニュースが、どのようにコンテンツを選択し、消費者に届けているかに触れておく。

 

 ネット上ではコンテンツを題材にした話題、評価する情報が飛びかっている。スマートニュースのシステムは、これをリアルタイムに収集し分析する。最近とみに話題となることが多くなったAI(人工知能)技術を活用している。そのコンテンツは何を論じているのか、どう評価されているのか、話題性はどうなのか──。分析されたコンテンツは適切なカテゴリーやランキングを与えられて、タイムリーにアプリの面を編成していく。

 

 そう、スマートニュースがいま、ニュースの消費者に貢献しているのは、24時間365日、人の目では追いつかないほど膨大かつ急激に生成されるネット上のコンテンツを分析し続けることである。また、そこから、「いま、読むべきもの」を的確に抽出するインテリジェンスだ。自らオリジナルのコンテンツを制作しないスマートニュースが担う最大のミッションは、「良質」なコンテンツを見いだし、求める読者へと橋渡しすることにほかならない。

 

 最後に、急いでもう一つの重要な要素に触れておく。メディアの収入についてだ。優れたコンテンツを橋渡しすべきなのも、そのコンテンツクリエーターの存在と発展が必要不可欠だからだ。だが、現状では「ノイズ」としか言いようのない広告が散見し、コンテンツ体験に専念したい読者にとって邪魔な存在でしかない。広告ビジネス自体が機能不全に陥ろうとしている。

 

 スマートニュースは、収入源である広告に、コンテンツの選別に込めるのと同じエネルギーを注ぎ込み、品質の高い体験を提供しようと試みている。動画をはじめとする新たな広告が、コンテンツ体験と同等の価値を生み出すこと、さらに、その収入がコンテンツの提供者と適切にシェアされていくことを思い描いているのである。

https://www.smartnews.com/ja/

藤村厚夫(スマートニュース執行役員)

ふじむら・あつお◇1954年生まれ。アスキーで月刊誌編集長などを経て2000年にアットマーク・アイティ社を創業し、技術者向けオンラインメディア「@IT」を開設。合併によりアイティメディア代表取締役会長。13年より現職。メディア事業開発を担当。


*週刊エコノミスト2017年10月24日号掲載

週刊エコノミスト 2017年10月24日号

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発売日:10月16日号

特別定価:670円

 

ビットコイン入門

 

仮想通貨に集まる世界マネー

「分裂」「規制」ものともせず

 

田茂井治(金融ライター)

 

 ビットコインをはじめとした仮想通貨の存在感が急速に高まっている。

 

 仮想通貨の情報サイト「コインマーケットキャップ」によると、仮想通貨の時価総額の合計は1543億ドル(約17兆円)超(10月11日時点)。トヨタ自動車の時価総額(約22兆円)に及ばない規模だが、値上がりの勢いはすさまじく、市場規模は2015年年初から20倍超に拡大した。仮想通貨の時価総額の5割を占めるビットコインの価格は、年初の1BTC(ビットコインの単位)=1012ドル(約11万円)から10月10日の4801ドルまで4・7倍に急騰した。

 値上がり期待が値上がりを呼ぶ状態を「バブル」として警戒する金融関係者は多い。

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FLASH!神戸製鋼の絶対絶命

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◇泥沼化する名門企業の悪質不正

◇見えない損失と広がる信用不安

 

 神戸製鋼所の品質データ改ざん問題が泥沼化している。不正は10月8日に発表した銅・アルミ5製品のほか、11日に鉄粉など2製品、13日には売上高の35%を占める主力の鉄鋼4製品を含む10製品で検査データの書き換えや検査の未実施が判明した。日を追うごとに不正の範囲が拡大している。

 不正が発覚した製品の納入先企業は、当初の約200社から約500社に拡大した。自動車や航空機、原子力発電所など広範囲に及ぶ。10月17日には米司法当局から販売済み製品に関する書類の提出を求められていることも明らかになり、今後、国内外の顧客企業からリコールや費用請求を受ける可能性が出てきた。神戸製鋼は調査を継続中で、損失がどこまで広がるのか見通しがつかない状況だ。

 

 

 神戸製鋼は2018年3月期に3期ぶりの最終(当期)黒字(350億円、前期は230億円の赤字)を見込んでいた。だが、不正問題の影響が不透明な上、製品チェックを厳密化したことで足元で出荷量が減少しており、3期連続の最終赤字に陥るとの見方もある。

 こうした事態を受けて、金融市場は厳しい見方を強めている。神戸製鋼の株価は10月11日、前日比190円安の878円に急落(図1)。クレジット市場では、日本格付研究所(JCR)が17日、神戸製鋼の格付けを現在の「A」から格下げ方向で見直すと発表。企業の信用リスクを反映するCDS(クレジット・デフォルト・スワップ、5年物)は10月10日、258ベーシスポイントをつけ、前日の4・2倍に急騰した(図1)。

 神戸製鋼は発行済み社債のうち200億円が10月27日に償還期限を迎える。その後も18年1月にも100億円と償還が続く。新規に社債を発行して償還しようにも、「社債の買い手がつかず、かなり難しいだろう」(SMBC日興証券の阿竹敬之クレジットリサーチ課長)。銀行借り入れでしのがざるを得ない。


 だが、借り入れも厳しい状況だ。ある地銀関係者は「コンプラ違反を資金回収の大義名分にする」とも話しており、早期の回収姿勢を強めている。地域金融機関が借り換えに応じなければ、メインのみずほ銀行はじめ主力行が肩代わりするしかない。経営危機企業に見られる「メイン寄せ」が現実味を帯びる。

