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防災設備を通じ人命と財産を守る 山形明夫 ホーチキ社長

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Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 社名から製品が想像できますね。

 

山形 防災を通じて「人命と財産を守る」という経営理念を掲げ、火災報知機のほか、消火設備を作っています。1918年4月2日に設立し、来年100周年を迎えます。火災報知機は住宅用警報器の設置義務化が2006年に始まり、テレビコマーシャルも流しましたので、知名度はあります。

 

── 野球場でよく看板を見ます。

 

山形 知られていませんが、ドーム球場の消火設備「大規模放水銃システム」を開発しました。火災を感知したら燃えているところを目がけて放水するもので、第1号は東京ドームです。他に名古屋、大阪の各ドーム球場、東京ビッグサイトや幕張メッセといった国際展示場などに設置しています。情報通信分野ではセキュリティーシステムも手がけています。

 

── センサーの仕組みは。

 

山形 主に煙、熱、一酸化炭素(CO)を感知します。米国は全てを一体化したものを求められることがありますが、日本は規格上、それぞれの機能を分けています。例えば厨房(ちゅうぼう)で煙が出やすいところは、COと熱を感知するものにします。

 

── 何台ぐらい出ていますか。

 

山形 一般用、住宅用感知器の台数は国内が232万個、海外が175万個でした。今年は海外の方が多くなるかもしれません。

 

── 情報通信はどんなことをしていますか。

 

山形 一番多いのがセキュリティー分野です。防犯カメラの売り上げ構成が多いです。他の企業にはない事業で、売り上げの約2割を占めています。

 

── 売上高の構成は。

 

山形 売上高(17年3月期)は連結731億円のうち、火災報知設備が69・2%、消火設備12・9%で、防災事業で82・1%を占めます。火災報知設備はビルなど大規模建築物の新築工事で、ゼネコンなど取引先に供給することが多いです。市場は私どもを含めた4社で93%を占めています。

 民間調査機関の調査では、シェアは大規模建築物向けではトップで、住宅用など中小規模の建築物向けでは2位です。

 

 ◇早い海外展開強みに

 

── 生産拠点は。

 

山形 工場は国内が町田(東京)、宮城、茨城で、海外では米カリフォルニア州、英ケント州にあります。

 

── 海外展開はいつからですか。

 

山形 61年にタイへ火災報知機を輸出したのが始まりです。米国へは71年、英国へは86年にそれぞれ進出しました。2012年には英国の受信設備機器メーカーを買収しました。

 海外事業の強化に拍車がかかったのはここ15年ほどです。寡占状態の国内市場で1%の利益を上げるのは大変ですが、海外には伸びしろがあります。

 

── 現地の生産状況は。

 

山形 米、英両国でセンサーを、英国では火災情報の受信機器設備も作っています。英国で買収したメーカーでは、受信機器設備の部品を外注せず、一貫生産しています。人手はかかっていますが、不良品は出さない取り組みをしています。

 

── 他社にない強みは。

 

山形 歴史が長いこともありますが、海外事業の展開を早めに進めたことです。感知器の規格は米国規格と欧州の規格、日本の消防法の規格しかありません。海外事業は現地の規格に合わせて早期に対応することが大切です。私たちは3種類の規格の最も厳しい基準をクリアできる基準を設定しています。海外工場にも適用しているので各国の要望に応えられ、高品質も維持しています。

 

── 売上高に占める海外比率は。

 

山形 海外比率は他社より高く、現在は売上高の14%を占めています。これを20%に引き上げることを目指しています。海外製の低価格の製品はありますが、少々高くても高品質の製品を供給しています。

 

 ◇更新とメンテナンス強化

 

── 他に力を入れていることは。

 

山形 需要がある更新工事に力を入れ始めました。一般機器は大体25年、住宅用は10年サイクルです。これまでは新築工事で競争してきましたが、12年から業績が回復して4年連続増収増益となったのはここが強くなったからです。

 メンテナンスにも力を入れています。今や全体の売り上げの19%を占めるようになりました。メンテナンスによって、安心安全を提供し続けられ、更新の需要にもつながります。製品の開発・販売・工事・メンテナンスと、長期のサイクルに対応して、一度仕事をもらうと、ずっと続けられます。安定した経営基盤になりつつあります。

 

── 未来の防災設備は。

 

山形 海外では避難や弱者に対する考え方が先んじています。日本は非常灯があるぐらいですが、避難指示まで出る報知機のほか、火災発生を感知するだけでなく、さまざまな情報を得られるセンサーも出るかもしれません。

 

── この先どんな会社にしていきたいですか。

 

山形 火災による犠牲者ゼロを目指した世の中づくりに貢献したい。火災で人が亡くなったというニュースを聞くと、痛みを感じます。業務提携やM&A(合併・買収)も考えていきたいですね。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 38歳のときに出先の営業所長になりました。人の少ないところでいかに成果を上げるか、という部署経営を経験しました。転換期だったと思います。それがなければ、今の立場にはいなかったかもしれません。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 酒巻久さんの『ドラッカーの教えどおり、経営してきました』です。1冊でドラッカーの良いところが手軽に読めて感銘を受けました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 1日はプライベートでのゴルフです。もう1日は家族に料理を作ります。酒のさかなになるものが多いです。

………………………………………………………………………………………………………

 ■人物略歴

 ◇やまがた・あきお

 1950年生まれ。宮城県出身。県立石巻高校、東北学院大学工学部卒業後、73年ホーチキ入社。宇都宮営業所長、人事部長、取締役管理本部長、専務取締役海外本部長などを経て2017年6月に社長就任。67歳。

………………………………………………………………………………………………………

事業内容:火災報知、消火、防犯など各設備の製造、販売、施工や保守管理

本社所在地:東京都品川区

設立:1918年4月

資本金:37億9800万円

従業員数:単体1306人(2017年3月末)

業績(17年3月期・連結)

 売上高:731億1800万円

 営業利益:54億1700万円

 

 


特集:危ない世界バブル 2017年11月7日号

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金融緩和が招いた「債務中毒」

近づく臨界点に打つ手なし

 

 日経平均株価は10月24日、16営業日連続で上昇し、終値では約21年ぶりの高値となる2万1805円17銭を記録した。「国民所得倍増計画」を打ち出していた1961年の池田勇人内閣時代の14営業日連続を超え、戦後最長記録を更新した。衆院選で与党が大勝し、財政政策と日銀の大規模な金融緩和によるアベノミクスの継続を見込んだ海外投資家などの買いが広がったためだ。

 

 ◇日本株に「表層雪崩」懸念

 

 東京証券取引所の投資部門別売買動向によると、9月第4週(9月25~29日)から10月第2週(10月10~13日)まで海外投資家の買い越しが3週連続で続いている。国際金融市場に詳しい豊島逸夫・豊島&アソシエイツ代表は「大金融緩和時代の終わりに日銀だけが金融緩和を続けているのは投資家にとって希少価値があり、海外投資家が日本株を買っている」と分析する。

 

 豊島氏は現在の日本の株式市場を、「根雪」と「新雪」に例える。根雪の部分は、日銀が上場投資信託(ETF)を年6兆円買い入れていることや米年金などの長期投資の資金が入っている一方、新雪はヘッジファンドなどの短期的な買いだ。現在の株高は新雪であるヘッジファンドの一時的な買いが招いているものだと言い、「表層雪崩が起きる可能性がある」と話す。

 

 また、根雪の部分にも不安がある。日銀のETF買いによる株価の下支えは「官製相場」の面があり、今後、金融引き締めに向かえば、買い入れ額を縮小する可能性もある。「今の日本の株式市場は日銀依存症。そういう意味では、リーマン・ショック時よりも今の方が株式市場の脆弱(ぜいじゃく)性は大きい」と指摘する。

 

 4~9月期の決算発表で企業の業績予想引き上げが増えるとの期待も株高の一因と言われるが、豊島氏は「企業業績や日本株の割安感で正当化できるのは2万円まで。今の価格はバブル的な要素がある」と言う。根雪と新雪が同時に崩れれば、前代未聞のショックに見舞われる可能性も否定できない。

 ◇リーマン前を超えた米株

 

 米国市場ではダウ工業株30種平均の過去最高値の更新が続くなど、世界的にも株高な状況が起きている。

 6月末の米民間企業(金融機関以外)の株式時価総額は対GDP(国内総生産)比で131%となっており、2008年のリーマン・ショック前のピーク時(110%)を超え、過去最高だったITバブル時(151%)に迫る勢いだ。

 経済成長の規模以上に株価が上昇していることになり、野村アセットマネジメントの榊茂樹チーフ・ストラテジストは「6月以降も米株価は上昇しており、さらに割高感は高まっている」と話す。米株もまた、バブルに突入している。

 

「慢心は過ちだ」。10月12~13日に米ワシントンで開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の議長を務めたドイツのショイブレ財務相は、終了後の記者会見でこう語り、世界経済の安定から市場に広がる楽観論に警鐘を鳴らした。

 

 先行きのリスクとして考えられるのは、米欧の中央銀行が金融緩和を予想外に早く縮小した場合、世界にあふれる「緩和マネー」が逆流し、新興国経済が打撃を受け、それが先進国にも波及する可能性だ。米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ前議長が13年5月にテーパリング(量的緩和の縮小)の方針を示した際には、米国の長期金利が急上昇し、金融市場に混乱が起きた。

 

 FRBのイエレン議長は来年2月に任期を迎える。次期議長が今年10月に開始した資産縮小を急激に進めれば、「バーナンキ・ショックの再来が考えられる」との見方も出ている。

 

 リーマン・ショック以降、日米欧中の中央銀行の総資産は大規模な金融緩和政策により約20兆ドル(約2250兆円)となり、世界の債務総額は16年末時点で、世界のGDP(約75兆ドル=約8400兆円)の2倍超となる約160兆ドル(約1京8000兆円)にまで膨張した。

 

 

過去10年間の世界の債務膨張率は63%に上り、GDP成長率の29%を上回る。マネックス証券の大槻奈那チーフ・アナリストは「低金利が続いたことで延命している脆弱企業も多い。金融政策が正常化されれば、そうした企業が淘汰(とうた)されてもおかしくない」と分析する。

 

◇危ない2018年

 

 同志社大学大学院の浜矩子教授は現在の世界経済を「債務中毒」と表現する。金融緩和政策により「世界経済の金融化」が進んでおり、「実物経済とは比べるべくもない規模で債務が膨らんでいる。FRBの資産縮小に加え、ECB(欧州中央銀行)のテーパリングも始まる可能性がある18年は危ない」と見る。

 

 金融ショックが起きた時の対処が難しいことも問題だ。ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次チーフエコノミストは「リーマン・ショック直後は中国が4兆元(約60兆円)の経済対策をしたことで世界経済を救った。だが、リーマン以降、世界の先進国で財政政策や金融緩和が積極的に進められてきたことで、現在は何かをきっかけにショックが起きた時に対応できる国がない」と指摘する。

 

 好調と見られている米国経済にも落とし穴がある。09年7月に始まった米国の景気拡大局面は今年7月で9年目に突入。戦後の景気拡大期間の平均を上回っており、いつ景気後退局面に入ってもおかしくない。大和総研の児玉卓・経済調査部長は米国の景気拡大局面が続いている要因について「トランプ政策の不発による『速すぎない成長と低インフレ』の組み合わせで実現している面がある」と指摘する。

 

 だが、ここにきてトランプ氏が公約としていた税制改革案が動き出した。与党・共和党と折り合ったトランプ政権は9月末、法人税率(連邦税)を現在の35%から20%に引き下げることを柱とする税制改革案を発表。今後、この税制改革案が実現することになれば、米国の経済成長速度が増す可能性がある。児玉氏は「米国は完全雇用に近い状態で、景気拡大局面が成熟しており、今の焦点はいかに景気拡大を細く長く続けられるか。このままならあと2年くらい持つが、景気拡大が加速してしまうと、18年中に後退局面を迎える可能性がある」と分析する。

 

 信用力の劣る企業が発行する高利回りの社債であるハイイールド(低格付け)債の発行急増や世界的に割高な不動産などの「5つの恐怖」(詳細は本誌)、米国の自動車・学生・クレジットカードの「3ローン」の膨張(詳細は本誌)も不気味な予兆だ。米国との緊張が高まる北朝鮮問題や、トランプ政権によるイランとの核合意破棄などの地政学リスクもあり、何をきっかけに金融ショックが誘発されるか分からない。だが、そのマグマは間違いなく臨界点近くまでたまりつつある。大規模な金融緩和がもたらした「借金バブル」は、いつ世界経済に激震を起こしてもおかしくない。

(松本惇・編集部)

(池田正史・編集部)

 

週刊エコノミスト 2017年11月7日号

定価:620円

発売日:2017年10月30日


紙とネット、二律背反の苦闘 スピード感の落差に稼ぐヒント=森下香枝・AERAdot.編集長

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 オールドメディアの代表格とされる出版社のウェブ戦略ほど「不毛なものはない」と言われる。もともと紙とインターネットは、二律背反のようなものだからだ。

 

 週刊誌など雑誌メディアは年々、広告の売り上げをインターネットメディアに食われ続け、スマホの登場でサクサクサクと片手でヤフーニュースなどの記事を読める時代となり、どこも雑誌の売り上げ減になかなか歯止めがかからない状態が続いている。

 

 記者としての大部分を新聞や雑誌で過ごし、オールドメディアに属する私だが、この4月から朝日新聞出版が運営するネットメディア「AERAdot.」と「週刊朝日」という二律背反の世界を行き来することになった。なぜかというと、売り上げ減を補う稼ぎを考えろといわれ、雑誌とネット編集部を一体化して効率よく稼ぐという新規事業を会社に提案。「じゃあ、やって」となったのだが、悪戦苦闘の連続だった。

 

「週刊朝日」は今年で創刊95周年という日本最古の週刊誌。一方の「AERAdot.」(旧名dot.)はこの10月に5周年を迎えたばかりのネットメディアで、「週刊朝日」「AERA」からの記事を一部転載したり、オンライン限定の芸能、スポーツ記事を細々と配信したりしていた。

 

 紙とデジタルでは文化も違い、両編集部はほとんど交流もなかった上、サイトを立ち上げた先代の編集長は昨秋、早期退職。跡を引き継ぐ形で、残された2人のデジタル部員に記事登録、ネット配信のやり方などを教えてもらいながら、「AERA」から新たに加わった編集部員と、「いい病院ランキング」「大学ランキング」など新たな企画やカンニング竹山さんのコラムといったオンライン限定の記事を増やすなどサイトのリニューアルに取り組んだ。

 

 ◇ネットで読めると売れない?

