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週刊エコノミスト 2017年11月28日号

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発売日:11月20日

特別定価:670円

 

AIに負けない!

凄い税理士・会計士

 

クラウド会計ソフトが大旋風

AI取り込みが死命を制す

 

 企業の売り上げや原価などを管理する会計ソフトの業界で今、“人工知能(AI)旋風”が吹き荒れている。

 

 これまでの会計ソフトは、パソコンにインストールするタイプが主流だったが、インターネット上で処理できる「クラウド型会計ソフト」が登場し、急速に普及し始めている。特に、2012年に創業したfreee(フリー)(東京・品川区)とマネーフォワード(東京・港区)の両社は、クラウド型会計ソフトの専業で、従来型ソフトの強力な対抗製品となりつつある。

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経営者:編集長インタビュー

健康データで医療費削減目指す

谷田千里 タニタ社長

 

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30代以下に紙では届かない 読者との「壁打ち」を記事に生かす=浜田敬子・Business Insider Japan統括編集長

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https://www.businessinsider.jp/

浜田敬子・Business Insider Japan統括編集長

はまだ・けいこ◇1966年生まれ、89年朝日新聞社入社。前橋、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部。2014年4月から同編集長。16年5月から朝日新聞社総合プロデュース室プロデューサー。17年4月より現職。


 やっと日本でも最近認知されるようになったミレニアル世代(1980~2000年生まれ)という言葉。Business Insiderはこの世代向けのオンライン経済メディアとして、09年にアメリカで始まった。現在世界14カ国で展開、読者は1億人以上。日本版は17年1月にスタートし、私は4月から統括編集長を務めている。

 

 朝日新聞社に在籍中、17年間週刊誌「AERA」、つまりずっと紙の雑誌をつくってきた身からすると、初のネットメディアは毎日ワクワクの連続だ。もちろん立ち上げ時の「産みの苦しみ」は山ほどあるが……。

 

 私たちが意識しているのが、「ミレニアル」「テクノロジー」「グローバル」という視点だ。この視点をかなえようとすると、もう紙では難しい、と感じる。AERAの主要読者は40代。30代向け企画に何度も挑戦したが、読者の若返りはかなわなかった。30代は「紙でニュースを読む」「雑誌を買う」習慣がないことを悟った。

 

 今、Business Insider Japan(以下、BI)の読者層は25~34歳が一番多く、次に35~44歳、これで3分の2を占める。記事のテーマも20、30代に寄り添ったものを意識している。

 

 10月、選挙報道では20代の記者たちが「自分ごと」として選挙を発信。「売り手市場が続いてほしい──20代が希望の党より自民党を支持する理由」「自民党こそリベラルで革新的──20代の保守・リベラル観はこんなに変わってきている」はヤフトピ(ヤフーニュースの主要トピック)入り。2本だけでヤフー上で160万PV読まれた。

 

 ◇PVよりも大事なこと

 

 やはり10月にヤフトピ入りした記事「頭のいい女子はいらないのか──ある女子国立大学院生の就活リアル」。こちらは何度も報じてきた女子学生の就活差別の記事に対して、自身の就活体験を編集部に送ってくれた女子大学院生のメールから始まった記事だ。

 

 私はAERA時代から、「読者との壁打ち」を意識している。自分たちが面白い、伝えるべきだと思うだけでなく、読者にどう受け止められるのか。オンラインメディアは読者からのレスポンスが早い。若い読者との「壁打ち」に圧倒的に向いている。ツイッターやFacebookでのコメントなど読者の反応をリアルタイムにつかめ、次の記事に生かしていける面白さがある。

 

 編集部内のコミュニケーションもリアルタイム感を大事にしている。フル活用しているのがSlackというコミュニケーションツール。育児や介護と両立する編集部員もいるので、みんなが会社で顔を会わせる時間は少ない。Slackに私から「このテーマで取材できる人?」と投げたり、編集部員からは「このテーマどう思う」「こんな人を知らないか」などアイデアが飛び交う。今ひとつPVが伸びなければ、「見出し変えた方が良くない?」という意見も出る。このフラットな感覚と風通しの良さが、新世代のメディアでもっとも大切なスピードには欠かせない。

 

 課題ももちろんある。新聞出身者が多いのでどうしても活字偏重になりがち。US版は写真やグラフを多用し、若い読者に、難民や財政の問題を伝えている。テキストと写真中心だった見せ方の“殻”を打ち破らなくては。

 

 ネットメディアは戦国時代だ。勝ち残れるかどうかは、PVではないと思う。読者にどんな“価値”を提供できるか。若い読者に「BIって面白いよね」「読んでおかないとね」と自分たちのメディアだと思ってほしい。どんな読者に支持されているのか、それが今後のメディアの価値になると思っている。

 

*週刊エコノミスト2017年11月28日号「ネットメディアの視点」

物価目標からGDP目標に移行を=福田慎一〔出口の迷路〕金融政策を問う(8)

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出口に向かう政策変更で市場に混乱を来たさないために、現実的な目標に移行すべきだ。

 

福田慎一(東京大学大学院 経済学研究科教授)

「2年で2%インフレ」は後ズレし続けている
「2年で2%インフレ」は後ズレし続けている

 日銀が2013年4月に異次元の金融緩和によって2%の物価目標を2年で実現すると公約してから、4年半余りが過ぎようとしている。

 

 当初はインフレ率がターゲットとする消費者物価指数(CPI)のコア指数(生鮮食品を除く総合)で1%を上回ることもあったが、14年秋以降は消費税の影響を除いたベースでインフレ率が1%を割り込む状況が続いている。特に、エネルギー価格を除いたコアコア指数(食料及びエネルギーを除く総合)は、昨年来低迷が顕著で、今年に入って前年同期比でマイナスに転じてしまった。

 

 当初は2年で実現するはずだった2%のインフレ率達成に向けた道のりは、ますます厳しくなっているのが実情である。

 

◇6度、4年の先送り

 

 その間、日銀は2%の物価目標が達成されると考えられる時期を6度にわたって先送りした。その結果、異次元の金融緩和が開始された際には「15年度を中心とする期間」としていた目標達成の時期は、今年7月には「19年度ごろ」と当初から4年も後ズレすることとなった。しかも、「19年度ごろ」という現在の見通しですら、今後に再び先送りされるのではないかという見方が市場関係者の間では一般的である。

 

 伝統的に、中央銀行の経済予測は、民間の予測よりも優れていると考えられてきた。これは、中央銀行は優れた専門スタッフを多数抱えているだけでなく、その予測の達成に向けて金融政策を実施することができるという特別の立場にあるからである。

 

 日銀が公表する経済予測も、かつては高い精度を保ってきた。しかし、2%の物価目標を設定して以降、その予測精度に大きな陰りがみえ始めている。これは、物価目標を設定した他の中央銀行とは好対照な傾向である。

 

 その大きな理由としては、日銀が設定した2%のインフレ目標が高すぎて、結果的に実現可能性が低いものとなってしまったことが挙げられる。他の物価目標を設定した中央銀行も、その目標を完全に実現してきたわけではない。しかし、設定した目標を大きく下回るインフレ率が長期間にわたって続くという日本の状況は、他の物価目標を設定した国々ではみられない異常なものである。

 

 目標達成時期の度重なる先送りは、単に予測精度の低下にとどまらない深刻な問題を日銀にもたらす可能性がある。それは、金融政策を行う日銀に対する信認の低下である。

 

 近年の金融政策では、中央銀行が「市場との対話」によって市場からの信認を確保し、それによって人々の予想を望ましい方向に誘導する「フォワード・ガイダンス」の役割がますます重要となってきている。とりわけ、政策金利が実質的にその下限に達し、伝統的な金利調節を行うことができない「流動性のわな」の下では、中央銀行が市場から信認を得て政策運営を行うことはこれまで以上に必要となっている。

 

 日本は、異次元の金融緩和の長期化で、日銀が購入できる国債残高は限界に近づいており、金融政策で残された選択肢は限られてきているのが実情である。

 

 今後は、極端な金融緩和を見直し、経済を正常化させるための「出口戦略」も必要になってくると思われるが、日銀が市場の信認を十分に回復できない場合、その政策変更によって市場が大きく混乱する懸念すらある。このため、日銀がいかにその予測精度を回復し、市場からの信認を高めていくかは今後の極めて重要な課題といえる。

 

 日銀が信認を回復するための手段を議論する際、「もしあの時このような政策変更を行っていたならば」といった「たられば」の議論をすることはもちろん可能である。実際、今回の異次元の金融緩和が始まった当初、政策が市場の予想を上回る効果を上げた際に、それを大きな成果として政策変更を行っていたならば、日銀に対する信認は現在も高いままであったはずである。

 

 しかし、時計の針はもはや元には戻せない。したがって、日銀がいかにして信認を回復すべきかに関する議論も、現在置かれた状況を所与として議論せざるを得ない。

 

 残念ながら、そのための選択肢は非常に限られている。ただ、2%の物価目標は当面達成できそうにない一方で、日本の経済状況自体は改善している。

 

 14年4月の消費税引き上げ以降、回復が遅れ気味であったGDP(国内総生産)も、16年以降は物価変動の影響を除いた実質ベースで増加が続き、民間予測では17年度の成長率が経済の実力を示す潜在成長率を大幅に上回るとの見通しも広がっている。

 

労働市場では人手不足が顕在化し、各種の雇用関連指標が大幅に改善している。企業セクターでも、収益の大幅な増加は顕著で、株価は大きく上昇している。財・サービス市場における需給ひっ迫度を示す「GDPギャップ(需給ギャップ)」もプラスに転じつつあり、数字上は日本経済で長い間続いてきた需要不足がほぼ解消されつつあることが示唆されている。

 

◇信頼回復への道

 

 このため、これら経済状況の改善を理由として、実現困難な物価目標の旗印を下ろし、より現実的な目標設定に移行することが、今の日銀ができるベストではないがベターな対応と考えることができる。

 

 そのための方法としては、米国の連邦準備制度理事会(FRB)のように物価の安定と雇用の最大化という二つの目標を設定することも考えられなくはない。しかし、二つの目標が存在する場合、どちらの目標を重視するかに恣意(しい)性が生まれる。また、労働人口の減少が見込まれる日本では、人手不足が慢性化し、雇用と景気の連関が以前よりはるかに小さくなっている。

 

 このため、より現実的な対応は、物価と経済成長の両方の動向を反映する名目GDPを目標とすることであろう。

 

 最近の経済状況をみると、2%の名目GDPの成長であれば、目標としてもその達成はそれほど難しいものではない。図で分かるように、四半期ベースではすでに13年から14年にかけて2%を超えていた。3%の名目GDPの成長となると、その達成に向けたハードルはやや高くなるが、15年は3四半期連続で3%を超えるなど、実現可能性は2%の物価目標よりははるかに高い。

 

 四半期データである名目GDPは、月次データの消費者物価に比べて速報性という点でターゲットとするには適さない面がある。しかし、それと代替的な速報性のある指標はいくつか考えられ、それらを参考指標として使うことで、名目GDPをターゲットとした政策運営は十分に可能である。

 

 日銀が実現可能な目標を設定し、金融政策をそれに応じたものにしていけば、失った信認を回復していくことが可能だろう。そうすれば出口についても説得的に語ることができる。名目GDPで2%台の成長を実現できれば、日本経済としては上出来で、金融政策の変更も視野に入るということになれば、日銀の選択肢は広がるし、市場の見方も変わるだろう。いつまでも2%の物価目標にこだわり、出口については時期尚早と言い続けていては市場との対話は成り立たない。

 

 足元では、米国に続き、欧州でも、超金融緩和政策からの「出口戦略」への道筋がみえてきている。いまや日本だけが取り残された状態である。実現可能性の高い政策目標で信認を取り戻すことが日銀にとっての喫緊の課題といえる。

(福田慎一・東京大学大学院 経済学研究科教授)

◇ふくだ・しんいち

 1960年生まれ。84年東京大学経済学部卒業、89年イェール大学大学院博士課程修了(経済学博士)。96年東京大学大学院経済学研究科助教授、2001年から現職。近著に『金融論─市場と経済政策の有効性』。


*週刊エコノミスト2017年11月28日号掲載

出口の迷路ー金融政策を問う一覧

第59回 福島後の未来:脱原発か否かにかかわらず解決すべき五つの課題=鈴木達治郎

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◇すずき・たつじろう  1951年大阪府生まれ。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)修士課程修了。東京大学工学博士。MITエネルギー環境政策研究センターなどを経て、2010~14年に政府原子力委員会委員長代理。14年長崎大学教授。15年より現職。
◇すずき・たつじろう  1951年大阪府生まれ。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)修士課程修了。東京大学工学博士。MITエネルギー環境政策研究センターなどを経て、2010~14年に政府原子力委員会委員長代理。14年長崎大学教授。15年より現職。

 東京電力福島第1原発事故から6年半がたった。最近の状況を見ると、日本全体が事故を過去のものとして忘れてしまったのではないか、と思わざるを得ない。残ったのは、不毛な政策議論と山積みの政策課題。筆者は、福島原発の事故の教訓をもう一度しっかりと踏まえ、「脱原発か否か」にかかわらず、解決すべき重要な課題に全力で取り組まなければいけない、と考える。その課題は次の五つである。

(1)廃炉プロセスと被災者の人権

 

 福島原発の廃炉は、世界でも例のない困難で長期にわたる巨大プロジェクトだ。事故を起こした東京電力に作業の責任を負わせているが、技術的にも費用負担でも、東電だけで解決できる課題ではない。専門の廃炉措置機関の設置が必要だ。

 

 事故直後、原子力委員会では、作業の透明性を確保し、公正で安全な作業を保証する意味で、第三者機関の設立を提言したが、まだ実現していない。地域の住民はもとより、国際社会の信頼を確保する意味でも、権威ある第三者機関の設置が求められる。

 

 一方、2017年4月1日付で、「帰還困難区域」を除く避難指示区域がほぼ解除されたが、避難住民の生活はまだとても「復帰」には程遠い。

 

 住民の間では避難指示区域解除決定に対する不信感や、生活基盤の不足に対する不満が根強い。これは、避難指示解除や復興の意思決定に住民の声が十分に反映されていないからではないか。国会は12年に「子ども・被災者支援法」を成立させたが、その第2条には「被災者一人一人が…他の地域への移動及び移動前の地域への帰還についての選択を自らの意思によって行うことができるよう、被災者がそのいずれを選択した場合であっても適切に支援するものでなければならない」と明記されている。この「被災者の人権保護」の考え方をもっと徹底すべきである。

 

(2)使用済み燃料をどうするか

 