 また、事態がさらに悪化すれば「資産売却に追い込まれる可能性もある」(BNPパリバ証券の中空麻奈チーフクレジットアナリスト)。すでに一部で報道されている不動産関連会社のほか、主力事業であるアルミ事業(銅とあわせて16年度の経常利益は120億円)も選択肢からはずせなくなる。

◇後手に回る対応

 

 鉄鋼産業に詳しい東北大学大学院経済学研究科の川端望教授によると、製品を納入する個別の企業ごと、製品ごとに要求が細分化されていたと見られ、「それを片っ端から守ることの負担を逃れようとして、不正に手を染めてしまったのではないか」という。

 日を追うごとに不正領域が拡大し、金融市場や取引先が危機感を強める一方で、当の神戸製鋼から緊張感が伝わってこない。神戸製鋼の対応は後手に回っている。10月8日の記者会見に川崎博也会長兼社長が現れずじまい。また鉄鋼事業4製品については、一番早いもので16年には把握し、取締役会も認識していたにもかかわらず、発表は不正発覚後の10月13日だった。危機感を強める関係者とは対照的な神戸製鋼の姿勢こそが、長年不正を組織ぐるみで繰り返せた鈍感力の表れか。

花谷美枝、荒木宏香・編集部)


特集:減らさない投資 2017年10月31日号

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人生100年時代に突入

将来の自分と家族を守る

 

「物価上昇で、お金の価値は目減りします」「退職後、ゆとりある生活を送るためには、公的年金だけでは足りません」──。

 

ATM(現金自動受払機)のついでに、ふと手に取ったパンフレットに、不安をあおるセリフが並ぶ。銀行や証券会社のセールストークだろうと高をくくり、メガバンクに勤める友人を笑い飛ばすと、真顔で返された。「人生100年時代の今、将来を見据えると、資産を増やすというより、守ることを真剣に考えなければいけない」。

◇年金だけでは足りない

 

 1990年代後半以降、日本は物価が継続的に下落するデフレ状態にある。デフレは物価下落であると同時に、貨幣価値の上昇を意味する。つまり、現金をそのまま保有しているだけで価値が上がる。それなら、リスクをとって運用する必要はない。運用について、深く考える必要がなかった理由はここにある。

 

 ところが、2012年末の安倍晋三政権発足後、物価はおおむねプラス圏で推移するようになった。日銀が目指す2%の物価目標には達していないものの、物価が上昇すると、現金と預金で持っている資産は実質的に目減りする。同じ値段で買えるモノの価値が下がるからだ。

 

 仮に年2%のインフレが続くと、1000万円の価値は5年後に約1割減の905万円に、20年後には672万円まで下がる計算になる。

 

 人口減少がすでに始まり、同時に急激な高齢化が進む日本では、社会保障は危機的な状況にある。将来の生活を年金だけに頼れない。人生100年時代を生きる日本人は、不安を拭い去るためにも、投資に目を向けなければならないのである。

 

 生命保険文化センターが全国18~69歳の男女約4000人を調査したところ、老後を夫婦2人でゆとりを持って暮らすために必要な生活費は月34万9000円(16年度)だった。

 

 一方、年金支給額をみると、17年度の厚生年金は夫婦2人のモデル世帯で月22万1277円だ。その差額の12万8000円を毎月、貯蓄から取り崩すとすると、20年後に3000万円、30年後に4600万円を超える。人生100年時代には、どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない。

 

 ◇有利な制度を駆使

 

 政府は、税制メリットを設けて投資の普及を進めようとしている。証券業界が語呂合わせで「投(とう=10)資(し=4)の日」と定めた10月4日、証券会社は各地でセミナーを開いた。「貯蓄から投資へ」をかけ声に、官民挙げて個人投資家の育成に取り組んでいるが、道半ばだ。

 

 14年1月に始まった少額投資非課税制度の「NISA(ニーサ)」は、株式や投資信託の売却や配当金など、利益にかかる税率軽減が13年末で終わり、20%へと倍増することを機に導入した。対応策をとらないと株式投資が冷え込み、アベノミクスで堅調な動きを続ける株式相場が下落しかねないとの懸念からだ。子どもや孫の進学や就職に必要なお金を準備する「ジュニアNISA」(16年1月開始)は、金融資産の6割を持つ60歳以上の高齢者から、現役世代に資産を移す狙いがあった。

 

 また、17年1月スタートの個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」は、少子高齢化により、公的年金の支給水準低下が見込まれたことから、自助努力で補う必要性が高まったためだ。

 

 いずれも政府の都合による制度で、国民のことを真剣に考えた結果といえるだろうか。だからこそ、「今が投資のチャンス」と乗せられてはいけない。自分の身を守るためには、有利な制度を駆使しなければ生き残れないのだ。

 

 減らさない投資で、賢く将来の自分と家族を守ろう。

(酒井雅浩・編集部)

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 ◇NISA(ニーサ)

 英国の「個人貯蓄口座」(Individual Savings Account=ISA)を参考に作られた。日本(Nippon)のNを組み合わせた愛称。ジュニアNISAは未成年版。つみたてNISAはひらがな。

 

 ◇iDeCo(イデコ)

 

 確定拠出を意味する英語(Defined Contribution)の頭文字と、自分自身で運用する制度の特徴から「私」を意味する「i」を組み合わせた。17年1月から原則すべての現役世代が個人型に加入できるようになったことから、愛称ができた。

 

 