 

 PV(ページビュー、サイトがどのくらい閲覧されているかを測る指標で、獲得できる広告の目安となる)稼ぎに一喜一憂する毎日が続く。

 

 ニュースサイトの運営方法は、大きく分けて会員制有料型、無料広告型になるが、「AERAdot.」は後者なので、PVが減れば、連動して広告も減り、たちまちマネタイズが難しくなる。

 

 世帯の小さい出版社で会員型、無料型のどちらがいいか、という結論はまだ出ていないが、無料型の場合、配信した記事がヤフーなど多媒体へ飛んで拡散し、今現在どれぐらいの人に読まれているか、瞬時にわかる。千から万へと爆発的に数字が伸びていく様子もスマホなどで見ることができ、そのスリリングさは病みつきになる。

 

 同時に、毎週火曜日に出る「週刊朝日」のデスクとして先の総選挙など政治、ニュースなどの特集記事のゲラを回し、毎号の雑誌の売り上げを聞かされては、一喜一憂する日々も送る。

 

 当初は週刊誌の記事の一部をネットに出せば、売れなくなると怒られ、PVと雑誌の売り上げのどちらを優先すべきかと悶々(もんもん)とすることもあった。

 

 しかし、ネットと紙では読者層が基本的に違う。記事がネット上で読まれるようになると、相乗効果で雑誌も売れ、手応えを感じた記者たちがネット限定記事を積極的に出してくれるようになり、何とか6月には月間7780万PVを獲得するなど、この半年平均でPVを以前の2倍以上に伸ばすことができた。

 

 二足のわらじを履き、新旧メディアの特徴やスピード感の違いを毎日、観察しながら、この落差にこそ、実は共存共栄で稼ぐヒントがある──。そんな確信を強めている。

 

https://dot.asahi.com/

森下香枝・AERAdot.編集長

もりした・かえ◇1970年生まれ。「週刊文春」記者を経て2004年、朝日新聞入社。東京社会部記者を経て「週刊朝日」記者、副編集長。17年4月より「週刊朝日」と兼務で現職。著書に『グリコ・森永事件「最終報告」真犯人』など。


*週刊エコノミスト2017年11月7日号掲載

週刊エコノミスト 2017年11月7日号

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定価:620円

発売日:2017年10月30日

 

危ない世界バブル

 

金融緩和が招いた「債務中毒」

近づく臨界点に打つ手なし

 

 日経平均株価は10月24日、16営業日連続で上昇し、終値では約21年ぶりの高値となる2万1805円17銭を記録した。「国民所得倍増計画」を打ち出していた1961年の池田勇人内閣時代の14営業日連続を超え、戦後最長記録を更新した。衆院選で与党が大勝し、財政政策と日銀の大規模な金融緩和によるアベノミクスの継続を見込んだ海外投資家などの買いが広がったためだ。

 

 東京証券取引所の投資部門別売買動向によると、9月第4週(9月25~29日)から10月第2週(10月10~13日)まで海外投資家の買い越しが3週連続で続いている。国際金融市場に詳しい豊島逸夫・豊島&アソシエイツ代表は続きを読む

 


「出口のリスク」は存在しない=吉松崇〔出口の迷路〕金融政策を問う(5)

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日銀が赤字を計上したり、債務超過に陥ったりすることを懸念する声があるが、仮にそうなっても心配する必要はない。

 

(吉松崇・経済金融アナリスト)

 2013年4月に導入された「量的・質的金融緩和」により、日銀が年間およそ80兆円のペースで国債の買い入れを行った結果、その保有資産が大きく拡大している。この巨大化した資産により、インフレ目標が達成されると日銀が大きなリスクを抱えることになる、という懸念が最近喧伝(けんでん)されるようになった。量的金融緩和の「出口のリスク」である。

 

 日銀がインフレ目標を達成した段階では、市場の名目金利も上昇しているはずである。そうすると、日銀は保有する国債に大きな含み損を抱えることになる。たとえ日銀が国債を売却しないとしても、資産に対するバランスシート上の負債サイドである当座預金(超過準備)に市場金利を支払う必要が生ずる。この金利は、日銀が既に購入した国債から受け取る金利収入を大きく上回ることが予見できるので、日銀の経常利益が経常損失に転じる。

 

 場合によっては、日銀が債務超過に陥ることも考えられる。日銀はこれまでの決算で、将来の損失に備えてある程度の引当金を計上してはいるものの、これで果たして十分なのかという懸念である。

 

 結論を先に述べれば、このような日銀の「出口」に関する懸念には根拠がない。仮に、日銀が債務超過になったとしても問題は生じない。日銀の自己資本には、何ら経済的な意味がないからである。それを説明したい。

 

 日銀のバランスシートはこの4年半で165兆円から500兆円余りへと拡大している。日銀が量的緩和により市中から国債を購入するとき、その代金は国債購入の相手先である銀行が日銀に有する当座預金に振り込まれる。日銀は、国債の購入のような金融市場操作であれ、経費の支払いであれ、相手先の銀行の当座預金に貸方記帳するだけで取引が完結する。言い換えると、日銀は制約なく自らの負債を創造できる。これが中央銀行の特権である。

 

 それができるのは政府から独占的に通貨発行権を認められているからだ。日銀はその見返りに、通貨発行益を政府に納付している。具体的には、日銀は購入した国債からの金利収入を享受し、日銀当座預金に設定した金利を支払っている。例えば、17年3月期の日銀保有の国債の加重平均利回りは0・301%であり、これに対し、法定準備を超える日銀当座預金(超過準備)の一部に対し0・1%の利息を支払っている。この利ざやが生む経常収益が通貨発行益(シニョレッジ)に他ならない。

 

 ◇シミュレーションで検証

 

 これらの理解を前提に、将来の日銀の「経常損益(ただし為替レートの影響を除いたもの)」のシミュレーションを行ってみる。

 

 

 2年後の19年3月期の終わりに2%のインフレ目標が達成されると仮定し、その時点までは現在の枠組みのもとで国債の購入が継続されると想定している。購入額は現状とほぼ同じペースの年間60兆円とする。

 

 2%目標を達成後、政策金利が徐々に引き上げられるが、現在「出口政策」を実行している米連邦準備制度理事会(FRB)の実施テンポを見ても、引き上げのペースは非常にゆっくりだ。そこから類推して、シミュレーションでは、(1)2年間で1・5%まで引き上げてその後は安定、(2)その後更に1年間で1%引き上げて2・5%で以後は安定、の二つのケースを想定した。

 

 

 図はその結果を表したグラフである。政策金利の引き上げが始まる21年3月期以降、経常損益がいずれのケースでもマイナスとなる。ケース(1)では、21年3月期から28年3月期の8年間で累計10兆5560億円の赤字、ケース(2)では同じく8年間で累計16兆3570億円の赤字を計上する。

 

 一方、保有する長期国債の大半が償還されたのちの29年3月期以降は経常損益が再び黒字に転換する。とりわけ、超過準備が消滅して準備預金への金利支払いがなくなる32年3月期以降は年間約2兆円の黒字となる。

 

 日銀の17年3月末時点での自己資本は7兆8474億円である。18年3月期以降も引当金積み増しを行うと予想されるが、シミュレーションが示すとおり、インフレ率が目標を超えて大きく上昇して厳しい引き締めが必要となるような事態では、日銀が債務超過に陥ることも考え得る。そのような場合、政府による損失補てんが必要なのだろうか?

 

 この問題を考えるために「政府が日銀に資金贈与を行うに当たり、その所要資金を国債の発行で賄い、これを全額日銀が引き受ける」という思考実験を行ってみる。この「贈与」は日銀の特別利益となり、累積損失の解消に充てるものとする。

 

 この時、日銀のバランスシートの資産と自己資本が贈与額だけ増加し、累積損失は解消される。更に、この時点以降、日銀が引き受けた国債の利子収入だけ、日銀の経常収入が増加するが、これに対応して費用が増加することがないので、国債の利子収入と同額が日銀の経常利益増となり、税と国庫納付金により政府に還流する。

 

 この取引を政府の側から見ると、確かに日銀の累積損失額に見合う国債が追加発行されてはいるが、その支払利息は日銀から全額政府へ還流するので、発行コストがゼロである。したがって、政府は制約なしに日銀を支援することができる。なお、国債には満期があるが、この目的で発行した国債の満期時には日銀のバランスシート上で同額を継続的に借り換えていけばよいだけである。

 

 ◇債務超過はいずれ解消

 

「日銀による国債の引き受け」というと、それだけでインフレが制御不能になるのではないかと心配する人が出てくるだろうが、そのような心配は、このケースでは当てはまらない。「日銀の国債引き受けがインフレを招く」というのは、その資金が財政支出として民間部門に流出し、民間の経済活動を刺激するからである。一方、この「思考実験」では、日銀の国債引き受けに伴うキャッシュフローは、政府と日銀の間を行き来するだけであり、民間部門に流出することがない。この取引は、民間の経済活動に影響を与えないので、それ自体はインフレ的でもデフレ的でもない。

 

 シミュレーションが示す通り、2%インフレの定常状態が実現すれば、日銀の経常利益は現在の経常利益よりもはるかに大きなものとなる。これにより、日銀の債務超過はいずれ解消する。

 日銀は資金制約なく取引を遂行でき、取引の相手方からみれば、信用リスクを心配する必要がない。日銀の取引相手方が日銀の信用リスクを心配する必要がないのだから、日銀の自己資本にそもそも経済的な意味はない。万一、日銀が債務超過に陥っても、これを放置しておいて何の問題も生じない。

 一方、すでに述べた通り、政府はゼロコストで日銀の自己資本を補てんすることができるが、そもそもゼロコストで資金支援が可能であるという事実が、日銀の自己資本が経済的に無意味であることを示している。

(吉松崇・経済金融アナリスト)

◇よしまつ・たかし

 1951年生まれ。74年東京大学教養学部卒業。79年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、米リーマン・ブラザーズ証券などに勤務。経済金融アナリスト。著書に『大格差社会アメリカの資本主義』、『アベノミクスは進化する』(原田泰、片岡剛士と共編著)など。


*週刊エコノミスト2017年11月7日号掲載

特集:爆走EV 2017年11月14日号

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 10月24日開幕した東京モーターショーで、自動車メーカーの多くが派手なデザインのコンセプトカー(試作車)を競う中、地味なデザインながら専門家の目を引いたのが、独フォルクスワーゲン(VW)が12月に市場投入するEV「e─ゴルフ」だ。

 

 ゴルフは同社の人気モデル。日本にもユーザーが多い。e―ゴルフを最前面に展示したVWの姿勢からは、同社のEVにかける「本気度」がうかがえた。

 

 ◇中国でVWと日産が激突!

 

 そんなVWが攻勢をかけているのが世界一の自動車大国、中国だ。年間400万台のVW車が売れる“ドル箱”市場である。

 中国の自動車販売台数は、2800万台。しかも、中国ではこれからマイカー購入意欲が高い中間所得層が急増中だ。

 

 可処分所得が1万ドルを超える世帯が2016年の1億3500万人(全体の10%)から、30年前後には4億4000万人(同35%)に拡大し、この層が買う最初の1台は、購入補助金など国策の後押しも加わることで、低価格EVになる可能性が高い。

 

 中国政府は9月末、「乗用車企業の燃費規制及びNEV(新エネルギー車)規制」を打ち出した。NEVはEVやプラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)である。19年から年間生産・輸入台数に占めるNEVの割合を10%とするよう罰則付きで義務付けた。

 

 VWは、EVに今後5年で60億ユーロ(約8000億円)を投資する計画だ。25年のEVの世界販売目標を300万台と定め、その半分の150万台を中国で売るとしている。30年までにVWグループの全車種をEV化する方針だ。VWは8月、中国自動車大手の安徽江淮汽車(JAC)とEV合弁会社設立を発表した。

 

 VWと、中国で直接、激突するのが日産自動車・ルノー連合だ。中国自動車大手「東風汽車集団」と合弁でEV開発の新会社「eGT・ニュー・エナジー・オートモーティブ(eGT)」の設立を発表。19年から東風の工場で生産を始める計画だ。特に累計生産が50万台を突破したEV「リーフ」を持つ日産の開発能力に期待がかかる。

 普及が見込まれる低価格EVでは、中国BYDはじめ地場メーカーがリードしている。16年のEV販売24万台のほどんどが中国車で、VWや日産も甘く見ていては割って入れないだろう。中国の巨大なEV需要の取り込みを狙い、開発合戦の激化は必至だ。

 

 ◇米国はテスラ包囲網

 

 中国と並ぶ巨大市場は16年の自動車販売台数が1700万台の米国だ。狙うのはダイムラーとBMWのドイツ勢。米国向けEVは中国と違い高級モデルが主戦場となる。この領域には、すでにテスラという先行開拓者がいる。テスラは、今年上半期だけで米国を中心に4万7000台を販売、高級EVでブランドを築いている。7月には最新の「モデル3」を投入し、欧州勢を引き離しにかかる。

 

 ダイムラーは主力の米アラバマ州の工場に10億ドル(約1000億円)を投じ、22年までにEV10車種を投入する計画を発表。BMWは主力の「iシリーズ」でEVモデルを投入済み。得意の高級スポーツ車では新型「i8」で“打倒テスラ”を目指す。独3強はいずれもEV専用のプラットフォーム(車体基盤)の開発を開始するなど、EVに本腰を入れている。

 

 米国の自動車大手も、EVで反撃の狼煙(のろし)を上げた。ゼネラル・モーターズ(GM)は「シボレー」ブランドのEV「ボルト」を投入済み。23年までにEV、FCV合わせ23車種を販売する。

 

 19年後半に小型EV「フォーカス」を投入予定のフォードは、20年までにEV関連で45億ドル(約4500億円)の巨額投資を行うと発表した。フォードは中国でもフォーカスを生産し、25年までに中国での販売比率を7割まで引き上げるとしている。

 

 米国で自動車規制を主導しているのはカリフォルニア州だ。走行時に二酸化炭素(CO2)を排出しないゼロエミッション車(ZEV)の販売をメーカーに課す「ZEV規制」を18年から強化した。しかも、ZEVには通常のハイブリッド車(HV)は含まれず、事実上EVかPHVの二者になる。

 

 目標台数に満たない場合は、中国と同様、罰金を支払うか、目標台数を達成した他社から「CO2排出枠」を買い取ることで補わなければならない。

 