 脱原発を今すぐ決定したとしても、使用済み核燃料・廃棄物問題が解決するわけではない。現在、使用済み燃料はそのほとんどが発電所サイト内でプール貯蔵されているが、福島原発事故で、このプール貯蔵が大きなリスクを抱えていることが判明した。

 

 また、そもそも使用済み燃料はすべて再処理され、プルトニウムとウランを回収して再利用する「核燃料サイクル」が日本の基本的政策である。そのため、再処理が進まないと、貯蔵容量の不足に陥り、原発は稼働できなくなってしまう。

 

 この二つの問題を解決するためにも、当面はより安全なキャスク貯蔵(乾式貯蔵)を用いた「中間貯蔵」を民間だけに任せるのではなく、政府が責任を持って進めるべきだ。

 

「中間貯蔵」を推進する際、問題となるのが、「貯蔵後」の扱いである。日本では使用済み燃料は「資源」と考えられているため、「ゴミ」として処分する(「直接処分」とよばれる)ことが許されていない。したがって、再処理が進まないと「中間貯蔵」の立地も困難である。中間貯蔵を促進する意味でも、直接処分を認め、核燃料サイクルを柔軟なものに転換していく必要がある。そうしないと後述のプルトニウム在庫量も増加し続ける可能性が高い。

 

 使用済み燃料を再処理するにせよ、「核のゴミ」問題の解決は不可欠だが、いまだに国民の信頼が得られておらず、最終処分場の立地は進んでいない。廃炉と同様、廃棄物処分の国民的合意を進める意味で、「第三者機関」が必要だ。このままでは「核のゴミ」問題の解決はなかなか実現しないだろう。

 

(3)核テロリズムへの対応

 

 核テロリズムのリスクは今や世界でも最も深刻な安全保障課題と位置付けられている。福島事故以降、使用済み燃料のプール貯蔵もそのターゲットとして注目された。

 

 しかし、最も警戒しなければいけないのは、核兵器の材料にもなるプルトニウムの管理問題であろう。世界では約511トン、長崎原爆に換算して8万5000発以上もの分離プルトニウムが貯蔵されている。

 

 日本は、非核保有国では最大で、すでに47トンものプルトニウム在庫量を抱えている(15年末現在)。

 

 この在庫量を少しでも削減することが求められており、特に米国から強い関心が寄せられている。日本は、在庫量削減のために何ができるのか。現在計画されている「プルサーマル(既存の原子炉で再利用)」だけでは不十分だし、再処理を継続すればプルトニウム在庫量は逆に増えてしまう。核燃料サイクルの見直しが必要なのはここでも同様だ。

 

 核テロリズム問題では、サイバーセキュリティーのような新たな課題、また内部脅威対策として重要な「従業員信頼性確認制度」の法制化も検討すべき課題だ。

 

(4)国民の信頼確保

 

 福島事故で最大の影響は、原子力安全のみならず、原子力行政全体に対し、国民の信頼を失ったことだ。

 

 国民の過半数はいまだに「深刻な事故が起きる」と心配し、「再稼働」にも反対している。この国民の信頼を回復するには、信頼できる情報の発信と市民との対話の場が必要である。ここで注目したいのが、原子力規制委員会設置法成立の際の「付帯決議」(平成24年6月20日、参議院環境委員会)であり、そこには次のように明記されている。

 

「本法施行後一年以内に地方公共団体と国、事業者との緊密な連携協力体制を整備するとともに、本法施行後三年以内に諸外国の例を参考に望ましい法体系の在り方を含め検討し、必要な措置を講ずること」

 

 しかし、この決議は実現していない。このように国会の役割は極めて重要だ。地方自治体と国、事業者間で連携し、住民の信頼を確保できるような場を設置することが必要だ。

 

(5)「もんじゅ」後の開発と人材

 

 高速増殖炉原型炉「もんじゅ」はついに16年に廃炉が決定した。しかし、政府は、高速炉の実証炉開発と核燃料サイクルの継続を決定している。なぜこのような「矛盾」が放置されたままなのか。ここでも、研究開発の問題点を客観的に検証する「第三者機関」がやはり必要だ。

 

 福島事故以降、研究開発の優先順位も当然変化すべきだが、そのような徹底した検証がなされた形跡はない。廃炉措置や、廃棄物処分は脱原発を決定しても、今後40~100年の単位で人材を確保する必要があり、そのための研究開発の在り方も検討していく必要がある。

 *   *   *

「脱原発か否か」の対立を超えて、我々自身が真摯(しんし)に五つの課題に取り組み解決していくことが事故の教訓を生かすことになるのではないか。

(鈴木達治郎、長崎大学核兵器廃絶研究センター長・教授)

*週刊エコノミスト2017年11月28日号 掲載

【はたらく女子伝説】翁百合×大槻奈那×尾河眞樹 金融女子座談会 

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個々を尊重した自由な働き方が必要

仕事と出産、双方実現できる社会を

 

 働く女性が、子育てをしながらキャリアを形成するために必要なものは何か。男性社会でキャリアを築いてきた翁百合(日本総合研究所副理事長)、大槻奈那(マネックス証券チーフ・アナリスト)、尾河眞樹(ソニーフィナンシャルホールディングス金融市場調査部長)の3人の女性エコノミストが語った。

── 現在の働く女性が置かれている環境は、昔と比べてどうですか。

 私が日本銀行に入行した当時は、女性総合職は珍しい存在でした。まるで宇宙人を見るかのように「結婚したらどうするの」と聞く人もいました。今は女性が働くことが当然ですから、隔世の感がありますね。大槻 私が三井信託銀行(現三井住友信託銀行)に入行した頃も、同じようなことを平気で聞かれましたね。今はM字カーブ(結婚・出産・育児期に女性の労働力が低下する現象)も少しずつ改善して、安倍政権になって以降は、女性活躍推進や働き方改革も浸透し始めているので、昔の何もなかった頃に比べれば、環境は良くなっていると感じます。

── 仕事内容も男性とは違いましたか。

翁 幸い、仕事は男女関係なく与えられました。私がいた当時の日銀の調査統計局は残業が特に多い部署で、終電ごろまで皆仕事するのが文化でもありました。日々の仕事に加えて、勉強の時間も確保しなければならないので、足りない時間は睡眠時間を削っていましたね。

大槻 私も外資系証券会社にいた頃は、寝る間を惜しんで働きました。朝5時に出社したら、すぐに超ハイテンションでニューヨークとロンドンに電話をかけまくる日々です。睡眠時間は平均3時間、土日がないのは当たり前で、決算期になればほぼ毎日徹夜です。会社で寝袋で寝ることもありました(笑)。当時はメディアによるアナリストランキングの他に、毎期お客様にランク付けもされるので、評価を落とさないようにと日々必死でした。

尾河 私も外資系銀行が長かったので、成果重視で男性も女性も関係なくばりばり働きました。結果的に睡眠時間は短くなりましたが、私は独身なので、家事の負担が少なく仕事にまい進できました。翁さんや大槻さんのように結婚して家庭を持ち、家事をこなしながら仕事でも成功されている方は本当に尊敬します。どうやって両立したのですか?

  私が出産したのは日本総合研究所に転職した後でしたが、日本総研は裁量労働制で時間にあまり縛られず仕事ができたので、仕事と育児が両立しやすい環境でした。

 特に子どもが小さい頃は、朝夕医者に連れて行くことが多く、本当に助かりました。私の場合、夫が家事・育児を随分手伝ってくれましたし、義母が背中を押してくれたこともあり、子どもが保育園に入る時に会社の近くに引っ越したことも、両立できた大きな要因です。通勤時間を大幅に短縮でき、仕事の合間に抜けてPTAの会合などに参加したりもできました。

大槻 女性が子育てしながらキャリアを築こうと思ったら、家族の支えや会社の理解は不可欠ですね。結婚相手となる男性は、「理解がある」というレベルではなく「違う目標を持って一緒に頑張っている女性が好き」くらいの男性でないと、長くは続きません。デートの段階で「妻にずっと家にいてほしい」なんて言われたら、その時点でアウトです(笑)。

── 女性の社会進出が進んだとはいえ、今は子育てと仕事を両立できる働きやすい社会といえますか。

翁 昔に比べれば働きやすくなったと思いますが、総合職と一般職という採用形態がいまだに残っているように、まだ企業の根っこには、男女を区別する文化が残っていると感じます。企業としても、女性の結婚後の離職リスクは考えなければならないので、なかなか大きな仕事を任せられないのでしょう。

翁百合

(日本総合研究所副理事長)

1982年慶応義塾大学経済学部卒業。84年慶応義塾大学大学院修士課程修了後、日本銀行入行。92年日本総合研究所入社、主席研究員などを経て、2014年より現職。この間、03年産業再生機構非常勤取締役兼産業再生委員、13年規制改革会議・健康医療ワーキンググループ座長などを歴任。京都大学博士(経済学)、慶応義塾大学特別招聘教授兼任。


 

◇「生意気」とみられる風潮

 

尾河 私の周りでも、ある会社で一般職で入社した女性が総合職試験を受けようとしたら、「あなたは一般職で入社したのだから、スーパーアシスタントを目指してください」と言われたという話を聞いたことがあります。

大槻 女性が何かを主張したり反対意見を言うと、世間一般的には生意気だと思われる風潮もいまだにありますよね。実力通りに「できます」と言うと、昇進に不利になると感じている女性は多いです。だから女性は、大きな仕事や昇進の話が来ても「私にできるか分かりませんが」とへりくだる傾向にありますよね。結果として、女性は実力より少し下のレベルのことまでしかさせてもらえない。

そうしていろんなことに挑戦しなくなると、失敗を恐れたり人目を気にする傾向も強くなります。

 アナリストの世界でも、ランキングにさらされる株式分析などの部門では極端に女性が少ない。人に評価されてランキングを付けられることを嫌がる傾向が強いことが一因だと思います。そうしていろんなことに挑戦しなくなると、失敗を恐れたり人目を気にする傾向も強くなります。アナリストの世界でも、ランキングにさらされる株式分析などの部門では極端に女性が少ない。人に評価されてランキングを付けられることを嫌がる傾向が強いことが一因だと思います。

尾河眞樹(ソニーフィナンシャルホールディングス金融市場調査部長)

ファースト・シカゴ銀行、JPモルガンなどの為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替リスクヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。16年8月より現職。

尾河 統計的にみても、男性より女性の方が自己評価も低いそうですね。しかし、上司からするといざ仕事を任せようとした時に自信のない反応が返ってきたら、「やっぱり女性には任せられない」と思うのも無理はありません。

 一般的に女性は横並びの仲間意識も強く、一人だけ昇進して嫌われたくないという面もあるようです。仮に昇進しても、部下に厳しいことを言わなければいけない時もあり、上に立つのも楽ではありません。そのため、昇進に積極的になれない女性が多いのも事実です。

── 男性だけでなく、女性の意識も変わらないといけない。

尾河 そうですね。そういう女性特有の傾向が徐々に変わり、女性が昇進や大きな仕事の話にもどんどん挑戦していく社会になってほしいです。そうしなければ、キャリアを築こうと頑張っている次の世代に続いていきませんから。

 

◇狭い「女性枠」の奪い合い

 

── 女性管理職の割合の低さにも、男女共に根強く残る高度経済成長期の価値観が表れています。

尾河 そうですね。管理職への道を諦めている女性も多いです。キャリアを築こうと頑張っている女性でも、周りに前例が少ないために、実際に自分が役員に昇進するような、現実感のある高い目標や自信を持てないんですね。 


大槻 まずは、企業が目標とする女性管理職の比率をもっと高く設定ししてほしいですよね。女性管理職を最低1人とか、そんな低い目標では現実感のある目標は持てないどころか、「女性枠」という一つの椅子を奪い合う、小さなパイの中での狭い競争が起きてしまいます。

「枠」が狭いと、誰が昇進するのかも大体分かり、お手本にしたくない人が昇進することもあり得ます。そうすると、下の世代は失望してますます未来を描けなくなることも考えられます。企業が思い切って高い目標を置いて、多様性のある、いろんなタイプの女性管理職を登用することが必要です。

尾河 評価の仕組みを明確にするのも効果的ですね。職場全体がその人の評価を認識して納得していれば、誰も文句は言わないと思います。

── キャリアを築けても、育児との両立は難しい現状もあります。

尾河 やはり企業の考え方が重要だと思います。前職のシティバンク銀行は本社の1階に託児所を設けていて、多くの子育て社員が利用していました。企業がそうやって会社としての考え方を示すことで、育児休暇を取得する社員や、短時間勤務制度を利用する社員への理解も職場全体で進むと思います。

 安心して子どもを預けられる保育の場所があることは、育児と仕事の両立の大前提になります。若い世代は皆そこを不安に感じているので、保育の量と質の拡充が急務だと思います。

大槻 育休の取得がキャリアの妨げにならないような職場作りも必要です。例えば、ある企業は、メンタルヘルスに問題がありそうな社員を大学などに派遣留学させたりしますが、復職時も階級を維持する制度となっているようです。では、社員が1年間育休を取った場合も同じかというと、なぜか違います。休職扱いになって階級も維持されない。これは非常におかしな話です。少なくとも階級は維持するべきでしょう。

 育休中に仕事から離れすぎてしまうことを会社が懸念するのなら、今はIT技術でどこからでも会議に参加できます。そうした形で補って、復職時に階級や役職を継続する方法はあると思います。

尾河 管理職で責任ある立場の社員が1年間育休を取るとなれば、企業はその社員が担っていた分の仕事をそのままにしておくわけにもいきません。この場合、全く同じポジションを用意するのはなかなか難しく、企業としては悩ましいところです。この問題については、今後考えていく必要がありますね。

 男性の育休取得も浸透させるべきです。女性も社会に出て働く以上、これからは夫婦一緒に子育ても家事もする時代です。その意味で、男性が一日中育児をするという時期は必ずあった方がよいと思います。

── アプローチはさまざまありますが、女性が仕事と育児を両立するために最も必要な解決策は何ですか。

 身をもって感じているのは、やはり時間に縛られない柔軟な働き方ができることではないでしょうか。ただ、それだけでは駄目で、家族や職場のサポート、企業が高い目標を掲げ女性を責任あるポジションに登用することも必要です。何か一つだけ強化して解決できるものではなく、同時に多面的な取り組みを行うことだと思います。

尾河 確かに、今日本企業の多くは、パソコン(PC)の稼働状況で離席時間を把握したり、家で仕事する場合もPCに備えられたカメラで確認したり、社員を四六時中監視しているような状況です。しかし、そうやって社員を時間で管理しているうちは、子育てと仕事の両立も長時間労働の是正も、根本的改善は難しいと思います。時間ではなく成果で社員を管理すれば、男女の区別なく時間に縛られずに働くことができ、生産性も向上するのではないでしょうか。