週刊エコノミスト 2017年10月31日号

発売日:2017年10月23日

特別定価:670円


目次:2017年10月31日号

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減らさない投資

20 人生100年時代に突入 将来の自分と家族を守る ■酒井 雅浩

22 NISAとiDeCo 投資は国推奨の節税だ  ■尾崎 大輔

24 ここだけ理解 NISAとiDeCo比較 ■尾崎 大輔

26 投資デビューの金融機関選び 手数料をシビアに ■安積 拓哉

28 投資信託 複数、中長期でリターン積み上げ ■篠田 尚子

30 裏技発見 iDeCoで全額定期預金 ■安積 拓哉

32 投資初心者は連続増配株 ■尾崎 大輔

34 長期安定の住居系REIT 日銀出口の懸念ないインフラ ■関 大介

36 ロボットお任せ投資のメリット ■酒井 雅浩

37 本誌記者のビットコイン投資体験記 右肩上がりから短期間で4割の急落も ■谷口 健

 

緊急特集 神鋼の絶体絶命

13 泥沼化する名門企業の悪質不正 見えない損失と広がる信用不安 ■花谷 美枝/荒木 宏香

14 取引先は全国全業種の6123社 関西の中小企業に大きな打撃 ■内藤 修

15 労働者を底辺に追い詰める 利益至上主義経営の破綻 ■森岡 孝二

16 「GEMBA」崩壊に追い込んだ 高品質の前提と実態の辻褄合わせ ■磯山 友幸

 

39 ドル・円 ドル安局面で迎えるドル高・円安時代 ■高島 修

70 子どもの貧困 見えにくい子どもの貧困の実態 ■溝端 幹雄

         インタビュー 岸本 幸子 パブリックリソース財団専務理事「根本に親の貧困問題、放置すれば再生産に」

92 メガバンク 三毛 兼承 三菱東京UFJ銀行頭取「信託銀の法人融資を来春に統合 海外純益5割達成に組織再編へ」 ■浜條 元保

 

Flash!

17 ひと&こと ユネスコ新事務局長選出「脱退」米を説得できるか/ワコムが14年ぶり社長交代 大株主サムスンと関係微妙/非常事態の神戸製鋼 次期社長は無傷の山口氏か

 

Interview

4 2017年の経営者 小谷 進 パイオニア社長

50 問答有用 伊藤 崇 リヴァ代表 「うつで仕事を離れてもリハビリ次第で働けます」

 

78 大論争 なぜ物価は上がらないか

79 歴史の視点 資本主義、成長の時代の終焉 ■水野 和夫

81 外国人の視点 デフレに陥った日本と回避した欧米の差 ■ポール・シェアード

82 マクロ経済学の視点 原油価格の下落が引き金 高齢社会の構造にも問題■吉野 直行/宮本 弘暁

84 米経済論壇 物価低迷の「謎」解き議論活発 ■岩田 太郎

85 インタビュー デバリエ いづみ メリルリンチ日本証券主席エコノミスト 「サービス価格の弱さと架空家賃が重しに」

86 前日銀審議委員の視点 企業の慢性的な成長期待の低下 ■木内 登英

88 労働経済学の視点 企業の訓練投資を怠ったツケ ■太田 聡一

90 物価の基礎 経済政策を推進するための重要指標 ■永浜 利広

 

エコノミストリポート

93 スーパー堤防は災害リスク高める 100メートル40億円、完成に400年の事業 非合理的な「ダムありき」の河川行政 ■関 良基

 

World Watch

64 ワシントンDC 乱射事件で改めて知る 「銃所持が前提」で回る社会 ■安井 真紀

65 中国視窓 進む外資からの技術移転 個人の「競業」は契約で対策 ■前川 晃廣

66 N.Y./カリフォルニア/英国

67 韓国/インド/タイ

68 香港/ブラジル/モーリシャス

69 論壇・論調 トランプ政権の税制改革 経済格差による不平等拡大 ■岩田 太郎

 

Viewpoint

3 闘論席 ■片山 杜秀

19 グローバルマネー またまた飛び出す日銀の物価“珍”理論

42 出口の迷路(4) 自然利子率を低下させる副作用 ■白井 さゆり

44 名門高校の校風と人脈(262) 別府鶴見丘高校/大分舞鶴高校(大分県) ■猪熊 建夫

46 海外企業を買う(162) シェイク・シャック ■小田切 尚登

48 アディオスジャパン(74) ■真山 仁

54 学者が斬る 視点争点 住民自治は日常の需要から ■吉弘 憲介

56 言言語語

74 東奔政走 野党再編失敗、「安倍1強」は続く 「右」を切った民進党が再結集へ ■平田 崇浩

76 福島後の未来をつくる(57) 韓国・済州島をCO2ゼロの島に 電気自動車を蓄電設備に活用 ■ファン ウヒョン

102 景気観測 世界のインフレは再加速する 日本だけがゼロ近辺のままなら円高に ■藻谷 俊介

104 ネットメディアの視点 プライバシーに便利さは勝るのか データがいつの間にか集められている ■土屋 直也

105 商社の深層(89) 賃貸用工場の買収・開発事業 三菱商事着目するニッチ市場 ■花谷 美枝

108 アートな時間 映画 [バリー・シール/アメリカをはめた男]

109        舞台 [ソング&ダンス65]

110 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ shadow federal funds rate ”

 

Market

96 向こう2週間の材料/今週のポイント

97 東京市場 ■藤戸 則弘/NY市場 ■村上 俊介/週間マーケット

98 中国株/為替/白金/長期金利

99 マーケット指標

100 経済データ

 