 ◇トヨタの逆転の目

 

 欧米各社が2大市場でEVシフトを急ぐのは、EVが将来の「メシの種」だからだ。「欧州勢はEVシフトに前向きだ」と指摘するのは、欧州自動車業界に詳しいジャーナリストの川端由美氏だ。米中の規制強化を受けてEVにかじを切ったのは確かだが、それなりの需要があると各社は見ているという。

 

 『週刊エコノミスト』編集部が各種調査機関へのヒアリングを基に推計したところ、自動車大手のEVシフトにより、16年に約42万台だったEVの世界販売は、2030年までに約637万台にまで拡大する可能性がある。大手シンクタンクのデロイトトーマツコンサルティングによると、EVとPHVを含むZEVの販売台数は50年には全体の85%を超えると予測する。EVがクルマの主流になる時代がやってくる。

 急速に進むEVシフトに取り残された巨人が日本のトヨタ自動車だ。EVの実用車が1台もなく、欧米勢や日産に大きく後れを取っている。エレクトロニクス(電子工学)に強い部品メーカーのデンソー、マツダの3社で共同設立したEV新会社「EV C・A・スピリット」で巻き返しを図るが、取り組みは緒に就いたばかりだ。

 トヨタが遅れた背景には大成功したHVへの固執があるとの見方が強い。優れた燃費性能を発揮するプリウスは、今年2月に世界累計販売台数が1000万台を突破した。「まだまだHVで戦いたいのがトヨタ技術陣の本音だ」(自動車業界誌記者)。マツダ、デンソーとの新会社も「一向にEVへの熱が上がらない開発陣に対し、豊田章男社長がしびれを切らして力技で話を進めたと聞く」(業界関係者)。

 

「トヨタがHVで培った技術力があれば、まだ十分追いつける」(業界アナリスト)との見方もある。EVの性能を決める重要技術の一つにバッテリーマネジメント(電池制御技術)がある。バッテリーの出力を細かくコントロールすることで走行性や燃費性を上げる。「欧州メーカーがHVよりもディーゼル車に力を入れたのは、トヨタの高度な技術をまねするのは不可能との判断があった」(同)。トヨタの電池制御技術はEVにも応用できる。

 

 もう一つ、EVの航続距離を飛躍的に伸ばすと期待される「全固体リチウム電池」の開発を東京工業大学と進める。トヨタは20年代前半の市場投入を目指しているとの報道もあり、実現すれば強力な武器になる。

 

 世界は予想以上の速さでEVへと動いているが、全個体という新型電池投入までに、欧米勢との差を埋めることができれば、デンソーを加えたトヨタ連合に勝機が見えてくるかもしれない。

 

◇大手部品も虎視眈々

 

 最近、マティアス・ミュラーVWグループ会長をはじめ欧州メーカーのトップに取材した川端氏によれば、現在、世界で走っているクルマ7000万台が、25~30年に1億台まで拡大するとき、上乗せ分の3000万台はEVを含む電動車になるとVWグループは見ている。

 

「内燃機関車はほぼ横ばいでそのまま残る上に、現在ゼロに近い電動車が約3分の1を占める。その経済効果は非常に大きい」(川端氏)。

 

 そうした経済効果の恩恵を最も受けるのが、「メガサプライヤー」と呼ばれる大手自動車部品メーカーだ。部品大手は、完成車メーカーが開発・製造を「外出し」し、自らは手がけてこなかったクルマの電気・電子部品を供給してきた。EVシフトにより車載電気部品の市場には大きなビジネスチャンスが訪れている。25年に300万台のEV生産目標を打ち出したVWが、新たに買い付けるEV関連部品だけを考えても、膨大な金額になるだろう。

 

 車載部品市場では、ボッシュ、コンチネンタル、ZFの独3社とカナダのマグナ、日本のデンソーが世界5強だ。特に電動化技術で先進的な取り組みをしているのがコンチネンタルだ。同社はモーターやインバーターなどEVの基本部品のほかに、非接触充電を自動駐車技術と組み合わせたEVの自動充電システムなど、インフラ系も含めた製品開発を行う。すでに実用化レベルの製品も多く、「電動化だけを見ればトップ」(外資系アナリスト)。

 

 一方、ZFのように内燃機関車の駆動系には強いが、電動車関連部品が少ない企業も、急速に投資を加速させている。ZFはBMW車の駆動系のモーターを手がけており、EV関連でのシェア拡大を目指す。

 

 日米欧のほとんどの完成車メーカーと取引がある世界最大手ボッシュは、EV向けバッテリーに注力中だ。開発には日本のGSユアサや三菱商事も協力している。マグナもEVを専門とする事業部を新設、GMに部品を供給している。

 

 日本勢では、デンソーがEVに不可欠のモーターの制御技術や部材に強みを持つ。9月、トヨタ、マツダとの新会社EV C・A・スピリットに参画し開発を本格化させる。

 

 パナソニックがEV向けバッテリー世界首位に立つ。テスラへの電池供給を独占している。1月にはテスラと共同で米ネバダ州に巨大電池工場「ギガファクトリー」を開設した。バッテリーの出力を制御する半導体技術や自動運転向けのセンサーも手がけ、車載分野の事業規模は18年度に2兆円超えが確実視され、メガサプライヤーと肩を並べる。テスラ以外のメーカーの64車種にも供給が決まっている。

 EV戦国時代が始まっている。

(大堀達也・編集部)

(成相裕幸・編集部)

週刊エコノミスト2017年11月14日号

特別定価:670円

発売日:2017年11月6日


目次:2017年11月14日号

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爆走EV 電気自動車 GOGO

20 巨大市場狙う欧米勢 追撃トヨタの正念場 ■大堀 達也/成相 裕幸

25 独ビッグ3の野望 EV専用の車体で生産拡大 ■遠藤 功治

26 競争力の源泉「パジャマクラブ」とは? ■編集部

27 排ガス不正が発端 欧州をEVに走らせたディーゼルの失墜 ■阿部 暢仁

28 価格は下がる 20年代後半に“お買い得”に ■阿部 暢仁

30 最新!EV時代を勝ち抜く 電池 モーター 半導体 構造材料 60社 ■澤砥 正美/和島 英樹/服部 誠/編集部

33 インタビュー 篠原 幸弘 デンソー常務役員 「電動化は得意分野を生かすチャンスだ」

34 中国・インドの巨大市場 “地の利”生かす地場メーカー ■貝瀬 斉

36 ベンチャーにも勝機 タイで小型EV量産狙うフォム ■編集部

  世界で初めて成功 走行しながら充電する技術 ■編集部

37 自動運転+EV 欧州でバスが実用段階に ■野村 宗訓

38 EVに必要な電力政策 電源構成が普及の鍵握る ■町田 倉一郎

40 負け組からの脱却策 ホンダのつまずき 中堅4社は「トヨタ頼み」 ■野元 政宏

 

エコノミスト・リポート

82 結婚とお金 ドラマ「逃げ恥」が示した家事労働の経済価値 ■是枝 俊悟

 

Flash!

13 神戸製鋼データ改ざん/スバルも無資格検査/ECBが金融正常化へ一歩/毎日アジアビジネス研究所設立

17 ひと&こと 創業者の株主提案とセクハラ疑惑/日本医師会会長選で対立候補も/サントリー社長交代が視野に

 

Interview

4 2017年の経営者 米浜 和英 リンガーハット会長兼CEO

50 問答有用 内山 昭一 昆虫料理研究家

  「セミを食べてまずいと言った人はいません」

 

種子が危ない ■石堂 徹生/編集部

86 種子法廃止が招く日本のコメの“緩慢な死”

88 コメの種子生産 混入はご法度、品質維持に手間2倍

89 スピード廃止の内幕

90 世界の種子市場 バイオメジャー再編の理由

92 種子にまつわるQ&A

94 モンサント農場 日本は実はGM輸入大国

95 インタビュー 日本モンサント 「日本に市場性を見いだしていない」

 

80 新連載 国会議員ランキング (1) 「三つ星議員」勝率は82% ■磯山 友幸

 

42 実績 米大統領、公約実現はわずか1割 ■安井 明彦

78 個人情報 米国が新たな個人IDの導入へ ■山崎 文明

 

World Watch

64 ワシントンDC アマゾンがロビー活動加速 ■三輪 裕範

65 中国視窓 モバイル決済利用が5億人 ■真家 陽一

66 N.Y./カリフォルニア/スウェーデン

67 韓国/インド/ミャンマー

68 上海/ブラジル/ソマリア

69 論壇・論調 独金属労組が「週28時間労働」要求 ■熊谷 徹

 

Viewpoint

3 闘論席 ■古賀 茂明

19 グローバルマネー 「自・公」圧勝の裏に潜む三つの不安定要素

44 福島後の未来をつくる(58) 活断層評価の基準改定を ■立石 雅昭

46 海外企業を買う(164) ニューズ・コーポレーション ■清水 憲人

48 名門高校の校風と人脈(264) 市川高校(千葉県) ■猪熊 建夫

54 学者が斬る 視点争点 訪日観光客の統計は2割過大 ■飯塚 信夫

56 言言語語

70 アディオスジャパン(76) ■真山 仁

73 商社の深層(91) 非効率な「昭和の仕事様式」 ■種市 房子

74 東奔政走 「都市リベラル」の空白域を突いた立憲民主党 ■人羅 格

76 出口の迷路 (6) インパール作戦から早く撤退を ■熊野 英生

102 景気観測 世界の設備投資は来年前半まで伸びる ■足立 正道

104 ネットメディアの視点 候補者として戦ったSNS選挙 ■山田 厚史

108 アートな時間 映画 [ザ・サークル]

109        舞台 [国立劇場11月歌舞伎公演]

110 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ Glass Ceiling ”

 

Market

96 向こう2週間の材料/今週のポイント

97 東京市場 ■三宅 一弘/NY市場 ■堀古 英司/週間マーケット

98 欧州株/為替/原油/長期金利

99 マーケット指標

100 経済データ

 

書評

58 『東京五輪後の日本経済』

  『いかにして民主主義は失われていくのか』

60 話題の本/週間ランキング

61 読書日記 ■荻上チキ

62 歴史書の棚/出版業界事情

 

57 次号予告/編集後記

 

 

週刊エコノミスト 2017年11月14日号

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特別定価:670円

発売日:2017年11月6日

 

爆走EV GoGo

 

巨大市場狙う欧米勢

追撃トヨタの正念場

 10月24日開幕した東京モーターショーで、自動車メーカーの多くが派手なデザインのコンセプトカー(試作車)を競う中、地味なデザインながら専門家の目を引いたのが、独フォルクスワーゲン(VW)が12月に市場投入するEV「e─ゴルフ」だ。ゴルフは同社の人気モデル。日本にもユーザーが多い。e―ゴルフを最前面に展示したVWの姿勢からは、同社のEVにかける「本気度」がうかがえた。

 

 ◇中国でVWと日産が激突!

 

 そんなVWが攻勢をかけているのが世界一の自動車大国、中国だ。年間400万台のVW車が売れる“ドル箱”市場である。続きを読む



特集:やりくり上手はあの自治体 2017年11月21日号

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「もしもの備え」16年度速報値

十分水準の積み立ては2割未満

 

 12月は地方自治体にとって勝負の月である。次年度の地方税制・財政の枠組みを決める地方財政対策、通称「地財(ちざい)対策」が大詰めを迎えるのだ。今年話題の一つとなっているのが、各自治体で予算とは別枠で積まれた「21兆円の基金」だ。

 

「国の財政状況が悪化している中でも、地方では剰余金を積み立てている」という批判は、これまでも財務省側から陰に陽に、地方財政を所管する総務省や自治体に投げかけられてきた。国税などを原資として自治体に配分する交付税を少しでも減らしたい、という財務省の思惑が透けて見える。今年は5月に経済財政諮問会議で民間議員が「新たな埋蔵金と言われかねない」と批判したことで一層の注目を集める。果たして、自治体は過剰に基金を積み立てているのだろうか。

 

 基金には(1)急激な歳入減・突発の歳出増に備えて積み立てる「財政調整基金」(2)将来の借金返済(地方債償還)に備えて積み立てる「減債基金」(3)その他、庁舎建て替えなど個別用途に備えて積み立てる「特定目的基金」の3種類がある。このうち、多くの自治体で重視しているのが財政調整基金だ。

 

 ◇都市部で高く

 

 表1~3は、財政調整基金が各自治体の財源規模に占める割合を示したものだ。算定に使った「標準財政規模」とは、地方財政独特の用語。「人口○人のこの自治体で標準的な行政運営をすれば、このぐらい見込めるだろう」という財源額を示したものだ。「一般財源」が現実に組んだ予算に基づく数字なのに対して、標準財政規模は仮想の一般財源規模である。

 

 標準財政規模に占める赤字比率が5%(市町村では20%、東京都は別途設定)に達すると、破綻状態である「財政再生団体」に転落し、行財政運営に厳しい制約が課せられる。財政再生団体に転落した北海道夕張市が、公立学校統廃合やごみ収集有料化を余儀なくされたのは記憶に新しい。

 

 本誌ではこれを逆算して、不測の事態があっても、即財政再生団体に陥らない水準かを調べた。具体的には、標準財政規模に占める財政調整基金の割合が5%(市町村では20%)以上かを見た。5%以上あれば、仮に標準財政規模に占める歳入不足が5%になっても穴埋めできるからだ。

 この水準をクリアしたのは、都道府県では東京都や大阪府など14都府県▽政令指定都市(人口50万人以上)では大阪市のみ▽中核市(同20万人以上)では豊田市など4市にとどまった。「埋蔵金」とは指摘されたが、少なくとも財政調整基金については十分な積立額とは言い難い。

 

 明らかになった数字は、自治体の置かれた立場や首長の考え方を反映する。積立額が大きい東京都や豊田市は、地元に大手企業が立地しており、税収の多くを、年度ごとのぶれが大きい法人2税(法人住民税、法人事業税)に頼っている。東京都財務局は「景気変動が大きい不安定な財政構造なので、財源が著しく減る事態に備えた」と説明する。

 

 一方で、京都市は残高がゼロ。円高で地元メーカーの業績がふるわず税収が減ったために基金を取り崩した結果だ。都道府県で随一の低さの京都府は「限られた財源を有効活用するため」(財政課)だ。

 

 富山県は財政調整基金だけを見れば低いが、「他の基金とも合わせて標準財政規模の5%程度を目標にしている。現在はこのレベルを確保している」(財政課)。財政当局者には「財源規模の5%」(市町村は20%)というラインが頭の隅にあるようだ。