大槻 同感です。定時になると強制的にPCの電源を落としたりして長時間労働の改善を図る企業もありますが、働く意欲のある人や仕事を抱えている人にとっては不便でしかありません。労働時間を無理に減らすより、個々の考え方や生活スタイルを尊重した多様な働き方を目指すべきだと思います。

◇「出産を諦めないで」

 

── 最後に、キャリアを築こうと頑張っている女性や、仕事と育児の両立に直面する女性に向けて、アドバイスをお願いします。

 男性と同様にキャリアを形成するうえでは、得意分野を作り実績を重ねていくことが第一歩になると思います。そして、自分には少し厳しいかなと思っても、その時しか経験できない仕事には挑戦してほしいです。子育て中は時間的制約が常にあり、大変な時期もありましたが、私もそうした姿勢で仕事に取り組んできました。

 振り返ってみても、子育てから学ぶことは多く、社内外のさまざまな責任ある仕事を経験できたことも、自分自身の視野を広げ、成長につながったと感じています。悩んでいる人に、長い目で考えて両立に向けて頑張ってみて、と背中を押してあげるのが私たち世代の役目だと思います。

尾河 私は振り返ると、迷ったり悩んだりしたら必ず苦労する道を選んできました。ファースト・シカゴ銀行時代にロンドンに赴任することになった時も、慣れないことばかりで最初は後悔もしましたが、今思えばその時の選択が全て自分の肥やしになってきました。

 今若い世代の女性が悩んでいたら、意外と大変な道を選んだ方が、良かったと思える日が来ると言いたいです。

 

大槻奈那

(マネックス証券チーフ・アナリスト)

東京大学卒業。ロンドン・ビジネス・スクールでMBA取得。三井信託銀行(現三井住友信託銀行)入行。スタンダード&プアーズ・レーティング・ジャパン、UBS証券、メリルリンチ日本証券にてアナリスト業務を経て、2016年1月より現職。現在、名古屋商科大学経済学部教授、財政制度審議会財政制度分科会委員、東京都公金管理運用アドバイザリーボード委員などを兼任。


大槻 私も、自分の選択の結果、苦労を経験したことも多々ありました。しかし、自分に負荷をかければ、成長できる機会もあると思います。

 そしてやはり、自分の最愛のものを、一生をかけて築いてほしいです。私は子どもという、女性として、人としておそらく最愛のものを得ることができませんでした。仕事にまい進する中で、その時々は最良の選択と信じて進んできましたが、仕事に脂が乗り責任も増す中、子育てに数年時間を取られることを考えると、踏み切る勇気がなかったんですね。

 だから政府や企業は、女性が子どもを産むという選択肢を取りやすい環境をさまざまな形で支援してほしいと強く思います。今はIT技術や短時間勤務制度を利用して、バランスを取る方法がたくさんあります。育休の数年間は長いキャリアでみればあっという間です。女性は、子どもを産むことを選択肢の一つとして持っていてほしいです。

(聞き手=荒木宏香・編集部)

【はたらく女子伝説】 クリスタリナ・ゲオルギエヴァ世界銀行最高経営責任者(CEO)インタビュー

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クリスタリナ・ゲオルギエヴァ

世界銀行最高経営責任者(CEO)

1953年ブルガリア生まれ。93年世界銀行入行。環境戦略及び政策・貸付担当局長、開発担当局長などを経て、2008年副総裁兼官房長。10年より欧州委員会において、国際協力・人道援助・危機対応担当欧州委員、人的資源担当副委員長を歴任。17年1月より現職。

 

途上国の女性起業家を支援

女性は「自分を信じる」力を

 

 

クリスタリナ・ゲオルギエヴァさんは、現在のキャリアを築くまでに何を感じてきたのか。世界銀行グループ(WBG)が新たに設立した「女性起業家資金イニシアティブ(We−Fi)」の目的も聞いた。

 

 

── We−Fi設立の背景を教えてください。

■ We−Fiは、途上国の女性起業家や中小企業を経営する女性に対し、事業拡大に必要な資金や市場、人脈などさまざまな形で支援を行う取り組みです。途上国では、中小企業を経営する女性の約7割が金融機関から必要な融資を受けられず、多くの女性が活躍の機会を失っています。その不足資金は、世界全体で年間3000億ドル(約34兆円)にものぼるとされています。

 この問題に対応するため、米国や日本など14カ国の資金支援を得て、We−Fiを設立しました。目標は、途上国の女性起業家や中小企業経営者に全体で少なくとも10億ドル(約1134億円)を支援することです。

 


── 今後どんな展開を見込んでいますか。

■ 二つあります。一つは、途上国の女性起業家が直面する厳しい現状を世界が認識し注目することで、問題意識を持ってもらうこと。もう一つは、支援によって良い経営実績を収めた成功事例を発信し、途上国の女性も男性同様に高い能力があることを実証することで信用力を向上させ、将来的には自ら道を切り開いていける環境を作ることです。

── 日本でも、女性が十分にキャリアを形成できない現状があります。女性として現在の地位を築くうえで苦労したことはありましたか。

■ 私が世界銀行に入行した頃は、女性は数えるほどしかいませんでした。当時は、「女性の能力は男性に劣る」という偏見が強くあり、女性がキャリアを築くには男性よりも多く働かなければ、同等に認められない風潮がありました。現在のようにIT技術も発達していなかったため、在宅勤務のような自由な働き方もできず、家族の集まりに参加できないことは何度もありました。

 

◇幹部が考え方を発信

 

── どう仕事と家庭を両立しましたか。

■ 私の場合、夫が家事と育児に協力的だったことが大きな支えになりました。そのお陰で私も家族との時間を作ることができ、夫の理解と家族との大切な時間があったからこそ、仕事が忙しくても頑張れました。

 また、キャリアを築くうえでは、直属の上司の影響が大きかったと感じています。当時の私の上司であった元世界銀行総裁のジェームズ・ウォルフェンソンは、国や企業が成長するには、女性の存在と労働力が重要であるという考え方で、女性の活用や地位向上に積極的でした。

 私が女性幹部として学んだ教訓として、女性はチャンスが来ても自信がないため遠慮してしまう傾向があり、それが結果的に女性の地位向上を妨げているということがあります。まずは、自分を信じる力が重要となりますが、私の場合は、女性としての存在や能力を全面的に認めてくれる上司がいて、のびのびと働けたことが、その後のキャリア形成に大きく影響したと感じています。

── 女性がキャリアを築きながら家庭と両立するためには、何が必要ですか。

■ 企業のトップや幹部が女性の活躍を発信することと、女性の働く環境を整えることを組み合わせることが必要です。幹部が自ら考え方を発信することで、職場や社会全体の働く女性への理解は深まると思います。

 職場環境については、託児所を多く設けたり、企業はフレックスタイム制を導入して、男女ともに自由な働き方を広めていくべきです。子どもを持つ女性には特に必要です。また、男性も育児休暇を率先して取得し、子育てや家事を夫婦で均等に分担できるようにすることも重要です。こうした正しい政策がきちんと整備されれば、ワークライフバランスを取ることは難しくないはずです。

(聞き手=荒木宏香・編集部)

2017年12月05日号 週刊エコノミスト

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定価:620円 発売日:11月27日

本当はすごい

信金・信組

 

金利ゼロでも融資する

“濃密”支援の信金・信組

 

「明日、当金庫の理事とおじゃましたい」──。

 

 今年春のある日、東京都港区で部品製造業を営む社長のもとに、都内の大手信用金庫の担当者からの突然の電話が入った。翌日、社長が出迎えると、信金の理事が開口一番に切り出した。「御社の借り入れを当金庫に一本化してほしい」。要するに、他の金融機関からの借り入れを自分のところに移す、いわゆる「肩代わり」をしたいというお願いだ。そのために理事が提示した条件は「他の金融機関よりも0・3%の金利引き下げ」だった。

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出口を語らないこと自体がリスク=岩村充〔出口の迷路〕金融政策を問う(9)

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日銀の異次元金融緩和に出口はないと人々が思い始めれば、400兆円のベースマネーはヘリコプターマネーへと変わる。

 

岩村充 (早稲田大学大学院 経営管理研究科教授)

 

日銀は出口を語らない。その姿勢は、ゼロ金利に踏みきった米国FRB(連邦準備制度理事会)が、出口を語り続けてきたことと対照的である。

 

 ゼロ金利下で出口が遠いと語れば追加緩和であり、近いと語れば引き締めになる。極限までの緩和領域に入り込んだ中央銀行にとって、出口を語ることは最後に残された金融政策手段の一つなのだ。出口を語ることの拒否は、金融政策の放棄に他ならない。

 

 そして出口を語らないことは、それ自体がリスクでもある。かつて長期金利はコントロールできないと言い続けてきた日銀は、今やそれができていると言ってはばかることがない。だが、それが本当なら、日本では中央銀行が決めた金利、つまり公定価格での国債発行と、やはり公定価格での中央銀行による買い入れが同時に行われていることになる。これでは、日銀の国債買い入れは、新発国債の直接引き受けと同視されても仕方あるまい。


 断っておくと、国債の日銀直接引き受けは、それ自体が悪というわけではない。財政法も、国会の議決を要すると言っているだけで、それを絶対に不可としてはいない。だが、それが永遠に続けられるとしたら、より正確には、それが永遠に続けられると人々が信じ始めるとしたら、そのとき、中央銀行の国債買い入れは、政府紙幣の発行、すなわちヘリコプターマネーと変わらなくなるだろう。日銀は、出口を語らないことによって、建前として拒否しているヘリコプターマネーにどんどん近づいているわけだ。

 

 ◇日銀国債引き受けの条件

 

 もっとも、空中からカネをばらまくというたとえから生じる不快感を別にすれば、ヘリコプターマネーもまた政策手段の一つである。浜田宏一内閣官房参与に「目からウロコが落ちた」と言わせた「消費者物価上昇率が目標に達するまで消費増税を凍結せよ」とする米国プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授の提案を、「あれはヘリコプターマネーだから認められない」と一蹴した政府首脳がいたが、教授の提案をヘリコプターマネーと言い切るのなら、なぜヘリコプターマネーが危険なのか、その理由についての説明もあってほしかったと思う。

 

 筆者はシムズ教授の提案に賛成できないが、それは提案が生み出すかもしれない期待の暴走を止める安全装置が十分でないからであって、単なる道徳論から反対なのではない。

 

 昭和初期、世界大不況の中で蔵相に就任した高橋是清は、日銀の国債直接引き受けに踏みきると決断して世の雰囲気を変えた。そうできたのは、それがヘリコプターマネーだからだ。高橋のすごみは、決断の一方で引き受けた国債の市中売却につき着々と金融界への根回しを進めていたところにある。彼は、ばらまいたマネーを引き揚げるシナリオ、すなわち出口のシナリオを、最初から準備していたのだ。

 

 もっとも、高橋の成功には運の良さもあった。彼が向かい合った大不況は、今から見れば、19世紀に始まった世界的な大成長の踊り場に過ぎなかったからだ。だが、長期停滞の影が濃い今の日本で考えるのなら、ばらまいたマネーを確実に引き揚げる仕掛けを用意しておく必要があるのは明らかなはずである。

 

 出口を語らないことのリスクに話を戻そう。出口を語らない日銀を注視する人々が、日銀は出口を語らないのではなく、実は語ることができないらしい、日銀はゼロ金利と国債引き受け同然の政府債務ファイナンスを永遠に続けるだろう、そう思い始めたとき、日本の危機が始まる。そのとき、日銀がばらまいてしまった400兆円を超えるベースマネーの全部が、政府紙幣の散布と同様の効果を持ち始めることになるからだ。ヘリコプターマネーだから認められないと政府首脳が一蹴したシムズ教授の提案の数十倍にも達するショックが、通貨としての円を襲うわけだ。

 

 そこで何が起こるだろうか。

 

 

 起こるのは貨幣価値のスリップダウン的な(滑り落ちる)変化、言い換えればジャンプアップ的な物価上昇である(図)。日銀が願い続けているような緩やかなインフレの復活などではない。例えて言えば、一晩のうちにあらゆる商品の値段が跳ね上がるに近い現象である。

 

 

 もちろん、実際の物価はそこまで極端にジャンプするわけではない。だが、いったん人々のインフレマインドに火がついたら瞬く間に燃え広がるという現象は、1970年代の物価狂乱とも言われた時代を含め、私たちは何度も経験している。しかも、さらに悩ましいのは、そうした物価のジャンプアップの後に戻ってくるのは、物価の再下落、つまりしぶといデフレになりかねないことである。

 

 そして、もしかすると、このシナリオを当局者はひそかに望んでいるのかもしれない。この場合、ショックで物価がジャンプしてしまえば、その後の金利は元に戻ってしまうので国債の市場価格も動かない。だから、日銀を含む金融機関に有価証券投資損失、つまりバランスシート・リスクが発生することはなく、したがって金融システムが動揺することもない。起こるのは、現金や預金の実質価値が目減りするという一度限りのインフレ課税現象だけである。だから、このシナリオで残るリスクは、次の選挙における人々の投票行動だけである。

 

 だが、そのとき、人々の怒りは日銀の政策運営だけでなく、そうした仕組みを作り上げた日本の政治構造全体にも向く可能性がある。それを当局者たちは忘れない方がよい。

 

 ◇保有国債を変動金利に転換せよ

 

 一方、こうしたときでも日銀が速やかに金利を引き上げることができれば、事態を緩やかなインフレへと転化させることができる(図)。そうすることで衝撃が一気に噴き出てしまうことをかわし、物価上昇圧力を将来に向けて徐々に放出させるよう仕向けるのである。妨げになるのは、デフレマインドの完全払拭(ふっしょく)まで金利を上げないとする、日銀自身のコミットメントぐらいだ。

 

 だが、このシナリオにも弱点がある。何の用意もなくこのシナリオに入り込んだとき、そこで起こるのは金利の上昇が引き起こす膨大なバランスシート損失の発生だからである。それは日本の金融システムを支える最後のよりどころにして円の価値の支え手でもある日銀への信認を直撃するだろう。以前から筆者が日銀保有国債の変動金利への転換を提唱しているのは、日本が抱える地政学的リスクから見て、ここで円の信認に痛手を生じることは避けるべきと考えていたからである。

 

 付言しておくと、中央銀行保有国債の変動金利転換は、大規模金融緩和からの離脱を安全にするための標準的な知恵の一つであり、今から14年前の2003年に来日したバーナンキFRB理事(当時)は、現にその趣旨の提案をしている。

 

 もっとも、当時の日銀は、長期国債の買い入れは経済成長に伴うベースマネー需要増内にとどめるという「成長通貨オペ」の考えを維持していたから彼の提言を受け入れていない。成長通貨オペの枠組みの下では、マネーを回収するために日銀が保有国債の売りオペをしなければならない状況は起こらず、満期まで保有されるのが原則だからである。

 

 だが、既に日銀は異次元緩和と称して成長通貨オペの枠組みを撤廃している。そうである以上、緩和の出口において満期前国債の安全な売却を可能とする仕組みは不可欠のはずだ。保有国債の償還損見込み額さえ積み立てておけば財務は健全と言う日銀を見ると、彼らは出口を語らないのではなく、語ることができないのではないかと思えてしまう。

 

(岩村充・早稲田大学大学院経営管理研究科教授)

いわむら・みつる

 

 1950年生まれ。74年東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。企画局兼信用機構局参事などを務める。98年より早稲田大学ビジネススクール教授。近著に『中央銀行が終わる日』。


目次:2017年12月05日号

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CONTENTS

 

本当はすごい 信金・信組

20 金利ゼロでも融資する“濃密”支援の信金・信組 ■浪川 攻/編集部

24 Q&A 信金・信組の基礎知識 ■編集部/監修=宮村 健一郎

26 インタビュー 遠藤 俊英 金融庁監督局長 「地域の“よろず相談業”に」

27 金融庁検査 方針転換に戸惑う信金 ■三好 悠

28 相次ぐ再編 合併で“メガ信金”が続々誕生 ■高橋 克英

31 トップインタビュー1 米沢信用金庫 種村 信次 会長 「顔の見える付き合いに意義」

32 信金マネー 低金利で投資信託の運用増 ■大沢 昌弘

33 仕組み融資 貸出金かさ上げのカラクリ

34 ガバナンス 信金トップの世襲は9% ■宮村 健一郎

36 トップインタビュー2 広島市信用組合 山本 明弘 理事長 「融資は3日でスピード決裁」

37 経営分析 データで見る信金・信組 ■古江 晋也

41 稼ぐ力 財務ランキング 信金40 信組20 ■編集部

43 国際機関が問題視するマネロン対策の遅れ ■井上 信一/編集部

 

Flash!