書評

58 『キャッシュフリー経済』『セックス・イン・ザ・シー』

60 話題の本/週間ランキング

61 読書日記 ■小林よしのり

62 歴史書の棚/出版業界事情

 

57 次号予告/編集後記

 


第57回 福島後の未来:韓国・済州島をCO2ゼロの島に 電気自動車を蓄電設備に活用=ファン・ウヒョン

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◇ファン・ウヒョン  1983年韓国の中央大学卒、専門は電気工学。2009年データマイニングの分野で博士号取得。86年韓国電力公社入社、09年より政府とのスマートグリッド実証事業のリーダー。12年蓄電池、太陽光発電、電気自動車、スマートメーターシステムを含むスマートグリッドの試行事業を担当。14年より蓄電池&スマートグリッド事業団長。16年12月より現職。
◇ファン・ウヒョン  1983年韓国の中央大学卒、専門は電気工学。2009年データマイニングの分野で博士号取得。86年韓国電力公社入社、09年より政府とのスマートグリッド実証事業のリーダー。12年蓄電池、太陽光発電、電気自動車、スマートメーターシステムを含むスマートグリッドの試行事業を担当。14年より蓄電池&スマートグリッド事業団長。16年12月より現職。

ファン・ウヒョン(韓国電力公社本部長済州道担当CEO)

 

 現在、韓国の済州島では、島を「カーボン・フリー・アイランド(CFI)」、つまり二酸化炭素(CO2)排出量をゼロにする野心的なプロジェクトを進めている。

 

 再生可能エネルギーを大量導入し、2030年には島内を走る車を100%電気自動車(EV)にする目標だ。ほかにも、電気使用状況が分かるスマートメーターの導入や、蓄電池、エネルギーマネジメントシステムをはじめとするスマートグリッド(電力の流れを供給側・需要側の両方から制御し、最適化する送電網)関連の技術も導入していく。

 

 済州島は韓国で有数の観光地だ。それゆえ朝鮮半島に先んじてクリーンな島にしたい狙いもある。

 

 済州島のプロジェクトの韓国電力公社の総責任者として、日本企業に期待するのは、済州島での技術の実証と投資、そして将来は韓国企業とともに世界に出ていくことである。

  済州島は韓国の南にある島で広さは約1800平方キロとソウル市の3倍だが、人口はわずか66万人。しかし、島を訪れる観光客は年間1580万人に達する。仕事などで短期滞在する人も含めると、実質80万人が島に滞在している。将来は高い経済成長と人口増も予測される。

 

 島内の電源構成は、出力59万キロワットの火力発電所、40万キロワットの海底送電線による半島からの供給、そして約40万キロワットの再生可能エネルギーの計約140万キロワット。再生可能エネルギーは主に太陽光発電と風力発電だ。島の今年のピーク需要は約92万キロワットで、現状は十分供給できている。

 

 カーボン・フリーに向けて、太陽光、風力のほか、バイオマスなど他の電源も含めた再生可能エネルギーだけで430万キロワットになる見込みだ。ここには約190万キロワットの洋上風力発電も含まれる。ただし再生可能エネルギーの発電量は天候に左右される。設備利用率を考えると、実質的には火力発電にして120万~140万キロワットの発電容量に相当する計算だ。

 

 当面、火力発電所はバックアップ電源として運転することになるが、それをどこまでゼロに近づけるかが、カーボン・フリーに向けたこれからのカギとなると考えている。

 

 そこで重要な役割を果たすのが、EVだ。今年中に島内に2万9000台のEVが導入される見込みだ(島内の自動車の約10%)。公共交通や自治体の車両が先行する。30年にEV普及率100%、43万台にする目標だが、これは経済成長も見込んだ数字である。こうして導入されたEVを蓄電池として活用することで、不安定な再生可能エネルギーの電気を取り込むことができる。

 

 急速充電器を含む公共の充電設備も7・5万台の設置を見込んでいるが、そこでは「V2G(ビークル・トゥ・グリッド)」、すなわちEVから送電網に電気を供給する技術の導入も見込んでいる。アイデアのひとつが、V2Gを前提とした駐車ビルだ。V2Gの設備を備えた駐車場はそれだけで大きな蓄電設備となる。

 

 このほか、定置型の蓄電池をはじめ、電力需給量の1秒単位の計測が可能なスマートメーターを18年中に島内38万軒すべてに導入することや、半島とつなぐ送電線の増強も見込んでいる。

 

 さらに、韓国企業のLS産電の前社長であるチェ・ジョンウン氏が米シリコンバレーで設立したエネルギーIoT(モノのインターネット化)企業のエンコアードとはMOU(事業に関する覚書)を結んでおり、主に住宅向けのエネルギーマネジメントやスマートホームのソリューションを含むサービスも展開していく予定だ。

◇加波島の成功を広げる

 

 韓国のエネルギー政策は、文在寅(ムンジェイン)大統領の就任による政権交代で大きく変化した。天然ガスの利用促進と再生可能エネルギーの拡大という方向に向かっている。特に、再生可能エネルギーの拡大は、パリ協定の目標達成という意味が大きい。福島第1原子力発電所事故以降、世界的には原子力の開発が停滞するなかで、再生可能エネルギーの役割はより重要なものとなっていくだろう。

 

 韓国のCO2削減目標は、30年までに、対策をしないケースと比較して37%削減することだ。私自身の認識としては、もう13年しか残っていないというのが率直なところだ。30年の再生可能エネルギーの導入目標は、新政府が昨年の11%から20%に引き上げた。現在はまだ6・6%以下だが、日本で固定価格買い取り制度によって太陽光発電を中心に普及が拡大したことに注目している。