 

 財政調整基金はいくら、あるいは何割積まなければいけないという全国一律の基準はない。だが、独自基準を設けている自治体は多い。

 

 基金への疑問が高まったのを機に、総務省は11月7日に自治体の基金実態調査を公表した。この中で「何を基準に積立額を決めているか」を都道府県に尋ねたところ、「過去の取り崩し実績(災害等)から必要と算定した額」34%▽「決算を踏まえて可能な範囲で」34%▽「財政指標(標準財政規模、一般財源規模など)の一定割合」31%──が多かった(複数回答可)。

 

 5%に満たない県にも思惑がありそうだ。ある県の財政当局経験者は「積み立てすぎると、県議や各部署から『そんなにお金があるならば、基金を取り崩して新たな事業をしてほしい』と歳出圧力が強まる」と話し、「少し足りないぐらいに見せるのも腕の見せどころ」と証言する。4%台の県が多いのも、この証言を裏付けるかのようだ。

 

 ◇地方消費税でも応酬

 

 今年の地方財政でもう一つ話題になっているのが、地方消費税の配分方式だ。消費税は8%を国が徴収し、うち1・7%を都道府県に割り当てる。現在は、消費額に重きを置いて配分されるため、東京都や大阪府など一大消費地である都市部の額が多い。

 

 この配分方式だと、たとえば奈良県民が大阪府でモノ・サービスを得て支出した消費税は、大阪府の税収につながる。居住地ではなく消費地が税収を確保できる仕組みのため、消費額が相対的に少ないベッドタウンの自治体からは疑義が出ていた。

 

 潮目が変わったのは10月末。財務省が、人口を重視した配分への見直しを提案したのだ。この案で税収減につながる東京都は反発、野田聖子総務相も「税収を最終消費地に適切に帰属させるのが基本中の基本」と疑義を呈した。

 

 一方、これまで地方消費税の配分が少なかった県には税収増となる。財務省にとっては、税収が増える県への交付税を減らせる可能性がある。

 

 複雑に利害が絡み合う中、財務省・総務省・自治体は早くも火花を散らしている。ただし、この議論の背景には、税配分や受益者負担という経済学的要素の他に、都市部・地方の政治家間での根深い遺恨もありそうだ。

 

 基金の妥当性、地方消費税の配分方法、地方交付税のあり方──。「地財対策」の折衝が本格化するのを前に、地方財政の論点を特集する。

(種市房子・編集部)

週刊エコノミスト 2017年11月21日号

定価:620円

発売日:11月13日


週刊エコノミスト 2017年11月21日号

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発売日:11月13日

定価:620円

 

やりくり上手はあの自治体

 

「もしもの備え」16年度速報値

十分水準の積み立ては2割未満

 

 12月は地方自治体にとって勝負の月である。次年度の地方税制・財政の枠組みを決める地方財政対策、通称「地財(ちざい)対策」が大詰めを迎えるのだ。今年話題の一つとなっているのが、各自治体で予算とは別枠で積まれた「21兆円の基金」だ。

 

「国の財政状況が悪化している中でも、地方では剰余金を積み立てている」という批判は、これまでも財務省側から陰に陽に、地方財政を所管する総務省や自治体に投げかけられてきた。国税などを原資として自治体に配分する交付税を少しでも減らしたい、という財務省の思惑が透けて見える。今年は5月に経済財政諮問会議で民間議員が「新たな埋蔵金と言われかねない」と批判したことで一層の注目を集める。果たして、自治体は過剰に基金を積み立てているのだろうか。続きを読む


目次:2017年11月21日号

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やりくり上手はあの自治体

18 「もしもの備え」16年度速報値 十分水準の積み立ては2割未満 ■種市 房子

  (高)東京都、大阪府 (低)京都府、兵庫県

22 21兆円の基金 国・地方のゼロサム議論は不毛 ■土居 丈朗

24 Q&Aで学ぶ 地方財政の基礎知識 ■倉地 真太郎

26 減債基金 全容見えない自治体債務 ■石川 達哉

  大阪府、横浜市で積み立て不足増 ■編集部

29 地方財政計画 客観性薄い「架空の物語」 ■佐藤 主光

32 臨時財政対策債 実態は特例の赤字地方債 ■平嶋  彰英

外国編

34 プエルトリコ債 財政破綻で債務調整のさなか 災害・トランプ発言で価格下落 ■江夏 あかね

36 中国の地方債  「脱土地財政」の受け皿に ■徐 一睿

38 デンマーク 8割が自主財源の地方財政 ■倉地 真太郎

 

Flash!

11 日経平均バブル後最高値「20年ぶり株高」に潜む違和感/次期FRB議長「視界不良」の船出/ビットコイン先物上場へ 機関投資家の参入期待/トランプ米大統領初来日、対米依存高まる日本

15 ひと&こと 民進党代表選に意欲見せた蓮舫氏への不快感/北方領土こう着状態で官邸と外務省がさや当て/クアルコム買収にブロードコム周到地ならし?

 

Interview

4 2017年の経営者 庄司 哲也 NTTコミュニケーションズ社長

44 問答有用 楊 海英 文化人類学者

  「中国の文革は内モンゴルから始まりました」

 

エコノミストリポート

75 巨大な官僚機構にメス 意外にも高収益企業が続々 東京都の出資会社は改革を ■田中 秀明/大槻 茂

 

82 特別寄稿 衆院選総括 寺島 実郎 日本総合研究所会長 代議制民主主義を鍛え直そう

 

70 EU 財政協調への「いばらの道」 ■金子 寿太郎

    ポピュリズム台頭が懸念のイタリア

73   物価低迷下で正常化に向かうECB ■田中 理

78 地銀 法人貸し出しから撤退の良い地銀 悪い地銀・普通の地銀は戦国時代 ■高橋 克英

95 地域金融機関 甲子信組「自主解散」 費用対効果を熟慮した決断 ■吉沢 亮二

 

World Watch

58 ワシントンDC 陰に陽に勢い増すイラン 「IS後」の新たな波乱要因に ■会川 晴之

59 中国視窓 賃貸住宅市場の拡大政策 不動産価格抑制の効果も ■神宮 健

60 N.Y./カリフォルニア/英国

61 オーストラリア/インド/インドネシア

62 香港/ウズベキスタン/ドバイ

63 論壇・論調 NAFTA離脱ちらつかせる米国 産業流出、不法移民の拡大必至 ■岩田 太郎

 

Viewpoint

3 闘論席 ■池谷 裕二

17 グローバルマネー 米国だけが牽引する「一本足景気」のもろさ

40 海外企業を買う(165) クローガー ■岩田 太郎

42 名門高校の校風と人脈(265) 土浦第一高校(茨城県) ■猪熊 建夫

48 学者が斬る 視点争点 新国立競技場騒動と「制度設計」 ■花薗 誠

50 言言語語

64 アディオスジャパン(77) ■真山 仁

66 東奔政走 高揚感なき第4次安倍内閣の始動 首相を待ち受ける「2019年問題」 ■佐藤 千矢子

68 出口の迷路(7) 長短金利操作やめ資産購入減額を ■田中 隆之

84 商社の深層(92) 「上方修正」相次ぐ中間決算 脱資源の改革は道半ば ■編集部

85 国会議員ランキング(2) 与野党質問回数 ■磯山 友幸

92 景気観測 雇用情勢改善でも、失業率は下がらない 求人と求職とのミスマッチが拡大 ■斎藤 太郎

94 ネットメディアの視点 「人間超えた囲碁ソフト」を超えた 進化するAI、もはやデータも不要 ■土屋 直也

96 アートな時間 映画 [光]

97        クラシック [モーリス・ベジャール・バレエ団 来日公演]

98 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ First Click Free ”

 

Market

86 向こう2週間の材料/今週のポイント

87 東京市場 ■三井 郁男/NY市場 ■針谷 龍彰/週間マーケット

88 中国株/為替/銅・ニッケル/長期金利

89 マーケット指標

90 経済データ

 

書評

52 『ヤマト正伝』

  『トラクターの世界史』

54 話題の本/週間ランキング

55 読書日記 ■高部 知子

56 歴史書の棚/海外出版事情 中国

 

51 次号予告/編集後記

インパール作戦から早く撤退を=熊野英生〔出口の迷路〕金融政策を問う(6) 

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失敗を認めず、ずるずる泥沼にはまり込む日銀の姿は、第二次世界大戦の日本軍を思い起こさせる。

 

熊野英生(第一生命経済研究所首席エコノミスト)

 衆議院選挙を前に、筆者は大変なことになったと思った。2019年10月に消費税率を引き上げて、そこで債務返済に回すはずであった4兆円のうち、半分の約2兆円を教育などの無償化に充てると、安倍晋三首相が言い始めたからだ。債務返済分を使ってしまうことは、赤字国債の増発に等しい。20年度に黒字化するはずだった基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)黒字化のめどが、どのくらい先送りされるかわからない。

 

 筆者は、消費税を19年に10%に引き上げたとしても27年度くらいに後ずれしてもおかしくないとみる。PB黒字化ができなければ、政府債務の元本部分が膨張を続ける。金利上昇が起これば、自然増収でまかない切れない利払い費の増加が債務残高を雪ダルマ式に増やす。債務発散の悪夢である。

 

 異次元緩和は、政府を利払い費の増加リスクに対して鈍感にさせ、安倍政権の財政規律を緩ませたという犯人説が語られる。政府のPB黒字化が後ずれし、日銀の出口がそれよりも先になるとすれば、あと10年近くマイナス金利も続くということになるのか。日本の金融機関、年金基金などの投資家は生き残れるのだろうか。出口なき持久戦は、金融システムを強烈に弱体化させる。誰がその責任をとってくれるというのか。

 

 ◇作戦の失敗は明白

 

 異次元緩和は、マーケットを驚かせる規模の長期国債の買い入れを行って、物価上昇率が2%に届くようにインフレ予想を醸成する作戦であった。奇襲攻撃が人々の心理を動かすことを狙っていた。

 

 確かに緒戦では円安・株高が起こり、輸入物価は上がったが、期待インフレ率の上昇は定着せず、「2年で2%」の約束も実現できなかった。14年10月に長期国債の買い入れを50兆円から80兆円に増額する。それでも15年に入ると、作戦の失敗は明白になった。9月までに物価2%のめどは6度延期されている。

 

 なぜ、日銀は失敗が明らかなのに出口政策を描こうとせず、長期国債を年間80兆円ペースで買い増す方針を公式に撤回しないのか。こうした姿勢は、小池百合子東京都知事も愛読するという『失敗の本質─日本軍の組織論的研究』(戸部良一、野中郁次郎ほか共著)にあるインパール作戦の教訓にそっくりである。

 

 太平洋戦争後半、昭和19(1944)年3月にビルマ(現ミャンマー)の山岳地帯を越えて英・インド軍の拠点インパールを奇襲する作戦が強行される。もともと無謀という参謀の意見を、牟田口廉也司令官は聞き入れなかった。作戦は4月末には失敗が明白になったが、コンティンジェンシー・プラン(不測の事態に備えた計画)がなく、中止を決断できないまま7月初めまで時間を空費する。参加人員10万人のうち戦死者約3万人、戦傷及び戦病者約2万人を出したという。

 

 教訓は、(1)失敗を認められず、中止を決められないまま犠牲者を増やし続けたこと、(2)コンティンジェンシー・プランが最初からなく、短期決戦のつもりが予想外の持久戦になったこと、(3)インパールを攻略することが必要不可欠でなかったのに、作戦を始めると計画の実行自体が目的化したこと、などが挙げられる。

 

 異次元緩和も、デフレ脱却のためにこれほどの長期国債の買い入れが必要だったのかが顧みられず、途中からどうして消費者物価が2%でなくてはいけないかも忘れられている。日銀は、効果が乏しいから長期国債の買い入れをやめると決断できず、むしろそれをやめたときの長期金利上昇を恐れて作戦を継続せざるを得なくなっている。

 

 16年9月にイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)に移行したことは苦肉の策だった。長期金利が安定していれば、国債買い入れを50兆~60兆円に減額できるようになった。しかし、大局的な戦略の誤りを個別の戦術の変更で完全にはカバーできない。出口政策を実行しない限り、国債の日銀買い入れによる実質的財政ファイナンスは延長される。

 

どんなに追及されても失敗を認めることはない
どんなに追及されても失敗を認めることはない

 

◇長期金利操作の限界

 

 出口の手前で恐れられているのは、長期金利の上昇である。日銀が人為的に長期金利上昇を抑え込むほどに、マーケットに金利形成を任せたときは、反動が大きくなる。だから、イールドカーブ・コントロールで日銀はいざ金利上昇となれば無制限に長期国債を買えるように仕組みを変えた。

 

 しかし、筆者は、経済が正常化してインフレ率が安定的に上昇するようになると、いずれにせよ長期金利は上がらざるを得ないと考える。日銀がコントロールできるのは、一時的な長期金利の急上昇、過度の金利変動に限られる。日銀が永遠に長期金利を0~0・5%程度に制御できると思っている人はとても多いが、大きな誤解だ。

 

 また、長期金利の上昇を恐れすぎているという問題もある。正常な経済の下では、名目経済成長率が高まって、多少金利上昇があっても経済の力強さによってその負担をこなしていける。仮に一時的に長期金利が上昇しても、投資家たちが積極的に長期国債を買うので、長期金利は自然に下がる。この作用は、賃金が上昇して投資家の手元に資金流入が活発化するほどに強まる。ある程度の金利上昇と行き過ぎを抑制するメカニズムは市場経済に内包されている。

 

 ところが異次元緩和では、物価2%を達成した後に出口を目指すのが前提だ。しかし2%が定着した後では、長期金利の抑制度合いが大きくなりすぎて、日銀が国債の買い入れを停止すると、金利変動は必要以上に大きくなる。これは本質的矛盾である。本当は、物価2%など目指さずに、今から日銀による国債の需給コントロールをどのように停止するかの道筋をアナウンスすることが長期的にみた長期金利の安定に合理的である。

 

 ◇財政の重荷がのしかかる

 

 もうひとつの課題は、政府が市中消化すべき長期国債の発行量が増え過ぎて、日銀が市場コントロールを永遠にやめられないリスクである。正常な姿は、政府が早期にPB黒字化を果たし、名目成長率の上昇とともに民間の国債消化能力が高まって、長期金利が安定するシナリオである。

 