13 日産ゴーン流経営で法令軽視変わらず/トランプ減税が下院を通過/ベネズエラが債務不履行/サウジ汚職捜査

17 ひと&こと 露ロスネフチ株に日本も食指/ヤマダ電機EVは“4度目の正直”/偽メール対策で省庁間格差

 

Interview

4 2017年の経営者 小根田 育冶 鈴茂器工会長

48 問答有用 伊藤 華英 元五輪競泳選手、東京五輪組織委係長

  「アスリートと皆さんとのつなぎ役になりたい」

 

エコノミスト・リポート

81 メディアへの政治介入 韓国テレビ局が言論介入に抵抗 全面ストで勝ち取った社長解任 ■徐 台教

 

84 『日本人のための第一次世界大 戦史』発売記念対談

  出口 治明 ライフネット生命創業者 × 板谷 敏彦 作家「世界はなぜ戦争に突入したのか」

 

94 新連載 独眼経眼 実感なきボーナス増 ■小林 真一郎

102 新連載 ローカル・トレインがゆく 伊予灘ものがたり(上)■文・波多野恵理、写真・藤井啓司

 

76 航空 連合超えた提携でJALとANAの新戦略 ■鳥海 高太朗

78 軍事 北朝鮮空爆のXデー 米軍の攻撃シナリオ ■丸山 浩行

 

World Watch

60 ワシントンDC バージニア州知事選は民主 ■井上 祐介

61 中国視窓 過去最高の「独身の日」 ■岩下 祐一

62 N.Y./カリフォルニア/英国

63 韓国/インド/シンガポール

64 広州/ロシア/UAE

65 論壇・論調 独で急速に高まる「脱石炭」 ■熊谷 徹

 

Viewpoint

3 闘論席 ■佐藤 優

19 グローバルマネー フィンテックで加速する金融業界のすみ分け

46 名門高校の校風と人脈(267) 八尾高校(大阪府) ■猪熊 建夫

52 言言語語

66 学者が斬る 視点争点 独で深刻化する富の偏在 ■嶋田 崇治

68 アディオスジャパン(79) ■真山 仁

70 海外企業を買う(167) オラクル ■永井 知美

72 出口の迷路(9) 出口を語らないこと自体がリスク ■岩村 充

74 東奔政走 衆院選敗北の衝撃に揺れる公明党 ■平田 崇浩

80 国会議員ランキング(4) 民進党出身議員の質問時間・回数 ■磯山 友幸

95 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Commander in chief ”

96 ネットメディアの視点 改憲へ世論誘導の情報戦が始まった ■山田 厚史

100 アートな時間 映画 [希望のかなた]

101        美術 [パリ・グラフィック ロートレックとアートになった版画・ポスター展]

 

[休載]商社の深層

 

Market

88 向こう2週間の材料/今週のポイント

89 東京市場 ■隅谷 俊夫/NY市場 ■高堀 伸二/週間マーケット

90 欧州株/為替/原油/長期金利

91 マーケット指標

92 経済データ

 

書評

54 『正規の世界・非正規の世界』

  『ダーティ・シークレット』

56 話題の本/週間ランキング

57 読書日記 ■ミムラ

58 歴史書の棚/海外出版事情 アメリカ

 

53 次号予告/編集後記

特集:本当はすごい信金・信組 2017年12月05日号

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金利ゼロでも融資する“濃密”支援の信金・信組

 

「明日、当金庫の理事とおじゃましたい」──。

 

 

 今年春のある日、東京都港区で部品製造業を営む社長のもとに、都内の大手信用金庫の担当者からの突然の電話が入った。翌日、社長が出迎えると、信金の理事が開口一番に切り出した。「御社の借り入れを当金庫に一本化してほしい」。要するに、他の金融機関からの借り入れを自分のところに移す、いわゆる「肩代わり」をしたいというお願いだ。そのために理事が提示した条件は「他の金融機関よりも0・3%の金利引き下げ」だった。

この会社のメインバンクは他の信金で、大手信金はそれに次ぐ準メインという立場。メインの信金からは約1億円を借り入れており、年間の利払いは約200万円。年0・3%の金利引き下げなら約30万円分の負担が軽くなる。しかし、思案した結果、社長が下した結論は「お断りします」だった。メインの信金はあれこれと相談に乗ってくれているが、この大手信金は最近、担当者がトンと姿を現さなかったからだ。結局、社長はこの大手信金との取引を解消してしまった。

 

 信金や信用組合の業界で今、金利競争が激化している。信金全体の貸出金利回りは2007年度、2・63%だったのが、16年度は1・70%と10年間で1ポイント近く下落した(図)。リーマン・ショック(08年)後の景気低迷を受け、日銀が13年4月、大量に国債を買い入れる異次元緩和を開始。16年2月には初めてマイナス金利政策も導入し、金利低下に拍車がかかる。金利は通常、景気の拡大とともに上昇していくはずが、営業現場の最前線では今なお低下が止まらない。

 

 ◇貸出先の奪い合い熾烈

 

 

 別の都内の信金は、墨田区の取引先である加工業者の経営者から「申し訳ないが、借入先を変える」と通告された。やはり、他の信金からの低利攻勢である。設備投資などの長期資金など借入金が1億円超まで膨らんでいただけに、借入金利引き下げの魅力に抗しきれなかった。貸出金利の低下に悩むのは、メガバンクなど都市銀行や地方銀行、第二地銀も同じだ。信金同士だけでなく、地銀や第二地銀も入り乱れて貸出先の奪い合いを繰り広げている。

 

銀行との競争も過熱している。

 

 不毛な戦いではありながらも「東京都内は恵まれている」という、うらやましげな声が地方の信金、信組からは漏れてくる。少子高齢化や人口減少、中小企業数(事業所数)が減少を続ける中、すでに実質的に白旗を掲げかけているところすらある。人材の新規採用を絶って久しく、ひたすら業務の縮小に経営を集中させている信金、信組である。地域経済の疲弊があまりに厳しく、「無駄なあがきはしない」という縮小均衡の結論である。悲しいが、一つの英断かもしれない。

 

 あるいは、生き残るために経営統合しようにも、「統合相手がみつからない」(地方の中堅信組)という事態もある。バブル崩壊後の不良債権処理の過程で、信金、信組は大規模な再編が進み、合併を望もうにも県内に合併相手が存在しないという地域すら生じている。営業地区が限られる信金、信組は県境をまたぐ合併もままならない。「最終的には自主廃業、解散」という苦い選択肢も排除できなくなっている。

 

 ◇第一勧業信組 コミュニティーローン

 

 ところが、である。そんな暗いムードを吹き飛ばすような粘り強い取り組みを続け、業績好調な信金、信組もある。

 

 その例が、東京都内を地盤とする第一勧業信用組合である。特徴的なのは、第一勧業信組が独自に編み出した「コミュニティーローン」である。地域にはさまざまな人的なつながり(コミュニティー)があり、つながりの中に信用が生まれていることに着目したローンだ。

 

 

 その第1号の「芸者さんローン」は16年春に誕生した。文字通り、都内に六つある花街の芸者さん向けの無担保・無保証の事業ローンで、自らの小料理店開業を計画する芸者さんなどが利用している。同信組の新田信行理事長は「信組、信金という協同組織の金融機関が、原点にきちんと立ち返れば、取り組むべきことはいくらでもある」と強調する。信金、信組は株式会社の銀行とは異なり、信金なら会員、信組なら組合員の相互扶助を目的とした非営利の協同組織だ。

 

 

 第一勧業信組はかつて、ある病に侵されていた。「銀行病」である。利益の最優先、貸し出しの規模の追求といった、銀行のような発想に基づいて事業展開し、顧客の信頼を失いかける事態に悩んでいた。新田氏は13年、みずほ銀行常務執行役員から第一勧業信組の理事長に就任すると、銀行的発想からの脱却を決断して矢継ぎ早に新機軸を打ち出した。たとえば「押し売りセールスの禁止」はその一つ。「金融機関本位の発想ではなく、顧客が何を望んでいるのかを把握し応えるため」である。

 

 そして、支店の営業現場には、地域の商店街、町内会が主催するお祭りなどのイベントへ参加するよう呼びかけた。「地域コミュニティーの皆さんに、コミュニティーバンクであることをきちんと認識してもらうため」である。原則無担保、無保証のコミュニティーローンは「芸者さんローン」を皮切りに、「皮革事業者ローン」「税理士ローン」などへと広がっている。「顧客の顔が見える付き合い」という、協同組織金融機関の原点に立ち返ったからこそ実現したサービスだ。

 

 ◇足立成和信金 “狭域濃密”で創業支援

 

 協同組織の原点に立脚して、地域の活性化に挑み続けている信金もある。例えば、足立区を基盤とする足立成和信用金庫がそうだ。典型的な下町である足立区は、中小零細規模の製造業がひしめき合う都内有数の産業集積地でもある。営業地区を都道府県一円や隣県にまで広げる信金が珍しくない中、足立成和信金の最大の特徴は営業地区を足立区内に限っていることだ。隣接する埼玉県八潮市、草加市にも店舗はあるが、区内の製造業が工場を新設・移設したりする動きに対応した結果にすぎない。

 

“狭域濃密”という協同組織金融のあり方を追求する足立成和信金が今、力を入れるのが、区役所と連携した創業支援融資だ。そもそも金利は低いうえに、信用保証料は足立区の補助金と合わせ同信金が負担することで、無担保、無保証の融資を実現。さらに、金利分は足立区の利子補給制度を活用するため、借り手の負担は実質ゼロである。借り手が負担するのは契約書の印紙代だけと言っても過言ではない。

 

 同信金営業推進部の松場孝一参与は「足立区は産業地域とはいえ、最近は廃業する製造業などが相次いでいる。積極的に創業を支援し、新たな企業がどんどん誕生してもらわなければ、地域が衰退してしまう」と狙いを語る。今年6月にはJR北千住駅近くに、地上6階建ての創業支援施設「あかつき」を完成。創業間もない人や創業を控える人が1室を格安で借りられ、定期的に創業支援員と面談することなどが条件。東京都から創業支援施設としての認定も受け、活動を本格化させる。

 

 ◇塩沢信組 金利ゼロの融資開始

 

 例をみない金利ゼロの融資を始めるところもある。新潟県南魚沼市の塩沢信用組合は12月1日から、「雪国・地方創生・特別対策資金」の名称の融資の一環として、融資期間3カ月で金利ゼロの融資を取り扱う。融資の上限は500万円で、取り扱いは来年4月27日まで。米どころで有名な魚沼地方は、冬は深い雪に閉ざされる。地域を活性化する取り組みであれば融資の資金使途は問わず、地元の消費増につながる地場企業のボーナスや小売店の販促キャンペーンなどを想定する。

 

 同信組の須藤昇二常務理事は「我々が金利をもらうには、地域がまず活性化しなければいけない。人もお金も動かなくなる冬の魚沼で、地域が元気になる取り組みをしてくれる人には金利ゼロ%でも貸したい」と話す。塩沢信組はこの他にも、20代限定で最長51年という超長期の固定金利型住宅ローンや、寄付を原資として一人親家庭の高校生は最長3年間、返済不要となる奨学金「魚沼の未来基金」を始めるなど、ユニークな取り組みを展開。超長期の住宅ローンは、地元の建築業者の施行を条件とし、若者の定住を促す一石二鳥のアイデアだ。

 

 ◇いわき信組 「社会関係資本」を実践

 

 2011年3月の東日本大震災後、福島第1原発事故も追い打ちをかける中、震災からわずか2日目で店舗の営業を再開したのは、いわき信用組合(福島県いわき市)だ。震災直後でも着の身着のままで避難した被災者向けに無担保、無保証の低利ローンを提供。「お客さまはすべて顔を知っているので、本人確認は身分証明書がなくても融資ができる」と当時、いわき信組の職員は話していた。震災直後に実行した無担保・無保証のローンは、2年後には全額回収された。

 

 

 強調したいのは、これらの信金、信組がともに、地域コミュニティーにしっかりと根付いた取り組みを重ねているという点である。いわき信組の江尻次郎理事長はそれを「社会関係資本」という概念で説く。1900年代に米国の経済学者、社会学者などによって提唱された「ソーシャル・キャピタル」論であり、信用力を担保となる資産などで評価するのではなく、信頼、互酬性などコミュニティーから得られる価値に重きを置く考え方と言える。

 

 