 

 私たちがCO2削減に取り組み始めたのは08年。私自身は09年からスマートグリッドの実証に取り組んできた。済州島では168の企業や研究所が参加した多くの実証試験が行われている。特にカーボン・フリーに向けて私たちの自信の根拠となるのが、11年から行われている済州島の南にある加波島での実証試験だ。

 

 加波島は人口約280人の小さな島で、電力供給は主にディーゼル発電機を用いていた。ここに再生可能エネルギーと蓄電設備を導入し、先進的なマイクログリッドシステム(地域内で需給を安定させる送電網)を構築し、運用を自動化した。その結果、今年度は6日間にわたり再生可能エネルギーだけで電力供給を実現できた。済州島のプロジェクトは、この加波島の経験を拡大していくステップにほかならない。

 

 済州島のプロジェクトの投資額は、日本円にして1兆5000億円程度。EV関連の投資額が大きいが、民間企業からの投資を呼び込む考えだ。そして、その環境を整えるのが、韓国電力公社と済州特別自治道政府の役割である。韓国電力公社では、私が中心となって計画を立案してきた。大量の再生可能エネルギーを導入し、運用するためには、送配電網を高度化する必要がある。その準備も韓国電力公社の役割だ。今年は約90億円、来年は約100億円の投資になる見込みだ。

 

 一方、道政府はCFIを実現するための政策を立案し、民間からの資金を呼び込む枠組みをつくる。近く発表予定のこの具体策に、投資の実現性はかかっている。

 

 私は、1997年に採択された最初の温室効果ガス排出削減の枠組みである京都議定書採択以降、日本の政策や技術に関心を持ってきた。特にシステム面では日本の高い技術を評価している。そのため済州島のプロジェクトには、資本参加を含め、日本企業にも多様な形で参加してもらいたいと考えている。欧州ではなく東アジアでカーボン・フリーを実現するということは、お互いにとって大きな意味があるはずだ。

 

 今秋の訪日でも、日本の大手電力、都市ガス、通信会社と会合の機会を持つことができた。ベンチャーも含めた企業に広く門戸を開いている。日本で実績のある太陽光発電や風力発電の開発のポテンシャルも高い。日本ではなかなか実証試験が進まないと聞くV2Gにも積極的にトライできるフィールドだと考えている。

 

 済州島という離島でのプロジェクトが成功すれば、その経験は多くの途上国を含む世界各地に展開できる。何よりも気候変動問題を解決したいというのが私たちの考えである。特に日本企業には、済州島を使って技術の実証を行い、気候変動防止につながる新しいビジネスを共に展開していくことを期待する。

*週刊エコノミスト2017年10月31日号掲載

自然利子率を低下させる副作用=白井さゆり〔出口の迷路〕金融政策を問う(4)

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「お金を借りて経済活動に使った方が得」という状況を作ることが緩和の目的だったが、実現は遠のく一方だ。

 

白井さゆり(元日銀審議委員、慶応義塾大学教授)

 

 日本銀行が2013年4月に非伝統的金融緩和政策を開始して、4年半が経過した。この間、日銀は大量の資産買い入れ、マイナス金利、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)を相次いで実践してきた。

 

 そもそも、このような前例のない金融緩和を実践した目的は何か。主に二つある。

 

 一つは、実質長期金利を大きく下げて、「今、お金を借りなければ損」という状況を作り出し、消費、住宅投資、設備投資を拡大することで需給ギャップを改善しつつ、インフレ率やインフレ期待を引き上げていくことにあった。

 

 もう一つは、金融機関、企業、家計のリスク回避行動を払拭(ふっしょく)し、銀行借り入れ、株式・不動産投資、企業買収、対外投資などが拡大することで経済を活性化することだ。すなわちポートフォリオ・リバランス(資産再配分)を促す狙いである。

 

 日銀は、これらの目的を果たしたと主張する。実際はどうだろうか。

 

 ◇長期金利低下に限界

 

 まず、実質長期金利は、名目長期金利と長期インフレ期待の差にほぼ等しい。このため、実質長期金利を引き下げていくには、名目長期金利を引き下げるとともに、インフレ期待を引き上げる必要がある。

 

 しかし、これまで明らかになったことは、名目長期金利の低下に限界がある一方で、インフレ期待はほとんど上昇しなかったため、実質長期金利がどれほど下がったのか疑問が残ることである。

 

 名目長期金利については、異次元緩和を始める前の10年物国債利回りが1%弱だったが、開始後にマイナス0・3%程度まで低下した。16年7月以降は上昇し、同年9月のイールドカーブ・コントロール導入後は0~0・1%のあたりで推移している。

 

 10年利回りを0%程度でくぎ付けする政策を日銀が導入したのは、名目長期金利がマイナスの領域で推移すると金融機関などの収益への打撃が大きく、金融システムの安定性を損なう恐れがあったからである。つまり、名目長期金利に下限があることを示すきっかけとなったと言える。

 

 一方、インフレ予想については、当初こそは上昇した指標もあったが、その後の上昇はみられない。

 

 図1は、インフレ予想の動向を示している。家計はもともとインフレ率が将来かなり高くなると予想する傾向があるため、インフレ予想の水準が高い点には留意が必要だが、金融緩和がほとんど影響していないことは明白である。企業のインフレ予想も原材料価格に反応しており、上昇傾向はない。エコノミストの予想も当初は上昇したが、上昇傾向はない。