 逆のシナリオは、民間の消化能力を上回る国債発行が続き、日銀が長期国債を買い続けることだ。いわば、出口なきシナリオである。簡単な算式で示すと、

 

政府の国債発行額(純増、A)=日銀など公的部門の国債購入(純増、B)+民間の国債購入(純増、C)

となる。

 

 これは、日銀がバランスシートを圧縮(Bを減らす)するには、民間の国債消化能力の範囲内でしか政府が国債発行を増やせないことを意味する。つまり、出口の条件は(1)名目経済成長率が安定的に上昇して、民間の国債消化能力が十分に高まっていること(Cが増える)、(2)政府が早期にPB黒字化を果たし、さらに収支改善を行うことと考えている(Aが減る)、である。

 

 難しいのは、名目成長率が上昇しているとき、同時にインフレ率も高まっていて、長期金利が上昇しやすくなっている点にある。日銀が一気にバランスシートを圧縮することは不可能なので、今から日銀が長期国債を必要以上に買わずに、さらにその先に保有国債の純減に移行する計画を先々のプランとして示すことであろう。こうした出口政策を示しておくことは、政府が財政再建を先送りする選択をけん制する意味もある。

 

 出口政策とは、財政危機と隣り合わせであることを理解しなくてはいけない。財政危機の表面化として長期金利上昇が起こり、金融政策はそのダメージを緩和する役割を負わされる。財政危機の表面化が、国内資産の海外逃避につながって円安を招いた場合、輸入インフレが国民生活を脅かす。このとき、日銀がいつまでも利上げをしないと円安に歯止めがかからず、為替レートは不安定化する。

 

 日銀総裁は、財政危機を止める発言力もあるし、組織力を使って政策提言することも可能だ。実は財政危機に対するコンティンジェンシー・プランを日銀自身が描くことは、政府と日銀が共倒れにならないためにも重要なものである。よもや、日本陸軍の失敗を繰り返すまい。

(熊野英生・第一生命経済研究所首席エコノミスト)

◇くまの・ひでお

 1967年山口県生まれ。90年横浜国立大学経済学部卒業。同年日本銀行入行、調査統計局、情報サービス局を経て、2000年第一生命経済研究所、11年から現職。著書に『バブルは別の顔をしてやってくる』(日本経済新聞出版社)など


*週刊エコノミスト2017年11月14日号掲載

連載記事一覧は以下から

野菜の国産化と厨房の自動化を追求 米浜和英 リンガーハット会長兼CEO

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 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 2017年2月期決算では最終(当期)利益が3年連続で過去最高と業績が好調です。

 

米浜 健康志向や安全・安心という意識が高まる中で、国産野菜を使って手ごろな価格で長崎ちゃんぽんを提供していることが受けているのではないかと思っています。

 

 05年に日本マクドナルド出身の八木康行氏を社長に据えて会長に退いたが、業績が低迷し、08年にトップとして復帰した。

 

── 外部から社長を呼んだ理由は。

米浜 生え抜きの社員が社長をするのはまだ早いと思っていました。社員は私しか経営者を見ていないので、外部の経営者が来れば勉強になると思いました。

── 経営が厳しくなった要因は。

 

米浜 外資系の会社は自分で工場を持たずに外注することが多いですが、そのやり方が当社ではうまくいかなかったのだと思います。また、業績が悪くても社員に同じようにボーナスを出したり、役員の人数を増やしたり、売り上げを確保するためにクーポンを発行して値引きするなどしましたが、それでは利益がなかなか出ません。赤字の店を閉めると、特別損失が出て会計上の見かけが悪くなるため、利益が出ない店が増える状況でした。

 

── 経営トップに戻ってきた時の決意は。

 

米浜 このままでは会社がだめになると思い、08年に復帰しました。もともとモヤシやキャベツは国産でしたが、とにかくおいしいものを提供しようと思い、ニンジンやタマネギ、コーンなど全ての野菜を国産化しました。ただ、コストは上がりました。当初は年間13億円増えるという試算が出ました。

 そこで、それまで外注していた野菜の加工をやめ、土がついたままの野菜を自社の工場に持ってきて、自分たちで洗ってカットするなどで効率化を図りました。それでも年間10億円のコストアップです。値引きをやめる、不採算店舗を閉める、自社工場を生かすという三つを徹底しました。

 

── すぐに効果はありましたか。

 

米浜 10億円も材料費が上がるわけですから、価格に転嫁せざるを得ませんでした。最初はお客さんも簡単には受け入れてくれませんでしたが、テレビ番組で国産野菜にこだわる取り組みなどが紹介されたこともあり、徐々に売り上げは増えました。

 

── 社員への対応は変えたのでしょうか。

 

米浜 ボーナスは業績連動型にしました。まだ達成できていませんが、社員1人当たり売上高1億円を目標にしています。ただし、経営の効率化を進めても、社員の教育費だけは減らしませんでした。マニュアルも大事ですが、マニュアルを執行するための根本的な精神を、しっかり教育する必要があると考えました。

 

 ◇フードコートに出店

 

── 効率化で重点的に取り組んでいることは。

 

米浜 1994年からトヨタ生産方式を勉強して、厨房(ちゅうぼう)の自動化を進めています。

 

当時は「あそこの店はおいしいけど、ここの店はおいしくない」「30分間待たされた」といったクレームが多く、店によって味や量にバラつきがあって短時間に提供できないという問題がありました。中華鍋で4人前をまとめて作っていたので、どうしても味や量にバラつきが出て、混雑時は提供も遅れてしまっていました。さまざまな業種の企業が入会しているトヨタ生産方式の研究会では「1個づくりをしないとだめだ」と指摘されました。1個ずつ作れば味も量も安定するということです。

 

── 自動化の進捗(しんちょく)状況は。

 

米浜 02年ごろから、一定時間でIHヒーター上を鍋が自動で移動していく「自動鍋送り機」や「自動野菜炒(いた)め機」を導入し、リンガーハットの約650店舗全てで自動化しています。作業環境は飛躍的によくなりました。ラーメン屋やうどん屋の厨房は、麺をゆでるので夏は40度くらいになり、湿度も高い。今の形になってからは、厨房と客席の温度の違いは1~2度になりました。1個ずつ作るので味と量も一定になり、素早い提供も可能になりました。

 

 このため、ショッピングセンターのフードコートにも出店しやすくなり、今では約350店舗あります。昔は、中華鍋で作れるようになるには最低でも2~3週間はかかりましたが、今はマニュアルを覚えれば、すぐに作れるようになります。従業員の教育時間も短くなり、パートやアルバイトの人材募集もしやすくなりました。

 

── 価格の戦略は。

 

米浜 西日本では8月にちゃんぽんを520円から540円に値上げしましたが、販売量への影響はほとんどありません。麺の増量が無料なことなどを考えると、500円台で食べられるのはまだまだ安いということだと思います。食材や物流費などが上がる中で、どこかでコストを吸収する必要があります。まずは西日本でテストをして、東日本でも上げるか判断します。

 

── 今後の目標は。

 

米浜 売上高経常利益率10%、国内1000店舗、海外で半分稼ぐ体質にすることを目標に掲げています。日本は人口が減少していくので、ハワイやタイなどに15店舗ある海外事業を拡大する必要もあります。常に先を見て、もっといい品質のもの、もっとお客さんに喜ばれるものを追求していこうと考えています。

 

(構成=松本惇・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 創業時から社長をしていた兄が急死して32歳で社長になりました。1、2年は大変でしたが、株式上場を目指して経営するようになりました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 『NPSの奇跡』(篠原勲著、東洋経済新報社)と、『モノづくりの経営思想』(木下幹彌編著、同)です。この本でトヨタ生産方式を学び、経営効率化に役立てました。

 

Q 休日の過ごし方

A ゴルフをすることが多いです。ウオーキングは休日を含めて毎日しています。

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 ◇よねはま・かずひで

 1943年生まれ。鳥取県出身。鳥取県立鳥取西高校卒業後、前身である株式会社「浜かつ」設立時(64年)から参加。65年に取締役、76年に社長、2005年に会長。06年に代表権のない会長に退き、日本フードサービス協会会長を務めた後、08年に代表権のある会長に復帰。一時社長も兼任し、13年から現職。73歳。

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事業内容:長崎ちゃんぽんなどの専門店を運営

本社所在地:東京都品川区

設立:1964年3月7日

資本金:90億200万円

従業員数:541人(2017年9月現在・連結)

業績(17年2月期・連結)

 売上高:438億4400万円

 営業利益:32億8400万円

ケーブル網やデータセンターに回帰 庄司哲也 NTTコミュニケーションズ社長

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Interviewer 金山 隆一(本誌編集長)

 

── 現在の経営環境は。

 

庄司 1999年に当社がNTTの子会社として誕生してから18年がたち、通信業界を巡る競争関係は変わっています。当社を含めた通信企業が展開するネットワークの上で、グーグルやアマゾンなどのIT(情報技術)サービスが展開されており、米国のシリコンバレーを中心に急成長するIT企業が増えています。

 こうしたなかで、我々は原点に戻って、ネットワーク網やデータセンターなど物理的なインフラを持つ強みを生かしています。

── 御社が持つインフラとは

 

庄司 我々は、190以上の国や地域に通信ネットワークのサービスを展開しています。それを支えるのが海底や大陸を横断する通信ケーブルです。日米間の太平洋、ロシア経由、インド経由などケーブルの長さは28万キロメートル、地球7周分に及びます。

 

 2011年3月の東日本大震災の時には、4本ある日米間の海底ケーブルが3本切れてしまいました。最終的な復旧には半年以上かかりました。この教訓を生かして、当社が運用する船舶としては4隻目となる新しい海底ケーブル敷設船を今年3月に竣工させました。名前は社内で公募し、「きずな」に決まりました。我々の「つなぐことへの使命感」をイメージできる名前になりました。

 

── そのネットワーク網は世界にも通用しますか。

 

庄司 当社は「通信の運び屋」として、世界のトップ3に入っています。例えば、データセンターは、世界で140カ所以上展開しています。保有するサーバーの面積では、自社で使う面積も含めると世界一です。企業にデータセンターを貸し出すことを専門とする2社を含めると世界3位になるかもしれません。

 

 このインフラを、例えば、インターネット上のセキュリティーやクラウドサービスなどに生かしながら、「ICT(通信情報技術)業界における総合商社」のような存在になっていきたいです。

 

 ◇HFT、陰の立役者

 

 NTTコミュニケーションズの設立時を振り返ると、都道府県を超えて行われる長距離通信事業や、国際通信事業などを担う会社として誕生した。当時は黎明(れいめい)期だったインターネット通信も含め、グローバル市場でも自由に事業を伸ばすことができた背景がある。

 

── NTTコミュニケーションズが持つインフラは、どのように使われているのですか。

 

庄司 当社の海底ケーブルは、通信の速さにも競争力があります。日米間をつなぐ「PC─1」という海底ケーブルは通信速度が一番速いと思います。米国のHFT業者(株式などを1000分の1秒単位で売買する高頻度取引業者)から見ると、日米間の通信は我々のケーブルが、一番速く取引を成立させられます。

 

 また、当社はシンガポールや香港などアジアでも競争力のある通信ケーブルを持っています。特に、香港やシンガポールでは、証券取引所の近くにつながっていますので、こちらの通信速度も速いです。いずれのネットワークもいっぱいいっぱいの状況で、増設・増量をしないといけないくらいです。同じケーブルの中で情報を圧縮して送る「多重化」技術で対応していきます。

 

 ◇クラウドは集約へ

 

── 人工知能(AI)やIoT(モノのインターネット化)の取り組みはどうですか。

 

庄司 例えば、今は言語解析AI「COTOHA(コトハ)」への問い合わせが多くなっています。ユーザーが質問すると、回答することもできます。これをコールセンターやチャットによる顧客対応サービスに使うことができます。

 

── M&A(企業の合併・買収)については。

 

庄司 それぞれの市場から「仲間」を見つけています。欧州・中近東、米国、アジア太平洋地域の3地域に分けて、「足らざるピース」を補完する形でM&Aをしてきました。

 直近では、15年にドイツのデータセンター事業者「イーシェルター」、16年にスペインのクラウド業者「アトラス」も仲間に入りました。現在では、グループ従業員のうち、約5割が海外で働いています。

 

── NTTグループのなかで重複する事業もあります。

 

庄司 持ち株会社のNTTと協議しているのは、まず、クラウドサービスは我々のサービスに集約していこうという議論が出ています。

 

 例えば、グループ会社のなかに、(NTTが10年に買収した南アフリカ企業)「ディメンションデータ」があります。彼らのクラウドサービスを我々のサービスに統合する作業を今年度中に終えます。来年度からは一つのブランドでクラウドを提供できるようになると思います。

 

「OCNモバイル」ブランドの格安スマートフォン事業は、携帯電話大手3社が出す高品質のサービスと、我々のサービスではかなりの違いがあります。また、格安スマホ事業の延長には、将来的にSIMカードを使ったIoTに関する新事業にも生かしていけるものがあると考えています。

 

── 中期的な目標はありますか。

 

庄司 16年度の売上高は1兆2830億円、営業利益は1325億円でした。これを、20年度に売上高1兆5000億円を目指します。そのうち、海外比率は15年度の27%(3500億円)から、40%の6000億円にしていく目標です。

(構成=谷口健・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 日本電信電話の民営化のプロジェクトチームに入っていました。政府や各省庁に、「民営化でこんなによくなる」というシナリオを見せに行っていました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 司馬遼太郎の『坂の上の雲』です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A クルマが好きなので、録画したカーレースのビデオを見ます。

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 ◇しょうじ・てつや

 都立青山高等学校、東京大学経済学部卒業後、1977年、日本電信電話公社(現・NTT)に入社。NTT西日本で人事部長、NTTで総務部門長。2012年、NTTコミュニケーションズ副社長(営業担当)を経て、15年6月に社長就任。63歳。

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事業内容:電気通信事業など

本社所在地:東京都千代田区

設立:1999年7月

資本金:2117億円

従業員数:グループ2万1900人、単体6400人

業績(2016年度)

 売上高:1兆2830億円

 営業利益:1325億円

インパール作戦から早く撤退を=熊野英生〔出口の迷路〕金融政策を問う(6) 

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失敗を認めず、ずるずる泥沼にはまり込む日銀の姿は、第二次世界大戦の日本軍を思い起こさせる。

 

熊野英生(第一生命経済研究所首席エコノミスト)