 これらは、株式会社による資本の論理と一線を画する発想であり、株式会社形態の銀行、ノンバンクなどと、協同組織形態の信組、信金が大きく異なるという意味合いが込められている。同じ金融であっても、株式会社の銀行は「顧客を信用できるかどうか」に傾注しているのに対して、本来の協同組織金融機関は「顧客から信頼されるかどうか」に奮闘しているという本質的な相違点がある。江尻理事長は「地域があってこそのいわき信組。我々は地域に恩返しする」と力を込める。

 

 金融庁は1110日に公表した新年度の金融行政方針で、地域金融機関ついて「地域の企業・経済に貢献していない金融機関の退出は市場メカニズムの発揮と考えられる」と指摘した。地域金融機関は自己増殖のために存在しているわけではないと警告した形だ。地銀と肩を並べて貸し出し競争に明け暮れる信金、信組には、協同組織としての存在意義を見いだせない。地域のために何ができるかを、それぞれが真摯(しんし)に自問する必要がある。

(浪川攻・金融ジャーナリスト)

 

(編集部)

週刊エコノミスト 2017年12月05日号

定価:620円 発売日:11月27日


ロボットですしを大衆化し、コメ消費量を増やす 小根田育冶 鈴茂器工会長

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 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 すしロボットをはじめとした米飯加工機の製造・販売大手。すしブーム、海外の和食ブームを背景に2017年3月期の最終利益は8億2100万円で2期連続で最高益を更新した。

 

── 米飯加工機が好調です。

 

小根田 人手不足で機械のニーズが拡大していることが大きいです。単体売上高の5割を占める主力のすしロボットだけでなく、ご飯を盛り付けるシャリ弁ロボもスーパーや外食産業向けによく売れています。

 

── ロボットがどうやってすしを握るのでしょうか。

 

小根田 基本的な工程は、シャリ(コメ)をほぐし、左右に並んだ車輪の間を通しながら1カン単位に計量し、シャリの形に握る型に落とすという流れです。ポイントの一つはシャリをほぐす工程です。昔は機械で攪拌(かくはん)していたのでコメを練ってしまい、食味が落ちてしまいました。現在は改良の結果、羽根で攪拌することでフワリとシャリをほぐすことができます。科学的にも、人間が握ったシャリよりも多くの空気を含んでいることがわかっています。

 

── 機械のすしは思っていた以上に口当たりが柔らかいです。

 

小根田 コメとコメの間に空気を含んでいるので、口の中でやさしくほぐれるんです。これは握るプロセスにも秘密があります。以前は上部と左右の3方向からギュッと押していましたが、現在はすし型の容器に落として、シリコン素材の部材で上下からやさしく形成しています。

 

── 普通の握り以外もロボットで対応できるのでしょうか。

 

小根田 のり巻き、稲荷ずし、おにぎりにも対応します。

 

── 職人顔負けですね。

 

小根田 すしロボットは、人間の職人よりも握るスピードが速く、仕上がりも勝るとも劣らないところまで来ています。ロボットが1時間当たりに握る個数は、1号機の頃は1200個でしたが、最新バージョンは4800個に向上しています。ただ、人間の仕事の全てをロボットが代替できるわけではありません。ロボットは味を吟味することはできないんです。おいしさを追求するのは人間の仕事です。

 

 ◇和食ブームが後押し

 

── すしロボットを事業化したきっかけは。

 

小根田 創業当時は仙台銘菓「萩の月」をはじめとした菓子製造機械を作っていました。1970年に始まった減反政策を受けて、「コメ消費を拡大させることが、減反政策に歯止めをかけることになる」と、76年に創業者の鈴木喜作が米飯加工機械の開発に乗り出したのが、すしロボットを始めたきっかけです。

 

 当時、外食産業の中でもすしは高根の花でした。そこでロボットを開発してすしの価格を下げれば、すしの消費量が拡大し、ひいてはコメの消費量も増えると見込んだのです。改良を重ねて81年にすしロボット1号機の完成にこぎつけました。

 

── すしは職人の世界です。ロボットの普及は難しかったのでは。

 

小根田 すし職人からは「仕事を奪う」と猛反発にあいました。一般の人に認知してもらうのも最初は苦労しました。83年に日本橋三越本店の催事場ですしロボットで作ったすしをふるまうイベントを開催したのですが、ロボットが握ったすしに対する反応は悪く、2日目までは反応なし。3日目にようやく一人のお客に「おいしい」と言ってもらえたのをきっかけに、多くの来場者が試食をするようになりました。その後は、全国のすし職人の組合ですしロボットの勉強会を開くなどの活動を通じて、職人の理解を得ていきました。ちょうど回転ずしが普及する時期だったこともあり、市場が広がっていきました。

 

── 回転ずしは現在、約3000店まで拡大しています。

 

小根田 機械化によってコストを削減することで、100円台のすしが実現しました。回転ずしやスーパーで販売されているすしなど、すしの大衆化によっていつでも食べられるようになったことは大きいと思います。

 

── 和食ブームによって、海外にもすし店が増えています。

 

小根田 現在、約70カ国にすしロボットを輸出しており、早期に100カ国を目指します。海外売上高の比率は現在は22~23%ですが、5年後には30%まで持っていきたいです。

 

 とはいえ、海外の市場開拓は簡単ではありません。海外のすしブームを受けて米国に飛びましたが、まずさに落胆しました。本物のすしを普及させなければブームは続かないので、ロボットを売り込むだけではなく、すしの作り方の指導などを組み合わせています。

 

── いまだにコメの消費量は下げ止まっていません。

 

小根田 国内は人口減と食生活の欧米化でコメの消費量は減り続けています。また当社は海外のレストランでも日本のコメを使うよう働きかけていますが、価格の高さがネックになっています。早期に農業の合理化などで生産コストを下げ、日本のコメを世界に供給する体制を作るべきです。

 

── 今後の課題は。

 

小根田 弁当や丼物にご飯を盛り付けるシャリ弁ロボの改良です。現在、牛丼チェーンやカレーチェーンなどで採用されていますが、さらに多くの用途に対応できるように進化させます。工場での大量生産に対応できるロボットの開発にも取り組みたいですし、高齢者が使えるように、簡単に操作できるロボットも考えています。

(構成=花谷美枝・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A もなかやハチミツの製造機械の営業を担当しました。砂糖を酵素分解してハチミツに似た糖分を作る機械をメーカーに提案するために全国を回りました。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 武田信玄に関する小説が好きでよく読みます。

 

Q 休日の過ごし方

 

A 健康維持のためにゴルフをします。

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 ヤフーニュースに動画付きの記事「『調理ロボ』は飲食店の人手不足を救うか」を掲載しています

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 ■人物略歴

 ◇おねだ・いくや

 山梨県立北杜高校出身。1966年宮園オート入社、71年鈴茂器工入社。営業本部長を経て93年に取締役就任。2004年6月代表取締役社長就任、17年6月から現職。74歳。

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事業内容:米飯加工機械の製造販売など

本社所在地:東京都練馬区

設立:1961年1月

資本金:6億1400万円

従業員数:329人(2017年3月末現在)

業績(17年3月期)

 売上高:94億円

 営業利益:14億円

「世界はなぜ戦争に突入したのか」出口治明×板谷敏彦『日本人のための第一次世界大戦史』発売記念対談  

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ライフネット生命創業者・出口冶明氏(右)と作家・板谷敏彦氏
ライフネット生命創業者・出口冶明氏(右)と作家・板谷敏彦氏

板谷敏彦氏の著書『日本人のための第一次世界大戦史』(毎日新聞出版)の発売を記念して、歴史に関する著作が数多くあるライフネット生命創業者の出口治明氏と特別対談を行った。なぜ今、第一次大戦を学ぶのか。2人が熱く語る。

「読んで楽しい『広辞苑』のような一冊」(出口)

 

出口 昨年から今年にかけてたくさんの第一次世界大戦関連本が発売されました。当時の指導者たちを描いた『夢遊病者たち』(クリストファー・クラーク著、みすず書房)、中東問題を学ぶ基本テキストであろう『オスマン帝国の崩壊』(ユージン・ローガン著、白水社)、岩波書店の『現代の起点 第一次世界大戦』シリーズなどユニークな本が数多く出ています。

 

 第一次大戦を語る時にはサラエボ事件(1914年6月)から始める本が多いのですが、板谷さんの『日本人のための第一次世界大戦史』は開戦のずっと前までさかのぼって書かれているのが面白い。広くいろいろな出来事をカバーしていて一見、第一次大戦の百科事典のようでありながら、読み物としても楽しめる『広辞苑』のような入門書だと思いました。

 

 

「専門家と一般読者のギャップ埋める本を書きたかった」(板谷)

 

板谷 第一次大戦は現代の世界のあり方に影響を与えた世界史上極めて重要な出来事なので、内外で膨大な数の書籍が出ています。しかし、良書は専門書的にならざるをえず、一般の読者は取り付きにくいのではないかと考えました。このギャップを埋めるのは学者ではなく作家の仕事だと思い、自分が読みたかった本を自分で書いたというわけです。

 

 

出口 第一次大戦を振り返ってあらためて思うのは、政治指導者の責任がものすごく重いということです。誰もやりたくなかったはずの第一次大戦を引き起こし、それが結局、第二次世界大戦を引き起こす原因になってしまいました。板谷さんは、何が第一次大戦の本当の開戦原因だったと思いますか。

 

「民主主義の未熟な側面が大戦を引き起こした」(板谷)

 

 

板谷 民主主義の未熟な側面が戦争を引き起こしたと考えています。欧州各国は近隣諸国の脅威を背景に、戦艦建造を競う建艦競争に国家予算の20%を費やしました。当時は普通選挙制度が拡大していた時期だったので、政府は予算獲得のために有権者の支持を得なければならなかった。戦艦建造を失業対策の公共事業と捉えると同時に「ドイツは悪い奴だ」とか、ドイツにすれば「我々は包囲されている」とか、危機を煽(あお)り隣国に対する憎悪をかきたてて軍事費を確保したのです。

 

 だから戦争が始まった瞬間、民衆は嘆き悲しまず、むしろスカッとしていたんです。兵士たちは歓喜の声を上げてパレードして、「クリスマスまでには帰るぞ」と出兵しました。

 

 もう一つ、この本を書く上で念頭にあったのは、トマ・ピケティの『21世紀の資本』(みすず書房)です。ピケティは19世紀後半から第一次大戦までの第1次グローバリゼーションは、格差が拡大した時代だったと指摘しています。また東京大学の小野塚知二教授は『第一次世界大戦開戦原因の再検討』(岩波書店)で、格差拡大により人々の不満が鬱積(うっせき)したことが戦争を引き起こす原動力になったのではないかという仮説を立てています。

 

出口 現在のグローバリゼーションは世界的に見ると中間層を増やしています。中間層が増えれば社会は安定します。しかし、先進国では国内の所得再分配がうまくいかず二極分化してしまいました。第一次大戦前の19世紀もグローバリゼーションの進展とともに格差が広がりましたが、ドイツは「社会保険の父」と呼ばれたビスマルク(1815~98年)の時代までは格差縮小に成功していました。その後はどうなったのでしょう。

 

 

 

出口冶明◇でぐち・はるあき

 1948年三重県生れ。京都大学法学部を卒業後、日本生命保険相互会社入社。2006年に退職。ネットライフ企画(現在のライフネット生命)を設立し、社長に就任。13年から会長。17年に会長を退任。主な著書に『仕事に効く教養としての「世界史」』(祥伝社)など。

 

出口氏も11月に「人類5000年史Ⅰ:紀元前の世界」(筑摩書房)を上梓した。年1冊ペースで書いていくという。


板谷 工業化の進展とともに労働者が増えて社会主義政党が勢力を伸ばしていきました。これに対して政府は国民のナショナリズムを喚起し、植民地獲得など対外進出をアピールすることで不満のはけ口としました。その一つが建艦競争であり、第一次大戦につながる下地になっていきました。

 

出口 第一次大戦は、覇権国である大英帝国をドイツが追い上げ、大英帝国と統一ドイツ、どちらが欧州のリーダーシップを取るかという確執に決着をつけなければならなかったという問題が根本にありました。この戦いになぜ日本が参戦したのでしょうか。

 

板谷 「中国問題」が大きいでしょう。日露戦争(1904~05年)後、日本はロシアから中国における権益を獲得しましたが、旅順・大連などの租借権は1923年まで、南満州鉄道は1939年までしかなく期間が短かすぎて十分な投資ができませんでした。そこに中国から列強がいなくなったので、問題を解決するならば今だと思ったのでしょう。

 

 

日本軍による青島攻略
日本軍による青島攻略

出口 皆の目が欧州に向かっているからチャンスだということですね。基本的に日本の参戦理由の本音は、日本政府が中国に突きつけた対華二十一カ条要求(1915年)に表れていると思います。

 

板谷 そうですね。二十一カ条の最後、問題になった第5号は民意に押されて仕方なく追加されたもので、日本も未熟な民主主義の影響から戦争に参加していったことが分かります。この5号は中国の主権や列強の既得権益に触れる内容を含む厚かましい要求で、当初秘匿していたこともあって後に世界中から非難を浴びることになりました。

 

越えてはいけない一線を越えた二十一カ条要求(出口)

 

出口 当時は、二十一カ条要求のほかに、アジアと一緒に西欧に対抗していくんだという大アジア主義的な素朴なアジアナショナリズムもありましたね。

 

板谷 地中海への艦隊派遣に参加した片岡覚太郎という若い主計中尉の日記(『日本海軍地中海遠征記─若き海軍主計中尉の見た第一次世界大戦』〈河出書房新社〉)に「我々は黄色人種の代表だ」と書いてありました。心の底にそういう思いもあったでしょう。

 

出口 アジアに軸足を置くか、西欧列強に軸足を置くか、越えてはいけない一線を越えたのが対華二十一カ条要求でした。日本政府は自分たちは遅れてきた帝国主義者だと、列強の側に付いてしまったのです。

 

板谷 政治家の中には原敬や高橋是清、ジャーナリストの石橋湛山など強硬な要求に反対した要人も多くいたのですが、あの時、日本がアジア主義に立って中国を助ける側に回れば、今日の日中関係もまったく違うものになっていたでしょう。

 

 第一次大戦は人類初の総力戦(兵隊だけではなく国民全体を巻き込む戦争)と言われています。その総力戦を目撃してしまった衝撃は、特に軍人にとっては大きかったはずです。そして日本はソ連や米国と総力戦を戦うためには、中国の資源がないとやっていけないと、満州事変(1931年)や日中戦争(1937~45年)にひた走っていきました。

 

 

板谷敏彦◇いたや・としひこ

 1955年、兵庫県生まれ。関西学院大学経済学部卒業後、石川島播磨重工業船舶部門を経て日興証券へ。その後内外大手証券会社幹部を経て独立、作家に転じた。主な著書に『日露戦争、資金調達の戦い』『金融の世界史』(ともに新潮社)がある。