  以上のことは、非伝統的金融緩和手段が実質長期金利を引き下げる手段として限界があることを物語っている。

 

 もう一つのポートフォリオ・リバランスについても、確かに株価や不動産価格は上昇したが、銀行、企業、家計がリスクテークを高めたとは言いがたい。

貯蓄性向は高まっている
貯蓄性向は高まっている

 銀行については、貸し出しは年率2~3%のペースで増えているものの、預金の伸び率には到底追いつかないため預貸率はむしろ低下しており、日銀の想定とは逆に、ますます銀行のカネ余りが進んでいる。

 

 家計と企業の貯蓄が急増しており、借り入れをしてまで生産的活動を拡大する状況にないことがわかる。家計は、相変わらず資産の半分以上は預貯金に配分しており、株式は売り超のままで積極的な株式投資は少ない。

 

 また、銀行は日銀に国債を売却した資金を当座預金に滞留させており、総資産に占める貸し出しや対外投融資は活発ではない。

 

 ◇経済の“基礎体温”を下げる

 

 このように日銀が目指す二つの目的は、想定したほど実現していない。しかも、それに加えて非伝統的金融緩和は、経済活動の“基礎体温”とも言える「自然利子率」を下押ししている可能性がある。

 

 自然利子率は、景気を過熱させも冷やしもしない中立的な金利水準のこと。経済学的には、完全雇用の状態で貯蓄と投資を等しくさせる均衡実質金利と定義される。

 

 黒田東彦総裁は、緩和の目的として自然利子率の引き上げを挙げており、これは金融緩和の目的として世界の中央銀行に共通している。ところが、日本では逆に作用している恐れがある。

 

 どういうことか。自然利子率は、構造的要因と一時的な景気循環的要因とに分類できる。長く影響が続くとみられる構造的要因が重要で、(1)潜在成長率、(2)貯蓄と投資が及ぼす要因、(3)国際的要因に大きく分けられる(図2)。

 自然利子率は推計しなければならず、日銀はいくつかの手法を用いて、昨年9月段階の自然利子率は0%程度とみなしている。

 

 まず、(1)の潜在成長率は0・7%前後と推計されている。したがって、自然利子率0%との乖離(かいり)0・7%分が、(2)と(3)の要因で説明できると考えられる。

 

 (2)については、例えば、日本では労働者の高齢化や専業主婦などの労働参加が進んでいる。所得が増える分、貯蓄も増えるので自然利子率には下押し圧力がかかる。

 

 また、リスク回避的な企業・家計が多いなかで、前述のように非伝統的金融緩和でカネ余りが進めば、貯蓄が増えて投資が減るので、自然利子率の低下に拍車がかかる。

 

 さらに、国民の所得不平等が拡大すれば、自然利子率は低下する。なぜなら、低所得者層は所得の大半を消費に回さなければならないので貯蓄性向が低い一方で、高所得者層は所得の多くを貯蓄に回せるので貯蓄性向が高くなるため、格差が拡大すると社会全体の貯蓄が増えるからである。日銀の金融緩和によって株価や不動産価格など資産価格が上昇し、富裕層に恩恵が大きいとすれば、これも自然利子率の低下に寄与する。

 

 (3)の国際的要因としては、新興国が外貨準備資産の増えた分を世界投資すると、日本を含む世界の貯蓄が増えることになり、自然利子率が低下することなどが挙げられる。世界金融危機以降の長引く世界経済の不確実性も投資意欲を減退させている。

 

 13年以降、貯蓄の国内総生産(GDP)比率は上昇するなかで、投資のGDP比率は横ばいである。このような状況下で自然利子率はマイナスとなっている可能性さえある。

 

 今後の潜在成長率が少子高齢化によって一段と低下する場合、自然利子率もさらに低下していく可能性がある。となると、低下する自然利子率よりも実質長期金利を下げて金融緩和状態を作るためには、日銀は、副作用が大きく経済・物価を押し上げる効果が限定的であったとしても、非伝統的政策手段を使って実質長期金利を低水準に抑える努力を長く続けなくてはならないことになる。

 

 日銀の金融緩和の出口がみえない理由が、ここからもみえてくる。

(白井さゆり・元日銀審議委員、慶応義塾大学教授)

◇しらい・さゆり

 1963年生まれ。89年慶応義塾大学大学院修了。93年コロンビア大学経済学部博士課程修了(経済学博士)。93年国際通貨基金(IMF)エコノミスト、98年慶応義塾大助教授を経て2006年から教授。11年4月~16年3月日銀政策委員会審議委員を務める。16年から現職。近著に『東京五輪後の日本経済』。


週刊エコノミスト2017年10月31日号掲載

週刊エコノミスト 2017年10月31日号

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発売日:2017年10月23日

特別定価:670円

 

減らさない投資

 

人生100年時代に突入

将来の自分と家族を守る

 

「物価上昇で、お金の価値は目減りします」「退職後、ゆとりある生活を送るためには、公的年金だけでは足りません」──。

 

ATM(現金自動受払機)のついでに、ふと手に取ったパンフレットに、不安をあおるセリフが並ぶ。銀行や証券会社のセールストークだろうと高をくくり、メガバンクに勤める友人を笑い飛ばすと、真顔で返された。「人生100年時代の今、将来を見据えると、資産を増やすというより、守ることを真剣に考えなければいけない」。続きを読む

 


次世代車市場の「台風の目」になる=小谷進・パイオニア社長

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Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── オーディオのイメージが強いパイオニアですが今の事業領域は。

 