 衆議院選挙を前に、筆者は大変なことになったと思った。2019年10月に消費税率を引き上げて、そこで債務返済に回すはずであった4兆円のうち、半分の約2兆円を教育などの無償化に充てると、安倍晋三首相が言い始めたからだ。債務返済分を使ってしまうことは、赤字国債の増発に等しい。20年度に黒字化するはずだった基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)黒字化のめどが、どのくらい先送りされるかわからない。

 

 筆者は、消費税を19年に10%に引き上げたとしても27年度くらいに後ずれしてもおかしくないとみる。PB黒字化ができなければ、政府債務の元本部分が膨張を続ける。金利上昇が起これば、自然増収でまかない切れない利払い費の増加が債務残高を雪ダルマ式に増やす。債務発散の悪夢である。

 

 異次元緩和は、政府を利払い費の増加リスクに対して鈍感にさせ、安倍政権の財政規律を緩ませたという犯人説が語られる。政府のPB黒字化が後ずれし、日銀の出口がそれよりも先になるとすれば、あと10年近くマイナス金利も続くということになるのか。日本の金融機関、年金基金などの投資家は生き残れるのだろうか。出口なき持久戦は、金融システムを強烈に弱体化させる。誰がその責任をとってくれるというのか。

 

 ◇作戦の失敗は明白

 

 異次元緩和は、マーケットを驚かせる規模の長期国債の買い入れを行って、物価上昇率が2%に届くようにインフレ予想を醸成する作戦であった。奇襲攻撃が人々の心理を動かすことを狙っていた。

 

 確かに緒戦では円安・株高が起こり、輸入物価は上がったが、期待インフレ率の上昇は定着せず、「2年で2%」の約束も実現できなかった。14年10月に長期国債の買い入れを50兆円から80兆円に増額する。それでも15年に入ると、作戦の失敗は明白になった。9月までに物価2%のめどは6度延期されている。

 

 なぜ、日銀は失敗が明らかなのに出口政策を描こうとせず、長期国債を年間80兆円ペースで買い増す方針を公式に撤回しないのか。こうした姿勢は、小池百合子東京都知事も愛読するという『失敗の本質─日本軍の組織論的研究』(戸部良一、野中郁次郎ほか共著)にあるインパール作戦の教訓にそっくりである。

 

 太平洋戦争後半、昭和19(1944)年3月にビルマ(現ミャンマー)の山岳地帯を越えて英・インド軍の拠点インパールを奇襲する作戦が強行される。もともと無謀という参謀の意見を、牟田口廉也司令官は聞き入れなかった。作戦は4月末には失敗が明白になったが、コンティンジェンシー・プラン(不測の事態に備えた計画)がなく、中止を決断できないまま7月初めまで時間を空費する。参加人員10万人のうち戦死者約3万人、戦傷及び戦病者約2万人を出したという。

 

 教訓は、(1)失敗を認められず、中止を決められないまま犠牲者を増やし続けたこと、(2)コンティンジェンシー・プランが最初からなく、短期決戦のつもりが予想外の持久戦になったこと、(3)インパールを攻略することが必要不可欠でなかったのに、作戦を始めると計画の実行自体が目的化したこと、などが挙げられる。

 

 異次元緩和も、デフレ脱却のためにこれほどの長期国債の買い入れが必要だったのかが顧みられず、途中からどうして消費者物価が2%でなくてはいけないかも忘れられている。日銀は、効果が乏しいから長期国債の買い入れをやめると決断できず、むしろそれをやめたときの長期金利上昇を恐れて作戦を継続せざるを得なくなっている。

 

 16年9月にイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)に移行したことは苦肉の策だった。長期金利が安定していれば、国債買い入れを50兆~60兆円に減額できるようになった。しかし、大局的な戦略の誤りを個別の戦術の変更で完全にはカバーできない。出口政策を実行しない限り、国債の日銀買い入れによる実質的財政ファイナンスは延長される。

 

どんなに追及されても失敗を認めることはない
どんなに追及されても失敗を認めることはない

 

◇長期金利操作の限界

 

 出口の手前で恐れられているのは、長期金利の上昇である。日銀が人為的に長期金利上昇を抑え込むほどに、マーケットに金利形成を任せたときは、反動が大きくなる。だから、イールドカーブ・コントロールで日銀はいざ金利上昇となれば無制限に長期国債を買えるように仕組みを変えた。

 

 しかし、筆者は、経済が正常化してインフレ率が安定的に上昇するようになると、いずれにせよ長期金利は上がらざるを得ないと考える。日銀がコントロールできるのは、一時的な長期金利の急上昇、過度の金利変動に限られる。日銀が永遠に長期金利を0~0・5%程度に制御できると思っている人はとても多いが、大きな誤解だ。

 

 また、長期金利の上昇を恐れすぎているという問題もある。正常な経済の下では、名目経済成長率が高まって、多少金利上昇があっても経済の力強さによってその負担をこなしていける。仮に一時的に長期金利が上昇しても、投資家たちが積極的に長期国債を買うので、長期金利は自然に下がる。この作用は、賃金が上昇して投資家の手元に資金流入が活発化するほどに強まる。ある程度の金利上昇と行き過ぎを抑制するメカニズムは市場経済に内包されている。

 

 ところが異次元緩和では、物価2%を達成した後に出口を目指すのが前提だ。しかし2%が定着した後では、長期金利の抑制度合いが大きくなりすぎて、日銀が国債の買い入れを停止すると、金利変動は必要以上に大きくなる。これは本質的矛盾である。本当は、物価2%など目指さずに、今から日銀による国債の需給コントロールをどのように停止するかの道筋をアナウンスすることが長期的にみた長期金利の安定に合理的である。

 

 ◇財政の重荷がのしかかる

 

 もうひとつの課題は、政府が市中消化すべき長期国債の発行量が増え過ぎて、日銀が市場コントロールを永遠にやめられないリスクである。正常な姿は、政府が早期にPB黒字化を果たし、名目成長率の上昇とともに民間の国債消化能力が高まって、長期金利が安定するシナリオである。

 

 逆のシナリオは、民間の消化能力を上回る国債発行が続き、日銀が長期国債を買い続けることだ。いわば、出口なきシナリオである。簡単な算式で示すと、

 

政府の国債発行額(純増、A)=日銀など公的部門の国債購入(純増、B)+民間の国債購入(純増、C)

となる。

 

 これは、日銀がバランスシートを圧縮(Bを減らす)するには、民間の国債消化能力の範囲内でしか政府が国債発行を増やせないことを意味する。つまり、出口の条件は(1)名目経済成長率が安定的に上昇して、民間の国債消化能力が十分に高まっていること(Cが増える)、(2)政府が早期にPB黒字化を果たし、さらに収支改善を行うことと考えている(Aが減る)、である。

 

 難しいのは、名目成長率が上昇しているとき、同時にインフレ率も高まっていて、長期金利が上昇しやすくなっている点にある。日銀が一気にバランスシートを圧縮することは不可能なので、今から日銀が長期国債を必要以上に買わずに、さらにその先に保有国債の純減に移行する計画を先々のプランとして示すことであろう。こうした出口政策を示しておくことは、政府が財政再建を先送りする選択をけん制する意味もある。

 

 出口政策とは、財政危機と隣り合わせであることを理解しなくてはいけない。財政危機の表面化として長期金利上昇が起こり、金融政策はそのダメージを緩和する役割を負わされる。財政危機の表面化が、国内資産の海外逃避につながって円安を招いた場合、輸入インフレが国民生活を脅かす。このとき、日銀がいつまでも利上げをしないと円安に歯止めがかからず、為替レートは不安定化する。

 

 日銀総裁は、財政危機を止める発言力もあるし、組織力を使って政策提言することも可能だ。実は財政危機に対するコンティンジェンシー・プランを日銀自身が描くことは、政府と日銀が共倒れにならないためにも重要なものである。よもや、日本陸軍の失敗を繰り返すまい。

(熊野英生・第一生命経済研究所首席エコノミスト)

◇くまの・ひでお

 1967年山口県生まれ。90年横浜国立大学経済学部卒業。同年日本銀行入行、調査統計局、情報サービス局を経て、2000年第一生命経済研究所、11年から現職。著書に『バブルは別の顔をしてやってくる』(日本経済新聞出版社)など


*週刊エコノミスト2017年11月14日号掲載

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第58回 福島後の未来:断層評価の基準改定 専門家不備の規制委改革を=立石雅昭

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◇たていし・まさあき  1945年大阪府生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。専攻は地質学。79年新潟大学理学部助手を経て94年同大教授。一方で野外の地質調査に従事する。2008年より新潟県の「原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」の委員も務める。
◇たていし・まさあき  1945年大阪府生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。専攻は地質学。79年新潟大学理学部助手を経て94年同大教授。一方で野外の地質調査に従事する。2008年より新潟県の「原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」の委員も務める。

立石雅昭(新潟大学名誉教授)

 

 原子力規制委員会は10月4日、東京電力が再稼働を目指している新潟県の柏崎刈羽原発6、7号機(各135・6万キロ ワット)について、規制委が定めた新規制基準の審査に「適合している」とする審査書案を了承し、同原発の再稼働を事実上容認した。

 

 

 同原発の敷地内には23本の断層があり、活断層かどうか判断する年代判定がカギとなってくる。活断層と判断されると規制基準を満たさないため、稼働できない。東電側は新規制基準の適合性審査申請で「調査の結果、敷地内の断層は全て20万~30万年前を最後に活動しておらず活断層ではない」としており、規制委も追認した。

 

 しかし筆者らの調査では、敷地周辺の「中位段丘」(12万~13万年前の地球温暖期に堆積した階段状の地形)の地層に挟まれる火山灰層と同じ火山灰層が、同原発敷地内の地層の最上部に含まれている。二つの火山灰層の位置関係から、12万~13万年前以降にずれが生じたとみられる。

 

 東電に筆者らの調査との矛盾を指摘したところ、東電側は「段丘を作る地層の表面のみ12万~13万年前に形成された」と主張した。この主張には疑問があり、筆者らは規制委に「厳正な科学的審査」を求めたが、規制委は東電側の主張を一方的に認めた。

 

 規制委の審査方法には疑問を持っているが、それ以上に筆者が問題視しているのは、審査の基準となっている新規制基準だ。地震を引き起こしうる活断層の認定基準が、地震を予測する際に用いられている基準と、原発設置の規制基準との間で乖離(かいり)が生じているのだ。

 

 ◇地震本部「40万年前以降」

 

 地震予測の際に用いられる活断層の基準は、国内の地震に関わる調査・研究機関をとりまとめ、地震活動の予測を行っている政府の「地震調査研究推進本部」(地震本部)が2010年11月、「活断層の長期評価手法」を公表している。その中で「最近数十万年間に繰り返し活動し、将来も活動することが推定される断層」と定義している。

 

 最近とはどのくらいの年代を指すのか。地震本部はさらに「最近の地質時代」に関する評価方法についても解説しており、「約40万年を目安とする」としている。これらの定義に照らし合わせると、地震本部の定義する活断層は「少なくとも40万年前以降」ということになると考えられる。

 

 一方、新規制基準では、活断層の明確な活動年代について「12万~13万年前以降」としている。その時期の地層がなかったり、確認できなかったりした場合に「40万年前以降」までにさかのぼっての調査を「要求」している。地震学における活断層の定義が40万年前以降となっているにもかかわらず、新規制基準で定めた活断層の認定基準が一律で「40万年前以降」となっていない点は、違和感を禁じ得ない。

 

 

 規制基準は、電力会社が原発を運転するに当たって必要な安全対策や設備などを国が定めたものだ。規制基準を満たさない限り、原発は運転できない。11年3月の東電福島第1原発事故で、それまでの規制基準が不十分だったことがあらわになり、見直して13年7月に施行されたのが新規制基準だ。

 

 新規制基準では、地震への備えや敷地への浸水対策を強化している。活断層上に原子炉建屋などの重要構造物の設置を認めていないほか、電力会社に対し、原発敷地内や周辺の活断層のチェックも厳格にするよう要求している。

 

 それにもかかわらず、活断層の定義自体は06年に改訂された耐震設計審査指針を踏襲したものであり、規制委自体の活断層の判定基準は、地震本部による地震活動の予測基準よりも「甘い」ものとなっている。

 

 新規制基準の策定に当たっては、規制委のメンバーだけでなく、外部の専門家も携わった。地質など地盤に関する専門家も含まれている。活断層の定義については、施行時に規制委の委員長代理を務めた島崎邦彦・東京大名誉教授をはじめ、地質や地震の専門家が学界の「常識」となっている「40万年前以降に活動した断層」とするよう求めた。

 

 

 しかし実際の新基準は、いわば「妥協の産物」となっている。これでは本当に福島第1原発事故の反省が生かされているのか、疑問でならない。

 

◇地震学者もメンバーに

 

 もう一つの問題点としてあげられるのが、規制委員会を構成するメンバー5人の中に、現在、地震の専門家が入っていないことだ。14年9月に島崎氏が退任し、地質学者の石渡明・元日本地質学会長が委員に就任したが、他の4人は全て原子力の専門家だ。原発の安全性を審査するには、地質学と地震学の両方の視点が不可欠だ。地震の専門家が欠けている現在、適正で厳格な審査が行われているのか、と懸念はぬぐえない。

 

 

 地震は原発の最大のリスクだ。地震は地下の断層が応力に耐えかねて破断して発生する。地震の発生や伝搬、増幅の過程を予測するには、地下の地質を知ることが求められ、それを知って初めて地表の構造物への地震動が推定されるのだ。審査に当たる規制委員会や原子力規制庁には、地質や地震の専門家を充実させることが求められる。

 柏崎刈羽原子力発電所
 柏崎刈羽原子力発電所

 

 

 適合性審査のあり方に対する疑問は、筆者らが指摘している柏崎刈羽原発だけではない。すでに再稼働している九州電力川内原発(鹿児島県)や四国電力伊方原発(愛媛県)、さらにはすでに規制委が再稼働を容認した福井県の複数の原発など、敷地やその周辺の断層の評価に対し、科学的な疑問が生じている。

 

 川内原発では九電による敷地周辺海域の活断層群の評価がずさんだと指摘されるなど、地質や地震の研究者から活断層の問題について今なお疑義が提起されている。これらの疑問点がありながら、規制委は電力事業者の調査資料に一方的に依存して審査をしているようにも見える。これでは科学的審査を行っているのかと疑いたくなるし、「適合性審査は再稼働ありきで進んでいる」とみる人たちの疑いもますます深まっていくことになるだろう。

 