「日本人は総力戦を目撃したが、学んだわけではなかった」(出口)

 

出口 そうですね。しかし、日本は第一次大戦で総力戦を垣間見たかもしれませんが、しっかり学んだわけではありませんでした。1941年12月に太平洋戦争を始めましたが、日本の軍需生産は42年をピークにその後はガタガタに落ちていきました。一方、ドイツの軍需生産のピークは44年です。また第二次大戦における日本の戦死者は約230万人で、そのうち餓死者が6割と言われています。兵站(へいたん)をおろそかにした点ひとつをとっても、日本の軍部は総力戦の意味をしっかりと学んでいなかったことがわかります。

 

 外交面も日本はあまり学んでいません。第一次大戦の戦後処理を協議したパリ講和会議(1919年)で、日本政府は英語やフランス語を話せる人材を十分に確保できなかったためにアピールすることができず、国際連盟規約に人種差別撤廃規約を盛り込むという希望も果たせなかった。その苦い経験を後に生かせていません。

フランス・ベルサイユで行われたパリ講和会議(1919年1月)
フランス・ベルサイユで行われたパリ講和会議(1919年1月)

 

板谷 中華民国はパリ講和会議に米コロンビア大学の修士号を持つ顧維均(こいきん)を派遣し、対華二十一カ条要求は無効だと流ちょうな英語で演説させました。あれは欧米のメディアに鮮烈なイメージを残したと思います。この演説が非常に効果的だったために、日本は人種差別撤廃を求めながらも、中国や朝鮮に対しては差別する国だという印象を持たれてしまったわけです。

 

出口 明治時代の指導者たちは米国をはじめとした世界の強国に学ばなければならないという意識を強く持っていました。欧米に政権幹部の大半を派遣した岩倉使節団はその表れです。しかし、日清・日露戦争と第一次大戦がうまく行きすぎたため、舞い上がってしまい学ぶことを捨ててしまった。とても残念なことです。

 

 これは過去の話ではありません。現在、米国に留学する学生は、日本人は2万人以下なのに、中国人は33万人もいます。1人当たり国内総生産(GDP)では日本が上回っているにもかかわらず、これだけ数字の開きがあるということは、それだけ中国は米国に学ぼうという意識が強いということです。日本人はもっと謙虚になって世界から学ぶ気持ちを持つ必要があると思います。

 

ドイツへの莫大な賠償要求に激怒したケインズ(板谷)

 

出口 金融面から第一次大戦を見た時、独墺などの中央同盟国と英仏露の協商国(連合国)は米国の参戦までどのように戦費をファイナンスしていたのでしょうか。

 

板谷 基本的に国債発行で賄っていました。ドイツは、ソビエトと休戦条約を締結した戦争最終年の1918年3月の時点でも、国内で国債の買い手を確保できていました。国民は最後は勝つと信じていたのです。

 

 一方、英仏は、戦後間もない時期から米国での起債を検討しました。米国は交戦国の公債引き受けを禁じていましたが、軍需物資調達向けの信用供与という抜け道を作って対応したのです。連合国の米国における資金調達で活躍したのがモルガン商会(現在のJPモルガン)でした。1915年1月にイギリス陸海軍、そして春にはフランスと、軍事物資を効率的に購買できるようにするため、自らが代行機関となるべく両者と契約を結んでいます。

 

 当時、先進国は金本位制を採用していたわけですが、当然、イギリスは開戦とともに紙幣の金兌換(だかん)を停止したと思っていました。ところが、調べてみたら違った。金融史家R・S・セイヤーズの『イングランド銀行』(東洋経済新報社)によると、ロイド・ジョージ蔵相や大蔵省に勤めていた経済学者ケインズなどの意見により、金の支払いを維持したのです。実は日露戦争でも、日露両国は戦時国債の発行に備えて信用力を保つために金本位制を維持しました。同じことを第一次大戦でイギリスもやっていたわけです。

 

出口 ドイツも米国で起債したのですか。

 

板谷 ドイツはできませんでした。イギリスが海上封鎖し、通信網も完全に傍受できる体制を築いていたので、米国にアクセスすること自体が不可能でした。米国にはモルガン商会のライバルで、ドイツ生まれのヤコブ・シフが経営するクーン・ローブ商会があったので、もし米国に行くことができていたらドイツも資金調達できたでしょう。

 

 もう一つ、第一次大戦の金融面で外せない問題があります。ドイツの戦後賠償です。イギリス政府が当初提示した賠償額は240億ポンドで、最終的には1320億金マルク(約66億ポンド)まで引き下げられましたが、それでも莫大(ばくだい)な数字でした。当時、大蔵省にいたケインズは賠償要求金額の原案作成を任され、ドイツの支払い能力を考慮すると賠償額は20億ポンド(当時の日本の一般会計歳出の2倍に相当)が妥当と計算していましたが、全く意見を聞き入れられなかったのです。ケインズは当時書いた『平和の経済的帰結』の中で「(ドイツの)破綻は目に見えている」と連合国側を激しく非難しています。

 

第一次世界大戦が第二次大戦を引き起こした(出口)

 

出口 1320億金マルクは、現在の価値に直すと日本の市民1人当たり1000万円と試算する人もいます。こんな金額を払えるわけがありません。必ず反動があることは目に見えていました。板谷さんも著書の中で指摘していますが、第一次大戦が第二次大戦を引き起こしたのは明らかです。戦争は、始める時よりも、終わらせる時にこそ知恵が求められます。

 

 よく第一次大戦前と現在の状況は似ているという議論があります。しかし似ている時代なんてどこにもありません。前提が変わっていますから。でも、当時の状況を丁寧に見て歴史から学ぶことで、指導者はもっとしっかりしなければならない、外交は情報収集がカギを握るなど、歴史から教訓を得ることはいくらでもできます。

 

板谷 同感です。歴史を学ぶということは、多様な過去の出来事からエッセンスを抽出し、条件の異なる現代の出来事を正しく理解することに尽きると思います。

 

(構成=花谷美枝/成相裕幸・編集部)

『日本人のための第一次世界大戦史』板谷敏彦著(毎日新聞出版)

2015年6月から1年半にわたり週刊エコノミストに掲載した連載を一冊にまとめた。産業史、軍事史、金融史から日本人が知らない歴史の転換点に迫る。定価2000円(税別)

出版元の書籍紹介サイトはこちら

 


特集:すぐに使える新経済学 2017年12月12日号

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◇「生身の人間」に注目

◇行動経済学の実践

 

 環境省は12月、エネルギー消費の抑制を促す「省エネリポート」を一般家庭に配信する実証事業を始めた。受託先のIT大手、日本オラクルが電気・ガスの使用状況などを記載したリポートを東北電力や東京ガスなど電力・ガス会社5社を通じて計30万世帯に月1回、計4回送付する。

 

 省エネリポートには、電力・ガスの使用状況とともに、省エネのヒントが掲載されている。オラクルは2007年から10カ国でこのリポート事業を展開しており、平均2%の省エネ効果をあげているという。

 

 省エネリポートはメッセージの見せ方に工夫を凝らしている。効果が高かった文面の例を見てみよう。

 

「過去6カ月のお客様の(電力・ガスの)ご使用量は、よく似たご家庭を上回っています。年間2万円の負担増です」

 

「得をする」情報よりも、他の家庭よりも「損している」と指摘された方が人は省エネに励む傾向があるという。また省エネ行動を推奨する場合、より実現が難しい選択肢と、より実現が容易な選択肢の三つを同時に提示すると効果が高いことがわかっている。

 

(1)省エネ性能が高い冷蔵庫に買い換える

(2)節水型シャワーヘッドを取り付ける

(3)お湯が冷める前に、家族が続けて入浴する

 

 おカネがかかるために最も難易度が高いのは(1)で、手軽なのは(3)だ。実際に最も選ばれやすいのは、(2)という。

 

 省エネリポートは、環境省が17年4月に立ち上げた二酸化炭素削減に向けた行動を促すための「ナッジ・ユニット」の取り組みの一つだ。ナッジとは「肘(ひじ)で軽くつつく」意味で、強制ではなく、それとなく特定の方向に誘導する工夫を指す。17年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のリチャード・セイラー米シカゴ大学教授が提唱した。

 

 環境省によると、日本の行政でナッジ・ユニットを設置するのは今回が初めて。イギリスでは10年に同名の組織が設立されており、米国にも同様の事例がある。コストを抑えつつ効果を期待できるナッジは、財政負担の拡大を避けたい政策担当者には魅力的だ。政策への応用は続くだろう。「役人は政策立案に当たり、学校で学んだ(主流派経済学の)理論を反映しなければならないという発想はない。役に立つならば何でも使う」(旧経済企画庁〈現内閣府〉出身の小峰隆夫・大正大学教授)からだ。

 

 ◇非合理的な人間

 

 行動経済学は経済学の一分野ではあるが、前提からして従来の経済学とは大きく異なる。主流派経済学は自分の利益追求を最大限に追求する「ホモエコノミクス(経済人)」を前提とする。経済人はとにかく合理的で、あらゆる情報を収集して瞬時に計算し、感情を交えずに正しい判断を下す。この前提により経済学は数理モデル化がしやすくなり、学問の体系化に弾みがついた。

 

 しかし、実際に経済活動を行う普通の人間は、中途半端な情報で判断したり、理性よりも感情が先立ったりする。行動経済学は、こうした合理的な人間像では説明できない現象を探して類型化する。ナッジなどの形で対策を提案することもあり、現実の政策や企業活動、個人の問題に応用しやすい。

 

 他方で、行動経済学の知見を理論化して、主流派経済学のモデルに組み込む試みも始まっている。人間の陥りやすい失敗や弱さを数理モデルに取り込むことで、より現実を説明しやすい学問になる可能性もある。

 

 主流派経済学は、経済政策や金融政策の理論的支柱。日銀の異次元金融緩和政策もその一つだ。だが、金融緩和で人々の「期待」に働きかけ続けても、狙い通りに物価は上がっていない。欧米の長期の物価低迷も、主流派経済学では説明が難しい。

 

 社会や経済の構造が変わったことで、主流派経済学は行き詰まりつつある。行動経済学が目指す内側から経済学を変える試みは、経済学に新しい方向性を示すものでもある。

(花谷美枝・編集部) 

週刊エコノミスト 2017年12月12日号

発売日:2017年12月4日

定価:620円


目次:2017年12月12日号

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すぐに使える新経済学

20 「生身の人間」に注目 行動経済学の実践 ■花谷 美枝

22 実例で解説 大竹先生の超入門講座 ■大竹 文雄

25 正統と異端のはざまで 行動経済学の下克上物語 ■依田 高典

27 図解 近代経済学の発展 ■小玉 祐一

28 誘惑に負けない 自制心の高低で分かれる肥満、ギャンブル依存 ■池田 新介

30 仲間と環境の研究 サッカー審判を不正に走らせるホームチームへの「応援」 ■山根 承子

31 マクロ経済学の視点 社会が変われば経済学も変わる ■竹田 陽介

  マーケットの視点 人間はもっと複雑な生き物だ ■加藤 出

32 五つのキーワードで解説 行動経済学でわかる私たちが不合理な理由 ■友野 典男

34 どこに行くのか 次の段階は主流派との融合 ■筒井 義郎

36 市場の変化を読む 人間の心理を株価予測に応用 ■真壁 昭夫

38 株式のモテ期を探す ビッグデータとAIで 「スター銘柄」発掘する投信 ■編集部

 

エコノミストリポート

16 都道府県別借入金利ランキング 最低香川1.20%、最高秋田1.87% 競争と独占に揺れる金融業と企業 ■内藤 修

 

40 台湾 台湾特権層優遇の年金制度にメス 年利18%運用の退職金も廃止へ ■田中 淳

 

Flash!

13 データ改ざん続々! 三菱マテリアル、東レの希薄すぎる対外説明、公表の意識/サウジ皇太子が掲げる聖域なき摘発、日本企業進出の窓口一新も

 

Interview

4 2017年の経営者 三宅 卓 日本M&Aセンター社長

46 問答有用 岡田 ひとみ ねんドル 「30年、40年と子供たちを楽しませ続けたい」

 

安倍さん、保守を知っていますか

74 自民党派閥と政党の変遷 ■編集部

76 政治構造が変化 リベラルが担い手の時代に ■成田 憲彦

77 リベラル保守とは

78 選挙制度の変革 専制政治を呼んだ小選挙区制 ■山口 二郎

79 小選挙区制はなぜ圧勝を生むのか ■編集部

80 富の分配から負担の分配へ バブル前の「寛容なる保守」から財政余力と寛容性喪失の時代へ ■倉重 篤郎

82 重鎮が語る 亀井 静香 元自民党政調会長 「庶民の生活に根付いた政治こそ保守」

83       山崎 拓 元自民党副総裁 「理念なく権力維持重視の時代に」

84       不破 哲三 元共産党議長 「保守を単純な定義付けできない時代に」

 

World Watch

60 ワシントンDC 訪中“成果”28兆円の商談 米には実質成果なく ■三輪 裕範

61 中国視窓 企業経営に「党の指導」 日系現地法人にも影響 ■前川 晃廣

62 N.Y./カリフォルニア/スウェーデン

63 韓国/インド/タイ

64 台湾/サンパウロ/コンゴ民主共和国

65 論壇・論調 貿易赤字拡大招く米減税政策 政策矛盾の背景に政権の無知 ■岩田 太郎

 

Viewpoint

3 闘論席 ■池谷 裕二

19 グローバルマネー ハイパーインフレでも政権持続したジンバブエ

39 商社の深層(94) 「人の三井」が後押し デジタル時代のベンチャー投資 ■編集部

42 海外企業を買う(168) マスターカード ■小田切 尚登

44 名門高校の校風と人脈(268) 佐渡高校/新潟明訓高校(新潟県) ■猪熊 建夫

50 学者が斬る 視点争点 ビットコインバブルがはじけたら ■西部 忠

52 言言語語

66 アディオスジャパン(80) ■真山 仁

68 東奔政走 トランプ大統領が武器セールス 制御不能の「軍産複合体」と日本防衛 ■山田 孝男

70 出口の迷路(10) 損失を見越し制度面の準備進めよ ■森田 京平

72 福島後の未来をつくる(60) 原発に一番近い病院で取り組んだ独居被災者向けの「木工教室」 ■小鷹 昌明

85 国会議員ランキング(5) 公明党議員の質問時間・回数 ■磯山 友幸

86 図解で見る IoT・AI時代の主役 電子デバイスの今(2) ギガの1兆倍で伸びるNANDフラッシュメモリー ■津村 明宏

94 独眼経眼 世界景気の登山は6合目 ■藻谷 俊介

95 ウォール・ストリート・ジャーナルのニュース英語 “ Wall on the U.S. border ” ■安井 明彦

96 ネットメディアの視点 未来が読める記事を作り、選ぶ 有料独自記事と無料キュレーション ■土屋 直也

100 アートな時間 映画 [ルージュの手紙]