小谷 1938年にホームオーディオ向けのスピーカー事業で創業してから、2018年1月で80周年を迎えますが、現在は車載機器事業に経営資源を集中しています。

 

 主力商品は「カーオーディオ」と「カーナビ」で、比率は金額ベースで6対4です。この二つで全事業の8割を占めます。それぞれアフターマーケット(市販)と自動車メーカーのブランドで生産するOEM(受託生産)があります。残りの2割はCDやDVDなど「光ディスクドライブ」や、クルマ部品の「ファクトリーオートメーション」(自動製造ライン)などを手がけています。

── 車載機器の市場シェアは。

 

小谷 アフターマーケットはオーディオが世界販売約720万台、ナビが約57万台で、ともに世界シェアは3割に上ります(16年度)。

 一方、OEMはトヨタ自動車をはじめ国内大手自動車メーカーと取引があります。欧米でも自動車大手が主要な顧客です。車載搭載機器は陳腐化が早いので、クルマの開発期間を考え、3~4年後に必要となる技術を提案できることが評価されています。市販とOEMを合わせた販売台数は年間約1000万台超です。

 

 ◇自動運転の中核技術を開発

 

── 自動運転化の流れの中、どんな手を打っていますか。

 

小谷 自動運転に必須の技術を持っている当社には、ビジネスチャンスが訪れています。

 例えば光ディスクの技術を生かし、光を使って障害物を検知する「LiDAR(ライダー)」と呼ばれるセンサーの実用化を目指しています。完全自動運転はライダーなしでは実現しないと言われています。

 ただ、自動運転の実験車両などで使われている既存品はサイズが大きく、1個数百万円と高価なため市販車への搭載には向きません。そこで、実用的なライダーを開発しました。

 

── その特長は。

 

小谷 カメラやレーダーと比べて悪天候や夜間に強いライダーは、クルマ向けに各社が開発を競っています。当社のライダーはクルマのヘッドランプの中などに組み込めるように小型・軽量化を目指しています。

 価格は1万円以下での提供が目標です。クルマ1台当たり4~5個ライダーが必要ですが、それでも4万~5万円で済みます。国内自動車メーカーなどにサンプル品を提供し、来年の改良版の評価を見て、19年後半に量産準備に入ります。

 ただ、ハードの販売だけでは価格競争に陥ります。そこでライダーを使った自動運転向けの高精度地図サービスも考えています。

 

── 高精度地図とは。

 

小谷 現在のカーナビの地図は道路が「行き」「帰り」の2車線しか表示されません。複数車線などさらに細かい情報が反映されたものを高精度地図といい、これも自動運転に不可欠な技術です。その基盤づくりを手がけるダイナミックマップ基盤(DMP)には当社の地図子会社インクリメントPも出資しています。DMPがつくる基盤の上に、地図各社は独自に多様な情報を付加して高精度地図を提供する形です。

 ナビの地図は道路の変化に合わせ定期的な更新が必要ですが、これは従来、人海戦術の作業でした。しかし、カメラやライダーを搭載したクルマであれば、走行するだけで自動的に道路のデータを収集できます。搭載車が増えれば膨大なデータを集めることができ、高精度地図に必要な情報を吸い上げます。「データエコシステム」という地図更新システムの構築が最終目標です。

 

── 9月に欧州の地図大手ヒアと業務・資本提携で合意した狙いは。

 

小谷 世界的な地図サービスの提供です。その一つが、インクリメントPとヒアが進める地図の仕様の共通化です。現在、ナビの地図は地域ごとに仕様が異なります。そこで、自動車メーカーがどの地域でも一貫性のある地図の供給を受けられるようなサービスを提供します。

 フォルクスワーゲン、ダイムラー、アウディの独3社を親会社とするヒアは、欧米のナビ市場で80%という圧倒的なシェアを持っています。ヒアのパートナーと国内シェア30%の当社が協力すれば全世界をカバーすることも可能です。

 収益は、自動車メーカーへの販売収入と地図更新時の使用料収入です。現在、定期的な更新サービスはナビ1台当たり数万円の売り上げなので、大きなビジネスです。世界で走っているクルマは約10億台。その更新需要の取り込みを狙います。

 

── 新規分野の開拓は。

 

小谷 一つは有機ELの照明(写真)です。フィルムタイプは曲げることができるので、クルマのデザインを重視する欧州自動車メーカーを中心に、テールランプや車内照明に使いたいというニーズがあります。今年6月にはフィルムタイプに強みを持つコニカミノルタと合弁会社を設立しました。

 もう一つは、これまで培った光や音の解析、画像処理の技術を駆使した医療・健康機器です。第1号製品として、光の技術を使った小型血流計を、透析機器大手JMSと共同開発しました。

 

── 今後の戦略は。

 

小谷 技術革新が早い車載機器業界で必要となる開発スピードと、ヒアのような強いパートナーを確保することで、自動運転の世界標準作りの一翼を担いたいです。

(構成=大堀達也・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 通算20年の海外駐在の最初が33歳の時のロンドンです。6年半の間にオーディオの仕入れから、ビデオデッキなどの新商品の企画まで、さまざまな経験が大きな財産になりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 息抜きでよく読むのが佐伯泰英さんの時代小説『居眠り磐音 江戸双紙』。人間としてこうありたい、と思わせる登場人物が魅力です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 週末に仕事やプライベートでのゴルフをしたり、孫の面倒を見たりしています。

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 ◇こたに・すすむ

 1950年生まれ。独協高校、明治学院大学卒業後、75年パイオニア入社。2000年パイオニアエレクトロニクス(USA)社長、03年パイオニア執行役員、07年常務執行役員などを経て08年11月から現職。67歳。