 新規制基準は、案が示された段階から、審査する側と審査を受ける側の解釈によって、地震や津波対策を甘くできるとの指摘があった。福島の教訓と最新の科学的研究の成果を踏まえたものにするならば、活断層の認定基準を一律に「40万年前以降に活動した断層」と統一するなど、改めて規制基準を見直すことが必要だ。

 

 そしてその基準を生かすには、規制委のメンバーには原子力の専門家をはじめ、地質や地震の専門家、災害時の医師らも加え、審査をより科学的に進める体制作りも必要だろう。

(立石雅昭・新潟大学名誉教授)

 

*週刊エコノミスト2017年11月14日号掲載

長短金利操作やめ資産購入減額を=田中隆之〔出口の迷路〕金融政策を問う(7)

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日銀の政策は、先進各国の中央銀行の「常識」とはかけ離れている。傷口を広げないうちに転換すべきだ。

田中隆之(専修大学経済学部教授)

 先進国の中央銀行は、リーマン・ショックを頂点とする2008年の世界金融危機以降、大量資産購入、マイナス金利政策などの非伝統的金融政策に突入した。そのうち米連邦準備制度理事会(FRB)は、大量資産購入のみを行ったが、13年末からテーパリング(資産購入額の漸減)を開始して翌14年10月には終了。その後、保有する国債などの満期時に再投資を行い、残高を維持しつつ15年末に最初の利上げを行った。今年9月には再投資額の縮小をも決定し、資産購入策からの撤退は最終局面を迎えている。

 

 欧州中央銀行(ECB)も今年4月に資産購入額を減らし始め、すでに資産購入をやめていた英イングランド銀行(BOE)は、11月2日に10年4カ月ぶりに利上げに転じた。日銀以外の主要国中銀はいずれも撤退の方向を向いている。

 

 未踏領域の金融政策の経験の中から、次の事柄が明らかになってきた。

 

 第一に、資産購入は、政策金利がゼロに達し、下げ余地がない中での緩和手段として有用だが、副作用や欠点もある。すなわち、(1)長期金利の引き下げ効果があるが、それによる設備投資の誘発力は弱い、(2)株価、土地などの資産価格を実体経済とかけ離れた水準まで押し上げてしまう、(3)特に財政赤字の大きな国では、財政ファイナンスのわなにはまり「出口」が困難になる可能性がある、などだ。

 

 第二に、政策変更をかなり前からアナウンスして市場に織り込ませる手法が、市場とのコミュニケーションの点ですぐれていることだ。

 

 第三に、「インフレ目標」に柔軟に対応することの重要性である。FRBはインフレ率が「長期的ゴール」の2%に達しない時でも、利上げを行ってきた。だが、その一方で、失業率が低下しているにもかかわらず物価が上がらない「低インフレ問題」に直面し、利上げのペースは、金融政策を決める米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーの当初見通しを下回る慎重なものにとどまった。経済構造の変化が推測される時期には、このような柔軟な政策運営が適切と思われる。

 

 さて、日銀の金融政策は、こうした中銀の「グローバルスタンダード」から大きくかけ離れている。何よりもインフレ目標を厳格に捉え、市場に織り込ませるどころかサプライズを狙い、そして巨額の政府債務残高を背景に財政破綻確率を高めている。

 

 これを修正し、まずは大量資産購入策に終止符を打つことが必要だ。

 

 ◇2%は長期目標に

 

 日銀の場合、そのハードルはFRBよりもはるかに高い。具体的な手順をシミュレートしてみよう。

 

 第一に、「2%物価目標」を「長期的に達成すべきもの」と位置付け直す。「1%」への引き下げは、先進国中銀がいずれも2%を掲げるなか、円高の進行を防ぐ観点から採りにくい。

 

 第二に、景気の現状が循環的には良い局面にあること、デフレからは脱却していることを確認する。

 

 第三に、資産購入の「正常化」を開始する。最初のステップは、FRB同様テーパリングだ。日銀は16年9月に「長短金利操作」を導入し、操作目標をそれまでのマネタリーベース残高から、コール(銀行間貸借短期)金利(より正確には日銀当座預金政策金利残高への付利水準)と10年物国債金利に移した。その結果、年間80兆円ペースだった国債の購入量は、現在50兆円ペースに減速しており、すでにテーパリングは始まっているともいえる。

 

 だが、さらに購入量を減額していくには、(1)長短金利操作の枠組みを使い、10年物国債金利の誘導目標を上げていく、(2)長短金利操作の枠組みを破棄し、FRBのように月々の購入額を段階的に減らしていく──の二つの方法のうち、どちらを選択するかが問題になるだろう。

 

 本来、「正常化」をはかるのであれば(2)が確実だ。なぜなら、(1)では金利を先決するので、購入量をどれだけ減らせるかは市場実勢に委ねられる。長短金利操作は、長期金利の過剰な低下を修正すると同時に、購入できる国債の枯渇に備えて購入額の約束をやめるのが主眼であり、ゼロまで減らすことはそもそも射程に入っていない。テーパリングの手段ではなく、大量資産購入「長期戦化」の手段であったといえる。

 

 加えて、長期金利誘導目標を引き上げるとすると、その理由付けが難しい。物価上昇率が上がってくれば、実質金利を一定に保つために名目長期金利を引き上げるという理屈は成り立つが、物価動向待ちではいつまでも動けない可能性もある。

 

 それよりも、長期金利を操作目標から外して実勢に任せ、コール金利を当面はマイナスに据え置くことで、「金融情勢は極めて緩和的である」という説明を続けながら、それとは別に資産購入額の縮小を進める、というほうが、はるかにやりやすい。

 

 ◇財政再建とセットで

 

 懸念されるのは、テーパリングの開始時に、長期金利が跳ね上がり、高い水準で定着する展開だ。国の利払い費が急増して財政破綻の懸念が増大すれば、長期国債が売られ、長期金利はスパイラルに上昇していく。

 

 基本的には、これまでの大量資産購入で、もともと低い長期金利をさらに引き下げる力が限られたことを考えれば、逆にこれをやめても長期金利の基調的な水準はさほど大きく上がらないともいえる。

 図をみると、10年物長期金利は量的・質的金融緩和導入前は0・8%だったが、その後0・2%まで下がった。マイナス金利政策導入後、さらにマイナス0・3%近くまで低下したが、現在は長短金利操作でゼロ%近傍に引き戻されている。マイナス金利政策を継続すれば、10年物金利は0・8%をそう大きく上回らないのかもしれない。ちなみに、00年以降量的・質的金融緩和前までの平均は1・3%だ。

 

 日本の場合、1%の長期金利上昇が定着すれば、長い目で見て国債の利払い費は約10兆円増える(消費税2%引き上げで5兆円の増収)。ただし、これは4年前の状態に戻るだけだともいえ、10年物金利が2~3%以上で定着しないかぎり、急激な財政破綻スパイラルは避けられそうにも思われる。

 

 だが、00年代の長期金利が低かったのは、デフレが名目金利を低く抑えていたからでもある。テーパリングは、低インフレが継続し、「2%物価目標」を達成しないうちに実行したほうがよい。

 

 怖いのは市場の反応だ。FRBがテーパリングの方針を発信し始めた13年5月以降、それまで1・8%程度だった米10年物国債金利は夏にかけて約1%跳ね上がった(いわゆる「バーナンキ・ショック」)。だが、年末から実際に購入額が減るにつれて低下し、終了後の15年初めにはほぼ元の水準に戻っている。

 

 この例からも明らかなように、財政破綻の懸念が払拭(ふっしょく)されれば、市場はこれを好感して長期金利は落ち着く。そのためにも、政府が財政悪化を放置しない姿勢を強く打ち出し、国の財政再建と日銀の資産購入撤退を、市場が評価する展開を作り出す必要がある。

 

 この間、財政破綻懸念を材料とした「悪い」円売りが起きないようにしなければならない。それは経常収支の行方にも依存する。高齢化によるマクロ的な貯蓄率の低下を背景に、いずれ赤字に転じるという見方も根強く、そうなってからでは遅い。

 

 来春に就任する新総裁が、この狭く険しい道をうまく切り抜けて「正常化」をはかる選択肢を視野に入れた人物かどうかが、日本経済の将来を決するといえるだろう。

(田中隆之・専修大学経済学部教授)

◇たなか・たかゆき

 1957年生まれ。東京大学経済学部卒業。日本長期信用銀行調査部ニューヨーク駐在などを経て、2001年より現職。博士(経済学)。専門は財政金融政策、日本経済論。著書に『アメリカ連邦準備制度(FRS)の金融政策』など。


*週刊エコノミスト2017年11月21日号

〔出口の迷路〕連載一覧

目次:2017年11月28日号

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CONTENTS

 

AIに負けない! 凄い税理士・会計士

22 クラウド会計ソフトが大旋風 AI取り込みが死命を制す ■谷口 健

26 税理士が足りない! 深刻な人手不足と値引き合戦 AI時代に向け二極化が始まった ■宮口 貴志

27 伸びる会計事務所も登場 “先生商売”から経営・税務コンサルへ

28 徹底予想! 「消える業務」「残る業務」 ■加藤 力

30 AI時代の会計士 絶対数の不足がブラック化招く■磯山 友幸/編集部

業界団体に聞く! 税理士・公認会計士の未来

32 日本税理士会連合会 神津 信一会長 「単純作業の自動化は時代の必然」

33 日本公認会計士協会 手塚 正彦常務理事 「AIで代替不能な業務は幅広い」

34 覆面座談会 クラウド会計で分裂 フリー、マネフォとTKCの代理戦争も

海外で進むAIとの共存

36 エストニア 「会計士が消滅」のうそ ■木野 寿紀

37 ニュージーランド クラウド会計「ゼロ」が席巻 ■大石 明広

38 アナリスト職にも大波 欧州の「ミフィッド2」は影響大 ■菅野 泰夫

40 要チェック! 会計ソフト関連の28銘柄 ■小林 大純

 

42 債券 日本を抜く中国・債券市場の成長 「ボンドコネクト」で対外開放加速 ■城田 修司

46 MRJ 18年秋にも2500飛行時間 残る課題は商業機量産の時期 ■杉山 勝彦

47    債務超過問題も解消必要

78 中国 各国首脳がアリババ誘致合戦 決済や電子商取引ノウハウ目当て ■田代 秀敏

87 電気自動車 ドイツ勢がEV市場席巻も 「コネクテッド」も視野に ■編集部

 

Flash!

15 神戸製鋼データ改ざんで報告書/TPP11「大筋合意」、日本が主導権握る好機

 

Interview

6 2017年の経営者 谷田 千里 タニタ社長

48 問答有用 わっしー教授 お笑い芸人

 「“お笑いロボット”の発明者になりたい」

 

しなやかに生きる! はたらく女子伝説

88 掛け声よそに犠牲強いる風土 子育てとの両立促す支援策を  ■荒木 宏香

91 インタビュー クリスタリナ・ゲオルギエヴァ 世界銀行最高経営責任者(CEO)

 「途上国の女性起業家を支援 女性は『自分を信じる』力を」

92 アラサー女性1648人の結婚観 根強い高収入男性への願望 現実とのギャップが未婚化生む■力石 啓史/上條 雅弘

94 金融女子座談会 「個々を尊重した自由な働き方が必要」

翁 百合 日本総合研究所副理事長/大槻 奈那 マネックス証券執行役員兼チーフ・アナリスト/尾河 眞樹 ソニーフィナンシャルホールディングス執行役員兼金融市場調査部長

 

エコノミスト・リポート

84 オープン・イノベーション 国籍問わず積極的技術交流 蘭ハイテク都市が日本に問うもの

86 EVベンチャーも支援の恩恵 ■服部 毅

 

17 新連載 IoT・AI時代の主役 電子デバイスの今 日本2強のシリコンウエハー市場 ■津村 明宏

 

World Watch

66 ワシントンDC NAFTAに居丈高な米政権 「交渉決裂」を米産業界懸念 ■堂ノ脇 伸

67 中国視窓 米中の「民官外交」活発化 アップル、FBトップ関与 ■岸田 英明

68 N.Y./カリフォルニア/オランダ

69 韓国/インド/マレーシア

70 台湾/メキシコ/ケニア

71 論壇・論調 「習一強」幕開けの共産党大会 諫言役欠き高まるリスク ■坂東 賢治

 

Viewpoint

5 闘論席 ■片山 杜秀

21 グローバルマネー 政策運営の不透明感増すFRB次期議長人事

52 学者が斬る 視点争点 外国人旅行者呼ぶ国立公園改革 ■柘植 隆宏

54 海外企業を買う(166) インテュイティブ・サージカル ■児玉 万里子

56 名門高校の校風と人脈(266) 函館西高校/函館ラ・サール高校(北海道) ■猪熊 建夫

58 言言語語

72 アディオスジャパン(78) ■真山 仁

74 出口の迷路(8) 物価目標からGDP目標に移行を ■福田 慎一

76 東奔政走 日米蜜月は「取り扱い注意」 予測不能なトランプ流に翻弄か ■前田 浩智

80 国会議員ランキング(3) 自民党議員の質問時間・回数 ■磯山 友幸

81 商社の深層(93) 大手総合商社をしのぐ成長率は海外空港運営で実績のあの商事会社 ■編集部

82 福島後の未来をつくる(59) 脱原発か否かにかかわらず解決すべき五つの課題 ■鈴木 達治郎

104 景気観測 成長の半分超支える海外経済は堅調 景気拡大は進み、賃金・物価は上昇 ■南 武志

106 ネットメディアの視点 30代以下に紙では届かない 読者との「壁打ち」を記事に生かす ■浜田 敬子

110 アートな時間 映画 [ノクターナル・アニマルズ]

111        舞台 [「仕事クラブ」の女優たち]

112 ウォール・ストリート・ジャーナルで学ぶ経済英語 “ Collusion ”

[休載]ひと&こと

 

Market

98 向こう2週間の材料/今週のポイント

99 東京市場 ■藤戸 則弘/NY市場 ■佐々木 大樹/週間マーケット

100 インド株/為替/穀物/長期金利

101 マーケット指標

102 経済データ

 

書評

60 『東芝の悲劇』『闘う文豪とナチス・ドイツ』

62 話題の本/週間ランキング

63 読書日記 ■孫崎 享

64 歴史書の棚/出版業界事情

 

59 次号予告/編集後記

健康データで医療費削減目指す 谷田千里 タニタ社長

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 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 創業当初から体重計を作っていたのですか。

 