101        舞台 [隅田春妓女容性 御存梅の由兵衛]

102 ローカルトレインがゆく(2) 伊予灘ものがたり(下) ■文・波多野恵理/写真・藤井啓司

 

[休載]ひと&こと

 

Market

88 向こう2週間の材料/今週のポイント

89 東京市場 ■三宅 一弘/NY市場 ■堀古 英司/週間マーケット

90 中国株/為替/白金/長期金利

91 マーケット指標

92 経済データ

 

書評

54 『アメリカを動かす「ホワイト・ワーキング・クラス」という人々』

  『「製造業のサービス化」戦略』

56 話題の本/週間ランキング

57 読書日記 ■小林よしのり

58 歴史書の棚/出版業界事情

 

53 次号予告/編集後記

週刊エコノミスト 2017年12月12日号

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発売日:2017年12月12日

定価:620円

 

 すぐに使える新経済学 

 

◇「生身の人間」に注目

◇行動経済学の実践

 

 環境省は12月、エネルギー消費の抑制を促す「省エネリポート」を一般家庭に配信する実証事業を始めた。受託先のIT大手、日本オラクルが電気・ガスの使用状況などを記載したリポートを東北電力や東京ガスなど電力・ガス会社5社を通じて計30万世帯に月1回、計4回送付する。

 

 省エネリポートには、電力・ガスの使用状況とともに、省エネのヒントが掲載されている。オラクルは2007年から10カ国でこのリポート事業を展開しており、平均2%の省エネ効果をあげているという。

 

 省エネリポートはメッセージの見せ方に工夫を凝らしている。効果が高かった文面の例を見てみよう。続きを読む



「M&Aは成功するもの」を根付かせる 三宅卓 日本M&Aセンター社長

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 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 社名にM&A(企業の合併・買収)とありますが、どんな業務に取り組む会社ですか。

 

三宅 中堅・中小企業のM&Aの仲介を手がけていますが、経営者の意識が変わりました。10年前は譲渡側の社長にとって、会社の譲渡は抵抗感があり、敗北者のイメージでした。しかし現在は「会社の存続のため相乗効果がある会社に渡した」と評価されるようになりました。我々が譲渡を勧めても抵抗がなく「どんなところに譲渡したら社員が幸せになれるか」と質問されます。

 

── 何が意識を変えましたか。

 

三宅 二つあります。一つ目はM&Aが一般化しました。二つ目は後継者不足が深刻になった点です。団塊の世代(1947~49年生まれ)が70歳を迎えています。民間信用調査機関の調査では、日本の中小企業約420万社の66・2%には後継者がいません。切実な問題です。

 

── 重視していることは。

 

三宅 当社の理念はM&Aを通じた中堅・中小企業の存続と発展です。中小企業は廃業に追い込まれると、従業員とその家族の生活が一変します。一方、買い手も閉塞(へいそく)感のある会社が多く、買収で相乗効果が出たり、新しいビジネスモデルが作れたりして発展に結びつきます。

 

── 強みは何ですか。

 

三宅 全国の地方銀行や信金、会計事務所などと提携したネットワークがあります。地方で困っている会社の情報が上がってきますので、規模や分野に関係なくやっています。

 調剤薬局や病院、介護施設、IT、食品、運送や建設ではM&Aが繰り返され、業界再編が相当な勢いで進んでいます。そういった業種が得意分野になっています。専門担当者を置いて集中的に進めています。

 

── 創業以来、黒字だそうですね。

 

三宅 90年代はM&Aに抵抗があって情報は少なく、会計事務所などとのネットワークを通じて情報をもらえました。しかし2006年の上場後は局面が変わりました。

 

── 変化の背景は。

 

三宅 二つあります。一つは「三つの階層」で当社の経営を進めるようになりました。経営陣が明確なビジョンを作り、部長など中間管理職として強烈な実現力のある人間を育てる。一般社員にはビジョンのベクトルをそろえます。

 

 そのために一般社員とは「合宿」でコミュニケーションを取っています。合宿とは、社員約5人を1組としてホテルに泊まり込み、終業後の午後6時から3時間ずつ区切り、現場の問題点や改善案などを討論するもので、昨年は45回開きました。後半はお酒を飲みながらで、違ったものになります。私は会議などで各月の方針を伝えていますが、合宿では聞き役に徹し、良いものは翌日実行します。また中期計画ごとに目標達成すれば行使できるストックオプション(新株購入権)を出しています。

 

── もう一つの背景は。

 

三宅 M&Aのビッグウエーブは今後40年続くことです。団塊の世代が70歳を迎えて事業継承対策のM&Aの波がピークです。10年続きます。

 次の波は業界再編です。現実的な就業人口を2064歳とすると、00年に8000万人でしたが、25年には6500万人、60年には4000万人に減ります。会社の数は半分ということになります。現在、日本の企業は400万社で、200万社になる過程でM&Aによる業界再編が起き、あらゆる業界が4~5強になる。1015年続くでしょう。

 

── 日本を揺るがす問題ですね。

 

三宅 さらに日本では作る人も買う人も半減するので、中堅企業も海外でモノを作ったり売ったりします。そのときに進出先などの会社を買収する第3の波が来ます。波が全て終わるまで3040年かかると思いますので、どんどん採用しています。

 

── 足元の業績は。

 

三宅 昨年度の成立件数は524件です。今年は半期で約380件で年間700件の可能性があります。

 

 ◇成約式で心を一つに

 

── M&A仲介で何を心がけていますか。

 

三宅 満足できるM&Aを実現するため、「成約から成功へ」を標語にしています。本当に喜んでもらう「成功」を目指し、M&A後の融和などにより円滑に統合を進める「ポスト・マージャー・インテグレーション」(PMI)を重視しています。そのためにコンサルティングも積極的に進めています。

 

── 具体的な工夫は。

 

三宅 成約式を超一流ホテルの結婚式レベルで行っています。譲渡側の企業の社長夫人に手紙を読んでもらいます。創業以来の苦労を見ているのでずっしり来ます。買い手企業の社長はそうした重みを聞いているので、引き受ける会社を「人生かけて成長させる」と言う。その光景を撮影した映像を役員にも見てもらうことで一丸となり、協力的にもなってくれます。

 

── M&A成功に必要なものは。

 

三宅 買い手は買収の目的、譲渡企業は任せようと思った理由をきちんと語り合わなければなりません。相乗効果と成長の実現のためには何をすべきか、という戦略と経営指標を決めてやっていくべきです。達成の成否で経営陣への報酬や交代なども話し合うべきです。成約後も統合が円滑に進むには、最初の100日が大切です。日本人はPMIが世界一下手だと思います。「自分の気持ちが分かるだろう」と相手に任せ、方向性がずれる。PMIの考え方が浸透しないと、M&Aは失敗してしまいます。

(構成=米江貴史・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 社長業とは何でしょうか

 

A ビジョンを作り、確実に実現していくこと。同時に顧客と社員を幸せにすることです。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A マグナム・フォト(国際的写真家グループ)の写真集です。状況を把握して、真実をどう探し出し、どう表現して伝えるかを学びました。仕事でも、その視点は、状況分析や問題解決する上で役立っています。

 

Q 休日の過ごし方

 

A レコードが約6000枚あり、聴きながら会社や社員のことを考えて過ごしています。ほとんどがジャズですが、ビートルズのコレクターでもあります。

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 ■人物略歴

 ◇みやけ・すぐる

 1952年神戸市生まれ。京都府立東舞鶴高校、大阪工業大学経営工学部卒業。77年日本オリベッティ(現NTTデータジェトロニクス)に入社し、営業を担当。91年日本M&Aセンター設立に参画。2008年より現職。65歳。

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事業内容:企業の合併・買収(MA)仲介など

本社所在地:東京都千代田区

設立:19914

資本金:13億円

従業員数:308人(20179月末)

業績(173月期)

 売上高:190億円

 

 営業利益:90億円

損失を見越し制度面の準備進めよ=森田京平〔出口の迷路〕金融政策を問う(10)

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出口政策では日銀に損失が出る可能性が高い。しかしその損失をどう処理するか、会計面でも法律面でも議論は不十分だ。

 

森田京平(クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト)

 

異次元緩和からの出口策の選択肢の一つとして、日銀の超過準備に対する付利の引き上げが挙げられる。超過準備とは、金融機関が日銀に預け入れている当座預金のうち、法律で義務づけられている法定準備額を超える部分。その残高は2017年末には320兆円程度まで膨らみ、19年末には400兆円近くに達すると見込まれる。

 

 超過準備が積み上がっているのは、日銀が量的緩和で通貨の供給量(マネタリーベース)を増やしているためだ。マネタリーベースを極力、安定的に増やすために、超過準備には金利が付けられている。これが付利である。

 

 金融機関は超過準備など日銀当座預金を日々の銀行間の貸し借りや、政府や日銀との資金決済などに利用している。付利を引き上げると、金融機関はそれより低い金利で資金を貸す動機はなくなるので、市場の短期金利を押し上げる効果が生まれる。すなわち金融引き締めであり、出口の第一歩だ。

 

 

 だが問題は、付利を引き上げると、日銀が金融機関に支払う利子が増えることである。超過準備残高に付利を掛け合わせることで、日銀が負担する年間利払い費を試算できる。

 

 

 その際、一つの基準として、年間利払い費が日銀の自己資本残高(使途が限定される外国為替取引損失引当金を除くと17年3月末6・3兆円)を上回る組み合わせを見ると、表のグレー部分となる。例えば、超過準備残高が400兆円の場合、付利が1・75%を超えると、たった1年間の利払いが自己資本残高を超えてしまう。

 

 このような点を踏まえると、出口政策として金利を引き上げる場合には、日銀の財務が毀損(きそん)するリスクを無視できない。

 

 ◇自己資本は不要か

 

 一般論として、中央銀行の損失すなわち自己資本の毀損については、それをどの程度重視するかで見解が分かれる。08年4月から13年3月まで日銀総裁を務めた白川方明氏は、多額である必要はないが、中央銀行には一定水準の自己資本が必要であるとする。一方、現職の日銀副総裁である岩田規久男氏は、かつて「唯一のマネタリーベースの供給者である中央銀行は、自己資本を持っていなくても営業可能」と断言している。

 

 確かに岩田副総裁が言うように、中央銀行にとってマネタリーベースは、伝統的には資産の買い入れ(買いオペ)や金融機関への貸し出しを通じて供給される無利子の決済・支払い手段である。この意味で中央銀行が自らの意思決定に基づいて発行できるものだ。

 

 それでも岩田副総裁の自己資本不要論には二つの点から疑問符が付く。第一に、中央銀行の財務の健全性が毀損するのは通常、緩和期ではなく引き締め期、つまり出口ということである。出口において財務の健全性が損なわれたからといって、中央銀行が最終支払い能力の増強のためにマネタリーベースを増やせば、それはそもそも出口策に矛盾する。

 

 第二に、マネタリーベースの7割ほどを占める超過準備(の過半)は今や有利子負債である。しかも、その超過準備の付利の引き上げこそが、出口で中央銀行の財務の健全性を脅かす一因となる。岩田副総裁が自己資本不要論を展開していた頃は、マネタリーベースが無利子であることが当然視されていたが、その前提は今や妥当ではない。そもそも自己資本不要論を説いた岩田氏が副総裁を務める中、現に、日銀は法定準備金や債券取引損失引当金などを通じて自己資本を積み増している。

 

 ◇会計上の二つの手法

 

 自己資本の積み増しを通じて財務の健全性確保を図る日銀の姿勢は、前向きに評価される。一方で、日銀が赤字を計上した場合の会計上の扱いも明確にされる必要がある。一般に、中央銀行が損失を認識する方法として(1)自己資本の毀損、(2)繰り延べ資産の計上、の二つの方法が挙げられる。

 

 (1)は、単純に毀損した分をそのまま自己資本で穴埋めする方法で、損失額が自己資本を上回れば債務超過となる。(2)は、会計上のやや複雑な仕組みで、損失を出しても自己資本が毀損しないように帳簿上で調整する制度である。米連邦準備制度やチェコ国立銀行が採用している。

 

 例えば、米国各地区の連邦準備銀行は11年1月1日以降、毎営業日に「surplus(剰余金)=capital paid-in(拠出資本)」という等式を成り立たせることを会計ルール上、求められている。この等式を成り立たせるため、各連銀はバランスシートの負債側に「Interest on Federal Reserve notes due to U.S. Treasury」(「国庫納付金未払い金」と邦訳できよう)という勘定を立て、損失が発生したときには将来にわたる未払い金の支払いを減額するかたちで計上する。つまり損失は(自己資本ではなく)負債の減額として認識される。本来なら将来政府に納付すべきお金を、現在の損失と相殺するわけだ。したがって国庫納付金未払い金は事実上、繰り延べ資産として機能し、将来の中央銀行の利益(剰余金)を当てにした会計処理と言える。

 

 日銀の場合、バランスシートに「国庫納付金未払い金」に相当する項目はなく、損失に対して繰り延べ資産を活用する会計手法は取っていない。したがって日銀の場合、損失は自己資本の削減につながる。

 

 ◇政府の損失補てんは規定なし

 

 日銀の自己資本が毀損した場合、立法面での課題が浮上する。なぜならば1998年4月に施行された現行の日銀法には、政府による損失補てんの規定がないからである。これに対して、98年3月まで適用されていた旧日銀法の付則には、政府による損失補てん規定が存在した。

 

 現行日銀法で損失補てん規定が削除された一つの背景として、日銀に独立性(法律上は「自主性」)を付与したことが挙げられる。確かに、政策や業務運営において独立性が与えられた以上、日銀が損失を出したとしてもそれは自己責任だ、というのは分かりやすい。しかし一方で、日銀の剰余金は法定準備金の積み立てと出資金の配当を除いて原則、全額が国庫に納付される。「利益は国庫に納付、損失は自己責任」というのはいかにも非対称的である。日銀の損失を政府が補てんするという形で、このような非対称性を和らげる立法面での対応が求められる。

 

 ただし、そのような対応が強い政治的摩擦を伴うことは容易に想像される。何せ出口(付利の引き上げ局面)では、毎年数兆円もの利子が日銀から銀行などに支払われる。そのような中、日銀への税金注入となれば、野党はもちろん与党からも批判が出ておかしくない。