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事業内容:車載機器などの製造・販売

本社所在地:東京都文京区

創業:1938年

資本金:917億3200万円(連結)

従業員数:1万6763人(連結)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:3866億8200万円

 営業利益:41億6700万円

 

目次:2017年11月7日号

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CONTENTS

 

危ない世界バブル

20 金融緩和が招いた「債務中毒」 近づく臨界点に打つ手なし■松本 惇/池田 正史

23 インタビュー 寺島 実郎 日本総合研究所会長 「いつ起きてもおかしくない 『リーマン超え』の危機」

24 官民「2大バブル」 市場への政府介入で膨らむ公的債務 過剰な金融緩和で民間債務も膨張 ■平山 賢一

26 株高・債券高・不動産高の落とし穴 五つのバブル 「HIEER(ヒア)」の恐怖 ■長谷川 克之

29 米欧の資金循環 欧州勢の米社債投資 ユーロ圏金利上昇で逆流も ■吉川 雅幸

30 「米ローン3兄弟」 「自動車」「学生」「クレジット」にリスク ■青木 大樹

32 積み立て不足の米年金 州・地方政府の不足額は1.8兆ドル 株式下落が招く消費低迷とデフレ圧力 ■石原 哲夫

34 「黄信号」のオイルマネー 原油価格低迷に苦しむ産油国 ■畑中 美樹

36 くすぶる中国リスク 米緩和縮小で人民元安圧力 マネー流出で信用収縮も ■宮嵜 浩

38 「欧州発」危機 不良債権処理遅れるイタリア 総選挙で「EU離脱」不安も ■安達 誠司

40 カタルーニャ問題 独立強行なら財政悪化や企業流出 ■大槻 奈那

 

Flash!

13 与党圧勝消費税率上げへ前進/党規約に名を刻み「習時代」/神戸製鋼隠ぺいの「重ね塗り」/訃報西室泰三氏「名門東芝」体現

17 ひと&こと 女性記者過労死「隠ぺい」に記者激怒/業界で際立つトヨタの「威勢」/クイーンズ伊勢丹の次の「転売先」

 

エコノミストリポート

78 人口減少時代への対応 求められる「全世代型」への制度転換 高齢者の「世代内の支え合い」強化を ■山崎 史郎

 

82 回転ずし スシローと元気寿司が統合へ 成長市場「四極化」進む ■鮫島 誠一郎

 

41 出版不況 文庫本貸し出しは「死活問題」 文春社長、図書館に抑制要望  ■編集部

72 エネルギー 日本が狙うLNG供給拠点化 近隣に基地多い横浜港で検討進む ■塩田 英俊

74 香港 大学で相次ぐ「香港独立」ポスター 言論の自由への圧力増大する ■倉田 徹

76 指標金利 2021年に廃止予定のLIBOR 代替指標は透明性が鍵 ■小田切 尚登

84 欧州LGBT事情 ウィーンで進む権利拡大 人権部門やNGOがけん引 ■稲留 正英

 

Interview

4 2017年の経営者 山形 明夫 ホーチキ社長

46 問答有用 松本 秀夫 フリーアナウンサー

 「大失敗した母の介護と父との確執を語ろう」

 

World Watch

60 ワシントンDC 現実路線の側近に耳を貸す? トランプ氏に生じた「安定感」 ■今村 卓

61 中国視窓 緊張する中台の関係 軍事攻撃に備える蔡総統 ■金子 秀敏

62 N.Y./シリコンバレー/英国

63 韓国/インド/フィリピン

64 青島/ロシア/ヨルダン

65 論壇・論調 英で「メイ年内退陣」報道 勢いづくEU離脱強硬派 ■増谷 栄一

 

Viewpoint

3 闘論席 ■佐藤 優

19 グローバルマネー カタルーニャ州「独立」に冷淡な欧州

42 海外企業を買う(163) 舜宇光学科技 ■富岡 浩司

44 名門高校の校風と人脈 (263) 観音寺第一高校(香川県) ■猪熊 建夫

50 学者が斬る 視点争点 地方経済再生の主役は誰か ■江頭 進

52 言言語語

66 アディオスジャパン(75) ■真山 仁

68 東奔政走 テレビが映さぬ街頭演説の現場 「印象」制御に成功した安倍首相 ■山田 孝男

70 出口の迷路(5) 「出口のリスク」は存在しない ■吉松 崇

87 商社の深層(90) 化学品タンク活用ビジネス 物産は生産地、住商は消費地に ■種市 房子

94 景気観測 海外発の景気減速に注意 米中向け輸出に下振れリスク ■枩村 秀樹

96 ネットメディアの視点 紙とネット、二律背反の苦闘 スピード感の落差に稼ぐヒント ■森下 香枝

100 アートな時間 映画 [ローガン・ラッキー]

101        美術 [京都国立博物館 開館120周年記念特別展覧会 「国宝」]

102 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ FANG Stocks ”

 

Market

88 向こう2週間の材料/今週のポイント

89 東京市場 ■隅谷 俊夫/NY市場 ■針谷 龍彰/週間マーケット

90 ブラジル株/為替/穀物/長期金利

91 マーケット指標

92 経済データ

 

書評

54 『ポストキャピタリズム』 『中国「絶望」家族』

56 話題の本/週間ランキング

57 読書日記 ■楊 逸

58 歴史書の棚/海外出版事情 アメリカ

 

53 次号予告/編集後記

 

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