谷田 1923年にできた前身の会社は健康とは全く逆の商品、たばこのケースを作っていました。その後44年に祖父(故・五八士・元会長)がOEM(相手先ブランドによる受託生産)でトースターなどを作り、59年に体重計の製造を始めました。「ヘルスメーター」と銘打って売り始めたのは当社が最初です。祖父は体重計の普及を図り、商標は取らなかったようです。体脂肪計などでも同じように商標は登録していません。

 

── 体脂肪計の開発の経緯は。

 

谷田 日本初のデジタル表示式ヘルスメーターを作ったことが体脂肪計の開発につながりました。父(大輔・前会長)が社長だった92年に世界初の「乗るだけで測れる」体脂肪計として発売し、爆発的にヒットしました。その後、筋肉量など体の中身を測れる世界初の業務用「体組成計」へと発展し、現在は売上高の約5割を占めるメインとなっています。

 

── 競合も多いですが、強みは。

 

谷田 原点のものづくりに力を入れていることでしょうか。秋田と中国・東莞の自社工場で作っています。体脂肪計を開発した後も「もっとうまくできる方法を」と探っていました。その間に計測の技術が発達して体の水分量や内臓脂肪、推定骨量など体の構成が分かるようになりました。そこで「もう一つ上のものが出せる」として生まれたのが、世界初の体組成計です。重量センサーなどの考え方が生かせる血圧計、どの程度体を動かしたかの消費カロリーを計測する「活動量計」、アルコール度数計などを作っています。

 

── 常に技術革新を考えるDNAが流れている。

 

谷田 父が社長だった時代は「世界初を目指そう」という目標を理念に掲げていました。2008年に私が社長に就任してからは掲げていませんが、「面白いものを作ろう」という社風は今でも流れています。

 

 ◇レシピ本は542万部

 

── レシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』は「カロリー控えめながらも食事が楽しめる」と評判を呼び、一世を風靡(ふうび)しました。

 

谷田 09年に本社の社員食堂がテレビ番組で紹介されたのがきっかけです。売れるとは思っていませんでしたが、10年に1作目を発行し、シリーズ4冊で累計542万部です。30万部で大ヒットといわれる中で、今までとは比較にならないほどブランドが広がりました。

 

── レストランも展開しています。

 

谷田 タニタ食堂の屋号を付けているのは10店舗。メニューを出しているものを含めると約30店舗です。

 

── まさに特需ですね。

 

谷田 社内ではレシピ本のロイヤルティーの比率を上げようという声もありましたが、変えませんでした。当時は体脂肪計のブームが終わり、売り上げが落ちてきた時期で、改革を進めていました。基盤を作らなければならない時期に一時的な「バブル」で会社が踊らされるのを防ぎたかった。ロイヤルティーを上げて赤字の補填(ほてん)に使っていたら、ダメになっていたかもしれません。その分、出版元は工夫して宣伝してくれたのでうまくいったと思います。

 

── 今、力を入れていることは。

 

谷田 個人の体重などをチェックし、これを基に健康指導などを行う「タニタ健康プログラム」を展開しています。企業や自治体などを対象に、機器やデータ、健康指導のノウハウなどを含めた仕組みを買ってもらうビジネスです。具体的には従業員や住民には活動量計を配り、体重や血圧を測る計測スポットなどで個人のデータをオンラインで結びます。データは個人で確認できるほか、指導にも役立てます。

 

── 企業も行政も医療費の負担に頭を悩ませています。

 

谷田 父は体組成計や血圧計などで得たデータの活用を先読みして、個人向けの健康データを管理する子会社を作っていましたが、業績は芳しくありませんでした。そこで09年、この会社を活用し、対象を企業や自治体向けに変えて使いやすいものを作ろうと、開発を始めました。本社の社員約200人を対象に歩数計や体組成計などから得た個人の健康データを管理して「見える化」を進めるとともに、データを基に専門スタッフが改善指導などをする仕組みを作りました。

 

 取り組みの結果、適正な体重の社員が約5%増加し、社内での医療費が導入前より1割弱減りました。

 

── 1割とはすごいです。

 

谷田 プロジェクトの成功を基に健康プログラムとして改良し、毎年改定を重ねています。約100の企業や自治体で導入されています。

 

 国も健康経営を政策として進めており、厚生労働白書にも、メタボリック症候群の解消事例や、健康寿命延伸の取り組みとして2度取り上げられました。

 

 ◇実績持って世界へ

 

── この先、どんな会社にしたいですか。

 

谷田 社員食堂のおかげで「健康についてはタニタに相談すればいい」というイメージが広がりました。このイメージを維持しつつ、健康データを活用した医療費の削減をはじめ、日本の社会保障費の適切化、健康を図りたい。そのためにもプログラムを全国に導入してもらえたら、と思います。そして実績を持って世界に攻めていきたいですね。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 米国の販売会社にいました。それまでは正しい理論を盾に仕事をしていましたが、人心掌握が大切だと気づかされました。正しいことばかりを言っていても人は聞いてくれない。コミュニケーションをとり、自分の立場を理解してもらった方が仕事はしやすいと思います。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 『金持ち父さん貧乏父さん』(ロバート・キヨサキ著)です。家や車などを持つことが大切だと思っていましたが、価値概念が全てなくなりました。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 会社と自宅の掃除をしています。

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 ■人物略歴

 ◇たにだ・せんり

 1972年生まれ。大阪府出身。立教高校(埼玉県)、佐賀大学理工学部卒業。船井総合研究所を経て、2001年にタニタ入社。05年米国販売会社のタニタアメリカINC取締役、07年タニタ取締役を経て、08年から現職。45歳。

………………………………………………………………………………………………………

事業内容:家庭用・業務用計量器などの製造・販売

本社所在地:東京都板橋区

設立:1944年

資本金:5100万円

従業員数:グループ1200人(2017年3月末)

業績(17年3月期、連結)

 売上高:158億円

 営業利益:非公表

特集:AIに負けない!凄い税理士・会計士 2017年11月28日号

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クラウド会計ソフトが大旋風

AI取り込みが死命を制す

 

 企業の売り上げや原価などを管理する会計ソフトの業界で今、“人工知能(AI)旋風”が吹き荒れている。

 

 これまでの会計ソフトは、パソコンにインストールするタイプが主流だったが、インターネット上で処理できる「クラウド型会計ソフト」が登場し、急速に普及し始めている。特に、2012年に創業したfreee(フリー)(東京・品川区)とマネーフォワード(東京・港区)の両社は、クラウド型会計ソフトの専業で、従来型ソフトの強力な対抗製品となりつつある。

 

 クラウド型会計ソフトは、銀行口座の入出金やクレジットカードの明細、店頭レジなどに直接連結することができ、支払額や各取引の勘定科目を自動で入力できる。これによって、単純なデータ入力、銀行通帳の記帳、請求書の発行・郵送などがどんどん不要になっている。さらに、AIが過去の履歴から勘定科目を自動で提案したり、機能を随時追加・改善できるメリットもある。

 

 日本政府の政策も、会計ソフトのクラウド化を後押ししそうだ。

 

 まず、17年から「電子帳簿保存法」が規制緩和された。領収書や請求書などの書類の保存が、スマートフォンで撮影した画像データも認められることになった。各税務署での手続きやデータの7年間保存なども必要だが、領収書など紙の書類は原則「破棄OK」となったのである。

 

 税務当局も申告作業などの電子化に積極的だ。国税庁は17年6月、初めての長期目標として「スマート税務行政」を掲げた。10年後の2027年を目指し、「e-Tax(イータックス)」を含む申告・納付デジタル化のさらなる推進、税務相談の自動化などを目指していく。

 

◇経理マン190万人消滅も

 

 AIやデジタル化による会計業界の雇用への影響は大きい。

 

 有名な調査は、英オックスフォード大学のAI研究者であるマイケル・オズボーン准教授による14年の論文『雇用の未来──コンピューター化によって仕事は失われるのか』だ。90%の確率で10年後になくなる仕事(計37種類)に、「簿記、会計、監査の事務員」と「税務申告代行者」を選んだ。

 

 会計ソフト業界で旋風を巻き起こすfreeeやマネーフォワードも、大胆な見通しを示している。

 

 freeeは、300人規模の企業であれば、経理担当は0・8人で済むと試算している。現在、300人規模の企業は、経理担当を平均3・7人雇っているが、それが約3人減る計算である。freeeでは実際に、自社で1人の経理担当が約80%の時間を経理に充てる一方で、約20%を別の業務に充てているという。

 

 一方、マネーフォワードは、会計事務所や企業の経理部門が行っている記帳業務が100%自動化する世界を目指している。

 

 同社は11月2日、会計事務所向けの記帳サービスを手がけるクラビス(東京・新宿区)を8億円で買収すると発表。クラビスは、領収書や請求書などをスキャンすると、画像認識技術とベトナムでの手入力で、紙の書類を電子化するサービスを提供する。マネーフォワードはこの買収によって、自社のクラウド型会計ソフト「MFクラウド会計」の入力作業がほぼ100%自動になるメドをつけた。

クラビス買収を発表したマネーフォワードの辻庸介社長(右)
クラビス買収を発表したマネーフォワードの辻庸介社長(右)

 会計事務所向けのコンサルを手がけるアックスコンサルティングの五十里(いかり)学取締役は、「全国約380万社ある中小企業に経理担当者が1社1人いるとすると、クラウド会計ソフトの普及やAIで、将来的にはその半分、つまり190万人分の作業が自動化される可能性もある」と予測する。

 

 ◇AIを最大活用する士業

 

 

 日本の会計業界の雇用を概観すると、税理士が7万6000人、公認会計士は3万6000人いる。税理士や公認会計士らが運営する会計事務所には約17万人の職員がいる。AIを生かしたクラウド型会計ソフトは決して無視できない存在だ。

 雇用がなくなるという暗い話ばかりではない。AIによって単純作業が自動化されることで、新しい業務に時間を割く公認会計士や税理士が生まれている。

 

 有限責任監査法人トーマツから独立した藤田耕司氏(公認会計士・税理士)は、使う会計ソフトはマネーフォワードとfreeeに限定している。「これらのクラウド会計ソフトを使わない企業は、基本的にお断りしている」と言う。クラウド会計ソフトを使うことによって、「領収書の束を積み上げて、ひたすら打ち込んでいくようなことはしなくてよくなった上、より多くの顧客をほぼリアルタイムに、そしてスマートフォンでどこでも管理できるようになった」。

 

 藤田氏は会計事務所を運営する一方で、心理カウンセラーとしても活動し、日本経営心理士協会を立ち上げ、「経営心理士」の資格を主宰する。このため今は、経営コンサルとしての活動が多くなった。

 

「これまでの会計ソフトでは、経営数値を出すのが1カ月後とかになっていたが、それでは経営者が悩んでいる『今の数字はどうなんだ』に応えることができない。クラウド型会計ソフトでは今の状況が分かるため、コンサル業務にも活用できる。『未来が見えない』と嘆く士業従事者もいるが、発想を変えれば何でもできる」と強調する。

 

 大阪市に事務所を構えるナレッジラボの国見英嗣社長(公認会計士・税理士)は、社員15人でありながら、クラウド型会計ソフトを使って、北海道から九州まで顧客網を全国に展開する。会計事務所としての顧客は約100社、事業再生などのコンサル系の顧客数十社を抱える。

 

 国見氏は、「会計事務所の仕事はこれまで、8割が作業で2割がコンサルなどの付加価値だったが、今後は、作業を2割、付加価値を8割に逆転したい」と語る。さらに、「マネーフォワードのクラウド型会計ソフトと連携し、業績予測もできる自社開発のソフトを提供しながら、会計事務所の新たな価値を生みたい」と意気込む。

 

 仙台市と山形市に事務所を構えるあさひ会計は、社員74人、約750社の顧客を抱える東北で大規模の会計事務所だ。その代表社員である田牧大祐氏(公認会計士・税理士)は、「お客様である企業が会計ソフトを選ぶ時代になった」と言い切る。「かつての会計事務所は、『うちの事務所はこの会計ソフトを使っているから、御社でもこのソフトを使ってください』ということが多かった。だが、大事なのは、お客様が使いやすくて、業務効率化につながるソフトを選ぶということ。会計事務所がいろいろなソフトに対応できる体制を作らないといけない」と強調する。

 

 ◇最大集団TKCは対抗策

 

 こうしたクラウド会計ソフトの台頭に対して、既存の会計ソフト業界からは警戒感も現れている。

 会計ソフト大手のTKCは、その筆頭だ。同社は「TKC全国会」という関連団体を持つ。「血縁的集団」と自称するTKC全国会には、全国で7万6000人いる税理士のうち約1万人が会員になっている。

 

 業界最大の税理士集団とも言えるTKC全国会だが、16年7月に改定した会員規約が会計業界で波紋を広げている。主にfreeeやマネーフォワードの宣伝広告物に積極的に協力する税理士に対して、TKC全国会の会員から退会させる規約に変更したのである(24ページ写真)。

TKCが会員向けに昨年7月に配った規約改定の通知
TKCが会員向けに昨年7月に配った規約改定の通知

 TKCの飯塚真規専務は、その狙いをこう説明する。「クラウド会計ソフトでは、会計ルール上のミスが企業の意図しない形で起こる危険性がある。このため、(freeeやマネーフォワードなどが提供する会計ソフトの)看板となって販売促進を勧める先生方には、『TKCからはお引き取りください』『我々の目指すものは違います』とお伝えしている」と強硬姿勢だ。

 

 もちろん、TKCや弥生などの既存の会計ソフト大手も、自社製品のクラウド化を進めている。それでも、freeeやマネーフォワードという新興企業の登場が、国内の会計業界を真っ二つにしている構図だ。

 

 とはいえ、世界に目をやると、クラウド会計ソフトの導入は確実に進んでいる。豪州は69%、英国の65%、米国は40%となっている。一方の日本はまだ14%で、明らかに世界に後れを取っている。

 三菱東京UFJ銀行系のシンクタンク、国際通貨研究所の志波和幸主任研究員は、「税理士や公認会計士などの士業がAIの影響を受けることは間違いない」と語る。「今後は、経営コンサルや相続、事業継承、M&A(企業の合併・買収)などさまざまな新しい仕事を付加価値にする必要があり、そういう税理士や公認会計士が生き延びる」と予測する。

 

 今後も、クラウド会計ソフトやAIが会計業界にもたらす変革は、着実に進んでいきそうだ。

(谷口健・編集部)

週刊エコノミスト 2017年11月28日号

発売日:11月20日

特別定価:670円


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