 このように日銀の場合、出口における課題は損失額の大小にとどまらず、会計(損失の認識方法)および立法(損失補てんの法的あり方)つまり制度設計に及ぶ。出口策という技術論に加えて、制度設計つまり出口の制度インフラの構築が早急に検討される必要がある。

(森田京平、クレディ・アグリコル証券チーフエコノミスト)

◇もりた・きょうへい

 

 1970年岐阜県生まれ。94年九州大学経済学部卒業、野村総合研究所入社。2004年野村証券経済調査部、08年バークレイズ証券などを経て、174月から現職。米ブラウン大学大学院経済学修士。共著に『人口減少時代の資産形成』(東洋経済新報社)。

2017年12月19日号 週刊エコノミスト

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発売日:2017年12月11日

定価:620円

 

戌も笑う

投資テーマ2018

 

成長の四天王と

家電ドミノと新元号

 

 国内外では今、人工知能(AI)やロボットなど先端技術の開発が進み、コミュニケーションや輸送、エネルギーといった幅広い分野で社会や生活を劇的に変える新たな「産業革命」が進行中だ。

 

 2017年は、株式市場も日経平均株価が10月に過去最長の16連騰を達成し、1992年1月以来、約26年ぶりの水準を回復。好調な景気や業績を支えに、これら先端技術の関連銘柄をはじめとする企業の株式が買われた。

 

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高い品質と営業力で特許切れ克服 眞鍋淳 第一三共社長兼最高執行責任者(COO)

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  Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

 2017年3月期通期に国内医療用医薬品売上高で、競合他社を抑え初の首位を達成した第一三共。一方、連結売上高は前年同期比3・2%減の9551億円となり、今後は特許切れとなった主力の高血圧症治療剤「オルメサルタン」に続く収益の柱の育成が急務だ。

 

── 国内医療用医薬品は何が好調ですか。

 

眞鍋 血液を固まりにくくして血栓の生成を予防する抗凝固剤「エドキサバン」が好調に売り上げを伸ばしています。直接経口抗凝固薬(DOAC)市場におけるエドキサバンの国内売り上げシェアは、17年9月末時点で23・5%を獲得しました。特に、主なターゲットとしている新規患者の処方箋数シェアではトップの同38・6%まで拡大しています。

 

── 好調の理由は。

 

眞鍋 当社のエドキサバンが高品質であることに加え、医薬情報担当者(MR)の高い評価と営業力の強さがあります。現在日本では、代表的な抗凝固剤として「ワーファリン」が圧倒的な処方箋数シェアを占めていますが、ワーファリンは納豆が食べられないなど食べ物に制限があるほか、投与量の調整も必要です。

 

 一方、エドキサバンは食事制限がほとんどなく、服用も1日1回でよい。臨床試験でもワーファリン以上の安全性と同等の有効性が立証されており、当社製品の高い品質と利便性が選ばれている理由だと思います。

 

── 営業力の強さとは。

 

眞鍋 当社の国内約2200人のMRは、医療機関による信頼性評価で5年連続1位をいただいており、信頼を土台とした営業力の強さが新規患者の獲得につながっています。

 

 他の製薬企業からも、当社の営業力を活用して日本で製剤を展開したいとのお話をいただくことが多く、他社製品の販売が収益に大きく貢献しています。実績を残すことで別の製薬会社とも提携でき、他社製品が充実すれば当社の営業力も更に増すという好循環が生まれています。

 

── オルメサルタンの特許切れによる減収をどう補いますか。

 

眞鍋 まずはエドキサバンの世界シェアを伸ばします。現状では、18年3月期のオルメサルタンは840億円(前年同期比38・5%減)の減収見込みに対し、エドキサバンは277億円(同74・1%増)の増収で、減収を補うには至っていません。

 

 しかし、世界のDOACの市場規模は17年6月末時点で約1兆7000億円と大きく、今後も拡大が予想されます。当社の高品質な製品と営業力を武器に着実にシェアを獲得していけば、20年のエドキサバンの売上高目標1200億円は達成できるとみています。

 

 ◇独自のがん治療薬を開発

 

── 米国事業はどうですか。

 

眞鍋 鎮痛剤と貧血治療剤の主に二つの事業がありますが、鎮痛剤事業は厳しい状況です。米国で麻薬性鎮痛剤「オピオイド」の乱用が問題となったことを受け、14年に米チャールストンから取得した制吐剤配合の麻薬性鎮痛剤「CL─108」の開発・販売権を返還しました。これに伴い、17年7~9月期に約278億円の減損を計上し、18年3月期の連結営業利益見通しも1000億円から750億円に下方修正しました。

 

── どう挽回しますか。

 

眞鍋 鎮痛剤事業の他の3製品を強化します。オピオイドの副作用である便秘の治療薬「モバンティック」と、乱用防止特性を持った麻薬性鎮痛剤「モルファボンド」と「ロキシボンド」です。この3製品は、コミットメントを強めながら慎重、確実に販売を伸ばしていきます。

 

 また、貧血治療剤事業では、子会社のルイトポルドが販売する鉄欠乏性貧血治療薬「ヴェノファー」と「インジェクタファー」が好調です。この2製品の合計で、現在米鉄注射剤市場で7割以上のシェアを占めており、今後も予想以上の伸びが期待できるとみています。

 

── がん事業にも注力しています。

 

眞鍋 現在、乳がんなどに多く発現する遺伝子「HER2」を標的とした抗体薬物複合体(ADC)「DS─8201」の開発を最優先で行っています。ADCとは、抗体と制がん剤をリンカー(抗体と薬物をつなぐもの)で結合させたものです。リンカーと結合した抗体ががん細胞に正確に届き、細胞に取り込まれると制がん剤を放出する仕組みになっているため、正常な細胞には負荷をかけずに高い治療効果が見込めます。

 

 従来のリンカーは最大でも四つの薬物しか付けられず、がん細胞に到達する途中で抗体から外れてしまうなどの難点がありましたが、当社が独自に開発したリンカーは八つの薬物を付けることができ、安定性にも優れているため、より高い治療効果が期待できます。

 

── 現在の進捗(しんちょく)は。

 

眞鍋 臨床試験はフェーズ2(申請用試験)に入り、20年度に米食品医薬品局(FDA)に承認申請を行う計画ですが、既にFDAから16年にファストトラック(優先承認審査)指定、17年に画期的治療薬指定をいただいており、早期承認申請に向け開発を進めているところです。

 

 16年に開始した5カ年中期経営計画では、20年時点で25年度までに売上高1000億円以上を期待できる中核製品を三~五つ保有する目標を掲げていますが、DS─8201はその候補として期待しています。

(構成=荒木宏香・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

 

A 当社の安全性研究所や米オハイオ州立大学で、肝臓に有害な「肝毒性」の発現メカニズムなどを研究していました。帰国後も研究一筋の30代でした。

 

Q 「私を変えた本」は

 

A 柳田邦男氏の『ガン回廊の朝(あした)(上)・(下)』です。いかに患者に貢献できるかが一番大切だと気付くきっかけとなった本です。

 

Q 休日の過ごし方

 

A ジムに毎週通い体を動かしています。お付き合いのゴルフも増えました。

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 ■人物略歴

 ◇まなべ・すなお

 1954年生まれ。香川県出身。香川県大手前高校(現大手前丸亀高校)、東京大学農学部卒業後、78年三共(現第一三共)入社。2009年第一三共執行役員、16年同社副社長を経て、174月から現職。63歳。

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事業内容:医薬品の研究開発、製造、販売

本社所在地:東京都中央区

設立:20059

資本金:500億円

従業員数:14791人(179月末時点、連結)

業績(173月期、連結)

 売上高:9551億円

 

 営業利益:889億円

投機に流れるマネーを成長投資に=菊池英博〔出口の迷路〕金融政策を問う(11)

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量的緩和であふれ出たマネーを国内の成長に資する投資に回すことが、重要な出口政策だ。

 

 

菊池英博(日本金融財政研究所所長)

 

「アベノミクスで生活がよくなったという実感がわかない」という声が多く聞かれる。実感がわかないのは当然で、第2次安倍晋三内閣成立以降の4年間で、実質賃金が減っているからだ。今年6月発表の厚生労働省の統計を基に計算すると、2013年から16年の4年間で1世帯当たりの年間実質賃金は、537万2000円から518万7000円に減額している。実質賃金は4年間の累計で60万円(年収では15万円)減っており、消費税3%の引き上げ分(消費者物価を2%引き上げ)を控除しても、4年間の累計で27万円(年収で6万7500円)の減収である。

 

 なぜこのような実態になってしまったのか。原因は13年4月に就任した日本銀行の黒田東彦総裁による異次元の金融緩和政策によって大幅に円安になり、燃料や食料品などの輸入価格の上昇が消費者物価を押し上げ、賃金上昇が消費者物価の上昇を下回ったからである。

 

 就任早々に黒田総裁は「異次元の金融緩和政策で、2年間で通貨供給量(マネタリーベース)を2倍にし、消費者物価を2%上昇させ、デフレを解消する」と宣言した。マネタリーベースとは日本銀行に置かれている金融機関の当座預金(すぐ使える預金勘定)の残高と日本銀行券(お札)との合計額である。日本銀行は金融市場から国債や上場投資信託(ETF)を購入して、その代金を金融機関の当座預金に入金する。こうすればマネタリーベースが増加するので金融機関は融資や投資を増加せざるをえなくなるから、企業活動が活発になって需要が増え、デフレは解消するという論理(マネタリズム)である。

 

 

 しかし、この論理は立証されていない。異次元緩和からの4年半をまとめると図「日米のマネタリーベースの推移」のようになる。当初から4年6カ月経過した今年の9月にはマネタリーベースが当初の3・5倍の471兆円まで増加しているのに目標は達成されていない。

 

 

 この間、日本銀行政策委員会は16年1月にマイナス金利政策を導入した。この政策は同行にある金融機関の当座預金の政策金利残高(一定の基準以上の残高)にマイナス金利(年0・1%)を課す、そうすれば金融機関はマイナス金利を避けるためにその資金を融資や投資に使うであろうと期待して導入されたが、結果は真逆の大きなマイナス結果を生んでいる。

 

 ◇マイナス金利で金融危機も

 

 そこで私は7月1日に日本銀行政策委員会の委員に書簡を送り、「マイナス金利の廃止」を提言した。その理由は第一に、マイナス金利の導入後に一部の生命保険会社は「ゼロ金利では運用難で保険金が払えない」といって保険料率を引き上げ、かんぽ生命は一時払い定期年金保険や学資保険などの積立型商品の販売を停止するなど、マイナス金利導入によって国民が求める金融サービスがなくなったうえに国民負担が増加していることである。

 

 第二に、異次元金融緩和で融資金利が低下の一途をたどり、金融機関の本業である「利ざや(融資金利と預金金利の差額)」が縮小し、一部では利ざやがマイナスになっていた。こうした矢先にマイナス金利が導入されたために、とくに地方金融機関の減益は大きく、金融機能を減殺させ、潜在的な金融危機を招いているからである。

 

 私は9月に森信親金融庁長官に会い、地方ではマイナス金利が収益減少に追い打ちをかけて金融危機の発生が懸念されており、極めて憂慮すべき現状ではないかと申し述べた。マイナス金利の弊害に対処するには、金融政策は日本銀行、金融行政は金融庁という別々の立場だけでは解決できないため、大局的な判断が求められている。

 

 米連邦準備制度理事会(FRB)はリーマン・ショック後の08年9月以降、3度にわたって量的金融緩和政策を実行した。しかし、1410月からは追加の金融緩和を停止し(量的金融緩和終了)、1512月から4回の短期金利の引き上げを実行して金融機関の利ざや縮小を回復させ、金融正常化が進んだ時点(1710月)で金融緩和解除(通貨量の減少開始)を発表した。しかし日本銀行は、マイナス金利という劇薬で副作用が大きくなっているのに、放置したままで出口戦略は全くない。

 

 ◇日銀マネーを公共投資に

 

 図の左上で分かるように、4年半の異次元緩和で増加したマネタリーベースは336兆円もあり、これがすべて日本で使われればマネーストック(国内で使われている通貨)も同額増えるはずだ。ところがマネーストックの増加額は165兆円に過ぎず、両者の差額である171兆円(マネタリーベースの増加分の51%)が海外に流れて投機マネーとして使われている。金融機関は海外のヘッジファンドなどに融資し、彼らはその円で日本の株式やドルを買うので円安や株高となり、まさに円バブルが発生している。

 

 日本では、すでに市場に出回っている国債が量的に限界に達しており、このまま進めば日銀が国債を購入できなくなり、金利が乱高下する懸念が強い。今は内外の株式市場が堅調なので、徐々に日銀マネーを回収しても金融市場への影響は皆無に近いであろう。

 

 1998年に始まったデフレがいまだに継続している最大の理由は、官民ともに純投資(新規の設備投資から減価償却を引いたネットの投資)が低調であることだ。とくに「公的資本形成」は07年から新規投資よりも資本減耗額(減価償却)の方が大きくなり、政府純投資はマイナスになっている。これが経済成長を阻む大きな要因になっている。建設的な公共投資が増えれば、民間投資を誘発し、相乗効果で経済成長が高まることは立証されている。国土交通省によると現在、償却済みの公的資本の更新投資だけで毎年8兆~10兆円必要である。

 

 

民間投資を誘発するには公共投資が必要

 

 私はかねてから人口減少時代にふさわしい国土刷新計画として「5年間100兆円の政府投資を実行すれば、民間投資を誘発し、その相乗効果で成長力が強まり、税収の増加で政府投資は5年間でほぼ回収できる」と提案してきた。

 

 日銀のマネタリーベースは国内総生産(GDP)の80%(FRBのこの比率はピーク23%)を超えて異常な段階に達しているので、金融正常化のためには政府の協力が不可欠である。投機に流れている日銀マネーを、新規の建設国債や財投債(財政投融資特別会計国債)に吸収して経済成長へ転嫁させるのが最適な出口戦略ではなかろうか。

 

 金融正常化の第一歩は金融体系を破壊しているマイナス金利を廃止し、日銀によるETF、すなわち株式の買い取りをやめ、本来の金融政策を取り戻すことである。

 

(菊池英博・日本金融財政研究所所長)

◇きくち・ひでひろ

 

 1936年生まれ、東京都出身。59年東京大学教養学部卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。ミラノ支店長、豪州東京銀行頭取などを経て、95年文京女子大学(現文京学院大学)経営学部・同大学院教授。2007年から現職。著書に『銀行ビッグバン』(東洋経済新報社)、『新自由主義の自滅』(文春新書)など。


*週刊エコノミスト2017年12月19日号掲載

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